エピローグ
[佳奈]
冬休みが終わって、学校は三学期をむかえる。
あたしは、始業式にでた。
久しぶりに着た制服、久しぶりに訪れた学校、久しぶりに会ったクラスメート。
別段、何かを劇的に感じるとかそういうことはない。
所詮は半年いなかっただけなのだ。特に大きな変化などあるはずもなかった。
あたしが登校したことには、他の生徒たちも驚いたようだったが、これといってちょっかいをかけてくるやつはいない。
担任も相変わらずなもので、決まりきった態度でしか接してこなかった。
まあ、そんなものだろう。
ついでをいえば、あたしにとってもそのほうがいい。ややこしい説教をされても、かえって鬱陶しく思えるだけだから。
今日は始業式と掃除だけなので、学校は午前中で終わる。
「佳奈さん」
ホームルーム終了後、後ろの席にいる野坂に呼びかけられる。朝に挨拶したときもそうだったが、彼女らとはもう自然に話しあえて違和感がない。
「どうした?」
「時間さえ空いていれば、学校の帰りに甘いものでも食べていきませんか」
「それいいな。どこか、いい店でも知ってるのか?」
「ええ」
穏やかに野坂が笑ったその時だ。
「珍しいこともあるもんだね。美紀が学校帰りに寄り道をすすめるなんて」
大きな荷物をかかえて、森田がやってくる。
「あっ、雪。よければあなたもどうです?」
「行きたいのはやまやまなんだけどねぇ。もう部活とか始まってるし無理なんだわ。ヘタに休んだら、後輩たちに示しもつかないしね」
「運動部っていうのも大変なんだな」
あたしが言葉に、森田もうんざりと肩をすくめる。
「運動は嫌いじゃないけど、こういう時だけ損した気分だね。まあ、今日は二人で楽しんできなよ。私は今度、菜穂ちゃんが一緒にいる時にでもつき合わせてもらうし」
彼女はそれだけ言うと、時計を確かめて「やばっ!」とか口走る。そして、あたしたちに手だけ振って、慌てて教室を出て行く。
「相変わらず元気な子です」
「単に落ち着きがないんだよ」
「佳奈さん。手厳しい表現です」
おかしそうに口許をおさえて笑われる。
「……それにしても。少し教室出るの、ためらわれますね」
窓の外を見る野坂。
そこには、いつの間にやら雪が舞っている。
「寒そうです」
「冷たくない雪ならいいのにな」
「それって温かい雪ってことですか? そんなのがあったら、なんだか気味悪いです」
「夢がないな」
「そうでしょうか」
あたしは、それ以上何も答えなかった。
ぼんやりと外の雪を見つめる。
菜穂との別れの時にも、雪が降っていた。
そして、彼女と本当に別れた直後には、雪以外のものも降ってきた。
それは白くて柔らかい、温かな天使の羽。
それらが雪に混じって舞い落ちてくる様は、あたかも夢のような光景だった。
今でもその時の羽の一枚は、大事にしまっている。
菜穂との思い出が、現実にあったことだと覚えているためにも。
「……さあ、いつまでも教室にいても仕方ないし、甘いもの食いにいこう」
「そうですね」
あたしと野坂は、帰り支度を済ませて教室を後にする。
千歳もいない。菜穂もいない。
でも、今は必要以上に寂しさは感じない。
あたしを受け入れてくれるこの世界。今の現実。生きている証。
居場所さえ見つければ、嫌なことばかりじゃないよな。
菜穂との別れの後、あたしはそう考えた。
むしろ、千歳のことを思うあまりに、かなわぬ世界に思いを馳せていた自分が辛く思えた。
あたしは、この世界に生きていることを忘れてはいけなかったんだ。この世界に生きている以上、あたしを受け入れてくれるのはこの世界しかないんだと、菜穂は気づかせてくれた。あたしの居場所を示してくれた。
なあんてね。
ちょっと美化して考えすぎか。
あいつはとても優しいけど、とぼけたお間抜けさんでもあるからな。美化しすぎても、かえって似合わない気もする。
「このまま雪、積もるのでしょうか」
外に出て、折りたたみの傘を差しながら野坂が言った。
「たくさん積もったら楽しそうだけどな。雪合戦とかできて」
みんなで楽しそうなことしてたら、あいつも来るかもしれないな。
いや、みんなで美味しいもの食べてたら来るのかな。
あいつは食いしん坊天使だから。
「永遠の別れにはしないよ。きっと帰ってくるから」
はやく約束守りにこいよな。
指切りまでしたんだから。
そして、またいつか、あたしは雪の中に白い羽を見た……
〈了〉
【あとがき】
「冬に見た白い羽」、お読み頂きありがとうございます。
本作は「白い羽」と呼ばれるシリーズの第一作目にあたり、そのむかし姫川 涼さんのサイト“あんてぃ〜くの小箱”で掲載していたものに加筆・修正を加えたものであったりします。
そんな訳で、作品自体としては古いのですが、今回はリニューアル版として当サイトで復活を果たしました。
リニューアル版「白い羽」のウリとしては、やはり菜穂がビジュアルとして表現されたことでしょう。
そう、みいたん様によるイラストです。
「白い羽」は私の中でも思い入れのある作品なので、いつしかイラストをつけてみたいなという夢がありました。
今回はようやくその夢もかない、ホント嬉しかったりします。みいたん様、本当にありがとうございます。
さて、今回の「白い羽」は冬のお話でしたが、次は春のお話です。主人公の菜穂はそのままに、新たな街、新たな登場人物が絡んでの物語となります。
春編はリニューアルならではの加筆も多く加わる予定なので、お楽しみ頂けると嬉しいなと思います。