第四章  ありがとうをあなたに  [菜穂]

 

 

 雪。

 ぽつりぽつりと舞い落ちる真っ白な結晶が、目の前をかすめてゆく。

 佳奈ちゃんは、もういない。

 結局、わたしから逃げるようにして去ってしまった。

「佳奈ちゃん。まだ、お話終わってないんだよ……」

 公園にひとり取り残されたわたしは、小さくつぶやく。

 追いかけることはできた。でも、いま仮にそうしても、なんの解決にもならないようには思えた。

 気持ちが不安定な佳奈ちゃんには、何を言っても辛いことにしかならない。一人で考えさせる時間が必要なんだと思う。

 わたしの目の前から去るとき、彼女は泣いていた。それも悲しそうに。

 でも、泣いていたってことは、何かを感じている証拠。

 わたしとの関係がどうでもよい薄っぺらなものなら、佳奈ちゃんだって泣いたりはしないだろう。お互いの心が通じていると思ったからこそ、考えがすれ違ったことが悲しかったのだ。

 今、佳奈ちゃんには、彼女自身の過ちに少しでも向き合う勇気をもってもらいたい。

 最後まで一人で向き合えなんて言わないから。

 わたしだって、いつまでも佳奈ちゃんを辛いままにはしないよ。

 だから。

 いましばらくは辛いだろうけど、なにがいけなかったのかを真剣に考えてみて。

 わたしは目を閉じて、それだけを祈った。

 ……それにしても。

 これからどうするかだよね。

 佳奈ちゃんと単に仲直りするだけでは、なんの解決にもならないと思う。

 彼女には、もう一度いろいろな人たちと交流を持ってもらいたい。たくさんたくさん楽しいことがあるんだよって知ってもらいたい。

 ずっと何かを恨んだまま生きるなんて、辛いだけなんだから。

 なんとかして、彼女が人との交流を持つきっかけを与えられたらいいんだけど。

 わたしは羽を広げて、空へと舞い上がった。

 考え事をするには、ゆっくりと空の上を漂うに限る。空の上からはたくさんの物が見えるし、そこからたまにヒントとなるようなものが見つかったりするから。

 雪が冷たいのは、少し我慢するしかないよね。

 それにこの雪だって、もうすぐ止みそうな気配だ。降り積もるほど、多くの雪は降っていない。

 今日がクリスマス・イブならば、ホワイトクリスマスとか言って、少しは喜べるんだけどね。ちょっと残念。

 それにしても、空の上からこの街を眺めるのも、これで二回目。

 やっぱりクリスマスが近いと、夜の光景も華やいで見える。

 それに年末という時期もあってか、忘年会の帰りっぽい人の姿が、ちらほらと見うけられる。ものすごく盛りあがっていて、とても楽しそうだ。

 たくさん人がいると、少々やかましくても、いろいろな楽しみが転がっている。

 佳奈ちゃんと二人で遊んだ時だって、あれだけ楽しかったのだ。

 わかりあえる人たちがいれば、もっと楽しくなれるだろう。

 わたしは、空の上でクルリと一回転した。

「……楽しいことかぁ」

 単純なものだけど、頭の中でちょっとしたアイデアがよぎる。

 しばらく目を閉じて、その考えが可能なものかを検討する。

 答えはすぐに出た。

 今の段階では、どうともいえないという答えが。

 このアイデアを可能にするためには、わたし一人の力ではどうにもならないから。

「とりあえずは……行動するしかないよね」

 わたしは、そう結論づける。

 そう思った時、雪はすでに止んでいた。

 

 

 

 

 わたしは、大きな学校の校門前に立っていた。

 どうにか探し当てた佳奈ちゃんの通っていた学校だ。

 今は、ようやく放課後となったのか、学校帰りの生徒たちが校門から出てくる。どうやら女子高のようで、出てくる生徒は女の子ばかり。

 まあここに、女生徒の制服を着た男の子が混じっていても困惑するけど……

 とりあえずは、出てくる生徒の顔をひとりひとり確認するが、わたしの捜している人たちは、まだ出てきていないように思える。

 わたしが捜しているのは、昨日ゲームセンターで出会った野坂さんと森田さんの二人。

 彼女たちならば、佳奈ちゃんの良き理解者になってくれるのではないかと思い、相談を持ち掛けにきたのだが……

「うぅ。なかなか出てこないよ」

 ひょっとして、見落としたんじゃないかと心配になる。

 これだけ沢山の生徒がいるのだから、それもありえない話じゃない。

「困ったなぁ」

 焦るのもどうかと思うが、できれば早く相談をして、次の行動にうつりたかった。

 それから、もうしばらく待っては見るものの、野坂さんたちの姿はみえない。

 下校する生徒の数も、だんだんとまばらになってくる。

 中に入って捜したほうがいいかな?

 けれど、無関係なわたしが入っていったら怒られるだろうな。私服姿な訳だし不審者に思われても困る。とどめには、警官を呼ばれてパトカーで連行なんて絶対嫌だ。

 もちろんそこまでひどい事にはならないと思うが、変に問題を引き起こすのもいけないことだ。そんなことが騒ぎになっている間に帰宅されたら、まさに『お間抜けさん』だろう。

 結局、わたしは校門まで近づいて、首を覗きこませたり、引っ込ませたりする。冷静になって考えれば、こういう行動も不審人物と断定されるに十分な要素なんだけどね。

 けれど、わたしは運良く不審人物にならずに済んだ。

「こんにちは。何してるの。こんなところで?」

 グラウンドの方からわたしに近づいてきた女の子が、そう親しげに呼びかけてきた。

 その子はいま、体操服を着ていたものだからピンとはこなかったものの、よく顔を見れば森田さんだとわかる。

「あなた昨日、浅木といた女の子だよね?」

「は、はい。菜穂といいますぅ」

 森田さんの問いに、わたしは何故かうわずった声をあげてしまう。

 クスリと笑う森田さん。

「それにしても、ホントなにしてるの。あなたこの学校の生徒だったっけ」

「いえ、そういう訳じゃないんだけど、実は野坂さんと森田さんに相談があって……」

「私と美紀に相談?」

 わたしは、こくんと頷いた。

「OK。何だか事情あるみたいだし、私はいいよ」

 彼女は即答してくれた。

「えーと、野坂さんの方は、もう帰宅したのかな?」

「どうだろ。校門から出てきてないのならば、まだ教室にいるんじゃないかな。美紀って学級委員だから、いろいろと仕事してんのかも」

「そうなんだ」

「よければついておいでよ。私も部活を抜けて、教室まで案内するし」

「いいのかな。わたし、その……私服だし」

「何かあったら、この学校の卒業生とか言っとけば」

 それだけ言うと森田さんは、グラウンドにいる別の生徒に一声かけにいく。部活がどうのと言っていたから、同じ部員さんか何かだろう。

 しばらくすると、彼女は戻ってきた。

「さあ、ついてきて」

「それじゃあ、お邪魔します」

 わたしは、まるで他人の家に上がるようなことを言って、森田さんについて行った。

 校舎に入り、階段を昇り、二階にたどり着く。そして、そのまま廊下を歩いて行くと、彼女は2−Dと書かれた教室に入る。

「あっ、いたいた」

 森田さんはそう言うと、窓際の席を指差した。

 そこには野坂さんの姿があった。

「ねえ、美紀。私たちにお客さんだよ」

 そう呼びかけながら、森田さんは野坂さんの方へと近づく。すると、野坂さんの方もこちらを振りかえり、わたしと目が合う。

「どうも。急に押しかけてきちゃって、ごめんなさい」

 ひょこひょこと近寄って一礼する。

 彼女はわたしの訪問に驚いた様子ではあったが、すぐに優しく微笑んでくれた。

「あなたは確か、佳奈さんと一緒にいた……菜穂さんでしたっけ?」

「わっ。名前、知ってたんですか!」

「佳奈さんが、あなたのことをそう呼んでらっしゃったのを覚えていたものですから」

「さ、菜穂ちゃんは、こっちの席に座りなよ」

 森田さんが、野坂さんの前の空いた席をすすめてくれる。

「すみません」

「いいのいいの。堅苦しくすることないよ。そこ、浅木の席だし」

 近くにある手近な椅子を借りながら、森田さんも座る。

「……ここ、佳奈ちゃんの席なんだ」

 感慨深げにつぶやいたわたしに、野坂さんがうなずく。

「もっとも、半年近く誰も座っていないのですけれど」

「半年も学校を休んでるんだ、佳奈ちゃん」

「知らなかったのですか?」

「うん。わたし、佳奈ちゃんと知り合ったのは数日前だから」

「そうでしたか……。それより今日はわざわざどうしたのですか? 私や雪に何かお話でも」

「実は、お二人に相談があって来たんです」

 わたしの言葉に、野坂さんはキョトンとした顔をする。

「相談……ひょっとして、佳奈さんの事でですか?」

「うん」

「……そうですか」

 野坂さんの表情が、一瞬暗くなったように見えたのは気のせいだろうか。

「美紀。せっかく、私たちを頼ってくれてんだから、そういう顔しないの」

「あっ、ごめんなさい。特に悪気があった訳ではないの。ただ、私は佳奈さんに嫌われているようなので、相談を持ちかけられてもうまく応じることができるか不安だったもので」

 確かに昨日のような拒絶のされかたをすると、彼女の気持ちもわからなくはない。

「でも、せっかく来ていただいたのですし、お話はうかがいますよ」

「ありがとうございます。あ、でも、その前に質問なんですけど、二人は昨日どうして、佳奈ちゃんに会おうとしたんですか? 用事があるとか言ってたけど、それってノートを貸すことだけだったんですか」

「そりゃあ、口実だな」

 森田さんが、あっさりと言う。

「口実?」

「ああ。美紀の方が、浅木のこと心配しててさ、いきなり理由もなく押しかけるのも気が引けるってことで、ノートを貸すことを口実にしたんだ」

「私、佳奈さんとはほとんど付き合いがなかったから、そうでもしないとどう会えばいいのかわからなかったのです」

 恥ずかしげにつぶやく、野坂さん。

 でも、その言葉は、わたしにとってありがたいものだった。

 佳奈ちゃんのことを、ちゃんと思ってくれる人がいたのが嬉しかったから。

「じゃあ、もし佳奈ちゃんがあんな風に逃げたりしなかったら、お友達になってくれたのかな?」

 わたしの突っ込んだ質問に、二人は顔を見合わせる。

 そして、野坂さんの方が口を開いた。

「そうですね。できればそういう関係も築けたらいいなあとは思っていました。でも、昨日の佳奈さんの様子を見る限りでは、どうも怒らせてしまったようですし……」

「ごめんね。佳奈ちゃんにも色々と事情があるんだよ。だから、彼女のこと嫌いにはならないで」

「安心してください。私から彼女を嫌おうとは思っていませんから。むしろ、私の方こそすみません。昨日は、せっかく楽しそうにしていらした所に、水を差したようなものですから」

「私も大丈夫。そりゃあ、ちょっとはムッときたけど、菜穂ちゃんがそこまで浅木のことをかばうなら許してあげるよ」

 わたしは、二人の優しさに心から感謝したかった。

「あのう。そこで相談なんだけど、もう一度佳奈ちゃんに会ってもらえないかな?」

「それって、浅木がそう言ってたの?」

 森田さんの問いに、わたしは首を横に振った。

「だったら……」

 困った顔の野坂さんが、何かを口にしようとする。

 けれど、わたしはそれを遮って、まくしたてるように喋った。

「このままじゃあ、佳奈ちゃん、ずっとひとりぼっちのままになっちゃうんです。今は強がっているけど、本当はとっても寂しいと思うの。だから、少しずつでもいいから、人と接して…………ええと、それから……」

「な、菜穂ちゃん。落ち着いて」

 なだめるように森田さんは言ってくれるが、わたしの口は止まらなかった。

 それからわたしは、自分が天使であること以外の、すべての事情を話した。

 佳奈ちゃんとの出会いのこと。楽しかった日々のこと。そして、佳奈ちゃんが心に抱えている闇の部分を……

 さすがに話の途中からは、二人も何も言わなくなった。

 真剣に耳を傾けてくれている。

 とりあえず、一通り語り終えた時には、わたしも息があがっていた。

「これ飲むかい?」

 森田さんが、鞄の中からスポーツドリンクを取り出して勧めてくれる。

「ありがとう」

 受け取ったドリンクを一口飲むと、ようやく落ち着いた気がする。

 野坂さんも森田さんも、沈黙して何かを考えている。

 それから、しばらくして。

「そんなことを悩んでいたなんて、辛かったでしょうね。佳奈さんも」

 消え入りそうな声で、野坂さんが言った。

 彼女の瞳には、ほんの少し潤んだものが見える。

「私たちで何とかできるんなら、どうにかしてやりたいよな」

「ええ」

 森田さんの言葉に、野坂さんはハンカチで目もとを覆いながら頷く。

「それじゃあ、二人とも会ってくれますか?」

「ええ。菜穂さんがこんなにも佳奈さんのことを思っているのですもの。私たちでできることならば、喜んで手伝わせてもらいますよ。それに彼女の気持ちだって、痛いほどわかります。私も同じような人間なので」

「え? それはどういう意味で」

「私も人と接するのがヘタな人間なんです。きっかけがないと、言いたいことさえ伝えられませんし」

「そうなんだ…………」

「私のような人間は、何かを伝えたり、意見をすることが怖いと思う時があるんです。もし反対に厳しい意見を返されようものなら、人付き合いのヘタさも災いして、もう何も言えなくなるし」

 野坂さんは目を伏せ、言葉を続ける。

「だから結局は、自分だけの世界をつくって、その中で物事を見るしかできなくなります。誰かが私に新たなきっけかを与えてくれるまでは」

 辛そうに語る彼女。その肩に、森田さんは優しく手を置く。

「美紀はもう大丈夫だろ? なんにせよ、いまは浅木自身の問題だ。彼女が頑なに自分の殻に閉じこもっていたら、昨日と同じ結果になりかねないし」

「それに関しては……きっと大丈夫だよ」

 根拠はないけど、わたしはそう言った。

 佳奈ちゃんに心の整理がつき、もう一度話し合えるチャンスがあれば、今度こそきっとわかりあえると思う。

 今までの佳奈ちゃんは、心細い時にひとりぼっちだった。

 誰しもが、いつだって強くいられる訳じゃない。辛く寂しい時には、心の奥底で誰かの助けを待っているものだ。

 不幸だったのは、佳奈ちゃんが無言の助けを求めている時、誰もそれに気づかなかったこと。

 だから、彼女は自分の殻に閉じこもるしかなかったんだと思う。

 確かに彼女にだって過ちはある。けれど、そんな佳奈ちゃんを臆病ものだと非難できるだろうか?

 わたしには、できない。

 ひとりではどうしようもないことだってあるのだ。

 救いを与えなかった者、救いを求めなかった者。そんなすれ違いが引き起こした不幸。

 でも、わたしたちは、いまその不幸の原因を突き止めた。

 本当に大事なのはこれからだ。これ以上の不幸を重ねさせないためにも、それを解決しないといけない。

 佳奈ちゃん。あなたは、ひとりぼっちじゃないんだよ。

 今度は、わたしがいるよ。

 そして…………みんなもいる。

 だから、みんなのいる楽しい世界へ戻っておいで。

 そう言ってあげたい。

「わかりました。菜穂さんの言う事を信じましょう。けれど、佳奈さんとはいつ会えばよいのでしょう?」

 野坂さんの言葉に、わたしは二人を軽く招き寄せた。

「それなんだけど単純ながらアイデアがあるの。もうすぐクリスマスでしょ。だから、その時にパーティーでもして盛り上がろうかと思うんだけど」

「なるほど。パーティーで親睦を深めるわけか。いいんじゃない。私は賛成だよ」

 急に張り切り出す、森田さん。

「野坂さんは、どうかな?」

「私もいいと思います。できれば、そういうのもいいかなって思っていましたから」

「でも、浅木は素直に参加を承知してくれるかな。やっぱり、そこだけは気になるよ」

「佳奈ちゃんのことはわたしに任せて。なんとかしますから。野坂さんと森田さんには、広い心で佳奈ちゃんを迎える準備だけしてくれれば嬉しいかな」

 二人はその言葉に頷いてくれた。

「それじゃあ決まりだな。徹底的に楽しめるパーティーにしよう」

「雪は、こういうことになると元気ですよね」

「まかせてよ。昔は、宴会雪ちゃんっていうあだ名を持ってたくらいなんだから」

 わたしは、思わず苦笑した。

 恥ずかしいあだ名だと思ったからだ。

 でも、この二人を見ていると、心強い味方を得たのだと実感する。

「そういえば菜穂さん」

 野坂さんがわたしに向きなおる。

「うん?」

「私たちのことも、できれば名字ではなく名前で呼んでくれますか」

「……ええと、野坂さんは確か」

「美紀です。だから、美紀ちゃんです。そう呼ばれると可愛く感じられて嬉しくなります」

 真顔で言われるだけに、笑うに笑えない。野坂さんって、こういう性格の人なのかな。

「じゃあ、私は雪ちゃんだ。もっと可愛らしく『ゆきりん』って呼んでくれてもいいけどね」

「雪には、そんな可愛い名前、似合いません」

「美紀だって、『美紀ちゃん』って柄じゃないでしょう」

「そうでしょうか」

 野坂さんは、少ししょんぼりとした顔をする。

「とりあえず美紀ちゃんと雪ちゃん、そう呼ばせてもらうよ」

 わたしは、慌てて言い繕った。

 夕陽の差しこむ穏やかな教室。

 ここに残っているのは、わたしたち三人だけ。

 結局、日が暮れて暗くなるまで、彼女たちとの相談はつづいた。

 クリスマス・イブは、あと数日でやってくる。

 

 

 

 

 とんとんとん。とんとんとん。

 小刻みに響く音。

 真夜中の時間。人々はもう寝静まっているであろう頃に、わたしはある家の二階の窓をたたく。

 こんな光景を誰かに見つかろうものなら、その人はまずこう思うはずだ。

 泥棒!……と。

 思うだけではなく声にも出されそうだ。だから、わたしも騒がしくならないよう慎重になる。

 別段、本当に泥棒さんをするわけじゃない。ただ、この部屋の中にいる人を呼び出したいだけ。

 この部屋にいる佳奈ちゃんを。

「か〜なちゃ〜ん。き〜がついたら〜、へ〜んじして〜」

 小声でゆっくりと呼びかける。

 自分で言うのもなんだが、間延びして怖い呼びかけにも思えた。

 それでもわたしは、トントンと窓をたたきながら、呼びかけつづける。

 窓の向こうはカーテンで閉じられていて何も見えない。

 時間が時間だけに眠っているのだと思うが、無視されていたらどうしようかとも不安に思う。

 けれど、寒い中でしばらく粘っていると、急に部屋の中の明かりが灯された。

 そして、窓が開かれる。

「こんばんは。佳奈ちゃん」

 てへへ、と笑って片手をあげる。

「菜穂!」

 わたしの名前を呼び、そのまま言葉を失う佳奈ちゃん。

 驚いている様子ではあるけど、歓迎されていないとかそんな様子はない。

「こんな夜中にごめんね。でも、どうしても佳奈ちゃんに伝えたいことがあったんだよ」

「寒いだろ。さあ、中に入って」

「うん。おじゃまするね」

 わたしは羽をしまって、窓からおじゃまする。

 その途端、佳奈ちゃんがわたしに抱き着いてきた。わたしはたまらず、ペタリと尻餅をつく。

「わ、わ、わ。どうしたの、佳奈ちゃん。女の子どうしで、いきなりはまずいよ!」

 慌てた拍子に、そんなことを口走ってしまう。

 でも、いきなりはまずいってことは、いきなりじゃなければいいのか、わたし? 

 それに一体、なにがまずいのだろう。とりあえず、自分に突っ込みが入る。

「菜穂! 菜穂! 菜穂!」

 すがりつく佳奈ちゃんは、わたしの名前を連呼しながら、嗚咽をもらす。

 迷子だった子供が、母親に出会えた時のように、佳奈ちゃんは甘えてくる。

 どうも茶化せる様子ではない。

「遅くなってごめんね。心細かったのかな」

 そっと、佳奈ちゃんの頭と背中を撫でてあげる。

 幼い頃のわたしが、母親にそうしてもらうと安心できたように。

「ねえ、佳奈ちゃん」

 できる限り優しく呼びかけると、彼女は顔をあげた。

 涙でくしゃくしゃの顔。見ていると胸が痛む。

 やっぱり佳奈ちゃんは元気なほうがいいな。そう痛感する。

「夜は静かにするものだよ」

 そう言って、自分の口許に指をあてて、「しーっ」とする。

 すると、佳奈ちゃんは笑って言い返してくれた。

「夜中に人の部屋の窓をたたいてた分際で、よく言うよ」

「うぅ。一本、とられたな」

 わたしも笑う。

 でも、これでこそ佳奈ちゃんとのやりとりだと安心する。

「菜穂。ごめんな。以前、あんなこといっちゃって」

「もういいよ。佳奈ちゃんだって、心の整理がついてなかったんだから」

「本当はさ。もう会えないんだと思ってた。あたし、逃げつづけてばっかだし」

「大丈夫だよ。佳奈ちゃんさえ嫌じゃなければ、わたしから追っかけて会いにくるから」

 二人してまた笑う。

 こういう何気ないやりとりが幸せなのだ。

 それから佳奈ちゃんは、部屋を温めて、紅茶も淹れてくれた。

 もちろん、ミルクも砂糖もたっぷりと準備してある。ちゃんと、わたしの好みを覚えていてくれたんだと、少し嬉しく思う。

「さあ、温かいうちに飲みな」

「いただきまぁす。……佳奈ちゃんは、あまり砂糖とかいれないの?」

「甘すぎるのはどうもね。それに、紅茶本来の味わいもちゃんと楽しみたいし」

「ふうん。佳奈ちゃんって、紅茶には結構こだわるタイプ?」

「別に。あたしは普通だけど、そういう菜穂はどうなの……って聞くだけ無意味か。あんたの場合、ほとんど砂糖漬けのお湯だもんね」

「失礼な。わたしは、こだわるタイプだよ」

 佳奈ちゃんは、少し意外そうな顔をする。

「どんなこだわりなの?」

「いろいろ茶葉知ってるよ。オニギリとかヌラヌラエリヤ……あと、ラスプーチン!」

「ラスプーチン? それって紅茶か?」

 怪訝そうに眉をひそめられる。

 あれ、違ったっけ。何だか不安。

 実をいうと今挙げた茶葉は、みんな美紀ちゃんが教えてくれたものだ。相談を持ちかけた後の帰りに少し喫茶店にも寄り、そこで紅茶に詳しい美紀ちゃんが色々と教えてくれたのだ……

 結局、後日わかったことだが、わたしが挙げた茶葉の名前はみんな間違い。

 ニルギリ、ヌワラエリヤ、ラプサンスーチョンが正解だとか。

 とりあえず、今の佳奈ちゃんにはバレなかったが。

「と、とにかく飲もうよ。温かいうちに」

 わたしは、そう取り繕うと、ティーカップに口をつけた。

 甘く、温かい紅茶は、気持ちをほっとさせる。

「おいしいね」

「ああ」

 ささやかな真夜中のティータイム。

 言葉はなくとも、幸せは伝わってくる。

 そして、しばらくして。

「そういえば、菜穂」

 佳奈ちゃんが口を開いた。

「ん?」

 紅茶を飲みながら、目線だけを向ける。

「……ここに来た時さ、あたしに伝えたいことがあるとか言ってなかった?」

 おっと、そうだった! 危うく本題を忘れるところだったよ。

 わたしは、ティーカップを置いて頷いた。

「そう。伝えたいことがあるの」

「……どんなことかな」

 佳奈ちゃんの声が少し沈む。何を言われるのか不安なのだろう。

 だから。

「今度のクリスマスにパーティーしようよ」

 彼女の不安を取り除こうと、つとめて明るく言ってあげる。

 佳奈ちゃんは驚いた顔で、わたしを見た。

「みんなで楽しくパーティーするの。もう、企画とかも色々考えているんだよ」

「…………みんなって言ったけど、菜穂以外にも誰かいるの?」

「野坂美紀ちゃんと森田 雪ちゃんも一緒だよ。駄目かな」

 すぐに言葉は返らなかった。

 悩んでいる表情。

 でも、それでも進歩だと思う。

 以前みたいに、すぐ拒絶しようという雰囲気はなかったから。

「ねえ、佳奈ちゃん。わたしのこと、好き?」

 わたしの突然の質問に、佳奈ちゃんは戸惑いの表情を浮かべる。

「どうしたのさ。いきなり」

「よければ答えてほしいの」

「……そりゃ、好きな方かな」

 言ってから真っ赤になる彼女。

「わたしも佳奈ちゃんが大好きだよ。あと、美紀ちゃんや雪ちゃんもね」

「…………………」

「わたしね、美紀ちゃんや雪ちゃんとも約束したの。パーティーには、佳奈ちゃんも絶対誘うって。佳奈ちゃんが来なかったら、わたし嘘つきになっちゃうよ」

「…………わかったよ」

 溜め息をついて、口許を緩める佳奈ちゃん。

「せっかく菜穂が誘ってくれたんだもんな。行ってやるよ。そのかわり、ちゃんと楽しませろよな」

 そう言って、軽くウィンクしてくる。

 わたしは、思わず嬉しくなった。

「勿論! 楽しませてあげるよ」

 大声になってしまった。

「しーっ!」

 佳奈ちゃんは、さっきのわたしと同じように、口許に指をあてる。

「夜は静かに……だろ」

 笑ってたしなめる彼女に、わたしは肩を竦めて謝る。

 でも、これでひとつ大きな前進は遂げた。

 あとは、佳奈ちゃんを、たくさん楽しませてあげなきゃ。

 今まで楽しませてもらった、ささやかなお礼として。

 期待していてよ。

 佳奈ちゃん。

 

 

 

 

 1224日。クリスマス・イブ。

 ついにこの日はやって来た。

 今日という日のために、美紀ちゃんや雪ちゃんとも、念入りな計画をたててきた。準備の方もほぼ万端だ……と思う。

 なにしろ準備のほとんどは、美紀ちゃんたちがしてくれるとの事だったから。

 パーティーの場所も、美紀ちゃんの家を借りられることとなった。

 わたしの役目は、佳奈ちゃんを迎えにいくこと。

 そんなわけで。

 夕方近くに、わたしは佳奈ちゃんの家を訪れた。

 今日は普通に玄関正面から呼び鈴を鳴らす。すると、彼女はすぐに出てきてくれた。

「お待たせ、佳奈ちゃん。迎えにきたよ〜」

「うむうむ大儀であった」

 どこかのお殿様のように偉そうに頷かれる。服装の様子からみても、出発できる準備は整っているようだ。

「で、野坂の家って、ここからは遠いわけ?」

「そうだね、歩いて二十分くらいかな」

「げっ、そんなにかかるの」

「二人で話し歩けば、それくらいあっという間だよ。さあ、行こう」

 わたしは、佳奈ちゃんの腕をひっぱった。

 苦笑いしながらも、彼女はついてきてくれる。

「相変わらず、強引なところあるよな。菜穂って」

「案外、佳奈ちゃんと似てるのかもね」

「あたし、そんなに強引かな?」

「強引っていうより強情かな」

 急にムッツリと黙り出す佳奈ちゃん。

 また、余計なこと言っちゃったかな…………

「気分を害してしまった?」

 おそるおそる訊ねると、無言でうなずかれる。

 そして、佳奈ちゃんは顔を伏せ。

「あたし気分悪くしたから……」

 まさか、帰るとか言わないよね?

 わわわっ、もしそうだとしたらごめんなさい。

「…………菜穂の分の料理も全部食ってやるぅ〜〜!」

 真顔から、一転して意地の悪い笑みを浮かべられる。

 わたしは、少しホッとした……が。

「わたしの分の料理も全部食べるって!?

 佳奈ちゃんの言葉を理解した途端、反射的に叫んでしまう。

「そうだよ。気分悪いから、ヤケ食い」

「い、意地悪だよぉ」

「なんとでもいいな。食いしん坊天使」

 結局、美紀ちゃんの家に着くまで、佳奈ちゃんのペースだった。

 どうもわたしってば、彼女にからかわれやすい性格のようだ。

 それでも嫌な気分はしなかった。何故なら、佳奈ちゃんは楽しそうだから。ささいなことだけど、こうやって掛け合いできることが嬉しい。

 けれど、さすがに美紀ちゃんの家の前についた時には、佳奈ちゃんも言葉を失った。目の前には広い敷地の豪邸があったから。わたしも最初見たときは驚いたが、美紀ちゃんの物腰の丁寧さなどを考えると、育ちの良さは納得できた。

「ひょっとして、ここが野坂の家?」

「そうだよ。彼女、お嬢様みたいだし」

 呆気にとられる佳奈ちゃんをよそ目に、わたしは美紀ちゃんをインターホンで呼び出す。

 ほどなくして美紀ちゃんは、雪ちゃんを伴って現れた。

 今日の彼女たちは、学生服ではなく私服だ。セーターにジャンパースカートの美紀ちゃん、ハイネックのシャツにデニムのジーパンの雪ちゃん。性格の違いがそれだけでもわかるし、それぞれのイメージにもあって似合っている。

「お二人とも、よく来てくださいましたね。待っていましたよ」

「浅木も元気そうじゃん。今夜はたっぷりと楽しませてやるから覚悟しなよ」

 美紀ちゃんも雪ちゃんも、和やかに出迎えてくれる。

 わたしは、佳奈ちゃんの顔を覗き見た。

「わざわざ招いてくれたとのことなんで、とりあえず礼はいっとく」

 言葉は固い。でも、表情はまだ穏やかな感じだ。

 まあ、悪くはないとしよう。美紀ちゃんたちも気にした様子でもないし、これから楽しんでいけばいいんだからね。

 こうして、わたしたちは家の中に通された。

 そして案内された部屋の中は、既にいろいろな飾りで華やいでいた。

 ふかふかのソファーがある広いリビング。大きめのクリスマスツリーも十分に目立っているが、それ以上に目立つものがあった。それは天井や壁に飾られた、色紙でつくった輪っかや、ふわふわした綿の飾り。

 わたしも佳奈ちゃんも、これには思わず吹き出した。

 自宅のクリスマス・パーティーで、ここまで飾り立てるのも珍しいよ。まるで、幼稚園か町内会のクリスマス・パーティーみたい。

「何かおかしいことでも?」

 美紀ちゃんが、怪訝そうに訊ねる。

「す、すごい飾りだなあと思って」

 顔をひきつらせつつも、無難な感想を洩らす佳奈ちゃん。

 すると、雪ちゃんの顔が嬉しそうに輝く。

「その飾り付け、みんな私がやったんだ。美紀は派手すぎるんじゃないかって言ってたけど、やっぱパーティーなんだからこれくらいはしないとね。あとはこの子たちを周囲に置いとけば完璧」

 そう言って、大きな紙袋の中から色々なぬいぐるみを取り出してくる。

 クマ、犬、ネコ、ペンギン、その他謎の生き物多数。それらを片っ端から置いてゆく。

「賑やかになって、素敵ですね」

 美紀ちゃんは少し楽しそう。

 たしかにわたしも、こういうのは嫌いじゃない。

「さあ、佳奈さんも菜穂さんもお座りになってください。今から食べ物を持ってきますから」

「あ、野坂」

 佳奈ちゃんが、美紀ちゃんを呼びとめる。

 みんな、一瞬の沈黙。

「なんでしょうか?」

「よければ手伝うけど」

 空気が和む。そして、美紀ちゃんの表情も。

「それではお願いします。どうぞ、こちらへ」

 美紀ちゃんは佳奈ちゃんを伴ってキッチンに行く。

 雪ちゃんは安心したかのように、わたしに笑いかける。

「菜穂ちゃん、よかったな。浅木のやつ、少しは積極的になろうとしてるし」

「そうだね。これも雪ちゃんたちが広い心で佳奈ちゃんを受け入れてくれたおかげだよ」

「なんのなんの。すべては菜穂ちゃんの努力の賜物さ。さあ、今夜は食べまくろうな。美紀の料理は絶品だよ」

 そう聞くと、思わず頬が緩んでしまう。

 そして、しばらくすると料理がつぎつぎと運ばれてきた。

 いろいろな具を詰め込んだサンドイッチやフライドチキン、生ハムとトマトを添えたサラダ。それに揚げたてのポテト。

 どれも美味しそうだ。

 あとはみんなにグラスが配られ、飲み物も用意される。

「それじゃあ、そろそろはじめますか」

 美紀ちゃんたちも座り、グラスに飲み物が注がれたところで、雪ちゃんがパーティーの開始を宣言した。

「さあ、それじゃあまずは乾杯の音頭を」

「雪。それってまるで忘年会か新年会みたいです」

「堅いこと言わない。クリスマスパーティーなんて忘年会と似たようなもんでしょうが。てな訳で、音頭は浅木にとってもらおうかな」

「あたしか?」

 いきなりの指名に絶句する佳奈ちゃん。

 でも、そこですかさず応援する。

「がんばれ〜、佳奈ちゃん」

「…………人ごとだと思いやがって。んじゃあ、まあ、とりあえず」

 立ち上がって軽く咳払いする佳奈ちゃん。

「かっこいいよ。まるで政治家の演説みたい」

 ガツン!

 …………痛い。何も思いきり頭を殴らなくても。しかも、そう思っている間に。

「硬い挨拶は抜きにして、メリークリスマスっ!」

「「メリークリスマス!!」」

 ……なんかわたしだけ除け者にされてるしぃ。

 いいもん。いいもん。

 わたしはいじけながら、手近にあったサンドイッチにパクりと頬張る。

「美味しいっ!」

「それフルーツサンドですね。果物と一緒に、自家製のジャムも塗りこんであるんです」

「どれどれ、あたしにも少し食べさせてみなよ」

 佳奈ちゃんが、わたしのフルーツサンドをひょいと奪う。そして、大口をあけてモグモグと食べてしまう。

「なるほどな。たしかにいける。程よい甘みで」

「それ、わたしのだったのに〜」

「まあまあ、菜穂ちゃん。こっちの皿にもまだあるんだから新しいの食べなよ」

 雪ちゃんが新しいサンドイッチを取り分けて、小皿にのせてくれる。

 こうして始まったパーティーは、かなり和やかにすすんだ。

 料理は見た目どおりにどれも美味しく、どのお皿もすぐになくなってゆく。

 美紀ちゃんと佳奈ちゃんは、いつのまにか料理の味付けのことで話しが盛り上がっている。佳奈ちゃんも料理にはこだわりがあるようなので、会話の流れは自然に広がっている感じだ。

 わたしと雪ちゃんは、そんな二人の会話に馬鹿な突っ込みをいれては、呆れられたり、苦笑されたりしている。

 何だかいい雰囲気。

 最初はぎこちないところもあったが、今では誰もそんなことを意識していない。わたしも、心からこの状況を楽しんだ。

 料理がなくなり、会話も一段落ついたら、今度はケーキが運ばれてきた。

 美紀ちゃん手作りの丸いケーキだ。焼きあがったばかりとかで、まだいい香りがする。

 見た目的には特に飾り気はなく、クリームとかも塗られていないが、これはこれで自家製ならではの味わい深さがありそうだ。

 美紀ちゃんはテーブルの真ん中にケーキを置くと、慣れた手つきでパウダーシュガーをまぶす。

「ホント、料理が得意なんだね」

 こういうことに縁のないわたしは、素直に感心してしまう。

「これぐらいのケーキならば、そんなに難しくないですよ。材料も小麦粉やベーキングパウダー、バター……」

「わわわっ、別に説明まではいいよ」

「そうですか?」

 少し残念そうな顔をされる。

 美紀ちゃんには悪いけど、ここで細かい説明をされようものなら、目の前のケーキがお預けになっちゃいそう。

「ささ、焼き立てのうちに食べようよ」

 雪ちゃんはそう言うと、全員分のケーキを均等に切り分ける。

 こうして食べたケーキは、やはり美味しかった。

 あと、飲み物として出された紅茶も少し変わっていた。ミルクをたっぷり加えた紅茶の中に、ふわふわのマシュマロが入っていたのだ。

 でも、これがまた絶品。ミルクティーに溶け込んだマシュマロを口の中に含んだ時の感触は、まさにとろけるようなとしか言いようがない。

 甘く美味しい、ケーキと紅茶。

 それらは人の心を豊かにし、ささやかだけど幸せな時間を与えてくれる。

 ケーキを食べた後には、この部屋にあったカラオケセットで大騒ぎ。

 これは美紀ちゃんのご両親がよく使うものらしいけど、中に入っている曲はありがたいことに、わたしが得意とする古い演歌が多かった。

 勿論、わたしがそれを熱唱して、みんなに大笑いされたのは言うまでもない。

 そうこうしているうちに、楽しい時間が瞬く間に流れ、気がつけば結構いい時間になっている。

「そろそろお開きにしないと、親たちが心配するかな」

 時計を見た雪ちゃんが、そんなことを口にする。時間はもう午後十時近く。

 たしかにみんな年頃の女の子だし、あまり遅く帰るのも問題だよね。

「それじゃあ、これ片付けたら帰るとするか」

 佳奈ちゃんの言葉に、わたしも雪ちゃんもうなずく。

 こうして、みんなで手分けして後片付けをし、クリスマスパーティーは終わりを迎えた。

 あとは、玄関先でのお別れとなる。

 でも、楽しかった余韻がまだ残っているのか、なかなかお別れといかないのが現状だけど。

「今夜はとても楽しかったです。また、こんなふうにみんなで騒げるといいですよね」

 美紀ちゃんがそんな感想をもらす。

「まあ、今日から冬休みにも入った訳だし、近いうちに騒げるよ。よければ明日は忘年会でもやる?」

「雪ってば、本当に元気ですね」

「宴会雪ちゃんのあだ名は、伊達じゃないからね」

 みんな笑いにつつまれる。

「……さて、冗談はさておき、私もそろそろ帰らないと」

 雪ちゃんは荷物を入れたリュックを背負うと、そのまま玄関を走り出た。

 そして。

 途中で振りかえって叫ぶ。

「浅木、菜穂ちゃん! また一緒に遊ぼうな!」

 そのまま手を振って、走り去る雪ちゃん。

 わたしと美紀ちゃんは、手を振り返す。

 佳奈ちゃんの方は、呆然と彼女が去るのを見送っただけ。

「菜穂。あたしたちも帰ろうか」

 ぶっきらぼうに言う佳奈ちゃん。わたしは静かにうなずいた。

「二人とも気をつけて帰ってくださいね」

「ありがとう、美紀ちゃん。今日の料理、ほんと美味しかったよ」

「よければ、またきてください。今度は別のお菓子もつくって待っていますし」

「うふふ。それは楽しみぃ……イタタタッ!」

 急に佳奈ちゃんが、わたしの耳を引っ張る。

「いい加減、行くぞ。……それと野坂、今夜はありがとう。また、学校でもよろしくな」

 え?

 わたしは引っ張られた耳を撫でつつも、その重要な一言を聞き逃さなかった。

 美紀ちゃんも、少し驚いた顔で佳奈ちゃんを見る。

 だが、すぐに穏やかな表情に戻り……

「はい」

 笑顔でそれだけを言った。

 

 

 

 

「これでよかったんだろ、菜穂?」

 美紀ちゃんの家からの帰り道。佳奈ちゃんは静かに話をきりだした。

「わたしのためじゃなくて、佳奈ちゃん自身が、それでいいのかどうかじゃないかな」

 お互いの心は通じている。

 そう思うからこそ、わたしはそう答えた。

 佳奈ちゃんは、足をとめた。

「今夜は本当に楽しかったさ。昔、千歳と一緒にいたときみたいでさ」

「それはよかったよ」

「…………でもさ。まだわからないんだ。このまま学校に戻って、他の連中とちゃんと付き合っていけるかがさ」

「どうして、そんなこと思うの?」

「やっぱり、まだ割り切れない部分があるんだ。野坂や森田は別だとしても、学校には千歳の葬式で笑ってたやつらもいる。そんなやつらと顔をつき合わせて、あたしは平静でいられるかな」

 前向きに現実と向き合おうとするが故の不安。

 心のわだかまりは、簡単には消えない。

 でも、少しでも前向きに考えようとしている佳奈ちゃん。

 ならば。

 軽くでも後押ししてあげよう。

 きっと、それがわたしの役目だから。

「佳奈ちゃん。生きてるってどういう意味だかわかる?」

「どうしたのさ。急に」

 少し戸惑い気味の佳奈ちゃん。わたしは、そのまま言葉をつづけた。

「生きているっていうのは、この世界に存在することなの。今、目の前にある現実は、佳奈ちゃんがこの世界に生きているっていう証なの」

「……………」

「佳奈ちゃん。いいもの見せてあげるよ」

 わたしは彼女の側に近寄ると、そっと肩を抱いた。

 そして。

 ふわりと背中に羽を広げて、星の夜空へと舞い上がる。

「えっ? うわわわわ〜〜」

 急に空の上へと舞いあげられたものだから、佳奈ちゃんは暴れる。

「落ち着いて。じゃないと、落ちちゃうよ」

「そんなこといったって無理だ!」

 佳奈ちゃんは半ばパニックを起こしながら、わたしにしがみつく。

 とりあえず彼女を落ち着かせるよう、ゆっくりとなだめる。

「すぐに慣れるよ。わたしを信じて、しっかりつかまっていて」

「うぅぅぅぅ」

 暴れるのはやめてくれたが、目を閉じて唸られる。

 まあ、仕方ないか。

 こんな経験、普通はできるものでもないだろうし。

 わたしは、佳奈ちゃんを抱えて、もう少し高い空へと昇った。

 そして、ある高みにまで達するとそこで止まる。

「佳奈ちゃん。目をあけてごらん」

「やだ、怖い」

「大丈夫だよ。とってもいいもの見えるから」

 わたしの言葉に、佳奈ちゃんはおそるおそるだが目を開く。

 そして。

「あ……」

 息を呑む、佳奈ちゃん。

 彼女の瞳に映る世界。

 遥か下に広がる、街の夜景。美しくきらめく、ネオンの灯火。

「綺麗だと思わない?」

「……うん」

「あれが佳奈ちゃんが生きてきた街。……そして、佳奈ちゃんを受け入れてくれる世界」

 いつのまにか雪が降ってきた。

 きらめく世界に溶け込んでゆく、真っ白い小さな精たち。

「辛いこととか、嫌な人とかもいる世界だよ。でも、いい人はいるし、楽しいこともある世界。……それは今の佳奈ちゃんにも、よくわかることだと思うよ」

 小さな街でも、一人の人間にとっては大きな世界。更に街を出れば、もっともっと広い世界にも繋がっていく。

 世界には沢山の物事や考えがある。それを理解した上で、自分に合ったものを見つけていくことこそが、生きるということ。

「…………ホント、あんたにはかなわないよ」

 苦笑する佳奈ちゃん。

 でも、その瞳にはこぼれ落ちる雫。涙だ。

「意外と泣き虫さんだね。佳奈ちゃんは」

「うるさい」

「けれど、ここは泣く場面じゃないんだよ。ここは、わたしが佳奈ちゃんにお礼を言う場面なの」

「お礼?」

 きょとんとした顔をされる。

「わたしね。ありがとうを、あなたに言いたいの」

「そりゃ、逆だろ。あたしの方こそ、菜穂にお礼を言わなきゃいけないのに」

「でも、言わせて欲しいの。今まで楽しかったから」

「……まるで、別れみたいだな」

 笑うしかない。

 ある意味で、正しい指摘だったから。

 けれど、これ以上は佳奈ちゃんのお世話になる訳にもいかないだろう。わたしだって、自分の旅の目的はある訳だしね。

 でも、これだけは誤解されたくない。

 だから、じっと目を見つめて、言葉をつかって伝える。

「永遠の別れにはしないよ。きっとまた会いに来るから」

「ほんとうに?」

「約束するよ」

 空の上での指きりげんまん。

 佳奈ちゃんも、無用にわたしを引き止めたりはしない。

 彼女もわかっているのだ。ここから先、わたしを頼ってはいけないことくらい。

 心の内に不安はあっても、勇気を振り絞ってそれを押さえ込む。わたしを心配させないよう、穏やかな笑みでいてくれようとする。

 嬉しかった。今、わたしたちの心は言葉を介さなくても伝わってくる。

 指きりもそのひとつの形。

 互いを信じることができてこその、約束。

 それでも、段々と込みあがる感情が、やがて佳奈ちゃんの笑顔を崩す。

 やだな。

 最後まで笑っていてよ。

 わたしも、我慢できなくなるんだよ。

 遅かった。頬をぬらすものが止まらない。

 でも、出来る限り笑うことも諦めない。

「佳奈ちゃん。笑おう。笑ってよ。……笑っていれば、ほら」

 わたしは、最高の笑顔をつくったつもりで言った。

「きっと、幸せになれるから」

 …………どこまで、この言葉は伝わっただろう。

 けど、ちゃんと全部伝わったよね。

 佳奈ちゃん、笑ってくれたし。

 

 今夜の雪は、まだ止みそうにない。

 積もるかもしれないね。

 わたしの羽とおなじ、真っ白な色。

 でも、不思議と冷たくない雪。これって、本当に雪なのかな?

 天使となった、千歳ちゃんの羽だったりしたら楽しいよね。

 えっ、楽しくない?

 夢がないな〜。佳奈ちゃんは。

 でも、今夜はロマンチックにいこうよ。

 

 メリークリスマス。

 楽しい思い出、ありがとう。

 そして、また。

 もっと大きな“ありがとう”を、感じる時がきますように。