天使がいるって知ってる?
そんなものは信じられないって?
夢がないなぁ。
でもね。本当にいるんだよ。
ほら。
ここにね。
プロローグ [菜穂]
街の明かりが見える。
空の上から見下ろす夜の街並み。
季節は冬。肌寒〜い時期。そのせいもあってか、明かりに照らされた場所というのは、やはり温かそうに思えてしまう。
わたしは、背中の羽を広げて街に近づいた。
冷たい風が身体に吹きかかり、寒い……というより痛い。
そこらへんの感覚は、自称“天使”であるわたしにもどうしようもないのかも。
しばらくすると、色々な建物が見えてきた。
街はそれほど大きくはない。駅を中心として、こぢんまりとした商店街が広がり、そこから離れるにつれて住宅地へと続いている。
「わあ、綺麗♪」
駅の上空に来たわたしは、眼下の光景に思わず声をあげた。
バス停広場の近くに、色とりどりの電飾で飾られたクリスマスツリー見えたからだ。
「そうか。もうすぐサンタクロースが来る時期なんだね」
目の前のツリー以外にも、クリスマスの到来を告げるものは至るところで目についた。商店街の店先には、サンタクロースの恰好をさせた人形が置かれていたりするし、クリスマスソングらしいものも流れていたりする。
でも、クリスマスといえば。
「やっぱり、ケーキだよねぇ」
そう思った途端、ふらふらっとケーキ屋を捜してしまう自分は実に正直だ。
別に食い意地が張っているとか、そういうことは、多分……ない……と思いたい。
しばらく商店街の空をさまよっていると、ケーキ屋はすぐ見つかった。
わたしは、ケーキ屋の見える真上に立ち止まると、自分の指をくわえる。
「食べたいな〜。ケーキ」
ケーキ屋に来たとしても、実際にはそれを買うお金なんて持っていない。
わかってはいたことだけど、溜め息がもれる。
物欲しげに指をくわえている自分が、少し哀れに思えてきた。
救いをいえば、地上におりて、店のウィンドウ越しに覗き見をしないだけマシなのかもしれない。わたしも、そこまで恥知らずじゃないもの。
昔、まだ人間として街で暮らしていた頃。物欲しげに店の中を覗き見しては、母さんに叱られたのを覚えている。
あの頃のわたしは、まだ小さな子供だった。
でも、いまのわたしは、見た目でこそ、そこそこ大人。
ケーキ屋の店先では、クリスマスという季節柄か、お菓子を詰め合わせにした赤いブーツがワゴンに積まれて売られていた。
仕事帰りの大人たちが、家族へのお土産としてブーツを買っていく光景は、中々微笑ましいものがある。ひとりのお客さんが買い始めると、その流れで他のお客さんも買っていく。見ている限りでも、それなりの売れ行きみたいだ。
その時だ。
「おや?」
わたしは、ふと一人の女の子に目がついた。
年齢にして、わたしと同じ、十七、八ぐらいの女の子。お客さんの一人みたいだけど、何だか行動がおかしく思えた。
ワゴンに積まれたブーツを手に取ったのはいいとしても、そのまま素早くコートの奥に仕舞い込むのが見える。
あれ? あの子、お金払ってないよね。
店員さんは……気づいてない。
あれれ? 一体、どうなっているの? 他のお客さんはお金払ってるから、まさかタダって事ないよね。
ブーツをコートの奥に仕舞い込んだ女の子は、そのままそそくさと立ち去ってゆく。
これって、ひょっとして。
考え込むわたしの頭の中に、ひとつの単語がよぎった。
「万引き!」
いや、まさかじゃない。事実そうだ。あの女の子はお金を払わずに商品を持ち去っていっちゃったんだもの。
万引きっていえば、人殺しほどひどくないにしても、悪い行いだ。
「わっ、どうしよう」
万引きの現場になんて遭遇するとは思いもしなかっただけに、わたしはひどく慌てた。
こういう場合は交番などに通報するのが良いのだろうが、交番ってどこ?
店の店員さんに大声で知らせたほうがいいかな。
駄目だ。空に浮かんでいるわたしを見た途端、そっちの方でパニックを起こされるかもしれない。
仕方ない。こうなったら、わたし自身で追いかけよう。
そう思って行動を起こそうとしたが。
「……いないよ」
気がついた時には、すでに万引き少女はどこかに消えたあとだった。