〜宿り木の双子〜
やっとみつけたよ
◆
第3話 宝物をさがして
◆
素敵なプレゼントを
大好きな人にあげたい
それがその人にとって
宝物となりますように……
1
[柊 若葉]
今日も、あと一時間ほどで日付が変わろうとしていた。
喫茶店“宿り木”の営業を終え、店内の掃除やら売り上げの計算などをしたわたしたちは、ようやく一息つく。
静かになった店内のテーブルには、彩音姉さんの淹れた紅茶と余りもののケーキが並ぶ。
一日の労働を終えた後の夜のお茶会。
わたしは、毎晩のこの時間が好きだった。
「今夜の紅茶はマシュマロミルクティーにしてみたよ〜」
彩音姉さんの淹れた紅茶には、ふっくらとしたマシュマロが浮かんでいる。姉さんは料理などからきしダメだけど、紅茶を淹れるのだけはとても上手な人だった。目の前のミルクティーも、マシュマロがうまく溶け込むような見た目で、とても美味しそう。
「それじゃあ、早速頂いてみるね」
ティーカップを持ち上げ、ゆっくりと紅茶を口に運ぶ。そして、マシュマロをひとつ口の中に含んだ。
ミルクティーの甘さがマシュマロに溶け込んで、まるでクリームのような味わいが広がる。マシュマロミルクティーを飲むのは初めではないけれど、今夜のはまた格別な味に思えた。
「うん。美味しい」
ありきたりだけど、それが素直な感想。わたしたち双子には、それだけでも十分な言葉だから。
「よかった〜。今夜の紅茶はね、ルフナっていう銘柄のものなの」
「あまり聞いたことのない名前ね」
「国内で入手するのは少し難しい方だから、あまり一般的ではないかもね。でも、値段のほうは比較的お手ごろなんだよ」
「ふうん」
「ルフナはね、シンハリ語で“南”という意味で、スリランカ南部の熱帯雨林に点在する茶園で栽培されるの。ちょっと繊細さに欠けるからストレートには向かないんだけど、濃厚な風味はこういったミルクティーによく合うんだよ」
姉さんに紅茶のことを語らせると、これまた詳しい。自分にはわからないことも多いけれど、聞くのが嫌ということはなかった。
だって、紅茶を語るときの姉さんはとても活き活きとしているから。自信のあることを堂々と語れる人は、それはそれで魅力のある人に思えるしね。
こうしてしばらく姉さんの薀蓄を聞いているうちに、店の時計が鳴った。
日付が変わったことの合図だ。
「あら。もう0時なのね」
「時間が経つのって早いよね。でも、今夜はゆっくりしてもいいじゃない。冬休みで学校もお休みなんだし」
彩音姉さんの呟きに、わたしはそう答える。
そう。わたしたちは普段、高校生なのだ。本来この喫茶店“宿り木”は、わたしたちのおじいさまの店なのだけど、今はおじいさまが入院中だから、自分たち双子が学校を終えた後にきりもりしている。
そして今は、学校が冬休みで、翌日の朝とかゆっくりしていられるのが救い。お店の営業は夕方前からだしね。
「そういえば若葉ちゃん。明後日には私たちの誕生日だね」
「あ、もうそんな時期なんだ」
思わず店内にあるカレンダーに目をむける。今日は
12月27日。そして明後日、29日はわたしたち双子の誕生日だった。「次で私たちも
18歳だね〜。免許さえとれば車にだって乗れるよ」「姉さん免許とる気? やめといたほうがいいわよ。姉さん不器用だもの」
「じゃあ、若葉ちゃんがとればいいよ。私と違って器用だし」
笑顔で言う姉さんは、自分が不器用であることを理解しているようだ。それはそれで何だかな〜って気もするが。
「わたしはパス。車ってあまり好きじゃないもの」
「残念……。せっかく若葉ちゃんと一緒にドライブできるかと思っていたのに」
「第一、免許とるにしても車買うにしてもお金がないじゃない。お店の経営はなんとかなってるけど、余裕がある訳でもないんだから。という訳で免許は絶対に却下」
「わかったよ。でも、そこまでムキになって言わなくても」
彩音姉さんは少しいじけたように呟く。
う〜ん。ムキになったつもりはないんだけど、無意識に車への嫌悪がでちゃったかな。でも、わたしが車嫌いな理由も、両親を交通事故で亡くしたというのが原因。その一件があってからというもの、どうしても車は好きになれないのだ。
「そんなことより姉さん。今、欲しいものって何か無い?」
車の話はちょっと気まずいものがあるので、わたしは強引に話題を切り替える。
「どうしたの急に」
「ほら、今度誕生日な訳だし、お互いにプレゼントをしあうのも楽しいと思わない? ここ数年、誕生日といっても何気なく過ぎ去っていくことが多かったし」
「なるほど。たしかにそういうのもいいよね。でも、私は欲しいものってそんなにないかな〜。若葉ちゃんとこうしていられる時間があれば、それだけで満足だもの」
「そんな当たり前なことプレゼントにならないわよ。何か欲しい物はない訳?」
「あるにはあるけど、おそらく手には入らないよ」
「それって高いものなの?」
「う〜ん。どうかな。あまり詳しく調べてないから…………」
微妙に歯切れの悪い彩音姉さん。一体、何が欲しいのだろう。
「まさか家やマンションが欲しいとかじゃないよね」
「さすがにそれはないよ〜。私が欲しいのは紅茶だから」
「なんだ。紅茶が欲しいんだ。でも、姉さんが手を出していない紅茶があるとはね」
「そういうのって結構あるよ。私だって、まだまだ知らないこと多いし」
「ま、姉さん個人にプレゼントするんだから、ちょっとぐらい高くてもいいわよ。高いとはいえ、紅茶の値段なんて知れてるでしょ」
とはいうものの、わたしも紅茶の価格なんてあまり知らない。高いお酒みたいに数万もするのは勘弁してほしいが。
「気持ちは嬉しいけど、値段以前として、まず物がみつからないと思うよ」
「その紅茶はどこの銘柄なの?」
「リゼっていうトルコ原産の紅茶だよ。輸出量が少ないから、国内でみかけることはまずないかな〜」
「なるほど。そういうことか」
「それよりも若葉ちゃんこそどうなの? 欲しいものがあったらプレゼントしてあげるよ」
逆に話を振られ、今度はわたしが悩む。
「欲しいものっていっても、いざ唐突に言われるとパッと浮かばないわね」
「うふふ。そういうものでしょ」
「案外わたしたちって、無欲な姉妹なのかもね」
「それはそれでいいんじゃないかな。無欲であるということは、それだけ満たされているとも言える訳だし」
「求めすぎるあまり、キリがなくなるよりはいいよね」
わたしたちは顔を見合わせて笑いあった。
その後は、お互い適当にプレゼントを見繕おうという話になった。互いに何がもらえるかは、誕生日までのお楽しみということで。
とりあえず明後日までの短い時間が勝負。
わたしがもらうプレゼントは何でも良いとしても、姉さんに送るものだけは、あっと驚くようなものにしたいなあ。
2
一夜明けてからの、その日のお昼前。わたしは一人、都心の繁華街に来ていた。
目的は勿論、彩音姉さんへの誕生日プレゼントを探すためだ。いつもなら姉さんと一緒に来る筈なんだけど、今回はお互いのプレゼントを何にするか秘密にしているため、朝から別行動をとっている。
繁華街は年末最後の賑わいを見せていた。学生たちも冬休みに入っているため、平日であっても若い子の遊びに行く姿が目立つ。あと、クリスマスが数日前に終わった為、いまはお正月にむけての飾りが目に付く。
そういえば、うちのほうもお正月の準備だけはしないといけないな。おじいさまはまだ入院生活が続くみたいだから、姉さんと二人だけのお正月になる訳だけど、だからといって何ら正月らしい準備をしないのも寂しいというものだ。
せめて、おせち料理ぐらいは作らないとね。そしてその裏側では、彩音姉さんに店などの大掃除をしてもらって……。
そんなお正月の準備を考えながらも、わたしはとあるショッピングモールの中にある紅茶専門店に入った。
店の中は広く、お客さんもそれなりにいる。棚には沢山の銘柄の紅茶が置かれ、その近くにある小さな容器に入った茶葉で、それぞれの紅茶の匂いを確認することもできるようだ。
わたしは正直、途方にくれた。
たくさんありすぎて何がなんだかわからない。よく耳にする銘柄以外に、知らない銘柄も山のように並んでいる。
とりあえずわたしが探しているのは、彩音姉さんが欲しがっていたリゼという紅茶だ。
ここの店も姉さんのチェックが入っているので、あるという望みは薄いが、ひょっとしたらということもある。それに見つからないまでも、何らか別の手がかりぐらいはわかるかもしれないし。
沢山ある紅茶をひとつひとつ眺めていても仕方ないので、わたしは意を決して店員さんに訊ねてみることにした。
「すみません。このお店にはリゼという銘柄の紅茶はありませんか?」
「フレーバーティーのものでございましたらありますよ」
にこやかに答えてくれたのは若い女性店員さんだった。でも今、“ある”とか聞こえたような。
「あるんですか
!?」わたしは思わず、身を乗り出して訊きかえした。
「ええ。こちらのものですが」
そう言って店員さんが見せてくれたものは、缶入りの紅茶だった。
でも、その缶にはリゼと書かれているわけでもなく、わかる部分ではアールグレイとか読み取れる。
「これって…………アールグレイとか書かれてますよね?」
「そうですね。フレーバーティーですので」
ここでわたしの脳内に疑問符が浮かぶ。
先ほども店員さんが言っていたが、フレーバーティーって何? 彩音姉さんからも何度かその言葉はきいたことがあるけれど、正直全然わかっていなかったりする。
かといって、このままフレーバーティーが何であるのかを聞き返すのも恥ずかしい気がした。
これじゃあまるで紅茶ド素人丸出し。…………いや、実際その通りではあるんだけどね。
「プレゼントか何かでお探しなのですか?」
微妙に表情がひきつっているわたしを見て、店員さんがそう助け舟をだしてくれた。
「ええ。実はそうなんです。今度、姉の誕生日なんですが、リゼっていう銘柄の紅茶を欲しがっていたもので」
「そうでしたか」
「でも、わたし自身はあまり紅茶のこと詳しくなくて」
「もしかしてお客さま、柊 彩音さんの妹さんですか?」
「え? 姉さんのことご存知なのですか」
確かに彩音姉さんはこの店の常連ではあるけど、名前まで知られているとは思わなかった。
「やはりそうでしたか。面影が似ていらっしゃるから、もしかしてと思いましたが。いつも彩音さんには、ひいきにしてもらっていますよ」
「なるほど。さすがは姉さんってところか…………」
「でも、彩音さんが欲しがっているリゼとなると、フレーバーティーとかでは駄目でしょうね。少なくともこのリゼのアールグレイについては、彼女もご存知の筈ですし」
「そうなんですか?」
「彩音さんが欲しがっているのはクラシックティーのリゼだと思うので」
また聞きなれない言葉が出てきた。クラシックティーって何? フレーバーティーとどう違うのだろう。
そんなわたしの疑問顔に気づいたのだろうか、店員さんは丁寧に教えてくれる。
「紅茶は大きくわけて三つのジャンルに分類できるんです。一つはいま言ったクラシックティーで、主に産地の名前がつきます。これは一般的に同じ産地でとれた茶葉のみを指してまして、他産地の茶葉は混じっていません。二つ目はブレンドティー。こちらは複数の産地の茶葉をブレンドしたものです。そして三つ目はフレーバーティー。これは後から人工的に香りをつけたもののことを言うんです。アールグレイなどはフレーバーティーの代表みたいなもので、ベースとなる山地の茶葉にベルガモットという柑橘系の香りをつけている訳です」
「じゃあリゼのアールグレイっていうのは、どちらかといえば加工されたものってことですか?」
「そうですね。摘んだ茶葉に人工的な着香がしてある訳ですから」
「そして姉さんの欲しがっているリゼは、ブレンドでもフレーバーでもない、まじりけのない茶葉。つまりそれはクラシックティーに分類されると」
「ええ。そういうことです」
なるほど。基本はわかってきた気がする。
「でも、クラシックティーのリゼは、国内では殆ど手に入らないのが現状ですね。輸出量が相当少ないので」
「フレーバーティーはあるのに、クラシックティーがないのって複雑ですよね」
「輸出量が少ないだけに、茶園との契約も大変なんです。現在、茶園と契約している大半は、大手の老舗メーカーさんとかで、そういったメーカーさんは他のメーカーさんと重ならないよう、各社で独自の加工やブレンドをしたりします。だから同じ名前の紅茶でも、各メーカーさんごとで微妙に味が異なったりもしますしね」
「ううむ。奥深い……」
「まあ紅茶の解釈って、色々と難しいのはありますよ」
その後も色々と話しは訊けたが、やはり国内でクラシックのリゼを入手するのは難しいらしい。
でも、わたしも諦めが悪いもので、この店を出たあと、他にも心当たりのある店などに向かってはみた。けれど結果は、どれも似たようなもの。
最後には時間がきてアウト。“宿り木”開店の時間が近づいたので、戻らなければいけなくなる。
それでも、わたしが喫茶店に戻ったときには三十分の遅刻。姉さんには少し心配をかけちゃったけど、いつもより少し遅れて店を開くことはできた。
3
「今日もまた出かけるの?」
誕生日を明日に控えた今朝、彩音姉さんが寂しそうに訊ねてきた。
それというのも、わたしは昨日に引き続き、外へ行くための格好をしていたからだ。勿論、目的は昨日と一緒。無理は承知でリゼという紅茶をさがそうと思っている。
「大丈夫。今日はちゃんと遅刻しないように帰ってくるから」
「別にそういうことを言ってるんじゃなくて」
「心配かけるようなことはしてないつもりだから、そんな顔しないでよ」
「若葉ちゃんのことは信頼しているけど、私一人でお留守番なんてつまらないよ〜。一緒にいっちゃ駄目?」
「却下」
姉さんを驚かせるためのプレゼントを探しているのに、姉さんが一緒に来たら意味ないじゃない。心の中でそう思う。
「つまんない〜」
「子供みたいなこと言わないの」
「世間的に見ればまだ子供だもん。それに姉とはいえ、双子なんだから年齢だって若葉ちゃんと一緒だし」
甘えたいにしても、言っていることが思い切り低レベル。ある意味、本当に子供っぽい。
でも、今日ばかりは姉さんの頼みを聞くわけにもいかなかった。
「ごめん、姉さん。電車の時間もあるからそろそろ行くね」
ちょっと強引だけどわたしはそう切り上げて、逃げるようにして外へ出た。
でもその後すぐ、背後から姉さんの声が響いた。さっきまでの子供っぽさとは違った形で。
「若葉ちゃん。私へのプレゼントは何だっていいんだから、無理には悩まないでね」
そう言いながら笑顔で手を振ってくれる。
少なくともその一言で、気まずさからは幾分か解放された気になった。なんだかんだいいつつも、最後には快く送り出してくれた姉さんの配慮が嬉しい。
わたしは、そんな優しい彩音姉さんが大好き。だからこそ喜んでもらえるプレゼントを贈りたい気持ちになる。
「うん」
自分からも手を振って、姉さんに応える。
こうしてわたしは電車を乗り継いで、今日も都心方面へ向かった。
自分の知っている店など限られてはいたが、昨日学校の友人に電話をして、わたしの知らない店の情報は集めている。今日はそれらを中心にまわってみるつもりだ。
しかし。
結果は昨日と変わらなかった。
どこの店に行っても言われることは同じ。時間だけが無駄に過ぎてゆく。
このままでは時間もさることながら、移動のための電車賃などがかかりすぎる。正直、わたしのお小遣いでは厳しいのも事実。プレゼントを買えるだけのお金が残るかさえも心配だった。
誕生日は明日だというのに、こんなことで大丈夫なのだろうか? 段々と気持ちに焦りもでてくる。
そんなこんなで三つ目の店をまわり終えた時のことだ。
わたしは聞き覚えのある声に呼び止められた。
「若葉、発見〜」
「あ! 真由美」
そこにいたのは学校の友人である竹村真由美だった。昨日、電話で色々と教えてくれた一人でもある。
「こっちの方にも来てたんだ」
「うん。せっかく教えてもらった訳だしね」
「それでどう。収穫はあったの?」
「残念だけど駄目だった。朝からいくつかのお店をまわったんだけど、どれも結果は同じで」
「それはお疲れ様。ホント大変そうね」
「まあね。それよりも真由美はどうしてこんなところにいるの? ひょっとしてわたしを待ち構えていたとか」
「あたしもそこまで暇じゃないわよ。ここにいたのは偶然。ちょっとお買い物に来てたのよ」
そう言って、どこかのお店の袋を見せられる。
「一人で来てるの?」
「悲しいけれどそんなところ。せっかくの冬休みなのに、荷持ちしてくれるような男もいないし」
「そんな考えでいるから彼氏ができないんだよ」
「ぶ〜ぶ〜。若葉には言われたくないわね。あなただって彼氏いないじゃない」
「わたしは別に彼氏が欲しいだなんて思ってませんから」
その言葉に真由美は目を丸くして、信じられないといった顔をする。
「ちょっと若葉。その発言、年頃の乙女としては問題アリと思うよ」
「そうかしら?」
「当たり前よ。命短し恋せよ乙女。油断していると、あっという間にオバさんなんだから」
真由美の言うことはどことなくオーバーだ。それに少なくとも、年をとっても素敵であり続ければ、いつだって恋はできると思う。
「若葉は恋愛とかに興味は無いわけ?」
「う〜〜〜ん。別に無いわけじゃないけど、わたしより先に姉さんに幸せになってほしいかな…………」
「はあ? なによそれ」
「だって姉さんって不器用だもん。そんな姉さんを放って、わたしが先に幸せになんてなれない」
「美しく聞こえるけど、ある意味ではひどい言いようね」
「悪気があって言ってる訳じゃないわよ」
「はいはい。わかっているわよ。実際、若葉ってシスコンだもんね」
「し、シスコンって……」
なんかもうムチャクチャな言われようだ。
「でも、そうじゃない。今日だって、そのお姉さんのプレゼントのためにあちこちとまわっているんでしょ。普通、そこまで苦労かけないわよ」
「けれど、せっかくの誕生日プレゼントなんだし、いいものあげたいじゃない」
「立派な考えですこと。あたしなんか姉さんに貰ったプレゼントなんだと思う? 駄菓子のうまい棒二本よ」
それは極端すぎ。自分たちはそんな姉妹になりたくない。
「ま、それはさておいて、例の紅茶はまだ探すつもりなの?」
「うん。できる限りは粘ってみるつもり」
時間には限りがあるが、動かないことには話にならないのだから。
でも、目の前の真由美は何やら難しそうな顔で腕を組み、やがてわたしに告げた。
「若葉、こういう言い方もなんだけど、このまま紅茶専門店を巡っても無駄じゃないかな」
「…………そうかもしれないけど、万が一って場合があるじゃない」
「確かに若葉の気持ちはわかるんだけど、あなたって短絡思考なのよね」
「うぅ。いきなり何言い出すのよ」
「思ったことをそのまま述べただけよ」
真由美は何でも言いたいことをハッキリ述べるタイプの人間だ。ある意味、手厳しすぎる場合もあるが、彼女のいうことはあながち間違っていないから悔しい。
「そんなヘンなことを言うんだったら、わたしもう行くよ。こうしている間にも時間が減っていくもの」
「まあ、待ちなさい。あたしは別に若葉がやろうとしていることを止めるつもりはないの。ただ、もうちょっと発想をかえてみたらって思っただけ」
「どういう意味?」
「紅茶専門店を巡って埒があかない以上、他の手段もさがせってことよ。例えば、店以外で紅茶に詳しそうな人を探して、手がかりを見つけるとか」
「そんなこと急に言われても……。紅茶のことなんだから、専門店の人が一番詳しいんじゃないの?」
「それが駄目そうだから発想をかえたらって言ってるのよ。…………あなたの所のおじいさんなんかどうなのよ。話はしたの?」
「おじいさま……か」
「その様子だとまだ訊ねていないって感じね。あなたのおじいさんだって紅茶には詳しそうなんだし、灯台下暗しなんてこともあるかもよ」
確かに真由美の言うとおりかもしれない。喫茶店“宿り木”は元々紅茶好きのおじいさまが開いた店なのだし、おじいさまなら手がかりになる何かを知っているかも。
「ありがとう真由美。わたし、これからおじいさまの所に行ってみる」
新たな光明がみえたところで、わたしは真由美に深く感謝した。
「ま、そんなに喜ばないでよね。無駄足になる場合だってあるんだし」
「うん。わかってる」
「あ、それはそうとこれ渡しとくね」
真由美はそう言って、ひとつの袋を押し付けた。
「これは?」
「あたしからの誕生日プレゼント。あなたが欲しがっていた香辛料とか色々。これでまた美味しいお料理つくりなさい」
「えっ、いいの?」
「いいもなにも、今日はこれを買いにここまで来たのよ。ま、丁度あなたとも出会えた訳だし、明日渡しにいく手間は省けたわ」
「ありがとう真由美」
「気にしない気にしない。そのかわりあたしの誕生日にはちゃんとお返ししてよ」
「任せて。真由美の喜びそうなもの研究しておくから」
わたしは笑顔で約束した。
それから後は真由美とも別れ、一度おじいさまの入院している病院に足を運ぶことにした。そこで何らかの情報を得られる確証こそないが、おじいさまなら他にいいアイデアを与えてくれるかもしれない。
そんな希望をもって病院についた時には、病院内にある柱時計が昼の二時を告げているところだった。ここはそこそこ大きな総合病院で、おじいさまの入院している病棟は三階にある。
普段はわたしと姉さんで、二日おきぐらいにお見舞いに来ていた。おじいさまは秋ぐらいから入院しているのだが、命に影響するような重い病気を患っている訳でもなかった。ただ、検査やら何やらがまだあるということなので、しばらくは様子見も含めて入院生活を余儀なくされているという感じだ。
エレベーターで三階に上がったわたしは、ナースステーションの看護婦さんたちに軽く挨拶をしてから、おじいさまのいる病室に向かう。そして、ドアをノックしてから部屋の中に入った。
「おじいさま、こんにちは。具合はどう?」
「おや。若葉じゃないか。一体、どうしたんだい。今日はおまえが来る予定なんてあったかな」
おじいさまはベッドから身を起こし、本を読んでいた。わたしが急に訪ねてきたことに、少なからず驚いてはいる様子だ。
「予定があった訳じゃないんだけど、ちょっと相談したいことがあって来たの」
「ほお。若葉が相談とは珍しいことだな。話してごらん」
おじいさまは本を置いて穏やかな顔を向けた。
ここでわたしは、今までにあった経緯をすべて話す。
「なるほどな。クラシックのリゼが欲しいという訳か」
「うん。けれど、どこのお店にいっても置いてなくて、おじいさまならひょっとして何か知ってるんじゃないかと思って」
「確かに専門店で入手するのは難しいだろうな。絶望的とみてもいい」
「やっぱりそうなんだ…………」
半ばわかってはいたことでも、こうやって絶望的とまで言われると落胆は大きかった。おじいさまの意見は、最後の希望でもあっただけに。
「若葉はそんなに彩音を喜ばせてあげたいのかね?」
ふいにおじいさまがそんなことを訊ねた。わたしはその問いに、軽く首を傾げる。何でそんな当たり前のことを訊くの?、と思ったからだ。
「そりゃあ喜ばせてあげたいよ。大切な姉さんなんだし」
「そうかそうか。そうやって何の迷いも無く言えるあたり、おまえたちの仲の良さがちゃんと伝わってくるようだ」
「ヘンなことを訊くおじいさま。そんなの改めて確認することでもないでしょうに」
「そんなことはないぞ。当たり前のことだからこそ、何度でも確認して安心したいのだよ」
そういうものなのだろうか。ま、確かに入院暮らしをしているおじいさまからすれば、わたしたちが仲良くできているのか、気になりはするんだろうが。
「ま、それはさておき、クラシックのリゼのことだが、わしに一つだけ心当たりがある」
「本当に? けど、さっき絶望的だって」
「それは専門店で手に入れる場合だよ。わしの知人が経営しとる店に問い合わせれば、少しぐらいわけてもらえるかもしれん」
「そんなお店があったんだ……」
「知人の経営しとる店はトルコ料理の専門店なんだ。そこはリゼの産地である茶園と個人で契約し、直接仕入れておるからな」
なるほど。リゼはトルコ産の紅茶だけに、トルコ料理専門店に相談するという手もあったんだ。でもそんな考えは、わたしだけではきっと思いつかなかっただろう。
その後、おじいさまは病院の公衆電話まで赴き、知人の方に連絡をとってくれた。そしてうまく話もつけてくださり、クラシックのリゼをわけてもらえるようにもなった。
「ありがとう、おじいさま」
電話を終えたおじいさまに、何度もお礼を言う。
「気にすることじゃない。可愛い孫娘の頼みにのれて、わしも嬉しい気分だ」
「でも、わたし自身は当て外れなことばかりしていて恥ずかしいよ。友人の助言がなければ、こうやっておじいさまを訪ねにくることもなかっただろうし、おじいさまがいなければ、リゼも見つからなかったと思う。結局、わたしはほとんど何もできなかったんだよ」
「そんなことはないだろう。若葉は良く頑張ったじゃないか。おまえの優しい気持ちが伝わればこそ、友人の子もわしも何か手伝ってやりたいと思えたのだよ」
おじいさまはわたしの肩に優しく手を置き、穏やかな声で言った。
「若葉。これからも優しい気持ちを大事にしなさい。それは当たり前に見えて、難しいことでもあるんだ。だが、おまえがその気持ちを頑張って大事にすれば、きっと皆も幸せになれる。そしておまえが困っていれば助けてもくれるさ」
「…………そうだね。わたし頑張るよ」
ちょっと涙が溢れそうになった。優しいおじいさま。頼りになる友人。そして大好きな姉さん。そんな人々に囲まれているわたしって幸せものだと実感する。逆をいえば、皆がいるからこそ、自分も優しくなれるんだと思う。
でも、涙をながすのはひとまずお預け。時計が午後三時の音を告げたから。そろそろお店に戻らないと、また“宿り木”の開店時間に遅刻しちゃいそうだった。
「おじいさま、わたしそろそろ帰るね」
「そうだな。店を開ける時間も近づいておるしな。彩音にもよろしく伝えておくれ」
「わかった。ちゃんと言っておくよ」
こうしてわたしはおじいさまと別れ、姉さんの待つ“宿り木”へ急いだ。昨日と違い、見つかるものも見つかったのだから、足取りも軽やかだったのは言うまでも無い。
4
12月29日。今日はわたしたち双子の誕生日。
でも、いつものように“宿り木”の営業だけは行い、自分たちのお祝いは店を終えてからやることになった。
彩音姉さんへのプレゼントであるリゼは、昼間、食材の買い出しに行った際、例のトルコ料理の店に立ち寄ってわけてもらっている。つまるところ、わたしの方の準備は完璧ということだ。
そういうこともあり、今日は喫茶店の営業時間中、いつにもましてにこやかに仕事をすることができた。
そして午後十時。“宿り木”は閉店の時間を迎える。
最後のお客さまが出たのが二十分ほど前だったので、今夜は比較的早く店内を片付けることができた。こうしてわたしたち二人は、恒例となった夜のお茶会の準備をはじめていく。
「ねぇねぇ若葉ちゃん。今夜はせっかくの誕生日なんだし、少し着飾ってみない?」
ケーキを用意していた時、彩音姉さんがそんな提案をしてくる。
「別に構わないけど、そんな着飾るような服ってあったかしら」
「服なら大丈夫。若葉ちゃんの分もちゃんと用意してあるから」
「用意してあるって…………」
「えへへ。私のを貸してあげるんだよ。とりあえず若葉ちゃんはこれを着て」
そう言って姉さんから手渡された服は、黒を基調にレースやらリボンなどがついたご大層な服装。
「姉さん、これって…………」
「ゴシックロリータ。一度、若葉ちゃんにも着てほしかったの」
にこやかに言う姉さんはこういう服がかなり好きで、何着かもっていた。ちなみにわたしはといえば、こういう服装に若干だが抵抗があった。確かに何らかの可愛らしさがあるのは認めるが、この手の服の愛好者には、十字架やらドクロなどといった、悪魔的なアクセサリーを身につける人もいる。自分はそういうのが苦手なのだ。
でも、姉さんはそこまで奇抜なアクセサリーをつけないだけ救い。単純に服装の可愛さのみに惹かれているようだから。
「若葉ちゃん、駄目かな? せっかくの誕生日だし、ちょっとぐらいお願い聞いて欲しいな」
「わかったわよ。この姿で外を歩けとか言われない限りには」
「うん。大丈夫! 若葉ちゃんが慣れるまでそんなことは言ったりしない」
「慣れるまでって何よ〜〜」
わたしが慣れたら外を歩かせる気だったのか、姉さんは?
「若葉ちゃんもそういう服を気にいってくれたら、いつか姉妹で外を散歩したいし」
どうやら図星だったらしい。
「そういうのは却下。やりたければ姉さん一人でやって」
「私だけだと寂しいし、ちょっと恥ずかしいよ」
「恥ずかしいと思うんだったら、最初からやらないの。とにかくそんな訳わかんないこと言うんなら、もう着てあげないから」
「ああん。ごめんなさ〜〜い」
慌てて謝る姉さん。こんな軽口ともいえるやりとりが、どこか楽しい。
「ま、今夜は特別に着替えてあげるわ。ちょっと待ってね」
それだけ言って、服を着替えに自分の部屋に戻る。
わたしと姉さんの体型は似ているので、服の大きさとしては問題もなかった。でも、着慣れない服装だけに、鏡で自分の姿を見た時には相当な違和感をおぼえた。
こうして着替え終わったわたしは、姉さんの元へ戻る。すると姉さんの方もしっかりと着替え終わっていた。
「うわ〜〜〜。若葉ちゃん、とっても可愛いよ」
「そ、そうかな?」
両手をあわせて嬉しそうに見つめる姉さん。自分としてはそんなにまじまじ見られると恥ずかしい。
それに可愛いといえば、姉さんの方がよほどうまく着こなしている。
「とりあえず、そろそろ席につこうか」
照れくささもあって、わたしはそう促す。
テーブルの上にはわたしの作った、コーヒー生地と生クリームで作ったブッシュ・ド・ノエルが用意されている。そして姉さんは、手馴れた手つきでティーカップに紅茶を注いでゆく。
「今夜の紅茶は何かしら?」
「ごく普通にダージリンだよ。ストレートでどうぞ」
さしだされたティーカップ。温かい湯気と共に漂う、さわやかな香りがたまらない。
「それじゃあ落ち着いたところで、お誕生日おめでとうといきますか」
「うん。お誕生日おめでとうだよ〜」
わたしたちはお互いを祝いあった。さすがにロウソクを吹き消すとかはしなかったが、ちょっと歌などをうたってみたり。
やっていることは毎夜のお茶会の延長だが、いつもより楽しかったりする。
誕生日っていうのは、自分達がこの世に生まれ、ちゃんと年を重ねて生きているんだと実感できる日。それと同時に、わたしたちのような双子には、これからも一緒に生きていこうねと語り合える日。
何せ、お母さんのお腹にいる頃からの付き合いなのだ。ずっとお互いを尊重しあって生きて行きたい。
しばらくは紅茶とケーキで談笑の時間が続いた。話題は尽きることないんだけど、そろそろプレゼントを出してもいい頃合だ。
わたしは話の流れが一段落したところで、プレゼント交換の話を切り出した。姉さんも快く同意してくれる。
「どっちから先にプレゼントを出す?」
同時でもいいんだけど、どうせならお互いのプレゼントをゆっくり見せ合いたい。
「じゃあ、若葉ちゃんから見せて」
「OK。わたしの姉さんへのプレゼントはこれよ」
じゃじゃ〜〜〜ん、という感じで透明の袋に詰められたリゼを手渡す。
「…………これって茶葉だよね。どこのものかしら?」
さすがの彩音姉さんも一目茶葉を見ただけではわからない様子だった。
「姉さんの欲しがっていたアレよ」
「えっ! まさかこれって」
「リゼよ。フレーバーでもなんでもない、まじりけないクラシックティーのリゼ」
「本当に
!? でも、一体どうやって。私だってみつけられなかったのに」「妹の行動力を甘くみるなかれ」
「すごい、すごいよ。若葉ちゃん! 私、とっても嬉しいよ」
珍しく興奮気味の姉さん。こんなに喜んでくれたら、わたしだって嬉しくなってしまう。
でも、これを入手できたのはわたしだけの力でもないので、姉さんには今日までの経緯を全て話しておく。
「……そうなんだ。そんなことがあったんだ」
「皆の協力がなかったら今頃どうなっていたか。わたしは運が良かったとしかいいようがないわ」
「でも、運だけのおかげじゃないと思うよ。若葉ちゃんの人徳かも」
「それを言えば、姉さんにだって人徳はあると思うな」
「私なんかは駄目だよ〜。いつも若葉ちゃんに甘えている駄目なお姉さんだもん」
「でも、わたしはそんな姉さんの喜ぶ顔がみたくて頑張れたの。少なくともわたしを衝き動かしたのは姉さんの人徳だよ」
「そんなふうに言われると照れくさいな〜」
「照れくさいのもお互いさま」
わたしたちは和やかに笑いあった。断言してもいいが、いまこの瞬間、ここまで仲の良い姉妹はわたしたちであるとさえ思う。
「それじゃあ次は、私からのプレゼントを渡すね」
姉さんはそう言って、誕生日用の包装がなされた物を渡してくれる。
「なんだろ? 開けてみるね」
「うん。きっと気に入ってもらえると思うよ」
丁寧に包装紙を開けると、中から出てきたのは一冊の絵本だった。表紙に淡い感じの絵柄で猫さんが描かれている。でも、これってどこかで見たことあるような…………。
わたしはしばらく考えると、ふいにその答えはよぎった。
「あ! これ、わたしがむかし大好きだった絵本だ」
「うふふ。正解。最初はね、お料理の本にしようかと思っていたの。でも、色々探しているうちに偶然その絵本をみつけたんだよ」
「そっかあ。まだこの本って出版されていたんだね」
懐かしさのあまり、思わずしんみりとなる。
この絵本はわたしが四歳ぐらいのとき、お母さんにねだって買ってもらったものと同じだった。
昔はとにかくこの絵本が大好きで、何度も何度もお母さんに読んでもらったほどだ。挙句の果てには、お出かけするときでさえ持ち歩いていた程で、それが原因で外のどこかに置き忘れ、無くしてしまったという過去がある。
無くした時は、それはもう悲しかった。絵本の内容もさることながら、それには沢山の思い出が詰まっていたから。
買ってくれた時のお母さんの笑顔。その後、姉さんたちと食べたアイスクリームの味。絵本とは直接関係なくとも、買ってもらった日の嬉しい記憶などが数えきれないほど刻まれていたんだ。
「お母さんが忙しいとき、私が若葉ちゃんにその本を読んであげたこともあるよね。覚えてる?」
「うん。すごく覚えてるよ。わたしも姉さんも字が読めなかった頃なのに、姉さん頑張って内容をおぼえて読んでくれたもの」
プレゼントの絵本を胸に抱くと、再びさまざまな思い出がよみがえってくる。そして、段々と熱いものがこみ上げてきて、それが涙となってわたしの中から溢れ出す。
涙は止まらない。思い切り声をだして泣いた。切なくて、それでいて温かくて。
「若葉ちゃん」
耳元で彩音姉さんの優しい呼び声がする。姉さんはわたしの横に座って、ぎゅっと肩を抱いてくれた。
わたしは遠慮することなく、姉さんに甘えた。いつもとは立場が逆転。いや、本当はそうじゃない。実際はわたしの方が甘えん坊なんだ。
普段はしっかりものとして頑張っているけど、そればかりでは疲れてしまう。そんな時、姉さんはいつもさりげなくわたしを甘えさせてくれて、息抜きさせてくれる。
「…………ねえ。昔みたいに、絵本読んでくれない?」
甘えついでにお願いしてみた。すると姉さんは。
「うん。いいわよ」
優しく頷いてくれた。
「でもその前に、若葉ちゃんから貰ったこのリゼで紅茶を淹れるね」
こうしてリゼを使って紅茶をいれなおしたあと、わたしと姉さんは並んで絵本を広げた。
温かい部屋。紅茶の香り。懐かしい絵本。
まるでむかしの時間がそのままよみがえったかのよう。
静かな店内に響く、姉さんの朗読する声が心地よい。
泣き止んだつもりでも、また涙が溢れそうになる。でも、それがとっても幸せなんだから不思議。
この時間、この瞬間は、かけがえのない思い出となって新たに残るだろう。
お互いのプレゼントがもたらした、ささやかな幸せ。
このときわたしは、みつけたのかもしれない。
本当の宝物とは、単純に物とかではなく、それを受け取った時の気持ちなのかもしれないことを。
第3話 了