「何してんの?」 「別に。」 夕日が綺麗になった時間、窓からグランドを見ている彼の横顔が見える、2人だけの教室。 それは、声をかけることも躊躇うほど絵になっていて、 やっぱり、好きだなって改めて思った。 「剛だけ?」 「ああ。適当にみんな帰ったんじゃない?」 「そ・・か。」 数時間前、私達は高校を卒業した。 卒業証書と、少しの花束。 めんどくさい時もしょっちゅうで、 何度も投げ出しそうになったけど、 やっと卒業できたんだなって、 そんなことをしみじみ痛感した。 「すごいね、それ。」 彼の学ランを指差して、少し笑う。 予想はしてた。 みんな彼のことが好きだから。 「いいだろ。勲章みたいで。」 なんて、ボタンのなくなった学ランを少し得意気に見せてくるあたり、 ああ、剛だなって思う。 「それよりさ。」 「ん?」 「誰書いたんだろうな、アレ。」 そう言って黒板を指差す。 先生が書いた文字と、その周りの落書き。 それは、最後のHRのあと、みんなではしゃいで書いたもの。 「どれ?」 「ん。あーれ。」 黒板から距離のある位置にいた剛が指す場所は、すごく曖昧。 ただ1つドキっとしたのは、指した場所の近くに、私が書いた字があったこと。 「お前だろ。卒業おめでとうなんて月並みなこと書いたの。」 げ・・ばれてる。 「なんでわかったのよ。」 「わかるよ。1年も隣の席にいれば、さすがに字くらい覚える。」 「記憶力のいいこと。」 なんていわれながらも、見られてたんならもっと綺麗な字書けばよかったって、 今更後悔した。 「。」 「何?」 「お前さ。」 「うん。」
そう言ってから少し時間がたったと思う。 とても静かなこの教室は、夕日が綺麗だけど、なんだか怖いくらい。 剛が何か言いたそうにしてるってことはわかる。 でも、先が見えないから、こっちから話をふることもできない。 卒業をしてしまえばお互い違う大学に行く。 噂では剛は違う県のところに行くって聞いた。 私とは、反対方向の。 「お前さ。」 って、もう1度言ったとき、なんだか少し笑ってしまった。 「なに笑ってんだよ。」 「だって、こんなに言葉待ったのに、同じなんだもん。」 って、やっぱり笑ってしまう。 こうやって笑う時間もなくなってしまう。 「なぁ。」 「なぁに?」 「なんでここ来た?」 ・・・。 遠まわしに言おうとしてるのに、いきなり核心に触れる剛。 「なんとなく・・だよ?なんで?」 ウソ。 卒業式が終わってHRが終わる。 私は他のクラスの友達と写真を撮ったり、部活のメンバーといろいろ惜しんでみたり、 時間は多く過ごしたけど、 教室に帰った時にはまだ人はたくさんいた。 でも、ずっと剛のことを見ていた。 剛も最初は部活に顔出したりとかしてたんだけど、 結局そわそわして職員室行ったり、 でも、帰る気配はなかった。 私は、遠くに出かけて時間をつぶしたフリ。 でも、やっぱり彼がここに戻ってきたのをいいことに、私も戻ってきた。 彼がいる、この教室に。 「いや・・・いろんなとこ顔出してたんだから、打ち上げとか行くかなって思ってたから。」 少しづつ。 それでも、しっかりと、そんな言葉が聞こえてた。 見られてた? そんなことを思った。 言わなければいけない言葉はただ1つ。 伝えなければならない言葉もたった1つ。 それでも、最後の1言がでない。 今日言わないと、もうこの時は2度とこない。 言わないといけない。 「っていうのは、口実で。オレ。」 なに・・・? 彼は、何を言おうとしてるの? 「なぁ。」 「な・・なに?」 机の上に座っていた彼が、ガタンという音と共にこっちへ向かってくる。 逆光で彼の表情がよく見えなくて、 見えないからこそどきどきした。 「え?」 「早く。」 「あ、うん。」 そう言って少し動かした右手をぐっとつかんで、何かを渡された。 「やるよ。お前に。」 よく見てみると右手につかまされたのは金のボタン。 「これってっ。」 「ん。2番目な。ほしそうだったから。やる。」 そう言われてとても赤くなった気がした。 見透かされてる。 全部全部。 「お前だろ、コレ。」 そう言って彼が持ってたのは1枚のカード。 「好きです。」 たった1言書いたラブレター。 バレンタインと一緒に渡した彼への気持ち。 恥ずかしくて、でも1番に渡したくて、できるだけ早く学校に来て机の中にこっそり入れておいたチョコレート。 確かに1番だったけれど、あの後何人もが同じように机の中に入れていたことをしってる。 それに、彼が来た時には既にいくつか持ってたし。 無記名のカードでわかるなんて、思ってもみなかった。 「な、なんで?」 「言ったろ?字くらい覚えるって。」 なんて、少し笑ってる。 「また、連絡するから。」 そんな言葉が聞こえる。 言葉を失った私に渡される言葉達。 「オレも。一緒だからさ。」 こういうときだけ核心の言葉をくれないのが剛。 「他にも・・・もらってたじゃない。いっぱい。」 「ああ、もらったなぁ。」 「人違いだったらどうすんのよ。」 って、少し笑ったけど、 「お前しか考えられないし。これは。」 やっぱり見透かされてる気がする。 「大学違うけど、俺自信あるから。」 「何が?」 「のことが好きだっていうさ。」 こういうときだけ、彼はほんとにずるいと思う。 「じゃぁ、一週間に一回は絶対電話で、一ヵ月に一回はデートかな。」 「あれ、意外と長いんだな。一日一回って言うかと思った。」 「だってそれ言うと絶対続かない気がするもん。」 「よくわかってんじゃん。」 「で。浮気禁止。」 そう言って彼の右手の袖を少し引っ張った。 「男前なんだから。」 「そりゃどうも。」 「ちょっと、先に否定してほしかったんだけど。」 「そりゃお前次第じゃねーか?」 なんて、八重歯見せてニッって笑うから。 すっごいムカツク。 「そうだね。私の浮気も剛次第ね。」 少し反発してみたつもりだったのに、 油断してた。 突然抱きしめられて、もらった金のボタンが落ちる音が耳に響いた。 「お前が俺から逃げられるわけねぇじゃん。」 自信家な言葉も、アナタなら許す。 好きになってよかった。 ずっと好きでよかった。 今更そんなことをかみしめて、 彼の腕の中でぎゅっと目を閉じた。 「ありがとう。」 選んでくれて。 私を。私だけを。 「月並みな言葉。」 「じゃぁ何があんのよ。」 「ん。」 どんな言葉を持ってしても、この気持ちは伝えられない。 この幸せは伝えきれない。 「わかんね。」 ただずっと思うことと、願うこと。 ずっとこれからも、アナタと一緒にいたいってこと。 |