朝ゴハン。

キッチンに立つ私。
テーブルの上で新聞を読む彼。
なんとなくついているテレビ。
滅多にこんな朝は来ないから、なんだか貴重な予感がしてパンをトースターに入れた。
「シリアルまだ?」
言うくらいなら自分でやればいいのに。
って、ちょっと思うけれど、
「はいはい。」
軽く声をかける。
ビンにつめられたシリアル。
袋だと安定が悪いから、コーヒーのビンに詰め替えるのが私の仕事。
「ほんとまめだよなー。」
涼しげに彼は言うけれど、
なんだかちょっとビンに入れることがお洒落に見える自分の感覚。
「かわいくない?」
たずねてみても、
「別に。」
少し鼻で笑ったような声が聞える。
別にいいんだけどね。
好きでやってることだし。
そんな私だけ満足してるビンから小さ目の食器にシリアルを入れる。
牛乳。
・・・あれ、牛乳ない。
どこだっけ?
買ってなかったのかなぁ?
開けた冷蔵庫を1度閉じて考えていると、トースターの音が鳴った。
「できたよ。」
やっぱり涼しげに交わす彼の言葉。
「できたねー。」
あー、そういえば奥の方にいれた・・・あ、あった。
牛乳の隣には同じ日に買った新しいジャム。
ほんとは休日にまったり食べたかったんだけど、今日でもいっか。
そう思って一緒に出す。
「それ。」
指をさされたのは私の手元。
「あ、牛乳新しいの買ったよ。」
「あー・・・。」
不意に悩んだ顔が見えた。
「そっちじゃなくて・・・そっち。」
そう言って新しいマーマレードのジャムを指差す彼。
「あ、うん。新しいジャム買ったの。それが?」
「塗ってやろうか?」
なんて、突然。
それはほんとに突然。
突然そんなことを言うもんだから、ほんとにびっくりしてしまって黙ってしまった。
「ん。」
片手を伸ばす彼。
よくよく考えたら私が牛乳入れるわけ?
逆じゃない?それ。
「ほーら。早く。」
なんて、右の口先を上げて笑うもんだからこう言ってみた。
「剛くんやっさし。」
なんか企んでます?って言葉を噛み殺して言ってみた。
そしたら、
「だろ?」
なんて笑ってくる。
その表情に思わず笑ってしまう。
「んだよ、人が親切に。」
「お願いします。是非お願いします。」
・・・笑いながら頼んでも説得力ないか。
キッチンにパンにジャムを塗る独特の音が響く。
私の手元で彼のために牛乳がそそがれる。
変なの。
「ん。」
目の前にずいっと差し出される私の朝食。
「ありがと。」
「どういたしまして。」
「どうぞ。」
「おう。」
すぐに俯いてシリアルを口に運ぶ彼だけど、やさしい顔になったの見えた。
あんまり言うとご機嫌ナナメになっちゃうから言わないけれど。
「ん。うま。」
スプーンと一緒に渡すと満足げに笑う彼。
そういやこの人寝ぼけて箱ごと食べるようなシーンもあったよね。
・・・とか・・まだあのドラマが頭から離れてない。
あれも斬新でなんだかとっても・・・よかった。
「なに?」
「あ・・いや・・うん。」
思わず見つめてしまった。
不覚すぎる。
思いっきり視線をはずした私を見てまた少し笑ってる。
その笑い方、すごく好き。
「うまい?それ。」
「ん。結構いけるよ。」
「一口。」
「あげない。」
「んだよ。」
サクっていう焼き立てのパンの音がする。
おいし。
「母さん、彼女ん家にもあったよ、このココア。」
テレビから知っている声が聞えた。
「あ、太一くん。」
彼の視線がテレビに映る。
大竹さん若ーい。
これは私の印象。
母さんというより、恋人とも見れるよね。
彼女の家にも・・・ねぇ。
太一くんがこういうこというのすごいかわいいよね。
なんてほほえましくみてると突然、
「ココアって置いてる?」
なんて声が聞えた。
剛くんココア飲んだっけ?
「・・・飲みたいの?」
「んにゃ。」
「あ、影響されちゃった?今日ちょっと寒いしね。」
さっきのCMおいしそうだったなーなんて考えてると、
影響されたのは私か。なんて気付く。
「いいから答えろよ。」
朝から突発的なことを言うのはしょっちゅうだけど、こんな急いだ質問はめずらしい。
「あるけど?」
やっぱりという呆れたような、怒ってるような、とにかくご機嫌ではない表情が見えた。
彼の質問の意図が全く見えない。

 

ポケットの中にあるケータイが気になって仕方がない。
朝起きて着替えてケータイの電源をつけると太一くんからメールが入ってた。
滅多にメールなんてしないんだけど、この前一緒にフットサルをやって以来、
なんとなく連絡を取るようになった。
内容はこれといって対したことじゃなくて、
最近この仕事したとか、今度また遊ぼうとかそんな感じ。
そんな彼からメールが入っていた。
「新しいCM今日から流れるから、第一声に注目ね。」
はっきりいってわけわかんなかったメールの意味。
「彼女ん家にもあったよ、このココア。」
・・・やな予感。
案の定彼女の答えは「Yes」だった。
「どしたのそれ?」
って聞いた声がなんだか我ながらいらついた声ってすぐわかる。
でもそんなのはおかまいなしに彼女は続けた。
「太一くんがこの前くれたの。なんかCMしたらもらえたからーって。」
やっぱり。
つーか、浮気ですか?これは浮気なんですか?
太一くん勝手に会ったってことですか?
なんだよどういうことだよ!
・・・いやまて。落ち着け。
ここで怒鳴っちゃ今までのあのいい感じな空気はなんだったんだって感じだよな?
ここは1つ俺が大人になるべきだよな。
うん。
「いつそれ。」
よし。今のはなかなか自然だったよな。
さぁこい。
「えーっと・・いつだっけ。」
はん。
太一くん、所詮コイツん中ではその程度のことしか思ってなかったんだよ。
「あーっと、でも最近。先週かな。」
・・・先週?
あ、俺太一くんに会った。
「剛の彼女って甘いもんとか好き?」
・・・あー・・・そういやそんなこと言ってた気もする。
なんだ、下心とかなしだよね。
太一くんだし、彼女の1人や2人くらい。
・・・え、いるよね?いないの?どうなの?
つーかいなかったらやべーじゃん。
なんでやべーの?
いやなんかやべーじゃん。
「・・・なに?」
じっと見てくる視線に危険を感じる。
世の中何が起きるかわかんねぇんだから。
つーかさ、俺にくれたらいいじゃん。
2人で何話してたんだ・・・
「あ、剛くん妬いてるでしょ?」
「んなわけねーだろっ。」
イキナリ言われた売り言葉に、咄嗟の買い言葉。
バカ正直に怒鳴ってしまったもんだから、一瞬やばいって思ったけど、
逆に目の前で大笑いしてるキミ。
いや、一応俺今怒鳴ったんだけど。
なんか、笑われてる俺ってなんだよ。
「ほんと、今日なんか変。」
なんてやっぱり笑いつづけるキミ。
わかってる。
わかってるよ、そんなことくらい。
俺だって自分でも変だと思う。
朝から無意味なまでにサービス過剰だと思う。
今までだって男と2人で話すとこ見てたし、
別に飲み会に男がいてもこんな考え込むことなんてねーし。
例えば。
例えばそう。
ついた嘘がばれないように。みたいな。
自分にやましいことがあったら、相手のやましいとこも探してしまうみたいな。
・・・いや、つーかねぇし。
嘘ついても、ばれて困るような嘘はついてねーし。
んだよこれ。
悔しくて食器の中身をかき混ぜてみる。
うわー今いじけてるっぽいな。
「いいもんだね、こういうのも。」
「ああ?」
「なんか、いいね。とっても。」
は?
何言ってんの?
「うん、とってもいい。」
なんて自己解決。
ほんとわけわかんねー。
なんで俺今日こんなんなわけ。

「俺、好きになっちゃったかもしれないんだよねー。」

不意に声が聞えた。
・・・太一くん?
いや、そんなこと言われた覚え・・・
あ。
あー。
あーー理解。
なんかわかった。
朝からうなされてた。
ああ、なるほどね。
たぶん間違いない。
夢を見たんだ。
キミが愛想つかして離れていく夢。
よりによって太一くんにもってかれる夢。
ああ、なるほどね。
そういうことか。
不安だったんだ。
覚えてなくても、頭ん中できっと。
認めたくないけど、逃げられちゃ困ったんだ。
わかれば話は早い。
「で。なんでおめぇは太一くんと会ってたんだよ。そういうの報告しよーよ。」
「だって。・・・ごめんって。別に対したことじゃないと思ったんだもん。」
だってって言ったあと考えた顔をしたけど、とがめたって仕方がない。
いいや。
いいってことにする。
朝から修羅場とか勘弁だし。
そんな気力とかねぇし。
そんな時間無駄だし。
「ほら、早く食えよ。」
「あ、やばい。」
慌てる彼女。
怒って泣いてしまう顔より、こっちの方が断然いい。
笑った顔をもっと見ていたいから。
「剛くんも今日早いんでしょ?早く食べなきゃ。」
どこか無駄なとこまで一生懸命な彼女。
ほら、冷静になって考えてみればわかるよ。
コイツに浮気なんてできるわけがない。
俺と一緒で、そんな器用なわけがない。
コイツがこんなに俺に惚れてるの、わかるじゃん、見てて。
そう思うと笑えてきた。
急に顔の筋肉ゆるみっぱなし。
これ、やばい。
勝手にうれしい。
俺って何様?って感じだけど、愛されてるって思う。
「何笑ってんのよ?」
いくつになっても子供みたいな彼女。
愛しいって思う。

 

「あ、来たこと剛に内緒ね。アイツすぐやきもち妬くからさ。」
なんて笑っていた太一くん。
「あの剛くんがやきもちなんて妬かないですよー。」
独占欲が強いらしいって話は周りから聞いていた。
実際強いって話を今でも聞く。
ただ、それが苦にならない私。
うまくお互いの世界と距離が保てていると思う。
器用だと思う。あの人は。とっても。
だから尚更思う。
こんな簡単なことでやきもち妬いてるくらいなら、もっと早くにその姿をみているはずだ、と。
妬いてほしいって確かに思った。
見てみたいって好奇心は確かに湧いた。
そしたらまんまとはまった。
びっくりした。
心底びっくりした。
あんまりにも油断してたから笑いがとまらなかった。
かわいい。
かわいすぎる。
あの顔ほんとにかわいすぎる。
どうしたことかほんとに。
ほんと、たまにはいい。
こんな瞬間、とってもいい。
だって、今私は主導権を握っている。
自信がある。
ニヤニヤ笑う彼がポソっと、
「お前口の周りパンくずついてる。」
って、そっと私に手を伸ばす。
こっちもそんな準備できてなかったから、
思わず目をつぶってしまって、また笑われる。
なんで目閉じたんですかっ私。
いやなんか、びっくりしたんですよ、うん。
「準備しなきゃ。」
一言告げて洗い場に向かった。
コレ以上あの人の目を見てはいけない。
そう思った。
「あ、俺のも。」
「はいはい。」
そう言って彼の食器と私の食器を重ねて洗い場に向かおうとすると、
イスの動く音が聞えた。
聞えたというより、聞えた瞬間、急に時間が止まったように後ろから抱きしめられた。

「ねぇ。俺好きだからね。お前のこと。」

不意打ちで耳に届いたもんだから、
慌てて食器を落としかけた。
「気をつけろよー。」
振り向くとけたけた笑っている。
なに?幻聴?
違う。
「あ、顔赤い。」
「う、うるさいわねー。あんたも早く準備しなさいよ。」
「おーこわ。」
なんて笑いながら手をはずして私とは違う方向へ向かう彼。
滅多に言わない朝から愛の告白。
届いたよ。
大好きだよ、私も。
あなたのこと、とっても愛しいと思っているよ。
大好きだよ。
アナタの背中にそっと伝えてみた。