大事なモノ。

「会いたいよ、剛くん。」
長い長い沈黙の後聞こえたのは、彼女からのこんな言葉だった。

 

「おつかれさまですっ。」
終了予定時刻は今の1時間前だったのに、すっかり空は暗闇中の暗闇になっている。
でも思いのほか現場が楽しくて、時間がすぎるのがあっという間だったように思える。
今日はいい夢見れるだろうな。
そんなことを思っていた。
車の鍵を持って楽屋のドアを出ると、スタッフがせわしなく走ってる。
・・・俺、帰っていいの?
軽い疑問だったんだけど、
森田サン、おつかれさまでしたー。
って聞こえる声に安心して現場を離れた。
少し小さめのバッグの中に入っている携帯電話。
持ちたくないのは山々なんだけど、
連絡取れないの勘弁。ってマネージャーに言われて以来一応持つようになった。
メールは3件。
久しぶりに連絡が取れたらしい太一くんからの冷やかしのメール。
ついでに「また遊ぼうなー」なんて言葉もついてたから、
思わず顔がほころんでしまう。
もう1つは井ノ原くんからで、次回のサッカーゲーム大会の予定がうざいぐらい書かれていた。
明後日会うからそん時でいいのに。
表情が一転した自分に気付いてまた笑ってしまう。
3件目は彼女からで、今日あったこととかいつも通りのんびり書かれていた。
読み入ってしまったからか、足取りが速かったからかはよくわかんないんだけど、
気がつくと車が目の前にあって、運転席に乗り込む。
まだ早いってのはわかってるんだけど、とっさに暖房のボタンを押してしまう。
彼女の言葉の最後に「急に寒くなったから風邪ひいたらダメだよ。」って書いてあって、
また笑ってしまった。
画面の右上には留守電のマークと3件の合図。
1件目はマネージャーからで、明日の時間が告げられる。
あ、のんびりできるじゃん。って思った矢先、
2件目はまたマネージャーからで、早まったことを告げられた。
・・・最初から言ってくれればがっかりしないのに。
明日はアサイチか。
あー。
あーそーですか。
少しがっかりしたんだけど、3件あるからまたマネージャーでやっぱり・・・なんてことを期待してボタンを押した。
最初はほんとに音がなくて、イタ電?って思って切ろうと思ったんだけど、
5秒くらいしたあとに「あの。」って彼女の声がした。
それからもやっぱり言葉がなくて、自然と舌打ちしてしまう。
んだよ、はっきり言えよ。
「剛くん。」
耳元でくすぐったく響くキミの声。
なに?
「会いたいよ、剛くん。」
それだけを告げて電話が切れた。
思いもよらない彼女の言葉に少しびっくりして咄嗟にメールボックスを開く。
だってそんなこと1言も書いてなかったじゃん。
暖房の音が少しする車内に携帯のボタンの音が響く。
最後の言葉の下にすげぇ間があって言葉が・・なんてこともなく、しっかりENDで終わっている。
スクロールもコレ以上落ちない。
時間を着歴と見比べると少し時間は空いているけど、あんまり変わってないと思う。
なんか、あったのかな?
慌てて電話しようとしたら誰かからの着信で画面が切り替わる。
電話の相手はスタッフで、結局また呼び戻されて仕事に戻る。

「会いたいよ、剛くん。」

キミの声が、頭から離れない。

新しく書きなおされた台本を渡されて、稽古に戻る。
だけど、台詞がどうしても頭に入んなくて、頭んなかぐしゃぐしゃになって。
何もかも放棄したい時思い出す、アナタの声。
痛感する午後10時。
俺はまだ仕事場から帰れないでいる。
少しもらえた休憩時間。
思わずメールを送ってみたら、
数分もしないうちにアナタから電話がかかってきた。
胸が弾んだ。
アナタのその明るい声を聞けば、やっていけると確信したアナタの着信。
期待した気持ちを一気に引き裂いたキミの声。

会いたい。

涙声のキミの声。
胸ん中で何かがぶっ壊れた気がして、ほんとに全部捨てて走ってしまいそうな自分が怖かった。
最近は冷静になってると思う。
我を忘れる恋愛とか、仕事を忘れる恋愛とかはしてないと思ってた。
安心を求めた彼女に、そこまでの情熱を抱いてるなんて、思ってもみなかった。
自分が怖かった。
喉まででそうになった「今行く」って言葉は、
マネージャーが呼ぶ声でかき消された。
ねぇ。
誰が正しいのかなんてわからない。
どれがいいかなんて、なってみないとわからない。
だけど。
もし、もしも俺が普通の仕事だったら、
今アナタの隣に行くことを許されますか?
辞めたいなんて思ったことない。
違う仕事をしてる俺なんてピンと来ない。
それでも。
痛感するこんな時。
アナタの役に立てることを、俺は許されない。
会いたいのはあなたじゃなくて、今の俺かもしれない。
らしくない謝り方をしたと思う。
こんなこと、言ってはいけないと思う。
それでも、素直にそう思う。

会いたい時に会えなくて、ごめん。

会いたい時に会えない自分が憎い。
呪った自分に、また自己嫌悪に陥った。

 

「まぁ、来ないか。」
言ってしまえば意外と楽っていうか、無口だったから余計に落ち込んだ部分もあると思う。
言ってしまえば少しすっきり。
そう思ってぎゅっとクッションを抱きしめた。
落ち込んだ。
目一杯落ち込んだ。
起伏は確かに激しい方だけど、久々に本気で落ち込んでしまった。
責められもしたし、頭ん中とにかくパニックだった。
その場から逃げたかったのに逃げられなかったあの時、
怖くて怖くて仕方がなかった。
無事すんだからよかったものの、ほんとにもう辞表書いてもいいから逃げ出したいって思った。
家につくとゴハンも食べたくないし、作る気力もない。
なんであんなことになったのかもわからない。
結局気が抜けてたんだと思う。
参った。
涙が出てきた。
止まらないくらい。
こんな日は誰かにいてほしい。
すがりたくて。
人恋しくて。
でも、誰でもいいわけじゃない。
あなたに抱きしめてほしい。
好きだって言って欲しい。
寂しいこんな日は、自分という存在が確かにあることを、
アナタにいっぱい認めてほしい。
何も考えられないようにしてほしい。
メールを書いてみた。
今日のこと、1つづつ。
不安にさせちゃいけないから、楽しいことばっかり。
そうすれば、今日はよかったって思えると思ったから。
だけど、送信した後、しっかり自己嫌悪。
剛くんに、会いたい。
会って話がしたい。
いろんな。
なんでもいい。
留守番電話に切り替わったアナタの電話に、そっと告げてみる。
怖くて言えなくて、多くの間があいてしまったけど、
アナタにそっと告げてみる。
どんな顔する?
どんな返事をくれる?


 



時間を作ることは容易ではなかった1週間。
やっと会えるこの日。
アナタは家にいるだろうか?
携帯が普及した今は、連絡なんてすぐ取れる。
週休2日のアナタの仕事。
今日はアナタの休みの日。
友達と買い物に行ってるかもしれない。
忙しいアナタは今日も仕事かもしれない。
それでも。
家にいてほしいと期待してしまう。
連絡なんてすぐ取れるんだけど、
しなくて会えたら運命な予感がして、うれしくなる。
会えなかったら連絡すればいい。
予定が空かないならまた考える。

スーパーって好き。
野菜に肉に魚。
晩ご飯を考えてカゴに入れる。
今後のことを考えて一つずつ。
貴方の笑顔を考えてもう一つ。
でもって、お菓子。
食べてる暇はあんまりないんだけど、
ある日突然食べたくなるお薬みたいなお菓子。
自分の好きな物をカゴにいれる。
以前二人で食べたくなったものを探す。
今日はそんな気分じゃないけれど、
いつかまた訪れるだろう日のために買っておく。
貴方が好きと言ったものをカゴにいれる時、
一番幸せな瞬間だと思う。
喜んでくれる顔が待ち遠しい。
会いたい気持ちがまた募る。

あの日から一週間会ってない。
とゆうより、毎日忙しすぎて一週間早い。
彼がいた朝は、つい昨日のことのように思う。
会いたい。
早ければ早いほどいい。
でも、いつでもいい。
落ち込んだ時はぎゅって抱き締めてほしいけど、
幸い今の私の生活はいたって順調。
問題なし。
ノープロブレム。
だから、いい。
突き放してるんじゃなくて、
信じている証なんだよって伝えたい。

会いたい時に会えなくてごめん。

なんて、
貴方らしくないセリフを吐かせた日。
私が大失敗したあの日。
泣いて泣いて泣いた後、
落ちるとこまで落ちていた。
急に会いたくなって、無償に会いたくて、ただ会いたくて。
電話をかけた時に言わせた言葉。
そうじゃなくて、そんなことを言わせたいわけじゃなかったのに。
ただ会いたくて。
無理なら声だけでもいい。
言わせてしまったあの言葉は、
彼を芸能人としてみてしまった証拠。
わかっているつもりだった。
なのに言ってしまった。
お仕事で地方に行けば、たまにだけどお土産を買ってくる貴方。
そんなことは貴方にしかできないこと。
移動はたくさんあっても、転勤はない貴方。
いいことだらけに何のご不満が?
会いたい時に会えないのは貴方だからじゃない。
例え芸能人じゃなくったって、会えない時は会えない。
きっとこれは、誰にも会えなくても乗り越えられるって、
神様が教えてくれただけ。
会いたい。
今すぐに会いたいわけじゃないけれど、
どうしても会いたいって思うことは減ったけど、
会って充電したい。
アナタに会うと、幸せになれるから。



 

家って落ち着く。
どんだけ忙しくてくたくたになっても、
できればホテルじゃなくて、家にいたいと思う。
実家までは遠いけど、我が家のような彼女ん家。
笑顔で迎えてくれる彼女。
遅い時間に帰ったら不機嫌な寝起きの彼女。
第一声に「ありえない。」と、
素直に言い切る俺の彼女。
真っ直ぐに伝えてくれる貴女が作り出す空間は、
俺にとって居心地がよくて、落ち着く。
安心する。
今すぐに会いたいって思っても、
ボーリングだってしたいし、フットサルだってしたい。
一緒に誘えばいい話なんだけど、
男には男の理由があって、なかなかそういうわけにはいかない。
一緒にできたらどれだけいいかって思う時もあるけど、
それじゃ世界が変わってくる。
俺の世界が変わってくる。
でもわかって。
キミと一緒に作るオレタチの世界は、
誰にもわかってもらえなくていいし、
オレタチは幸せになれるってこと。

 

なぁ、今日はどんな風に迎えてくれる?

ねぇ、今日はどんな風に迎えようか。