天国のカケラ。
− side C −

「もういい。剛なんて大嫌いっ。」
「おいちょっ、待てよ。」
「ほんと勝手。」
彼女と別れたあの日、俺は悲しいとは思わなかった。
ただ、2日、5日、1週間と2週間がたって、
今まで感じたことのないような孤独を感じた。
それは、彼女がいないから孤独なのか、
1人でいることの孤独なのか、
わからなかったけど、
だけど。
1人で食べる食事がこんなにまずかったなんて、
知らなかった。

 

気になりだしたらもうアウト。
「CD貸して。」
たった1言、そんなメールを送ってみる。
確かに、前少し話が盛り上がって、
「すごくかっこいいんで、今度持ってきますね。」
って笑ってたけど、気にも留めてなかった。
ただ、口実がほしかっただけで。
アイツに会うための口実が。
決して浮気したわけではないと、今まで必死で言い聞かせていた。
の無理して笑った顔を見て、俺は一瞬で落ちていたんだ。
守ってやりたいと、思ってしまった。
スキという感情はまだわかない。
でも、気になっていることは事実だった。
彼女より。
「剛ってさ、ほんとキマグレだよね。」
そんな言葉を、何度も聞いた。
そのコトバは的を得すぎていて返す言葉もない。
「あ、いらっしゃいま・・・」
でも。
人のもん奪うのもどうかと思うよな。
表で笑って、裏で泣いてる彼女の笑顔を見て気付いた。
「来ちゃった。」
簡単に人の気持ちは奪えない。
守りたい。そばにいたい。
気持ちだけが空回りしていた。
「バックルームおいといてくれれば今日じゃなくてよかったのに。」
「暇で。」
「へぇ。」
会話はそこで途切れて、なんだか中途半端な沈黙。
「そういや井ノ原クンからの土産あんぞ。もみじまんじゅう。」
「うそ!ほんと!来てよかったぁ。チーズあります?」
「は?」
「私チーズが一番スキなんです。」
そんなことを言いながら中に入ってきた。
傍から見れば俺達二人はどう見えるんだろうか。
たぶん、ただの仲のいい店員達。
でも笑っちまうくらい、お互い違うことを考えている。
「あったけど、あれってうまいの?」
「チーズケーキみたいな味するんですよ。半分食べません?絶対はまりますよ。」
スキっていう気持ちが始まるのには、多分理由はないんだけど、
もしかしたら、俺と似た状況にいたアイツと、少しだけ自分を重ねただけかもしれないし、
慣れすぎてしまった彼女との間にできた溝を、
埋めるためだけだったのかもしれない。
だから、少しでも行動しようって思ったのは、
今思えば自己満足だっただけかもしれない。
結局俺は、そんなキミの笑顔に癒しとか、そういうのを求めてしまったのだ。
彼女との未来なんて想像する気にもなれなかった俺が、、
この子の笑顔を見れるなら、って、少しだけ未来を考えてしまったんだ。
この子と一緒にいる時間が、もっと続けばいいと。
この子の隣にいるのが、俺であればいいなと。
俺だったらもっと。
だから、
「おいしいですね。」
って笑う顔を見て、少しだけ、決心という名の火が付いた。

 

「何しに来たの?」
「まだ怒ってんの?」
「別に。今始まったことじゃないもんね。こういうの。」
「ああ・・・まぁ。」
「ねぇ、ずっと考えてたことがあるんだ。」
「何?」
「別れない?私達。」
「え?」
「ここ3か月くらい、楽しいって思っても、幸せって感じたことないの。」
しっかりとした意思を見せる彼女に、
息が詰まった。
「剛も、そうでしょ?」
いつも笑っていた彼女が笑わなくなったのはいつだろう。
かわいいワガママが束縛に感じたのはいつからだろう。
「俺は。」
考えてみればケンカばかり。
そうだよな。
幸せになんて、感じられないよな。
「そうかもな。」
自嘲気味に笑ってしまう。
「もういい。剛なんて、大嫌い。」
「おいちょっ待てよ」
「ほんと勝手。」
待て。
展開についていけないんだけど。
「寂しかったんだよ?とっても。」
「え?」
「幸せだったよ、一緒にいられるだけで。」
「意味わかんねぇよ。だってさっき。」
「剛が大事なのはさ、仲間なんだよ。」
「なんだよそれ。」
「だって、デートより優先順位高いでしょ?誰かとサッカーしたりさ。」
それは確かに、否定できない。
「男の世界だからって言ってたけど、いつか連れてってくれるのかな?とか、考えてたよ?」
知らなかった。
そんな風に思ってたなんて。
「女が来るとこじゃねぇよ。なんか気使うし。周りも男ばっかだしさ。」
いつか一緒に行きたいと行った彼女にこう言った。
その時は納得してくれたように思えたから、
話はそれきりだと思ってた。
「別れようって言っても、引き止めてくれるって思ってた。」
「んなの、言わなきゃわかんねーだろ?」
「剛も何も言ってくれない。」
「ああ?」
「剛だって、大事なことは何も言ってくれないじゃない。」
「大事なこと?」
「私のこと好き?」
「当たり前だろ?でなきゃ来ねぇよ。」
「好きって言われたこと、なかったもん。だから、不安で仕方なかったんだよ?」
目に一杯の涙を溜めた彼女。
そんな風にさせたのは俺。
なんで俺の気持ちわかってくれないんだ?
言葉より大事なもんあるだろ?
ずっと思ってた。
でも、俺だって彼女のことわかろうとしてなかった。
結局俺たちは、お互い自分を押しつけてただけだった。
「別れよう。俺たちダメだ。」
少なくとも俺はそうだった。
「でもさ、好きだったよ、俺。」
「ほんと、勝手。」
はにかんだ彼女の笑顔を、
俺は久しぶりに見たような気がした。

 

「彼女と別れた。」
「え?」
別に、何かを期待したわけじゃない。
そうやって彼女の気をひこうなんてことは思ってなかったんだけど、
なんとなく、急に言いたくなった。
「そ・・・ぉ。」
「うん。なんでオマエがそんな暗くなるんだよ。」
「だって。」

なんだかんだで、剛くんすごく一途だから。手放すわけないって信じてた。

そんなことを、さらっと言ってのけた。
見た目からして別に真面目なほうじゃない。
むしろ、ちょっと遊んでる風に見られがちな俺に、はっきりとそう言った。
「なんか、とても残念。」
「なんでオマエが残念なんだよ。」
「恋愛相談してきた仲ですもん。お互いうまくいったらいいなーって思ってたんです。」
そうやって、少し視線が遠のいた。
そういえばと彼はどうなってるんだろ。
相変わらずなのかな。
今まであんなにうまくいけばいいとか思ってたのに、
別れてしまえばいいのに、とか、そんな簡単に思ってしまうなんて。
俺の心はほんとに都合がいい。
「アイツより・・・気になるやつが・・・できてさ。」
少しづつ、それを伝えるように言った。
「何ソレ、浮気が本気になったってこと?」
「・・・おまえ今俺を遊び人みたいな目で見たろ。」
「見て・・・ない。」
「見たんだな。」
「だって。」
「自然消滅狙ってたかも。なんか、最近つまんなかったし。アイツといてもさ。」
「どのくらい付き合ってたんだっけ?」
「3年ちょいくらいかな。」
すると彼女はため息をついてこう言った。
「3年かぁ。やっぱ3年目はだめかなぁ。」
「やっぱってなんだよ。」
「うん。私も、もうすぐ3年たつから。」
ああ、そうなんだ。
「やっぱとか言うなよ。偶然だよ。」
って、笑ってやったのに、少し、暗い顔をした彼女。
「昨日、眠れなくて。」
「なんで。」
「疑ってしまう。自分が嫌になるんです。」
「なんかあった?」
「電話が、かかってて。すごく、楽しそうで。多分、女の子からで。」
「聞けばいいじゃん。今の誰?って。」
って言ったら、少し泣きそうな顔をしたから、しまったと思った。
「ただの友達があんな電話するわけないもん。」
確定ってか。
「もうだめなのかなぁ。うちも。」
「簡単に諦めんなよ。ちゃんと話し合って決めたら。」
「ねぇ。」
沈んでいた彼女がいきなり復活したかと思うと、
「別れ話ってどっちから?」
どこに興味示してんだか。
「あー。俺かな。でも、決めたのは相手だよ。」
「どどどどんな感じで言ったの?」
そんなとこで目輝かせるなよ。
「気まぐれだから。俺は。呆れてたんじゃないかな?そういうとこ。」
「答えになってない。」
「いいだろ、なんでも。オマエ俺に影響されて別れるとかマジやめろよ。俺が悪いみてーじゃん。」
ちょっと強く言ったもんだから、怯んだらしい。
けど。
「決定的な理由って、何?」
って中途半端に聞いてくるもんだから、
「言っただろ。気になるヤツがいるって。」
「その人が原因?」
「さあな。いつかはこうなるってわかってたし。わかんね。」
「え!なんで?わかってたの?」
「だってほんとにスキじゃないと先のことなんて考えられないし。」
「そう。」
「違う?」
彼女は不思議そうな目で俺を見た。
「じゃあなに、結婚するつもりで付き合うの?」
「だ、だって、恋愛と結婚は一緒でしょ?」
「俺は別だと思うけどね。」
「なんでー?じゃお見合いとかすんの?」
「もっと軽く考えて付き合えよ。じゃあおまえ、今の彼氏と結婚すんの?」
っつったらちょっと黙った。
そんな深刻なのかよ。
「重いよね。それは。」
・・・なんだよ、めちゃ惚れてんじゃん。
「人によるけど、同じ年のやつにそれはちょっとな。学生だし。」
「だよねー。あーあ、私当分恋愛なんかできないかも。」
自己完結。
いやいやいや。
「彼氏どうすんだよ。」
「なるように。」
「なんねーよ。深刻そうな顔しやがって。なに、別に浮気でもされたわけじゃねーだろ?電話くらいで。」
軽く笑ったつもりが、は黙り込んだ。
参ったな。
「早とちりかもしんないし。うん。」
で、なんで俺がフォローしてんだよ。
「俺が新しい彼氏のフリでもしてやろうか?今フリーだし。」
ニヤって笑って言ったら。
「結構です。」
少し笑顔が戻った気がした。

 

あれから彼女は別れたと聞いた。
泣いてる彼女を慰めたのは他でもない俺。
守ってやりたい気持ちが強くなったのも時間の問題。
彼氏のことで頭がいっぱいだった彼女が、
徐々に兄から男として俺を見るようになった。
一緒にいると楽しかった。
彼女が俺の言ったことに笑う。
それがどうしようもなく幸せだった。

幸せだった。

すげぇ。

すっげぇ。

毎日が、少しづつ輝いていた気がしたんだ。

それは、きっと彼女も同じ気持ちでいてくれると、

信じてたんだ。

 

「帰れば?」
バイト変わってもらった夜、井ノ原くんに呼び出された。
むしろ、もし連絡がなかったら俺からしようと思ってた。
1人でいたくなかったし、井ノ原くんなら、俺の気持ちの整理の整頓に付き合ってくれる気がした。
お互い何かあったことに気付いても、深く干渉することはなく、
相手の要求にただ付き合って、気が済んだら終わる。
そんな楽な関係のはずだった。
だから、今日も呼び出されはしたけど、
「お前らのケンカに巻き込むんじゃねーよ。」
とか、口で否定しながらも、いつもどおり笑ってくれてた。
井ノ原くんといれば忘れられる。
こうやって一緒に酒を飲んでるだけで、何も考えなくてすむ。
少しだけ安心してた。
なのに。
帰ればって。
「展開についていけないんだけど。アンタさっきまでっ」
さっきまで散々泊まれだとか話聞かせろとか、
今夜は飲むぞとか騒ぎまくってたくせに。
いきなりそんなことを告げられた。
忘れられるかもって期待したのに急に態度が一転して、何事かと思う。
「いや、やっぱりなんとなく帰った方がいい気がする。」
溜め息が出た。
このまま足に任せて歩いたら、間違いなくアイツの家に向かってしまうと思う。
井ノ原くんも俺のこういう性格わかってるはずなのに。
「迷惑だった?」
「いや、そうじゃないんだけど。なんとなくあるじゃん。」
「何が?」
「デジャヴ。」
「どんな。」
「俺がお前を追い返すの。」
「マジかよ。」
「絶対帰れよ。自分家に。」
既に帰らせる方針かよ。
珍しく酔いたい気持ちになったのに。
1人ではいたくなかったのに。
「終電ねぇけど。」
「走れば?思いっきり動けば頭すっきりするんじゃね?」
走るって、歩いても1時間半くらいかかんのに。
「バイクねぇの?」
「あれ2ケツできねーの。しかも飲酒運転。」
「使えねぇな。」
「サッカーボール貸してやろうか?」
・・・。
「いらね。つーか今何時だと思ってんだよ。1時だよ?物騒とか思わないわけ?」
「いやでもなんか。あ、ほら今今。今のこれよ。剛が帰るんだってば。」
なんか憎めないんだよ。
この状態が嘘に見えないからさ。
「・・・わかったよ。帰る。」
こういう時の井ノ原くんは、ホントに譲らない。
割りにそう言うと思わなかったからか、
少しきょとんとした顔してる。
井ノ原くん。その顔ブサイク。
「ま、家着いてもまだ寂しいっていうなら電話してこいよ。相手になる。」
なんだよ電話かよ。
今相手してくれてもいいじゃん。
「健闘を祈る。」
意味ありげに笑う。
アンタの我が儘、俺いくつ聞いたと思ってんだよ。
たまには恩返ししてくれてもいいと思うんだけど。
「わぁかったよ。また明日な。」
「ああ。」
バカじゃねーの。
って、言いそびれた。
「寄り道するんじゃねーぞ。じゃ。」
じゃじゃねーよ、ったく。
昨日は結局眠れなくて朝から昼に少し眠った。
食欲もあんまない。
俺、女に振られたくらいでこんなんなってたっけ?
わけわかんねー。
とりあえず、言いつけ通り走ってみる。
「おいおい、マジで物騒なんだけど。」
こぇぇっ。

 

夜でもこんなに人がいる。
こんなに明るい世の中が存在している。
俺はどうだろう。
家に帰って暗い部屋に明かりをつける。
今日こそはなんとしてでも眠らないと。
有り余った体力を振り切らんばかりに使って走りきる。
泣きそうなあの顔はなんだったんだろう。
最後に来たメールは「剛くん好きだよ」って、
あんなにハートがあったのに。
突然の別れに戸惑った。
ホントはもっと理由がほしかった。
納得できる理由が。
それを聞く術が見つからなかった。
見つかっても聞けなかった。
これ以上の笑顔を壊すわけにはいかなかったんだ。
泣かせるわけにはいかなかった。
忘れられるような理由がほしい。
辛いならそう言ってほしかった。
伝わりあってると思ってたお互いの気持ち。
結局それは、また空回りだった。
俺だけが空回っていた。
つくづく自分は恋愛に向いていないと思う。
それでも求めてしまう。
安らぐ相手、トキメク相手。
会いたかった。
ただそれだけでよかった。
気がつくと、よく2人で行った雑貨屋さんが目に入る。
隣りには服とか置いた店。
ドラッグストア。
電灯が消えてしまったこの時間。
俺達の時間もこの明かりのように終わってしまった。
こんなに苦しい。
こんなに悲しい。
切ない。
自虐になる言葉が山程現れる。
今日は眠れる。
こんなに疲れた。
例え悪夢を見てしまったとしても、少しくらいは落ち着くと信じたい。
ぴりりりり・・・
不意に携帯が鳴って慌てた。
物騒すぎる。
「もしもしっ。」
「ホントに走ってたのかよ、息上がってる。」
「アンタが走れって行ったんだろ?」
「今どこよ。大丈夫か?」
「あー、あと5分くらいでつくよ。」
考え事してたらすげぇ早い。
時間の流れが早すぎる。
「お前、考え事しすぎて疲れてないか?」
低いトーンの声が聞こえる。
そうか。走れって言ったのは、
俺を確実に俺の家に帰すためか。
歩きながら考えてたら、きっと途中でどうにかなっちまう。
「大丈夫。ちょっとスッキリしたよ。」
「ならいいけど。」
何か言いたげな井ノ原くんの言葉の余韻。
「俺の勘って当たるの。知ってるよな?」
「あー?なんてー?電波悪い。聞こえね。」
「待っ・・から。」
「えー?・・・あ。」
突然携帯の電池の音がなくなる音が聞こえた。
電波じゃねーし。
勘?
また何予言する気だよ。
あの人の勘ほんと当たるけどいいことなしじゃん。
店長着そうな予感がするとかさ。
来んなっつー話だよ。
結局なんだったんだろ。
部屋につながる最後の階段を上がる。
井ノ原くんはロクな予言をしない。
ナニコレ。
ハトでもいたかな?
でけぇ羽根。
カラス?でも白いな。
なんとなく、ほんとに無意識に触れた羽根から、
頭の中に妙な記憶が芽生えた。
「・・・?」
「おかえり、剛くん。」
こんなタイミングは、おかしいだろ。
そんなの、ありかよ。
なんだよ、これ。
「ごめん・・ね。会いたかった、の。」
ドアの前で三角座りをしてた彼女が、
少しづつ近づいてきた。
「なん・・・で・・だよ。」
「待ってた・・の。」
「オマエ、オマエ何やってんだよ。何やってんだよ、んなところで。」
ただ、責める言葉しか出てこなくて、
ただ、抱きしめることしかできなくて。
 

俺は、わけもわからず、涙がでそうだった。