新・報讐雪恨〜上〜

許貢
キョコウ
末若
(許貢の末子)
許靖
キョセイ
于吉
ウキツ
孫策
ソンサク
周瑜
シュウユ
 トウタクが中央を牛耳ってしばらく、難を逃れてキョセイ殿が訪れた。キョセ イ殿は、会稽のオウロウ殿と我が殿の幼なじみである。後に蜀郡太守を経て、リ ュウビ皇帝の時代に司徒になった男である。今、世間は打倒トウタクに燃えて諸 侯は軍備を整えている。江南の虎、ソンケン殿も同郷のシュシュン将軍と出立さ れた。  殿はキョセイ殿を温かく迎え入れられた。 「天下はこれから荒れる。今、打倒トウタクを大義名分に掲げている諸侯は、こ の戦いの後に勢力を拡大する事は必定。」 「キョセイ、わしはこの戦いの後ソンケン殿に着こうと思う。今はまだエンジュ ツ殿やトウケン殿に及ばぬが、すぐに大きくなる器を持っているからな。」 「確かにソンケンは良い。しかし、血気盛んで危うさを感じる。短命であろう。」  私が酒を運んだ時、そんな会話が聞えた。  その後トウタクを破った諸侯は仲たがいを始め、キョセイ殿の申された通りに ソンケン殿はリュウヒョウ戦で死んだ。変わって跡を継いだのが長男のソンサク である。  ソンケン殿の時代には、元会稽のシュウグがソウソウに従い軍師に任ぜられて いたが、ソンケン殿が駆逐し殿がシュウグを討ち取ったものであった。  我が殿は始めはソンサクのもとへ行こうと考えられたようである。しかし、あ の強さは危ういと考えられた。各地の勢力を次々と手中に収めていくその武と智 は類まれなる才覚ではあったが、あまりにも勢いに任せすぎているという。  私も殿のもとで食客としてお世話になっている身であるので、それなりの知識 と人物評などはできるが、キョセイ殿に及ぶところではない。半分はキョセイ殿 の言葉と思って頂きたい。私がキョセイ殿に勝っているものは武の心得である。 天は才を一人だけに与えるものではないのだ。  かくして、殿はソウソウと友好を結ぶに至った。  そういう話をしている頃、ソンサクはリュウヨウの勢力をことごとく破り、配 下の猛将ウビを3合いせずに生け捕り、陣中にかかえて護送したという。ソンサ クの力でウビは抱えられたまま死んだ。さらにソンサクがハンノウを一喝すると ハンノウは驚いて落馬して死んだという。これよりソンサクは「小覇王」と呼ば れるようになり、以前にも増して強くなったようである。  そして、恐れた事が起こった。ソンサクがこの呉郡に攻め込んできたのである。 この話を聞いた私は、ソンサクに挑もうとした。しかし、殿は、 「逃げよ。今の小覇王の勢いは誰にも止められぬ。機を見て戦うのじゃ。」 そういって、城から私達を逃がした。いや、強引に追い出した。  私はその時とっさに、 「末若をお連れ致します。もしもの時は一族根絶やしになりますぞ。」 「うむ、よろしく頼む!!」  殿も半分は分かっておられたのであろう。その言葉を待っていたかのようであ った。私はキョセイ殿と仲間2人を率いてこれから戦場となる城を後にした。  キョセイ殿は私に、 「キョコウ殿はあなたに最後の希望を預けたのです。決してその火を消してはな りませんぞ。」 そう申された。
新・報讐雪恨〜中〜  城が陥落する・・・。ソンサクとその配下シュチの 「呉郡太守キョコウ!!どこだ!!」 と叫ぶ声が聞える。私も残って戦いたい。食客として殿のもとにいたのに何一つ ご恩を返せなかった。  追手が来るので我々はその場を去った。キョセイ殿は交阯へ行き、我ら3人と 末若は徐州に向かった。  その後の話によると、殿の家族は殺されたらしい。殿は幼なじみのオウロウ殿 を頼って落ち延びられたと聞いた。しかし、ソンサクは追撃の手を緩めずそのま ま東呉の徳王ゲンハクコを攻めた。ゲンハクコは東呉の徳王とは名ばかりで、そ の行いには領民も苦しめられているという話は耳にするので成敗されて然るべき だろう。だが、ソンサクの怒涛の進軍も罪もない諸勢力を呑み込んでいるので正 当化されるものではない。とはいえ、天下の声はソンサクにある。これは義弟シ ュウユのなせる業なのであろう。  そこに一報が入った。殿がソンサクに殺された。私は末若と仲間達と共に大い に嘆き悲しんだ。そして、皆で殿の仇、ソンサクを討つ事を誓った。  その後、ソンサクが、ソウソウとエンショウが対峙している隙を突いて許都に 攻め込む手はずを整えている事を知った。我らはまだ亡き殿の威光でソウソウと は近い関係でいられる。そこで、急いでその旨を知らせた。 「ソウソウ閣下が動けばソンサクは討てる!!」  皆がそう思った。私はソウソウのもとに使者をやった。  ソンサクは江東を平定したばかりで、討ち取ったのは英雄や豪傑、配下の忠義 を厚く受けるものばかり。そして、その力ゆえに敗者に恐れられ報復心を植え付 けているにもかかわらず、敗残の将や兵に対して警戒心が薄い。それ故に恐れる に足らぬという。  我らはこの報せに落胆した。これはソウソウの軍師、カクカの判断なのだろう。 彼ならばそう答えるかもしれない。  我らは徐州に向かう途中、林の中で一人の道士に出会った。名をウキツと言っ た。もう100歳近い老人である。老体が言うには、 「順帝の時代(126〜144年)に山に入って薬草を採り、曲陽泉で太平清領 道100巻を手に入れましてな。以来、人の病や苦しみを治しておりますじゃ。」  私は道士に問うた。 「道士、我らの心の苦しみは解き放たれるのでしょうか。我らは呉郡太守キョコ ウの食客。そして、こちらは末の子。皆、殿をソンサクに討たれて嘆いておりま す。そしていつの日か報復せんと思っております。」 「その怨恨は晴らせるでしょう。しかし、そのために多くの人を巻き込むのはい けませぬ。多くの人か関れば、またそこから新たな怨恨が生まれますのじゃ。ま ずは呉に戻りなされ。」  そういって呉郡の方へウキツは向かった。そして、その姿が消えるころに林に ウキツの声がこだました。 「わしも力添えして差し上げますじゃ。もう先が短くて死に場所を求めておりま すのじゃ。」  ウキツ道士の言葉に私は必ず殿の仇は我らで取ろうと決めた。そして、ウキツ の後を追うように呉郡に引き返した。
新・報讐雪恨〜下〜  再び呉に戻った我らは、山の中に小屋を建てて移り住み、ソンサクが単独で行 動する隙をうかがった。その間、ウキツ道士に会う事はなかったが、呉の人々の 病を治している仙人がいるという噂を耳にしたので、おそらくそれであろうと思 った。  ある日、私はいつものように情報収集と食料の買い出しのために町へ降りた。 すると、ウキツ道士が目の前に現れ、 「明日、ソンサクは丹徒県の西山で巻き狩りをするそうじゃ。鹿を追って一人で 森に入るじゃろう。」 そうささやいて、私の前から消えた。  急いで山へ戻って仲間と末若にその事を話した。末若は、本当に一人で鹿を追 うのか半信半疑であったが、私はこの機を逃せば次はいつくるか分からないと説 いて戦の準備をさせた。  白装束に、頭に報讐雪恨と記した巾を巻き、私は槍を、後の2人は槍と弓を持 ち、末若は刀を携えた。  翌日、ウキツ道士の予言通りになった。ソンサクは丹徒県の西山で巻き狩りを した。ソンサクは鹿を追ってただ一騎で駆けていた。我ら3人はこの時を待って いた。弓を持って木の上で待ち構え、2人は槍を持って茂みの中で待ち構えた。  ソンサクがやってくると、まず一人が槍で襲いかかった。さすがに小覇王と言 われるだけのことはある。急襲にもかかわらず見事に剣で槍をはじいてかわした。 しかし、一呼吸遅れて私が反対側から槍で立ち向かった。私の槍はふとももに刺 さった。よしと思う間もなくこちらに剣を振りかざす。私はすかさず槍でかわし た。2人を相手にしてしている隙に、木の上から矢が放たれた。我らはソンサク の注意を引きつけ、矢で仕留めようとしたのだ。これがソンサクの顔に当たった。 しかし、ソンサクはひるむ事なく突き刺さった矢を抜いて木の上の仲間に射返し た。矢は彼の胸に命中し、彼はうっと一声詰まらせて息絶えた。  だが、その隙に末若がソンサクに斬り込み、止めをさそうとした。 「呉郡太守キョコウ、我が父の仇!!ソンサク覚悟!!」 と叫んでソンサクの兜を割った。  ソンサクは、 「小僧!!浅いわ!!貴様の力では兜を割るだけじゃ!!」 と、一喝した。 「あのハンノウを一喝して殺した時もこれほどだったのか。」 と私は身震いした。末若も思わずその声にたじろいだ。私はとっさに槍の柄で末 若を突き飛ばした。その瞬間、ソンサクの刀が振り下ろされ私の槍を真っ二つに した。私は丸腰になり、無念の死を覚悟した。しかし、ソンサクも傷は深く次の 一振に間があいた。私はその隙に懐の短剣で馬の足を傷つけて、末若を起こして 茂みに飛び込んだ。その次の瞬間、仲間の悲鳴が聞こえた。どうやら、ソンサク を追ってきたテイフに斬られたようだ。  私もここにいては危険なので、末若と共に急いで森を抜けた。  私は、ソンサクを討ち漏らしたが大いに満足した。なぜなら、我らの武器には 全て毒が塗り込んであるのだ。  そのままにしておいても死ぬ。殿の仇を討った満足感と同時に、あの小覇王と 呼ばれた男を死に導いたという事が加わり感無量であった。  その後、しばらくしてウキツ道士が捕えられたと聞いた。配下の将が諌めるの も聞かずにソンサクは処刑したという。原因は許都攻めの宴の際に配下がウキツ 道士を拝みに行くのを大いに怒っての事らしい。その後間もなくしてソンサクは 死んだ。  人々のウキツ道士に対する敬意は絶大であった。そのため、ウキツの呪いによ って殺されたと世間では広がった。  我らの名は後世に残る事はないが、ウキツ道士はこの一件で後世に残る仙人と なったわけだ。彼の死に場所とはこの事であったのだろうか。今となっては私に 真相は分からない。  私としては世間がウキツ道士の呪いでソンサクが死んだと思われていてありが たい。なぜなら、食客に襲われたと広まれば私と末若が追われる身になるのだか ら。  今、私は呉王ソンケン殿のもとに仕官し呉で末若と共に暮らしている。もちろ ん殿の仇を討つために仕官したのである。しかし、ソンケン殿は天下を治める器 であった。もちろん、末若もそうおっしゃった。私は天下のために生きることに し、そのまま役に就いている。