続・報讐雪恨
続・報讐雪恨〜上〜
ソウソウの「報讐雪恨」を掲げた虐殺軍による徐州侵攻から逃れるべく、ここ
に男女約1万、馬3千の難民があった。皆を率いているのはサクユウであった。
サクユウはトウケン配下の将であったが、無理矢理領民を率いていち早くソウソ
ウから逃れていた。そして、今までに横領や略奪でかき集めた食料や金品ととも
に、揚州刺史リュウヨウを頼ろうとしていた。
「おらおら、もたもたするな!!さっさと歩かんか!!」
難民達の扱いは、奴隷を率いているようであった。人々は、徐州に残ればソウ
ソウ、勝手に逃げ惑えばサクユウに殺されるので、恐れながらもサクユウに付き
従っていた。
「おっ、あそこにも逃げていく一団がいるじゃないか。」
サクユウはにやりと笑って、
「おい、野郎ども!!奴等の食い物と金品をちょいと拝借するぞ!!」
「へいっ!!」
サクユウは手下達を率いて一団の先頭へ向かった。そして、一団を取りまとめ
ている男に向かって、
「俺達は徐州から民を率いて揚州刺史リュウヨウ殿のもとへ行く。しかし、少し
ばかり食料が足りんのだ。同じ徐州から逃げてきたよしみで分けてもらいたいの
だが。なに、ほんの1万人分でよいのだ。」
男は、驚いて、
「そ、そんな量は我々にはとても・・・。」
「まさか俺がこれだけ頼んでいるのに断るんじゃないだろうな。もしそうなら、
力ずくでも頂くぞ!!」
サクユウは言うなり剣を抜いて斬りかかろうとした。男は慌てて懇願したが聞
き入れられず、あわやという時に声がした。
「お、お待ちください。私は1万人など簡単に養える程の食料のありかを知って
ございます。何とぞお見逃しを!!」
サクユウが見れば男の傍らに少年がいる。
「ほう、小僧。それはどこだ。もし嘘ならば貴様はおろかこの一団皆殺しだぞ。」
「はい、サクユウ様、北の方角をご覧下さいませ。遠くに煙が立ち昇っておりま
しょう。あれは炊飯の煙でございます。あそこに大きな集落があり、今も大勢の
人がおります。」
「おお、確かに見えるぞ。」
「はい、偽りではございません。現に我々は今朝方あそこでお世話になったので
ございますから。」
サクユウはにまりと笑って、
「なるほど・・・。よし、この小僧の情報に免じて見逃してやる。」
男と少年は深々とサクユウに礼を言った。サクユウは、
「小僧、己のために平気で恩を踏みにじる奴はいい死に方をせんぞ。覚えておけ。
はっはっは。」
そう言って手下を引き連れて北の集落に馬を走らせた。
男の一団もいそいそとサクユウから逃げるように進み出した。そして、サクユ
ウが完全に見えなくなると、男は、
「リョウ、助かったわい。あのサクユウという男は私利私欲に走り、人を殺す事
に何のためらいをもたぬ危険な男じゃ。しかし、サクユウの行った先は・・・」
「はい、叔父様。徐州の援軍に駆けつけて下さったリュウビ様の野営地でござい
ましょう。あそこなら、食料も豊富にあるしサクユウ様もさぞや満足されましょ
うな。ただ、リュウビ様が快く受け入れて下されるか、サクユウ様が力ずくで奪
えるかどちらかの話ですが。」
「いやはや、たいしたもんじゃ。このショカツゲンもうれしいわい。」
「あ、サクユウ様に、カンウ様とチョウヒ様にはくれぐれも気をつけるよう進言
するのを忘れてしまいました。」
ショカツリョウは明るい笑顔でショカツゲンに言った。
ショカツゲンは感無量といった顔で旅路を急いだ。
続・報讐雪恨〜下〜
ショカツゲン達一行は、道中淮南に立ち寄った。淮南では名門袁家の御曹司エ
ンジュツが勢力を拡大していた。
エンジュツは、難民を率いてきたショカツゲンを手厚くもてなした。そして、
「迷える民を受け止め、天下にはばたく人間を懐に置く。これこそ真の天下人の
姿であろう。」
と、しきりにショカツゲンを幕僚に入れようとした。ショカツゲンは仕官する気
がなかったのであるが、エンジュツが難民を始め皆を手厚くもてなしたのですぐ
に出立する事ができなかった。
徐州太守トウケンが没しリュウビが跡を継いだ、と風の便りが来てしばらくの
事である。予章太守シュウジュツが病没したという情報が伝えられた。エンジュ
ツは、
「ショカツゲン殿、いかがじゃな。そなたに予章太守としてシュウジュツ殿の後
任を引き受けてもらいたい。そしてこのエンジュツのもとで天下安泰の基盤を作
って頂きたい。」
「エンジュツ殿には大いに恩恵を受けておりますが、それがしには・・・」
「叔父様、お受けくだされ。」
傍らにいたショカツリョウが大いに薦めた。そして、小声で、
「これぞ、エンジュツ様から離れるよい口実です。すぐに漢帝国より正当な太守
が任命されましょう。それまでの間お引き受けになればよろしいではないですか。」
と、ささやいた。ショカツゲンもはっとして、エンジュツに返答した。
「エンジュツ殿、度重なる恩恵に報いるためにもそれがし達をお遣わし下さい。」
エンジュツは大いに喜んでショカツゲンを予章太守に任命し、即刻赴任させた。
漢帝国では予章太守にシュシュンの子、シュコウが任命され、ショカツゲン討
伐軍を率いてきた。さらに、揚州刺史リュウヨウもサクユウをシュコウの加勢に
向かわせたという報せも入った。ショカツゲンは新太守の物々しさに何事かと慌
てて官舎を飛び出し城門よりシュコウに問うた。シュコウは、
「だまらっしゃい。あなたが勝手に予章太守を名乗り領民を苦しめているとの報
せにより、正当なる予章太守が討伐に参ったのです。」
ショカツゲンは慌てて、
「そ、それは誤解でございます。太守殿の赴任まで、それがしが諸事万端整えて
お預かり致した次第。領民を苦しめるなどもってのほかにございます。」
「何ですと!?まぁ、我が軍勢に恐れをなして取り入ろうとしておるのでしょう
が。」
と、そこに大きな澄んだ声で、
「シュコウ様、論より証拠。どうぞ官舎を検めて下さいませ。」
ショカツゲンの傍らにいたショカツリョウが検分を申し立てた。シュコウは笑
って、
「その場しのぎで帳簿や文書を改ざんしても私の目は誤魔化せませんよ。よろし
い、あなたが案内なさい。」
そう言って、ショカツリョウに官舎を案内させた。そして自ら隅々まで入念に
検分した。そして、シュコウはショカツゲンの政務の状態に感服した。
「ショカツゲン殿、よく解りました。それがしの情報は誤報でした。ただちにサ
クユウ殿に進軍の中止を申しましょう。」
ショカツゲンはほっとした様子であったが、ショカツリョウは不安げに
「サクユウは恩も大義も持ち合わせていない人物。シュコウ様はおろかリュウヨ
ウ様をも裏切り予章を取るつもりでございます。」
そう言って、ショカツゲンと共にサクユウのこれまでの悪逆な行いをを話した。
シュコウは、
「よく分かりました。サクユウには気をつけましょう。あなた達は荊州へ向かう
がよろしい。」
と言ってショカツゲンを送り出した。ショカツゲンは皆と共に予章を去り、荊州
のリュウヒョウのもとへ向かった。
その後、シュコウは加勢に来たはずのサクユウに討たれた。リュウヨウはサク
ユウの行いを不審に思い成敗した。
敗れたサクユウは山中に逃げ込んだ。
「サクユウ様、こちらです!!」
ふと声の方を向くと、少年がサクユウを導いている。サクユウは逃げ場を求め
て少年の後をついて行った。しばらく歩くと少年はふと立ち止まって振り返った。
「以前あなたは私に、己のために平気で恩を踏みにじる奴はいい死に方をせん。
そうおっしゃいましたね。まったくその通りでございますね。」
サクユウの周りには大勢の民衆が集まっていた。少年はその人ごみの中に消え
ていった。彼等はサクユウを殺して、荊州の方面へ消えた。