第六十一回  ホウトウとホウセイが宴席でリュウショウを討つことを勧めたが、リュウビは 聞き入れなかった。  ホウトウは宴席でギエンに剣舞をさせて討とうとしたが、これに対してチョウ ジンが相手に出た。手助けにリュウビの養子、リュウホウが出るがこれを阻止し ようとレイホウ、トウケン等が出てきた。  リュウビは、 「兄弟の集まりに剣は無用じゃ。」 と一喝して下がらせた。そして陣屋に戻った後、ホウトウを強くなじった。  後日、チョウロが軍勢を率いて来たことを知り、リュウビは葭萌関を固め、さ らに徳政を布いて領民の心をつかんだ。  このことが東呉にも伝わり、ソンケンは文武官を集めてはかった。しかし、こ の事が呉国太にも伝わり、呉国太は大いに怒ってみなを引かせた。  チョウショウは、後でソンケンに 「阿斗を東呉に連れてくれば、引き替えに荊州を渡さざるを得ません。」 と策を授けた。  早速シュウゼンを荊州に使わせ、孫夫人に呉国太が病であると伝えて東呉に戻 るよう仕向けた。しかし、船で連れ帰ろうとしたところにチョウウンが来て、連 れ戻そうとした。  孫夫人が説得にも応じず帰ろうとしたので、チョウウンは阿斗だけでもと強引 に奪い返した。そこにチョウヒが加勢に来た。シュウゼンは、薙刀をしごいて迎 え討ったがチョウヒに切り倒された。  結局、孫夫人は東呉に戻ったが、阿斗は荊州に戻された。それを知ったショカ ツリョウは喜んで、リュウビにその事を伝えた。  ソンケンは、阿斗が奪えなかったまでも孫夫人が戻ったので、建業に拠点を移 して荊州攻略に乗り出そうとした。しかし、そこにソウソウが赤壁の仇を討つた めに兵を動かしたのでひとまずそちらを優先した。  ソウソウは魏公の地位にのぼったが、ジュンイクが強く反対し、それを聞いた ソウソウは彼の心が離れたと思い殺そうとした。それを悟ったジュンイクは毒を 飲んで自殺した。ときに50歳であった。  さてその後ソウソウは東呉に押し寄せたが、戦の決着がつかず月日が流れた。 戦の中でソンケンに会い、彼のような子が欲しいと言った。  その後、ソンケンから「あなたがおられると私の心がやすまる時がありません。」 と書面を送られてきたので、ソウソウはからからと笑って兵を許都に戻した。  ソンケンも兵を戻したが、リュウビの存在が気になっていた。そこに、チョウ ショウが一計ありと言う。  さて、その計略とはいかに。それは次回で。
第六十二回  チョウショウが策を献じて、  「書面をリュウショウとチョウロに送りリュウビの前後を突くのでございます。 そこに我が軍が進めば荊州は簡単に手には入りましょう。」  ソンケンはこれを聞き入れて使者を送った。  リュウビの耳にソウソウがソンケンを攻めているという情報が入ったが、どち らが勝っても荊州の危機は避けられないのでホウトウにはかった。ホウトウは、 「荊州の事はショカツリョウに任せておけば安心です。ここは、リュウショウの 許に使者を使わし兵糧と兵を得るのが得策です。」 と進言した。リュウビはすぐさま使者を使わした。  しかし、リュウビの力を恐れたリュウハやコウケンがリュウショウを諌めたの で、彼は役に立たない老兵4千と米1万石を出すことを書面で返した。それを見 たリュウビは怒って書面を破り棄てた。これを見たリュウショウの使者は逃げ帰 ったが、ホウトウは、 「殿はこれまで仁義の名をもって通されていましたが、今ので無に帰してしまい ましたぞ。かくなる上はそれがしの策がございます。」 と言って策を示した。  リュウビは荊州に戻るふりをしてヨウカイ、コウハイをおびき出して殺害し関 を取ろうとした。しかし、これを知らずに慌てたチョウショウは引き止めようと 書面をリュウビに出したが、兄のチョウシュクに見つかりリュウショウに計画が 露見した。怒ったリュウショウは、チョウショウを処刑した。  リュウビはヨウカイ、コウハイが見送りに来たところをついて首を斬った。  リュウショウはヨウカイ、コウハイが斬られたことを知って大いに驚いて、リ ュウタイ、レイホウ、チョウジン、トウケンに5万の兵を与えてリュウビを食い 止めようとした。  コウチュウとギエンは手柄を競って出陣した。ギエンはトウケンを、コウチュ ウはレイホウを討ちに向かった。  しかし、ギエンは先にレイホウを先に討ち取って全ての手柄を一人じめにしよ うとして進んだ。しかし、レイホウと打ち合っていると挟み撃ちにされ逃げ出し た。そこにトウケンに襲いかかられ、あわやというところへコウチュウがトウケ ンを殺して助けた。  リュウビはこの隙にトウケンの陣を奪い取った。  コウチュウはリュウビにギエンが軍令を破ったとして訴えたが、そこにギエン がレイホウを捕らえて来たのでリュウビはこれを許した。そして、レイホウは降 参し、 「生死を誓い合ったリュウタイ、チョウジンを連れて参ります。」 と言ってリュウビのもとを去った。  しかし、レイホウはリュウタイ、チョウジンに自力で逃げたことにしてこの事 を隠した。そして、新たにゴイ、ゴラン、ライドウの応援部隊と合流した。  リュウビのもとにソンケンとチョウロが葭萌関へ攻めかからんという情報が入 り、モウタツとカクシュンが守備にあたった。  ホウトウが軍議を終えて宿所に戻ると一人の男が訪ねてきた。この男、部屋に 入り寝所で横になり、 「しばらく休ませてくれ。それから天下の大事を知らせよう。」 と言った。ホウトウは不審に思って、ホウセイを呼んだ。  ホウセイを見た男は、ぱっと起きた。  さて、この男一体誰か。それは次回で。
第六十三回  ホウトウが訪ねるとホウセイはこの男をホウヨウは直言してリュウショウの怒 りに触れ奴僕に落とされた者と紹介した。  ホウヨウは、リュウビに今のままではラク城の守りが危ないと進言し、コウチ ュウとギエンに守備の強化を勧めた。  その夜、レイホウは奇襲をかけたがギエンに生け捕りにされ、ゴラン、ライド ウの軍もコウチュウに撃退された。  リュウビはレイホウが裏切ったので怒って首をはねさせた。  そこに、バリョウが荊州からショカツリョウの書面を持ってきた。内容は「星 の運行が悪いので注意されよ。」という事であったが、ホウトウは、ショカツリ ョウに張り合って、リュウビに 「吉兆であるゆえ進軍致しましょう。」 と進軍を勧めた。  進軍中、リュウビはホウトウの駄馬を見て、自分のと取り替えてあげた。  山間でふと、 「地名が落鳳坡。自分が鳳雛。それが落ちるは不吉。」 と言って兵を退こうとしたが、白馬に乗っているのはリュウビと思いこんでいた チョウジンに一斉に矢を射られた。  ホウトウはそこで落命した。時に三十六歳であった。  この混乱の中、ギエンは血路を開いて敵陣に突き進んだ。しかし、前にはゴラ ン、ライドウ、後ろはチョウジンに挟まれ身動きがとれなかった。そこに、ゴラ ン、ライドウの後ろからコウチュウが攻め込み、逆に挟み撃ちにした。リュウタ イが討って出たが、そこにリュウビが到着し打ち破った。しかし、兵馬ともに疲 れ切っており退却した。  そこに、ホウトウ落命の知らせを受けて西の方角を望んで声を上げて泣いた。 カンペイに荊州のショカツリョウを呼びに行かせた。  荊州でカンペイからの知らせを聞いたショカツリョウは顔を覆って泣き出した。 そして、カンペイを荊州に残し、カンウに荊州の守備を任せて、自分はチョウヒ、 チョウウン等と援軍に駆けつけた。  チョウヒは、巴都方面から別働隊として攻め上ったが、巴西の太守ゲンガンと 対峙した。チョウヒはゲンガンに降伏の書面を突きつけたが、ゲンガンは怒って 討って出ようとしなかった。チョウヒは、何度も挑発したが敵が動かないので、 柴刈りをさせて間道を探させた。  一方ゲンガンは、チョウヒが動かなくなったので探りに出させると、間道が見 つけられたという報告を受けた。それを知ったゲンガンは、間道で待ち伏せをし た。  ゲンガンはチョウヒめがけて襲いかかったが、それは影武者で、背後からチョ ウヒに襲われ捕らえられてしまった。  ゲンガンはチョウヒに、 「我が国には首をはねられる将はおっても敵に降る将はおらぬ。」 と言った。チョウヒは縄を解いて無礼を謝った。  ゲンガンは、それに心打たれて西川へのはいる計を進言した。  さて、その計とは。それは次回で。
第六十四回  ゲンガンは、 「それがしがこの先の案内を致し、行く先々の将をお味方に致します。」 と言った。チョウヒは喜んでゲンガンを先鋒にして一度も合戦をすることなく進 んでいった。  リュウビはショカツリョウ等が間近に来ていることを知って兵を出した。しか し、チョウジン、ライドウ、ゴランの前に大敗し、血路を開いて逃げ出した。チ ョウジンに追いつかれもはやこれまでと思ったとき、チョウヒがゲンガンととも に駆けつけた。チョウヒはチョウジンと打ち合い、チョウジンはゲンガンが軍勢 を率いて来たのに驚き退却した。  コウチュウとギエンは、ゴラン、ライドウと戦っていたが、ゴイ、リュウタイ の加勢で打ち破られた。そこに、リュウビとチョウヒが加勢し、ゴラン、ライド ウは挟まれ降参した。  ショカツリョウもその後リュウビと合流した。次の戦いで、チョウウンはゴイ を捕らえて降伏させ、ショカツリョウは伏兵を使ってチョウジンを捕らえた。チ ョウジンは降らず死を選び、リュウビは感嘆してやまず、屍を金雁橋のかたわら に葬らせた。  残るリュウタイはリュウビが城に押し寄せたとき、チョウヨクに斬られ、チョ ウヨクは降伏した。  要害を落としたショカツリョウは、成都に降伏を求めた。しかし、リュウショ ウは大いに怒って綿竹をヒカンとリゲンに守らせた。さらに、トウワは漢中のチ ョウロに加勢を求めるよう進言し、使者を送った。  さて、バチョウは戦いに敗れ羌に逃れていた。その後、羌族の軍とともに諸都 を攻め取り、涼州刺史イコウを攻めた。イコウは降伏をしたがバチョウは、 「せっぱ詰まった降伏は本心ではない。」 と言って一族を斬り殺した。降伏を諌めた参軍のヨウフは義を知る者として用い た。  ヨウフは逆賊バチョウとイコウの仇を討つべく反旗をひるがえした。そこにカ コウエンが加勢し、バチョウ、ホウトク、バタイは血路を開いて落ち延びた。  バチョウ達は漢中のチョウロのもとに身を寄せた。チョウロは大いに喜んだ。  そこに、リュウショウからの使者コウケンが 「西川が破れれば漢中とて無事では済みますまい。加勢のお礼として二十州を差 し上げます。」 援軍要請を求めた。  しかし、エンホに諌められたがそこに、 「それがしに一軍賜りますれば、リュウビを捕らえて必ずや土地をもらい受けて 殿に奉りましょうぞ。」 と進み出た。  さて、この人は誰か。それは次回で。
第六十五回  チョウロの前に進み出たのはバチョウであった。チョウロは大いに喜んで2万 の軍勢を与えた。ホウトクはこの時病にかかっていたので、彼を残してバチョウ は進軍した。  リュウビはギエン、コウチュウに綿竹に向けて軍勢を進めさせた。そして、シ ョカツリョウの計略を用いてコウチュウがリゲンを降らせ、降ったリゲンはヒカ ンに降伏を勧めた。かくしてリュウビは綿竹に入城した。  そこに葭萌関のモウタツとカクシュンの所にバチョウ等の軍勢が押し寄せて来 たので、ギエン、チョウヒ達とともに加勢に向かった。  そしてバチョウの軍勢と対峙した時、ギエンはチョウヒの手柄まで横取りしよ うとして深追いし、バタイに矢傷を負わされた。そこにチョウヒ現れ、バタイは 兵を退いた。  翌日、チョウヒとバチョウは槍を合わせたが、百合い余りしても勝負がつかず お互い陣に帰った。その夜も打ち合ったが勝負がつかず、互いに兵を退いた。  バチョウは、ショカツリョウの計によってチョウロとの仲を裂かれ、リカイの 説得でリュウビに降った。そして、 「リュウショウを降参させ、成都を献上いたします。」 と言った。  バチョウはリュウショウのもとに行って、 「チョウロはわしを殺そうとしたので劉皇叔に降ったのじゃ。貴公も国の安泰を 考え劉皇叔に益州を差し出されよ。さもなくば、今から攻め込みますぞ。」 と言って、降伏を勧めた。リュウショウも己の惰弱さを悟って、リュウビに降伏 した。  そして、リュウビゲントクは蜀を手にし、国を治めた。  さて、東呉のソンケンはリュウビが蜀を手にした事を知ると、かねてよりの約 束である荊州返還を望んだ。そこに、チョウショウが、一計ありと言った。  さて、その計とは。それは次回で。
第六十六回  チョウショウの計は、ショカツリョウの兄、ショカツキンの家族を人質にして 荊州を取ることであった。  ソンケンはこれに同意し、策を話してショカツキンを蜀に送った。  ショカツリョウはこの事を話してリュウビに泣く泣く荊州を明け渡してくれる ように頼み出た。ソンケンからの書面を見てリュウビは大いに怒ったが 「長沙、霊陵、桂陵の3郡を返そう。ただ、弟は気性が激しいのでその旨伝える 時はご注意を。」 と伝えた。  ショカツキンは荊州に赴き、カンウにこれを伝えたが、怒って返そうとしなか った。ショカツキンがこの事を蜀に再び行って伝えると、リュウビは 「弟が動きませぬならば、漢中を取れば弟をそこにつかせる故にそれまで待って 下され。」 と言った。  東呉のソンケンはこれを聞くと怒って、ロシュクとともにカンウ暗殺を謀った が失敗に終わった。  そこに、ソウソウが30万の軍勢で攻めてきたという知らせが入り、荊州進撃 の兵を迎撃に回した。  一方ソウソウは、参軍のフカンから、内政に専念するべきであると諌められて 進軍を取りやめた。  ソウソウが魏王になるという発議がされ、ジュンユウは反対した。ソウソウは、 「ジュンイクの二の舞を演じるのか。」 と大いに怒った。ジュンユウは憤りのあまり病死した。ソウソウはジュンユウを 手厚く葬らせた。かくて魏王の話は沙汰やみとなった。  また、皇后の父、フクカンがソウソウの命を狙っていたのが露見し、フクカン の一家は皆殺しにされた。伏皇后もカキンによって連れ出され殺された。そして、 ソウソウは自分の娘を献帝に嫁がせ新たに皇后にした。  かくして、ソウソウは呉を取り、次に蜀を取ろうと考えたが、カコウトンは漢 中を取ることを進言した。ソウソウも同意して西征の軍を起こした。  さて、この先どうなるか。それは次回で。
第六十七回  西征の先鋒はカコウエンとチョウコウであったが、夜討ちを受けて敗走した。 怒ったソウソウは彼らを手討ちにしようとしたが、諌められて自ら軍勢を率いて 進軍した。  チョウロの所にはホウトクがおり、ソウソウは、彼がジョコウと打ち合ったの を見て、彼を味方につけたいとして計略をかけた。まず、チョウロの配下ヨウシ ョウを味方に付けて、チョウロにホウトクが魏に内通しているという噂を流し、 2人の仲を裂いた。  怒ったチョウロは、 「明日、討ってでよ。負けたら生かしておかぬぞ。」 と命令した。ホウトクは出てきたところを落とし穴で捕らえられた。ホウトクは チョウロの薄情さを考えて降伏した。  チョウロはヨウショウに、 「今、討って出ねば死を待つのみでございます。」 と進言されて、エンホの諌めるのも聞かずに兵を出した。そして、ソウソウ軍に 敗走して帰ってくるが、ヨウショウが門を閉ざしたので降伏した。  シバイがこのまま蜀まで攻め込むことを進言したが、ソウソウは兵馬を休ませ て動かなかった。  ショカツリョウは、呉にイセキを使わして、 「長沙、霊陵、桂陵の3郡をお返し致します。しかし、ソウソウが漢中を取った のでカンウを漢中に置くことができないので、攻撃をしかけて欲しい。」 という書面を渡した。チョウショウはこれは計略と見抜いたが、3郡が手に入る ので軍を進めるよう進言した。  そして、ソンケンはリョモウ、カンネイを先鋒に攻め込んだ。しかし、チョウ リョウは敵の出鼻をくじくために全力を持って応戦し、鉄壁の守りをした。呉軍 は敗走しリョモウもカンネイも命からがら逃げ延びた。この一戦で江南の人々は 震え上がり、チョウリョウの名を聞いただけで子供は夜泣きをやめるありさま。  漢中のソウソウは蜀攻めをやめ、カコウエンを守備に残してチョウリョウの加 勢に向かった。  さて、この勝負いかに。それは次回で。
第六十八回  ソンケンはリョウトウに兵3千を与えて攻めたが、チョウリョウと50合いし ても勝負がつかなかった。カンネイが夜討ちに出ると進み出て、百騎ばかりで暴 れ回った。カンネイが帰陣するときソウソウは伏兵を恐れて兵を出さなかった。  この戦果に張り合ってリョウトウがチョウリョウと打ち合おうとしたがチョウ リョウはガクシンを出して応戦した。2人は50合い余り渡り合ったが勝負がつ かなかった。そこにソウキュウがリョウトウの馬を射たので彼は馬から落ち、ガ クシンにやられそうになった。そこをカンネイがガクシンを射て助けた。  その時、双方の軍勢がどっと押し寄せてそれぞれの大将を救い出して帰陣した。  リョウトウはカンネイに助けられたのを機に2人は、過去の因縁を忘れ固い絆 で結ばれた。  ソウソウはガクシンに療治を命じてチョウリョウ、リテン、ジョコウ、ホウト クを連れて長江に押し寄せた。トウシュウとジョセイは迎え討ったが、トウシュ ウは溺れ死に、ジョセイは重傷を負ってシュウタイに助けられた。さらにチンブ もホウトクに討ち取られて呉は大敗したが、そこにソンサクの女婿リクソンが現 れ、魏を敗走させた。  その後は、互いに決着がつかないまま月日が流れたので、呉はホシツを使者に 和睦を求めた。そして両軍ともに兵を退いた。  建安21年、ソウソウはついに魏王となった。そして魏王宮を造営し長子ソウ ヒを世継ぎにした。  あるときサジが魏王宮に現れ、ソウソウに会って妖術を見せ、 「それがしについて修行に参られたら、遁甲天書をお譲り致そう。」 「それでは朝廷の後を頼む者がおらぬではないか。」 「益州のリュウビは帝室に連なるお方。お譲りになったらよいではありませぬか。 さもなくば貴公の首を頂戴いたしましょうか。」 と笑って言った。ソウソウは、 「貴様、リュウビのまわし者だな。」 と大いに怒って牢に押し込めた。サジは何をされても全くこたえず、誰もどうす ることもできなかった。  王宮で盛大な酒宴をしているとサジが現れ妖術で珍味を出して見せた。一同は 大いに驚き、ソウソウに焼き捨てたはずの孟徳新書をだして見せた。不思議がる ソウソウに、 「この酒を飲めば千年も生きられましょうぞ。」 と進めたが、 「貴様が先に飲んでみよ。」 と言った。サジは半分飲んで差し出したが、いらぬと言われて杯をさっと投げ上 げれば杯は鳩に変わって殿中を飛び回った。  そしてサジの姿は消えていた。  ソウソウは 「あのような妖術使い、生かしておけぬ。」 と言って3日のうちに城の内外から姿形の寸分違わぬ者を集めて打ち首にした。 人々の首から青い気が立ち昇り、サジの姿となって、 「土鼠金虎に従いて、奸雄一旦に休せん。」 と死の予言をした。  すると、今斬った屍が起きあがりソウソウにうちかかる。  さてソウソウの命はどうなるか。それは次回で。
第六十九回  ソウソウはその場に昏倒したが、屍ははっとかき消えたように見えなくなった。 しかし、驚きの余り病の床についた。  病に倒れた後、薬を飲んでも効かず、かかるときに太史の丞キョシが、許都よ り伺候したので、ソウソウが易を卜としたところ、彼はカンロを紹介した。  カンロは、 「幻術にすぎませぬ。ご心配にはおよびますまい。」 と言った。そして、 「東呉の主は大将を一人なくし。西蜀よりの軍勢は領分を犯すでござりましょう。 来春、許都に火災が起こりましょう。」 と占った。  そこにロシュクの死が伝えられ、チョウヒとバチョウが進軍してきているとい う情報が入った。ソウコウに5万の兵を与えてカコウエン、チョウコウの加勢に 向かわせた。  そして、カコウトンに兵3万を与えて許都の警備を命じた。  侍中少府コウキ、司直イコウはソウソウが王位に進み出た事で密議し、討とう した。さらに、キンイ、太医キッペイの子キツバクとキツボクも加わった。彼ら は都に火をかけて謀反をしたが、ソウキュウ、カコウトンに鎮圧された。  ソウコウは漢中に到着すると自ら軍勢を進めた。  先鋒のゴランはさんざんに討たれてバチョウのもとに戻った。バチョウは成都 にこの事を伝えに戻った。  ソウコウはバチョウがなかなか出てこないので何か企みがあるのではと思い兵 を進ませなかった。また、カンロが、「この地で誰か死ぬであろう。」と予言し ていたので無理に進もうとしなかった。しかし、チョウコウは笑って、 「チョウヒなど小童同然。必ず手取りにして参ります。」 と、誓紙をしたためて討って出た。  さて、この勝負どうなるか。
第七十回  チョウコウは3万の兵を率いて3つの砦を構えた。チョウコウとチョウヒは対 峙し、両者20合い余りした。そこに、蜀の軍勢が押し寄せたのでチョウコウは 慌てて逃げ出した。その後50日余り滞陣し、チョウヒは大酒を飲んでいた。そ の情報を聞いた成都のリュウビはショカツリョウに相談したがそれは計略である と笑って言った。そして、ギエンを加勢に向かわせ、酒も送った。  しびれを切らせたチョウコウは夜討ちをしたが、伏兵に襲われ、ギエン、ライ ドウ等にさんざんに打ちのめされた。そして、3つの砦もチョウヒに落とされ、 瓦口関に落ち延びた。  瓦口関に退いたものの、3万のうち2万を失ったのでソウコウに加勢を求めた が、 「わしの言うことを聞かず兵を進めて陣地を失い、今度は加勢をよこせだと。」 と怒って、逆に自分で討って出ろと言った。  チョウコウは今度は伏兵を用いてチョウヒを誘い出したが、伏兵はギエンによ って打ち破られた。  またしてもチョウコウは敗走し、瓦口関に立てこもった。しかし、瓦口関の裏 手を突かれ落とされてしまい、ソウコウのもとに戻った。  ソウコウは大いに怒って 「誓紙を置いてまで出ていって大軍を殺すとは何事か。よくも帰って来れたもの だ。」 と左右の者に打ち首を命じた。しかし、カクワイに諌められて、新たに5千の兵 を与えて瓦口関を取り返しに向かわせた。  瓦口関を固めていたにはモウタツとカクシュンである。モウタツが討って出た が破れて逃げ戻ってくると、カクシュンが成都に加勢を求めた。そこに、コウチ ュウとゲンガンが名乗り出て加勢に向かった。  モウタツとカクシュンは加勢に来たのが年寄りだったので、心の中でショカツ リョウの不手際を笑ったものであった。  コウチュウとゲンガンは、 「年寄りだと笑っておる。こういう時こそ功を上げてへこませてやらねば。」 と関を出て、チョウコウを打ち負かした。  ソウコウはチョウコウが破れて帰ったのを聞くと、打ち首にしようとするが、 カクワイに諌められてカコウトンの甥、カコウショウとカンゲンの弟、カンコウ を使わせた。カンコウは、 「長沙におった時、あの老いぼれの手並みはよく知っている。それがしの兄の仇 だ。」 とカコウショウとともに出た。  コウチュウは二人の大将を相手に、毎日打ち合っては逃げての繰り返しであっ た。それを聞いた成都ではリュウホウが加勢に向かったが、コウチュウは、 「これは計略でござる。若将軍は我らが敵を蹴ちらすのを見ておられい。」 といって、連勝を重ねて油断しているカコウショウとカンコウを攻めに行った。 そして見事に敵を討ち負かした。  チョウコウ、カコウショウ、カンコウはカコウトクのもとに落ち延びていった。  さらにコウチュウ達が追撃してきたので、カンコウ、カコウトクは遠路を来た 兵相手なので勝てると考え討って出た。しかし、カンコウはコウチュウに、カコ ウトクはゲンガンに討ち取られてしまった。チョウコウとカコウショウは定軍山 のカコウエンを頼って落ち延びていった。  リュウビはこの知らせを聞き祝宴をしたが、ホウセイはこの機に漢中を攻める ことを進言した。かくしてチョウヒ、チョウウンを先鋒にショカツリョウととも に10万の軍を進めた。  コウチュウは、ショカツリョウらが合流すると今度はカコウエンを討ちに行く と申し出た。しかし、ショカツリョウに反対されたが、どうしても行くと言い張 った。  ショカツリョウは監軍をつける条件で許した。  さて、その人は誰か。それは次回で。