対戦物語

〜第1章〜
人物伝

No.041
石鏡
東山(-19-33)
 石鏡は他の出身で若い頃から諸国を流浪していた。壬生は東山に数ある勢力(
豪族)の中でも最も弱小の勢力の長・国府(こう)の娘だった。当時の東山は強
大な1勢力と中小の数勢力からなっていた。国府(こう)には安濃(あのう)と
いう息子がいて自勢力の平和を得るために最大勢力に人質に出されていた。石鏡
は食をえるために東山の最大勢力の傭兵となり、安濃(あのう)の見張り役で次
第に心安くなっていった。ある日、最大勢力は国府に無理な要求をし聞き入れな
ければ人質の安濃を殺害し国府の勢力を攻め滅ぼすと要求してきた。無理な要求
は他の中小勢力にも出され諸勢力は連合を組み最大勢力に対抗しようとしたが各
勢力も人質を取られなかなか踏み出せなかった。それに怒りを感じた石鏡は安濃
をはじめ各勢力の人質の脱出を計画し成功した。息子の帰還を大変喜んだ国府は
安濃の脱出の恩人の石鏡を将として迎え娘の壬生の許嫁とした。
 かくして中小勢力連合は最大勢力に戦いを挑み、戦いは長期におよんで泥沼化
したが勝利した。戦後は国府が東山の盟主となり栄華を極めた矢先、最大勢力の
残党の手に掛かり死亡した。その後国府の後を継いだ安濃も戦いで受けた傷がも
とで若くして死亡し、義弟(妹の夫)であった石鏡が跡を継ぎ今に至った。
 3年、長女明和(めいわ)が生まれた。
 4年、次女二見(ふたみ)が生まれた。
 8年、三女が生まれた。
 10年、長男が生まれた。
 13年、次男が生まれた。
 30年、平原が中流攻めを行った隙に湖畔が平原に攻め入った。これを撃退す
るべく的矢、美杉に兵を率いさせて援軍に行かせた。しかし、その戦いが長引き、
手薄になった東山は北海より急襲され、その地は北海に奪われた。
 33年、的矢達は帰る地を失い、そのまま平原に駐屯したため、北海に降る事
もなく、的矢達の元に逃げ帰る事もなく、自害して果てた。

No.042
呂堅
中海(5-)
 中海領主呂永の長子。呂音の兄。
 5年、父呂永が平原に降るとそれに従った。生まれたばかりで平原に行き、平
原で育った。
 15年、父が中海に戻るが、平原に留まった。
 26年、湖畔の神娘が平原の客将となると、その守役となった。
 30年、平原が中流を攻めた際、湖畔からの裏切りによって大敗し、湖畔に降
った。
 32年、湖畔が中原に統合されるとそれに従った。
 36年、勇者に奪われた中流を奪回するべく全兵力をあげて進軍してきた中流
軍に大敗し、圭明とともに捕らわれた。そして中流に降った。中流を奪回した龍
牙は中流の力が衰退したこと痛感し、中原に攻められた場合進退極まることを覚
悟した。そして、もしもの場合に備えて、娘の龍魅と中原の将である呂堅の婚儀
を取り行ない、龍家を守ろうとした。一方で、龍牙は入江領主介子嬰に入江と中
流の統合をもちかけ入江に降った。中流が入江に統合されるとそれに従った。

No.043
龍恵易安
北原(-30-15)
 龍春鈴喋の父。
 籠範、呈鳳にその武勇は受け継がれ、その経験は多く彼らに語り尽かされた。
娘春には逆に戦略の重要性を教える。
 −2年、龍冬と結ばれた。
 −1年、長女龍春鈴喋が生まれた。
 15年、不慮の事故で他界した。
 16年、その遺言で娘の龍春鈴喋が籠範安栄に仕官した。

No.044
嘆洪言信
北原(33-)
 嘆豹瑛樺と龍春鈴喋の長子。

No.045
嘆子
北原(50-)
 嘆洪言信の長子。
    


No.046
猛子
深森(20-)
 平原四天王の猛者の子。蘭娘の夫。
 神子を暗殺した猛者は中流に滞在した後、深森を統べるために深森領主美土里
を監禁した。その際、美土里との間に生まれた子。しかし、この子の存在を猛者
は知らなかった。
 23年、湖畔によって猛者が討伐され、美土里は忌まわしきこの子を殺そうと
した。しかし、湖畔領主神娘に説かれて思いとどまった。
 24年、美土里臣下の光枝に預けられ育てられた。
 32年、湖畔が中原に統合されるとそれに従った。
 子の光土の事は、領主神農に調べ上げられ、実は光土は養子であり、本当の両
親は猛者と美土里であることが発覚した。さらに、名を猛子であることも突止め
た。しかし神農は、それを確認しただけで光土に一切の事を問わなかった。そし
て、己の生い立ちを隠すことなく、その天下の名将猛者の力を受け継いだことを
誇りに思え。と一言いっただけであった。光土は己の生い立ちを初めて知って、
衝撃を受けるが、神農の言葉に改めて光枝とともに中原に忠義を誓った。
 38年、中原の平原進軍に従った。その際、北海も平原に進軍しており、中原、
平原、北海の大混戦となった。
 42年、蘭娘と結ばれた。
 入江と北原が中原に侵攻し、入江に降っていた圭明と軍師龍牙の火計策に陥り、
兵に多大な被害を受け、入江の後続部隊の龍鱗の前に壊滅した。大将の光枝は覚
悟を決め、
「く、無念。多勢に無勢では・・・。あの火計の被害が・・・。」
 光土言うに、
「ち、義母様、ここは私にお任せを。本拠に落ち延びてください。」
 光枝は、
「いいえ。ここで若い人材を失っては天下の支柱を欠きます。ここは任せなさい。
これは大将の命ですよ。」
 と言った。光土は「義母様!!」と叫んで落ちていった。

No.047
嘆豹 瑛樺
北原(-3-49)
 有能な外交官であり他国の人望ことさら篤い。
 16年、北原領主籠範安栄のもとに仕官した。
 「この度、殿の元に仕官しようと馳せ参じました。願わくばお取りたてのほど
を。」
 籠範安栄は、
 「我を頼って士官してくるなどなかなか志しありものかな。どうやら貴殿のそ
の熱き心になにかを感じた。よし貴殿は人事をまかせる。貴殿のようなよい人材
を集めてくれ。」
と言って大いに喜んだ。以後、卜占官として仕えた。
 卜占官としての能力は秀でたというわけではなかったが、巫女や藤優恋達が敵
領内を探索したり情報収集を行い、それらをまとめあげた。そして、軍師龍春鈴
喋、伊瑜子幸の戦略に大いに貢献した。
 30年、龍春鈴喋と結ばれた。
 33年、嘆洪言信が生まれた。
 嘆豹瑛樺の人柄と人望は大きく、その子嘆洪言信は不自由なく陣営に迎え入れ
られ、父に劣らぬ貢献をした。

No.048
魯稜
北海(22-)
 北海将魯封の子。

No.049
龍魂
中流(-40-30)
 中流領主龍奈の夫。
 15年、平原の進軍を龍奈とともに本拠に篭もって撃退した。
 25年、妻龍奈の没後、中流領主となった。
 27年、盟友の下流が中流に協力的でないことを理由に兵を送り下流を征圧し
た。そして、下流領主桜恋を従えた。
 30年、平原勇者に攻められ、捕えられ斬首された。

No.050
魯封
北海(-6-49)
 6年、平原と北海の戦いに両親が巻き込まれて他界。
 20年、北海領主孫亮に仕官した。
「我が両親は先の平原と北海の戦いに巻き込まれ他界いたしました。いつの日か
両親の為に、北海の為に戦わんと武を磨いてまいりました。何とぞお取立てのほ
どを。」
 将として北海の兵を預かった。
 38年、北海領主孫亮とともに平原を攻めたが、当時に平原には中原勢も進軍
しており、中原、平原、北海の三者入り乱れての大混戦となった。そして、その
混戦の中で中原神祭部隊と対峙し、妻魯零を戦死させ大いに嘆き悲しんだ。そし
て、その怒りの大進撃によって中原の神祭を討ち取り中原勢を無力化した。
 魯封「む、何だ!?この軍勢は!!」
 魯零「あなた、これは中原の部隊よ。気を付けて。」
 神祭「あれは北海の軍勢!!な、なんとこのようなことが!!やつらも平原攻
略に乗り出したか。」
 闘心「われらがこの二年、攻略し続け、もう少しで落ちる所。ここで北海ごと
きに奪われては。」
 呂音「・・・まずは、この場で北海を駆逐せねば。」
 魯封「突撃だ!!押せ押せぃ!!」
 神祭「こちらは百戦錬磨の将に兵。数が同じであらば有利なのはこちらだ。」
 魯零「一騎討ちか。副将である私が挑みますわ。」
 闘心「ゆくぞ。」
 闘心「うるぁーー!!とどめだ!!」
 魯零「くっ!!力量が違いすぎるわ。あ、あなた・・・ごめんなさい。」
 魯零は闘心に討ち取られた。
 魯封は妻魯零の死に怒りの猛攻を行いました。もはや、誰にも止められません。
 魯封「魯零ーーーーーーーーー!!!!」
 魯封「お、おのれ!!許さぬぞ!!我が妻よ。仇は取る。見ておれ。」
 闘心「夫婦で冥土へ送ってやるわ。」
 闘心「ぐ、ぐぉっ!!」
 呂音「闘心殿、ここは私が。お退きください。」
 呂音「きゃーーー!!!」
 魯封「呂永殿の娘か。命は助けてやる。」
 呂音は捕えられました。
 神祭「ぐふっ!!ま、まさかこの私が・・・こんなばかな・・・。」
 魯封「ふー。ふー。ふー。」
 神祭は魯封に討たれました。
 闘心は呂音によって難を逃れたので、そのまま退いた。中原の兵は散り散りに
なった。
 魯封は、魯零の死に大いに悲しんだ。
 49年、他界した。魯稜は、
「父に代ってこの魯稜が北海を支えとうございます。北海の武は名将魯封だけに
あらず、という所を天下に示しましょう。」
と言って父の意志を継いだ。

No.051闘魂
湖畔(35-)
 湖畔将闘心と光枝の子。
 48年、白阜の介子嬰が平原に攻め込み、帝都より光土とともに援軍に向かっ
た。しかし、敵将圭明の「火牛の計」に苦戦し、戦いは引き分けた。しかし、平
原は既に陥落しており、やむなく帝都に引き上げようとした。その直後、白阜の
介子嬰より不意打ちを受け捕えられた。

No.052
孫亮
北海(-1-)
 6年、平原が北海に攻め入り、父は破れてこの世を去った。その間際、父が危
機を察して孫亮をかくまった。孫亮は身分を隠して隠匿し、治者が北海を離れる
時、治者に推挙されて領主となった。
 野望高き猛将でその猪突猛進さに家臣は追従し、常に北海の領土拡大に努めた。
そして、平原を狙い進軍し、東山の功略を行った。
 25年、北海軍を率いて東山領に攻め込んだ。しかし、名将的矢率いる東山の
精鋭の前に引き分けに終わった。
 33年、かねてよりの東山攻略を再び実行し、東山が平原の援軍に出払った機
を利用して東山を攻略した。
 38年、東山の残党を駆逐し、平原を攻略し大国になった。

No.053
闘心
湖畔(-8-48)
 15年、湖畔領主神娘に仕官した。
「中流地域での平原軍と中流軍の戦いで平原軍が敗れました。我らが神子様を暗
殺したと諸国で噂が立っております。湖畔が諸国から敵視されるやもしれません。
私も生まれ育ったこの地を守りとうございます。何とぞ末席にお加えいただきま
すよう。」
 以後、将として兵を預かった。
 32年、湖畔が中原に統合されるとそれに従った。
 38年、全兵力をもって平原を攻略に出たが、その時、北海領主孫亮も平原に
全軍を率いて征圧をもくろみ、互いにぶつかり合った。副将であった闘心と、北
海の将魯封の妻魯零が一騎討ちを行い、闘心が魯零を討ち取った。大いに怒った
魯封は闘心に討ちかかったが、武将の呂音が闘心に代って闘って敗れ捕えられた。
魯封はさらに神祭に挑んだ。神祭は怒った魯封に押されて討たれた。
 48年、息子闘魂に全てを託して没した。

No.054
孫邑
北海(37-)
 孫亮と明和の長子。

No.055
猛孫
中原(44-)
 猛子(光土)と蘭娘の長子。両家の祖父祖母は、猛者と美土里、神娘と大神で
ある。血統に申し分のない文武に優れた将。猛子は猛者の子として疎まれつつも
神娘と光枝の愛情によって育ち、人一倍猛孫には人の愛情を伝えた。猛子、猛孫
ともに人の道に外れたことはなく、その人徳は素晴らしい者であった。

No.056
的矢
東山(-13-39)
 9年、東山が神子軍に攻められた時、奮闘するも敗れた。以後神子軍の援軍と
して戦う。
 15年、平原の中流攻略に、神子の子の部隊に加わった。後続の河口領主洲良
部隊が反旗を翻し、急襲されて撤退した。
 16年、東山に帰参した。
「神子軍の中流討伐の加勢も終わり、只今帰還いたしました。神子軍は中流軍に
大敗、姉の湖畔に落ち延びる際に刺客によって落命。刺客は勢力拡大を恐れた神
娘の手の者と神子全勢力に広がっております。神娘と神長子は平原の領有を巡っ
て対立の気配があります。」
 東山の軍師として仕えた。
 22年、安乗と結ばれた。長女的和が生まれた。
 27年、平原への献上を取りやめる使者として神子亡き後の領主勇者に謁見し
た。
 東山領主石鏡使者的矢
「勇者殿、お久しぶりでございますな。神子閣下の中流進軍以来でございますな。
あの時の戦い、今でも鮮明に覚えております。共に武を掲げて中流攻めを行った
時のことを。」
勇者
「おお、久しいな。北原の籠称儒景、東山の的矢、河口の州良は我が平原の要を
担っておった将。共に功を競い合ったものよのう。」
的矢
「この度、北海より急襲を受け、我が軍はほぼ壊滅状態。かろうじて死守いたし
ましたが、次はおそらく我らの敗北となりましょう。平原傘下であった諸侯が共
に争い始めたとあらば、これを鎮圧してそこ平原ではありませぬか?我が陣営の
復興を行うゆえ、備蓄の献上をしばし取りやめさせていただきます。むろん、我
らをお守りいたして下さるのであれば、備蓄の献上は続けますが・・・。」
勇者
「献上は何があっても続けよと石鏡殿にお伝えいたす様。北海は我らが押さえつ
ける。守備兵として、兵40を与える。動かず本拠を死守せよ。」
的矢
「おっと、勘違いなされるな。敵対の意志ではございませぬ。このような諸侯を
統べて下さる様にと平原への訴えでございます。これを反旗を翻したと思われる
のであらば、この東山の勇者的矢がこの場で勇者殿と戦いましょう。」
勇者
「だが瀕死の東山に平原を相手にする力があるのか?私と一対一の勝負なら互角
だが勢力対勢力ならどうかな?よく考えよ。それしきの威圧や挑発、効果ではな
いぞ。しかし、さすが知勇兼備の将よの。かつての覇気の衰えを知らぬな。」
 30年、湖畔の平原急襲に対して援軍を送り、湖畔将朗を大いに苦しめた。
 37年、再び的矢に挑んできた朗を一騎討ちで応戦した。
「朗、久しいな。湖畔将としての活躍耳にしておったが、湖畔が中原に降ってか
らはあまり話を聞かぬぞ。」
「的矢、以前の戦いに決着をつけようではないか。今回の進軍は我自ら名乗りを
あげて出てきたのだ。」
「よかろう。その腕得と拝見しよう。かかってこい!!」
そして、両名は剣を交え、両者一歩も退かなかったが、一瞬の隙をついて的矢が
朗を討ちとった。そして、中原軍大いに震撼させた。
 38年、中原の猛攻を防ぐも北海からも襲撃を受け、平原、中原、北海の三者
入り乱れての大混戦に陥った。北海の将周尚を討った。しかし、奮闘するも北海
に落とされた。
 39年、北海領主孫亮の前に引き出されると、
「おお、石鏡殿、私がいながら東山を奪われ、さらには平原までも陥落されまし
た。殿は北海に捕らわれ、自害しどうして私まで生きておられましょうか。殿、
申し訳ありませぬ。」
と、亡き領主石鏡に詫び、そして、北海領主孫亮に、
「北海領主孫亮殿、我が命と引き換えに、領主二見殿の命はお助け願いたい。二
見殿は貴殿に降った明和殿の妹である。」
と言い残して、自害して果てた。

No.057
介子龍
入江(36-)
 介子嬰と桜恋の長子。
 幼少の頃より軍議の場に顔を出し、父をたびたび困らせた。しかし、その血気
と覇気を大きく買われて将来を期待され、家臣の信も厚かった。龍魅に文武を教
えられ、さらにその力に磨きがかかった。

No.058
御岳
東山(3-)
 御杖の長子。
 34年、二見と結ばれた。
 35年、長子石玉が生まれた。生まれてまもなく、中原と北海から攻撃を受け、
戦乱になったため、二見の妹、三女に石玉を預けて雌伏させた。
 42年、父御岳の他界後、北海軍師を継いだ。

No.059
介子良
入江(3-)
 入江領主介子嬰の弟。

No.060
龍鱗
中流(-23-)
 龍華の長子。
 36年、戦争で衰退しきった中流が入江に統合されるとそれに従った。

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