〜第1章〜
〜国家誕生〜
〜第4部〜
〜水との戦い〜
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洲良 河口領主 | 洲麻 河口将 | 市 河口領主 | 睦月 入江領主 | 治者 平原四天王
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洲=市 市=(睦)=?
良┃代 始┃ 吾 ┃
┃ ┃ ┣━┓
┃ ┏━╋━┓ ┃ ┃
┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃
┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃
洲=市 睦 睦 介 介
麻 月 実 子 子
良 嬰
河口は古来より大海に注ぐ河の終着点にあり、度重なる河の氾濫に悩まされて
いた。河口領主の洲良は河口の疲弊した地に多くの人を住まわせるべきではない
と常々考えていた。
洲良は、家臣の市代を妻に迎えた。彼女は河口では聡明で内政に従事して水害
に大いに貢献した。洲麻を産んで息絶えた。
一方、河口の南に開けた入江地域は比較的穏やかであった。
時の入江領主睦吾は河口に住まう美女市始を妻に迎え、3人の子に恵まれた。
市始は市代の姉で、河口に仕官することなく、一人の民として平穏に暮らしてい
た。海へ貝を採りに出かけて睦吾に出会った。当時から河口と入江の境界ははっ
きりと別れておらず、互いに行き来していた。睦吾と市始の間に生まれた子は、
長男睦実、長女睦月、次女市といった。市始は次女の市を産んで間もなく他界し
た。
洲良は市家の姉妹を睦吾とともに妻に迎えたことに目をつけ、入江と親交を大
いに深めた。睦吾も洲良を気に入りともに兄弟のようになった。
そして、洲良は河口と入江の統合を持ち掛け、ともに領内を治めようと言った。
睦吾も河口との統合は領内がさらに発展することを願って、それに賛同していた。
しかし、その矢先、睦吾は没してしまった。
10年、睦吾没後、後継に19才の兄の睦実が挙げられたが、
「私は領主の器でない。将として生きたい。後事は任せる。」
と言って、自ら睦月に領主を譲って将となった。
入江との統合にあたっての大きな問題は、洲良か睦吾のどちらが統合後の領主
になるかであった。睦吾が他界したことで、これを機と見た洲良は、新たに領主
に就任した睦月に、父睦吾との河口入江統合計画を引き続ける様に持ち掛けた。
睦月は睦吾の遺志を継ぎそれに同意していた。
洲良は、
「ゆくゆく入江と河口を統合すれば、誰が統合後の領主となるかを明確に決めて
おかねばなるまい。我らの代ではさして問題もなかろうが、子の代、孫の代とな
ると、やがて争いが起きるやもしれぬ。こうなっては統合した意味がない。」
「確かにそうですね。」
「私に提案がある。睦家と洲家の関係をより強固なものにするため、我が子洲麻
と睦月殿の婚儀を取り行なってはいかがかな。」
「な、なんと。確かにそれならば両家にとってもっとも最良な手段ではあります
ね。しかし・・・」
「ふむ、こればかりは無理強いする訳にもいかぬからな。まぁ、睦月殿のお気持
ちも考えず、これは失礼いたしました。」
「いえ、その様なことはありませぬ。」
「ま、即答は求めておりませぬ。ゆっくりをお考え下さい。」
洲良はそう言って入江を後にした。しかし、この後、縁談は取り行なわれるこ
とはなかった。なぜなら・・・。
11年、平原が河口に大軍勢で進軍し、降伏を求めた。両軍、河を挟んでしば
らくにらみ合いが続いたが、雨が降り始め、瞬く間に豪雨となった。河はみるみ
る増水し、両軍とも戦闘どころではなくなり兵を退いた。
そしてその後、河の氾濫が治まった後に、治者が河口に訪れた。
治者は、洲良に、
「先の戦いは互いに一戦交えることなく両陣営無傷であったこと嬉しく思います。
今日、貴殿に謁見したのは他でもない。どうですか、我が平原に従っていただけ
ませぬか。こちらとしては隷属を求めているのではなく、我らに従うことで領内
の生産技術の導入を行い、平原のもとで天下を一つにまとめ、隅々まで豊かな地
に作り変える事が行きつく所です。」
洲良は治者の言葉に聞き入っていた。河口は河の氾濫もあって思うように豊か
にはならず、入江との統合を考えていたわけである。そして、治者のこの一言が
洲良を大きく動かした。
「見た所、河の氾濫に悩まされておいでのようですね。平原の技術を駆使すれば
この河の流れなど操る事も夢ではありませぬ。」
「なんと、それは真ですか?」
「はい。我らに従っていただければ、河口領主は貴殿のまま据え置き、我ら平原
の技術をもって豊かな地を作っていただく。そして河口におきましては、さらに
河の氾濫を鎮めて差し上げましょう。いかがでしょう。」
そして、治者は、
「我らに従っていただくことで、こちらが提供するものは以上です。河口がこち
らに提供していただくものは、河口の実りを少々献上していただきたい事と我ら
の天下に危急あれば兵を出していただきたい。」
「なるほど、それが条件というわけですか。」
「はい。しかし、決して悪い条件ではありますまい。」
「そうだな。承知いたしました。我ら河口は平原に従いましょう。」
かくして、河口は平原に従った。
12年に、平原は圧倒的兵力を持って入江に進軍した。若き入江領主睦月には
この軍勢を相手にするにはあまりにも弱く、なす術がなかった。
洲良の子、洲麻は平原の使者として睦月に謁見し、降伏するように促した。睦
月は、洲麻の仲介を持って平原に従った。
15年、その後も河口の地は河の氾濫に悩まされていた。
洲良は、
「我らは平原に従っておるのに何故河を鎮めないのだ。」
「父上、お静まり下さい。今はまだ時ではありません。機を見て平原から独立い
たしましょう。」
「何!?」
「間もなく、平原と中流に戦いが起きます。我らも平原軍として従軍しなければ
なりませんが、虚を衝いて行軍中に平原軍を襲いましょう。中流と共謀すれば挟
み撃ちにできましょう。」
「ふむ。それは、お前の策か?」
「はい。」
「そうか。同じようなことを中流領主龍奈も言ってきおった。入江の睦月ととも
に平原を討ち、その暁には河口と入江の統合の話を再び進めるにあたって支援し
ようとのことじゃ。」
「おお、それでは・・・。」
「うむ、お前の中にも平原からの独立の意志が強く座っておるならためらうこと
はない。敵は平原じゃ。よいな。」
「はい。」
かくして、平原と中流の戦いの火蓋が斬って落とされた。平原は味方であるは
ずの下流、入江、河口の襲撃を受け大敗し、神子は腹心の猛者に討たれた。
下流、入江、河口は平原から独立した。
16年、洲良は、入江を訪れ、
「睦月殿、ともに平原から解放され、これからは以前のようなお互いの関係を続
けましょうぞ。」
「洲良殿、こちらからもお願いいたします。」
「時に・・・睦月殿、入江河口統合の件、これも続けていきましょう。」
「そうですね。ただ、洲麻殿との婚儀の話はなかった事に。河口が平原の統治に
入ったため、いわば私との婚儀は破談となったことと思っております。。」
「・・・そうでございますか。たしかに、この義は我らに責めがありましょう。」
しばらくして、睦月は、
「そう、妹の市ならば今はまだ13才ですが、もうしばらくすれば一人前の女と
なりましょう。彼女はいかがでしょうかな。」
「おお、ありがとうございます。これで両家も安泰となりましょう。」
そう言って洲良は入江を後にした。
洲良は、帰り道で、
「平原に従うのが睦月との婚儀の後であれば・・・。睦月の妹であれば、統合後
の領主は睦月の血筋に引き継がれよう。我は平原の介入で河口、入江の覇権を手
放してしもうたか。なんともこれが天命か。」
とつぶやいた。
その頃、洲麻は領内を巡回していた。
「ん、河の水が濁っている・・・。また氾濫するな。」
ふと、河のほとりに目を向けると一人の女が魚を獲っていた。洲麻は、
「もうすぐ、河が氾濫するぞ。早く荷物をまとめて離れろ。」
と言った。女は、
「なんで?こんなに穏やかな流れよ。」
「お前、この辺の者じゃないな。どこから来た。」
「どこだっていいでしょ。解ったわよ。今、離れるから。」
と言った瞬間、どどど!!という轟音とともに、河原を水が流れてきた。増水と
いうよりも、河なき所を水が流れてきたといった方がいいだろう。一瞬にして、
女を呑み込んだ。洲麻は慌てて河に飛び込み、流された女の後を追った。手を取
って彼女を助けようとしたが、水の勢いが強く思うように動けず、流れに身を任
せるだけであった。一本の流木を見つけ、それに懸命にしがみついた。
「いいか、この流れではどうにもならない。しっかりとこの流木につかまってい
るんだぞ。俺の支えだけじゃすぐに力尽きるからな。」
「あ、ありがとう。ごめんなさい。あなたまで巻き込んで。」
「気にするな。たまたまこうなっただけだ。この辺はいつもこんな感じだから、
河の機嫌の悪い時に誰も近づかない様に見回っているんだ。もっとも地元の皆は
知ってるから近づかないがな。」
女は、じっと洲麻を見つめていた。
「あ、この先は確か河が・・・」
と洲麻が言うと、女は、
「え!?ま、まさか、大きな滝があるなんてことは・・・」
「ははははは、ないよ。この先は広いから、流れも緩やかになるんだ。そしたら
河原まで泳ぐ。心配ない。俺が引張ってやるから俺にしがみついていればいい。」
洲麻は、そう言うと女を脇に抱えて泳ぎ出した。河が開けて流れが比較的緩や
かになると、洲麻は苦もなく泳ぎ河原にあがった。女は、
「ありがとう。なんてお礼を言ったら良いか。」
「ああ、かまわないよ。今、火をおこすから濡れた身体を乾かしな。」
しばらく2人で話をしたが、洲麻は自分の名を明かさず、河口領主の息子であ
ることは話さなかった。そして、最後に、洲麻は、
「また、どこかで会おう。」
「あら、いいの?私、どこの誰かも言ってないわよ。」
「ふっ、それはお互い様だろう。今、言いたくなければ、次の時でいいじゃなか。」
「あなたって変わってるわね。私、地衣っていうの。じゃあ、またここで会いま
しょう。」
「解った。俺は志摩。この辺りに住んでいる。」
そう言って、2人は別れた。洲麻は、河口領主の子という自分の立場を知られ
ることで関係が壊れるのを恐れて偽名を言った。
その後、地衣と洲麻は幾度となく河のほとりで出会った。
20年、洲麻は、河口と入江の統合のために入江領主睦月の妹、市との婚儀を
取り結ぶことになった。しかし、地衣のことが気がかりでならなかった。
洲良は、
「洲麻、近頃様子がおかしいが、一体どうした。まさか、入江の市との婚姻を拒
んでおるのか。噂に寄れば、どこぞの女にうつつを抜かしておるようだが。お前
の気持ちは分かるが、ここは河口と入江のためにその人生を使ってもらわねばな
らぬ。わかるな。我らは領民とは違う。領民を、この河口を統治し安泰にするの
が我らの努め。それを第一におかねばならぬ。己の感情は抑え、天下のために生
きてくれ。」
「父上、解っております。」
その夜、洲麻は、地衣と会って、
「地衣、すまぬ。私はこれから遠い所に行かねばならぬ。だから、今夜限りでお
別れだ。」
「そ、そんな。一体どこに行かれるのです。私も付いて行きます。」
「すまぬ。一緒には行けぬ所だ。」
「志摩、実は無理矢理婚儀を取り行なわなければならないの。まだ会ったことも
ない人と。そんなの嫌。」
洲麻は、しばらく沈黙したが、
「地衣、このままどこか遠くで2人で暮らそうか。」
「はい。」
地衣の声は、その言葉を待っていたかの様に明るく澄んでいた。
地衣は、
「志摩、あなたの言った遠い所、そこに行きましょう。行く当てもなくさまよう
よりはあなたの今後にも障害はないし・・・。ね。」
志摩はしばらく沈黙していたが、
「それはだめだ。実は、私もお前と同じく、見ず知らずの女と婚儀を行わなけれ
ばならん。遠い所とは、そういう意味だ。」
「そう、そうだったの。」
「ああ、入江領主睦月の妹、市とかいう女らしい。」
「え!?」
地衣の驚いた顔に、慌てて志摩は、
「すまない。そんな女の名など聞きたくもないだろうに。」
「ううん、そうじゃないの。市って私のことなの。私は河口の洲麻と一緒になら
なくてはいけないのに、それが嫌で、あなたと会って地衣って名を使ったの。」
「ええっ!?」
今度は志摩が驚いた。志摩は、
「そうか、地衣も私も同じ気持ちで、偽りの名を使ったのか。私は本当は河口の
洲麻だ。」
2人は顔を見合わせて、大きく笑った。
一方、河口では、翌朝になっても洲麻が戻らぬので一大事となっており、大捜
索が始まっていた。
洲良は、
「やはり、婚儀を拒んで、噂の例の女と雲隠れしたか。やはり、若さと感情は私
にも抑えられなんだか。」
そうつぶやいた。
そして、同じく入江でも市の捜索が行われていた。
河口と入江の捜索部隊が集まっている所に、洲麻と市は仲睦まじく姿を現した。