2003.9.7(Vol.1)作成



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PART1 より
ゴリラ、ライオン、ゾウ、キリン....など

  カ バ  



 PART2の最初を飾るのは、大口と太っちょな体、そして短足で奇妙な人気者の カバです。
 カバと言えば「いつも水の中にばっかり入ってて、全然見る事ができない」と 入園者の不満をつのらせる事で有名な動物ですが、でも.... この写真、なかなか貴重な良いショットだと思いませんか?  おそらくお父さんとお母さんそして子供の親子3頭が仲良く並んで餌を頬張っている光景なんて。 ちょっと遠目の写真ですけど、でもこの場合、真正面からのショットだとこうして プールを隔てて撮るしかありませんもんね。
 繰り返しますがこの写真が撮られたのは多分1973年だと思いますので、ここに写っている子カバは 前年の1972年8月24日に生まれたナツコさん(メス)だと思います。 実はこのナツコさんは2003年現在でも天王寺動物園に健在でして、その子供の頃の写真としても これは貴重なものじゃあないかなと思いますネ。ちなみに一緒に写っているお父さんはフトシ君、 お母さんはデブコさん....カナ? だとしたらこの夫婦は10年後の1983年にそろって亡くなりました。

 さて、この1973年当時のカバ舎のお話をする前に、2003年現在のカバ舎のお話をさせて頂きます。
現在のカバ舎
 右の写真は現在のカバ舎でして、これは1997年に完成したガラス越しに水中のカバの様子が見られる 画期的なものです(でも、ろ過装置が有るにもかかわらず水が濁っていることが多いですし、それに あまり近づいてきてくれませんので、動物園側がPRしている程はよく見れませんけどね ^_^ )。
 ただし、観客が見れるプールは2つ有りますが、実はこの写真のプールは水中の様子が見れない方のプールでして、 そしてここに写っているカバは(左の写真の子カバの)ナツコさんの息子のテツオ君(1983年生まれ)だと思います。 現在ナツコさんは体重が2.3t、そしてテツオ君は2.8tも有るそうです。

 それでは再び左の写真の1973年のカバ舎にお話を戻しまして....このカバ舎は 1967年の11月に(当時の)サイ舎の近くに作られました。まあカバとサイってよく一緒に語られる事が多いですが、 でも別にそれを意識して近くに作られた訳ではないと思います。 実は1967年以前からカバ舎は有ったんですが高速道路の建設のために この場所に新設された訳ですって。ちょっと右上の「現在のカバ舎」の写真を見ていただけますでしょうか ....上の方に高速道路の高架が見えてますよね。 天王寺動物園ってこのように “近くを高速道路が走っている動物園” なんですよ(^_^ )。
 このカバ舎は1967年から30年間使われましたが(上述の通り)1997年に 新カバ舎が出来た為に今はもう取り壊され、その跡地は(2003年現在)広場として入園者達に開放されています。

 ところで、一口に “カバ”(学名 Hippopotamus amphibius )と申しましても、 いくつかの亜種に分かれるようですね、まああまりこだわる人は居ないようですけど。 ここに資料がありませんので詳しい亜種分けは忘れましたが、 ナイルカバとかケニアカバとかの亜種が有るみたいですネ.... と言うと、「おお、そう言えば、コビトカバってのが居るじゃないか!」という 声が聞こえてきそうですが(聞こえてこないか ^_^ )、あれはもう属レベルで 分かれてますのでネ。
 コビトカバ(学名 Choeropsis liberiensis )ってのは文字通り小型のカバ でして(体重はせいぜい300kg程度)、世界の4大珍獣の1つ とも言われており、日本の動物園では名古屋の東山動物園などで飼育されています (いずれ、その写真も公開したいと思っています)。



  サ イ  




 次はカバと並び(ゾウに次ぐ)陸上大型動物のサイです。
 一口に “サイ” と申しましても現在世界には5種類が棲息しています。 3000〜4000万年前の第三紀には繁栄を極めていましたが、現在ではたったの5種類 という事は、サイって進化の上では最早時代遅れの動物ではあるんですよね....その理由の1つとしては 消化効率が非常に悪くて滅茶苦茶沢山食べないとこの巨体を保持できないと言う 欠点があるんですって。
 で、その現存する5種類のサイは、先ずアフリカに居るのが クロサイ(学名 Diceros bicornis )とシロサイ(学名 Ceratotherium simum )の2種類。 そしてアジアに居るのが インドサイ(学名 Rhinoceros unicornis )、ジャワサイ(学名 Rhinoceros sondaicus )、 スマトラサイ(学名 Dicerorhinus sumatrensis )の3種類です。 ま、分類学上は4属5種と言うわけですネ(その下の亜種を含めると更に細かく分かれる)。
 そしてこの5種類のサイたちの現在の野生での生息状況と言えば.... クロサイ・2600頭、シロサイ・5000頭、インドサイ・2000頭、ジャワサイ・50頭(!!)、スマトラサイ・700頭 ....くらいだそうです。上に述べました進化の上で時代遅れなのに加えて、 (それ以上に)角を取るために密猟されたのが原因でここまで減ってしまった訳ですネ。
 一応今現在、野生で1番多いのはシロサイと言う事ですけど、でもこの写真の1973年当時は 私の記憶では、シロサイは絶滅寸前と言われていた様な気がします。それと1970年頃だったカナ(?) ....TVの動物番組(「野生の王国」だったカナ?)の中でシロサイとクロサイが仲良く並んで水溜りで 涼んでいる光景を見た覚えが有ります(中々見れるものじゃあないと思いますヨ)。

 さて、何故ここまで長々とサイについてお話させて頂いたかと申しますと.... 実は “天王寺動物園とサイ” と言えばもう物凄い経歴が有んですよ.... な、な、なんと天王寺動物園って、日本で唯一スマトラサイを飼育した事がある 動物園なんです。時は大正10年のお話なんですけどね、当時の園長さんがわざわざスマトラまで行って買って来たらしいですよ。 なんでも当時のお金で23,500円だったとか。
 そのスマトラサイは4年くらいしか生きなかったそうですが (死んだ時に、飼育係の方々が試しにその肉を食べて、その夜熱を出した という逸話が有るそうです ^_^ )、その剥製は今でも天王寺動物園に保存されていて、 見る事も出来るんですよ。私も見せてもらいましたが.... いや〜〜〜すごい存在感だったなァ。体自体は実はサイの中で1番小さくって、 頭胴長で2m位しかありませんけど....なにせ日本で唯一の本物のスマトラサイですもんね!

 ま、そのスマトラサイの話はここまでと致しまして....この左の1973年の 写真に見られますように、昭和に入ってからは(と言うか戦後は)天王寺動物園は 現在に至るまでクロサイをずっと飼育し続けています。
 この左の写真に見られます2頭は、 メスのバーバラさん(1965年来園、1973年当時10才)と、 この写真の前年の1972年2月1日に生まれた女の子のサッチャンに 間違いないと思います。お父さんのサイタロウ君(1965年来園・1974年死亡、1973年当時10才)は 当時の新聞記事によるとサッチャンに危害を加えたと言う理由で隔離されているようですね。
 サッチャンは2003年現在でも天王寺動物園に健在でして、今や 天王寺動物園のシンボル的存在となっています。
 日本に於けるサイの繁殖例(つまり動物園2世)は先に王子動物園に例が有りましたので天王寺動物園は2番目なのですが、 でもこのサッチャンは成長してから沢山の子供を生みましたので、 動物園3世はこの天王寺動物園が日本最初と言う事になるんです。
1996年頃のサッチャン
 その成長して立派なお母さんとなったサッチャンの姿を右に示します。 この子供はこの年に生まれたばっかりの女の子のサトちゃん だと思います。オッパイを飲んでいるところなんですけど、 なんとも微笑ましい光景ですよね。
 ちなみにサッチャンのお母さんのバーバラさんは1977年に 日立かみね動物園に移され、つい最近までそこに居たようですね(今でも???)。
 このサイ舎は1964年8月にできました。その翌年にサッチャンの 両親のサイタロウ君とバーバラさんが(当時ともに2才)やって来たんですって。
 長年この場所で4度の出産を重ねながら、サッチャンを中心とするクロサイたちは 飼育されてきましたが、1998年にアフリカのサバンナをイメージしたサイ舎が新設されました。 生まれてから25年間この旧サイ舎で育ったサッチャンは新サイ舎に移された時は 大暴れしてしまい前角を折ってしまったそうです。 ま、今はその新しい環境にも慣れて角も伸び、その後2度の出産をしておりまして 国際保護動物であるクロサイの繁殖に貢献してくれています。
 そしてこの旧サイ舎跡は今はキリンとシマウマの所で述べました アフリカサバンナゾーンに生まれ変わりました。
 ところで、クロサイっていくつかの亜種に分かれるそうですってね(サイの中では1番亜種数が多いみたい)。 ここに資料がありませんので詳しい亜種分けは忘れましたが、 この天王寺動物園で飼育されているクロサイ(サッチャンと現在の夫のトミー君)は ヒガシクロサイ(学名 D. b. michaell )という亜種だそうです。



  バ ク  


 次は “悪い夢を食べてくれる” と言われるまことにありがたい動物のバク様です(^_^ )。 そーー言えば私、中学生頃にはよく初夢の日にはバクの絵を描いて枕の下に入れて 寝たもんでしたよ。
 サイの次にバクを持って来たと言うのは一応意味が有るんですよ、この2つは 同じ(現存する数少ない)奇蹄目(蹄の数が奇数)仲間ですから、ちなみにウマも。
 サイの所でも述べましたが、奇蹄目ってかつては隆盛を極めたのですが (地球の歴史上最大の陸上哺乳類だったろうと言われているインドリコテリウムも 奇蹄目だった)、現在は最早進化から取り残された動物たちですネ。

 一口に “バク” と申しましても、4種類ほど居るのかな.... アジアに居るのが(パンダの様な白黒ツートンカラーの)マレーバク(学名 Tapirus indicus )1種で、 他の3種アメリカバク(学名 Tapirus terrestris )、 ベアードバク(学名 Tapirus bairdii )、 ヤマバク(学名 Tapirus pinchaque )は全てアメリカにいます。 体が1番大きいのはマレーバクです。
 この写真に写っております天王寺動物園のバクはアメリカバクですね、 首の所に隆起が有りますから。それと資料によりますと、 天王寺動物園は1970年11月に初めてアメリカバクの出産が有りましたが、 これ自体が日本初のアメリカバクの出産だったんですって。 バクの子供ってのはイノシシみたいに斑点や縞模様がありまして (ただしイノシシは偶蹄目)、なかなか可愛いですよ。

 このバク舎はサイ舎の近くに有りました。上にも述べましたがバクとサイは 同じ奇蹄目仲間ですので、一応は理に適っているとは言えましょうか。 ただこの場所で長年バクは飼育され続けてきましたが、1998年にサイ舎が 新設されたと同時にバク自体が(まさに夢の如く ^_^ )消えてしまいました ....全くどうなったのやら??  とにかく2003年現在関西の3大動物園(天王寺、神戸の王子、京都市)では バクは1頭も飼育されていません。
 それと、この写真は1973年だと思うんですけど、1975年の8月から天王寺動物園は このアメリカバクと共に、白黒ツートンカラーで体が1番大きいマレーバクも 飼育し始めたそうです(後年は再びアメリカバクのみとなりましたが)。 残念ながら私、もうその頃は動物園にあまり行かなくなってたので、そのマレーバクは記憶には無いんですけど。
 それにしても前ページのキリンや次のラクダと同様やはり、(基本的にはおとなしい)草食動物は こうして近くで写真が撮れますね。



  ラ ク ダ  



 次は ♪月の〜〜砂漠を〜〜♪ の歌でお馴染みのラクダです。
 まあ、ここに写っているのは一目で分かるフタコブラクダですよね。 フタコブラクダって野生(学名 Camelus ferus )と家畜(学名 Camelus bactrianus )で学名が違うんですネ。
 あとラクダと言えばもう1種類、ヒトコブラクダ(学名 Camelus dromedarius )がいますよね。 この1973年当時は天王寺動物園は、ヒトコブラクダもフタコブラクダも両方飼育してたんですよ。 でも2003年現在はフタコブラクダだけです。

 さて左の2枚のフタコブラクダの写真ですが、上の写真ではなにかお日さまみたいな形のカードが立てられてますよね。 資料によると1973年の6月11日にフタコブラクダの出産がありましたので、多分その事が書かれているんでしょうネ ....「赤ちゃん誕生!」って。
 それから、上の写真と下の写真を見比べられて何か気付かれませんか?....この2枚で随分ラクダの毛並みが違うと思いませんか.... 実はラクダって夏毛と冬毛が極端に長さが違うそうです。冬はもう暑苦しいくらいに思いっきりフサフサと伸びるんですけど、 夏はもう裸みたいにツルツルテンになっちゃうんですって。 だからこの2枚の写真はきっと撮った時期が違うんでしょうネ。 ちなみにフタコブラクダって野生では今やゴビ砂漠に少数が残っているだけなんですけど、 このゴビ砂漠ってのは日本と緯度が殆んど同じなんですよね。 だから毛の生え変わる時期も野生とほぼ同じじゃあないかなと思うんですけどネ。
 ですから(想像なんですけど)上の写真は夏毛から冬毛に変わる時期に撮ったもの、そして 下の写真は冬毛から夏毛に変わる時期に撮ったものじゃあないでしょうか....ネ。

 このラクダ舎は2003年現在もこの1973年当時と同じ場所に有ります。そしてその隣にはカンガルー舎が昔も今も変わらずに 有ります。ラクダ舎、カンガルー舎とも1966年にできました....ただしラクダ、カンガルー共、昔に比べると種類は減ってますね。 ラクダは(上述の通り)昔はヒトコブ・フタコブとも居たのに今はフタコブだけですし、 カンガルーも昔はアカカンガルー、ハイイロカンガルー、それからワラビーも居たと思うんですが、 今はハイイロカンガルーだけです。
 実は天王寺動物園は(まあ関西人気質と言うべきか)かつては「東京の上野動物園に追いつけ追い越せ」と ばかりにひたすら動物の種類数を増やし、 1981年には遂に上野を抜いて378種と日本一の飼育種数に達した訳です(ただし上野の水族館部は除く)。 ですが『けっして広大とは言えない天王寺動物園でそれだけの種類の動物を飼う事が、果たして動物達にとって 幸せと言えるだろうか?』という疑問に行き当たり、そしてその後は動物の種類数を減らして行ったそうなんです (現在は約320種類)。 まあ、私にとっては寂しい所ではあるんですけど、でも動物たちの幸せを考えると....ネ。



  カモシカ & クジャク  



 天王寺動物園の北園をラクダ〜カンガルーと見て行くと、その真向かいに コロシアムみたいな見下ろし式のかなり大きな円形型カモシカ放飼舎が有りました.... いや一応2003年現在も有ることは有るんですが。
 この写真はその円形型カモシカ舎で、ここに写っているカモシカ(レイヨウと言った方が妥当かも)は、 アフリカに住むベイサオリックス(学名 Oryx gazella かな?)です。 そしてその近くにはインドクジャク(学名 Pavo cristatus )が見えますネ。 実はこの円形型カモシカ舎は数種のカモシカの他にもクジャクとかエゾシカなども 一緒に放飼いにしていたんですよ。
 カモシカとしては他には、カモシカの中で体が1番大きなエランド(学名 Taurotragus oryx )、 トビカモシカとも言われていたスプリングバック(学名 Antidorcas marsupialis )、 インドに住むブラックバック(学名 Antilope cervicapra )などが一緒に 放飼いにされていたのを記憶しております。 それから資料によると1965年頃は他にもハーテビーストとかニルガイなども飼われていたらしいのですが、 これらはこの1973年当時も飼われていたかどうか定かではありませんし記憶もありませんね。

 実は私、1970年代前半頃はカモシカ(レイヨウ)に凝ってましたねぇ、理由は彼等の色んなバラエティに富んだ 角にとても魅力を感じたんですよ....この写真に見られるまっすぐな槍のような角を持ったオリックス、 オリックスに似ているけど角が大きな半円を描いているセーブルアンテロープ、 堂々とした太長い角で珍獣とも言われるボンゴ、TVの動物番組でもお馴染みの横に張り出した角ゆえ牛カモシカとも言われるヌー、 そして1番好きだったのは長い角が大きな美しいらせんを描いたクーズーでしたね。 『これらのカモシカたちがもしも一堂に会したら、どんな素晴らしい光景になるだろう....』と 夢にまで見ましたよ。
 まあ残念ながら、上に述べました種類(エランド、オリックス、ブラックバック、スプリングバックなど)くらいで、 私が望むほど沢山の種類のカモシカは集ってくれませんで、 天王寺動物園に行くたびに夢がなかなか叶えられない事に少し苛立ちも感じましたけどね ....ただ実は、当時の資料を調べました所、これだけ異なった種類のカモシカを一緒に放飼いにしたら 異種間の闘争がかなり多かったそうです。その中でも特に闘争の中心になったのが このオリックスだったんですって。 この槍のような長い角でエランドやエゾシカにしばしば傷を負わせたらしいです。 ただ、いつの間にかこのオリックスは天王寺動物園から居なくなってしまいましたね(2003年現在も居ません)。 実は天王寺動物園って1955年(私の生まれるずっと前)に、日本で初めてこのオリックス(ベイサオリックス)の繁殖に成功させたんですけどね。
 それと当時この円形カモシカ舎にはよく野犬が進入してきて、クジャクや生まれたばかりの子供のカモシカなどが殺されたそうです。

 さて、この天王寺動物園の円形型カモシカ放飼舎ですが、これはスペインのバルセロナ動物園を参考にして 1965年に完成しました。勿論日本では当時とても画期的なものでした。そして2003年現在でも存在しています。
 ただし、この1973年当時は数種類のカモシカやエゾシカ、クジャクなどが放飼いされてにぎわっておりましたが、 上に述べましたようにここに写っているオリックスはいつの間にか消え、 そしてエランドは2000年に出来たサバンナゾーンにキリンやシマウマらと共に移され、 2003年現在この円形カモシカ舎に放たれているのはオーストラリアの大きな飛べない鳥のエミューと ヒクイドリだけです。 かなりのスペースを取っている割には寂しい状態になってしまっておりますね ....長年この円形カモシカ舎に親しみ、かつては多くの種類のカモシカたちが集う光景を夢見た私としても とても寂しい限りです。



  各種 鳥類  





 私実は、ペンギンや猛禽類を除いては “鳥” って好きじゃあないんですよ、哺乳類や爬虫類に比べるとね。 それでもこうして何枚かは写真を撮っておりました。でも好きじゃあないもんだから種名はよく分からないのです。
 左側の4枚はフラミンゴと白クジャクだと言う事くらいはまあ分かりますよね。

 でも右側の下の写真は多分、南園に当時あった日本庭園の所で写したんだと思うんですけど、 地味ではありますが、でもなんとなくのどかでホッとさせられますね....これまで過激な大型動物ばっかり見てきましたので(笑)。





 さて、ここまで2ページに渡って1973年の天王寺動物園のアルバムを 見てきましたが、いよいよ次が最後の動物です。
 それはなんと....


  恐 竜 と....私 ^_^  


 「えっ、ジュラシックパークじゃああるまいし.... いくら日本有数の飼育種数を誇る天王寺動物園と言えど、まさか恐竜なんて!?!?」 と言うお声が聞こえてきそうですが(聞こえてこないか ^_^ ).... そーーです、お察しの通り彫刻の恐竜でございます(^o^)


 この実物大の恐竜像は天王寺動物園の南園の南東の端、日本庭園に有りまして、この恐竜像が浮かんでいた 池には水鳥が放たれていたと思います。
 上の写真に写っている首の長い恐竜は当時はブロントサウルスと言われていたアパトサウルスだと思いますし、 それに噛み付いている恐竜は角が有りますのでケラトサウルスでしょうネ。そして下の写真に写っているのは 有名なステゴサウルスですね。3頭ともジュラ紀の恐竜です。
 この3頭の実物大恐竜像は当時の学者さんたちの意見を参考に1952年に作られたそうでして(ちなみに最初の「ゴジラ」が公開されたのは1954年)、 長年この日本庭園の名物でありましたが....今はどうも無くなったみたいですねぇ。 2003年現在この場所はバードケージになっていると思いますヨ。
 そのバードケージは1987年の天王寺博覧会の時に作られたのですが、もしかしたらその時にこの 恐竜像は壊されたんでしょうかねぇ???....まあもっともこの恐竜像、尻尾を地面に引き摺っている 古典的解釈の恐竜イメージですので....まあ今の時代に置いておくのはちょっと恥ずかしいですよね(^_^ )。

 ところで....この恐竜と一緒に写っているいかにも賢そうな(^o^ )少年は???.... そーーーです、この少年こそは何を隠そう30年前の私です(爆)。
 「随分ボーーーとした顔をしてるな」と言うお声が聞こえてきそうですが(^_^ )....いやいや勿論これは 画像処理ソフトでボカしているだけです。まあねえ、いくら30年前の姿とは言え、ネットに素顔をさらす事は さすがにできませんのでねぇ(笑)。 ま一応これで私めが、ヘビでも宇宙人でもなくフツーーの人間だという事がお分かり頂けたかと存じます(^_^ ^o^ )。



 と言うことで、ここまで2ページに渡り長々と語らせて頂きました 今から30年前の1973年の天王寺動物園の動物園写真館でしたが、
これにて終わりとさせて頂きます。
 長時間お付き合いくださいまして、まことにありがとうございました。




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