ス ク ラ ッ プ 集  

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動 物 た ち −−−その愛と育児
1973年






< 15 >までは PART1 より


16(カモシカ)〜20(キツネ)    ....2004.1.1(Vol.7)
21(タヌキ) 〜25(マントヒヒ)  .... 〃 .2.1(Vol.8)
26(ペンギン)〜30(チンパンジー) .... 〃 .3.1(Vol.9)


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  カ モ シ カ  

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(写真説明)
カモシカは両親と子供の “核家族” で暮らすが、一繁殖期を過ぎると、一家は分散してしまう(三重県御在所岳・日本カモシカセンターで)

一時は絶滅の危機

 中国から贈られたパンダのお返しとして選ばれたのがペンギンと、このカモシカである。 純粋なカモシカといえるのは、東南アジアの一部と日本にしかいない。 なかでもニホンカモシカは毛皮が上質で、肉も食用になるため、一時は乱獲によって絶滅の危機に見舞われた。 30年に国の特別天然記念物に指定され、厳重に保護された結果、やっと2千〜8千頭という数が保たれている。
 日本の代表選手でありながら、カモシカは数少ない動物園でしか飼育されておらず、あまり知られていない。 その姿よりも「カモシカのような足」という言葉がよく知られ、スマートですばしこいというイメージがある。 だが、カモシカの足は短くて太いし、体つきもずんぐり型だ。 高い岩山に立つカモシカを、下から見上げたための錯覚もあるが、 一般にはアフリカなどに多くの種類が住むレイヨウ類と混同していることが多い。 日本では、このレイヨウもカモシカと呼ぶことが多かったための間違いのようだ。
 また、カモシカは名前はシカでも、シカの仲間ではなくウシ科の動物である。 だからツノもはえかわることはなく、体つきもウシに近い。
 カモシカがよく知られなかったのは、都会の動物園では飼いにくいためもある。 戦後から(昭和)37年までの間、上野動物園と多摩動物公園で合計25頭が飼育されたが、 1頭が10年近く生きたほか、ほとんど1年も生きることなく短命に終っている。 そのため37年から東京では、カモシカの飼育は中止された。

高山で飼育に成功

 日本で始めて完全な飼育下で繁殖に成功したのは、三重県の御在所岳頂上にある日本カモシカセンターで、 40年8月に記録され、その後も毎年繁殖している。現在の飼育頭数も17頭で最も多い。 標高千二百メートルという高山の気候が、カモシカの成育に適しているのだろう。
 ここで一番の年寄りは、37年に近くの山で捕獲された「ドラ」ばあさん。 3頭の雄との間に8頭の子を産み、13頭の孫と4頭のヒ孫ができたという大変な子福者である。 まだ1,2頭は産めそうだというほど、老いてますます元気だ。
 東京でも、多摩では10年ぶりに昨年10月にこのカモシカセンターから2頭をゆずり受け、 ことし5月27日に初めての子が産まれた。 カモシカの子は離乳時に下痢をして死ぬことが多いが、すでに離乳にも成功し、親のそばで元気に育っている。
 彼らはたいてい雄、雌、子供の “核家族” で生活し、一繁殖期に限れば一夫一妻制だが、 それが終ればお互いに相手を変えることは平気だ。雌は毎年5〜8月ごろに1頭の子を産む。 そのころになると前年の子を自然に寄せつけなくなり、子供は配偶者を見つけて独立してゆく。 1歳半でもう母親になるのもいる。

子供は甘えん坊

 だが、子が小さい間は、母親は大変な “でき愛型” で、子供もかなりの甘えん坊だ。 動物園で子供を早めに引き離そうとすると、母親はおこって足で地面をトントンたたいて「ヒュー」と威かくの声を出し、 子供も親のところへ帰りたがって何日もの間、メエメエと悲しそうに鳴く。 隣の部屋に親がいることを知ると、ツノがすり減るほど壁を突いたり、せっせと足で地面を掘ったりする。 長野県大町市の山岳博物館では、飼育係の知らない間に本当に穴を掘って親のところへ帰った例もある。 そんなとき、親は子供の体をなめまわし、子の無事を確かめて納得する。
 野生での行動範囲は狭く、半径1キロを超えることはない。 意外に “オットリ型” で、人間が近寄っても愛くるしい目でじっと見つめ、あまり逃げようとしない。 野生の動物としては致命的ともいえる習性で、絶滅しかかった原因でもある。
 動物園でも運動することは少なく、涼しく、見通しのよい岩の上でじっと立っていたり、すわって反すうして過ごす。
 この動きの少なさと地味な保護色の体の色が、カモシカをいっそう目立たなくしている。 世界的な珍獣でありながら、あまり注目されないのは悲しいことだ。


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  カ  バ  

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(写真説明)
ハトにエサを横取りされるコビトカバ(東京・上野動物園で)

一日に百キロたべる

 戦後初めてのカバとして上野動物園に来た「ザブコ」は、10年後の39年に糖尿病がもとで死んだ。 いかにも動物界きってのデブっちょ、カバのかかりそうな病気だ。 その体重は2,3トンから、ときに4トンに及び、インドゾウの雌に対抗できる。 この巨体がほとんど水辺の草に支えられている。それだけに、1日の採取量は1頭百キロ以上という。
 カバはふつう10頭から20〜30頭の群れを成す。昼間は川や湖沼にひそみ、夜、陸に上がって食事をとる。 水域は共同だが、陸の “食堂” には厳格なナワ張りがあり、雄は他の雄が入るのを許さない。 雄はふつう2,3頭の雌とその子を連れている。
 採食場には網の目のように道路があり、要所要所にはサインポストとしてフンがたい積される。 強い雄はよい場所をとって水辺近くで食事をするが、弱い雄は内陸深く食べ歩き、 一晩に10キロから30キロも歩いた例もある。
 フンをサインポストとする習性は動物園でも変わらない。 フンをしながらシッポを左右にふってはねとばし、寝室の天井にまでシミをつける。 ザブコの糖尿病のとき、この習性のおかげで治療にあたった増井光子さん(現多摩動物公園動物病院長)らは大変な被害をこうむった。 ザブコを狭い通路に追い込み、暴れないようにしてインシュリンの注射をおしりに打つ。 ザブコは驚いてフン尿をもらし、例のシッポではねとばす。 増井さんらは再三それを頭からかぶったのだ。

意外に強い警戒心

 巨体のカバは、陸上では大儀そうだが、水中に入ると広い胸部と厚い脂肪で浮力がつき、気持ちよさそうに浮いている。 だが、意外に用心深く、耳と目と鼻孔を水面上に出して警戒を怠らない。 カバの顔を見て人は笑うが、上を向いた鼻孔も、とび出した目も、カバなりの理由があるわけだ。 おまけに、耳や鼻も開閉自在、巧妙な潜水艦なのである。
 カバの出産は水中か陸上か−−−。これはなかなか難しい問題とされていた。 外国の文献などでは「水中説」が多かったが、上野では、出産の直前にプールの水を抜き、 子が生まれるとすぐまた水を満たす方法をとっていた。 これは戦後初めてカバの出産があったとき、水中で生まれた子が水死する事件があったためだ。 ところが、ザブコの2回目の出産のときは、まだ水を抜く前に子供が水中で生まれ、すぐ元気に泳ぎまくった。

乳は水中で与える

 京都の動物園では常に水中で出産しており、ニューヨークでは、上野と同じ方式が報告されている。 結局、状況に応じてどちらもありうるというのが最近の学説である。
 だが、陸上で産んだ場合も親はすぐ子を水中に誘導し、授乳は水中で行う。 これは学者や飼育関係者の一致して認めるところで、どの文献にもそう書いてある。 カバは足が短く、腹が地面につきそうなので、陸上では子はとても腹の下にもぐり込めないからだという。 ところが、45年に上野で、陸上で生まれた子は、コンクリートの上に寝ころがった母親の乳を吸った。 水中授乳の定説も絶対ではないようだ。
 母親は、いつも子を自分の顔の前に置くように心がける。 だからカバの社会では「ちょっと目を離したスキに....」などという言葉は通用しない。 ザブコの場合も、赤ん坊は水中で休む母親の顔の前に幼い顔をのぞかせ、陸上で親がエサを食べるときは、 その顔のそばで遊び、きまってアゴの下で寝るというほほえましい様子がみられた。
 ところが、ザブコの子の「マルコ」が母親になったとき、また異変がみられた。 動物園2世のマルコは、必ずしも子を顔の前に置こうとはせず、自分がどんどん先に歩いて、 子供があわてて後を追うことも多かった。 これは、外敵のいない動物園という環境が、カバの母親の習性を変えた例と考えられる。 カバの世界でも、古い育児法は次第に顧みられなくなっているのだろうか。

体重1/10の仲間も

 カバ科にはこのほか、カバの体重の10分の1以下というコビトカバがいる。 外見はたしかにカバを小さくしたような感じで、ごく近縁には違いないが、形態的にはいろいろ相違点もあるため、 コビトカバ属としてカバ属と分けられる。湿地帯に住むが、あまり水には入らず、顔もカバのように目や鼻がつき出していない。 西アフリカの奥地に住むため、あまり人目につかず、今世紀になってから始めて生けどられた。 生息数も少なく、以前は珍獣として値段も1,2位を争う高さだったが、動物園で飼育に慣れ、よく繁殖するため、 最近は各地の動物園でみられるようになった。 そのため、自ら値を下げる皮肉な結果となっている。


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  ニ ホ ン ザ ル     

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(写真説明)
すべての雌と小ザルは、強力なリーダーの保護下にある(愛知県犬山の日本モンキーセンターで)

貴重な北限のサル

 「サルのような赤い顔」といっても、欧米人には通じないかもしれない。 日本では、サルはよく見られる動物だし、サルといえば赤い顔に赤いシリというイメージがある。 だが、世界で二百数十種類を数えるサルのうち、ニホンザルのように顔の赤いサルはむしろ珍しい。 また、サルは大半が熱帯に住み、北米やヨーロッパに野生のサルはいない。 だから、北海道を除く全国に、群れをつくって住むニホンザルは、北限のサルとして世界的に貴重なのだ。
 ニホンザルの社会の研究は、日本では多くの関係者たちによって進められ、 これまで知られている動物のうち最も複雑な社会であることがわかり、これまた世界の注目をあびるようになった。

責任重いリーダー

 サルの社会には、リーダー、サブリーダー、ナミ雄(普通の雄)、雌と子供、といった明確な階級がある。 群れの中心には、すべての雌と子供たちがいて、そこに常駐する雄はリーダーだけ。 この中心部をサブリーダーがとりかこみ、さらに外側にナミ雄や若者グループがいる同心円状の社会が基礎となる。
 リーダーは、ただ順位が一番上というだけではダメ。腕力のほかに知力にすぐれ、 人望(?)とくに雌たちの支持がなければつとまらない。 それだけに、リーダーに課せられた責任はきわめて重い。 長野県の地獄谷野猿公苑の原荘悟苑長がまとめた “リーダー心得” は次のようなものだ。
 @つねにシッポを上げ、不安やためらいを示さない A雌や小ザルのトラブルにただちに介入して鎮圧し、強力なリーダーのイメージを保つ B下位の挑戦を受けた場合、実力で相手を圧倒する C外敵に対しては最前線に立って戦う D子持ちの雌や子ザルを不当な攻撃から守る E移動、採食など群れの行動をリードし、安全なコースをとる−−−。
 まさに並大抵のことではない。管理職になってノイローゼにかかるような人間ではつとまらないかもしれない。 そういえば、地獄谷のリーダーも、大抵は2〜3年で群れから姿を消す。 重責に疲れたリーダーは群れを放棄し、他の群れに移り住むらしい。
 トラブルへの介入の仕方は、コトを起こした方を制裁する。 それによって弱い者の順位もある程度守られる。 リーダーあるいはそれに近いサブリーダーには、そういった倫理観のようなものも、時には要求されるらしい。 厳格なリーダーとして知られた大分県高崎山の初代リーダー「ジュピター」は統制はよくとったが、その制裁もきつかった。 そんなとき、次位リーダーの「タイタン」がとりなすような行為をした。 「タイタン」については、体が弱って他のサブリーダーからねらわれだした「ジュピター」をかばった例も報告されている。 伊豆の波勝崎の片目片耳のリーダー「石松」が一時完全に失明したときも、 次位の「都鳥」が他の雄がちょっかいを出すのを排除し、「石松」がその地位を保つのを助けたという。
 サルの上下関係をみる方法に “ピーナツテスト” というのがある。 2匹のサルの間にピーナツを投げてやると、順位の下のサルは、ほしくても、とることができない。 上位のものがとって食べる。これがサル社会のおきてなのだ。

シッポを立てると

 また、サルの社会では、リーダー以外、やたらにシッポを立てることは許されない。 つまり “態度がでかい” とみなされる。46年に上野動物園で起きたサル山の惨劇もそんなことが原因だった。 3代目のリーダーの死後、空位が続き、10歳以下の有力な雄7匹がシッポを立てて “立候補” を宣言していた。 ところが、まだ大人になりたての6歳の雄2匹が、雌ガシラのうしろだてで勢力を伸ばし、 わがもの顔にシッポをピンと立てて歩き回るようになった。 そんなある朝、この2匹が重傷を負って倒れているのが発見された。 「若造のクセに」と年長の候補者たちの制裁をうけたらしく、病院に収容された2匹はあいついで死んだ。
 しかし、最近の各地の野猿公園や動物園のエづけされた群れは、リーダーの権威が失墜し、社会秩序もルーズになったという。 エサの確保やトラブルの鎮圧が、人間に管理されることによってリーダーは形だけの存在になったからだ。 それだけ民主化されたともいえるが、内部の規律がゆるみ、勝手な行動をとるサルも多くなった。 「昔のリーダーはみんなすばらしいヤツだった。今のはとてもリーダーとはいえない」と嘆く関係者もいる。 サルの社会もどうやら人間の社会に近づいたらしい。


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  ニ ホ ン ザ ル     

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(写真説明)
3ヶ月を過ぎて、母親の背中にのれるようになると、最初の反抗期が始まる(愛知県犬山市・日本モンキーセンターで)

父親不在の社会

 宮崎県幸島。全島が天然記念物の無人島で、亜熱帯植物が生い茂る中に、百匹を超すサルの群れが住んでいる。 “最後のサルの楽園” といわれたこの平和な島でことし春以来、子ザル8匹が行方不明、 ことし生まれの赤ん坊3匹が水死体で発見される事件が起きた。
 ここのサルは、エサを海水で洗ったり、2本足歩行や水泳をするという高い “文化” を持つことで有名。 そのため一時は、人間社会ではやりの蒸発ではないか、と騒がれた。 だが、それにしてはまだ幼い子ザルばかりということから、どうやら人間たちの仕わざらしいという結論に落ち着いた。
 「赤ん坊は、海中に投げられたエサを母ザルが泳いで取りに行くとき、おなかにぶら下がっていておぼれたのだろう。 子ザルの方はエサでおびきよせられマイカーでつれ去られた可能性がが強い」 と、京大霊長類研究所教授の河合雅雄さんは推理する。
 子ザルは、1歳ぐらいになると、母親から離れたがるし、まだ群れのルールにも習熟していないため、 助けを呼ぶこともできない。京都の比叡山の群れなどでも交通事故や “誘かい” によってサルの数は減っている。
 ニホンザルの社会には、家族という単位がない。群婚のため、父親不在なのだ。 だが、母子の結びつきは強く、子供が死んでミイラ化しても抱き続けて放さない母親もいる。 しかし、子ザルの成長には、母親以外に同年齢の子供グループの果たす役割も大きい。

やはりある反抗期

 最初の反抗期は、3ヶ月ごろから始まる。赤ん坊同士で集って遊ぶようになり、母親が呼んでもいうことをきかない。 そんなとき、母親は知らん顔をして行ってしまう。 ムリヤリ手を引いて連れていくような過保護ママではない。 そうなるとまだお乳から離れられない赤ん坊は、泣きベソをかいて母親を追いかけることになる。
 サルの社会の順位は、雄の間でとくにきびしいが、雌や子供の間にも順位や優劣がある。 基本的には実力差できまるが、家系とも深い関係がある。 たとえば、子ザル同士のケンカがあると母親がとんでくるが、弱い母親は子供への援助も思うに任せない。 逆に強い母親の子はたいてい力も強いが、たとえ力がなくてもいばっている。 弱い親を持つ子は、相手の母親のことも考えないと失敗する。
 サルにとって秋は “恋の季節” である。次々と発情する雌の相手は、まずリーダーがつとめる。 他の雄は、リーダーが去ったあとの雌か、発情期が重なってリーダーの選択からもれた “あぶれ雌” しか相手にできない。 それも一時的な “かりそめの恋”。長い間雌を占有することは許されず、リーダーが近づけば、 あいびきの途中でも離れなければならないこともある。 だが、最近ではリーダーの権威失墜によって “フリーセックス” の傾向も強まっているらしい。

姉妹の顔は忘れぬ

 子供はふつう、2年ぐらいは母親と一緒に群れの中心部で暮らすが、その後同年齢グループとの交遊が活発になる。 雄は周辺部へ出かけて年上の若者グループと交わり、レスリングのような荒々しい遊びを好むようになるが、 雌は好んで子守などをするようになる
 4歳ごろから雄は周辺部の若者グループに定着し、自力で自分の地位を切り開いていかなければならない。 めったに中心部には近づくことはできない。
 一方、中心部に残った雌は、母親や祖母たちと一生一緒に暮らすので、その順位には家系が大きくモノをいう。 それでも中にはリーダーにうまくとり入って配偶関係を結び、順位を上げる “知能派” もいる。
 雄の中には、出生群を離れ、他の群れの間を渡り歩くものが多い。 だから、サルの社会も基本的には他の動物たちに多い母系集団であるともいえる。 これは、近親相姦(かん)をきらう自然の法則でもある。
 “武者修行” から帰って元の群れに復帰するとき、彼らは、姉や妹の顔をちゃんと覚えていて、 その子供たちのごきげんをとって、群れにはいるチャンスを作るという。
 アメリカのハーロウ女史の実験によると、ニホンザルの子を1匹だけ隔離飼育すると、 神経異常的行動をとるようになる。 また、母親と子供だけを隔離しても、成長してからノーマルな性行動がとれず、集団生活にも順応できない。 母性愛とともに、子供同士の遊びや若者グループの交際が、彼らの成長にいかに重要かがわかる。 これはしばしば人間社会の育児の教訓としても引き合いに出される。


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  キ ツ ネ  

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(写真説明)
キツネは悪役にされているが、実は魅力的な動物(東京・上野動物園で)

悪役実は魅力的な

 日本では、キツネと人間とのつき合いは古い。いまだに “キツネつき” という迷信が生きている地方もある。 この言葉が象徴するように、物語や民話の世界でキツネは常にオオカミと並んで動物界の悪役にされる。 しかし、ホッキョクギツネなどではその家族生活もオオカミによく似ていて、父親は、動物界で珍しく模範的なパパとして通っている。 悪役といわれるキツネは、実は魅力的な素晴らしい動物である。
 日本のキツネはアカギツネで、北半球に広く分布し、単にキツネとも呼ばれる。 分類上はイヌ上科イヌ科イヌ亜科で、当然イヌに近いが、その目はネコと同様、光の加減で針のように細くなり、 また黒く大きくもなる。しなやかな身のこなしも、ネコを思わせる。

知能的狩猟が得意

 キツネは優れた捕食者である。ネコ科の猛獣の華麗な殺しや、イヌ科特有のチームプレーの迫力とはまた違った、 トリックプレーを駆使した知能的な狩猟法を得意とする。
 まず、カササギなどを襲うときは、死んだマネをする。油断してカササギが近くまでくると突然とびついてとらえる。 カラスやカモもこの手でやられる。アナウサギなどをねらうときは、そのそばで “ダンス” を披露する。 はじめは警戒していたアナウサギも、奇妙な動作に見とれているうちにキツネとの距離がせばまり、つかまってしまう。 “必殺キツネダンス” である。
 丸くなったハリネズミを食べるときは水に落とし、ハリネズミが泳ごうと体を伸ばしたところを、柔らかい腹部にかみつく。 あるいは、水の中に尾を入れ、カエルが食いつくと尾を急にひき上げ、カエルを土手の上に落として食べるともいわれる。
 キツネのこうした狩猟法は、本能だけでなく、学習による習得とみられる点もあるという。 それだけキツネの知能の高さを示すものだろう。こんな点からキツネはずる賢いとか、人をだますなどといわれる。
 しかし、彼らも食糧確保には必死なのだ。とくに子を持つ親は苦労が絶えない。 彼らは4〜8匹という多産で、子供たちは大食家。ネズミでは満足せず、もっと大きなエモノをほしがる。 だから親たちは、農家のニワトリを盗んだり、漁師の網から魚をとり、 猟師がしかけたワナからエサを失敬するといった危ない橋を渡ることもある。

アナグマの穴占領

 以前、キツネは一夫一妻で家族生活をするといわれていたが、繁殖期、育児期以外は単独生活の方が一般的らしい。 飼育下では雄が雌と子にエサを運んだ例が知られている。
 キツネは穴掘りが不得意なので、よく、アナグマの穴にちゃっかり同居する。 ところが、きれい好きなアナグマはキツネが食べ残しで巣穴をよごすのに我慢できず、 半分に仕切って分け与えたり、ときにはそっくりあけ渡して出て行く。 アナグマにはお人よし(?)の面があるようだが、穴掘りの名人だから、そう住宅難の心配はない。 ふつう両者の間で巣穴をめぐる争いはないようだが、もし戦えばアナグマの方が強い。
 キツネの交尾期は1〜3月で、約52日の妊娠期間を経て、春には子が生まれる。 母親は子をよく守って養い、数日間は子供のそばを離れない。その後は夜になると大急ぎでエサをさがしに出ていくようになる。 夏になると子供たちも母親の指導でエサのとり方を覚え、子供同士の遊びで足腰をきたえ、狩りの基本をマスターする。

極地のキツネたち

 父親は育児期には子の遊び相手にもなるが、育児はだいたい母親まかせ。 それでも、母親が死ぬと子の養育を引き受けるという。
 極寒のツンドラ地帯にすむホッキョクギツネは、ふさふさした白っぽい毛で、スピッツとよく似ている。 分類上もふつうのキツネとは別種とされ、さらにイヌに近い。 子は8〜10匹と多産なうえ、極地の食料は少ない。そのかわり彼らは一夫一妻制で、父親はしっかり者。 父親は雪の上を走りまわってエサをさがし、妻子のために持ち帰る。 危険が迫れば、自分の方に注意をひきつけ、妻子を守る父性愛も発揮する。
 ソ連では、働きものの雄に死なれた雌が、子を連れて他の家族の巣穴に入って共同生活をした例が報告されている。 また、雄に2組の家族を養う生活能力がなかったためか、2組そろって第三者の穴に移りすみ、 共同で穴の防衛をした例もある。 3組の家族を養う羽目になった雄は、それでもイヤな顔もせず、昼夜兼行でエサを運んだという。
 人をだますといわれたキツネも、今では上質の毛皮がねらわれて人間に狩られ、減少している。


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  タ ヌ キ  

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(写真説明)
人を化かすといわれるタヌキだが、どこか間の抜けた愛きょうがある(東京・多摩動物公園で)

エづけ始めて8年

 鎌倉市極楽寺の高島精策さん方の裏庭に、毎晩、数匹のタヌキが現れる。 奥さんのみえ子さんがエサをやり始めてから8年目。かなり有名になったいまも、親子づれで顔を見せる。 “ハラつづみ” こそ打たないが、熱いインスタントラーメンをフウフウふいてすすってみせる。
 キツネとともに人を化かすといわれるタヌキだが、どこか間の抜けた愛きょうがあり “ファン” が多い。 丸い顔や体つき、目の下の黒い斑紋などのとぼけたイメージが原因だろうが、 マンガなどにかかれるのは誇張されていて “素顔” は案外知られていない。 ほかでも人家近くによく現れるが、専門家にきくまでタヌキと断定できない場合も多い。

アナグマそっくり

 タヌキはよくアナグマと間違われる。タヌキはムジナとも呼ばれるが、地方によってはアナグマもムジナと呼ぶ。 顔つきや体つきも似ているし、穴ぐらや床下などに住む生活形態も近い。 また、タヌキはふつう自分で巣穴を掘らず、アナグマの穴を利用することも多い。“同じ穴のムジナ” である。 タヌキの肉は臭気が強いが、アナグマの肉はうまいといわれる。 タヌキ汁といわれるのは大方アライグマ汁だ。
 タヌキは東アジア特産の動物である。欧米では珍しいはずだが、専門家以外珍しがらない。 タヌキは英名でラクーンドッグ(アライグマイヌ)と呼ばれ、アライグマと混同されるからだ。 ハクビシンと一緒にされることさえある。
 アナグマはクマでなくイタチ科、アライグマはアライグマ科、ハクビシンはジャコウネコ科。そしてタヌキはイヌ科。 外見はたがいに似た者同士だが、顔の斑紋や尾の形状から明確に区別することはできる。

死んだふりをする

 イヌ科の動物はみんな敏しょうで走行に適した体を持っている。タヌキが唯一の例外。 足が短く走るのも得意ではない。そのかわり木登りはうまい。 そのため、イヌ科では最も原始的な動物とされる。 知能もオオカミ、キツネには及ばないといわれるが、確かな証拠はない。
 性質はおとなしく、臆病だが、反応が鈍いためか人間をあまり恐れず、野生にしては警戒心が薄い。
 鉄砲で撃たれたりすると当たらなくても死んだフリをする。 これは一種の気絶だが、気がついてもすぐ起き上がったりせず、そのままの状態であたりをうかがい、 スキをみて逃げる知恵もある。これが “タヌキ寝入り” の由来。 反撃力が弱く、走力もないタヌキに与えられた唯一の “特技” なのだろう。
 典型的な雑食で、木に登って果実を食べ、川でサカナを待ち伏せするが、家禽(きん)はまずとらない。 その他穀類、芋、こん虫、カエル、ヘビ、野ネズミなどで “偏食” しない。 四季の味覚を楽しむ食通であり、ラーメンを味わうセンスがあっても不思議ではない。
1〜3月が交尾期で、3〜4月の繁殖期に4,5匹、ときに10匹以上の子を産む。 ポピュラーな動物のわりに野生の生態はほとんど知られていないが、育児期まではオスが巣穴にエサを運ぶ。 子供は秋に一人前になったあとも両親と同じ穴で冬ごもりをするらしい。

ラーメンをペロリ

 鎌倉の高島さん方でも、毎年、子供が小さいうちは親ダヌキがエサをくわえて運んでいくという。 だから、その間はくわえやすい油揚げ、ガンモドキ、パン、ソーセージなどを用意してやる。 そのうち5匹ぐらいの子ダヌキが両親と一緒に顔をみせるようになる。 子が大きくなり、秋になると冬ごもりに備えるためか、食欲もおう盛。 夜7時ごろラーメンを20個ぐらいあたため、洗面器に入れておくと、すぐたいらげてしまう。 そこで、また夜中に20個分をやると、これも翌朝にはきれいになくなる。 エサ代は月2〜3万円できかないときもある。 裏庭は小さな山に続いているが、まわりを住宅地がとりかこんでいるような山で、エサになりそうなものはあまりない。
 「毎晩なので大変ですけど、おなかすかしてるだろうと思うとかわいそうで....。 もうやめられません。子供がいないので、エサ代も子供を育てるつもりで工面しています」とみえ子さんはいう。
 毎年生まれる子の数から推測すると、もう30〜40匹になるはずだが、実際はよくわからない。 8年もみえ子さん一人がエサをやり続けているのに、お役所あたりで援助するような話はいっこうに聞かれない。
 先日、和歌山県の果無山系で見つかった “ニホンオオカミの子らしい動物” も、 写真だけで見る限りタヌキだという意見が一部にある。 数年前にもやはりオオカミの子として育てていたらタヌキになってしまったという例がある。 タヌキはやはり化けるのだろうか。


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  イ ル カ  

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(写真説明)
イルカは脳のシワが多く、むずかしい芸でもすぐ覚える(和歌山県太地町で)

 イルカは沖縄海洋博のシンボルマークである。 高い知能と会話能力を持つといわれるイルカは人間にとって興味深い動物であり、 海洋学などの分野でもさかんに研究対象とされている。
 だが「イルカ」とひと口にいっても、分類学上の区分は異説が多く、むずかしい。 一般にはクジラ目のうち、ハクジラ類の小型の種類の総称だが、そのうちスジイルカ、 バンドウイルカ(別名ハンドウイルカ)などを含むマイルカ科に限って呼ぶ場合もある。 もっとも東京大海洋研究所の西脇昌治所長の分類によれば、マイルカ科だけでも47種もある。
 いうまでもなくイルカは魚ではない。胎生の子を生み、お乳で育てる哺(ほ)乳類である。 スジイルカでは、妊娠期間は約1年で、子供の体長は1メートルほど。親で2.2メートルぐらいだから、かなり大きい。

仲間が助産婦に

 ゾウの場合のように、イルカのお産にも仲間が助産婦として付き添うらしい。 子供はシッポの方から生まれる。人間ならサカ子だが、水中で生まれることの多いカバもおシリから現れる。 魚でない証拠に、母親の体内を離れればすぐにも浮き上がって呼吸をしなければならない。 そのためにもシッポから生まれる方が都合がいい。
 子供が弱っていて自力で浮き上がれないとき “助産婦” が背中にのせて呼吸をさせる。 母親自身が子を背中に乗せて浮上する場面もかなり目撃されている。 授乳期間は1年から1年半ほどで、母親のめんどうみはとてもいい。 子供をおなかの下にかばうようにして泳ぎ、子供が病気になったりすると背中に乗せたりする。 子供が死んだ場合もしばらくは背中に乗せていてなかなか手放そうとしない。
 イルカの頭がいいというのは、その脳の大きさとシワの数が根拠になっている。 スジイルカの脳の重さは約1400グラムで、日本人の成人男子の平均とほぼ同じ。 スジイルカの体重は100〜140キロだから体重比では人間の方がやや上だが、シワの数はイルカの方が多い。
 だが、それだけではどの程度頭がいいのかははっきりわからない。 少なくともチンパンジー以上という説もあるが、むしろサルから類人猿、ヒトと連なる進化のコースとは別の系統。 たとえばウマ、ゾウなどの有蹄(てい)類の進化の頂点に立つのがイルカなのではないかという意見も多い。

人なつっこい性格

 水族館などで芸をみせているのは、ほとんどバンドウイルカである。 スジイルカと並んでイルカ中の秀才だが、とくに人なつっこくて飼いやすい。 バスケットや輪くぐり、ジャンプ、回転泳ぎなど、むずかしい芸も訓練すればすぐ覚えるというから、 頭がいいのは確かだろう。
 イルカはコウモリのように超音波によって、視界のきかない海中でも猛スピードで泳ぐことができる。 また、人間にきこえる低音での “おしゃべり” もよくするらしい。
 アメリカで、次のような実験が行われた。
 2つのレバーのついた実験器具を2頭のイルカに1つずつ与え、ともに右、 あるいは左を押したときだけエサが落ちることを覚えさせて、2頭のイルカを仕切りで分けても、 ほとんど間違いなく同じ方向を押したという。 東京大海洋研の黒木敏郎教授もこの点から、イルカが仲間同士会話をしていることは疑いないという。

人間と会話の夢

 また、やはりアメリカで女性の飼育員がイルカといっしょに遊んでいたとき、 ふざけて「キャー!」とか「助けてくれ!」というと、イルカも同じような “音” を出したという話もある。 こんなことから「イルカと人間との会話」という楽しい夢が生まれてくる。 イルカの出す音を理解できるようになれば、人間もその音の組み合わせで交信ができるのではないかというわけだ。
 イルカを使って魚の子を外敵から守り、大きく育てて漁獲高をあげようという研究も、 イルカの能力を信じての発想だ。
 一方、日本でも伊豆半島あたりでイルカは盛んに捕獲され、人間の食料となっている。 ほとんどは群集性の強いスジイルカで、1キロ百円程度でたたき売られる。 これではイルカの能力も台なしだ。
 もっともイルカは大食いだから、飼うためにはエサ代がかかり、貧弱な日本の研究予算ではまかなえない。 そのため、期待される研究もなかなかむずかしいらしい。
 黒木教授らは、沖縄海洋博で「イルカとの対話」という企画を立てたが、それも予算が次第に削られ、 もう時間的余裕もなく実現はむずかしいという。

軍事利用も研究

 アメリカではまた、イルカの軍事利用などが研究されているという。 爆弾を背負わせて人間魚雷の代わりにしたり、合言葉を覚えさせ、返事のない場合は敵とみて殺す、 というのが役どころらしい。
 一方では知能が高いとか、人間の友達だとかおだてて協力させ、他方では食料として食べたり、 軍事利用を考える。こんな人間をイルカはどう思っているのだろうか。 イルカとの会話が実現したら、まっ先に聞いてみたいことである。


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  ヒ ョ ウ  

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(写真説明)
ヒョウの育児と教育は、もっぱらママの役目(大阪市天王寺動物園で)

むだのない曲線美

 ヒョウは “優雅な殺し屋” であり “ジャングルの忍者” である。 華麗な斑紋をもつ、むだのない曲線美は、野生を背景にして一段と映える。 木の茂みに待ち伏せ、跳びかかり、獲物をくわえて樹上に引きずり上げる。 その緊迫した動作の中に、猛獣としてのヒョウの残忍さと美しさが集約されている。
 よく “雌ヒョウのような” という表現が使われるが、ある観察者は 「野生のヒョウの動きをみれば、人間なんかに、とてもそんな表現を使う気はしない」といっている。
 ヒョウはその攻撃力の強さで、ライオン、トラと並び “猛獣のベストスリー” に入れられることが多い。 冒険小説などでもトラやライオンと互角の勝負をするように描かれる。だが、これは少しあやしい。 いかにヒョウが敏しょうでも、ライオン、トラとは体格が違う、2,3百キロを超すライオンやトラにくらべて、 ヒョウはせいぜい60〜80キロ。ジャングルの地の利を得れば善戦もするが、ふつうはヒョウといえども、 トラやライオンにとっては “メニュー” の一部にすぎない。

トラ以上の残忍性

 だが、その残忍性、凶暴さはトラに劣らず、インドでは3年間に200人を殺した人食いヒョウもいる。 たしかに “迷彩服” をまとい、音もなく樹上からおどりかかる攻撃法は、人間にとってはライオン、トラ以上の恐怖ではある。 しかも、興奮すると空腹でなくても、手当たりしだい動物を食い殺すというからたまらない。
 攻撃法も巧みで、2頭で、サルを地上を走るしかないように追い込んだり、 長いシッポをヒラヒラさせて相手を幻惑して跳びかかる手も使う。 どういうわけか犬とサルの肉が大好物で、夜中に人家のベッドの下に寝ていた犬をさらったという話も報告されている。 ヒョウにじっと見つめられると恐怖で混乱し、木から落ちてとらえられるサルもいる。

3ヶ月で完全離乳

 交尾期は2,3月で、初夏には2〜5頭の子が生まれる。 子供に対しては格別やさしく、よいママぶりを発揮して子を育て、教育する。 子は、姿も鳴き声も子ネコそっくりで愛らしい。だが、猛獣の常として成長は早く、 生後2ヶ月で生肉を食べるようになり、3ヶ月もすると完全に離乳する。
 人間が飼い慣らすには、この時期をのがすと手遅れ。生後1週間くらいで親から離すとよく慣れて芸も仕込めるが、 野生で捕えた親ヒョウは、飼育係でさえオリの中に入ってエサをやるのは危険だという。
 ネコ科の特徴として、ヒョウの子もじゃれるのが大好き。 ボールのように動く物、丸い物には目がない。両親の頭でさえ彼らには格好の遊び道具だ。 飛びつき、前足で引っかき、かむ....こういう遊びの動作の中で、彼らは獲物を捕る腕をみがく。
 本来孤独を愛し、単独で生活する動物だから、夫婦も繁殖期以外は “他人の関係” である。 したがって、育児と教育はもっぱら母親の役目だが、その重責のせいか、子連れの雌はとくに気が荒く危険だ。 1人でエサを取りに出かける時も、子供は岩穴や木のほらに用心深く隠して行く。 少し大きくなると一緒に連れて行って、“殺しのテクニック” を教える。 子供の見ている前で獲物を襲うとき、母親はきわめて誇張した動きをするという。 物音に驚いて子供が飛び出そうとすれば、首ねっこをくわえて茂みに運び、足で押さえつける。

“レオポン” の父親

 数年前、話題をさらった西宮市・甲子園阪神パークの「レオポン」はヒョウとライオンの混血児。 現在、雄2頭、雌2頭が立派に成長しているが、昨年(1972年)6月に死んだ彼らの父親「カネオ」は、 いろいろな意味で世界的なヒョウと評価された。体重4倍もある “異人妻” をめとった唯一のヒョウであり、 17才5ヶ月という、飼育下では世界第5位の長寿をまっとうしたこと。 そして最も注目すべきことは、実にこまめに子供の世話をしたことだ。
 ヒョウの父親は、多くの動物と同様、子供には無関心なものだが、カネオは珍しく父性愛が強く、 子ボンノウだった。半年で自分を追い越した “大きな子供” たちをよく遊ばせていたが、 シッポをチラチラ振ってそれに飛びつかせる訓練を何度も繰り返した。
 また、ライオンはふつう木登りが苦手だが、レオポン4頭はみな木登りがうまい。 これは、父親のヒョウ式教育のおかげでもある。
 レオポンは一代限りで、レオポンの雄には繁殖能力はないが、現在この動物園ではレオポンの雌と トラの雄を一緒に飼育し「タイポン」をつくる準備を進めている。 猛獣界の3強をミックスした “三冠猛獣” が間もなく誕生するかもしれない。


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  カ ワ ウ ソ  

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(写真説明)
カワウソは遊び好きで愛きょうがあり、カッパのモデルともいわれる(東京・上野動物園で)

“トンビ” のお陰で

 カワウソはトンビに滅ぼされた。といっても空を飛ぶトンビではない。 男性が和服の上に着るトンビである。
 カワウソの体毛は二重になっている。上毛は長くてツヤがよく、水をよくはじく。 下毛はワタ毛で膚ざわりがやわらかく、保温にもすぐれている。 まるでウールのコートを二重に羽織っているようなものだが、この自慢のコートがカワウソにはアダになった。 毛皮商がほうっておくわけはなく、みさかいなく乱獲されるハメになった。 とくに、トンビのエリにつけるのに絶好で、トンビ全盛時代に一気に急減したらしい。
 さらに自然開発で川や池にも住みにくくなり、仕方なく追われて住みついた海岸も安住の地とはならなかった。 彼らが休息所とする岩場が採石業者によってみるかげもなく破壊されて行く。 採石に仕掛けられたダイナマイトで無残な死体をさらすこともあった。

保護指定も手遅れ

 そしていま。−−−かつては日本全土の川や湖沼をわがもの顔に泳ぎまわり、 明治の半ばまでは銀座裏の掘割にも顔を出したというニホンカワウソも、ほとんど見かけなくなった。 さる40年に、国の特別天然記念物に指定されて、保護されるようになったが、すでに手遅れ。 現在は四国西海岸がその最後のすみかとなっているが、生存数は10匹に満たないという話である。
 しかも本来、ま水を飲んで生きるカワウソが、もっぱら海にもぐって魚をとらねばならない状態なのだ。 絶滅までにあと5,6年か、などともいわれている。
 日本では悲劇のヒーローとなったカワウソも元来は陽気で遊び好きな動物として知られる。 川の中で、陸の上で、もつれ合って遊びまわる。水カキのある足で、泳ぎは達人。 丸くて大きな目玉、尾とあと足で立ち上がり、好物のドジョウを両手でつかんで食べるところは、 なかなか愛きょうがある。 その上、キャーキャーという鳴き声が人間の赤ん坊にそっくりだという。 ここまでくると1つのイメージが浮かび上がる。カッパのモデルである。 明治時代の著名な学者の中には、カワウソとカッパを混同して、正確な魚の図鑑の中に、 詳細なカッパの絵を描いた人もいたという。

知能的な狩猟法

 カワウソの狩猟法にも “カッパの川流れ” に似たものがある。 魚に気づかれないように流れに身をまかせたままそっと近より、いきなりとびつくという方法だ。 また、たいていの魚は下を見ることができないので、水中深くもぐり、下から魚の腹に食いつくという手も使う。
 カワウソの巣は、川岸や海岸の岩穴などにある。ちゃんと枯れ草などを敷きつめ、 水から上がったときも岸辺の草むらなどで体をころがし、水気をとって “家” にはいる。
 夜になるとナワバリをまわってエサをとる。ナワバリは直径10キロほどの広さで、 3,4日にわけて巡回し、フンをしてサインポストを確認する。
 お産は早春、枯れ草を敷きつめた産室で1〜3匹の子が産まれる。 泳ぎは生まれつき達者なわけではなく、母親がスパルタ教育で教え込むらしい。 もっとも、動物はほとんど生まれつき泳ぐ才能を身につけている。 水中でも四つ足のまま手足を動かせば、浮力がついて泳げることになっている。 以前、ゴリラが動物園の堀に落ちておぼれたが、人間と同じに立って歩くような体型に近づいたためだ。

滑り台遊びのナゾ

 カワウソの遊びで最もかわっているのは “滑り台遊び” だ。 適当な川の土手を選び、腹ばいになって頭から川へ滑り下りる。それも、親子であきずにやる。 外国では、ほとんど1日中、数10回もくり返したのが観察された。こうなると単なる遊びとは思えない。 動物では遊びとみえる行動も、将来の生活に役立つ何らかの意味を持っていることが多い。
 カワウソのこの奇妙な遊びも、本当の意味はわからないが、北国の冬、 氷結した川の上を滑って行くのに役立つのではないかとも考えられている。


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  マ ン ト ヒ ヒ  

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(写真説明)
マントヒヒにも “子さらい” の習性がある(東京・上野動物園で)

「乳児誘かい」続発

 上野動物園のマントヒヒの山で “乳児誘かい” “乳児殺し” が相ついだ。 “犯人” はいずれも4歳以下の若い雄である。サル山で子供が生まれると、若い雄たちは興奮してさわぎ立てる。 他の雌などには目もくれず、子供にさわろうとしたりのぞきこんだり、異常な関心を示す。
 母親は絶えず場所を移したり、体の向きを変えたりして子を守ることに忙しく、とても落ちついてお乳をやれない。
 子供は1ヶ月もすると、母親から離れるようになり、母親も終始つきそうことができなくなる。 そのすきに若い雄が子をさらう。母親は追いかけて取り戻そうとするが “犯人” は子をしっかり抱いたまま逃げまわる。 子供は母親の方に行きたがって泣くが、ボスはほとんど無関心で、仲介に入ることもしない。 飼育係がやっと子を取り返したときは、子供は全身キズだらけで、そのうち死んでしまう。 ボスが母親と一緒に雄を追いかけ子を取り戻すときもある。

サルの中では高等

 上野でマントヒヒの繁殖が始まった29年から、シーズンになると毎年こんな不思議な事件がくり返されている。 29年から47年までに生まれた78匹の子のうち、どうにか無事に育ったのは33匹で、44匹が生後200日以内に死んでいる。 母乳の出が悪かったり、病気で死ぬ場合もあるが、ほとんどは略奪が原因となっている。
 マントヒヒは、ニホンザルと同じオナガザル科に属する。 霊長目として分類される2百数十種の世界のサルは、まず原始的な原猿類と、サルらしい真猿類に分けられる。 真猿類はさらに鼻孔の形から広鼻類と狭鼻類に区別される。 広鼻類は中南米に住む新世界ザルで、尾には握力がある。 これに対して狭鼻類はアジアやアフリカの旧世界ザルで、尾を木に巻きつけることはできない。 オナガザル科はこの狭鼻類のうち、東南アジアに多いマカック類と、アフリカ、アラビアのヒヒ類を含み、 狭鼻類のもう1つの “枝” にゴリラ、チンパンジーなどの類人猿がある。 つまり、マカック類に含まれるニホンザルと、ヒヒ類のマントヒヒは、類人猿を除けば最も高等なサルの一種。 この2種は近縁なだけに、群れの構成や生活形態もよく似ている。
 マントヒヒの雄には灰白色の堂々たるマントがあるが、雌は茶色で毛も短く、体格は雄の半分ほどで貧弱だ。 あまり大きさが違うので、昔は雌を別種とみて、学者や動物商はマントヒヒの雌さがしに、懸命になったという。

ハーレム持つボス

 オットセイやゾウアザラシなど、雄が非常に大きい場合はまず一夫多妻で、マントヒヒも例外ではない。 雄はたいてい2〜6頭の雌を支配し、その子供たちとともに小集団をつくる。 この小集団が集って50〜60頭の群れをつくることが多い。ときには優位の雄が大部分の雌を占有することもある。 「ヒヒおやじ」という言葉は、その外見ばかりか、この点でも当たっている。 しかし「岩見重太郎のヒヒ退治」はフィクション。ヒヒが日本にいたことはない。
 若い雄は群れの周辺部にいて外敵と戦い、上位の雄は中心部で雌や子供を守る点などはニホンザルと同じ。 子供は2〜4歳ごろから順位の中に組み込まれ、雌はそのころから性関係をもつが、雄は地位を得るのに忙しい。 地位が安定し、彼女をめとることができるのは8歳以上になってからだ。

略奪結婚の一種か

 最近になって野生のマントヒヒにも “子さらい” の習性があることが観察されるようになった。 子供が半年から1年までの間に、2,3歳の若い雄がこれをさらう。 しかし、さらった雄は母親以上に子を大切に育てあげ、死なせることはあまりない。 さらった子が雌なら、将来は夫婦になる。一種の略奪結婚の風習である。
 マントヒヒは、子供のうちは頭の毛が黒く、200日を過ぎるころから親と同じような毛色になる。 この “黒子” の間はボスの上にのっても制裁を受けることもない。幼児の特権を発揮できるときでもある。
 上野の “乳児殺し” も、実は野生の習性を発揮しただけにすぎない。 ただ、動物園では、さらった雄が逃げまわる間に赤ん坊を岩かどにぶつけたり、 落としてしまって死なせる結果になる。これも動物園住まいのヒズミといえそうだ。


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  ペ ン ギ ン  

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父親の “育児参加” はペンギン社会では当たり前のこと、母親より熱心である(大阪市天王寺動物園で)

南半球全体に住む

 ペンギンは南極にだけ住んでいると思っている人が多い。 だが、南極に住むのは15種(あるいは17種)のペンギンのうち、エンペラーなど4種にすぎない。 他は赤道直下のガラパゴス諸島まで、南半球全体に広がっている。
 ツバサはヒレ状になって飛ぶことはできないが、ペンギンはれっきとした鳥類で、ちゃんと卵を産む。 ふだんは海中で魚などをとって過ごすが、繁殖期になると陸に上がり、毎年同じ場所に来て産卵する。 このときコロニー(集団営巣地)を形成し、何万、何十万というペンギンがひしめき合う光景は壮観である。
 このコロニーで求愛の儀式を経たあと、雌雄は一対となる。 繁殖期以外は離れることはあっても、毎年同じ相手と結びつき、ほとんど一生、一夫一婦制を守るという。
 ペンギンの抱卵と育児は非常に変わっている。人間の女性が聞いたらタメ息をついてうらやましがるだろう。 雄の献身的努力による完全な男女平等、というより、ある意味では雄の方の負担が大きい。 中でも興味深いのがエンペラーペンギンである。

巣を作らぬ “皇帝”

 エンペラーはペンギン中最も大きく美しい。 雄は高さ1.2メートル、体重40キロを超え「皇帝」の名のとおり容姿も堂々たるものだ。 他のペンギンはたいてい巣を作り、卵を2個産んで腹ばいで温めるが、エンペラーと、同属のキングペンギンは、 1個の卵を足の甲の上に置き、腹をその上にかぶせて温める。 巣は作らず、コロニーで何万羽の仲間がぴったり体を寄せ合い、極地の厳冬を耐え抜く。
 エンペラーペンギンの繁殖期は3月、南半球では初秋である。 例年、この時期になると彼らはコロニーをめざし、長い氷上の旅を続ける。 ときには百キロに近い道のりだから、1,2ヶ月もかかる。

直立不動の2ヶ月

 産卵は真冬の5〜7月。1個の卵を最初に抱くのは雄の役目だ。 絶食の産卵で疲れた雌は、エサを食べるためすぐに海に向かう。 雌につき合って2ヶ月も絶食を続けた雄には、新たな苦行が待っている。 ブリザードが吹きつけるマイナス40度の極寒の氷原で、さらに2ヶ月、 飲まず食わずの直立不動でじっと卵を抱き続けるのだ。一瞬でも離したら、卵は寒さで死んでしまう。 彼の体重はこの間、三分の一が失われ、立ちっ放しのため足もむくんでしまう。 雌が戻るまでにヒナが生まれた場合は、やせ衰えているにもかかわらず、 父親は自分の “そのう” から栄養に富んだ分泌物を吐き出して与えなければならない。 しかし、たいてい母親はヒナがかえる直前に、ヒナのためのエサを “そのう” につめて戻ってくるという。 長い道のりをどうして場所も期間も間違えずに戻ってくるのかはわかっていない。
 母親と交代したら、父親もやっと海に向かうことができる。 長い絶食でフラフラになった父親は、それでもエサをたべて元気になると、やはり子供のための食糧をたくわえて帰ってくる。 何万という仲間の中をかきわけ、さかんに叫び声をあげて妻子をさがす。 妻も夫の声をきき分けて返事をし、間違いなく見つけ出すことができる。それは、何とも涙ぐましいという。
 ふ化したヒナは約45日間は卵の時と同様の姿勢で母親の腹の下に抱かれ、消化されて泥状になったエサを口移しでもらう。 父親は全く同じポーズで横に立ち、邪魔者を排除する。

親は風よけの防壁

 やがて親の腹の下に入り切らなくなったヒナは、ヒナばかりの “共同保育所” に集る。 その期間は9月から11月ごろまで。その間、親鳥は風よけのための防壁としてこれを取り囲み、 自分のヒナにエサを与える。 そして12月、南極がやっと夏を迎えると、ヒナは毛変わりとともにひとり立ちする。

むずかしい飼育法

 このエンペラーペンギンの飼育は非常にむずかしい。 細菌の全くない清浄な地に育ったペンギンは、すぐに呼吸器を「青カビ」の一種にやられて死んでしまう。 日本では、(昭和)43年に長崎水族館でキングペンギンがかえったのが、室内ふ化としては世界で初めて。 その後同水族館で3年連続、3羽がかえったほか、大阪市天王寺動物園で45年に成功しているだけだ。 長崎水族館の当時の館長・西村祥一さんは「鳥類は目から太陽光線を吸収して、それが性ホルモンの分泌を促す。 うちでは冬の間、外気中に出してやったのが効果があったようだが、やはり親のつがいもよかったらしい」という。
 完全な雌雄の共同作業であるペンギン式育児法も、どちらかがやる気をなくしたらおしまい。 現に、他の動物園でもしばしば産卵にまではこぎつけるが、栄養不足で卵を放棄する親、 あるいは雌雄のバトンタッチが下手で、卵を割ってしまう親が多いそうだ。


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  ア ラ イ グ マ  

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とぼけた表情はタヌキそっくり。知能は高く、木登りや泳ぎがうまい(横浜・野毛山動物園で)

 アライグマは北米に住む動物で、湖沼や川の近くの森林に多く、木の実や魚、川辺の小動物などを食べる。
 タヌキの項で紹介したように、目のまわりの黒いフチどりやずんぐりした体つき、 とぼけた表情など、確かによく似ている。 むしろ、誇張されて描かれるマンガのタヌキに実物以上によく似ている感じだ。 だが、分類上は一般にパンダも含み、キンカジュー、ハナグマなどが属するアライグマ科のリーダーである。 体の大きさや全体の感じではジャイアントパンダより、レッサーパンダに似ている。 長く太い、輪状の斑紋のあるシッポが特徴である。

欧米ではペットに

 陸上での動作はゆっくりだが、木登りや泳ぎはうまい。 知能はかなり高く、人にもよく慣れるし、温和で陽気な性格なので、欧米ではペットとしての人気もある。 ニューヨークのような大都会で、ゴミためをあさって生きるバイタリティーもあるが、北の地方では冬は穴ごもりをする。 同じ穴に数組の家族が生活していることもよくあり、仲間同士で共同生活を楽しむことも身につけているようだ。
 子供が生まれるのはエサの豊富になる4月ごろ。 木のほら穴などに設けられた産室で2ヶ月余の妊娠期間を過ごし、3〜5匹の子を産む。 1ヶ月もすると子供は母親のあとからチョロチョロ外に出てきて、エモノのとり方をおそわる。 3ヶ月もするとほぼ親と同じ大きさになるが、約1年間は母親といっしょに過ごす。
 アライグマの名の由来は、食べものを洗って食べるところからきている。 動物園ではたいてい池や水たまりを用意し、彼らもちゃんと洗って食べる。 そのため、清潔好きという評価もちょうだいした。

洗う習慣ない野生

 だが、もし水がなかったらどうするだろうという疑問を持つ人もいた。 野生では水から遠く住むこともあるからだ。 そこで、外国ではいろいろな実験が行われたが、どうやら野生では “洗う” という習慣はほとんどないらしい。
 ロンドンの動物園でも10頭のアライグマを使って実験が行われたが、やはり、必ず洗うという結果は出なかった。 しかし、洗うこともたしかにあり、水を入れた容器と食物との距離、あるいは食物の種類によって違うこともわかった。 たとえば、食物と水との距離を1メートルにした場合、ザリガニ、魚、エビなどは80%以上洗って食べたが、 ドングリ、トウモロコシ、麦などは全く洗わないで食べた。 水との距離を延ばせば、それだけ洗う率も低くなった。

清潔好きは疑問

 アライグマはダ液が少ないので水にひたすのだという説もあったが、解剖の結果は大きなダ液センがあったし、 乾燥したものよりぬれた新鮮なものをよく水につける。 汚れたものでも洗わないときもあり、きれいなものを洗うときもある。 清潔好きというのもあやしくなった。
 結局、アライグマは食物を洗うのではなく、この行動は野生で水中のエモノをとるときの習性からきているのだろうという意見が最近では有力である。 アライグマの指はよく発達していて、水中や川底の土砂をかきまわすようにしてエビやカニ、カエルなどのエモノをつかまえる。 動物園ではその必要もないが、ときには野生でそうしたように、水中に手をつっこんでエモノをさぐりたくなるのだろう。 エビやカニが与えられ、近くに水があれば、その衝動が触発されて、“洗う” とみえる動作につながるのだと考えられる。 つまり、動物園だけでみられる習性である。

転位行動する動物

 このように、動物園では野生の習性が発揮できず、“転位行動” といわれる動作をする動物はかなり多い。 オオカミやキツネなど、長い距離を追跡してエモノをとらえるイヌ科の動物はオリの中でもセカセカ動きまわって落ちつきがない。 トラやクマがオリの中を何回もいったりきたりするのもその1例。
 トド池では雄のトドが、見物人が近づくとサクの近くの水中にもぐり、 見物人がトドの姿をさがして身をのり出してのぞくと、突然浮き上がってピューと水をかける。 これも遊びというより狭い場所におしこめられた欲求不満のあらわれだろう。
 動物園は、多くの人たちに動物を理解してもらい、自然保護の重要さをPRしているが、 最近では、このような動物園に特有のヒズミもクローズアップされるようになった。


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  コ ア ラ  

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コアラはユーカリしか食べないので、飼育がむずかしい(シドニーのタロンガ動物園で)

スローモーな動き

 パンダとならぶ動物界のアイドル、コアラは不思議な動物である。 オーストラリアのユーカリ樹林に住み、ユーカリの葉だけを食べて生きている。 それも、三百種を数えるユーカリの種類のうち「ビミナリス」などほんの一部しか口にしないという偏食ぶり。 水もほとんど飲まない。
 「コアラベア」とか「子守グマ」などといわれるが、クマではない。 カンガルーなどと同じ有袋類の一種である。 動きはきわめてスローモーで、昼間はほとんどユーカリの木につかまったまま動かない。 夕方からのそのそと葉っぱを食べ始め、ときには地上にもおりるが、そこでも信じられないほどゆっくり歩くという。 オーストラリアの有袋類は、それぞれ他の大陸のオオカミ、ウサギ、ネコ、キツネ、アリクイ、 ムササビなどと外見も食性も似ているが、コアラはその中でも一種独特な変わり者。 しいていえば南米のナマケモノに生活ぶりが似ている。
 黒目がちのつぶらな目と、黒い平らな鼻。非常にユニークな顔だが、ほとんど表情がないところも オモチャの縫いぐるみそのままである。 体長は60〜80センチぐらいで、ずんぐり型。しっぽはない。
 雄は3,4頭の雌を集め、樹上のハーレムをつくる。妊娠期間は1ヶ月弱で、一子。 生まれた子は体重わずか5,6グラムで、約半年は母親の育児袋の中で過ごす。 袋から出ると、さらに半年は母親の背中におんぶしてもらう。「子守グマ」の愛称もここからきている。

独特の離乳食作り

 コアラの母親は、独特な離乳食を作る。 意識的に下痢をして、子供は母親のおしりに顔をつけてそれを食べる。 下痢といえばきたないが、オオカミなどが吐き戻した半消化の食べものを子に与えるのと同じ。
 この特別食は栄養分を失われずに出されるらしく、これを食べ始めた子供の体は目立って大きくなるという。 だが、下痢を1ヶ月も続ける母親の苦労は大変なものだろう。
 飼育されているコアラは、ときどき本当の消化不良を起こして死ぬことが多かった。 消化不良をおこすと急に水を飲み、数日後には死んでしまう。 どうやらユーカリの若芽に含まれる毒性が原因とつきとめられたが、野生のコアラではこんなことはほとんどない。 コアラは本能的に若芽の毒性を知っていてこれを避けるのに動物園では若芽の方がおいしいだろうと、 余計なおせっかいをやくためらしい。
 コアラはおとなしい動物で、人間がつかまえようとすると、うなり声をあげて威かくするが、 せいぜいひっかこうとする程度。おまけに並みはずれたのろまときているから、 とても人間の手からのがれることはできない。 灰色の気持ちのよい毛皮をねらって乱獲され、1930年代には絶滅寸前となった。 だが、その後オーストラリア政府の厳重な保護によって一応危機はまぬかれた。 しかし、その独特な食性のため、現在でもオーストラリア以外では、アメリカのサンジエゴ動物園にみられるだけである。

きびしい輸出許可

 ユーカリもオーストラリア原産の木だが、シドニーと姉妹都市の関係にある千葉県の松戸市ではこれを “市の木” に指定して育てている。 15年ほど前に市内の中学校の生徒がオーストラリア大使館に手紙を出してタネをもらったのが始まりで、 その後、市の苗床などで育成しているが、発育状態がよく、街路樹としたり、 学校や各家庭に分けて市内緑化をめざしている。 ユーカリはタネから発芽させ、1年ぐらいまでは育てるのがむずかしいが、同市では千葉大園芸学部などの協力で成功した。
 ところで、上野動物園でも「パンダの次はコアラ」という合言葉で、(昭和)57年の開園百周年までにコアラを入れる計画を立てている。 それにはユーカリの林を造らなければならない。 オーストラリア政府では、コアラ移譲の申請書が出されると、係官を派遣して、コアラが住める程度のユーカリ樹林があるかどうかを視察する。 もし不合格なら、輸出許可は出ない。 コアラへの愛情がヒシヒシと感じられる措置である。
 上野動物園では昨年、松戸市から約3百本の苗をもらい、不忍の池に近い西園に植えた。 まだ3メートル程度で柳の木のように細いが、あと5,6年もすればかなりのユーカリ林ができるだろう。 現在、パンダとコアラを両方見られるところは世界でどこにもない。 上野のユーカリ林の中に、あの愛らしいコアラの姿を見られる日が楽しみである。


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  シ マ ウ マ  

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(写真説明)
美しいシマ模様で巧妙に敵の目をごまかす(神戸市立王子動物園のグレビーシマウマの親子)

いつも群れで行動

 「シマウマの地色は白か黒か」−−−世の中にはこんなことを考えているヒマ人?もいる。 「白と黒が半々だから白馬と黒馬をかけ合わせたんだろう」という迷答もあるが、 正解はどうやら「白」らしい。 黒の方がシマの幅は太いが、シマのない腹や内またの部分は白である。
 動物界のファッションモデルともいいたい、この優美なシマ模様は、種類ごとに異なるばかりでなく、 同一種の中でも全く同じシマを持つのは2頭といない。 しかも、体の右側と左側も少し違っている。いわば、人間の指紋のようなものである。 しかし、この派手なコート、決しておしゃれのためだけではない。 木陰や丈の高い草むらの中で数頭が群れになって動くと、1頭ずつの輪郭がぼける。 一見、目立つシマが敵の目をあざむく役目を果たすのだ。 とくにライオンが狩りを始める夕方から夜にかけて、このシマは灰色にけむってあたりの景色にとけ込んでしまう。 だから彼らは常に群れで行動する。
 ウマ科ウマ属には、いわゆるウマとロバ、シマウマがこれに含まれる。 そして現在のシマウマは3種と6つの亜種に分けられる。 そのうち最もシマ目が細かく、美しいのはグレビーシマウマである。 サイケ調の華やかなシマが足首まで包み、後脚の上のあたりで3つの流れに別れている。 体も最も大きく、他の種類に比べて値段も倍で、日本では神戸市立王子動物園と、名古屋市の東山動物園に2頭ずついる。
 シマウマの群れは数頭から数十頭で、アフリカ東・南部のサバンナに住んでいる。 キリン、ダチョウやヌー(ウシカモシカ)、エランドなどのレイヨウ類と交じって生活していることもあるが、 その中で最も警戒心が強く、ライオンなどの襲撃を真っ先にかぎつけて逃げ出すのがシマウマである。
 逃げ足の速いのはいいが、動物園ではあわて者の性格がアダとなる。 囲いの中で何かに驚いて急にかけ出し、鉄サクに首の骨をぶつけて死ぬ事故も多い。
 眠る時も立ったままのことが多く、よほど油断している時でも、すぐ起き上がれるよう、 足を折った “犬座(けんざ)姿勢” で眠る。 しかし、動物園で生まれた子は、最初は警戒心を欠いているためか、脚を投げ出してゴロッと横になり、 飼育係をビックリさせることもある。

荒っぽい “ハナ息”

 エレガントで愛らしい外見に似ず “ハナ息” はかなり荒い。その、かむ力と後脚のひとけりは油断ができない。 飼育係にとっては、ときにはライオンやトラより危険だという。
 野生の群れでは、体力、気力ともにすぐれた雄がリーダーになり、危険が近づくと先導するが、 5,6月の交尾期には他の雄を押しのけて雌を独り占めする暴君ともなる。 このころは雄、雌とも非常に気が荒くなり、雄はエサに見むきもせず、1日中雌を追い回す。 雌は雄の求愛をなかなか受け入れようとせず、雄をきらって雄の体がシッポにちょっとでも触れると、 後脚で激しくけり上げる。だが、受け入れる気になれば逃げ足はゆるくなり、シッポもあまり振り回さなくなる。 こんなとき人間がサク内に入ろうものなら大変。ベテランの飼育係でも、かまれたり、けられたりする。 「人の恋路をじゃまするヤツは、ウマにけられて死んじまえ」という言葉もある。
 雌は、妊娠中や乳飲み子を連れているときは、とくに気が立っていて、雄を寄せつけない。 東山動物園ではことし7月にグレビーシマウマの子が生まれたが、その前に父親は死亡した。 発情期に入った父親が母親に近寄ったため、けられて内出血したのが死因らしい。 以前、東京の上野動物園では逆に雄が、気に入らないことがあると雌をけり飛ばし、自分の奥さんを2頭もけり殺した例もある。
 大阪の天王寺動物園でもこの7月にグラントシマウマの子が生まれたが、 去年生まれの子が春ごろから母親に冷たくされ、便乗した兄姉たちにもいじめられるのでとうとう隔離された。

1年も続く妊娠期間

 シマウマの妊娠期間は1年1ヶ月で、かなり長い。 そのかわり子供は、生まれ落ちて30分後には自分で立ち上がり、その日のうちに母親の後を追ってかけ始める。 1週間もすれば親と一緒に群れの動きにもついて行けるようになるが、シマウマにとってはそれまでが生死の分かれ目である。 群れのリーダーも、他の雄も、敵の襲撃から逃げるとき、子連れの雌をかばってはくれない。 乳飲み子をかかえて、遅れないように逃げなければならない母親の苦労はひとかどではない。 だから、独り立ちした子供にかまっていられないのは当然。 彼女は新しく生まれた子のために、全力を集中するのである。


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  チ ン パ ン ジ ー  

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(写真説明)
まがりなりにも道具を使う動物はチンパンジーだけ(東京・上野動物園で)

 いまから二百万年ほど昔、東アフリカのオルドワイの谷におかしなサルの集団がいた。 彼らはライオンなどの襲撃におびえながらも、手に手に棒切れや石を握りしめ、 森の中から出てこの草原に生活の拠点を置いたのだ。 −−−これが、われわれの遠い祖先、オーストラロピテクスという猿人の姿である。 樹上の生活から地上へと進み、直立歩行によって手が自由になって、道具を使うようになった。 動物から人間化への芽生えは、この時期だといわれる。

道具を使って生活

 チンパンジーは中央アフリカの森林に住むが、サバンナに出てくることもある。 採食は樹上だが、ふつう地上を歩いて移動する。半直立に適して骨盤も広く、二足歩行もする。 身長は雄で1.2〜1.7メートル、体重45〜70キロで、脳の容積は400〜500ccである。 体格や脳の大きさといい、生活ぶりといい、昔の猿人に近い点が注目される。
 人類の文化を別にして形態だけをとりあげれば、骨の数とか毛の生え方など、 ヒトと類人猿との間の差は、類人猿と他のサルとの差よりはるかに少ない。 分類学上、チンパンジーは霊長目ヒトニザル上科のオランウータン科に属するが、 ヒトは同じくヒトニザル上科のヒト科とされる。 だが、科を分けるほどの違いはなく、属を別にすればすむのではないかと主張する学者もいるくらいだ。
 外国の観察者は、彼らが木の枝を使ってシロアリを釣って食べるのを目撃した。 枝の先が曲がったりすると、その部分をちぎり、使えなくなると新しい枝をつくる。
 また、木のくぼみなどにたまっている水を飲むとき、口で吸えないとバナナの葉をもみほぐし、 海綿状の繊維にしてまるめて水にひたし、その水を吸った。 バナナを棒でたたき落としたり、石でヤシの実を割るなどまがりなりにも道具を使う動物はチンパンジーだけである。
 アメリカでこんな実験もした。カネを入れるとブドウの実が出てくる自動販売器と、 レバーを動かすとカネが出る機械を置くと、チンパンジーはすぐにこの機械の使い方をおぼえ、ブドウを手に入れてしまう。 次に、どちらか一方が動いている間は他の機械は動かないようにした。 すると彼はカネの出る機械が動いている間に全部カネを出し、ブドウ販売器が動き出すまで待っていた。

身ぶり語200覚える

 ヤーキース研究所(アメリカ)のヘイズ夫人は、チンパンジーに「パパ」「ママ」「カップ」という3つの言葉がいえるように教えた。 それ以上は言語中枢が未発達で話せないようだが、人間のいうことは理解できると主張する人もいる。 現に、最近アメリカのガードナー夫妻はチンパンジーにろうあ者の「身ぶり語」を教えたところ、 200近い言葉を覚えて、夫妻と会話ができたという。

野生に順位制ない

 個々のチンパンジーについてはかなり研究もされているが、野生の観察となると、案外わかっていない。 以前は、チンパンジーの群れは、ニホンザルよりさらに進んだ社会を持つと想像されたが、これは誤りらしい。 群れの形はいろいろで、その構成員も終始かわる。 ルーズな結びつきだが、構成員の自由をかなり認めた集団ということもできる。
 大きな雄が先導役となるが、順位制はみられず、強い雄が雌を独占することもない。 ほとんど争いはせず、たまにあっても数秒でおさまる。
 動物園では多少様子が違う。東京・多摩動物公園で14頭(うち雄は4頭)のチンパンジーを一緒にしているが、 体の大きな雄の「ジョー」がボスにかつぎ上げられている。 雌たちは、新入りがくると、おどしたり攻撃したりして優位性を誇示する。 ジョーは仲介にはいるが、雌たちのトラブルが続くとノイローゼ気味になる。 反対にジョーが横暴だと雌が連合してたしなめる。
 しかし、おとな同士どんなにケンカをしても、子供を巻き込むことはない。 子供は、自分の母親とケンカした相手とも仲よくなる。雄も子をあやしたり、遊び相手になって、子ぼんのうな面をみせる。 チンパンジーはたがいに体をさわったりしてあいさつするが、多摩では一時、正座しておじぎをするあいさつがはやった。 野生では、手を出して物ごいしたものに食物を分けたり、肉を5頭で分配しているところも目撃されている。

人間に近いサイクル

 妊娠期間は200〜260日、一産一子、ときに二子。2,3歳で離乳するが、性成熟まで7〜10年かかり、寿命は30〜40年とみられる。 全体のサイクルはきわめて人間に近く、とくにおとなになるまでに長い期間がかかる。 自分の学んだ知識を、次の世代に伝えていく能力もある。人類学者にはヒト以外に文化はないという意見が強いが、 多くの動物学者は知識の伝承は立派な文化だと主張する。
 チンパンジーには動物とは思えない行動が多い。サルやチンパンジーが人間の祖先というわけではないが、 人間もある時期まで彼らと同じ道のりを進化してきた霊長類の一員である。 かつて猛獣たちの脅威におののきながら、武器を使うことを覚えた人間たちは、やがてこの地球を制圧し、 他の動物たちをとらえ自然のバランスを破壊した。そのため絶滅していった野生の動物たちは数多い。 人間にはこの地球のすばらしい仲間たちと共存していく知恵はないだろうか−−−。


( お わ り )




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