| ス ク ラ ッ プ 集 |
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ここで紹介させていただきます「動物たち−−−その愛と育児」は、
今から30年前の1973年8〜9月にかけて、(当時我が家で購読していました)読売新聞朝刊の
「婦人と生活」というページにて30回に渡って(29種類の動物について)連載されたものです。
当時私はこれを全部切り抜いてファイルに綴じ、今日まで保存していた訳です。
一応、写真や大きな見出し文字が読み取れる大きさにて画像化しましたが、 中身の文章はさすがにこれでは読む事が出来ないでしょうからテキストにしました。 1文字1文字極力原文そのままですが(やや漢字が少ない傾向が有りますネ)、 30年前という事もあってやや古い学説などが含まれている箇所も有るかと存じます。 これから毎月1日に、5種類ずつの動物を紹介させていただく予定です。 6(キリン)〜10(ゾウ) .... 〃 .11.1(Vol.5) 11(アシカ)〜15(パンダ).... 〃 .12.1(Vol.6) |
| 子捨て、子殺しがあったりすると「動物の方がよほど母性愛がある」などという話を聞く。 またオシドリは二夫にまみえずとか、ライオンはスパルタ教育をするとか.... 動物にまつわる話には、根拠のない言い伝えや、誇張された話が少なくない。 野生の動物の生態は、実は今でもわからない部分が多いが、最近は心理学や社会学の分野からも研究されてきている。 とくに親子、仲間の関係など。ここでは、子供たちもよく知っているポピュラーな動物について、 とくに夫婦や親子の関係、育児の知恵などを中心に紹介しよう。 |
| ク マ |
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(写真説明)
水しぶきをあげてごきげんの北極グマ(東京・上野動物園で)
動物園の夏は暑い。アフリカ育ちのライオンやゴリラもぐったりしている。 東京・上野動物園の北極グマあたりは、冷房完備の部屋におさまっているのだろうと思ったら、 これが何と特別な事は何もされていない。気温には案外順応性があり、 暑ければプールに飛び込むぐらいで平気な顔をしている。
しかし、極地のきれいな環境で育ったためか、ビールスには弱く、 動物園でも真っ先にカゼをひくのが北極産のクマだ。
野生の生活では、北極グマは母子が1〜2年間いっしょに暮らして、えものの捕り方や泳ぎ方、 土地の様子や危険な外敵などを教えていく。 母と子の関係を中心として生きるすべを学びとっていくのは、 北極グマばかりではなく、すべての動物たちに共通しているといえよう。母性のための食欲
日本には北海道にエゾヒグマ、本州にツキノワグマが住む。 野生動物の少ないわが国では唯一ともいえる猛獣である。
晩秋、メスグマの食欲は猛烈だ。木の実、果実、魚、こん虫、牧草.... 何でも食べる。時には人里の穀物を食べたり家畜を襲ったりする。 人間に危害を加えるのもこの時期に多い。
クマは皮下脂肪を蓄えなければ冬眠もできない。とくにメスグマにとって、 太ることは母親になるための絶対条件だ。
真冬、メスグマは穴の中で1〜3頭の子を産む。体重二、三百グラムで、 母親の数百分の一、ネズミほどの大きさしかない。 人間の子が親の二十分の一だから、かなりの “未熟児” である。 だが成長は早い。2,3か月で体重は十倍、ネコぐらいの大きさになる。 この間、母親は飲まず食わずで授乳を続ける。 春、さしもの皮下脂肪も使い果たしみじめにヤセ細って穴を出る。スキンシップ育児
クマの育児については、180頭のエゾヒグマを飼っている北海道登別の「クマ牧場」で観察した貴重な資料がある。
ここでは毎年1月になると、身ごもったメスグマが次々と「産室」−−つまり人口の穴ぐらに送られて子を産む。 母グマはただひたすらに小グマに乳を与え、ふかぶかとマタの中にかかえ込んで寒さから身を守ってやる。 どんな人工の暖房も、このスキンシップにはかなわない。
十数年前、牧場の飼育係が子を産んだばかりの母グマにエサを与えた。 ところがエサを食べに母グマが動くと、子グマは寒さに泣き叫び、数日後、ほとんどが死んでしまった。 その失敗にこりて、今は何も与えない。
産室の母子は4月までいっしょに暮らすが、野外シーズンの5月になると、小グマは「幼稚園」に移され、 粉ミルクで人工飼育される。産室から元の牧場にもどされた母グマは、しばらくは子を求めて 「ウォーン、ウォーン」と悲しそうになく。ことしは約30頭の子グマが群れをなして遊び回っている。共食いを防ぐチエ
クマはもともと孤独な動物である。 ヒグマのナワばりが、山の沢をいくつもかかえているのも、単独生活のためだといわれる。 交尾は5,6月ごろで、用事がすめばオスとメスはさっさと別居。冬ごもりでも、夫婦は同じ穴には入らない。 だから子グマは典型的な “母子家庭” で育つ。子連れのメスはオスを近づけない。 悲しいことに、オスは子供を “えもの” としてしか見ることができない。 “父子断絶” どころではない。子にとって、父親は最大の敵なのだ。
穴から出た子グマは、翌年春まで母親と一緒にすごす。 子供同士相撲をとったり、母親にとびかかったり、実によく遊ぶ。 だが、やがて母親はまつわりつく子グマをジャケンに突き放す。 仕方なく小グマはトボトボと親元を離れて行く。こうなると姿はかわいくても、もう猛獣だ。 こうして育児から解放された母親は、ふたたびオスに近づくことができる。 自然界の子別れは、種を維持するためのオキテであり、子らにとってはきびしい儀式だ。
| オ オ カ ミ |
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(写真説明)
顔つきは悪役だが、愛情はこまやかといわれるタテガミオオカミ(東京・上野動物園で)
イメージは悪いが
オオカミといえば「凶暴」「人間の敵」という言葉がつきまとう。 “送りオオカミ” “後門のオオカミ” “群狼(ぐんろう)” “オオカミ男”....。 ロクなイメージはない。まさに動物界切っての悪役である。 だがオオカミはいうだろう。「それはみんな人間の誤解だ」
事実、最近の生態観察などでオオカミに対する専門家の評価は一変している。 「最も家族の結びつきが強く、愛情こまやかな動物は?」との質問に、 動物学者たちの答えは圧倒的に「オオカミ」であった。
ふつう、オオカミは十頭前後の群れで生活する。夫婦と子、それに成獣となった子が加わった家族集団である。 夫婦は、おそらく生涯、一夫一妻をきびしく守る。 野生の動物では、一繁殖期に限っても一夫一妻は少なく、オオカミのような長期にわたる例はきわめて珍しい。やさしい教育パパ
出産は主として春、4〜6頭の子を産む。 メスが巣の中で乳を与えている間、オスは食糧確保に忙しい。 エモノの少ない北国の原野で、ときには一晩に数十キロも走り回って家族のために食べ物を持ち帰って分け与える。 離乳した子には、自分の食べものを吐きもどし、半消化のものを食べさせる。 もっとも、これは父親だけではない。 オオカミの群れでは、子供は群れの中のだれに対しても、たとえ一歳上の兄にでも、 口を接すれば胃の中の半消化の食べものを吐き出してもらえるのだという。
オオカミのオスはまた、動物界では珍しい “教育パパ” でもある。 最初は死んだエモノ、次に傷ついたエモノ、最後に無傷の子ヒツジなどを運んできて “実演” 入りでその “殺しと料理のハウツー” を教え込む。
“卒業試験” をパスした子供たちは、やがて両親や兄弟とともに狩りに出る。 群れはチームプレーでエモノを倒すことが得意だ。
一般にオオカミはイヌの先祖だと信じられている。しかし、これも最近では「間違い」というのが定説。 オオカミには元来、人間の住居近くをうろついたり、残飯をあさったりする習性がないことが、 その根拠とされる。
だが、オオカミとイヌの血縁が非常に近いことは確かだ。形態上の区別はほとんど難しい。 両者の間には雑種が生まれ、それも一代にとどまらない。 違うといえば、イヌが一夫一妻ではないということくらいだ。 イヌとオオカミとは、おそらく同じ先祖を持つ双子の兄弟のような関係だろうという。人間の犠牲になる
人間がオオカミに “悪のレッテル” をはったのは家畜を飼うようになってからだろう。 家畜を襲われた人間たちは怒り狂い、あらゆる方法でオオカミを “弾圧” した。 しかし、その発端も彼らの主食であるシカを人間が狩りつくしたためにほかならない。
北方に生きるオオカミには、なぜか冬眠の習性が与えられなかった。 そのため、親たちの負担も重く、さらにそれが絶滅の道に拍車をかける。 冬の雪原で目立ちやすく、群れをなすので一網打尽にされやすい。 日本では今世紀のはじめごろ北海道のエゾオオカミが絶滅し、本州のニホンオオカミも1905年以来確かな消息がない。 一部で生存説を唱える人もいるが、専門家は否定的。ヨーロッパや北米でも急速に絶滅に向かっている。イヌより心温かい
オオカミは、よく調べれば、人間を襲った確かな記録はほとんどない。 本質的にはイヌと同様に人なつっこく、子供のときから飼えばとてもよくなれる。 知能も高く、その愛情のこまやかさについてウォルト・ディズニーの依頼でオオカミの生態撮影をしたカメラマンのクライスラー夫妻は、 その著書「わが友・トリガー」で次のように書いている。
「ヤマアラシのトゲで傷ついたイヌのそばにつきそい、なぐさめたり、 仲間はずれの新入りのイヌが寒さにふるえているとき、よりそって寝てやるのは、 いつも私どもの飼っていたオオカミだった。 子犬が迷子になったときも仲間のイヌは平然としていたが、私たちのオオカミは一晩中おきて子犬を呼び、 戻ってきたときは、かけよってなめまわしてやった−−−−」
最近になってやっと目ざめた人間たちは、あわててオオカミ保護にのり出した。 だが、もうおそすぎるかもしれない。 せいいっぱい野性に生きた “悲運の貴公子” たちも間もなく力つきてしまうだろう。
| ラ イ オ ン |
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(写真説明)
ライオンのオスは “恐妻家” などといわれるが、実際は百獣の王の名にふさわしく、 大変な “亭主関白” だ(東京・多摩動物園で)
野生では亭主関白
百獣の王ライオンのオスは “ムコ養子” で “恐妻家”、おまけに “ぐうたら亭主” という評判だ。 恐妻家では、東京・上野動物園にいたナイロビとリリー夫妻がその典型。 気の強い細君のリリーは、エサなども自分だけさっさと先にたべ、ナイロビはそれが済むまで待っているというマナーのよさ。 それだけに夫婦仲は非常によかった。
だが、野生ではライオンは大変な “亭主関白” である。 エモノにもまっ先にかぶりつき、満腹になるまで妻子を寄せつけない。 待ちきれずに手を出して殺される子供もいる。
ライオンはネコ科では珍しく、群れをなすことが多い。 その構成はいろいろあるが、数頭のメスとその子供たちというケースがもっとも多い。 オスたちはこの群れの近くをうろついていて、発情期だけ夫婦になったら、メスを群れの中から連れ出して “ハネムーン” としゃれる。 また、群れに中にはいり込んで、数頭のメスを支配したりする。 形式的には確かにムコ養子に近いが、人間社会のように小さくはなっていない。シッポ使い子もり
子供はふつう2〜6頭生まれ、もっぱら母親が世話をする。面白いのは、シッポを使っての子もり。 母親がヒクヒク動かすシッポに、子供たちがじゃれ、先っぽをくわえたりして遊ぶ。 ときには、子ぼんのうなオスがこれをやることもある。
獲物をとるのも主にメスの役目。オスはたいてい寝そべって細君の働きぶりを横目でながめ、 食卓の用意ができるとまっ先に席につくのだから “ぐうたら亭主” といわれても仕方ない。 ときには夫婦が協力して狩りをすることもあるが、それもオスはエモノの追い出し役で、殺し役はメスである。 もっとも、手ごわい相手にはオスが主役となって戦い、外敵から一家を防衛することもある。 さすがに秘めた実力はあるようだ。
母親どうしの群れの場合は、とったエモノをほかの家族が食べても問題はない。 メスは別のメスの子もなめたり、乳をやったりしてかわいがる。 しかし、1頭の母親が年齢の違う2組の子を連れていることはない。 平均2年ごとの出産までに子供たちは独立してゆくのだろう。 そしてライオンの群れにはこのような若者だけの “独身クラブ” もよく見られる。 多くは兄弟とか、同じ群れで育った子供同士のようだ。 この若者たちは狩の仕方が下手で、失敗することが多い。 幼児から人間に育てられたライオンも動くエモノを追って押さえはするが、殺すことは知らずマゴマゴする。 だから、エモノをとることは本能ではなく、学習によるものといわれる。性質はおっとり型
ライオンはヨーロッパでも古くから「獣王」の称号が与えられていたし、アフリカでも神格化された存在であった。 その理由はやはり力とスピードをかね備え、地上最高の捕食者といわれるライオンの強さだろう。 一撃で雄ウシのクビを折り、自分の倍もある家畜をくわえたままサクをとび越えるともいう。 しかし、特別な事情がなければその強烈な攻撃力を人間に向けることは少ない。 性質は一般におっとりしていて安定性があり、サーカスなどでもならされやすいという。 エモノをとるときも、必要なだけにとどめ、トラのように殺せるだけ殺すという習性はない。 だからライオンが満腹しているときはシマウマやレイヨウ類もその気配を知っているのか、 平気で近くで草を食べている。
知能的にもライオンは王者の名を汚さない。 生活形態の違う動物の知能を比較することはむずかしいが、ライオンの知能は肉食獣ではトップクラスにランクされる。 イヌと比べてもまさるとも劣らないという。
この野生王国の支配者も、いまでは確実に減少の道をたどっている。 最も大型といわれた南アフリカのケープライオン、たてがみの立派な北アフリカのバーバリーライオンは、 いずれも絶滅し、現在、世界中のライオンは、一万頭に達しないとみられている。
| ゴ リ ラ |
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(写真説明)
二男坊にオッパイを飲ませるリン子には、育児のベテランの風格が....(高松・栗林公園動物園で)
名をあげたリン子
高松市・栗林公園動物園のゴリラのリン子(12歳)は、このところすっかり有名人(?)になった。 といっても、格別に芸をするわけではない。 さる6月7日に生まれた赤ちゃんを自分のオッパイで育てているという、母親としてしごく当然のことをしているだけである。
だが、動物園のゴリラが母乳で子を育てたのは日本ではこのリン子が初めてなのだ。 しかも、リン子は2年前の初産のときもちゃんと自分で育て、今度は2度目である。
ゴリラはもともと飼育しにくい動物とされてきた。 とくに繁殖はむずかしく、戦後の31年、アメリカのコロンバス動物園で子供が生まれたのが、飼育下では世界でも最初のこと。 自然哺(ほ)育に成功したのは、36年、スイスのバーゼル動物園が初めてである。
日本では、(昭和)45年の10月に京都市動物園で最初の子供が生まれたが、母親は乳を与えようとせず、 子供は仕方なく人工哺育されている。
一般に高等動物ほど本能以外の学習の領域が広い。 類人猿では、育児も親や仲間から見習わなければ自分の子の世話もできないというのがこれまでの学界の定説だ。 だから、初産から母乳で育てたリン子の例は世界的にも貴重なものである。 「できるだけ自然の状態にまかせた方がいいと思って、産前産後もオスを分離せず過度の干渉を避けたのがよかったようだ」 と栗林公園動物園飼育課長の香川一水さんは成功の秘けつを話す。顔に似合わず繊細
怪獣映画のはしりともいえる「キングコング」は、疑いもなくゴリラをモデルとしている。 ゴリラの “外ヅラ” は確かにいいとはいえない。 恐ろしい顔に厚い胸板、筋肉隆々とした体は見事な猛獣ぶりを印象づける。 「ゴリラ」という語感がそれに拍車をかけ「巨大なゴリラが人間を襲い、おそろしい怪力で八つ裂きに....」 などと冒険小説にも書かれる。
だが、実際のゴリラはしごくおとなしく、内気で善良な動物なのだ。 力は強いが、ヒョウやライオンまでも八つ裂きにするなどというのは、全くの作り話である。 ゴリラの飼育がむずかしいとされたのも、実は人間のこの無理解が原因。 狭いオリに押し込められ、見せ物として扱われることに、繊細なゴリラの神経は耐えられなかったに違いない。
だが、関係者たちの努力で、最近ではゴリラの飼育法も格段に進み、飼育下での繁殖もふえてきた。 しかし、人工哺育もなかなか骨が折れる。 ゴリラの子は、人間と同じようにカンシャクをおこしたり、スネて食べ物をとらずに病気になることがある。 飼育係は、いっしょになって遊び、さびしがらないように気を配らなければならない。
野生でのゴリラは、1頭のオスに数頭のメスとその子供たちで群れをつくる。 若いオスたちは単独で放浪し、ときおり群れにまじってついて歩く。 リーダーはメスを独占するわけではなく、放浪オスとメスの交尾もよく見られる。 群れの行動範囲は重なることが多いが、ナワバリ争いはやらない。 子供はオスともよく遊ぶ。子供のいたずらにも、オスはおこらずに相手をするという。ノイローゼもある
食べ物は果実、木の実や葉っぱなどで、野生では肉食はいっさいしない。 立ち上がって胸をたたく「ドラミング」は、緊張をやわらげるための動作で、自分の生活をじゃまされたときなどによくやるという。 威かく攻撃の前ぶれにもなるわけだが、理由なく人間を襲った例は報告されていない。
ゴリラは形態的には最も人間に近いという学者が多い。脳の容積は550ccあり、類人猿中で最大。 朝起きると両手を伸ばしてアクビをし、頭のうしろに腕を組んで寝っころがったり、不快なときにはマユを寄せる。 また、精神的な不安で神経性の下痢をし、世界各地の動物園でゴリラのノイローゼが話題になる。 ゴリラはいかにも人間臭い “素顔” をみせる。その中に人類の進化の歴史も刻み込まれている。
| シ カ |
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(写真説明)
シカはふつう母系家族。雄は “秋の試合” をめざしてツノをみがく(東京・多摩動物公園のヤクシカ)
出産期に蒸発の雄も
シカの雄にとって、秋は大事な季節である。恒例の「秋の試合」をめざして、雄たちは、ひたすらツノをみがくのだ。 トナカイを除いて、シカのツノは雄だけに生える。 ヨーロッパや西アジアの森林に住むアカシカのツノは、6対の枝を持って1メートル半にもなり、 北方に分布する巨大なヘラジカはシャベル状でさしわたし1メートルのツノを持つ。 しかも、このツノは毎年生えかわり、1年ごとに枝がふえる傾向もある。
シカは北半球に広く住み、種類も四,五十種類に分類される。 日本にも多く、ふつうニホンジカは北海道のエゾシカ、屋久島のヤクシカばかりでなく、 マンシュウジカ、タイワンジカなども含んでいる。 ツノのバランスがとれ、美しいシカの一種とされている。
シカの出産は5,6月が多い。 だが、この大事なときに雄たちは、家族を外敵から守ろうとしないばかりか、ひとりで蒸発してしまうこともある。
というのも、この時期はツノがまだかたまらず、血液が流れていて、ツノにさわられると痛いらしい。 雌たちに追われても逃げまわる始末である。“土地つき” が資格
秋になると石灰分も沈着し、血流も止まってようやくツノが完成する。 そこで “武器” にみがきをかけ、勇躍タイトルマッチに臨む。 雌を争って恋のサヤあてである。 試合に勝った雄は多数の雌を集めてハレムを形成する。 だが、これも “土地つき” でないと資格はない。 他の雄を追い出してナワバリを確保し、その中の数頭の雌を支配するのである。
戦いはかなり激しい。ツノを合わせて力のかぎり押し合い、ねじり合いが展開される。 だが、かなわないとみるとスタコラ逃げ出すので、殺し合いになることは少ないらしい。 死ぬまで戦うより、1年間 “浪人” して再起を期するほうが得策なのだ。 しかし、ときにはツノがからみ合って動きがとれなくなり、2頭とも餓死する悲劇もおきる。 また、中には要領のいいのがいて、2頭が戦っているスキにちゃんと雌をさらってしまうとか....。ツノ落ちて無気力に
発情期がすぎるとツノは落ちる。雄はまたまた無気力になり、すべての面で雌がリーダーシップをとる。 これはホルモンの関係とみられ、動物園などで人工的にツノを切ったときも同じ状態がみられる。 ツノは雄にとってはちょっとした “魔法のツエ” なのだ。 それにしても、あの立派なツノが外敵からの防衛にはほとんど無力で、恋にうつつを抜かすためというのだから、 かなり見掛け倒しである。
そんなわけで、シカの群れはふだんは母系家族で、年とった雌がリーダーになる。 だいたい一産1〜2子で、子供は4,5分ぐらいで立てるようになる。 だが、哺乳期間は母親は子供をくぼ地や茂みなどにかくし、ときどきお乳をやりにくる。 子ジカにはほとんどにおいがなくその白い斑点が木もれ日などの中では目立ちにくく、 親と一緒にいるより安全なのだろう。草食も母親のマネ
しばらくすると小ジカは自分で隠れ場所を捜して、ちょこんとひそむようにもなる。 東京・多摩動物公園で飼っているヤクシカも、子供が生まれて狭くなると、子ジカはサクの間から外へ出て、 近くの草むらなどにひそむようになったという。
子ジカが離乳して草などを食べるのも “学習” によるらしく、 人工飼育の場合はなかなか草を食べなくて困るという。 動物の子は親たちのマネをして育ってゆくが、人工哺(ほ)育などの場合は、哺育者を親だと思い、 人間の食べるものをマネして食べる。 飼育係が草を食べてみせるわけにもいかず、水牛の子などといっしょにして、草食動物であることを “自覚” させ、 やっと草を食べるようになってゆく。
| キ リ ン |
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(写真説明)
キリンの舌は、のっぽの体にふさわしく、とても長い(東京・多摩動物公園で)
450日もの妊娠期間
キリマンジャロの雪を背景に、地平線まで広がる緑の大草原。 この野生の王国で、キリンは欠かすことのできないスターである。
地上6メートルにも達する長い首と長い足、黄色地に茶色の鮮やかなアミ目模様−−。 造化の神の妙技をたんのうさせるキリンの姿は、アフリカを象徴する風景である。
長い首は “主食” のアカシアの葉を食べるのに適しているし、ライオンなどが近づくのを いち早く見付ける“監視塔” である。
それに、大きな目が顔のはずれの方にがんばっているおかげで、視野は300度もあるという。 後ろにも目があるのと同じで、逃げ出す構えは万全なのだ。
キリンのお産はかなりやっかいである。それは、その体つきからも容易に想像されるだろう。
妊娠期間は450日前後で、人間よりはるかに長い。 まず前足から出始め、頭に続いて長い首、そして肩が出て、2メートルの高さからドシンと 子供が生まれ落ちるまで3時間はかかる。 激しく、数10回に及ぶ陣痛に耐えかね、母親は、大きな目から涙を流すこともあるという。誕生後半日で走る
“キリン児” はすでに体高1.8メートル、体重50キロの大物。 30分ぐらいで立ち上がり、12時間もすればもう走れるようになる。
草食獣は一般に胎内で十分に育って、大きく生まれる。だからかなり難産のケースもある。 逆に肉食獣の子は小さく生まれ、親の保護でどんどん大きくなる。 そこには、食うものと食われるものの、きびしい野生のおきてがある。 強い親を持つ子はいい。だが、逃げ足だけが武器の動物では、子供は親の負担になることは許されない。 生まれ出たそのときから、親といっしょに逃げなければならない運命を背負っているのだ。熟睡せずに警戒
熱帯の大型動物には珍しく、キリンはほとんど水浴をしない。 細長い体のおかげで体表面が大きいのがその秘密。疾走して体内にこもった熱も、またたくまに発散される。 いわば空冷式の体なのだ。子供は首を折りたたみ式に背中にのせて寝るが、おとなはほとんど熟睡しないという。 ぐっすり眠っていたのでは命がいくつあっても足りないのかもしれない。
キリンの群れの構成はよくわかっていないが、母系集団らしい。オスの群れはその周辺にいて、 強いオスだけがメスの群れに近づくことができる。だが、その強さの順位は絶対ではなく “政権交代” も始終ある。 キリンの発情期は1年中で、個々にズレがあり、発情したオスが強さを発揮するらしい。 だから、オスはだいたい順番にメスに近づくことができるのだろう。
メスと子供の群れも、結びつきはルーズだといわれる。何となく集った集団で、親子の関係もわりに淡泊だという。
多摩動物公園でもそんな例が見られる。ナガイ(6歳)とピン子(7歳)はほぼ同時に子供を産んだが、 ピンコの子もナガイから乳をもらっていた。もっともピンコはどちらかというとひ弱で、 乳の出が少なかったためなのかもしれない。
だが、キリンの親子のつながりが薄いという説には反対意見もある。 キリンが追われて逃げるとき、われ先には逃げず、1番足の遅い子に歩調を合わせて走るという話がその1つ。 また、子供が人間にとらえられたとき、母親らしい1頭だけが逃げずに近くの木のかげから いつまでも子供を見守っていたという。
その苦しいお産を思えば、連れ去られる子を見送って、夕暮れのサバンナにションボリ立ちつくす母親の姿は、あわれである。
| カ ン ガ ル ー |
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(写真説明)
袋にはいれなくなったあとも、親をしたうカンガルーは甘えん坊だ(東京・上野動物園で)
豪州に多い有袋類
カンガルーは手品師である。出産の “現場” を決してタネ明かしせず、いつのまにか袋の中に子供を入れてしまうのだ。 そのため、子供がどうやって親の袋の中にはいるかは、長い間、動物学上のナゾとされ、論争の対象となっていた。 世界中の関係者たちは必死にその現場をみたいと望んだが、カンガルーは容易に秘密のベールをはがそうとはしなかった。
子供をおなかの袋で育てる動物は、ほかにもたくさんいる。それが、ほとんどオーストラリア周辺にいる。 この大陸に住む一見ネコやオオカミ、キツネ、ウサギと思われる動物が、みんなおなかに育児袋があるのだから、 17,8世紀にこの大陸を訪れた白人たちは驚き、動物界は新種発見ブームにわいた。 さらに、哺乳類のくせに鳥のようなクチバシを持ち、卵を産むカモノハシとハリモグラもオーストラリア原産である。
最も進化した高等動物といわれる哺乳類は、子を乳で育てることと、毛が生えていることが大きな特徴とされる。 次いで、母親の胎盤の中で子が育って生まれる胎生も大きな共通点。 その例外がカモノハシなどの単孔類、やや例外的なのがカンガルーなどの有袋類で、哺乳類の中でも他の真獣類と区別され、 原始的な種類とされる。だから、オーストラリアのフクロオオカミ、フクロギツネ、フクロモモンガ、フクロムササビ、 フクロネコ、コアラ、タスマニアデビルなどは、形態は他の大陸の動物に似ていても、分類学的には大きく区別された別の動物なのである。30日たらずで出産
カンガルーも骨盤が未発達で、30日足らずの妊娠期間で生まれるので、子供は非常に小さい。 小指の先ほどの大きさで、重さはわずかに2〜3グラム。 ピンク色の肉塊にすぎない。成獣は人間なみの体重にもなるので、子供は親の3万分の一というわけだ。
結論から先にいえば、カンガルーの子は、自力で親の袋にはい上がり、その中の乳首に吸いついて大きくなる。 これが確認されたのは、一般には1933年、ドイツのハーレ動物園でシャーフという画家がその様子をみて写生したのが最初だといわれる。 だが、実際には1913年から26年ごろまで、アメリカなどで「自力説」の報告例が数件ある。 それにもかかわらず長く論争が続いたのは、カンガルーの子がとても自力ではい上がれるとは思えないほど小さく、未熟なことと、 写真など証拠になる材料がなかったためである。
日本でも、その現場をひと目見ようと、関係者の努力は続いた。とくに札幌市の丸山動物園や 東京の多摩動物公園などでは、子飼いのカンガルーを使って袋の中を自由にのぞいたり、さわったりできるようにならし、 観察班が交代で見張りを続けた。
だが、どこでどういう手を使ったのか、気がついたときには子供は袋の中にはいっている−−−。 ときには生まれたての子が袋の外に落ちていたり、4,5ヶ月になって袋から落ちた子を人工飼育で育てたことはあったが、 出産現場はみることができない。
初めての目撃はほとんど偶然に近かった。2年前の(昭和)46年6月27日、東京・上野動物園で、 2人の飼育係が観察中、ナナという6歳のワラビー(小型カンガルー科の一種)が子を生み、伝えられていたとおり、 小さな小さな肉塊が頭をふりふり母親のおなかをのぼっていったのだ。 これは写真撮影にも成功した。観察班を組織して10ヶ月目のことだった。休むひまなく育児
子供は5ヶ月もすると袋の中からときどき顔を出し、あたりを見まわすようになる。 そのころにはもうすっかりカンガルーらしい体形に育っている。 それから40〜60日もたつと、袋の外へ出て、母親のそばを動きまわったりする。 しかし、驚いたりすると、すぐまた袋の中にとび込んでかくれてしまう。 大きい後脚や太い尾が入りきらず、袋の中でもがくこともある。母親の方はたまったものではない。
生まれてから8ヶ月もすると、もう袋にはいることはほとんどないが、 まだしばらくは袋の中に顔をつっ込んで乳を飲む甘えん坊ぶりがみられる。
カンガルーは、子が袋の外に出ると、翌月には次の子が乳房に吸いつき、 そのときにはさらに次の子が子宮の中に “待機” しているという。 だが、これは飼育下で確認されたことで、野生では、はっきりしたことはわからない。 いずれにしろ、カンガルーの母親が育児の苦労から解放されるヒマはあまりないようだ。
| サ イ |
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(写真説明)
母子がピッタリ寄りそい、父親を寄せつけない(大阪・天王寺動物園で。向こう側がバーバラ、手前サッちゃん)
1歳半で600キロ
大阪・天王寺動物園に、いま日本でただ1頭のサイの子がいる。 クロサイのサイタロー(10歳)とバーバラ(11歳)夫婦の間に、昨年2月生まれた「サッちゃん」である。 1歳6ヶ月になったサッちゃんはすでに体重600キロ、ツノも10センチほどになった。それでもまだ母親にピッタリ寄りそい、 母親もその鼻づらをなめてかわいがっている。
ところが、父親サイタローは、2頭から5〜6メートル離れたところでこの様子をうらめしそうに見守るだけ。 ちょっとでも近づこうとすれば、たちまちバーバラにツノで追い払われる。
この2頭、8年前にアフリカからつれてこられ、ずっと一緒にいるいわば幼なじみの夫婦。 それなのにバーバラが夫君を寄せつけないのにはワケがある。
16ヶ月の妊娠期間を経て生まれたサッちゃんは、3〜4時間もすると立ち上がってお乳を飲みはじめ、母親について歩くようになった。 そのサッちゃんを、サイタローは激しくツノで突き、堀の中に突き落としてしまったのだ。 育児に夢中のバーバラが、自分に冷たくあたるのにカッとなったものらしい。 そのためこの父親は一時別居させられ、いまだにバーバラの信用は回復していない。ほとんど一人暮らし
サイには、ヨロイカブトに身をかため、草むらをかけめぐる戦国武将のおもかげがある。 いかにも厚く、がん丈そうな皮膚、1本ざし、あるいは2本ざしのツノ、群雄割拠してそれぞれ領地を守り、 他のものを寄せつけない。 じゃま者がこようものなら一直線につきかかる−−−凶暴、粗野なイメージである。
たしかにサイは孤独な動物である。クロサイ、インドサイでは、子連れのメス以外はほとんど一人暮らしで、 水飲み場などに数頭集っても、用がすめばまたそれぞれの方向に歩み去る。 とくにオスは子供などにかかわっているわけにはいかない。 成長した子供は、父親にとってもライバルになりかねない。
サイはひどい近視だ。そのため大半はにおいと音にたよっている。 やたら突きかかるのもそれが原因らしい。敵らしきものが近づくと、相手をよく確かめもせずに突進する。 そのため、人間に向かってくることもあるし、列車やジープなどに体当たりすることも確かにあるようだ。 かなりなオッチョコチョイだが、性格はそんなに凶暴ではなく、本来は平和な菜食者である。 とくにからだの大きいシロサイは温和だ。
だが、結婚にはサイはいささかの妥協もしない。「この相手こそ」と思うまでジッとがまんする。
サッちゃんは、神戸の王子動物園に次いで2頭目の日本生まれの子。 それほどサイの繁殖はむずかしい。 気にいらないお嫁さん候補をツノで突きまくって重症を負わせてしまうこともあり、 5〜6年もサクごしに見合いをさせてもまとまらなかったケースもある。情熱的ランデブー
野生での求愛も、まず、どちらかの体当たりで始められる。 ツノつき合せ、ぶつかり合い、追いかけまわし、まるで乱闘のような情熱的なランデブーが展開される。 その途中でちょっとしたことから本物のケンカになり片方が死ぬこともある。
現在、多くの野生の動物たちが減少の道をたどっているが、 最もそのスピードが速く “幻の巨獣” になると心配されているのがこのサイである。 ごく最近の調査では、アフリカのクロサイは1万頭、シロサイは3千頭、 インドサイはスマトラサイ、ジャワサイを合わせても750頭ぐらいに減っているという。 ツノが強精薬として人間にねらわれた不幸のほか、その愛憎の激しい性格が自ら破滅の道を突っ走る結果になったのであろう。
| コ ウ モ リ |
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(写真説明)
“悪魔の申し子” といわれるが、実際は害虫を食べる有益な動物(東京・多摩動物公園のオオコウモリ)
人間には有益動物
コウモリは、空中に進出したただ1つの哺乳類で、鳥になりかけたけものである。 西欧では “悪魔の申し子” といわれるが、なるほどと思われる点も多い。 不気味な顔と、グロテスクな体つきのほかに、その習性も他の哺乳類とはかけ離れている。 夜よりも暗いほら穴を自由にとびまわり、さかさまにぶら下がって眠り、日暮れとともに活動を開始する。 しかも、動物の生き血を吸って暮らしている種類もあるのだから、悪魔の資格は十分である。 だが、人に害を与えることは少なく、むしろ害虫を食べる有益な動物である。
分類学的には翼手目としてまとめられるが、種類は非常に多く、ふつう180属、800種以上に分けられる。 哺乳類としては、リス、ネズミ、ビーバーなどの齧歯(げっし)目に次いで多種類だが、これがすべてコウモリとしてまとめられる点も珍しい。
ほとんど世界中に分布し、暑い地域ほど数が多い。 日本では約30種が知られているが、最も一般的なのはアブラコウモリである。戦前の百分の一に
この種類はイエコウモリともいわれるとおり、人家の板戸の間や天井裏などに住み、主として虫を食べて生活する。 古い家ばかりでなく、建てたばかりの家にもはいり込み、都会にもまだいるという。 国立科学博物館動物研究室長の今泉吉典さんのところにも「コウモリが住みついて困っているが、 どうやって追い出したらいいのか」という電話の問い合わせがあるという。
今泉さんにすれば、せっかく住みついたものをジャケンに追い出さないでほしいという。 都会にいるといっても、全体的には減る一方。今泉さんがさがして歩いた感じでは戦前の100分の1ぐらいに減っている。 農薬の普及で虫がいなくなったこと、住み家となる木が少なくなったことなどが原因で、 コウモリにとってもいまの世は住みにくいらしい。
コウモリの出産は6〜7月ごろが多い。ふつう1産1子だが、アブラコウモリなどは3,4子の場合もある。 出産時は4本の手足で天井などからぶら下がり、飛膜を広げてその上に生み落とす。 子は鋭いツメと歯で母親のおなかにしがみつき、母親はそのままとびまわってエサをさがす。 アカコウモリなど、自分より重い子供たちをぶら下げてとぶ場合もある。子供見分けるナゾ
3〜4日して子供がしっかりしてくると、母親は子を置いてエサをとりに出るが、コキクガシラコウモリや ユビナガコウモリのようにほら穴に大集団をつくって住むものでは、何千匹という子供だけの集団が残されることにもなる。 真っ暗なほら穴で、まだ無毛の子供たちが天井にうごめくのはまさに異様な風景だが、 どう見ても区別がつきそうもないこの子供たちを、親はどうやって見分けるのか、学者の間で論争が続いている。 とくに自分の子をさがすのではなく、だれの子でもかまわず乳をやるのだという意見もあるが、 親はたしかに自分の子をさがし出すという意見が強い。だが、その方法はわかっていない。
コウモリの集団はほとんどメスだけの集団で、オスは勝手気ままに生活しているらしい。 アメリカのオヒキコウモリは、テキサスのほら穴などで100万もの大集団になり、 秋にはメキシコの方に “集団移動” する。 鳥の “渡り” と同じで、温帯に住むコウモリの一般的習性だが、この渡りも主としてメスで、 大部分のオスはこれに加わらない。
中南米に住むチスイコウモリは、文字通りの吸血鬼。食物は血液だけで、ほかは何も食べない。 ウシなどの大型の家畜を襲い、前につけておいた傷口に毎夜かみついて血を吸う習性があるという。 ときには、自分の体重と同じぐらいの血を吸い、からだが重くなりすぎてとぶことができず、 襲った動物のそばにひっくり返っているもある。 たまには人間が襲われることもあるが、眠っている間で気づかないことも多いという。 むしろ病原菌を運ぶことで恐れられている。
| ゾ ウ |
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(写真説明)
暑い。水浴びも寝ころんで−−−。地上最大の “巨漢” だけに、その世話は大変である(東京・上野動物園で)
東京・上野動物園のゾウの運動場の前に立て札が立っている。手カギを使っての訓練の必要性を説明したものだ。 3年前になるが「ゾウをいじめる飼育係がいる。クビにしろ」という投書がきっかけだった。 そのころ、インディラ(メス、当時36歳)が腰を痛め、横になって寝ることができず、かなり衰弱していた。 自分では横になろうとしないインディラを、何とか休ませようと訓練していたのを見ていた人が勘違いしたらしい。
ゾウはおとなしく、よくなれる動物である。多勢の子供たちがあちこちさわっても平気だし、 背中にのせて歩いたりツナ引きなどもする。だが、ゾウには猛獣としての一面もある。 その飼育には、愛情とともに厳然とした態度も必要なのだ。事故はオスに多い
とくにオスは危険で、死傷事故も多い。昨年の5月、北海道・旭川市の旭山動物園で、 8歳のオスが飼育係をキバではねとばし、死亡させる事件があった。 また、その2ヶ月前には、スイスのバーゼル動物園で、オスのカトト(20歳)が、主任係員を攻撃したため薬殺されている。 2件とも、いつもはおとなしく、よくなれたゾウだった。
上野にいるオスのメナム(9歳)も時々攻撃的な態度をとるようになったため、昨年の6月、 キバを短く切断されてしまった。メナムの場合、小さいときから手がけている主任の大塚和夫さんには絶対服従だが、 飼育係に自分で順位をつけ、新人に対して攻撃することが多い。
オスゾウが、荒れるのは、ムスト(あるいはムッシュ)といわれる一種の発情期。 カトトも、発情期の衝動に耐えきれず、自分でもわからないうちに事故を起こしたのだろう。 人間の都合でとじこめられているわけだから、同情すべき点もある。 また、ゾウはオスで体重5〜7トンにもなる。地上最大の巨漢。百獣の王ライオンもふみつぶす力がある。 ゾウにすれば軽く押したつもりでも、人間には思わぬ打撃になる。 だから、これをもってゾウが凶暴だということはできない。子連れのサイが突進してきても、相手にしない。 争いを好まない野性の姿に、本当のゾウらしさがあるともいえる。
体が大きいから、妊娠期間も2年近い。一産一子で、子供は80〜100キロ、12〜13歳で性的に成熟するが、 体は25歳ごろまで成長を続け、寿命は50〜70年といわれる。このサイクルは最も人間に近い。
群れは原則としてはやはり母系集団。 リーダーは、以前は大きなオスだといわれたが根拠はなく、実際は年長のメスというのが定説。水と食求めて放浪
ゾウは、ねぐら定めぬ旅がらすで一生を送る。なにしろ1日2〜300キロの草を食べ、100リットルの水を飲む。 1か所に長居していたのでは、すぐに餓死してしまう。水と食糧を求めての旅なのだ。
出産するメスは少し群れを離れ、深い茂みなどにはいる。子供は2日もすれば歩けるようになるが、 それまで群れは近くでとどまっている。
インドゾウは、妊娠の後半になると他のメスが介添役になり、出産時には助産婦にまわり、 生まれたあとでは乳母となって一緒に子の世話をする。
また、ゾウにはこういう助け合いの確かな報告がある。 川などに落ちた子を2頭のメスが協力して助けあげた現場は写真にもとられたし、 傷ついたオスを他のオスたちが支えて逃げたり、からだの弱くなった老獣に若いオスが終始つきそっていたこともある。ゆき届く母の教育
母親の、子に対する教育もゆき届いている。川を渡るときなど子をハナで抱いたり、背中にのせたりもする。 子を足の間で押さえて頭から水をかけてやることもある。 また子供のイタズラがすぎると母親がハナで罰を与えるともいう。
ゾウの頭脳は5キロもある。からだに対する比率では類人猿などには及ばないが、 草食獣では抜群の知能を持つことは疑う余地がない。 ゾウのみせる行動も、その知能の高さを考えれば説得力を増すように思われる。
| ア シ カ |
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(写真説明)
オッパイ飲んでおなかは一杯だし、これからお母さんとお昼寝(京都市動物園で)
1頭のオスが支配
ヒレ状の短い足でヨチヨチ歩き、玉突きなどの曲芸をするアシカは、ひょうきん者で芸達者。 サーカスや動物園で芸をしているのはこれで、子供たちの人気者でもある。
ところが、アシカ社会をのぞいてみると、そこは1頭のオスが完全に群れを支配し、 10数頭のメスを独り占めするハレム社会である。
京都市動物園のアシカ池。ここには現在、ひときわ大きいボスを中心に、もう1頭のオスとメス4頭、 ことし生まれた子が3頭、去年の子が1頭、計10頭が住んでいる。 4頭のメスは全部ボスの妻で、子供たちは異母兄弟。 もう1頭のオスは、前のボスと最古参のメスとの間の子だが、いまや完全にのけ者扱いで、体も小さく、 いつもオドオドと逃げ回ってばかり。飼育係たちは彼のことを “日陰者” と呼んでいる。 ボスに監視されているのでエサも十分に取れず、メスに近寄ることもできないので、 栄養不足とストレスで成長しないのだという。
アシカ社会ではメスの地位はすべて平等だが、オスの生存競争はかなりきびしい。 ハレムの王様か、群れから疎外されてアウトローの境涯に落ちるか、2つに1つである。敗者にはきびしい
ふだん彼らは魚群を追って太平洋を回遊し、繁殖期になるとアメリカのカリフォルニア沿岸や 赤道直下のガラパゴス諸島に到着する。 そこで5,6歳以下のオスは10数頭に及ぶメスの所有権をかけて激しく争う。 負けた者は群れの外側に追い出され、独身生活を通しながら外敵にも備えなければならない。 強者はエサをたくさん食べてますます強くなり、弱者は一生日の目を見ずに終ってしまう。 非情な話だが、これが強い子孫を残すための自然のメカニズムでもある。 アシカの仲間であるオットセイ、トド、あるいはアザラシなども同じような習性をもっている。
アシカとオットセイは非常によく似ているが、オットセイの方がひとまわり体が小さく、首が短くて丸顔。 国際保護条約で捕獲は禁止されており、日本では江の島水族館にしかいない。
アシカの出産は5,6月。メスはハレムに入るとすぐ、前年身ごもった子を生む。 子供は2,3日から1週間ぐらいで泳ぎを覚える。 最初は陸の上をヨチヨチ歩き回っているうちに、ポチャンと水に落ち、びっくりしてバタバタもがく。 するとサッと母親が近寄ってきて、口の先で持ち上げてやる。しばらくたつとまた落ちる。 その繰り返しで次第に水に慣れ、元気に泳ぎ回るようになる。ボスはシット深い
ボスはシット深い専制君主だが、メス同士は仲よく平和共存している。 同じ年に生まれた子供は、体も顔もよく似ていてまぎらわしいが、彼女らは絶対に自分以外の子にお乳を飲ませたりはしない。 お乳を求める自分の子供の鳴き声を実に敏感に聞き分ける。 子供1年ぐらいするとエサのとり方を習って乳離れするが、次の子が生まれなければ、 1歳半ぐらいになってもまだお乳を飲んでいる甘えん坊もいる。
育児はすべて母親まかせ。父親は大声で吠(ほ)えて威張っている。 子供もこわいのかあまり近寄ろうとしないが、中には眠っているスキをねらってお父さんの背中に乗りに行くイタズラッ子もいる。 そんなとき、父親は気づいても薄目をあけて知らぬふり。子供たちのなすがままにさせている。
彼らの脳は、体のわりに大きく、記憶力もよい。 一度覚えた曲芸は一生忘れないという。
| イ ノ シ シ |
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(写真説明)
“猪突猛進” というが、イノシシの子が、お乳を求める姿はあどけない(東京・多摩動物公園で)
絶滅した地区にも
神奈川県の丹沢周辺地区には「嫁に行くならイノシシのいないところへ」という言い伝えがある。 農山村に住む人たちのイノシシに対する感情を表した言葉だろう。 イノシシは作物を荒らす “害獣” として憎まれ、狩猟の対象になっている。 「シシなべ」としてその野趣あふれる味が歓迎されることも、イノシシ狩りに拍車をかける。 一説では、毎年4万頭が食通の口におさまる。
それにもかかわらずイノシシは10万頭から減ってはいない。むしろ、最近はふえつつあるらしい。 東北地方では明治の半ばごろに絶滅したともいわれるが、最近は岩手や福島などでも見られるようになった。 減少を続ける大型の野生動物としては珍しい現象である。用心深くてチエ者
イノシシは、ただ勇猛なだけの “イノシシ武者” ではない。かなり用心深く、なかなかのチエ者である。 巣の近くにくるとヒヅメを立てて足跡を残さない。ヤブを抜けるにも音を立てず、きわめて敏感なきゅう覚で、 危険を感じると、さっとあと戻りもする。
インドでは、イノシシがトラのエモノを奪うこともある。 あるハンターの目撃談によると、水牛の死体のそばでトラがくるのを待っていたところ、3頭のイノシシが来た。 そのうちの老いたメスは茂みのかげですばやく動いたり、叫び声をあげてみたりしてから水牛の死体を食べ始めたという。 トラがいるかどうかたしかめたらしい。 イノシシは “低能” と思われがちだが、かなりの知能的動物である。 その証拠に、ブタに芸を仕込むと、けっこう覚える。
用心深いイノシシも、一度敵に向かえば、“武者” の本領を発揮する。 鋭いキバをふり立てての猛進だ。キバは下の門歯と重なるように伸び、つねに接している。 不意の戦いにも備えをおこたってはいない。 一撃でウマを倒し、百戦錬磨の老獣になると、無敵のトラにも重傷を与え、引き分けたりするという。 だからクマやヒョウ、オオカミなどの第一線の猛獣も、イノシシの成獣には手を出さない。 だが、めったに人間に向かってくることはない。屋根のある巣まで
イノシシは、巣をつくることと、多産であることで、有蹄(てい)類の中では異色の存在だ。 カヤの茂みや、山の中腹などに浅く土を掘り、草などを敷いて寝床をつくる。 蚊やブヨの多い地方では枯れ草で屋根もつくる。 子供はふつう5〜7頭だが、ときには10頭以上も生む。 地方によっては年2産にもなり1年半で性的に成熟するので繁殖力は大きい。 巧みな生活力とこの繁殖力が、人間に狩りたてられながらイノシシが生きのびられる武器である。
だが、動物園ではその多産がかえって障害になることもある。 多摩動物公園でもことし4頭が計29頭の子を生んだが、育ったのはわずか4頭だけ。
動物園でもワラを入れてやると巣を作るが、出産期の重なったメスが、いい場所をとろうとして争い、 育児のジャマをするらしい。それに、一緒にいるオスが巣に突っこんで子を踏みつぶすこともある。 もっとも、繁殖の経験のあるオスはそんなことはしない。
野生では40〜50頭の集団をつくるが、それほど争いはないらしい。 群れの構成はよくわからないが、オスの成獣は加わらず、1頭でいることが多い。害虫、ネズミには敵
イヌとオオカミの関係と違い、ブタはイノシシを家畜化したものであることがはっきりしている。 シシなべにするためイノシシを飼育していると、だんだんブタ肉的になり、独特の野趣が失われるという。 イヌが家畜となって発情回数がふえたように、ブタもイノシシよりさらに繁殖力が強い。 ふつう6〜8子だが、26子という記録もある。出産も年2回がふつうで、子を早く分ければ、 年3回にもなり、子は6ヶ月で成熟する。
だが、ブタの行く末はご承知のとおり。人間に憎まれ、狩りたてられても、 自然界にいる方がやはりイノシシには幸せといえそうだ。 ついでにイノシシのために弁護すれば、イノシシは畑の害虫のサナギを食べ、ネズミも駆逐する。 作物を荒らすだけではない。
| ト ラ |
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(写真説明)
気性の激しさ、敏しょうさからライオンをしのぐ猛獣ともいわれるが、一面神経質で臆病なところもある(東京・多摩動物公園で)
トラは、最も猛獣らしい猛獣といえるだろう。 よくライオンとどちらが強いか論議されるが、トラの敏しょうさ、ライオンの力強さのどちらにも支持者がいる。 おそらく甲乙つけがたいところだが、気性の激しさという点ではトラの方が上だといわれる。 人食いトラの話も多く、1920年ごろ、インドとネパールで436人を食い殺したメストラの戦りつ的な記録もある。ゾウも犠牲になる
10倍以上も大きいゾウも、ときにはトラに食い殺される。 インドゾウのメスはキバもないし、ゾウとしてはからだも小さい。 お産のときに他のメスがつき添うのは、トラを警戒してのことでもある。 サイやヒグマといったチャンピオンクラスも、しばしばトラのエジキにされてしまう。
だが、トラは神経質で意外に臆病な面もある。つねに緊張し、むしろビクビクしているようにみえる。 結婚相手を選ぶのも慎重で、動物園ではなかなか繁殖しなかった。だから “トラの子” は貴重なのだ。
トラはふつう3,4頭の子を生むが、野生でも2頭以上の子をつれているメスは珍しい。 子供は、ハイエナやジャッカルに食べられたり、オスが殺してしまうこともある。 母親からエモノのとり方を習い、2年ぐらいで独立するが、成熟しきるまではスイギュウやイノシシ、 ドール(イヌ科、別名アカオオカミ)など強敵が多い。 無敵のトラに成長するのは、“トラの子” の中でも限られたエリートなのである。10年間に43頭生む
(昭和)35年7月、上野動物園のチョウセントラ、「ワン」と「シェフ」の間に4頭の子が生まれた。 歴史の古い上野動物園でも、これが初めてのトラの子だった。
ところが、その後シェフは、45年までの10年間に12回、合計43頭の子を生んだ。 1組の夫妻としては世界的な記録だという。
子を生むのは得意なシェフも、育児は苦手らしい。 マイクの音などに気をつかって落ちつかず、乳の出も悪い。 仕方なく人工哺(ほ)育をするが、肉食獣の子は、牛乳では成分が薄すぎてうまく育たない。 そこで同じ肉食獣のイヌが乳母がわりに使われる。 動物愛護協会に迷子イヌとして飼われていた「ビンゴ」は、乳母犬として申し分なかった。 シェフの3回目の子を4頭も母親がわりに育てたのだ。 乳を飲ませ、なめまわし、フン尿の世話まで全部やった。
4ヶ月もすると、もうトラの子たちはビンゴを上回る大きさになり、肉も食べ始めた。 つとめを終ったビンゴは、新しい飼い主にもらわれ、何度もあとをふり返りながら動物園を去っていった。育ての犬に甘える
それから2ヶ月。ビンゴは再び動物園を訪れた。 さびしそうなビンゴをあわれんで、飼い主が “養子” たちに会わせに来たのだ。
ビンゴをオリの中に入れるのはかなりの冒険であった。なにしろ相手は猛獣なのだから。 しかし、ビンゴは中にはいりたがり、関係者も彼女の意を尊重した。
そのとき残っていた3頭のトラたちがビンゴに一直線にとびついていったので、見物人の中からは悲鳴が上がった。 だが、倒れながらビンゴは大きくシッポを振っていた。トラたちは “養母” を忘れてはいなかったのだ。 3頭はじゃれ合い、顔をすり寄せて実の親子そのままであった。 トラたちはビンゴについて走り、特有の甘えた声を出してからだをなめてもらった。これがトラの一面でもある。
大きくなったトラたちは外国の動物園にもらわれて行った。 ビンゴも昨年春に死んだが、いま上野の猛獣舎には、(昭和)45年に生まれたシェフの最後の子「ケロ」がいる。
老齢のシェフから未熟児として生まれたケロは、クル病にかかり、骨がやわらかくなってなかなか歩くことができなかった。 すぐカエル(フロッグ)の子のようにペシャンとつぶれてしまうのが、ケロの名の由来である。 飼育係たちは茶筒を利用してコルセットをつくり、毎日ケロの足をマッサージした。 痛い訓練にもケロはよく耐え、2ヵ月後にはしっかりした足どりで歩けるようになった、
いま、上野の猛獣舎は工事中で見物はできないが、来春には立派に成長した若トラ、ケロの雄姿がみられるだろう。
| ビ ー バ ー |
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(写真説明)
ビーバーは建築の天才。岸辺に立派なマイホームを造り、ナワバリをおかす者を攻撃する(東京・上野動物園で)
建築チャンピオン
もし、動物界で技能オリンピックがあるなら、建築部門の金メダルは、間違いなくビーバーが獲得するだろう。 彼らはおそるべき建築家である。
北半球の寒帯林の川や湖沼に住むビーバーは、その岸辺に穴を掘って巣をつくる。 入り口は水中で、数か所ある場合もある。 はいるとすべて “玄関兼洗面所” に通じ、そこで彼らは水をふるい落とす。 その奥には1段高くなった “居間” が続いている。 また “離れ” ともいうべき袋小路になったかくれがを数か所つくることもある。 そして、数メートル先の地上に抜ける “裏口” まで用意されている。 この抜け穴は換気の役目もし、その出口は小枝などを積み上げてかくし、屋根のかわりにもなっている。
土地が低かったりして巣がつくれないときは、適当な湖沼のまん中に “ビーバー小屋” を建てる。 平たく長いシッポと足で底の土砂を盛り上げ、その上に小枝や棒切れをドロでかためるという方法で玄関や居間をつくる。 出入り口は水の中に抜け、上には屋根も忘れない。 天井までの高さは1〜1.5メートル、小屋の直径は2.5〜3メートル。村にダムをつくる
広い湖沼では、一定のナワバリ水域をおいて、いくつかの小屋が建ち “ビーバー村” ができる。 面白いのは、家族や村の住民たちが共同でつくる “ビーバーダム” である。 これは川につくることもあり、渇水期に水位が下がらないようにするためのものだ。 水中で木や石を土で固定して土台とし、その上に枝をかなり複雑に組み合わせた本格的なもので、たいてい小屋の下流につくられる。 北アメリカでは基底の幅7メートル、頂部の幅1.5メートル、土台からの高さ4.3メートル、長さ630メートルという驚くべきビーバーダムがみつかった。
彼らの技術と根気はすばらしく、木を運ぶために運河をつくることもあるという。両親と子らで一家
ビーバーは両親と子供たちの一家を単位として生活する。春から初夏にかけて2〜5頭の子が生まれ、 前年生まれの子はまだ家族として残るが、3歳になると独立するらしい。
北アメリカで観察された例によると、子は毎年生まれ、夫婦は長く一緒に暮らす。 独立する子の数は、生まれる子の数によって違い、毎年その家族は12頭という数を保っていた。 しかし、、16頭に及ぶ家族もあり、もっと少ない場合も多い。
一家はきわめてマイホーム的で、父親がリーダーとなって絶えず家やダムの補修をする。 子供は、まず泳ぎ方から始まって、木のかじり方、小屋のつくり方など、主として父親から習う。
ビーバーの門歯は強大で、木を切り倒すオノを身につけているようなものだ。 1家族で1日に157本のシラカバをかじり倒した例もあり、直径10センチぐらいの木は15分で倒すという。 倒した木はさらに小さくかみ切って巣に運び、食糧や建材にする。 ビーバーが木を倒してできた林間のあき地は “ビーバーの草原” といわれ、ときには百ヘクタール以上に及ぶ。
子供が独立するころは雪どけで水路も多いが、成獣はそれぞれマイホームを守り、 ナワバリの水域に他人が侵入すると攻撃する。 新米の “社会人” には世間の風は冷たく、土地ならぬ水域確保も楽ではない。 しかし彼らには自分で家を建てるだけの才覚がある。だからそれほどあわてもせず、 ゆうゆうと新天地を求めて旅に出るのである。
| パ ン ダ |
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(写真説明)
パンダは鈍重な動物といわれるが、自分でいろいろ遊び方を工夫し、知能程度は低くない。 タイヤで遊ぶカンカン(東京・上野動物園で)
世紀の珍獣といわれるパンダが昨年の10月28日、上野動物園に着いてから、10ヶ月が過ぎた。 人気は相変わらずで、暑い夏にもかかわらず、動物園は大変なにぎわいをみせている。1日16時間寝る
パンダ舎の前で「ワァ! かわいい」と嘆声がもれる。だが、たいていこんな声もまじる。 「パンダちゃん、いつも寝てるのね」−−−−。 その寝姿のかわいいこと “ヌイグルミ” の動くのを見たいと思うのもしごく当然のことだろう。
だが、このパンダ、夜行性のうえ、無類のネボスケときている。朝9時ごろエサを食べたあと、 30分ぐらい運動するが、そのあと夕方の食事どきまでまたおネンネである。実に1日16時間も寝る。
そのうえ、寝おきも悪い。エサをもっていっても、ほかの動物ならその音でとんでくるのに、 パンダは目をパチパチやったり、からだをかいたり、おりてくるのに15分もかかるときがある。 そのため、パンダは寝ぼけるといわれるが、どうやら消火器から分泌物が出る “生理” のためらしい。 これはパンダ特有のもので、オス、メスともにある。
寝姿がまた、なんとものんきだ。ふつうの動物はたいてい4本の足を腹の下に集め、 いざというときにパッと飛び出せるようにして寝るが、パンダは人間と同様あおむけにひっくり返り、 大の字になって寝ることも多い。天下太平である。分類学上珍しい
パンダは、姿やしぐさの愛らしさ、対照的なツートンカラーの不思議さ、 中国四川省の一部にだけ生息するという珍しさなどで、どこの動物園でも、きまって異常なブームをおこす。 だが、パンダの貴重さはそれだけではない。むしろ、分類学上の珍しさが注目される。
以前はクマの仲間とされることが多かったが、最近ではアライグマ科に分類するのが一般的になっている。 しかし、レッサーパンダとともにパンダ科として独立させるべきだという意見もある。 形態的にみてもクマ科と共通点もあれば、アライグマ科の特徴も備え、また、どちらとも異なる点もかなりある。 さらに、レッサーパンダとジャイアントパンダもそれぞれ別の科にすべきだという意見もある。
動物園ではミルク、卵、果物なども食べるが、野生ではほとんど竹類だけ。肉食動物としてはこれも例外中の例外。 その秘密は、大腸の中に竹の繊維を分解する原虫や細菌を飼っていることで、この点は草食獣なみだ。出産は秋に多い
野生でのパンダの生活はほとんど知られていないが、北京の動物園では5回の繁殖で8頭が生まれ、 そのうち3頭が死んだ。中国以外では繁殖した例はない。 それだけに上野では、なんとか繁殖させたいと張り切っている。 パンダが成熟するのは4〜6歳だが、現在ランラン(メス)が4歳8ヶ月、カンカン(オス)が2歳8ヶ月。 同動物園飼育課長の中川志郎さんは、秋になったら2頭を一緒にする計画だという。
パンダの出産は秋に多く、子供は真っ白で、わずか90〜130グラムしかない。 3ヶ月ぐらいしないとよく歩けず、離乳まで7ヶ月かかる。そのころはちょうどタケノコのシーズンで、 離乳食には都合がいい。
パンダは鈍重な動物だといわれるが、子供はよく遊ぶし、かなり活発に動く。 とくにカンカンはタイヤ遊び、ボール遊び、木登りなどが大好きだし、かなりのスピードで突っ走る。 タイヤ遊びなど、自分でいろいろ遊び方を工夫する点からみて、一部でいわれるように知能程度も低くはない。1億円でも買えぬ
メスは発情期になるとやや気むずかしくなるが、元来おとなしく、攻撃性の全くない動物である。 まさに “平和の使節” というにふさわしい。
こんなパンダの値段はいくらぐらいだろう。 ロンドンにいた「チチ」はオーストラリアの動物商がキリン3頭、サイ、カバ、シマウマ各2頭と交換で北京から引きとり、 ロンドンでは約2千万円で買いとったという。15年前のことだから、現在では1億円以上だろう。 パンダの人気はその後も上昇の一途だし、いまはカネで売買することはできない。
ほかではシロサイ、ゴリラと、パンダとともに世界三大珍獣とされるオカピ、ボンゴあたりが最も高いが、 せいぜい5,6百万円というところ。やはりパンダは動物界のスーパースターである。