■国宝 十一面観音 聖林寺 前住職 倉本 弘玄

 この像は仏、光、座(仏身209.1cm、光背260.6cm、台座77.8cm)を揃えた木心乾漆造の代表的なものであり、いわゆる天平様式、八世紀の日本の彫刻を代表する名作である。
 均整がとれ量感にみちたお姿、優婉な天衣、微妙に変化したお手の表情、華やかな宝相華唐草文の光背、軽快で安定感に富む台座、いずれも創意に満ちている。とりわけ、そのお顔には切れ長の目が正面を正視して永遠を凝視するかにみえる悠遠な表情があり、後の仏像のように伏眼に人をみつめる感がない。いかにも奈良時代の理想像としての仏像のあり方を示すものといえよう。

十一面観音全身

= 十一面観音縁起 =

 第一回指定の国宝、天平時代を代表する美しい仏像として知られているこの仏さまは、大神神社の神宮寺、三輪山・大御輪寺(おおみわでら)の元の本尊です。天平神護年間前後、西暦七六二年から七六九年の間に東大寺の造仏所で造像され、その願主は智努王(ちぬのおおきみ・文室真人浄三、天武天皇の孫)とする説が有力です。造像の由縁はよく分かっておりませんが、わが国発祥の地、古代大和王権の中心地に祭られた意義は大きく、時の孝謙女帝が何らかの関与をしたでありましょう。

 長く三輪の本地仏で秘仏としてまつられてきましたが、神仏分離令を受けて、高僧、大心(聖林寺再興七世)によってこの寺に運ばれました。観音はかつて四天王に守られ前立観音があり、左右に多くの仏像が並び立ち(現法隆寺の地蔵菩薩=国宝は左脇侍です。)背面には薬師如来一万体が描かれた板絵がある荘厳の中にまつられてきました。現在、奈良国立博物館に寄託している光背は大破していますが、宝相華文をちりばめた見事なもので、その復元が望まれます。長い年月を経て多くのものを失ったとはいえ、これだけ保存良く伝わったことはそれだけでも稀有なことと申すべきでしょう。

<国宝> 十一面観世音菩薩 日本仏像彫刻最高の優作

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