第47夜 back number
   
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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 2002/05/31/Fri. ■■■
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  .:*:・'゜★。 シネマントロプスの百一夜物語  ☆彡
 .:*:・'゜☆。 第47夜-----Left(双子の兄)
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 デレクの古くからの友人に、「Left」と呼ばれている哲学者がい
ます。ちゃんとした長い名前があるのですが、友人連中はみんな、
「Left」としか呼ばないそうです。
 父親はドイツ人の企業家で、母親はフランス人。「Left」はウィ
ーン郊外の裕福な家に生まれ育ちました。
 彼には双子の弟がいます。「Right」と呼ばれています。彼は数
学者で、現在、アメリカの大学で教鞭を執っています。
 デレクの店「The bad rumor(悪い噂)」は、最初カウンターだけの
こじんまりしたバーだったと、いつか書きましたが、二人はその開店当
初からの客だそうです。
 そのころはまだ学生だった二人ですが、デレクは二人の端正な顔立ち
と気品あるしぐさ、朴訥な人柄とが気に入って、プライベートでもずっ
と懇意にしているようです。
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  【ヴィトゲンシュタイン】(1993年度、デレク・ジャーマン監督、
脚本)。
 難解な理論のみならず、自分自身の真の理解者を求めて、孤独に苛ま
れ、悶々とするドイツの哲学者、ルードウィヒ・ヴィトゲンシュタイン
の生涯を映像化した作品です。

 1889年、ウイーンの富豪の家に生まれ、投資家の父、音楽フリー
クの母、個性の強い姉たち、早世した兄たちに囲まれて育ったヴィトゲ
ンシュタイン。
 幼少時代から天才ぶりを発揮しますが、自ら志願して兵役に就き、惜
しげもなく大金を人に与え、田舎の小学校に赴任します。「不幸な聖人
より、幸福な弟が欲しかったわ」と、その生き方は家族には理解されま
せん。
 しかし彼は決して聖人ではありませんでした。
 常に他人に厳しく、覚えの悪い生徒には体罰を与え、自分の理論が受
け入れられないと、癇癪を起こして喚き散らすこともしばしば。
 自分がまわりから浮いていることに苛立ちを覚える一方で、変人扱い
され、ホモと蔑まれることに深く傷つき、空回りする日々…。
 やがて「肉体労働」こそが崇高であるという思想に駆られ、学者を志
す一番弟子に技術職を紹介し、その進路をねじ曲げてしまいます。そし
て自らもロシアで働きたいと志願するのですが、肉体労働者なら間に合
っていると、すげなく断られてしまいます。
 「完璧でありたい。愛されたい。――ちょっと傷つけられれば永遠に
立ち直れない」と苦悩するヴィトゲンシュタインに、「道徳的すぎるん
だ。もっと罪深くなれ」と忠告する友人のケインズ。
 しかし結局は「哲学は精神の病」と懊悩しながら、前立腺ガンでこの
世を去ります。

 映画というより芝居的で、全編にわたって黒一色の背景で統一し、ビ
ビッドな色彩を配置。奇抜なメイクやカラフルな衣装で、独特で技巧的
な映像世界を繰り広げています。
 また、ヴィトゲンシュタインの思想と哲学を、ミスター・グリーンな
る火星人との問答によって、いくぶん分かりやすく展開していて、他の
偉人伝とはまた一風変わった、デレク・ジャーマン独自の解釈と世界観
が楽しめる作品です。

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 さて、その生い立ちから、【ヴィトゲンシュタイン】を連想した
「Left」ですが…。
 あるラテン語で書かれた哲学書と文献を探すために、ずっと南欧を旅
していて、昨日、3ケ月ぶりに戻ってきたそうです。
 私がデレクのところに来るのと入れ違いに出発したため、彼と会うの
は初めてです。

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 【薔薇の名前】(1986年度、ジャン・ジャック・アノー監督)。
 1327年末、北イタリアの修道院を舞台に、修道士の連続殺人事件
と異端審問が絡む、ウンベルト・エーコの同名小説を映画化した、ミス
テリアスなサスペンスドラマです。

 北イタリアの山深い修道院に、イギリスのフランチェスコ会からやっ
てきた二人の修道士、ウィリアムとアドソ。物語はウィリアム修道士の
弟子だった、アドソの回想で進められていきます。
 修道院で起こった写字生の転落死を捜査する二人。ショーン・コネリ
ー扮するウィリアム修道士の鋭い慧眼と推理が、ミステリーとしての面
白味を倍増させています。
 目が白濁した院長ホルヘ。自らを罰して夜中にムチ打つ、声の甲高い
太った副司書。せむしの下男サルヴァトーレなど、不気味な修道院の雰
囲気を増幅すべく、異形のキャラクターが続々と登場します。
 転落死した写字生が残したメモの、あぶり出しのギリシャ語。検死の
結果、指と舌の先に残された毒を含んだ青インク。蔵書の多いことで有
名な図書室にしては、少なすぎる書物…次々に仕掛けられるナゾが、実
にスリリングです。
 黙示緑の予言に因んだ第二、第三の殺人…。悪魔の仕業か?それとも、
犯人は修道院の中にいるのか?

 事件を解く鍵は塔にありました。なんとその塔は、全体が、隠蔽され
た書庫だったのです。キリスト教圏最大であろうと思われる、夥しい数
の蔵書…。それらはすべて、キリスト教とは異なる思想の書物や巻物で
した。「疑問こそが信仰の敵」と封印されていたのです。
 そこへ一連の事件の査問を行うためにやって来た、異端審問官のベル
ナール・ギー。過去の確執を再燃させるベルナールとウィリアムですが、
またしてもウィリアムは敗北を喫してしまいます。
 かくして捕らえられた修道士とせむし男は異端者、食物を得るために
体を売っていた村の娘は魔女とみなされ、無実の罪で火あぶりの刑に処
せられます。

 連続殺人の凶器は、アリストテレスの「詩学」第二部、「笑い」につ
いて記された書物でした。
 「笑いは猿のように顔をゆがめる」と笑いを禁じ、図書室の存在は
「知識の保存であって探求ではない。――知識に進歩はない」とするホ
ルヘ院長。そしてアリストテレスの「禁書」を紐解くことは、死を意味
するとして、本のページの端に、砒素を混ぜた青インクを塗りこんでお
いたのでした。ページをめくるたびに指先を舐めると、少しずつ毒に犯
され、やがて死に至るように…。
 追い詰められたホルヘ院長は、禁書を破いて食べようとします。それ
を止めようとしたウィリアムと揉み合いになり、落ちたカンテラの火が、
近くの本に燃え移り、瞬く間に燃え広がりました。
 知識の宝庫が、みるみる火の海と化すのを目の当たりにして、落胆す
るウィリアム…。
 塔は焼け落ち、今まで搾取され、虐げられてきた村人たちの反抗で、
ベルナール・ギーは落命し、ついに権威は地に落ちたのでした…。

 殺人の動機が、「遺恨」や「痴情のもつれ」、「物欲」、「出世欲」
などといった、世俗的な動機からはおおよそかけ離れていて、しかも凶
器は「書物」という突飛さ…。犯罪ドラマとして卓越していると同時に、
壮麗な山並み、修道院のゴシック調建築美、グレゴリオ聖歌の荘厳な響
き、月明かりに浮かぶ雪景色と、重厚で格調高い映像が堪能できます。
 とくに重層構造の、塔内部の書庫の映像は圧巻で、まさに極上のミス
テリー作品に仕上がっています。 
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 Leftとデレクと私…三人だけの、ささやかなパーティーとなりま
した。彼はあまり大勢に囲まれるのは、好きではないみたいです。
 Leftを兄のように慕うリッチーは、あいにくワールドカップの取
材で留守です。純粋で柔軟なリッチーに、彼が多大な影響を与えてきた
であろうことは、想像に難くありません。
 今ごろ、海の向こうで悔しがっているかも知れません。
 では、また。              シネマントロプスより…

By Sana Tsukimori  月森 砂名
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