第27夜 back number
   
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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 2002/01/11/Fri. ■■■
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  .:*:・'゜★。 シネマントロプスの百一夜物語  ☆彡
 .:*:・'゜☆。 第27夜-----母の心
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 「マチルダと生まれてくる子供と、ここでずっと暮らせたら…」そん
なささやかな私の願いも、叶えられることはありませんでした。

 初めての子供をたった独りで産まねばならない不安と緊張に加えて、
日に日に劣悪になる社会情勢。極度のストレスから、突然、この街を出
たいと言い出したマチルダ。
 気持ちは分からぬでもないのですが、二週間後に予定日を控えた身体
では国外脱出は難しいし、手続も間に合いません。車なら大丈夫と言う
のですが、国内にいるなら、どこへ行ってもそれほど状況は変わらない
でしょう。しかしいくら説得しても聞く耳を持ちません。それならばせ
めて、ブエノスアイレスからさほど遠くない母親の元に帰ったらどうか
と勧めました。私が付いているよりは心強いはずです。しかし彼女は頑
なに拒みます。
 母一人娘一人ですが、母親とは長い間音信不通だそうで、どうやら二
人の間には、私なぞには計り知ることのできない、並々ならぬ確執があ
るようです。
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 【ハイヒール】―1991年度、ペドロ・アルモドヴァル監督、脚本。
 娘を見捨てて歌手としての道を選んだ国民的女優ベッキーと、娘レベ
ーカとの15年ぶりの再会。
 かつて母親の愛人だったマヌエルと結婚したレベーカですが、夫婦仲
は悪く、離婚寸前。夫マヌエルが別荘で殺されたことから、母娘の確執
が表面化します。
 母親に対する当てつけで元愛人と結婚したレベーカ。しかしその反面、
母を独占したい一心で、少女時代には薬瓶の中身をこっそり入れ替えて、
義父をいねむり運転で死に至らしめた過去があります。一方、そんな彼
女を捨ててアメリカに渡った母ベッキーは、後ろめたさから腫れ物に触
るよう。そんな屈折した二人の愛憎劇を、コメディタッチでさらりと描
いています。

 全編衣装はシャネル、留置所の中もカラフルでファッショナブル。母
娘が同じような赤いスーツを着て、事情聴取する判事の前に並ぶのです
が、それぞれのキャラの違いを微妙にスーツの色合いに反映させている
あたり、さすがです。
 オカマ、レタルとのたった一回のセックスで妊娠したレベーカですが、
その楽屋での情事は、官能的ながらユニークなシーンです。
 レベーカはニュースキャスターで、自分の夫が殺されたニュースを読
み上げるのですが、死ぬ直前に性交渉があったという、原稿にない事実
までベラベラと報道します。「やめてよ!」困惑の表情を見せるのは、
レベーカの隣に座っている、手話の女性。夫の浮気相手は彼女なのです。
ドロドロしたエピソードもユーモアたっぷり。レベーカの自白や、レタ
ルの正体も二転三転して、ちょっとしたミステリーも味わえます。
 娘が母親に本音をぶつけるシーンで、イングマール・ベルイマン監督、
脚本の【秋のソナタ】(1978年度)が引き合いに出されます。国際
的ピアニストの母を持つ娘エーヴァ。音楽家としても、女性としても母
親にコンプレックスを抱きつつ、母の愛を渇望する娘に、レベーカは自
分の姿を重ねます。同様に母娘の葛藤を描いたこの名作と、どうせ比較
されるならと、先手を打ってレベーカにワンシーンを語らせ、映画ファ
ンへのサービスに替えるあたり、なかなか抜け目ない演出です。
 しかし二人の確執は、話し合いぐらいでは解決しませんでした。結局、
母親が娘の罪を被って死んでいくことで、着地点を見いだします。
 二人がこそこそと犯行の口裏を合わせるシーンは、何か失敗をしでか
して、夫や父親に内緒にして欲しいと頼む時の娘と母親のように、仲睦
まじく微笑ましい姿でした。

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 ほんの少し素直になって歩み寄れば、きっと母親の気持ちが分かるは
ず。もうじきマチルダ自身も母親になるのですから…。しかしそんなこ
とを傍から言われたぐらいで、こじれてしまった関係が修復するもので
もありません。

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  【ダンサー・イン・ザ・ダーク】(2000年度、ラース・フォン・
トリアー監督、脚本)には、凄まじいばかりの母親のエゴと愛情が描か
れています。
 1960年代アメリカ。チェコからの移民で、工場で働く傍ら、地域
のミュージカルサークルで稽古に励むセルマはシングルマザー。
 遺伝性の眼病のため視力が衰え、やがて失明。しかも手術を受けない
限り、息子も同じ運命を辿るのです。そんな彼女を支える周囲の人々の
温かさ。しかし息子のために必死で働いて貯めた手術代を、隣に住む借
金地獄のビルに盗まれてしまいます。金を取り返しに行って拳銃で脅さ
れ、逆に相手を殺してしまったセルマ。ビルが家主で警察官でもあった
ため、彼の金を強奪したとして逮捕されます。
 黙秘と誤解、弁護士の怠慢と検察官の差別によって、死刑の判決が下
されます。しかし息子の視力と引き換えに、彼女は潔く死を選ぶ決意を
します。絞首台まで107歩。いよいよ、首に縄を巻き付けられた時、
断末魔の叫びが響き渡ります…。

 何ともやりきれない話で、絞首刑の場面は非常に生々しく、陰惨極ま
りない。見終わった後、胸の上に石を積まれたような気分になります。
しかしそんなストーリーをミュージカルにしてしまう男がいるのです。
 以前、【キングダム】で紹介したラース・フォン・トリアーですが、
彼は【奇跡の海】(1996年度)でも、ヒロインのベスに、徹底して
不条理を押しつけ、サディスティックなまでに茨の道を歩ませます。
 その先に待っているのは、神々しいばかりの魂の昇華なのですが、観
ている方は救いを感じることができません。おそらくその昇天が、あま
りにも理不尽で、むごたらしい死にざまと引き換えだからでしょう。

 白地に茶褐色の染み。それらが刻々と変化し、パステル画か顕微鏡の
検体、地図か血の染みに見えてきます。やがて、おどろおどろしい濃赤
が、落ち着いたブルーから緑の色調に変わり、小鳥たちが羽ばたくイメ
ージに…。異様に長いオープニングのデザインですが、これから始まる
物語を見事に暗示していて、いつもイントロ部分に凝るトリアー監督の
豊かな感性が、ここでも発揮されています。

 セピア色の画面に手持ちカメラによる撮影は、トリアー独特の映像世
界ですが、今回はそれらに加えて、適切でないパン(カメラを上下左右
に移動する)や、突然のズーム、頻繁なカットの切替、意味のないアッ
プ、登場人物の頭がチョン切れた構図など、常識外れな映像がこれでも
かと展開されています。じっと観ていると、頭が痛くなり、そのうちに
気分が悪くなって来るぐらい…。
 しかしこれは、今までの作品のようにドキュメンタリー効果を狙って
のことではなく、段々視野が狭窄になり、視力を失っていくセルマの視
点で撮っているからではないでしょうか?
 逆に、セルマの現実逃避の空想部分は――すべてミュージカルなので
すが、構図も定まり、コントラストの利いた色鮮やかでクリアな映像に
なっています。

 遺伝すると知っていながら、「この腕に抱きたかったから」という理
由で子供を産み、「それはエゴだ」と非難を浴びるセルマ。そんな母親
を、アイスランドの歌姫、ビョークが熱演しています。映画音楽を担当
した彼女の才能は勿論のこと、天に突き抜けるような歌声、魂のほとば
しるような生理的な絶叫には圧倒されます。
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 結局マチルダは、昨年の秋に亡くなったジェニファーの夫、アントニ
オの実家でお世話になることになりました。
 アントニオの実家は、ここから車で二日はかかる田舎で、両親や兄弟
の家族らと共に大所帯で暮らしているそうです。
 都会に比べると不便ですが、いざとなれば必要な物は自分たちで賄え
るところが強みです。マチルダも、設備の整った大病院での分娩には拘
らないと言っていますし、大船に乗った気持ちで出産に臨めることでし
ょう。

 連絡を取ると早速、アントニオと母親、そして弟夫婦と末弟がワゴン
車と2トントラックでやって来ました。
 アントニオ兄弟はてきぱきと荷造りを済ませると、荷物を車に積み込
み始め、三時間ほどで作業を終えました。
 「もし良かったら、あなたもうちにいらっしゃい…」、別れ際にアン
トニオの母親は、人なつっこい笑顔を浮かべ、私を抱き寄せました。
 マチルダは目をうるませて、始終ことば少なでした。私たちは名残惜
しそうにしばらく抱き合っていましたが、別れの時は無情にもやってき
ます。
 マチルダを乗せたワゴン車とトラックは、すっと街角に消えて行きま
した。
 近々仕事を辞めてここを引き払い、彼女の後を追いかけようと、私は
堅く心に決めたのでした。         シネマントロプスより…

By Sana Tsukimori  月森 砂名
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