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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 2001/11/02/Fri. ■■■
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.:*:・'゜★。 シネマントロプスの百一夜物語 ☆彡
.:*:・'゜☆。 第17夜-----父
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アントニオが今の仕事を辞めて、子供たちと一緒に、実家のある田舎
に引越すそうです。母親を失った彼らと、少しでも一緒にいてやりたい
という気持ちからです。
子供たちにとって、田舎に越すことに不安がないわけはないでしょう。
しかし、祖父母の家では大きな犬が飼えると、大喜びしてみせる気遣い
がなんとも健気で、ほろりとさせられてしまいました。
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ロベルト・ベニーニ監督・脚本・主演の【ライフ・イズ・ビューティ
フル】(1997年度)。
本屋を開こうとトスカーナにやって来たグイドは、小学校で教師をし
ている女性、ドーラに一目惚れ。ドーラもまんざらでもない様子。
しかしグズグズしているうちに、かねてより決まっていたお相手とド
ーラの結婚式は迫ってきます。一大決心をして結婚披露宴に乗り込んだ
グイド。ついに婚約者から彼女を奪い去ります。
可愛い男の子にも恵まれ、幸せ一杯。しかし戦火が広がり、ユダヤ系
のグイドは、家族ともどもナチの強制収容所に送られてしまいます。
「これはゲームだ」と幼い息子に嘘をつき、ユーモアと機知の限りを
尽くして、子供を守ろうとするグイドですが…。
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夜の街角。雨にそぼ濡れた階段。ドーラのために、階段の上から真っ
赤な絹織物を転がして、ゴージャスなパーティー会場さながらに敷き詰
めるシーン。収容所で離ればなれになった妻のために、二人の想い出の
曲「ホフマンの舟唄」をスピーカーから流すシーン。古典的でロマンチ
ックな演出に、ベニーニの映画に対する思い入れが窺えます。
ただ始終、同じトーンで機関銃のようにグイドの口を付いて出てくる
ジョークに、食傷気味になるのは、字幕を追わねばならないせいもある
のでしょうか?
最期まで子供を騙しおおせたり、都合良くアメリカ兵が救出に現れた
り、あちらこちらに「あざとさ」を巻き散らかしておきながら、収容所
の様子や人々の描写を不自然なまでに抑えたり、力関係を極力図式化し
たことで、逆に強いコンセプトと、一本筋の通ったリアリティが浮き彫
りになってきます。
戦時下。今日を生き抜くことさえ困難な状況で、父親が子供にしてや
れることは何か?ユーモアを持って今日を生き、希望を持って明日を生
きることのすばらしさを、この映画は伝えようとしているのです。ベニ
ーニはこの映画を反戦映画にするつもりではなく、親子の情、夫婦の愛
を通して、本当の男らしさ、優しさ、父親とは何かということを描きた
かったものと思われます。
しかし人間らしさや父性愛を強調するために、明日の運命をも知れな
い極限状態と、人間性さえも否定される過酷な状況を作り出すのに、
「戦争」を舞台に、「ホロコースト」をシチュエーションに選んだとこ
ろに、ベニーニ監督の強気な挑戦とズルさを感じます。
まだ痛々しい傷跡を残している史実と、虚構の世界の微妙なバランス
は非常に難しく、まさに諸刃の剣となって、この映画の評価に顕れるこ
とでしょう。
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そして私には、実際にグイドのような父親が存在するとはとても信じ
られないのです。なぜなら私の父は、彼とはまるで違う、父親像だった
からです。
【父/パードレ・パドローネ】(1977年度)、パオロ&ヴィット
リオ・タヴィアーニ(兄弟)、監督・脚本。
言語学者であり作家でもあるガビーノ・レッダの自叙伝を元に、オイ
ディプスコンプレックスをテーマにした映画です。
イタリア南部に位置するサルデーニャ島。
ある日、小学1年生の息子の教室に乗り込んできた父親は、「息子に
は家族を養う義務がある。息子は羊飼いになるのだ。羊飼いは無学でよ
い」と、女性教師の止めるのも構わず、息子を引っ立てて帰ります。
そして有無も言わさず、嫌がる息子を牧場に連れていくと、自然の厳
しさと生きる術を、徹底的に叩き込むのです。
しかしその理不尽な論理とは裏腹に、自然や人を語るときの父親の言
葉は、とても詩的で暗喩的です。
幼いガビーノにとって、父親は絶対的な存在でした。
親に殴られてばかりの少年はやがて動物に八つ当たりするようになり、
同年代の子供たちは獣姦に興じ、発情の渦は村中に広まり、家同士の醜
い争いは殺人事件に発展していきます。それらすべての生々しい行為が、
たおやかな自然の営みの一環として淡々と描かれています。
広野でたった独りきり。「言葉」を介さない少年の感性には、犬、馬、
蛇、羊、森、風、闇…すべてが擬人化されてうつり、森羅万象は彼の心
に直接、意志を伝えてきます。
青年に成長したガビーノは、羊と交換にアコーデオンを手に入れたこ
とから、そのアコーデオンの音色と、どこからか風が運んでくれる楽曲
とで、会話する術を身につけます。美しい風景と音色に合わせて、言葉
が字幕で流される演出が何ともすばらしい。映画的表現の醍醐味です。
家庭を担い、家族一人一人の運命をも握っている父親の権力も、世の
中の移り変わりや息子の成長と共に、翳りが見られるようになります。
ドイツへの移住を妨害した父親ですが、入隊による息子の独立を、阻止
することはできませんでした。
文盲であるがための屈辱と孤独を強いられたガビーノは、友だちの助
けを借りて努力を積み重ね、ついに学ぶことの楽しさを知り、言語のす
ばらしさと意義に目覚めるのです。
ガビーノはまた島に舞い戻ります。言語学の勉強のためと、自分が抱
えたトラウマの連鎖を断ち切るためです。
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グイドとはまた違った父親像を描いていますが、脅威でもって息子を
支配しようとしたこの父もまた、一つの男の生きざまを息子に見せてい
ます。
実話に基づいたこの映画の方が、より寓話的に思えるのは、映画的な
手法のせいです。
生々しい感情を喚起させるドラマであればあるほど、叙情的な映像が
救いになり、人々の心にゆっくりと浸透していきます。
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私は先ほどから、幼い兄妹たちと飽きもせず、遊んでやっているアン
トニオの温かいまなざしと愛に満ちた穏やかな表情に、グイドを見まし
た。
こういう父親もいるんだなと、少しは信じることが出来た瞬間です。
では、また。 シネマントロプスより… |