「……え?」
「どうした、レオン」
「いえ、何でもありません、父さん」
あれは俺の幼少の頃。
「母さんの見舞いに行くぞ。予定日はもう来週だからな」
「僕に弟が出来るかもしれないんですね」
「可愛い妹かもしれんぞ〜?」


彼がこの世に生を受け、生れ落ちたときの透明な声を、俺はやはり聞いたのだ。

彼は、愛される

青い卵の殻はヒビ入り、小さな黒い足が顔を出す。
「うおっ! 生まれる生まれるっ」
「しーっ。大きな声を出すと雛がびっくりするよ」
「あ、そっか」
俺の忠告に慌てて口を両手で塞ぐ。
熱心にデスクに乗った青い卵を見詰めるビット。その目は、期待に輝いている。
この卵は彼が裏山で見付けてきたもので、恐らく巣から落ちたのだろうという話。
藪がクッションとなって、割れずに済んだのだ。
パリパリと、もがく足が縁に当たる度に殻は剥がれていく。そしてぐらぐらと不安定に揺れ、
ついには倒れた。
「うわっ、レオンタオルとって、タオル!」
「ああ……」
視線は卵に釘付けのまま、手は俺を招いて忙しい。
ビットのベッドに乗った真っ白なタオルを手渡し、ビットは礼を言ってタオルを広げた。
そして卵を包みこむように両手でそっと持ち上げ、タオルの上に移した。
「クロウ……」
顔を出した真っ黒の雛に、ビットはそう呼び掛けた。
ピーピー鳴く雛の目は、綺麗な金色だった。

「レオン、このこと皆には秘密な!」
「どうして?」
あまりに熱心なビットの様子に、俺は少しばかり可笑しさが増す。
「もし、……ここで飼うことになったらヤだから」
けれど俺のその気持ちはくるりと変わり、寂しそうなビットの目をただ見詰めた。
「こいつが飛べるようになったら、ちゃんと裏山に返してやるんだ」
タオルの上で寝息を立てる雛をそっと撫でる滑らかな指。
「今はまだ小さいから、俺が面倒みるけど」
リノンが生まれたその日のことを、俺は忘れてしまったけれど。
きっと、今のビットみたいに笑って、リノンの頭を撫でたりしたんだろう。

それからビットは毎日、クロウを手に抱えて裏山へ通った。
その後を追う俺は、幾たびも空を見上げた。
上空を飛ぶ鳥は、一羽もいない。
「レオンー、早く来いよー!」
「ああ」
無邪気なビット。
俺は、彼の過去を何も知らない。
今迄誰も訊ねることはなかったし、本人の口から聞くこともなかった。
俺達は、先を見て生きて来たから。
けれど。
「レオン見て! クロウが羽動かしてるっ」
ビットの元に駆け寄ると、クロウはビットの手の上で羽ばたこうと必死だった。
「地面に置いてやった方がいいんじゃないか?」
ビットはクロウをそっと地面に立たせ、しゃがみ込んで見守った。
涼しい風が背後から吹き抜ける。
クロウは羽を動かす楽しさを覚えたらしく、ちょこんとジャンプする程度に浮いては
しりもちを付き、喜び、繰り返した。
ビットはまるで母親のように笑う。
よく出来たと褒め、撫でて、なのに。
「……ビット、何が悲しいんだ?」
「えー? 何? レオン」
声を上げて笑うビットには、届かなかったのか。
「レオンてば、何?」
笑い声は弱々しくしぼみ、振り向かずに背中が喋る。
「……何だよぉ、レオン……」

ピピッ、ピッ

クロウは、数十センチ飛んだ所で、地面に顔から落ちてしまった。
ビットは慌ててクロウを掬う。
「へへっ、お前ってドジー」
クロウの砂を払い、小さく笑う。
「へへっ…………ん……っく……」
「ビット、泣くか笑うかどっちかにしろよ」
俺は地面に膝を付き、震えるビットを後ろから抱きすくめた。
「クロウにまで笑われてるぞ」
「俺は……んな器用なこと出来ねぇんだよ…っ」
すんと鼻を鳴らして、ビットは正直に涙を流し続けた。
地面には影が降り、クロウによく似た黒い鳥が舞う。
「あ……」
クロウは激しく泣き声を上げた後、大きな鳥の後を追って飛び去って行った。

「……お前の母さんだったのか。良かったなぁ」

この国では、両親のいない子どもなど珍しくはなかった。
俺は社会を見るようになってから、つくづく恵まれていると感じた。
バトルを交えるチームにも、両親のいない連中は沢山いる。
けれど楽しむものがあって、目指すものがあって、ゾイドバトルは良い役目を果たしている。

「俺さ、自分じゃ絶対泣き虫じゃないと思ってたんだ。旅先で出会った友達に親がいようが
いまいが、羨ましいとも思わなかったし、ありのままを受け入れられた」
抱いた俺の腕に手のひらを寄せ、ビットは俯く。
「でもそれはさ、皆がある程度自立していて、親離れしてたからだ」
彼の想いは、どこか深く。
「レオンだって、リノンだってそうだ」
すべての物に呼応していた。
「バラッドも賞金稼ぎを仕事にするくらいなんだから…恐らく」
彼は、見てきたすべての物に、愛を注いで。
「レオンだって、検討はついたろう?」
自嘲気味た笑いに、俺は黙ったまま首筋にキスを落とした。
俺の腕に、ビットの涙が幾つも落ちる。
「俺は毎日楽しくて仕方ないんだ。だから信じたくなかったんだ」
振り向いたビットの淡いグリーンの瞳は、涙に濡れて。
「俺が、悲しい目に遭ったことなんて」
彼の悲しみは、俺にも染みゆく。
「ああ、ビット。心に詰まる前に、そうやって吐き出せば良かったんだ」
「だっ、だってよぉ……なぁ、レオンーーっ!」
悔しそうに歯を食い縛りながらビットは俺の服を掴み、胸に顔を埋めて泣き崩れた。

この日の夜、ビットは俺の側を離れることは一時もなかった。
しがみつくように寄り添い、整った寝息を立てていた。
愛しいビットの肩を抱き、俺は古い記憶を呼び覚ます。
あれは空の向こうから聞こえた。
そう、澄み渡った晴れの日。
あの日ビットは、両親に愛され生まれてきたのだ。


「レオン、街まで何か食いに行かねえ?」
にかっと笑うその顔は、眩しくて。
「ああ。行こう」

行こう。
ビットの目指すものを見据えて、並んで歩もう。
手を取り合い、時には言葉を交えながら。
彼は、愛される。
俺が、愛する。

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一体何事!?というくらいに突然のしんみりモード!!
この話のイメージソングが「月光(鬼束ちひろ)」ってあたりからして
ただ事ではありません(聞きながら書いてた/笑)今回は男らしいビットは
忘れました!そして、世界観を変えすぎてみました。
                  希空 槻
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No.45の希空槻さまより頂きましたv
こう云うビットも、私的にはアリかな〜と思ってます。
とっても幸せな環境で育ってきたか、反対に不遇で自分を誤魔化す為に、
ソレを包み隠して生きて来たか…。
でも、ビットは生まれた時も、そしてこれからも幸せになれそうっすね。
生まれて・生きて・存在してくれるだけで彼自身、誰かに幸せを運んで
いるし、それをしっかりと受けとめてくれる人(レオン)も居るからね〜v

これは余談ですが…
「ドラえもん」の「のび太の結婚前夜」で、しずかちゃんのパパが彼女に
「最初の贈り物は君が生まれてきてくれた事だ」
「君の産声が天使のラッパの様に聞こえた」
と云う台詞があったのを思い出しました。


(お庭番わんこ青竜)


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