(不味いな、文珠は後数分しか保たねぇ……)
地上から数十メートル上空を文珠で作り出した“霊気の翼”で滑空しながら、追えども全く距離を詰められない標的の背を見ながら俺は歯噛みする……
ここはS県郊外の山奥で時刻は深夜。今回、俺達はここへ鳥の妖怪の討伐に来た。
どうも鳥の霊が妖怪化した類の物で数ヶ月前から出没し出して、たまに訪れる登山者などを襲うらしい。
余り強くないようだが元が鳥だけに標的に接近するのが困難を極め、未だに討伐出来なかったそうだ。
そう言った事情と元々人が来ない山奥なのも相まって長期間放置されてきた案件を俺達が引き受けたんだが、受けてから少々後悔しだしてる………
(この依頼失敗すんじゃね?)
ちょうど手頃な案件が無かった事と俺が文珠で飛べるって事で安直に飛びついたんだが、“空が飛べる”のと“飛んでる奴を仕留める”のとじゃ全く違う……
やってから気づいた…………
森で奴を見つけて飛んだまでは良かったが、全く捕まりゃしねぇ。
その姿は鴉を大鷲を更に一回りくらい巨大化させたような姿で全身が黒い羽で覆われていた。
そんな姿じゃ普通夜中に見えねぇんだろうが、その両眼から漏れる濁った赤い光と、全身から放たれる妖気から鈍く発光してるんで夜空でも良く視えた。だが情報通り大した妖力は感じない。
一応人を襲うらしいからそれなりの凶暴なんだろうが、自分より強そうな相手は別らしい。俺達に気づいた瞬間に戦いもせずに逃走しやがった。
自然に生きる生物の行動としては正解なんだろうが、俺達からしたら厄介極まりない事態になりつつあった……
(駄目だ!効力が切れる……)
そう思った次の瞬間には背中の翼が消え、俺は浮力を失う。止む無く次の文珠に『飛』と刻み発動!
再び背中にさっきと同じ翼が展開して俺は飛翔を再開する。
ちなみに奴と追いかけっこを始めて30分超。文珠一個で飛んでいられるのは10分そこそこ……つまりここまでで貴重な文珠を三個も消費しちまった。
残りの文珠は今使ってるのを含めて二個、つまり後20分で蹴りを付けなきゃならねぇ。行けるか……?
ここまで、ただ追ってた訳じゃない。俺は後ろから、雪之丞は地上からサイキック・ソーサーや霊波砲で何回も狙い撃ったんだが全部外された。
(何とか奴を追い詰める方法はねぇか……?)
こっちは二人。挟み打ちが理想だが、上も下もある空中。しかも、片方は飛べねぇと来てる……
………………
…………………………
………………………………俺は馬鹿か?
俺はレシーバーを取り出すとボタンを押して雪之丞に連絡する。
「おい!今、どの辺にいる?」
すると数秒後に奴から返答が入る。
「あ?今、ちょうどお前の下くらいだ」
下を見ると木々の間を魔装術を纏って疾走する奴が見えた。よし行ける!
俺は一旦急降下して奴に近づき肉声で叫ぶ。
「受け取れ!」
俺の声に気付いた奴に最後の文珠を投擲。刻まれた文字は俺と同じ『飛』だ。
「受け取れって、おまっ……見えるかよ!!」
(闇夜だからな……)
だが、そんな戸惑う奴の声に構わず文珠を発動。その瞬間に奴の背中にも俺と同じ翼が展開したのを確認して急上昇する。余り離れると標的を見失う。幸い距離はそう離れなかった。
そして、俺は再びレシーバーで奴に語りかける。
「お前も飛べ!空で挟み打ちだ!!」
「飛ぶったって、どうすりゃいいんだこれ!!?」
完全にテンパってんな……まぁ、初めてなんだから当たり前か。だが、アイツなら行ける。
「イメージしろ!自分が飛ぶ姿を!!飛ぼうと思うだけでいい!!」
見ただけで人の技をパクっちまうようなセンスの持ち主だ。簡単な言葉とインスピレーションたけで何とかなる…筈。
思ったとおり、奴はぎこちないながらも何とか追いついて来た。
「おおぉ!!飛んでる!俺は飛んでるぞ!これが空を飛ぶ感覚が!!!」
「喜んでるとこ悪りぃが後数分しかない。速攻掛けるぞ。俺が追い込むから先回りしてキメてくれ!」
(追うのは飛び慣れてる俺のが適任だしな)
「ヨッシャァ!!!」
俺と逆方向に飛ぶ雪之丞を見送ると俺はあの鳥野郎の追撃を再開する。文珠のストックはこれで尽きた。(いや……実を言えば、まだあるんだがあれは本当の“切り札”用なんで出来れば使いたくない)これでキメる!
俺は雪之丞の位置を確認しながら鳥野郎を追い込む。闇雲に追うのと目印があるのとじゃぁ、まるで難易度が違う。
「行けぇーーー!!」
「喰らえや!!鴉ぅ!!!!」
そして、待ち構えていた雪之丞から奴に霊波砲がぶっ放される!
「グゥアアアアーーーーーーッ」
直撃だな……それが致命傷となって奴は見た目通り鴉の鳴き声のような絶叫を残しながら消滅した。
こうなると途中までは先が見えなかったけど、最後は呆気なかったな……まぁ、見通しの甘さと無計画のせいなんだが…………始めから二人で飛んでりゃ数分で終わったか。
「ウッシ!依頼完了だぜ!!」
「ああ、だが早く降りよう。このままじゃマジで転落死だ」
よく測った訳じゃないが追撃に数分掛かったから後残り3分もないはず……
「おっとヤベェっそうだ、そうだ」
慌てて地上に降りると雪之丞のはまだ余裕がありそうだったが、先に展開してた俺のは10秒もしないうちに消えた……マジでギリだった。
今回は俺が全部文珠持ってたけど、状況によっちゃ雪之丞にも渡しといた方が良さそうだな。そうなると使い方ももっと良く考えねぇと、それにストックする量も増やさなきゃな。雪之丞にも手伝わせるか……
「ところで忠夫」
そんな事考えてると雪之丞が話しかけてきた。
「ん?」
「ここは何処だ?」
「え……!?」
……………………
………………………………
鳥野郎を追ってる内に山奥まで入り込んだらしい……結局朝までそこで野宿して丸一日掛けて山を降りた。