「またお前達か」
「最近、よく来るな」
感心してるんだか、呆れてんだかよく解らない……多分、両方だな。そんな感じで鬼門達は俺達を迎えてくれた。
ここは妙神山の修業場……切り立った狭い崖道の先にある世界でも有数の霊格の高い山で、神と人間との接点とも言われている。
本来なら、ごく一部の優秀な連中しか来れないんだが俺や雪之丞は何の因果かここに定期的に来ることを許されてる。……まぁ、俺は雪之丞のオマケだろうけど。
だから、俺達は事務所を開いてから一月に一度ペースでここに来ては修業している。
「こんにちは! 横島さん、雪之丞さん」
門の中に入ると、今度は小竜姫様が迎えてくれる。こっちから勝手に来てるんだから、別に必要ないとも思うんだが毎回自分の方から挨拶に来てくれる。
初めて来た時もそうだったが、余り来る人間が居ないから俺達みたいな人間でも嬉しいのかもしれない。
小竜姫様の見た目はショートにした赤毛が特徴の凛とした美少女だ。年の頃で言えば高校生くらいか。
中身(実年齢)はともかく可愛い娘が出迎えてくれるんだから悪い気はしない。一体幾つなんだろ? 聞いたら本気で首が飛びそうだから聞けねぇけど……
「おぅ! 今回も世話になるぜ♪」
「よろしくお願いします」
俺達もいつもと同じ調子で返す。
「二人共最近、仕事の方はどんな感じなんですか?」
いつもの部屋に向いながら彼女が聞いてくる。
「……ん、まあまあかなぁ」
何とも言えないような感じで雪之丞が答える。こいつの場合、以前ここを魔族が襲撃して以来強い敵と戦えてないから欲求不満なんだろうな……最近、相手が弱いってボヤいてばかりだし。
「取り敢えず、食べるに困らない程度にはなりましたよ」
……まぁ、ギリギリだけど。何より始めがヤバ過ぎた。開業費だけで資金が底を付いて、その日食う飯にも困る有り様を思えば前進はしてるかな。
「相手が弱すぎて張り合いがねぇんだよ」
愚痴んじゃねぇよ。今に始まったことじゃねぇけど、お前は相手が神でもお構いなしかよ…………初めて来た頃の俺も似たようなもんか。我ながら身の程知らなかったな。
「焦らないで下さい、雪之丞さん。あなたの力が必要になる時は必ず来ますから」
当の彼女は俺の懸念なんか、どこ吹く風と言った感じでにこやかに返してる。本当に人間出来てんな……いや、人間じゃなくて神様か。
温厚な性格なのもあるけど、彼女は紛れもなく神の一員なんだ。自分達より遥かに脆弱な人間が何言おうと、はじめから気にならないのかもしれない。
そんな感じに雑談しながら、いつもの更衣場に来る。銭湯のような建物の中で着替えた後、そのまま進んで異空間に行くのがお決まりなんだが、何で銭湯みたいなんだかは未だに解らん。何の意味があんだ?
「横島さん」
先に雪之丞が入って俺も続こうとした時に小竜姫様に声を掛けられた。
「はい?」
「あなたがここまで熱心なのには驚きましたよ。正直すぐ逃げ出すと思っていたんです」
何故、彼女がそんなこと言ってきたか解らなかったが俺は自嘲気味に答えた。
「……そうでしょうね。以前の私なら一日と保たなかったと思います」
もっと言えば別に熱心でも何でもない。単に自分が許せなく意地になってると言った方が表現としては正しい。そんな俺を見て真剣な顔をした彼女は更に続ける。
「何があなたを、そこまでさせるんです? 私は雪之丞さんより、あなたの方が焦っているように見えて心配なんです」
「……………………」
焦ってる? 俺が……?? 小竜姫様にはそう映っているのか?
「……べ、別に焦ってはいません。早く一人前になりたいだけです」
しどろもどろになる俺に小竜姫様は更に続ける。
「……その一人前とは、あなたにとって“どんな”状態なんですか?」
「どんな状態……?」
「ここでの修業を極めることですか? GSとして最高ランクになることですか? それとも、誰よりも強くなりたいとか?」
「……例が極端過ぎます」
「何でもいいんです。あなたの今考えてることは何ですか?」
「そ、それは……」
答えられない。それは今俺が一番知りたいことだから……
「あなたは今がむしゃらに走っています。でも行き先は見えてない、違いますか?」
…………………………………………
……………………
「…………はい」
やっぱりバレてたか……ここに来た時も雪之丞に習って「強くなりたい」とか言って適当に誤魔化してたけど、本当はずっと迷ってる。
グズで臆病で口先だけの半端野郎……それが俺だ。
俺はそんな自分が嫌で嫌で仕方なかった。何もしてないと、そんな“弱い自分”と言う存在に押し潰されそうになる。
ここで心身共に鍛えることが出切れば、そんな自分を見なくて済むかもしれない。少なくとも修業に没頭してる間はそのことを忘れられる。正直に言っちまえば、ここに来た理由なんかそれだけだ。
でも、その先に何がある……?
俺が本当にしたいことって何だ……?
逡巡してる俺に小竜姫様は追い打ちを掛けるように呟く。
「闇雲に強さを求めれば、いつか自分を見失なってしまいますよ。私はあなたにはそうなって欲しくないんです」
………………………………
「………………では、私はどうしたら……?」
「それを自分で見付けるのも修業の一つです。そして、決して急がないで下さい。落ち着いて、心を澄まして有りのままの自分と向き合うんです。そうすれば自然と答えは見付かりますよ」
観念したように呟く俺に、今度は優しく励ますように答えてくれた。
「焦らないで下さい。ここでは時間は沢山あるんです」
「……はい」
……………………少し救われた気がした。
中に入ると既に雪之丞は着替えてた。
「遅かったな」
「説教されてた」
「マジか?」
「お前は最近、弛み過ぎだって」
「ったく、気ぃ抜き過ぎなんだよ!もっと気合入れろ」
真に受けんじゃねぇよ! 嘘に決まってんだろっ!!
気の抜きすぎ? こちとら、ずっと必死じゃ、ボケ!!!
……しんみりしたテンションだったのに何かアホ臭くなってきた。
「行けるか」
「ああ」
着替えると、最近お馴染みになってる異空間を目指す。
その名も『静時之間』だ……
………………有りのままの自分と向き合う……か。