「よっしゃ! 伝説の幕開けだぜ!!」
「伝説って………お前…」
一体、お前(雪之丞)は何する気なんだ? いや、上を目指すってことなんだろうけど……
時刻は深夜、ここは都内某所の廃寺。その前に黒いコンバットスーツのような物を着た俺達が立っている。
このスーツは雪之丞の勧めで二人揃えた物で大手のオカルト企業の開発した対霊障用の特殊スーツだ。悪霊や妖怪の一撃に強い耐性を持ってる。
……っても、さっき言ったように見た目は“もろ”コンバットスーツなんで普通にモノモノしい。人気のねぇ深夜ならともかく、日中はかなり目立つだろうな。
全然、除霊する人間に見えない。(まぁ、GSは奇抜な格好した連中多いしそこまでトンガッてもないか。以前、小笠原さんの所に居た連中も似たような格好だし……)
そして寺の方は使われなくなって久しく、いつのまにか夜中に悪霊が徘徊するようになったと言う。
ぶっちゃけ中堅所のGSなら余裕で倒せるような低級霊なんだが、一般人からすりゃ十分な脅威だな。霊能に目覚める前の俺がいい例だ(ありゃ無様過ぎるか?)。
依頼主は地元の自治体。元々過疎化が進んだ地域で寺の維持管理も出来ていないような経済状態なんで、当然ながら除霊にも大きな費用は出せない。
安全上止む無く依頼を出すことにしたが、受け手がなくてGS協会で暗礁に乗っていたのを俺達が引き受けたのが今回の流れだ。
俺達は能力的に道具の使用が少ないから、他のGS達に比べて経費が掛かり辛い。依頼料が相場より安くても利益になりやすいのは、今後大きな武器になると思う。
(事務所立ち上げたばかりで全然金ねぇから、この特性はマジで助かる……)
ちなみにだが、客側の依頼する方法は大きく分けて二つ。直接GSに頼むか、協会に仲介を依頼するかだ。
コネを持ってる人間はそのまま頼むけど、初めて依頼する場合は協会に通す感じになる。
(俺達はペーペーの上に後ろ盾もねぇから、暫くは協会を通す形になるだろうな)
正確に言えば俺達……いや、雪之丞は小竜姫様の口利きでモグリからGSに成れたから、あの人が後ろ盾と言えなくもないか。
でも、そのことを相手に説明するとアイツがモグリだった経緯も話さざる負えない訳で、結局大っぴらには言えないんだよな。
やっぱコツコツと実績を積み上げるしかないか。そうすりゃ、直の依頼は来なくても協会から優先的に仕事を回して貰えるかもしれない。
今回の相手はショボそうだが、俺達二人の大事な一歩だ。伝説云々は置いといても、油断して無様な姿は晒せないよな。
そんな感じで俺(横島)なりに今後の展望を考えながら、二人で廃寺の門を潜る。手入れされてないんで塗装は剥げて、金属部分には錆が目立つ。
正式に閉めた訳じゃないそうだが、これじゃ誰も入りたがらないだろうな。
悪霊、怨霊は寂れた人気のない場所を好む。今回の廃寺以外なら廃ビル、廃工場なんかがいい例だ。
そう考えると、今回除霊出来たとしてもまた悪霊達の温床になる可能性は高い。
(終わったら自治体に閉めることを勧めるか……)
神や仏をに無関心な俺に宗教的な価値なんて理解出来ねぇけど、人間の暮らしを脅かす危険があるならない方がいい。「罰当たり」なんて言われそうだが、それが俺の考えだ。
そんなことを汚れた石畳の上を歩きながら考えてるうちに目的の本堂に着いた。目撃情報では、ここに数体の悪霊が出るらしい。
「感じるか?」
「ああ、雑魚が三体……“俺達”の伝説の一歩としちゃ寂しいがやってやるぜ!!」
「まだ、それ言うか……」
俺も三体感じたけど霊感がそこまで強えわけじゃないから聞いたのに、変な解答されて悪霊が頭の外に飛びそうだ。
ってか、今か「俺達」って言ったな。不敵に笑いながら……お前の語る“伝説”ってやつに俺も含まれてんの!?
「ったりめぇだろ! やるなら“二人”で頂点(てっぺん)目指さねぇでどうするよ?」
「いや……まぁ、上は目指さなきゃいけねぇだろうけど伝説までは……」
俺には、こいつ程の上昇志向や野心はない。やるなら中途半端なことはしたくないし、眼の前で苦しむ人を守りたいとも思う。
強くなりたいと言う想いだってある。だが、こいつのとは明らかに“質”が違う。はっきり言って俺は誰が一番強いかなんてどうでもいい。
「んだよっノリ悪りぃな!始めから諦めてどうするよ? 俺とお前が組みゃ出来ねぇことなんかねぇ!!」
んなわきゃねぇだろ!お前は俺をなんだと思ってんだ。凡人だぞ、俺は。お前みたいなバケモンと一緒にすんじゃねぇ!
お前の強さや、直向きさは尊敬すっけど要らん過大評価すんな!!!
「わ…わかったから。今は悪霊に集中してくれ、あんな連中に手間取ったら“伝説”所じゃなくなるぜ!」
「んっ…そ、それもそうか」
予想以上にガチな剣幕するこいつに若干引きながら、話を悪霊に逸らして有耶無耶にした。……正直に答えたらエンドレスになりそうだからな。ったく、何なんだよ……
そんな予想外(?)なハプニングに慌てながらも意識を本堂に戻すが、特に変化はなかった。
「近くに二体……一体は少し遠いな」
一体は裏の方か……
「俺は後に回るから前は頼むぜ」
「よっしゃ!任せろ」
そう言って俺は本堂の裏へ小走りに駆け出す。全く手入れされてないんで腰の上まで草ボウボウだ。
草を掻き分けながら何とか裏口を見付けると、レシーバーを取り出す。
「着いた、始めようぜ!」
『派手に行くぜ!!』
「壊すなよ! まだ閉めた訳じゃねぇんだから」
『わかってるって♪』
大丈夫だろうな!
金が全くねぇのに損害賠償なんて発生したらシャレにならねぇぞ!初仕事と同時にコンビ解散なんて普通にあるからな。
伝説に乗る気は全くねぇけど、アホな形で終わりは御免だ。
悪霊よりあいつの暴走にヒヤヒヤしながら裏口の扉に手を掛けるが……
「鍵かかってんじゃねぇか……!!」
しまった!正面の鍵は借りてる(雪之丞が持ってる)けど裏のは借りてなかったぁ〜!!
だからって、このまま間抜け顔してる訳にもいかん。幸い錠前で簡単に止めてるだけなんで、錠前の付いてる部分を霊手(ハンド・オブ・グローリーの名は恥ずいんで封印)強引に引っべがす。
糞がっ! さっきアイツに言ったこと自分でやっちまったよ……
そおっとやったけど、それでも「バキッ」とそれなりの音が出ちまった。気づかれたろうな……前途多難な未来を暗示されてるようで普通に凹むが切り替えるしかない。低級霊でも油断すりゃ普通に死ぬ。
左手で慎重に取手を掴む。右手は鉤爪状に展開していつでも使えるようにしてある。
ゆっくり取手を手前に引くと「キィー」と木造建築、特有の音を立てながら扉が開いていく。
真夜中の人気のない廃寺……ここまでシチュエーションが整った状態でこんな音を聞いたら、昔の俺はビビり散らして大騒ぎしてたろうな。
今だって特に肝が太くなった自覚はない。俺は臆病者だ……
ただ、以前と違って奴等(悪霊)とやり合う力は付いた。
何度も死にそうな目にあって場馴れした。
それ以上にいくら騒いだって何も変わらないと認識出来た……“やっと”だけどな。
(泣き喚いて解決出来るってんなら、いくらでも泣いてやるんだが……)
その認識のお陰か、今は恐怖は感じつつも冷静さを保ててる。
そんな感慨を覚えながら、俺はゆっくり中を覗き込む……近くに悪霊の気配はなかった。移動したか?
俺は音を立てないよう、ゆっくり中を歩くがボロい床はそんな思惑お構いなしに一歩毎に「キィー」と軋んでくれる。音に関しては諦めるしかねぇな。
こっちから見つけるんじゃなくて、向こうに気づかせるくらいに行くか。
そんな風に切り替えるのを待ってたのか、どうかは知らんが仏壇の裏が見えてきた辺りで物陰から一体の悪霊が飛び出してきた。
情報通りの低級霊。生前の自我や記憶を失い無差別に人を襲うようになった悪しき(虚しいとも言えるな……)存在。
青白く全体的に透けていて、シルエットがぼやけている。人間大の青白い炎のような見た目と言えばイメージしやすいか……頭と両腕が生前、人だったことを示す唯一の名残りだろうな。
「オオォゥ〜」
不気味な唸り声……聞きようによっては呪詛にも感じる声を上げて、突っ込んで来る奴に俺は腰を落として右手に展開していた霊手を更に拡大させる。
そして野球のピッチャーするようにテイクバックした右手を真上から袈裟に振り下ろす!
霊気にのる鉤爪は低級霊の突き出した両腕の間を縫うようにして、頭へ到達するとそのまま体ごと引き裂く……いや、叩き潰すと言った方が正しいか。
「オォッ……」 バシュッ!
俺の霊的エネルギーと霊的エネルギーのみで形成された奴の体がぶつかり合い、言葉では表現しようのない感覚が俺の右手を支配する。手応えありだ!
霊核を潰された奴は、そのまま何もなかったかのように霧散する。どのくらい現世にいたのか知らんが、一瞬で消滅すると少し哀れになってくるな。
霧散した悪霊や怨霊は、輪廻転生して新しい生命に生まれ変わる。いわばさっきの戦闘行為は『強制成仏』のようなもんだ。
『成仏』だから奴等にとってはある意味“救い”なんだが、傍から見ると“害虫駆除”にしか映らないのが何とも……俺は死んだら未練なんて残さず成仏したいぜ。
まぁ、何はともあれ“最後”の悪霊を始末したことで俺等の初仕事は終了だ。
実を言うと離れた所にいた悪霊の反応は、俺が戦闘する前になくなってた。雪之丞に瞬殺されたんだろう。俺程度で捌ける相手にアイツが苦戦するはずない。
そのまま仏壇を横切って正面入口の方まで行くと、如何にも欲求不満そうに立ってる雪之丞がいた。特に建物が壊れた様子はないな。
「お疲れさん」
雪之丞より建物が無事なことに取り敢えず安心して、奴を労ったがやっぱりと言うか不平で返してきた。
「詰まらねぇ……わかっちゃいたけど、張り合いなさ過ぎだ」
「他に(案件)なかったんだから、しょうがねぇだろ。取り敢えず無事終わったことを喜べよ」
「んぁ〜〜〜〜〜っ」
(駄目だこりゃ。帰ったら廃工場とか言い出しそうだな……)
俺達は最近、修業の一貫として事務所の近くにある廃工場でよく手合わせしてる。気持ちはわかんだが、帰りは朝方だぞ。俺は全力でパスするからな……
「まぁ、いいか。何事も一つずつだな」
そう言って頭を掻きながら不承不承、自分を納得させるコイツを見ながら俺はさっきの“やりとり”を思い出していた。
(伝説か……)
別に興味を持った訳じゃない。
そもそも俺に大したことなんて出来やしない。
ただ、自分のしたいことをハッキリ言えるコイツが羨ましかった。
俺の方はと言うと、ベクトルが余り安定してない。そもそもコイツと始めた理由が食うに困ったからって部分もある。
食うだけなら別の仕事だって構わないんだが、他に能も“したいこと”もないから消去法で選択しちまった……
勿論やる以上中途半端はしたくない。
俺は逃げるように前の事務所を辞めた時、心にポッカリと穴が空いた。あの時の挫折感、虚しさは今でも俺を締め付ける。
それを何とかする為にコイツの誘いに乗ったのだって、偽りない俺の本心だ。
ただ、どうしたらいい?
どうしたら中途半端にならない?
GSとして高ランクになる?
周りから信頼されるGSになる?
世間に認められなくても、眼の前の人を救えればそれでいいのか?
どれも間違ってないようでいて、正解とも思えない……何とかしたい想いは強くあるのに目指す先がよく解らない。
藻掻けば、藻掻くだけ思考のどツボに嵌まる悪循環…………
「どうした?」
「ん!? い、いや別に……」
柄にもなく考え込んでたら、訝しんだコイツの言葉で俺は意識を現実に引き戻された。
「お、終わったし帰ろうぜ」
やべぇな、平静を装ったつもりが少し声が裏返っちまった……
「? そうだな」
だが、幸い雪之丞はそれ以上突っ込んでは来なかった。
不審には思わなかったか、それとも何か気づいた上で敢えて口には出さなかったのか?
何にしても今話せる話題じゃねぇな……俺がこれから出す答えによっちゃ、コンビ解消だってあり得る。
(コイツと馬鹿をやるのは楽しいし、誘って貰った恩もある……出来れば裏切りたくはねぇが)
……二人の初仕事が無事終わったばかりなのにに、もう決別すること考えるなんて流石にどうかしてるか?でも、いつか答えは出さなきゃならない。
本来なら今後の展望にワクワクするとこなのに、俺は釈然としないものを抱えながら帰路に着いた。
余談だが、この廃寺は今後正式に取り壊すらしい。俺が依頼達成の報告をする際、取り壊しを提案したからじゃない。
提案はしたが、今回の悪霊騒ぎが出た時点でそういう方向で話が進んでたと言う返答が返って来た。要は俺達は寺を安全に壊すために呼ばれた感じだったんだな。