「それで……あの娘を放っといて一人で帰って来たわけ?」
いつものアンティーク調の家具で統一されたモダンな事務所。そこのデスクから先生が俺を詰問する。
「はい……」
獲物を射るような眼光で俺を睨む彼女の問いに俺は俯きながら一言そう答えるだけで精一杯だった。
バンッ!!
両手をデスクについた勢いでそのまま立ち上がると先生は更に語調を強めた。
「ハァ……あんた馬鹿なの?いや、馬鹿だったわね。でも、そこまでとは思わなかったわ!!」
「何があったか知らないけど、どうしてその時おキヌちゃん追いかけなかったの!!?」
―――――――――――――――――――――――――――
事の発端は数十分前の話だ。
その日は昼間から、おキヌちゃんと一緒に簡単な除霊を数件回っていた。
俺も彼女も以前と違って霊能力を身に着けていたから、先生は今後の為に俺達に経験を積ませようとしたんだろう。
除霊は問題なく終わった。
そして、最後の依頼主に挨拶やら先生に依頼完了の連絡の報告の電話を終え事務所に帰ろうとした時に問題が起こった……
…………まぁ、要は2人で喧嘩になったんだよな。殆ど俺が責められる形だったけど(責められて当然たったんだが)……
実を言うとおキヌちゃんとは、ここのところずっとギクシャクしてた。彼女と話すのが辛くてずっと避けていたんだ。
原因は主に俺……いや、100%俺にある。彼女は何も悪くない。
理由は……余りに馬鹿らしいんで言いたくない。
……兎も角、そんな経緯があっておキヌちゃんが俺に日頃の不満を爆発させたわけだ。そして、俺はまともに答える事が出来ず最後に彼女は泣き出して何処かへ走って行ってしまった。
追おうとも思ったが掛ける言葉が見付からず、間抜けにも一人で帰るしか無く現在に至る…………
―――――――――――――――――――――――――――
「追っても掛ける言葉がありませんでした。……俺じゃ説得出来なそうなんで帰ってくるしかなかったんです…………」
情けない……いや、あの娘に申し訳ない。そんな風に思いながらも俺は自分の不甲斐ない行動を淡々と告げた。告げるしかなかった……次の瞬間俺は最近御無沙汰(?)になっている先生の強烈な折檻を覚悟した。
だが、意外にも来たのは折檻でなく言葉だった。ただ、今回の場合は折檻の方が良かったかも知れないが……
「横島クン。私達の仕事はいつも命懸け。常に死と隣り合わせなのよ!解ってるでしょ?」
言葉より先に手が出るような人が言葉を使って俺をさとし始めた……それだけ俺のやった事が重大という事だろうな。
誰かに指摘されなくても解ってる。俺はおキヌちゃんに取り返しがつかない事をした。
でも、どうする事も出来なかった……
「ええ……」
かろうじて、それだけ絞り出した俺に更に先生は続けた。
「そんな時に仲間で揉めてたら、命なんていくらあっても足りない!つまり、あなたは仲間の命を危機に曝すような事をしてるのよ!!」
「そんな人間に現場で背中を預ける事なんて出来ないわ!」
先生の言葉に無意識に俺は拳を強く握り締める……
…………“命”……
…………グゥの音も出ねぇな。その通りだよ先生。
こんな事を現場でしてたら俺達2人共お陀仏だ……馬鹿な俺はいい。当然の報いだ…………でも、彼女は違うよな。
俺だけが悪いのに彼女が俺の巻き添えを食うなんて、マジであり得ない。
馬鹿な俺のせいで…………
何が“あの娘を守りたい”だよ…!!
俺が居たら彼女は折角、生き返った命を早々に散らしちまうじゃねぇか……身の程も弁えないで出来もしない事を本気で考えてた自分を殺してやりたい。
そんな俺を見て先生も何かを察したように口を開く……だが俺は…………
「解ったみたいね。解ったら彼女を『解りました……出ていきます』」
「……え!?……な…………!」
俺は先生の言葉を最後まで聞かず言葉を続ける。
「今まで大変ご迷惑お掛けしました」
いつもの俺ではあり得ないくらい深々とお辞儀(無様な土下座は腐る程あるが……)すると、そのまま振り返らず事務所を後にした。
ドアを一礼して閉める時に先生が何か言っていた気がしたが、それに答えずそのまま歩き出す。
玄関を出る時に人工幽霊一号が話しかけてきた。
『よろしいのですか?横島様』
「ああ。今まで世話になったな……」
一言短く告げて建物を後にする。
もう、ここに来る事もないだろう……今まであり得ないくらい色々な事があったけど、終わる時は本当に呆気ないもんだな。
…………まぁ、それもある意味俺らしいけど。
玄関でおキヌちゃんに出くわさないかとハラハラしてたんだが幸い(?)にもあの娘は来まだ帰って来なかった……
どの面下げても、もう会えないよな……
どこまで行ったんだよ?
女の子が夜一人で出歩いてちゃ危険だぞ……
自分が原因の癖に勝手な事を考えながら俺は帰路に付いた。
俺の中にあるのは虚しさだけ……
でも、これでいい……
馬鹿な俺が足を引っ張って彼女を死なすより、俺だけとっとと消えた方が遥かにマシだ。
そう、自分に言い聞かせて、俺はアパートまでの道のりを歩いた。
足取りは今まで感じたことがないくらい重かった……