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時は流れ、世は事もなし

交叉4


投稿者名:よりみち
投稿日時:21/ 4/ 3

時は流れ,世は事もなし 交叉4

 横浜から出たベスパと渋鯖はすぐには目的地に向かわず,追っ手をまくため様々にコースを変える。さらに,その間を利用し渡された装備の使い勝手を試す。
 というのも,対価として東アジアの気候風土での課題を報告することになっているため。もっとも,成り行き次第で報告は届かないわけだが。



 実験前日,道を離れ山中に分け入る。当日は夜明け前に出発。季節的に雨や雪だと格段に山越えは厳しくなるのだが,日頃の行いが良かったのか,そこは免れる。

 日が昇る頃に遠目に施設が見えるところに着く二人。それぞれ迷彩柄の防寒・防水シートで体を覆い,倒れた木の陰に身を潜め様子をうかがう。



 しばらくしてベスパが渋鯖のすぐ傍に体を動かし
「施設を見通せ,向こうからは見えにくいという条件が両立しているから(ホームズと)落ち合うのにもってこいなのは判る‥‥ ただ,似た条件の場所は他にもあるわけで,ここでいて大丈夫なのか?」
 ここまで”頭脳労働”担当ということで判断を任せていたが不安はある。

「大丈夫,条件を論理的に評価していけば選択肢はすっと限られます。こちらが動かなければ見つけてくれますよ」
 とホームズへの信頼を示す渋鯖。
「それに合流できなければできないで,僕たちでやるだけのコトです」

‘それはそうだが‥‥’
 ベスパは内心で,たった二人でも(ホームズがいても三人だが)国を敵に回すのをためらわない青年にあきれる。



 一時間ほど様子見に徹するが何も起こらない。
 自分の目で細かいところまで見ておきたいベスパは渋鯖を残し,施設に向かう。

 可能な限り慎重に接近し観察。そして見えてきたのが,今日という日の重要性からすれば警備は割となおざりだということ。施設を囲む柵の内を巡回する兵士を目にするが,仕事を果たしているだけという感じ。パトロールを出すとかもしていない。

 昼前までポジションを変えつつ見張るが認識は変わらない。ギリギリまで息を殺しておく想定もしていたが,少し警戒を緩めても良さそうだ。これ以上の情報はないと判断し隠れ場所に戻る。

 知らせがないことで状況を察したらしい渋鯖は,施設から視認できないところに下がり普通に姿を見せている。

 細かいところまで気を配れる一方で,妙な図太さを持つ青年にベスパの頬に好意の苦笑が浮かぶ。それに気づき照れる渋鯖,『ご苦労様でした』と用意してあった食事を差し出す。

 ちなみに食事といっても携行食と懐炉で温めたスープだけ。携行食−ベスパから見てカ○リーメイトそのモノ−はやや粉っぽいものの味は素朴で普通。スープも塩味だけだが人肌程度でも熱があるのは冷えた体にありがたい。
 そういえば,この体になって嗅覚や味覚をセンサーとして使うだけでなく精神を充足するツールとしても使っている。人間の欲求は(魔族視点で)不便・不都合なモノも多いが,こうした日常を重ねると人が食事に拘るのは納得できる。



 カロリーと熱が体に入ったことで二人の間に何となく和んだ空気が流れ,雑談が交わされる。

 ”三姉妹”で活動していた時はともかく,魔軍に属してからは孤立し,誰かとのおしゃべりなど夢の中でもなかった。しかし,横浜から(それも形としては逃避行)の二人旅,自ずと言葉を交わし,たわいのないやり取りも当たり前になっている。



「‥‥ 僕の場合,どちらかというと,元始風水盤自体がなくなってしまえば良いって考えています」
 と穏やかさの底に揺るぎのない意思を示す渋鯖。

「ふ〜ん 意外だねぇ 今の時代,自分の国が強くなることについては前向きだと思っていたが違うのか?」
 ベスパは,青年が21世紀に残る偏屈な人物像と異なり(あくまでも比較の上だが)常識人と思っていた。しかしここまでの言動で,この青年が筋金入りの理想主義者で,その意味では,ホームズやモリアーティー以上に強固な芯を持つのが見えてきた。

「国が強くなることは否定しません。けれど,霊力とかの超常の”力”と国が結びつくのは良いとは思えませんね! 確かに元始風水盤の力は絶対的で,完成すれば列強といえどもはこのヨチヨチ歩きの小国を無視できなくなります。けれど,同時に成功は地獄の蓋を開けるようなもの。そうした”力”が使えるのを知れば,どの列強も元始風水盤に匹敵する何かを見つけてくるに決まっています。そうした点でヒトって途方もない創造力を発揮しますからね。仮にそういうものが見つからなくとも”風水盤”の秘密を手にするって策もあります。列強の情報機関を敵に回しどれだけそれを守られるやら‥‥ そんなこんなで超常兵器は列強に拡散,相手のそれを上回る力を作り出そうとする競争にのめりこむ‥‥ まるで血を吐こうが止められない野駆けのようなものが始まってしまうって恐れています」

「そうだろうなぁ 人間ってヤツは核兵器でそれに近いことをやったからな」
 渋鯖が描く未来がこれからの人類がたどる道なので同意する。

 五十年ほど未来に核の火を手に入れてからの核軍拡競争。その綱渡りが一段落したかと思えば,心霊兵器で同じことを始めかける(こちらは端緒で“主”が引き起こした一連の危機があって,何とか制限条約がまとまったが)。そのあたり,人とはつくづく度し難い”種”だ。

「核兵器‥‥ って何です?」

「核分裂,核融合を使った爆弾,原爆とか水爆‥‥ 歴史をちょっとでもかじっていれば20世紀半ばに‥‥ しまった!」
 時間つぶしと軽く受け答えをしていたベスパは,渋鯖の驚きで失言に気づく。

「核分裂に核融合‥‥ 以前,質量とエネルギーが等価で,原子から膨大なエネルギーを引き出せる‥‥ なんて考えたことがありますが,間違っていなかったようですね」

「‥‥ テヘ! 今のナシ」と自分の頭を小突いたベスパはペロっと舌を出す。

「‥‥ それって何かの厄払いですか?」21世紀のネタを“痛そう”に見る渋鯖。
「それに誤魔化さなくてもかまいませんよ。あなたが未来から来たことを含めて,僕たちの目的には関係ない話ですし」

 さりげなく付け加えられた内容にベスパはギョッとし
「‥‥ あっさり,あたしが『未来から来た』って言い切ったわけだが,それで済ますのか?! 時間を越えるなんて与太話は,簡単に信じて良いものじゃないだろう!」

「サンジェルマン伯爵とか‥‥ 時間を渡り歩いていそうな人物は何人も知られています。それとカオス氏の記録にありますが,彼のところに千年ほど未来から時間移動してきた二人組がいたそうです。あと,ホームズさんからあなたが未来から来た可能性が高いとも聞いていましたし」

「何となくバレてる気はしていたんだよなぁ」
 ホームズとかモリアーティーとかの真実を見抜く天才相手に安易に言葉を交わした自分を思い出す。

「ホームズさんと最初に会った時に,大陸の反対にある都市の諮問探偵を,それも雑誌に紹介された程度の一探偵を『歴史に残る』と言い切ったとか‥‥ ホームズさん曰く,将来的にそう評価されるにしても,今はそこまで−大陸の反対側にまで知られるほど有名ではないとのこと。つまり,まだ”ない”情報をあなたが持っているということ。考えられるのは,あなたが未来の情報を得られるのか未来の住人のどちらか。仮に,前者とすれば,歴史の有名人の情報ならともかく,タバコの害とかの雑学っぽい情報まで手に入れているのは妙な話。となれば,答えは後者ということ。『様々な可能性が否定され,残ったものは,それがどんなに突拍子がないものであっても真実である』というのがあの人の持論だそうです」

「そういうこともあったな!」秘密が一つ消えかえってサバサバするベスパ。
「ところで,ここに未来の情報を知っているヤツがいるわけで,何か訊きたいことはないのか? あんたがこれから何をするのかとかさ!」

「興味はないですね,未来は自分で創るものでしょう」
 と渋鯖は気負わず断言する。

「じゃあ,災厄とかの情報はどうだ? 知っていれば被害を減らせるかもしれんぞ」

「どうでしょうか‥‥」と珍しく陰気に応える渋鯖。
「これまでも災厄の予知や予言は数限りなくされましたが,社会はそれを受け入れず,被害を減らすのに役立っていません。仮に僕が,未来人から聞いたと言って災厄を訴えたところで,信じる人はいないでしょうね」

「だろうな」と同意するベスパ,人は信じたいものしか信じない。

「そもそも論で言えば,貴方が教えてくれる情報が正しい保障もありませんし」

「あはは‥‥ それを言っちゃおしまいだろ」とその身も蓋もない言い方を笑うベスパ。
「まっ,そう言ってもらえるとこっちも助かる。未来の情報を知ったせいで起こらないことが起こっちまうと,こっちも困るんでね」
 気に入らないことは多々ある未来だが,主の望みが叶ったという一点で守りたい。

「今の話だと,未来が変わることもあるようですね?」

「変わると言っていいのか‥‥」時間移動によるパラドクスとその解釈を説明する。

「‥‥ だいたい判りました」
 専門というわけでもないベスパのざっくりとした説明でも十分と渋鯖。
「つまり,あなたは過去を変えたくない‥‥ だとして,フィフスは未来についてはどういう立場ですか?」

「あたしとフィフスは芦少佐を巡って対立するだけで,過去に対する姿勢は一緒だよ。いや,どっちかというと奴さんの方が歴史を守りたいと思っているはずだ」

 歴史が分岐すれば,自分たちが来た”未来”へ主の霊基構造体を届けることはできなくなる。それは避けなければいけないはずで,その分,相手の方が慎重な行動が求められる。
 ここまで,”蝕”の影に隠れているのも“分岐”の可能性を少しでも減らしたいからだろう。

「相手が歴史を守ろうっていうのなら,少し安心ですね」

「どういう意味だ?」

「例えば,ホームズさん,あの人が歴史に残っているということは,残すまでは死なせないということでしょう」

「名探偵ホームズが私の“未来”いるからって楽観しない方がいいぜ!」
 当然,著名な人物が歴史とは異なる死を迎えれば,“分岐”してしまうので,フィフスとしては避けたいはず。かといって,それがその人物が死なない保障にはなるかといえばならない。
 何であろうと,現実に起こってしまえば,それは変えられない。
 この先,乱戦が起こり流れ弾でホームズが死ねば,それが現実。ホームズという名探偵いないのが“正しい”未来だ。

 その意味で任務だけを考えれば,過去を変えて−ホームズを殺すとかで−しまえばフィフスを“正しい”未来に帰れなくすることはできる。ただ,その先には”主”の望む未来がないかもしれないし,何より歴史の復元力を考えると,そうした”ズル”には手ひどいしっぺ返しがあるに違いない。
 最後の最後の手段としてはアリでも,安易にすがるつもりはない。

「その通りでしょうね。僕たちにすれば起こったことだけが”正しい”わけですから」
 タイムパラドクスは理解していると渋鯖。
「それにしても”蝕”も可哀想ですね」

「連中に同情する余地ってあったか?」意外なリアクションだとベスパ。

「だってそうでしょう。未来に核エネルギーが存在するということは,超常的なエネルギーの利用に失敗したのが”正しい”未来。つまりは”風水盤”が失敗したということ。フィフスが自分のいた未来に戻るためには”風水盤”を失敗させなければならないわけで,それって”蝕”は裏切られるってことでしょう」

「そうなるな」と鋭い着眼点だと思う。
 さらに言えば,今の”主”も可哀想だ。ベクトルが違うとはいえ,最も忠実な使い魔のどちらか,あるいは両方の手で計画が潰されるわけだから。

‘そういえば‥‥’
 どちらかといえば考えないようにしていきたこの時間の”主”との関係について考える。

 この件で”主”の狙いは判らない。当然,自分の霊基構造体を使ったプローブを使い二つの国にまたがって人々を操ってまで進めている以上,完成を望んでいるのは間違いない。しかし,素のままで元始風水盤という極めつきのアイテムを人類にくれてやるとも思えない。
 ひょっとすると”主”も完成は望んでいても最終的には失敗させるつもりなのかもしれない。そうなってくると邪魔をしなくても歴史は変わらない。”主”に忠実な使い魔として,完成の方に動くという判断も‥‥

「どうしました? 何か気になることでも」

「‥‥ あらたまって考えると,正しい“未来”に繋げるのにどこまでが許されるのかな‥‥ って」
 話している内に”未来”の重さを感じるベスパ。オリジナルたちの霊基構造がどんな形で”主”に渡ったのかも何ら判っていない 。

「ベスパさんが必要と考えたことをすれば良いと思いますよ」

「下手を打つと“未来”が変わってしまうかって話なのに,無責任なことを言ってくれるねぇ」

「無責任も何も,あなたが来た”未来”に繋げる責任は僕らにはありませんよ」
 割と突き放したことを渋鯖は口にする。その上で真摯な口調で
「まあ,さっき聞いた情報だけの思いつきですが,未来のあなたがここにいること自体,“正しい”歴史じゃないかって思っています」

「‥‥ アタシが何をするにしてもても,それは歴史によって決まっているってワケかい!」

 タイムパラドクスについて有力な説ではあるが”主”のこともあって,何らかの超越的な存在に行動が決められているという考え方には反発するところはある。

「違います! あなた‥‥ それに僕たち‥‥ フィフスも”蝕”もそうでしょうけど,それぞれが自由な意思で最善を尽くした先にあるのが“正しい”未来だという話です」

ふっ と,内容よりも誠実な口調に肩が少し軽くなるベスパ。
「要するに,アタシは自分の仕事を‥‥ フィフスの邪魔をすることだけを考えていれば良いってわけだ」



 話が一段落するのを待っていたわけではないだろうが,ベスパが気持ちの整理したところでホームズが姿を見せる。

 簡潔に再会を祝し,ここまでそれぞれが集めた情報を交換する。その際,渋鯖からベスパが未来から来たことも伝えられるがホームズは驚かない。推論が裏付けされたというだけという態度。さらに渋鯖と同じで未来を訊くこともしない。未来は今を生きる者がつくるものであって,すでに”起こった”未来に関心はないというところだ。



 情報交換からこれから−実験阻止に話は移る。

 渋鯖が十枚ほどの”符”をリュックから出し
「手製ですが破魔札です。僕だけで作ったらただの模様のついた紙切れですが,ベスパさんに霊力を充填してもらっているので使えます。それと模様違いは”風水盤”を止めるためのものです。ただし,動いてしまうと”風水盤”は強い霊力を帯び,おいそれと手は出せなくなります。使えるのは起動前だけだと考えて下さい。この点,他のやり方で邪魔するにしても同じと考えてください」

「‥‥ そうなると起動前にどう本体にたどり着けるかが勝負だな」
 ホームズは配られた”符”を受け取りポケットに収める。

「”蝕”の邪魔をするって方法もあるんじゃないのか?」

「三人では戦力不足だよ。特にフィフスが乗り出してくれば我々三人が束になっても勝ち目はない」

「言っただけさ」ベスパはアッサリ引っ込める。
 戦った経験から,正面から戦えば万が一にもフィフスは倒せない。一筋のチャンスと考えているのはフィフスが拉致を試みた場面でのプローブとの共闘。プローブは戦力に全振りしていた時代の自分以上と考えられるので勝ち目は見える。

「そうそう,一応,確認しておきたいのだが,我々の行動の目的は”風水盤”の妨害ということで良いのかね?」

‥‥ 良い意味で忘れていたことに触れられたことに当惑するベスパ。
 ただ改まって考えると,一緒に行動しているのは多分に成り行き。どこかで呉越同舟であることが表面化するだろう。なら,余裕のある内にはっきりさせておくのも悪くない。

「‥‥ あたしはフィフスの邪魔だな。”風水盤”についてはギブアンドテイクで手は貸すがそれだけと思って欲しい」
 協力関係をご破算にしかねない言いぐさだが,正直に訊かれた以上,こちらも正直になることが誠意と思っている。

「了解です。お互い自分の立場を優先,恨みっこなしで行きましょう」

‥‥ 当てにしていないと取れる渋鯖の反応にベスパはいくらか腹が立つ。
 もちろん,自由に振る舞える方が助かるわけで,逆恨みに近い感情なのは判っている。

「あと付け加えるなら,諮問探偵としてはフォンの魂を取り戻すことにも高い優先順位を持たせていることも言っておく。もともと”教授”の依頼はそちらだからな」

「そうでしたね! そこは抜かっていました!」と迂闊さを認める渋鯖。
 忘れていたわけではないが,ベスパと一緒にいたことで,目の前の女性に魔族が憑依している事実が意識の隅に追いやられていた。

’‥‥ そんな話もあったな’
 体に馴染みきったベスパも取り憑いている立場を思い出す。

「取り戻したとして,その場合,一つの体に二つの魂‥‥ 体を使えるのは‥‥」
 渋鯖は思いつくところを口にする。

「体はあたしがゴネると厄介だろうが,そんなつもりはないから安心しな!」
 ときっぱりと言い切るベスパ,オリジナルに迷惑を掛けるつもりはない。

‘体がないままだと,霊力不足で意識と記憶がなくなり‥‥ 良くて自然消滅,下手をすると雑魚霊として払われる‥‥ 後の方はぞっとしないね。自分でいられるのは一ヶ月? 三ヶ月? 半年は無理だな‥‥ まあ,この世に未練があるわけじゃなし,それもいいか’
 ととりとめもなく,体から離れた後を想像する。
 美~なり美智恵が迎えに来るだろうが,ベスパという”座標”がない中,自意識がある間に遭遇できるかどうか。

‘もし魂が戻らなかったら‥‥’
 ホームズと”教授”は楽観しているが,裏切りの報復として魂を処分していてもおかしくない。その場合,戻る魂のない体をどうするのか?

 ”身より”として蛍と蝶々は肉体の埋葬なりを求めるに違いない。一方で,目の前の好青年は,それがこちらの滅びに繋がるなら,宙に浮いた肉体を自分が使えるよう説得するに違いない。

‘それが上手く行ったとして‥‥’
 オリジナルの体ということなのか,数日で憑依を忘れるほど馴染んでいる。一,二ヶ月で離れられなく−人間化してしまうだろう。

‘人になり果て生きる‥‥ 渋鯖なら説得した手前,身の振り方にも責任を持つだろうな’
 と想像が広がる。その恩返しに彼の傍らで”肉体労働”を引き受ける。意外にアップダウンのある人生を送っていそうなので退屈はしなさそうだ。

‘何でもアリなら‥‥’と一つの可能性が浮かぶ。
‘オリジナルがシェア認めてくれれば十年単位で時間が稼げる‥‥ って,それはないな’
 我ながらトンデモないことを思いつくものだと心で肩をすくめる。魔族と体をシェアするなんて話は一日でも願い下げのはずだ。
 しかし,どうしてシェアという発想が浮かんだのか‥‥

「君については,そこは信じる。まあ,そんなこんなは取り戻してから考えても遅くはない」

「ああそうだな」浮かんだ疑問はホームズの言葉で泡のように消えてしまう。



 一区切りついたと渋鯖は広げられた地図に目を向ける。
「‥‥ 施設に忍び込むのは,それほど難しくはないようですね」
 
 彼が父親のコネと権力で手に入れた施設の地図には,ホームズからの情報が書き足されている。
 それらは質・量共に充実しており,さすがに観察力とそこから答えを導く洞察力は,歴史に残る名探偵に相応しい。ただ,その天才をもってしても半日の先行で集めたにしては多い気もしないではないが,そこは質さない。
 ホームズなら,話す必要があることなら話すだろうし,話さないのは,そうすることにメリットがあるということだ。

「ああ,そういうことだ」とホームズ。
 『ここ,それにここ』という感じに地図を指で何度かなぞる。

「侵入ルートですか‥‥ どれもいけそうですね」と相応にチェックしてから渋鯖。
「ベスパさんの判断とも一致しますが,全体としてけっこう杜撰な警備ですね。これも何らかの仕込みなのでしょうか?」

「あり得るな。最初にプロットがあって,それに沿って話が展開するよう舞台が整えられている感じだ」
 ホームズは面白くなさそうに同意する。”教授”ではないが人間の愚かさを利用する超越者=(ベスパによると)魔族の大立て者への反発はある。

「問題は,その先,どうやって”風水盤”のある地下ホールへ入るのかですね」

「それが難題だな。地表と地下を繋ぐルートは一本だけ,そこを押さえられる力業しかない」
 超越者の”台本”でそこに問題はないのだろうが,こっちはそういうわけにはいかない。

「通気用にホールと外を繋ぐダクトが二本あるようだが‥‥」
 進入路の”鉄板”というべきルートを指摘するベスパ。

「そこも考えたが,サイズに難がある」
 ホームズは地図に小さく書き込まれた数字を指で示す。

「‥‥ なるほど,あたしも無理だな」

 日本人としては大柄の渋鯖,ヨーロッパ系では大柄とはいえないが,がっしりとしたホームズ,この時代の食事をえると破格にメリハリがある体型のベスパ,ダクトのサイズでは三人とも体を押し込めるかもしれないが動くのは無理だ。

「蝶々ちゃんなら余裕‥‥ あと,蛍さんもギリギリで使えそうですね」

「彼女たちを当てにするのはナシだ。少佐の身を守るためということなら協力はできるだろうが,少佐が成功を望んでいるコトの邪魔は頼めない。下手をすれば,二人が敵に回ることも考えられる」

「そんなつもりで言ったわけじゃないです。それに二人はここにいないはずですし」

「どういうことかね?」

「あたしがやらせたんだよ」とベスパが割って入る。
 二人が追っ手になる可能性が高いと聞いたので,彼女たちを遠ざけるよう渋鯖に頼んだ。それに応え,彼は逃げる中で様々なダミー情報を残してきた。それに引っかかっていれば,ここに来るのは早くても明日の朝あたりのはずだ。

「残念だが,その手間は無駄だったようだ。彼女たちはもうここに来ている。たぶん“教授”が入れ知恵をしたのだろうな」
 先に着いていたホームズはそのあたりの情報も掴んでいる。

「どうしてそんなマネを? 二人がこっちの敵に回るかもしれないのに」

「護衛の礼に,本人達の望みを叶えてやったというところかな。あと,不確定要素を増やすことで“場”を乱す方がメリットになると考えたのだろう。超越者が人を駒扱いするのに腹を立てている割に,自分が人を駒扱いするのは良い,というのはあの男らしい」

きっ! と奥歯を噛むベスパ。“歴史”は二人を手放すつもりはないらしい。
 これ以上考えても始まらないので
「地下へは,その場の状況で絵を描くしかなさそうだな」

「僕もそう思います」と渋鯖。
 不確定要素が多すぎるコトに計画を立てるのは時間の無駄と
「それでどのルートを使って侵入します?」

「そこだが。ここから,また分かれて行動しようと思うのだが,どうかね?」

「はああ 分かれてだと?!」何を寝ぼけているとベスパ。
「ただでさえ少ない戦力を二つに分けるって正気の沙汰じゃないよ!」

「戦力という話なら,三人まとまっても敵側が圧倒的に上だよ。我々にできるのは隙を突くことだけ,それなら別に行動することで相手の混乱を誘った方が良い」

「互いに囮になるってことですね」渋鯖は提案をそう解釈する。

「そういうことだ。見つかった方が囮役を演じる。それで残った方がいくらかでも自由に動けるのならメリットはある」

「そういうもんかね」渋々という感じにベスパは反対を収める。

「そうするのなら,進入ルートは分かれてから,それぞれで決めませんか。フィフスのマインドコントロールがある以上,捕まった方から情報は筒抜けになるでしょうし」
 気合いで抵抗するといった根性論には渋鯖は与しない。



 決まった方針に沿って持ってきた装備を分配する。



「君はこれを使いたまえ」
 ホームズは二連式のショットガンと十発ほどの弾丸と一緒に渋鯖に渡す。銃は銃床と銃身を切り詰め射程と命中精度を犠牲にして取り回しを優先した仕様になっている。
「弾丸に精霊石の破片が混じっている。フィフス相手には豆鉄砲以下だがないよりはマシだろう」

 割と手慣れた感じに引き金や撃鉄を点検する渋鯖,しみじみとした口調で
「撃たずに済めば‥‥ なんてつい思ってしまう‥‥ ここにきて,こんな風に言うのは覚悟が足りませんね」

「そうだな。今ならまだ行かないという選択はできる。ここで引いても私もベスパもその決断を許す‥‥ だろう,ベスパ?」

‥‥ ホームズの言葉にベスパも無言でうなずく。

「‥‥ でも,“三人目”が許さないでしょうね!」と銃弾を装填する渋鯖。
 バランスを確かめるため構えるが,そこに何の動揺もない。


 それを見届けたホームズはついでという感じで自分の拳銃を点検する。
 弾は精霊石ではないが相応の処置をしたもの,並みの霊的存在なら相手取れるがフィフスに楽観はしない。
「あと,これだな。これは君に渡しておこう」
 ポケットから小さな革巾着を取り出しベスパに投げて渡す。

 ベスパは袋から小鳥の卵ほどの宝石を取り出し
「精霊石,それもずいぶん高いヤツだね。このサイズで純正品なら都心のタワマンのスイートが買えそうだ」

 19世紀の二人には分からない比喩だが,わざわざ質(ただ)さない,高価さの形容だろうと見当はつく。

「ここに来る前に寄った土地−ザンスでもらったものでね。そこの王位継承権者にかけられた濡れ衣を晴らした礼にもらったものだ」
 と語られることのないエピソードの一端を明かすホームズ。
「女性に危険な役目を頼むのは紳士にとっては不本意だが,フィフスに一泡ふかせられそうなのは君しかいないからね」

「いいだろう,預かっておく。こいつをヤツが無防備な時,鼻先で爆発させれば,けっこうダメージはあるだろうよ」
『付けた条件が全てクリアされるわけもないが』と内心で付け加えるベスパ。

 最後に幾つかのポイント確認しホームと渋鯖・ベスパの形でそれぞれに出発する。


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