当作品の主な登場人物(2)
呉公
政府に元始風水盤の資料を持ち込み建造に導いた老道士で建造責任者。正体は”蝕”の首領であり,西の大国の依頼により元始風水盤を使って日本を壊滅させようと画策している。
”蝕”の首領として,芦に差し向けた暗殺者−フォンに寝返られた事から寝返らせた芦と寝返ったフォンに復讐することに拘っているところがある。
青令
”蝕”の副頭で呉公の片腕的人物,能力も立ち位置に応じたもの。フィフスに強い反感と警戒心を抱いている。
茂流田
元始風水盤建造の総責任者。呉公に野心を煽られ彼に手を貸す。最終的には芦を呉公に始末させ,その呉公を始末,元始風水盤を扱える唯一の人間として権力を握ろうと考えている。
義姫
長い黒髪を束ね常に巫女姿の十代前半の少女。高い霊力の持ち主で,それをもって元始風水盤建造に協力。度々,訪れる芦に対しての好意を隠さない。幼い見た目に反し,強化された”蝕”の手下を軽々葬る力を持っている。
時は流れ,世は事もなし 交叉2
人が慌ただしく働く中ので”エアポケット”の一つ,所長室。
朝からそこに詰めている茂流田だが,多くの場合,そうであるように事態が順調に運んでいる以上,責任者にすべきことはない。
一応,各部署に進行状況を報告するよう命じたので,それなりにそれは届く。届いた紙面に目を走らせているので責任を果たしているようには見えるが,中身は頭に入ってはいない。
脳のキャパシティは,最終実験‥‥ ではなく,それを巡る陰謀とその成否に振り向けられている。
とはいえ,こちらもこの段階に至ると,動く余地はない。
ここ数ヶ月,数え切れないほどの検討を重ね,考え得る限りの策(て)は打ってある。
その意味で,思考の冷静な部分は“迷宮”を堂々巡りするのは時間の無駄であり,本番に備え英気を養うべきだと訴えているが‥‥
成功すればこの国の最高‥‥ とまでは行かないが有数の権力者に成れるが,失敗すれば破滅,死につながる可能性も高い。第三者からすれば,報酬の大きさから命という“掛け金”は高くないと言われそうだが,当事者として軽々に切り捨てられるものではない。
考えはまとまらないまま,コトの始まりへ意識が遡る‥‥
自分が芦優太郎を知ったのは,まだ子どもの頃。
奉公を始めた大店から,息子の友だち(という名の付き人)になるよう申し渡された時。
引き合わされた場面の記憶はほとんどないが,少し年下なのに,自分よりもよほど大人びていた印象だけはハッキリと残っている。
本人の性格なのか,芦は奉公人に対する主人として振る舞うことはほとんどなく,共に遊び,共に学ぶ,言葉のままの友人同士として共に成長期を共に過ごす。
すでに御一新を経て身分が表向き問われなくなった時代とはいえ,主人と対等な関係を結べるなど,恵まれた少年期だと他人はうらやむところだが,自分としては,さほど嬉しがる話しでもなかった。それどころか,この時代の存在が,今の陰謀を思い立った遠因だったと思う。
というのも,芦の才気があらゆる面で(平均から見れば十分に秀才な)自分を上回っていたから。なまじ同じスタートラインに立たされているだけに,自分の死にものぐるいの努力を軽々と上回る結果を出していく芦に劣等感を抱き苛(さいな)まれる日々だった。
あと,少しばかり非日常的な経験として芦が成長と共に霊能力に目覚め,その力を高めていく中,自分も友達として修行を共にしたことが将来を決める。
いくら鍛えても霊力が平均の下の中程度だったので霊能者としてはモノにはならなかったが,オカルトに対する理解力がずば抜けて高いことが判明。常人ではどれほど頭が良くても理解できない呪法・呪術が子どもの手習いに使われるテキスト並みの簡単さで頭に入り,芦もその方面では自分に次ぐ(そこでも決して越えられないわけだが)と認めるほど。
青年期に入った芦は,家を継がず除霊師として様々な霊的な問題を解決。とりわけ,政府(及び,その高官)に向けられるような難易度の高い霊的な問題を難なく解決することで,その信頼を確かなものとしていく。
そして自分は芦の紹介で彼が救った政治家の書生に,そこから官吏として政府に出仕することになった。役人になってからは,それまでに手にしていた(霊的な)知識と最強の霊能力者である芦と親しいことが重宝がられ,霊的な問題が起こるたびに連絡・調整役が回るように。いつからか,政府に絡む霊的な問題の仕切りが担当になる。
その権限はなかなかに大きいが,普通の仕事に就いている同輩からは,霊が絡む仕事なんぞ,いくら実績を積んでも出世につながらないと揶揄され,実際,解決するごとに高まる芦への評価に対し自分は単なる傍らに控え雑務をこなす小役人程度にしか認められなかった。
政府の信用(というより,助けた高官の個人的な信頼)の元で,芦が対霊的戦闘部隊の設置を認めさせた頃に持ち上がったのが,西の大国からの亡命者−呉公−が売り込んできた元始風水盤建造の話。
地脈を流れる霊的なエネルギーを操作することが可能になれば,人間程度が仕掛ける霊障や呪詛のいっさいを無効にできるだけでなく,人の手では防ぎようがない霊障・呪詛を仕掛けられる。さらには降りかかる自然災害をキャンセルする一方で敵に自然災害をぶつけることもできるようになる。
そうした夢物語のような話に,当然,政府は冷淡だったが,結果を出してきた芦の推薦により採用されることに。もちろん,オカルトに絡むため,表だって予算処置は取れず,そこでも行き詰まる可能性はあったが,芦と対霊的戦闘部隊をもってしても防ぎきれないオカルトを使う凶賊の存在が,計画実現の最後一滴(ひとしずく)になる。
流れ的にも才能的にも建造の主役は芦になるべきところだが,対霊的戦闘部隊の指揮を含め霊的な問題を解決するにあたって最強・最高戦力をデスクワークに貼り付けるわけにはいかない。火事を出さないシステム作るのも大事だが,目の前の火事を放っていて良い理由にはならないということ。
そして,次ということで自分が責任者に抜擢,呉公と協同して共に建造が始まる。
その過程で,責任者として元始風水盤の情報に触れるが,霊的な知識について,これまでもそうであったように短時間で諸々をマスターする。
それなりに霊的な問題に理解があるということで集められた他のスタッフが担当分野で精一杯,互いに協力しても十分な運用しかできないのに対して,一人で運用できるまでになる。
自信がついた頃合いを見計らったのか,呉公から元始風水盤を”山分け”にしないかと持ちかけられる。
曰く
『このまま完成させたとしても,手柄は全て芦のもの。しかし芦を亡き者にすれば成果を二人で手にできる』とのこと。
普通なら言下に拒否,申し出た人間を逮捕する話だが,さほど葛藤もなく提案を受け入れる。これまでの人生でずっと芦の添え物として生きてきたというコンプレックスがなせる業(わざ)‥‥ というのが,振り返った時の自己分析。
一応,提案の真意を問いただしたところ,芦であれば”風水盤”を正しいことにしか使わないからで,それは困るということらしい。
「己が身の上を語る趣味はないが」と切り出された話によれば‥‥
西の老大国で四十年余り前に起こった反乱。一時期,それは大きく燃え広がるが最終的に鎮圧されるのだが,その反乱側に加わっていたことで全てを失ってしまったそうだ。以後,”表”では生きられず”裏”の住人となり,”蝕”という犯罪結社を造ったのも生きるためであると共に社会−体制への復讐という意味もあるとのこと。そして,元始風水盤の建造も,東の新興国の野心につけ込み,復讐のための武器を手にするため。
帝都を騒がす賊の首領が目の前にいたこともそうだが,凶行の目的が政府の重い腰を上げさせるためというのは驚きでしかない。そして,手段を選ばず自分の考えを具現化していく相手の気迫に圧倒される。
その動揺をさらに揺さぶるようなシニカルな笑みを浮かべ呉公は
「‥‥ 例え自国のためになろうと,芦は個人の復讐に手を貸すことはあるまい。しかし,己が権勢のために友を裏切る者なら,他人の復讐に手を貸すなどお手の物だろうよ」
手を組むのを承知したのだが,心の中ではさらなる計画が浮かんでいた。当たり前の話だが,『山分け』より『独り占め』の方がさらに得られるものは大きい。
芦が死んだ後”蝕”(そして呉公)を潰せば,全てが手に入る。
がた! ノックもなしに開く扉。
ズカズカと入り込んできた呉公により,意識が現実に引き戻される茂琉田,その落差で軽くパニックを起こし
「何か問題が起こったのか?!」と半ば腰を浮かせて問う。
「いや,何も起こっておらん。ここを除けば”全て”順調そのものよ」
呉公は中腰のままでこちらを凝視する相手を嗤う。
「‥‥ そうだな。お前がそんな当てこすりを言いに来られる程度には順調のようだ」
何とか怒りを隠し茂流田は椅子に体を戻す。
「そうよ,それ! これからはどんなコトが起ころうともあわてない‥‥ 少なくとも,あわててないよう見せることが肝要よ! どんな形であれ,スキを見せてしまえばつけいられるだけじゃ」
「‥‥ ふん! ありふれた正論での助言,痛み入る」
助言にのっとり,これ見よがしの挑発を流す茂流田。
「元が雑務を引き受けるだけの小役人だからな。故国を捨て故国に災いをもたらす”力”を競争相手に授けようというような図太さは持ち合わせてはいない」
「ほう‥‥ 恩人を罠にはめて殺し,その過程で,ここで働く者たちの命もどうなろうとかまわんという図太さがあるのに控え目なことよ!」
なお挑発を重ねる呉公だが,相手が乗ってこないことで冷静さを確認,本題に入るため表情を改める。
それに合わせ茂琉田も真剣な口調で
「それで来た理由は何だ? お前のことだから雑談をしにきたわけではないのだろう」
「雑談になるかどうかはお前次第だが‥‥」と少し間を空ける呉公。
「女魔族からの情報で,芦が昼にはここに着そうだ」
「昼‥‥ 予定では午後,それも遅くなってのはずだが‥‥」
最終起動実験は,月の魔力をスターターにする関係で真夜中に始めることになっている。立ち会うだけなら日が沈んでから着いても間に合う,にもかかわらず繰り上げて来るとなると‥‥
「まさか我々の動きを掴んで何か仕掛けるつもりか?!」
「奴の顧問が色々と手を回し界隈の情報を集めているようだから,その可能性はないとはいえん。とはいえ,来るのは,予定通り本人と従卒が二人だけとのこと。怪しいと感じたのなら,対霊的戦闘部隊の全員も率いてこよう」
「それもそうだな‥‥ しかし,そんなに楽観的に構えていて大丈夫なのか? 奴の意図は分からないのだろう?」
「なら延期するか? 次の満月まで」と嘲笑を隠さず返す呉公。
!! これ見よがしの当てこすりに顔がさっと紅潮する茂流田。
が,先の助言を思い出し,それ以上の動揺は見せず。
「それこそ何か掴まれる時間をやるだけだろうな‥‥ ここに至って疑心暗鬼に囚われても得になることは何もないか」
「それで良い! コトここに至れば,やり遂げるしかあるまい」
その覚悟を決めさせるために来たと呉公。
用は済んだと部屋を出ようとする共犯者に茂流田は
「俺が突然のことに狼狽えるのが心配で来たのなら,もう少し,私の不安に付き合ってもらおう」
「かまわんよ。それで,何が不安だ? 巧く行き過ぎて不安というのならつける薬はないが」
と腰を据えるために中央にある接客用のソファーにドッサリと座る。
茂流田も対面する形でソファーに座り
「情報をもたらした女魔族‥‥ フィフスだったか? お前の手下についてはお前の責任だと思って放っておいたが,このままにしておいて良いのか?」
「ここに至って良いも悪いもあるまい,あれはあれで役に立っておる」
「本気で言っているのか? (お前)らしからぬ甘さだな」
とマジマジと老道士を見る茂流田。
「魔族は芦を生きたままで引き渡せと言っているのだろう? だが,コトが予定通りに進めば奴は死ぬことになる‥‥ というか,死ぬことが成功の前提だろう? そこの折り合いはどうつけるつもりだ‥‥ 事の次第によっては,芦を手に掛けた我々に敵対するかもしれん!」
「そうなったらなれば,魔族を始末すればいい話じゃ」
「どこからその自信はどこから来るのか教えてもらいたいものだ? 魔族の力はその辺りの魔物とは比べものにならないと聞いているが‥‥」
「儂の見立てでは芦と同じくらいか,それ以上じゃ。芦を攫おうというのだ,最低でもそれ位の力がなければできぬ話よ」
「つまり,お前の手に余るということだろう?!」
とさっきからの挑発のお返しと嘲笑。
ここまで芦が生きているのも,突き詰めてしまえば,”蝕”の誰一人として−目の前の男であっても−殺せなかったから。ここで芦を殺すのも,別に目的があるとはいえ,確実に殺せる罠をここなら用意できるからだ。
その彼とフィフスが対等以上というのなら,敵に回せば厄介ではすまない。
「どこかの道場とか闘技場で『一,二の三!』で戦うのなら,そうなろうな」
呉公は台詞とは逆の自信をのぞかせる。
「まあ,心配は無用じゃ。芦にそうしているように女魔族にも罠は用意してある。よくよくでない限り不覚を取ることはない」
‥‥
自信たっぷりな言葉を聞いても不安は拭えない茂流田だが,こちらにできることはない。とうに帰還限界点は越えており,ここは全てを信じやり遂げる以外に道はない。
冬ということで農夫もまばらな田圃の間を縫って山に入る道を馬上にあって悠然と進む芦優太郎。後には従卒二人が乗る荷馬車が続いている。
空気は乾き冷たいが,晴天であるのは今日という日を祝うようで幸先は良い。
明け方前,というよりは夜中に出発した一行はそろそろ山裾にかかる。
田舎の風景は御一新前とさほどは変わらず,欧米文化が無節操に流れ込んで雑然とした市街地とは対照的だ。この不均衡をそのままにせざるを得ない貧しい国が,貧しいままに対外進出を試みていることを後世はどのように評価するか‥‥
ただ,間違いのないのは,”裏”で世界を支える高次元エネルギー−霊力と雑にまとめられる−に関し,明日以降,この国は世界のトップに,それも数馬身は引き離した形で躍り出られるということ。その見えざる,そして絶対的な”力”はこの国の進路をどう変えるのか,その評価も後世に託されることになるだろう。
ふっ と,常に落ち着き払い冷たくも見える口元から純粋に面白がる笑みが漏れる芦。
少佐風情が深く考えることではないことに考えを巡らせているのに気づいたから。今は,与えられた仕事を完璧にやり遂げる‥‥
‘『完璧に』『やり遂げる』‥‥ いったい,何の話だ? 今日は実験のオブザーバーとして立ち会うだけで,何かしら仕事をする予定はないはず‥‥ そもそも,やるべきことがないのに到着時間を早めた理由は何だったのだろう‥‥’
と自分が決めたことに違和感が浮かぶ。
少し前から感じることが多くなった自分自身への違和感について,馬を進める以外にすることのないこの場で深く考えてみようとするが,無意識に足が動き馬を駆けさせる。ギャロップまで脚を早める馬。つられ従卒の馬車もスピードを上げる。
早駆けが馬に厳しくなったあたりで速さを落とす芦。馬を操るのに集中したためか,違和感を探ろうとする意識は消えてしまっている。
資材の搬入のためあちこちと手が入った山道を四時間ほども進む。
次のつづら折れを曲がると施設の正門にというところで馬を止める。右手の森に大きくはない声で
「命令違反だな! いったいどう釈明するつもりだ?」
樹上の枝が揺れ,濃紫に揃えた忍び装束のスラリとした少女が降り立ち,茂みからは軽業を仕事とする少年にも見える小柄な少女が姿を現す。
蛍と蝶々の二人は芦の前で片膝を付き神妙な面持ちで頭を垂れる。主人からの言葉がないので二人は顔を上げると,蛍が代表する形で
「私たちは,今,芦様から仰せつかった任務を遂行しているところです」
「任務だと? お前たちに命じたのは逃げた女魔族他二人を追えということだったはずだが?」
「仰通りです。そこでどうすれば彼等を見つけられるかを考えに考える中で女魔族が芦様を守るために送り込まれたということを思い出したのです。であるなら,芦様の傍で待ち受ければ,向こうからやって来るものと考えたのです」
‥‥ 淀みなく理由を説明する蛍に,一瞬,ポカンとする芦。
珍しく暖かみのある微笑みで
「これはまた巧い言い訳だな。”ご老体”の入れ知恵か?」
「いえ,そんなことはありません。私と蝶々で智恵を出し合った結果です」
想定されていた質問なので,これもすらすら答える。
「そうしておこうか。お前たちが忠実に任務を果たしているのは認めよう。引き続き任務を果たしていい。ただし,お前たちが活動できる範囲は,施設の外だけだ,そこは履き違えるな」
「分かっております」と,自分たちの思いが認められたことに満足の蛍,それに蝶々。
これで何かあればすぐに駆けつけられる距離にいることができる。
色々と問題が多発するご時世ですが、よりみちさんも無理のない範囲で頑張ってくださいね。 (UG)