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時は流れ、世は事もなし

虎口2


投稿者名:よりみち
投稿日時:20/11/14

 当作品の主な登場人物(2)

呉公
 政府に元始風水盤の資料を持ち込み建造に導いた老道士で建造責任者。正体は”蝕”の首領であり,西の大国の依頼により元始風水盤を使って日本を壊滅させようと暗躍中。
 ”蝕”の首領として,芦に差し向けた暗殺者−フォンに寝返られた事から寝返らせた芦と寝返ったフォンに復讐することに拘っているところがある。

青令
 ”蝕”の副頭で呉公の片腕的人物,能力も立ち位置に応じたもの。フィフスに強い反感と警戒心を抱いている。

茂流田
 元始風水盤建造の総責任者。呉公に野心を煽られ彼に手を貸す。最終的には芦を呉公に始末させ,その呉公を始末,元始風水盤を扱える唯一の人間として権力を握ろうと考えている。

義姫
 長い黒髪を束ね常に巫女姿の十代前半の少女。高い霊力の持ち主で,それをもって元始風水盤建造に協力,度々,訪れる芦に対しての好意を隠さない。幼い見た目に反し狂戦士化した”蝕”の手下を楽々葬るほどの技を持っている。



時は流れ,世は事もなし 虎口2

 日課としていた夜明け前の見回りで蛍は屋敷の周辺に”蝕”の気配はなくなっている事を確認する。

 こちらを油断させる策(て)の可能性もあるが,ここは”教授”とホームズが予想したように”蝕”は元始風水盤襲撃のため戦力を引き上げたと考えるのが妥当だと思う。

 一応,任務は達成されたわけだが,それは主の危機が迫ったということでもある。
その件についてホームズと渋鯖,そして”妹”の体を借りている魔族の女が動いているわけだが,本来真っ先に動くべき自分や蝶々が加われないのが腹立たしい。



 明るくなり始めた雑木林を抜け屋敷に戻る途上,規模にして一個小隊(三十名)ほどの馬車を伴った兵士の一団が屋敷に向かっているのを目にする。
同じ軍に(といっても自分が属する対霊的戦闘部隊は芦の私兵に近いモノだが)属する以上で味方だが,その物々しさから本能に警鐘が鳴る。
どうすべきか迷うまま後を追う。
 屋敷に到着するや兵士たちの半数は屋敷を包囲,残りは屋敷内に踏み込む。



‘しまった!!’と結果的に何もできなかった蛍は唇を噛む。
 人を操れる”蝕”が相手では寸前まで味方でも信じられないのは聞かされている。それが先手を打たれたのは”蝕”があきらめたという判断があったせいだ。

 自分への怒りを含め猛然と突っ込み玄関を守る形の兵士の二人を打ち倒す。命も奪えたが,ぎりぎりで”裏切り”は指揮官だけの可能性に思い至り峰打ちに止める。

 踏み込んだホールでそこにいた四,五名の兵士から銃を向けられる。今度は手加減する余裕はないと殺す覚悟の攻撃に出ようとした矢先
「止めたまえ,蛍! それが何に解決にもならないことは分かっているだろう」
 との声が割って入る。

 声の方,二階から広間に通じる階段を,そこが花道で自分が劇の主役であるかのように気取った所作でガウンの帯を締めつつ降りるモリアーティー。兵士の銃口がそちらに集まるが,それらを一瞥するだけ。
 付きそう形の蝶々が全身で威嚇する蛍に小さくうなずき,兵士達に直接の害意がないことを伝える。

 階段を降り指揮官の前に立ったモリアーティーは,使用人をたしなめるように
「朝っぱらから何の騒ぎだ? 表だって認められてはいないが,外務大臣ともサシで話ができる私の朝を乱すだけの理由はあるのだろうな?」

「はっ!」どちらかといえば淡々とした言い回しなのにあとずさる指揮官。
 ヨーロッパの犯罪界に”帝王”として長年君臨した威厳は並の人間に−たとえ,軍人であっても−ほとんど物理的な力として働く。
 それでも気力を奮い起こし
「本職は芦少佐よりあなたをスパイ容疑で逮捕,連行するよう命令を受けております。素直に同行していただければありがたいのですが,もし抵抗されるのなら実力を行使させていただきます」

!! 思わぬ告発と告発者に視線を交わす蛍と蝶々。

「あはは,芦クンがねぇ 私を逮捕するというのか?!」
 告発された当人はこの場が喜劇のワンシーンのように愉快がる。
「それにしても,年寄り一人に一個小隊を差し向けるとは大げさなことよ」

「この‥‥」指揮官は不安そうに周囲を見渡す
「屋敷には様々な罠が仕掛けられており,少人数だと無力化されてしまうと聞いたものですから」

「それは正しいよ。芦クンはこの屋敷にそうした力を与え,儂はそれを使うことができる」
 まるでそこに命令を待つ者がいるかのように中空に顔を向けた ”教授”はにやりと笑う。始まりの合図を出すかのように指を鳴らそうとすると‥‥

「外の兵士に,我々からの連絡が途絶えた場合,ここを焼き払うよう命じております。私やここの兵士を人質にしても同じですから,そのおつもりで」
 成り行き次第では老人と心中するわけだが,命令を受けた軍人としての覚悟はあるようで,声は震えるも指揮官は断言しにらむ。

「判っておるよ,この国の兵士がどんな命令にも忠実であることは」
 『冗談だ』と手を下ろす“教授”。息をのんで成り行きを見守る蛍と蝶々へ向き直り
「聞いての通りだ! 私の命を守るという君たちの任務もこれで晴れて終わりと言うわけだ。これまで,与えられた任務以上によく働いてくれたことを感謝する」

「ここでそんな言葉をいただいても‥‥」困り顔の蛍。
 形としては守り切れたわけだが,この屋敷での日々で生まれた関係は軽くも薄くもない。
「と‥‥ とにかく,私たちが芦様のところに戻り状況を確認してまいります」

「必要ない,この者たちが芦君のところへ連れて行ってくれるはずだから儂自身が聞いた方が早い」

「‥‥ 判りました。でも現時点では任務を解かれたわけではありませんので護衛は続けます」
 と宣言する蛍,異議を唱えようとした指揮官を暗殺者としての”気”を当て黙らせる。



 逮捕といっても色々配慮するよう命じられているらしく,特に拘束もされず扱いは悪いものではない。その点で蛍と蝶々は少し安心する。

 向かったのは対霊的戦闘部隊の本部。モリアーティーが暮らす屋敷があるのと同程度の郊外で,やや外れにあるのは,あまりにイレギュラーな部隊で陸軍本流が自分たちの近くにいることを嫌ったのと建物(というより屋敷と呼ぶべき造りだが)が芦の実家が別邸を提供したものだから。ちなみに,芦の実家は江戸時代から続く富豪で,幾つもの企業を経営している。

 門をくぐったところで”教授”は迎えの士官に引き渡される。
 護衛を口実にさらに付き添おうとする蛍と蝶々だが士官は重要容疑者だということで拒否,押し問答をしているところに芦の副官がやってきて任務の終了を正式に告げられ口実を失う。

 諦めきれない二人は任務終了の報告をしたいと芦に取り次ぐよう求める。
 副官は多忙を理由に後命を待つように言うが,食い下がられ押し切られる。



  先に執務室に入った副官が蛍と蝶々を招く。
 中は,良くある畳に洋式の執務机や応接用のテーブル,椅子。これらの備品も実家に用意させたもので無駄に豪華なものばかり。執務机には『溜まりに溜まった』という感じでデスクに積み上げられた書類の山の連なり。

 部隊としては1個小隊−40名ほどだが,各地の霊能者や霊能者組織,霊的研究機関を国家としてまとめる役目も引き受けている(仕事量だけならこっちが本命だが)ため扱う書類の量は半端ではない。代行できる人材も居ないので,しばしばこのような惨状が現れる。
 気の弱い人間なら量と責任に目が眩みそうなものだが,芦は流れるようにという形容が相応しい速さで書類に目を通し決済していく。

 別件があり部屋を出る副官から仕事の邪魔をしないのが最低条件と釘を刺されていたこともあり,部屋の隅に控え辛抱強く途切れるのを待つ蛍と蝶々。

「‥‥ それで何の用だ?」
 二人から切り出すと思っていたらしく手を止めないままに芦は尋ねる。

「あの‥‥」と仕事の妨げになる形に気後れする蛍。
 気を取り直し前回報告後の出来事を簡潔に報告する。最後に勇気を振り絞り
「それで‥‥ どうして‥‥ ”教授”を逮捕されたのですか?」

「いちいち,仕事の理由を君たちに説明しなければならないのかね?」
 質問があったことを驚く芦。

‥‥ 
 何気ない口ぶりだが,自分たちの主に反問するという前代未聞の挙に出たことに気づいた蛍と蝶々は,何かに打たれたように身を縮める。

 もっとも芦としては,それは無意識だったらしく,自分の言葉に首をかしげる。
 それでも,意思は通じたようで,仕事を中断すると応接用にあるソファーへ。
休憩込みという感じでくつろぐと,二人を招き
「これまで命を賭け守ってきた人物が罪に問われるのは不本意だろうが,ご老体が国家機密を安易に漏らしたことは放ってはおけん。私が動いたのは他に知られ,コトが大きくなるよりはマシと考えたからだ。事情を聞いて,その行動が正しければ釈放するし謝罪もする。それで良いだろう?」

 十分に相手を配慮してのことだという説明に蛍と蝶々は改めて自分たちに命令を下す人物が信用と忠誠に足ることを知る。

「もっとも,こちらも立て込んでいるので聴取は三日後になる。それまでは不自由な思いをしてもらうが我慢してもらう」

「それは元始風水盤の起動実験が終わってからということですか?」
 わずかだが不安がぶり返す蛍,蝶々。

すっ と眼が鋭くなる芦,少し苛立ちを見せ
「一緒にいたせいで(それを)耳にしたのだろうが,そこに立ち入るのはよせ! お前たちを渋鯖君やホームズ氏と同じように扱いたくはない」

!! 間接的に二人が”教授”と同じ状況にあると察する蛍と蝶々。
「あ‥‥ あの,フォンはどうなりました? 二人と一緒のはずですが」

「今は”ベスパ”という魔族なのだろう」芦は蛍の認識を正す。
「彼女は敵対する魔族と戦い大怪我を負ったと聞いている。命に別状はないがしばらくは動けんそうだ」

「そ‥‥ そうですか」と安堵する蛍,それに蝶々。
 預かった身体で重傷を負うほど戦ったコトの怒りはあるが,命に別状がないというのは朗報には違いない。

「彼女についてはホームズ君たちと同じ扱いだ。部下に命じて入院先で渋鯖君と一緒に拘束している。幸いというのも何だが,重傷ということなら,余計な手間をかけさせられることもないだろ」
 そう安心させたところで芦はさりげなく
「あと,その女魔族をどう扱うかだが,そちらも三日後の話だ。お前たちが心配するのも判るが,ここは我慢してくれ」

‥‥ 戸惑いの目配せを交換する蛍と蝶々。
 普段なら,自分たち”姉妹”に配慮した諸々に,いっそう信頼を篤くするところだが,事ごとに先送り−起動実験後にしようとするのが、小さなトゲのように心に引っかかる。
 それだけ二日後の実験を重んじているのだろうが,果断で一つ一つを確実に処理していく日頃を思えば“らしく”ない気がする。

 一方,芦はこれで話すことはないと執務机に向かい
「これでお前たちの任務も完全に終わったわけだ。付きっきりの護衛で疲れただろう‥‥ そうだな,二日ほど休暇をやろう,これまでの埋め合わせにはならんが,ゆっくりとするがいい」

「身に余るお言葉をいただき光栄です。それに甘え,一つお願いを聞いていただけませんか?」

 蛍に加え,蝶々の真剣な様子に
「頼みとは珍しいな。いいだろ,言うのを許そう」

「次の任務として,今から私と蝶々に芦様の護衛をさせていただきたいのですが」

「‥‥ 私の護衛だと?」意表を突かれたと,面白がる様子のリアクション。

「はい! 報告した通り”蝕”と手を組んだフィフスなる魔族が芦様を狙っているそうです。微力ですが,私と蝶々にあなた様を守らせてください!」

「その件はホームズ氏も訴えていたが,出どころは魔族,それもフォンの体を乗っ取っている魔族なのだろう? お前たちまでそれを受け入れているのは意外だな」

「そ‥‥ それは」”ベスパ”を信じている自分に気づかされ蛍は言葉に詰まる。

「まあ,いい。心配はうれしいが私を誰だと思っている? 私以上に私を守れる者が他にいると思うか?」

 大言壮語に聞こえるが,自分たちの主の力が他と隔絶していることは知っている。当人以外の全対霊的戦闘部隊が護衛についても足手まといになりかねない。
その点で,無意味だと言い切られてしまうと言葉はない。



 蛍と蝶々が芦の執務室を訪れた頃,横浜,芦とホームズが会った駐屯地。
 ルーチンの任務として敷地内を巡回していた兵士が煉瓦造りの兵舎の壁に人がくくれるほどの大きさの穴がぽっかりと空いていることに気づき上官の元に走る。
報告の突飛さに上官は笑ったが,事実であること,さらに敷地沿いの塀にも同じ穴があることが判明し,駐屯地全体が騒然とした空気に包まれる。



「いったいどうすれば‥‥」というのが,穴を目にした全員に共通するところ。

 穴は,塀も壁もきれいな曲線で切り取られ最初からその形に造形されたかのように見える。既知の手段でこういうことが可能とは考えられず,オカルトとか超常能力によるものなのは明らかだ。
 誰が最初にそれを口にするかで顔を見合わす中,さらに壁の穴の向こう側の部屋にスパイ容疑のイギリス人が拘禁されていたことにも思い至る。そして,そこの壁にも当然のように穴があり,監禁されていたイギリス人はいない。

 芦からイギリス人への対応を任された士官が,責任者と見なされ衆目が集まる。
 再度,捕まえることができればともかく,逃げた人間が領事館に駆け込み不当逮捕を訴えれば国際問題に成りかねない‥‥ というか成る。
 その場合,逮捕を決めた人物が,表向きの地位以上に重要人物であるのを考えると,自分がスケープゴートにされる可能性が高い。

 明るくない未来図を思い浮かべつつ,手の空いている人を集め,基地周辺の捜索と領事館周辺の張り込みを命じる。



「ご老体,一度ならず二度までも助けていただき感謝します」
 駐屯地から,取りあえず安全と思われるところに逃げたホームズは逃げ出す手引きをしてくれたホワイトコーストの居候らしき老人に感謝する。

 言うところの一度目はフィフスにより酒場が崩壊した時。建物の下敷きなりかけたところを老人が空間に作った”穴”から逃れることで無事に済んだ。

 老人は羽虫を払うように手を振り
「気にしなくていいぜ! アーシアがやるってぇのを(俺が)止めたんだからな。代わりにケツを拭うのは当然だろ」

「筋は通っていますが,ご老体もすいぶんと無茶をしますね? 軍の敷地に侵入する‥‥ スパイ容疑の人物の逃亡の手引きをする‥‥ 普通に犯罪ですよ。彼女なら,その有り様から人間社会のルールなど気に掛けないでしょうが,あなたは普通の人間なのでしょう」

「ふん! お前さんを逃がしたような”穴”をホイホイ作れる儂が普通とか冗談じゃねぇ! それにお上に楯突いて人を逃がすのも初めてじゃねぇしな」
 懐かしむように宙を見る老人の口元に不敵な笑い。すぐに飄々とした表情に戻り
「まあ,儂を心配するのなら,アーシアの心配をしてくれ。あの娘‥‥ って,儂の三倍以上は生きているらしいが,長い流浪の果てにたどり着いたこの国がずいぶんと気に入ったらしくてね。厄介事に巻き込んで居づらくするようなマネは勘弁してくれよ」

「解っています。あと一つこちらの頼みに応えてもらえば十分。それ以上,彼女を巻き込む事はありません」

「その言葉,信じておくぜ!」
と老人,これで一切の関係はなくなったと背を向けると立ち去った。


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