【兵部京介6 美神令子33】
2人は睨み合ったまま動かない。
《とは言ったものの・・・・この女は・・・・・いったいなんだ?》
兵部は目の前の女を見下ろす。女の構えた棒状の武器からはパリパリとよくわからない力が溢れ出している。
《さっきの一撃といい・・・・この力はなんだ?》
兵部は美神から目を逸らさない。さっきまでとはまったく違う彼女の力の奔流。
《思考まで読めなくなっている・・・・》
ECMのたぐいなんかじゃない・・・・・あの女は自身の力でトレースを遮っている。
《認めざるおえないのか・・・・霊能力などと》
兵部はナイトメアを目の当たりにしてもまだ霊能力には懐疑的であった。ナイトメアは確かに得体の知れない化け物だがそれゆえに霊能力は『化け物が使う不思議な力』で説明付けられる。
だが目の前の女は人間だ。人間のはずだ。なのにあの化け物と同質の力を感じる。本当に人間なのか?超能力ではないのか?
兵部はなまじ優れた超能力の使い手だけに、本当のところは超能力以外の謎の力についてこれっぽっちも信じていなかった。
美神は霊能力という名の変り種の超能力の最強の使い手・・・・その程度の認識だった。今までは。
超能力の闘いなら僕が負けるはずが無い。どんな相手であっても。成長したクイーン達以外は。
だが・・・・・・・今は理解した。目の前の女は危険な存在。僕のバリヤーを突き破り、僕の力を弾くだろう。
戦ってみたい。試してみたい。自分の超能力が通じるか。しかし・・・・
試せば、この女は必ず反撃する。それはまったく疑いない。その正体不明な力を超能力は防げるか? この呪符にのみ全てを託すか?いや、それは最強ランクの超能力者の1人である自分の矜持が許さない。
《バケモノめ・・・・・・》
兵部は心の中で舌打ちする。その侮蔑は僕が投げかけられてきた言葉だ。僕が投げかけるべき言葉じゃない!
霊能者とは皆こんな奴なのか?この女が特別なのか?
だが霊能者は数そのものが少ない。数で勝るエスパーの敵ではない・・・・
!!!!!!
なんと言うことだ。その考え方はノーマルがエスパーに対して抱く考え方とまったく同じじゃないか!
目の前の女は兵部の内心を見透かしたのかニヤリと笑う。
ムカつく女だ・・・・・・だがこれで逆に兵部は冷静さを取り戻した。
普通のエスパーやノーマルならここで殺していただろう。自分達に従わないものなんて必要無い。
しかし目の前の女は得体が知れなさ過ぎる。
ここで戦っても得るものは一つも無い。
勝てるとは限らない。本当に有効なのはこの呪符だけかもしれない。
情報不足。準備不足。敵の本当の実力も不明。
戦うとしてもそれはもう少し未来であっていい。
伊号はこの女の事を予知していない。ならば来るべき戦争に影響のある存在では無い。
戦わなければならなくなったら必ず戦う。どのような手段を使っても始末する。
敵になるとは限らない。敵になるとは言って無い。従わないと言っただけ。
いくらでも、有利な状況に持ち込めるはずだ。
なら・・・・・確実に勝てる戦いで無いのなら、今ここで戦う意味は無い。
それはこの女も同じはずだ。
【美神令子34 兵部京介7】
目の前の男から殺気が消える。
不毛な殺し合いをしなくて済んだか。
この戦いの愚かしさに気がついてくれるとありがたいんだけど。誰が得をするのか。少なくとも私は大損だ。
美神は攻撃を受けたら、まず兵部が左手で持つ呪符を破壊するつもりだった・・・左手ごとバッサリと。
「少々悪ふざけが過ぎたよ。そんなつもりじゃ無かったんだが・・・・ここで引かせてもらう。僕の『ナイトメア計画』は不満足だが終わっている。ここらで本当にENDにしてもいいだろう・・・・・・・だいたい、君と戦う理由はまったく無いんだ。むしろ君はクイーン達を救う恩人であったかもしれないのだから・・・・歳をとると短気になっていけない」
美神はニコッと笑う。
「まだまだ若そうなのに・・・あなたが話がわかる人で良かったわ♪」
「・・・・・・心にも無いことを」
「むやみに人の心を読んではダメよ♪」
「・・・・読まなくてもわかる」
兵部は忌々しげに目を吊り上げる。
クソッ・・・・からかうのはいつも僕なのに!やりにくい女だ!
さすがの兵部も今回は一歩を退かざるおえなかった。彼女はデタラメなイレギュラー。
「ではこの辺で失礼するよ。この世界もすぐに消える。君も立ち去るといい・・・・・次に会うときは味方であって欲しい。敵だったら・・・・・必ず終わらせる」
冷え冷えとした冷酷な声で兵部は美神に告げる。
「おっかないわねぇ。私は案外あなたのことを気に入ってるのよ?」
「それは光栄だ・・・・ちなみにどこら辺が?」
「少し私に似てるところかしら?」
これっぽっちも似てなんかいないよ、と。
唐突に兵部の姿はかき消えた。
<兵部京介 NORMAL END>
【美神令子35】
「さよなら、ナイトさん・・・・できればもう会いたくないわね。勇者ともども」
美神は独り言をつぶやき、肩をすくめる。めんどくさい男はコリゴリだ。
美神はこの世界から立ち去る前にキョロキョロと地面を見回してみた。
あの辺だと思うけど・・・・・
あった・・・・
美神はそれをポケットにしまうと、不意にこの世界からかき消えた。
その世界そのものもほんの数分後、まったく消え失せてしまった。
【皆本光一30】
僕は今、美神除霊事務所の入り口の前にいる。
今日ここに来た目的は、桐壷局長からのお礼のコーヒーセットを持ってきたのと僕個人として改めてお礼の言葉を述べるためだ。
このナイトメアに関する事件の後、バベル側の人間にあまり変化は無い。
子供達は元気だ。まったく変化が無いことを本当に嬉しく思う。
小鹿主任によると初音君が熱心に訓練に取り組んでいるらしい。
「次は負けない!」
とのこと。
明君はなぜか事あるごとに初音君に
「俺はおいしく無いぞ!!!」
と訴えて小鹿主任と初音君を戸惑わせているらしい。
ナオミちゃんと谷崎主任はまったく変化は無い。谷崎主任は一日一回ぐらい壁に叩きつけられている。
賢木は理由はわからないが
「俺はナンパをやめる!!」
と言ってるが僕の経験上その決意はもって半月ぐらいだ。
蕾見管理官はまだ寝てる。
・・・・・・・・・・・一番影響を受けたのは僕か。
本当は僕が美神除霊事務所へやって来た一番の目的は、美神さんと話をしてみたい、だった。
【美神令子36】
美神は事務所で新聞を読んでいた。
社会面に馬鹿でかい見出しが躍る。
いま世の中はこのニュースで持ちきりだ。
突然行方不明になった何人かの議員と何人かの政府高官。
ある政府機関ではほぼ全ての人間が突如消えた。
その行方不明者の中に知っている名前・・・・今回の一件の私の依頼者。
依頼料はすでに受け取っている。問題は無い。
テロか?誘拐か?現代版の神隠しか?
それこそ国家陰謀説から古典的神隠し、UFOのアブダクションまで様々な憶測が沸きかえった。
そのうちプラズマ説が出てくるだろう。
今頃は・・・・・・あの男の目は思い出したくない。私には関係ない。
・・・・・・憎しみ、呪い、悪意・・・・・・・・必ず戻ってくるものだ。
美神は新聞を放り捨てる。
・・・・今回の奇妙な事件は、事務所のメンバーにいろいろおかしな影響を与えていた。
一番変化の無いのはシロ。変わらず元気だ。よい闘いだったと上機嫌だ。
おきぬちゃんはなぜか少し横島に対して積極的になったような気がする。
今日は買い物に誘っている・・・・・人生誤るから、やめといたほうがいいのに。
横島は一見何も変わらないが、少しスッキリした顔をしていた。
見た目は変わらないのだが、本人は気がついているのだろうか?
横島はあのおかしな世界から何かを連れて帰って来た。私以外に何かをあの世界から得た唯一の人間だと思う。
・・・・・・あれは夢魔の一種か。小学生じゃないんだから何でもかんでも拾ってくるな。
それからいいかげん、そのワケのわからない存在に好かれる体質をなんとかしろ。
そいつは私にアカンベーしているような気さえする・・・・・・・一体なんなのよまったく。
しかもソイツはなにやらとても嬉しそうなのが何故かムカつく。
・・・・・・・・・・面倒なことになる前に祓っておくべきかしら?
一番変わったのはタマモだ。シロとのケンカが少し減ったような気がするのは良い傾向だ。
私と・・・・なぜか横島にまでキツネウドンを奢ってもらい上機嫌だ。「何か裏があるのではないか」と警戒していたが・・・・少なくとも私に下心は無い。横島の意図はわからないが。
・・・・・意図がわからないなんて縁起でもない。でも横島の意図などたかが知れているから安全だろう。
あとおきぬちゃん曰く「秘密裏にヒーリングを教えてほしい」と頼まれているそうだ。
なぜ秘密裏になのかはまったくわからない。
その辺りまでは良いのだが・・・・タマモは一体どんな手を使ったのかバベルのちょび髭の男の写真を手に入れて・・・・・・神棚に飾っている。
シロ曰く毎朝祈りを捧げているらしい。その姿は「かなりブキミ」だそうだ。シロが理由を聞いても一切教えてくれないらしい・・・・・・・妖狐の考えることはまったくわからない・・・・全然わからない・・・・・・・う〜〜〜〜〜〜〜ん・・・・・・まぁ狐のやることだし、すぐ飽きるだろう。人間にはわからない理由があるのかもしれない。
私は・・・・・・・腹立たしいので横島の時給を下げた。
アレはまったくもってタダの悪夢だ。悪夢以外の何ものでもない。実に腹立たしい。フザけ過ぎだ。
悪夢なのだ。悪い夢なのだ。それ以外の何物でもない・・・・・あのクソ学生服、やっぱりぶっ倒しておけばよかったか。
突然、おきぬちゃんが来客を告げる。
・・・・・・・・・・・会いたくなかった勇者がわざわざやって来た。
【皆本光一31 美神令子37】
皆本は美神への挨拶と謝礼の品を渡すと、すすめられたソファに座った。
氷室さんが入れてくれたコーヒーが目の前にある。美神さんは香りと色からしてシナモンティーかと皆本は考えた。
お茶を出すとおきぬは去って行った。応接間には美神と皆本の2人きりだ。
「美神さん、あの後・・・・・・兵部と名乗る男と会いませんでしたか?」
当然皆本も気がついたのだ。ナイトメアを倒し、子供達が目覚めたのに世界が続くなんてパラドックスだ。
「・・・・・・でもあなたは黙って引き下がった。子供達のこともあったけど、あなたはその男が子供達を守ったと推察した・・・・私と違って、あなたは事件の背景を知っていたのではなくて?」
やはり兵部と会ったのか・・・・・・・まったくそのとうりだった。
「・・・・・・・・隠していたことは謝ります」
皆本がバベルの力で解決したいと願い、美神が子供達にロクでもないマネをしでかした誰かから差し向けられた人間であることを嫌悪したことは事実だ・・・・・今はバカなことだったと反省している。
「なら、その事はもういいじゃない。小さなことよ」
そうだ・・・・ハッキリ言ってあの男は本当に腹立たしいが今回ばかりはしかたが無い。今回だけは。
美神さんと兵部の間に何かがあったのか、何も無かったのか・・・・僕には知るよしもない。小さなこと、なんて言われては聞いても教えてもらえないような気がした。
他にも美神さんには聞いてみたいことがある。
「美神さん、僕は霊能力は超能力の一形態だと思ってきました。しかし今回当事者になってそれだけでは説明できないとハッキリと理解しました・・・・霊能力とはなんなのでしょうか?」
美神はシナモンティーを一口飲む。
「『霊視』などの魂に関わっている部分のことを除けば・・・・・たしかにほとんどのGSは超能力者と言える。パイロキネシストあたりはそのまんまだし。人の持つ力が対悪霊などに特化した状態。人の力なの・・・・・・それはある種の力のコピー・・・・いや、『模倣』と言った方が適切かしら。人が成し遂げた成果の1つ」
「力の模倣、ですか?」
「模倣にはオリジナルが存在する。オリジナルは真の霊能力と呼ぶべきもの。だから超能力だけでは 霊能力の全ては説明できない。ゆえ超能力と同質のものもあるし異質のものもある、なんて中途半端な答えになるのよ」
「オリジナル・・・・」
「かつて人間は神話的な時代・・・・鬼、妖怪、悪魔、魔物・・・・時には天使とすら戦わねばならなかった。人間は自身の存亡をかけて、それら人外の者達と戦う力を手に入れる必要があった・・・・真の霊能力は人外の者達の力を人間が手に入れた力。あるいは人間以外の存在の超自然的な力・・・・・才能、式神、術式、魔法、祈祷・・・・・様々な、時には信じられない手段を使って・・・・超能力以上に体得できる人間は限られている」
「・・・・・・・・」
「超能力は人の力の総称。真の霊能力は人あらざる者達の力の総称・・・・であると大雑把に分別しておけばいいと思う」
天才的式神使いの家系・六道家。天才的呪術師・小笠原エミ。人外のシロやタマモ・・・・そしてやはり天才的家系・美神家に転生した元魔族・美神令子・・・・・・
信じられない話だ、と皆本は思う。この異常な事件に巻き込まれなかったら苦笑いを浮かべて肩をすくめて見せただろう。
・・・・・・・だが今は信じられる。実際あんな常識ハズレな化け物と戦ってしまったのだ。
「時には力を持った人間が魔物化する時さえあった・・・・・意味がわかる?」
「・・・・・超能力者の暴走ですか?」
「私達は力持つ人間達に対しても、切り札なのよ」
超能力者は、僕ら何も力を持たない普通人から見たら異端だ。
だが世界には、その異端に対する異端がいると言うことか。
鬼を喰らう鬼、ジョーカーを喰らうジョーカー・・・・・・
「『ナイトメア計画』、か・・・・・たかが悪事に御大層なこと・・・・悪魔を使った人の支配と能力強化なんて、割とありきたりで遥か大昔からおこなわれてる事なのに。今回の件もちょっとバリエーションが違うだけ。悪魔ってのはいつの時代も人を魅了するものらしいわ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「でもそれは絶対に間違えている。この世界に存在する『絶対』の1つよ」
『悪魔』・・・・・そんな想像的なものが実在してそれを利用するだなんて。本当の気持ちを言えば今でも信じられない、が率直な気持ちだ。
皆本には1つ、美神にどうしても聞いてみたいことがあった。
「美神さん、もし、もしも・・・・普通人と超能力者が戦争を起こしたら・・・あなたは超能力者と戦うのですか?」
皆本の目を、美神はジトッと見つめる。
「・・・・・・・超能力者はみんな人間では無い悪霊かバケモノなの?」
一瞬、皆本はまったく関係無い問い掛けを返されたのだと思った。はぐらかされたのかと思った。だが皆本はすぐに気が付いた。はぐらかしてなどいない・・・・これこそが美神の・・・・ゴーストスイーパーの答えなのだ。
「いいえ!違います」
その答えに美神は満足したのか少しだけ微笑む。
「私達GSに殺人は許されていないの・・・・魔物化してしまった人間は祓わざるおえないけど。 超能力者が人間であるならば、私達の出る幕じゃない。今回の仕事はナイトメアってタチの悪い悪魔の駆除。ま、正当防衛でいたしかたなく戦う場合もあるでしょうけど」
だから本当はあの男と戦う理由などこれっぽっちも無かったのだ。あの男が撤退してくれてよかった。私もいささかやり過ぎてしまった・・・・・あの馬鹿げたありえない悪夢のせいだ。
「人間同士の戦争に私達は介入しないでしょう・・・・超能力者のGSがどうするかはわからないけど・・・・・わざわざあえてあなたに言うことでは無いでしょうけど、超能力者にも普通人にも言い分はあるでしょう。しょせんは人間同士の主張の激突・・・・だから私が介入なんてする気はまったく無い」
「・・・・・・・・・」
「けれど・・・もし普通人と超能力者の間で戦争があったとしたら・・・・それは有史以来初めての新しい戦争になってしまうかもしれない。仮に超能力が人間の進化だと仮定したら、進化をかけた戦争って事態になる・・・・」
皆本は思う。そんな馬鹿げた戦争なんて起こしてはいけないのだと。そんなことは絶対に間違えているのだと。
僕は超能力者を拒絶しない。だけど超能力が人の進化だなんて思わない。
「『戦争』なんて言うからには、あなたもなにかの『予知』を知っているのね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
皆本は驚いたが顔には出さなかった。当然答えられない。鋭い人だと思う。何故『予知』のことを知っているのだろう?・・・・あの後、兵部と何かを話したのか。ではいったい兵部と何を話したのだろうか?
皆本は美神に聞いてみたかったがやめた。教えてはくれないだろうと思った。
「『パンドラの箱』に何が残されたか、あなたは知っている?」
唐突に、美神は皆本に問いかけた。まるで禅問答みたいだ。
「『希望』ですか?」
「そう。それが一番良く知られている、常識的なパンドラの箱に残されていたもの。というかそれ以外はごく普通の人には知られてすらいない。正確には『エルピス』で、これの解釈は色々あるの。『幸福』とか『期待』とか・・・・・けどそれらの説とはかなり違った説があるの。あまり知られている説ではないけど」
さすがの皆本もパンドラの箱の説話にそこまで詳しいわけではなかった。オカルトや神話のたぐいは職業柄美神のほうが詳しいのは当然と言えた。
「『希望』ではない『パンドラの箱』に残されたもの・・・・・・それはね、『予知』なのよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「未来に何があるかわかると、人は絶望してしまう。生きていけなくなる。人が生きていけるのは『パンドラの箱』に『予知』が残され、飛び出さなかったおかげ・・・・あるいは『予知』が飛び出なかったせいで人は報われないかもしれない努力や挑戦や戦いをするはめになったとも。それが『パンドラの箱』に残されたものの別の説。あまり物語的でないから人気の無い説なのかもしれないわね・・・・・・・『希望』か『予知』か。本当に残されたものがどちらであったのか、あるいはどちらでもなかったのか、もう私達に知る方法は無いわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「でも、確かに『予知』なんて無ければ色々とやっかいなコトも起きないだろうに・・・でも人間は『予知』が好きなのよ・・・・それが人間なのだと思う」
「でも・・・・でも、僕達はあがいて、未来を変える事だって出来ると思います」
「そうね・・・・・実現されない『予知』は『予知』ではないわ。ただのホラに格下げね。ぜひ箱に残されていたものが『予知』ではなく『希望』であっていて欲しい」
『希望』とはなんだろうかと皆本は思う。『パンドラの箱』に残された『希望』とはいったい、なんなのだろう?
「戦争なんてできればやめとけばいいのに・・・・・・・・でも人は着実に良い方向に進んでいると私個人は思っている。しかもここ近年で急速にそのスピードを上げていると私自身は思う」
ふと美神は勇者がやってくるのを待っていた時に起こったタマモの一撃を思い出していた。そうだ、あの子もまたここにいたるまでに870年が必要だったのだ。あの時代の人の持つ考えや価値観は現代とは・・・・・きっとまるで異なるものだろう。
「超能力者は少数が昔からいたけれども、これだけ増えたのはごく近年の言うなれば『新しい存在』・・・・・だから軋轢が起こるのも当然」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「人間は心の進化を試されているのだと思う」
「心?・・・・」
「今まで人間は皆何も異常な力を持っていなかった。人は人あらざる者と戦っていればよかった・・・・でも人の中にまるで人あらざる者のような力を持つ者が現れた・・・・超能力者。新しい人間」
「・・・・・・」
「人はいったいどうするのかを、神様が見ている。協力して未来を開くか、超能力者を拒絶して今までどおりを選ぶのか、超能力者が世界を支配するのか・・・・・神様的にはどうでもいいのかもしれないけど」
「・・・・・夢も希望もありませんね」
「夢は飽き飽きだけど・・・『希望』が欲しい?」
皆本も苦笑する。いや・・・・・夢はしばらくコリゴリです。
「はい。せめて『希望』ぐらいは」
「『希望』を望むのが人間。『希望』を生むのも人間・・・・パンドラの箱の神話に『希望』を残しておいたのも、人間」
「・・・・・・・・・すべては僕達人間にかかっていると?」
「神も魔神も人間世界への直接介入はもうしたくないってさ」
「?」
ま、神様の内の一人だけは修行に行けば会えるけど・・・・・考えてみれば御利益が無い神様だなぁ・・・・
「普通人が超能力者を受け入れたなら、人には新たな未来が開けると私は思う」
「僕もそう思います」
「人間はチャンスをもらったのよ・・・・人間は異質なものも十分受け入れられるほど、心が進化したのだと神様は思ったのかもしれない」
「・・・・どうでもよいと思っているのではなかったのですか?」
ホホホと美神は笑う。
「これは私の『希望』よ。パンドラの箱の底に隠しておくことにするわ」
皆本は立ち上がり、笑顔で再び美神に頭を下げる。僕は時間ですのでそろそろ失礼します、と。
【美神令子38 皆本光一32】
「そうだ・・・・あなたに渡したいものがあった」
美神はデスクに移動し引き出しを開ける。
そこに入っていたメダルを美神は皆本に手渡した。美神があの洞窟からの去り際にわざわざ回収したものだ。
「これは・・・・」
それは勇者のメダル。夢の世界で皆本に投げつけられたふざけたメダルだ。
「あなたは記念に持っているべきだと思う・・・・私もね、あなたが勇者だと思うから」
「勇者?・・・・とんでもない、僕はそんな力のある人間ではありませんよ」
「最近の勇者は力のある無しは関係無いみたいよ?」
「ゲームのお話ですか?」
美神はまったく関係ないことを答えた。
「ナイトはクイーンと自分達に従う者しか救いはしない・・・でも勇者は問答無用。村娘でも、農家のおじいさんでも、薬売りでも、そして人に力があろうと無かろうと・・・・・世界そのものを救う存在」
「え?・・・・・・・僕はとてもそんなすごい存在ではありませんよ」
「ごくたまにいるのよ。本人はまったく凄く無いのになぜか凄い存在に愛される人って」
ああ、イヤだなぁ。そんな奴身近にいて欲しくは無い。
「きっとあなたが差しのべる手が必要な人がいる」
「・・・・・・・そんな」
「手を差し伸べるフリをしてつけ入る奴なんてこの世にゴマンと・・・・今もたくさん企んでる誰かがいるでしょう。それでも」
らしくないな、と美神は思う。なんでこんなガラでもないことを私は言っているのか。
・・・・・ああ、そうなのか。まいったわね。
「あなたの手を握り返せば、救われる人が必ずいる・・・・・・あなたは勇者だから」
私はこの男も案外、気に入っているのだ。困ったことに。
「今も遥か昔も、異質な大きな力は恐れられる。ただそうであるだけで・・・でも、大きな力が『悪魔』なのではない・・・・『悪魔』は人の『悪意』そのものだと私は思う」
こんなこと言わなくても・・・・・ガラじゃないわ。
【皆本光一33】
美神除霊事務所から立ち去った皆本は、ふとなんでもない四つ角で足を止める。
最後の美神の話は、いったい何を言っているのかわけがわからなかった。
勇者だとかナイトだとか、何が何やら・・・・たぶんハッキリと言いたくないのだろう。
最後に美神さんが僕に頼んだことも謎だ・・・・もしも今回のことで私達に感謝しているなら、明日事務所にお揚げ特盛のキツネウドンを出前させなさい、と言われた。
理由を尋ねると「お稲荷様へのお供えもの」なのだそうだ。僕はお稲荷様に感謝しないといけないらしいのだ。
・・・・・・・今度お稲荷様を祀る神社を見つけたら、拝んでおくことにしようと思う。
もちろん、キツネウドンも手配するつもりだ。
美神さんは謎の女性だと思う。なんとなく蕾見管理官をイメージさせる・・・・しかし管理官は今回まったく役に立ってくれなかったな・・・・・今度起きてきたら文句の一つも言ってやりたい。
皆本はポケットをまさぐり皆本が投げつけて傷がついたメダルを取り出してみる・・・・不思議なことだらけだ。このメダルがたしかに、現実の僕の手の中にあるなんて。
現実的な説明はできる。美神さんがそっくりなメダルを現実世界で用意して僕にくれたのだと・・・・説明できるから矛盾を超越してこのメダルは僕の手の中に存在しているのかもしれない。
しかしこのメダル・・・・昔行われていたどこぞのテーマパークのアトラクションのパロディじゃないか・・・・・
誰が作ったかよくわかっているので、このままドブに捨ててやりたいぐらいだ。しかし・・・・
美神さんがわざわざ僕にくれたのだから・・・・捨てるわけにいかないか。
けど一番の謎は・・・・・・僕が勇者らしいのだ。
クイーンは薫のことを言っているのだろう・・・・ナイトとは誰のことなのだろうか?
・・・・・・わからないな・・・・・まぁいいか。元々謎だらけなんだから。
でも美神さん、やっぱり僕は勇者なんかじゃありませんよ。とてもじゃないけどそんなガラではありません。
あなたの方がよほど勇者みたいでしたよ・・・・
賢木あたりに僕が勇者だなんて聞かれたら、一生笑い話のネタにされそうだ。
でも・・・・・・
皆本はメダルを持つ自分の手をジッと見つめる。
こんな僕の手を差しのべることで誰かが救われるのなら・・・・僕は。
メダルをポケットにしまい、皆本は再び歩き出す。今日はもうバベルに戻らず自宅に帰ってよいことになっている。
《・・・・・ああ、そうか》
皆本は唐突にずっと考えていた疑問の答えを見つけた。
《『パンドラの箱』に残されていた『希望』は・・・・・・・・・・・子供達だ》
・・・・・・・・帰ろう。子供達が、待っている。
<皆本光一 HAPPY END?>
【美神令子39】
美神はその男が閉めたドアを見つめていた。
もう立ち去る男はいないだろう・・・・・勇者のご帰還により、このおかしな事件も幕が降りる。
《エスパーチーム現場運用主任か・・・・・》
美神は皆本と謎のちょび髭男を思い浮かべる。
《力ある者を受け入れる力無き者・・・・》
その点だけでも尊敬できる、と彼女は思う。恐れるほうが当たり前だから。
美神はソファに座りなおした。カップの底に少し残ったシナモンティーが揺れている。
《・・・・・・しょせん人の争いなんて、カップの中の嵐なのに・・・・》
普通人と超能力者・・・・・その差は善良な人達が考えているほど小さくはない。
なにしろ人間は信じる神の違いだけでーーーー初めての十字軍遠征を起点としてもーーーー約900年も争い続けている。
皮膚の色や性別ですら憎しみや争いが絶えない。民族の違いだけで悲惨な戦いが起こる。
《まったく・・・・パンドラの箱の底に『希望』を入れておくのも容易ではないのかしら?》
さきほどの美神の考えなど、ただの美神の『希望』にすぎない。
《神様神様って言ってたけど、神族がこの事態に関わっているはず無いのよね・・・・》
もっとも神様と言っておかないと、皆本君あたりにはわかりにくい。
《となると何者の意図なのかしら・・・・『宇宙意思』か?》
美神は心底ウンザリする。『宇宙意思』には登場してもらいたくない。アレが出てくるとロクなことにならない。
何者の意図だとしても・・・・結局、また意図がわからない・・・・・・まいったなぁ。その意図が『イヤガラセ』では無い事を、祈るしかないのか。
一体何に祈ればいいんだ、と美神は苦笑する。
善良な人たちは超能力を『贈り物』だと言うが・・・・・よっぽどの価値が無いと割に合わない贈り物よね。
何者の贈り物かは知らないが、わざわざ人間に争いの火種など贈ってよこすなと言ってやりたい。
《いや・・・・・・》
美神はまた、ふと思い浮かべた。あの勇者とお姫様達の姿を。
《よっぽどの価値があるのかもしれない》
美神は最後になぜかニヤニヤと笑った。
《何とかしようとあがいて、なんとかしてしまうのが勇者ってやつよ・・・・・私に勇者は向かないわね》
ま、それはそれとして今回はボロ儲けだった。税金ってスゴイ。
だから今回の一件は私にとってHAPPY ENDだ。
<美神令子 HAPPY END>
***<ナイトメア計画 END>***
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本当に前回はご迷惑をおかけしました。読んでいただいた方、本当にありがとうございました。