【谷崎一郎3】
灰色の空、乳白色の砂漠。そんな世界に谷崎一郎はいた。
上半身を地面にめり込ませ、砂漠からまっすぐに足を突き出している。その光景は犬神家。わかりにくかったらイスラフェルに敗北した初号機。つまりは南極でペンギンに囲まれて敗北しているアシュタロスの想像図。
ハッキリ言って不気味だ。シュールにすぎる。人生で見る必要の無い光景だ。
多分何らかの事情で着地に失敗したのだろう。ここで谷崎一郎は早々とENDを迎えるのだった。
【谷崎一郎 DEAD END】
・・・・・と、思っていたら彼はワキワキと両足を動かし始めた。ますます不気味だ。
「フンッ!!!」
と勢い良く谷崎は砂漠から逆立ち状態で空中に飛び上がり、空中でクルリと一回転して10点をあげたくなるような見事な着地を決めて、さらにスクッと立ち上がると砂を落とし身だしなみを整える・・・・紳士だ。
「なんだここは・・・・どこだここは?」
谷崎はキョロキョロと辺りを見回す・・・・・とても大切なものが見当たらない。
・・・・・・・・・ナオミがいない。他はどうでもいいが、ナオミがいない。
ザーーーーーと谷崎の顔から血の気が引く。
「ナ・・ナ・・ナナナ・・・・・・ナオミーーーーーーー!!!!!!!」
天を引き裂き大地を轟かせるように谷崎は叫んだ。
【梅枝ナオミ3】
「ウッハッ!!!!」
なにかもの凄くキモチワルイ思念波を感じたような気がして、梅枝ナオミは跳ね起きる。
《今の・・・・・なんだったのかしら?》
ナオミはキョロキョロと周りを見渡す。
《ここは・・・・いったい?》
灰色の空。乳白色の砂の砂漠。無味乾燥な世界。見たわす限りただの・・・・いや何か変な砂漠だ。
《たしか・・・皆で薫ちゃんたちの精神世界に入り込んだときに、嵐みたいなものに吹き飛ばされて・・・・》
ナオミは立ち上がった。やはり誰もいない。
困った。どうしたらいいのかしら?
とりあえず谷崎主任が一緒じゃなくて良かった、と彼女は思った。
・・・・・・愛のすべてが報われたならどんなにすばらしいだろう、と思うこともある。
【犬塚シロ5】
シロは乳白色の砂の砂漠の上で、犬のようなスタイルで座り灰色の空を見上げていた。
《ここが精神世界でござるか・・・・・奇怪なところでござる》
しかしだだっ広い。サンポのしがいがありそうでござる。
《うーむ・・・・先生が見当たらないのが残念でござる》
横島がいたら横島はサンポ地獄に陥っていたかもしれない。
さて、どうしたらよいでござるかな?とシロは考える。
とりあえずあちこちのニオイを嗅いでみる・・・・特に異常なし。
《おや?》
地面のニオイを嗅ぐのをやめて、大気中のニオイを嗅いでみた時シロはおかしなニオイに気が付く。
《これは・・・・人狼族のニオイ?・・・・面妖な・・・》
あっちか、とシロは方向を定めて走り出した。
【美神令子6】
目覚めたばかりの美神はボーーーーーーーと平凡な白い天井を見つめている。
美神令子はベッドの上に寝ていた。何かおかしな夢を見ていたような気がする・・・・
どんな夢を見ていたのか、まったく思い出せない。しかし夢とはそのようなものだ。
・・・・・と言うかここどこなのかしら・・・・誰の家?
《それはともかくとして・・・眠り過ぎたのかしら・・・・・頭いたいなぁ・・・・》
美神が頭を横に動かすと、ベットのすぐ脇で可愛らしい幼い女の子が、ジーーーーーと美神を見つめている。
《ひのめ?》
一瞬自分の妹かと思ったのだが違う。よく似てはいるがよく見ると違う。
「ママーーーーー!おねえちゃん起きたよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
テトテトと女の子は美神のいる寝室から走り去る。
ママ?・・・・・・・んん?誰か知り合いの家なのか?でも見覚えが全然ない。
平凡な寝室。美神の自室のように豪華で上等ではないが綺麗に掃除されていて、シンプルだが暖かさを感じる。8畳間ぐらいのフローリングの部屋。
マンションの一室かしら?
窓にはカーテンがかかっていて、外の風景は見えないけど、部屋のつくりからマンションっぽい。調度品もごく普通のものだ。しかしセンスは悪くない。
しかしまったく心当たりの無い部屋だ。本当にここはどこなのだろう?
先ほどの幼い女の子に手を引かれて、ママが部屋に入ってきた。お腹が大きい。2人目なのだろうか。
うーん・・・・・・
美神はまた考え込む。このお母さん、もの凄く見覚えがある・・・・・でも誰なのかまったく思い出せない。強いて言えば美神の母、美智恵に似ている。知らなかった親戚の誰かとか?
「お久しぶりね・・・・ああ、あなたにとっては初めましてかしら」
嬉しそうにそのお母さんは美神に声をかける。
「私は10年後の、美神令子。10年後のあなたよ」
【タマモ6】
しまった。疲労の余り眠ってしまったのか。
彼女は草むらから身を起こすと簡易な着物を整えた。かつての十二単など夢のまた夢だ。
遠くから人の軍勢の近づいてくる気配を感じる。逃げなきゃ、逃げなきゃ・・・・
私はタマモ・・・ノマエ。逃げなきゃ・・・・
ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・
ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・
玉藻前は必死に逃げる。彼女を殺害せんとする人の軍勢から。
一度は自らを守るために戦い、勝利して退けた。
しかし、人の軍勢は強い。猛訓練のうえ策略を練り、武装を強化し軍勢を再編成して再び彼女に襲い掛かってきた。
さすがに強い。人はかくも強きものか。知っていた、知っていた。
彼女の敗北はもう目の前だった・・・・・
玉藻前の伝説はいくつもある。いくつもの伝説が寄り集まって作られたものが白面金毛九尾の伝説だとも言える。古代中国の殷の妲己が正体とも伝えられているが2000年以上もの時間差がある。別の妖狐と考えるほうが自然だ。
玉藻前は子供に恵まれない夫婦の手によって、愛され、大切に育てられた。
玉藻前の親妖狐によって赤子の姿にされ、人の手に渡されたのだろう。親妖狐の意図はわからない。なにか子育てができなくなった事情があったのかもしれない。妖狐は狩られ、人に忌み嫌われる存在だ。
大変美しく成長した玉藻はその美貌と才覚ゆえ18歳で宮中で仕え、のちに鳥羽上皇に仕える女官となり、鳥羽上皇に愛されるようになる。
しかしその愛はその立場ゆえに不幸な結末を迎える。
玉藻前には上皇以外の後ろ盾が何も無い。どこの馬の骨ともわからない家からやって来た、上皇に取り入った悪女。
玉藻前は当然そんな噂を立てられるようになる。
いつの時代でも、いや今よりも遥かにきびしい時代であった。
たまたま、鳥羽上皇はその頃、病気がちになり、床に伏せるようになった。玉藻前にヒーリングの力は無い。彼女は病に対しては無力だ。
医学の発達していないこの時代、病気の原因はまったくわからない。医者は匙を投げる。 そして陰陽師・安倍泰成が呼ばれる。
安倍泰成は病気の上皇のために呼ばれただけあって、この時代最高の陰陽師であった。
そして彼は鳥羽上皇のすぐ側に仕える玉藻前が白面金毛九尾の狐であることを見破った。見破ってしまったのだ。それは彼女にとって不幸以外の何物でもなかった。
安倍泰成は何の根拠も証拠も無く断言した。この上皇の病の原因は白面金毛九尾の狐、玉藻前のせいである、と。
2つの原因が考えられた。この時代、妖狐は必ず悪いことをする存在と言う先入観があったこと。
もう1つは玉藻前を妬む勢力によって安倍泰成が買収されていた可能性。
後者であるなら玉藻前が普通の人間でも妖狐にでっち上げられることになる。
どちらにしろ結果は変わらない。玉藻前は宮中から逃げ出さなくてはならなくなった。
そして安住の地を求め、坂東の地よりさらに遠いこの那須野の地に辿り着いた。
しかし玉藻前を亡き者にせんとする勢力はしつこかった。この那須野の地に身を隠す玉藻前を探り出すことに成功する。
この頃那須野の地では婦女子のかどわかし事件が起こっていた。
無論、玉藻前にはまったく関係無い。山賊か野盗か野伏せか・・・ろくでもない人間が起こした事件だ。
しかしこの事件まで玉藻前の息の根を止めるために利用された。那須野領主須藤権守貞信はこれらの事件は宮中から逃げ出した妖狐の仕業であるとの報告を受け、これを信じた。この時代とても信じやすい話だった。
須藤権守貞信は九尾の狐討伐軍の派遣を要請することとなる・・・・・・
【横島忠夫5】
「あ・・あれ?!俺はーーーー」
横島はハッと飛び起きた。ここは・・・・・眼下に夜景の都市。あちこちから煙が上がっている。かなり高い場所だ。いやかなりと言うか目が眩むほど高い場所だ。 ここは・・・
「壊れかけてた霊基構造を私のもので代用したのよ・・・・もう大丈夫・・・!」
!!!
横島が振り向いた先に、鉄骨に体を預ける彼女・・・・・・・ルシオラが、いた。
【谷崎一郎5】
「ナオミーーーーーー!!!!」
谷崎はもう一度全身全霊の力で叫ぶがその声は虚しく空に消えるのみだった。
・・・・・・・・・・・・なんたることか。
きっとナオミは私がいないことを悲しみ、泣いているに違いない!ナオミを悲しませるなどと谷崎一郎!一生の不覚だ!!なんたることだ!!!
谷崎はイメージする。必死に谷崎の名を呼ぶナオミの姿を。少し泣きべそをかきながら、この乳白色の砂漠を彷徨うナオミの姿を。悲しかろう!寂しかろう!
胸が苦しくなる。罪悪感でいっぱいになる。ああナオミ。私のナオミ!!愛しのナオミ!!!
谷崎はイメージする。モワモワモワ〜〜〜〜〜ン(効果音)
不安で押しつぶされそうになるナオミの前に颯爽と現れる谷崎。
「た・・・・・谷崎主任!」
不安と谷崎がすぐそばにいない寂しさから涙目になっていたナオミの顔がパッと大輪の花が咲いたように輝く。
ナオミは嬉しさのあまり谷崎に飛びかかるように抱きついた。
谷崎は強く抱きしめ返す。
「もう大丈夫、もう心配ない・・・・私がいる、ナオミ・・・・ずっと一緒だよ・・・・」
見詰め合う2人。
「ナオミ・・・・」
「谷崎主任・・・」
もう2人の間に言葉は要らない。言葉はただ、無粋なだけの存在。
2人の顔が少しずつ近づいていく。ナオミの瞳が潤んでいる。その瞳はあなたを愛していますと言葉を発しているかのようだった。
2人は熱いキスをする・・・・・・・
イメージ終了。
「これだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
どれなんだろう?
完璧だ!完全だ!これ以外あり得ない!!いっそこの何も無い、誰も邪魔の入らないこの新世界のアダムとイヴになろう!!ナオミィィィィ!!!!
「ナオミィィィィィィィィ!!!!フォォォリンラァァヴゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」
谷崎は世界を揺るがさんほどの絶叫を響かせた・・・・・
【梅枝ナオミ4】
「キャアアアア!!!」
地平線を眺めていたナオミはものすっごい邪悪な思念波を感じたような気がして飛び上がった。
《何?今の何?え、私テレパスじゃないのに?!》
邪悪な思念の正体はわからない。だが半端ではなかった気がする。
しかもなにか腹立たしく身勝手でもの凄いキモさを感じた。
右手の袖をまくってみると・・・・ジンマシンができていた。
・・・・・・・・・・・・・
原因不明なことを考えていても仕方ない。現状を何とかしなくてはいけない。落ち着くんだ私。
皆本さんと合流できるのがベスト。『ザ・ハウンド』でもいい。この際GSの人でもいい。
・・・・彼女の計画の中に谷崎の名前は無かった。
《そうだ・・・・・空中からなら誰か見つかるかも》
ナオミはサイコキネシスを使って灰色の空高く飛び上がった。
【犬塚シロ6 犬神初音3】
シロは乳白色の砂漠を風のように走る。サンポマスターの名は伊達ではない。
《かなり近づいているでござる・・・・いた》
シロは遠くに1人の少女の姿を捉えた。長い豊かな茶金色の髪を持つ、中学生ぐらいの少女。その少女は立ってはいるものの、俯いているようだ。
《あの方はたしか、エスパーチームの方では?たしか、初音殿とか》
シロはどんどん近づいていく。
「おーーーーいバベルのおかたーーー!」
犬神初音まで10メートルぐらいまでシロが近づいたとき、初音が叫ぶ。
「止まれ!!」
!!!シロは急停止する。
「明・・・・・どうした?!」
明、殿・・・?そう言えばエスパーチームにそのような御仁がいたような?
「拙者、まだそなたと会ったのが初めてでござる。明殿は存じあげず・・」
「ウソヲツクナ!!!!!!!!!!」
突然おかしな調子で初音は叫ぶ。
「ウソヲツクナ!明、ドコヤッタ!ドコヤッタ!オマエ!!明喰ッタナ!喰ッタナ!!」
じょ・・・・冗談じゃない!拙者人喰いの趣味など無いでござる!!
「明ヲ喰ッタナ!!カエセ!!明カエセ!!明ハワタシノダ!!明ヲ喰ッタナ!!!!」
突然初音は人の姿から狼の姿へ変わる!
人狼族?!いや、これは・・・・・
初音はシロに飛びかかるがシロは紙一重でかわした。すばやく霊波刀を発生させる。
拙者たちのような純粋な人狼族ではござらん!人の世界に残った一族の末裔か?!
人狼族は不思議な一族だ。人と妖怪の中間に属し、ハザマの世界の異界の隠れ里に住む。
人とも妖怪ともどちらにも近い。タマモは完全な妖怪だが、シロはタマモより人間に近い。
ほとんどの人狼族は隠れ里で暮らしたが、人の世界に残った一族もいると聞く。彼女はその末裔なのかもしれない。
人狼の正体は超能力によるものとされているし、実際人の世界に残った一族はそうなのかもしれない。だからこそ隠れ里に暮らせず、人の世界にいたのかもしれない。
が、本物の人狼族は超能力と関係の無い存在だ。彼らは研究に協力しない。現在も謎に包まれているのだ。
それはともかくとして、いささかマズイでござる・・・・・
どう考えても初音殿は様子がおかしい。何者かに操られているのか、催眠術にでもかかっているかのようでござる・・・
そうか、ナイトメアの仕業か・・・・・なんてこったでござる。
この人の姿のままでは不利だ。しかし拙者まで狼化したら・・・・
それこそ取り返しのつかない、どちらかが死ぬまで止まらない狼同士の死闘となってしまう!
【タマモ7】
討伐軍は九尾の狐を徐々に追い詰めている。8万を越えていた軍勢は、かなりその数を減らしていたものの、戦意高く、精強で百戦錬磨の軍勢であった。
前衛の軍に上総介広常、主力を三浦介義明が率いている。
那須野の地を幾万の人の軍勢が征く。
抜き放たれた太刀や薙刀が陽光を照り返し大海のごとくに。
小札や錣の擦り合う音はさざめく波音のごとくに。
人の闘気は押し寄せる荒波のごとくに。
《世に悪しきを為し、まつろわぬ憎き妖狐よ》
三浦介義明は馬上から蒼穹を見つめる。
《天道がこの日の本を照らし続ける限り、悪狐に天壌無窮安住の地は無いと知れ!!》
【谷崎一郎6】
こうしてはいられない。一刻も早く、一瞬でも早く、ナオミの元に行かねば!!!
ではどうするか?
谷崎一郎は優秀な男だ。ただ1点を除いては。
谷崎はこの世界があまりに不自然であることに気が付いていた。
当然だ。地球上どこにもこんなけったいな場所は無い。
なら、ここは間違いなく精神世界と言われるところだ。ならば・・・・目には目を!精神には、精神を!
谷崎は静かに目を瞑る。そして大きく息を吸い込むとゆっくり吐き出しながらその息の数を数えだした。
ひとーーーーーーーーーつ・・・・・・・・
ふたーーーーーーーーーつ・・・・・・・・
みーーーーーーーーーーつ・・・・・・・・
これは禅で行われる『数息観』であった。禅の精神統一のために使われる初歩的な修練法である。しかし禅は数息観で始まり数息観で終わるとまで言われていて、重要で真の習得の難しい修練法である。
谷崎は無我の境地に陥る。百まで数え終わった瞬間、谷崎はカッ!!と目を見開き飛びあがる!!!
そして空中で海老反りになりながら両手で両足の足首を掴む!!!!
その姿は!ヒンドゥー教の大神、ヴィシュヌの第1の化身である聖なる魚を示すあのポーズは!!伝説のポーズ!!!
『水魚のポーズ』だ!!!!!!!!!!!!
ドギャーーーン!!!!という効果音と共に谷崎のいる世界が星々の大宇宙へと変わった!!!!!!
谷崎は恐るべき精神力をもって世界を描き換えた!!!
「そこかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
まるで何回か使うと死んでしまう必殺技の名を叫ぶかのごとく谷崎は叫ぶ!!!!
「燃えろぉぉぉぉ!!!!私のコスモォォォォォォ!!!!!!」
谷崎は何も無い宇宙空間になんとか流星拳のような強烈な拳を打ち込む!!!!!
恐るべきことに『空間』が裂ける!!!!スティーヴン・ホーキング博士もビックリだ!!!!
「私とナオミの間に、越えられぬ壁など無いわぁぁぁぁぁ!!今いくぞナオミィィィィィィィィぃ!!!!光は絆だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
谷崎は空間の裂け目に飛び込んだ!!!
谷崎は任務を完全に忘れていた!!!
谷崎はその世界から完全にかき消えた!!!
谷崎は微笑んだ!!!
うまくいったみたいだわ♪、と。
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