こうして三度目の対峙をするメドーサとビンス。
メドーサの手には、当代一と言っても良いほどの霊格を備えた武具刺叉。
メドーサの乳には、当代一と言っても良いほどの助平を備えた横島忠夫。
皆様は不思議に思われるかもしれない。彼女は別な戦闘中だったはずと。
ここで時間を少し戻して状況の変化をご説明しよう。
「本気でやりあうのは何百年ぶりだっけか。殺したいのに続けてたいぜ。」
「わしは別に殺したいとは思わんがな。続けるのに関しては異論は無い。」
斉天大聖とその部下による死闘は続いていた。どちらも人間の童話で力を得た神である。
当然なのだが実際の天竺取経に妖怪は同行していない。いわゆる御伽噺というやつである。
本当に空を飛ぶ妖怪が同行していたなら、殊勝になった途中からでも単独で行かせればいい。
力の小さな神も『信仰』という名の人間の霊力で強大になる。現在の天界の中枢がそうだ。
「オヤジ、殺す前に聞いておきてえ。少佐に惚れこんだ理由ってのは何だ?」
「ノスタルジーじゃな。老人というのは昔を美化する悪い癖があってな。」
「あいも変わらず腹に一物か。ま、偉くなるってのは大変って事かね。」
「そういう事じゃ。さて、そろそろ決着をつけようかのぅ、沙悟浄!」
孫悟空の如意棒と沙悟浄の半月宝杖がぶつかり合う。交差の度に光源が生まれ、消える。
光の元は霊力であり、金属擦過による燃焼ではない。故に霊力の多寡で光量が決まる。
老師と呼ばれる天界中枢に身を置く猿神が、今までで一番の霊力を込め攻めかかる。
目が眩むだけならば気配で感じる事はできるが、霊力が帯びていれば別であった。
「ちぃ!」
一瞬だけ悟浄は悟空を見失う。
だが、幾度も戦いを経ているのは斉天大聖の特権ではない。悟浄もまた然り。
猿の尾を視界から消える一瞬だけ見た。あとは勘と経験で霊波攻撃を叩き込む。
そして手ごたえがあった。何かに当たった。相手は強いが手傷くらいは負うはず。
「いーーーーーたーーーーーいーーーーーじゃーーーーーねーーーーーえーーーーー」
「に、人間だと?!しかも俺の攻撃で潰れてないってのか!」
一瞬の動揺。
そこで見たことのある武具の頭部が喉元に殺到する。
動揺は霊力にダイレクトに反応する。力の入らぬままに地面まで押し落とされた。
「虚実さ。……死ぬほど訓練した基礎動作でも役に立つもんだねサルオヤジ。」
「視界を奪って相手を入れ替え、虚を突く。教えたのは貴様で最後じゃがな。」
「なんでさ。あたしの時には『それくらい出来ぬ奴は死ぬ』って言ってたろ。」
「じゃがな、誰も出来んかった。そして死んだ。それだけの事じゃメドーサ。」
斉天大聖は視界と気配を奪う為に前口上から演出して、最大の霊力で攻撃した。
分身を出し、視界に捕らえられるギリギリの所から別方向に逃がし、注意を逸らす。
そこで想定外の光景を見た悟浄和尚が一瞬の隙を作る。それこそが作戦の意図であった。
ちなみに何故横島くんが叩かれたかというと、うっかりメドーサさんが盾にしたせいである。
逆鱗に触れて蛇神様に叩かれることに慣れた横島くんである。若干なら神撃耐性がある。
ただでは済まない。しかし彼は豊満な胸を思う存分蹂躙している。優先順位が上だ。
「八戒は任せたよサルオヤジ。そうだ横島、ひと段落着いたし手離しても良いよ。」
「いやいや!油断大敵!常在戦場!一期一会!乳揉放題!こっからが大事だぜ!」
「まぁあんたがそう言うんなら別に良いけど。腕だけ千切れても知らないよ?」
「安心めされい!いざとなれば腕からだって再生してみせるって!大丈夫!」
万能細胞が仮に実用化されても、恐らく人間は腕から再生は出来ないだろう。
しかし、彼は横島忠夫である。不可能を幾度も可能にしてきた伝説の男である。
彼の人となりを知るもので『絶対出来っこない』と言い切れる者がいるだろうか。
彼が助平である限り不可能は無い。ただ、腕からの再生に関しては若干疑問だが。
そんな横島くんの大活躍もあり、メドーサは悟浄を捕縄した。
そして斉天大聖に八戒を預けて本丸に向かったというわけである。
もちろん戦場は混戦状態。だが現状は反乱軍に若干だが分があった。
服従装置により操られている兵もメドーサを見逃すほどに愚鈍ではない。
彼女同様に空を飛べる神兵も多い。ではそちらの方はどうだったかといえば。
「メドーサ殿発見。斉天大聖閣下の援護の下で大将組から離脱。」
「いよっし!!哨戒艇は制空権を取ることに専念!参謀を護衛して!」
『了解、参謀を護衛します!各艇聞いての通りだ!八門金鎖の陣展開!』
竜宮城総司令部の乙姫中将はそう命令を下した後、司令官用の装束を脱ぎ始める。
一瞬ざわめき視線が彼女に集中するが、一人を除いて視線を落とし体勢を戻す。
それは彼女の付き人であるドンガメ氏。気配は出さず、視線のみを巡らせる。
彼は表情変えぬまま乙姫を凝視しているが、彼女もやはり表情を変えず着替え続ける。
「ねぇドンガメ、もしかして、私とシたいの?」
「お許しとあれば。」
「でも駄目ね。あんた全くタイプじゃないし。」
「それは残念です。」
司令部武官の誰もが涙する。ドンガメ氏の淡い恋心は司令部の中では有名なのだ。
しかしそれ以上に男子は忠臣であり、そしてそれ以上に女子は悪食だというだけだ。
幾世霜も後には結ばれる事もあるかもしれない。しかしそれは今ではない事は確実だ。
乙姫はドンガメにライディングフォームに変身させて戦場に乗り込んでいくからだ。
彼女にとっては彼よりもメドーサの恋の成就のほうが優先順位が遥かに上なのだ。
「あのガキさ、今度メドーサふったら10倍玉手箱で塵に変えちゃおっかドンガメ。」
「ご随意に。しかしメドーサ殿がどう思われるか。恐らく友情関係は破綻するかと。」
「だよねー。やっぱ年上の魅力で落とすしかないかー。でもメドーサ、ウブだしー。」
「乙姫様お得意の篭絡法『天の岩戸ミラクルポールダンス大作戦』を教授されては。」
「アレ口で言うほど簡単じゃないのよ?まずね、こう、流し目で相手に擦り寄って。」
大作戦の全容は残念ながら割愛する。それはもちろん広場規約に抵触しかねない為だ。
かくして着替えながらの半裸で作戦を教授しつつ、竜宮城の亀は異空間を進んでいく。
片や窮地の親友におせっかいな友情心を抱きつつ、片や悶々とした衝動を押さえつつ。
こうしてメドーサさんたちはビンスの元に辿り着いたというわけだ。
ちなみに他のGSの方々は苦労していた。
「ピートくん、以前と結界が変わっている。判るかね?」
「はい先生。僕は通れますけど、後ろの人たちには少し厳しいかと。」
「あーあー、コメリカ軍の皆さん聞こえますか?じゃすたもーめんとぷりーず。」
妙神山は修行場である。そこに繋がるハイウェイは元よりケーブルカーも舗装道路も無い。
もちろん訓練を重ねたコメリカの陸戦隊は優秀だ。3日行軍など平気でこなす猛者揃いだ。
しかし、登山して数時間で顔色は悪くなり、脱落していく者が随所に見られるようになる。
どんなに訓練していても霊障に耐性はない。ワクチンのない膠原病に罹りながらと同じだ。
「司令部に連絡を取ってみては?主は仰られました。無理はすべきではないと。」
「コメリカ陸軍に後退は無い!!例え名将ハンニバルが3度挫けようとも、だ!」
「ハンニバルが3度挫けちゃったら、それって負けって意味じゃ……ムグググ!」
「な、なるほどー!判りました!それでは先を急ぎましょうか!れっつらごー!」
髪も幸も薄いGS協会代表が弟子の美男子の口を押さえて再び歩き始める。
ちなみにピートくんのツッコミは共和制ローマファンであるなら周知の事実である。
もしかすると読者の中には共和制ローマファンじゃない人もいるかもしれないので付記する。
昔、ローマという都市国家が地中海にありました。けっこうブイブイいわせてました。
しかし、地中海の対岸にも同じくブイブイいわせていた国があり、カルタゴといいました。
どっちも結構やんちゃなので、やっぱり似たような相手は気に入らない。そこで戦争でした。
ハンニバルという人がコングもフェイスマンも連れずにローマに戦争を仕掛けちゃいます。
一の谷鵯越の逆落しをリスペクトしたかのような(若干日本のが後ですが)事もやる。
なんと象を連れた何万もの軍勢でアルプスを越えて奇襲。今なら愛護団体大激怒。
この人すごい将軍で、後一歩って所までローマを追い詰めます。やったぜ!
しかし結局のところは戦線を延ばしすぎてしまい敗北。良く聞く話です。
最終的には対等で良いよと言われながら戦争禁止とか戦艦作るなという条件付。
ここでカルタゴが犯した間違いは、やんちゃすぎて更に二回戦争しちゃったこと。
海外領土も奪われて国力無いのに無茶するから最後塩まかれて滅亡しました。ナメクジか。
「というわけでね、ハンニバルが3度やっちゃうと縁起が悪いの判りました?」
「誰に話してるんだねピートくん。ほら、コメリカの人が諦めるまで迷わないとね。」
「先生がスキピオですか。いずれローマもこうなるだろうと。コメリカ嫌いでしたっけ?」
「コメリカは嫌いじゃない。が、毛生え薬をくれない人は嫌いなだけだ。まったく。」
「??????そ、それは、その、何というか、災難でしたね、せんせい……」
大田区のOGSO(小笠原GS事務所)。
陸戦隊に同行している筈のボビーとジョーを従え、呪術用の扇情的な姿で踊っている。
出掛ける寸前に『仕事が急に入ったから』と儀式の手伝いをすることになったのだ。
護摩焚壇とアフリカ呪術のあいのこの様な祭壇の前で、ひたすら励む小笠原エミ。
『ジョー、どうする?コメリカ部隊はとっくに出てしまったぞ。』
『ボビー、とりあえず休憩の間にでもヘンリーに連絡しよう。』
「二人とも集中してるワケ?!バックファイヤがくるわよ!」
誘い出された悪霊を見つけ、自らの体を盾に所長を守る二人。
日常の除霊光景である。OGSOでは遠隔除霊も珍しくはない。
しかしこの日は違うのは件数が多いの事ある。通常の3倍である。
「エミ所長、少し休憩取りませんか?エミ所長も我々も、もう限界です。」
「ナニ言ってるワケ?まだ半分も終わってないわよ。令子の分もあるしね。」
「令子って、美神令子ですか?あそこ、確か少年と少女と所長だけですよ?!」
「そういうこと。ガメつい女なワケ。ま、いい機会だし?顧客丸ごと頂くわよ!」
横島少年は一度だけOGSO所属になっている。確かにタフネスには光るものがあった。
しかし巫女服少女が大した戦力になるとは到底思えない。しかし美神令子とて人の子。
つまり自分達と同じように所長の背中を守る時もあろう。その身を挺してでもだ。
除霊法が違うとはいえ自分達が3人がかりで守る背中を彼が一人で、である。
「そうだ所長、タイガーを呼ばれてはどうです?彼ならきっと協力を……」
「ジョー!ちょ、おま、馬鹿!!!」
ジョーは疲れで朦朧としていて禁句を口にしてしまう。
あろうことかタイガー寅吉の名を小笠原エミに告げたのだ。
現在寅吉くんは某女学院の不良少女さんにより拿捕されている。
ぶっちゃけて言えば手下を横取りされたのだ。女性の魅力的な部分で。
「……うちで受けてる依頼と令子んトコの依頼、今日全部終わらせるからね!」
「そ、それは無茶です所長!我々の体が持ちません!どうか再度お考えを!」
「じゃあ3分間あげるワケ。ヘンリーに今から言うことを伝えて。いい?」
ボショボショと2人に耳打ちするエミ。
聞いた二人が目を丸くして驚き、彼女を凝視する。
その視線に満足したのか、にっこり微笑んで、こう続けた。
「あとね、GSナメてんじゃないって追加しとくワケ。判った?」
二人は機械仕掛けの人形のように、コクコクと頷く事しか出来なかった。
そして目の前の少女の非凡な正体を、今まで以上に思い知る結果となった。
ちなみに小笠原エミがヘンリーに宛てた伝言については後段に譲る事とする。
その頃、横島2号はしゃがんでいた。
それは何故かといえば、背が高すぎるからだ。
背の低い相手と話すにはしゃがむ必要が有る。
相手は先だって密約が交わされた美神さん達。。
「さっきばっらい!さっきばっらい!まっくのうっち!まっくのうっち!」
「こっちの横島クン相手にデンプシーロールやりきる自信が無いわ。」
「どうしましょう美神さん!実は私、パンツ替えてないんですよ!」
「大丈夫、横島クンだったら喜ぶから。でも程度によるかなー。」
アシュタロスさんちの名誉の為に言っておくが、洗濯機材は揃っている。
ただし若干だが旧式で、ヒューマンリソースに頼るタイプではあるが。
ちゃんと洗って穿いている。決して着たきり雀という訳では、ない。
「美神さんと違っておキヌちゃん丁寧に洗ってそうだし!穿き古しでも問題なし!」
「ちょ、ソレどういう意味?!あたしだって洗ってはいるわよ!人聞き悪い事言うな!」
「知らないと思ってんスか美神さん?全自動で洗って穴開いたら捨てるとか俺よりひどい。」
「ち、さすがはうちのクローゼットオフィサー。そういえば穴開いたの見当たらないんだけど。」
「ご安心召されよ!リデュースリユースリサイクル!美神さんのぱんつは3R絶賛推進中ですので!」
その巨体で立ち上がり、大きくふんぞり返る横島忠夫2号。これには実は黒い意図がある。
横島くん2号は学習した。身長差を利用してしまえば殺人的ツッコミを受けないという事を。
しかし美神令子は日本最高GSの誉れ高いポテンシャルを持っている。いささか浅はかである。
彼女は呼吸を整える。この呼吸法は単に息継ぎではない。潜在ポテンシャルを引き出す意味がある。
更に引き出されたポテンシャルにより超人的な身体能力を得た彼女は予備動作無しにジャンプ。
横島くん2号の顔面まで飛ぶと、腰だめに拳を構え雄叫びを上げて渾身の正拳を繰り出した。
それは曲がりくねりながら自由落下中にも打ち出されて、見たことのある形が形成される。
「美神神拳奥義!美神七死星点!」
「い、いでぇよアニキィィィ!俺一人っ子だけどねー!」
「やっぱり美神事務所はこうじゃないとだめですよね。お帰りなさい横島さん!」
そんな3人の様を呆然と眺める、大悪魔と3人姉妹悪魔。
畏怖や畏敬の念という表情ではない。だが侮蔑の表情でもない。
口を開いて呆然とした、理解し難いものに遭遇したときの様な表情である。
「ふと思ったんでちゅが、人間って変でちゅよね。」
「いや、逆考えるのよパピリオ。こいつらだけが変だって。」
「古今東西を問わず人間で突出したものは変人ぞろいと聞くがな。」
「人間は危険すぎます!早く交尾させて魔界に帰りましょうよアシュ様!」
頭に鹿のような角の生やした長髪の淑女が、優しげに微笑んでいる。
ゆったりと地面に腰を下ろした姿勢で、力なく手のひらを地面に置いて。
まるで桃源郷を眺めているかのような、うっとりとした柔らかい視線の先には。
「ぃぃいいいいい、やぁっ!!!!遠慮は無用!十重二十重で囲んで来なさい!」
「や、やられたあああああ!(x100)」
「情けない!それでも天界を守るツワモノですか!修行が足りませんね!次!!」
頭に鹿のような角を生やした短髪の少女が、厳しげに微笑んでいる。
威風堂々と地面に足を踏ん張る姿勢で、力を込め握った剣を天に翳して。
まるで修行場を眺めているかのような、うっとりとした好戦的な視線の先には。
「やぁやぁ遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ!なんちゃって。」
「今のは悪くないですわ小竜姫。なんちゃっては余計ですけれど。」
「はーい。しっかし、10万って多いですね御姉様。」
積み上げられた兵の山。もちろん、小竜姫の作業による。
彼女にとって天界の兵とはいえ雑兵は好敵手には成り得ない。
よほどの隙を見せなければ、ひたすら体が感じるまま動かすのみ。
これは戦いではなく『作業』である。絶命させてない事からもそれが伺える。
「お師匠様大丈夫ですかね?最近腰が痛いって言ってましたし。」
「あの斉天大聖殿がお腰を?!ふふ、小竜姫、あなた謀られたのですよ。」
「え?嘘なんですかー?!だって、調理場に立つのも辛いって言ってましたよ?!」
「今あの方が持つ如意金箍棒、重さは一万三千五百斤です。勉強なさい。」
「これ、余計な知恵を授けるなよ大竜姫殿。楽が出来なくなる。」
上空では未だに八戒と老師が、いつ終わるとも知れぬ打ち合いを続けていた。
筋骨隆々な天蓬元帥猪八戒と、同じく狒々よりも逞しい斉天大聖孫悟空の戦い。
だが先ほどと違うのは流れる雰囲気だ。真剣勝負ながら両者に笑みが浮かんでいる。
ちなみに如意棒の重さは10トン近くある。市販品の包丁100本纏めた以上の重さだ。
「そういえば八戒殿、確か元は摩利支天直属の将軍でしたわね。」
「懐かしい話だな。七席様が俺みたいな下々を知ってるとは嬉しいねえ。」
「悟浄殿もそうですが、正二位程度の服従機で何時までも縛られる霊格ですかしら?」
実は悟空の愉快な仲間達は元はセレブ揃いなのは有名なところである。
八戒は大竜姫の述べたとおり。悟浄に至っては王政時代の天界近衛大将である。
そしてリーダー格である悟空だけがお猿さん叩き上げの下積み経験を持っているのだ。
「まて、では八戒、まさか貴様もう、縛は解かれておるんじゃなかろうな……」
「あー、駄目だー!服従機には逆らえねえー!今すぐに有給でも無いとー!」
「わしを謀りおったな。……仕方ないのう。ここからは労使交渉じゃな。」
「おっし、乗ったぜその話。ちょいと早いメーデーといこうぜオヤジ!」
斉天大聖の出自は卵生とはいえ一介の猿であり、元々霊格の低い妖怪の類である。
それゆえポテンシャルで服従機にレジスト出来るという考え自体が浮かばなかった。
猿は無知を、そして豚は騙したことを、互いに恥じた。そして彼らがとった行動とは。
「結局また戦うんですね。竜神以外でも戦いで身体って疼くんですかね御姉様。」
「魔も神も人の霊力による影響を大きく受けるようになりました。業、ですよ。」
「業ですかー。じゃあすっごい昔はみんな平和だった、ってことなんですかね。」
第七席と名乗る彼女の脳裏に、とある古い蛇神の女性が浮かぶ。
好戦的な物言いとは裏腹に、何かと地球論や正義をかざしていた彼女。
未来は決して決定していない。事を成した後に起きる事象こそ結果という。
「古い神はそうでした。あなたの師匠や私やメドーサが滅ぼしましたけれど、ね。」
彼女が何について語っているかが、上手く小竜姫には伝わらなかった。
遥か昔のその昔、神様は世界が滅びかねない戦争をし悉く絶えたのだ。
詳しい経緯についてはこのSSの前作『蛇と林檎』をご参照されたし。
こうしてメドーサ(オプション装備横島)とビンスは対峙し、戦いを始める。
しかし先だっての戦いと違うのは、メドーサが霊力も込めた全力で戦っている点だ。
巨大化するかとドキドキしながら見守る横島の予想に反し、ちんまい中年のままである。
「知恵もまわさず霊力攻撃かいな!アホちゃうか!全部オノレに跳ね返るんやで!」
「エントロピーは無限じゃないんだよ!あんたはいずれ瓦解する!体質を呪ってね!」
「ワイのキャパ越え狙いかい!そんなん無理やでメドーサ、三下のオノレ如きじゃな!」
古い蛇神も、偽貧乏神も、一見すると受けて攻めてのやりとりをしているように見える。
しかし実は全く違う。一方的にメドーサの霊力がビンスに流れ込んでいるだけなのだ。
小柄な中年は打撃による憤慨を晴らす、それだけの目的でメドーサに攻撃している。
「霊波動のブレがミエミエやでメドーサ!さっきの威勢はどないしたんや?!あぁ?!」
「悪いけどね、余裕過ぎてちょっと気を抜いちまったよ。今更謝っても遅いからね!」
「せやなー、余裕そうやなー、ほな、ワイのマイト計測器もきっと故障やろなー。」
もちろんメドーサとてギミックによる搦め手も色々持つ。ビッグイーターだっている。
しかし、すべてが致死性の技術ではない。それにギミックは相手によって効果が違うもの。
そしてその全てに霊力を使う。つまりは目的を果たす為なら単純な霊撃が一番効率がいいのだ。
やがてメドーサは超高速による戦闘を止める。それは少しでも霊力温存が必要だからだ。
これは皮肉なことに、原作での香港における対小竜姫戦の逆を行くパターンとなった。
そこで横島はやっと眩しいばかりだったメドーサの現状を見る。驚くべきは顔色だ。
「メドーサ、顔真っ白じゃねえか!今までも白かったけどさ、なんか、色が変だぜ!」
「そら白いんやない。透けてるんや少年。神様っちゅうんは霊力で維持しとるさかい。」
「くっそー!そ、そんな時こそ!煩・悩・全・開!フルスロットル!ベタ踏み坂タイム!」
横島の脳裏に、様々な光景が浮かぶ。
美女だらけの女湯に入る自分。
女子更衣室をのぞく自分。
ムチャクチャする自分。
その霊波動がメドーサに流れ込み、少しづつ満たされていく。が……
「あれ?何かあんまり反応無い?メドーサ、俺じゃ駄目なのか?」
「違うんだ、違うんだよ横島。これは、あたし自身の……」
「そ、そうか!判ったぜメドーサ!俺に任せとけ!」
GSメドヨコ事務所の朝は早い。しかし、今は全てが順調だ。
俺はメドヨコ事務所のヨコ担当、スーパー除霊人の偉名も高い横島忠夫だ。
そして俺の隣で寝てるのは同じく事務所のメド担当、兼、爆乳担当その1、メドーサ。
「ヨコシマ、早く起きないとニワトリに先を越されちゃうって言ったろ……んぅ。」
「ふふふ、夢で昔の事を思い出してるな。今じゃ寝顔見放題なのは俺なのにな。」
「ちゃんとたくさん食べて、たくさん仕事して、たくさん修行しようねぇ……」
おっと、さっそくで悪いが訂正だ。実はメドーサはもうヨコ担当でもあるんだ。
何故って?もしかして横になって寝てるからヨコ担当だろうって?馬鹿だな読者君たち。
俺ら二人はもう結婚式も挙げたんだぜ。豊島区役所に入籍届けもちゃんと出したってわけだ。
わかるかね?そう、隣に寝ているこの爆乳美女はな!横島メドーサなんだよコンチクショウ!
つまりだね、メドヨコの存在理由、すなわちレゾンデートルはこいつだけでOKなんだ!
そうすると俺は用無しだから別にいつ居なくなっても良いんだよ!わかったか!
「あれれ?!何だかそう考えてみると、すごく悲しい気分に……」
「ふぁー。おはようヨコシマ。……朝っぱらから何しけた顔してんのさ。」
「いや、実はちょっとメドヨコのレゾンデートルについて考える所があってさー。」
「どうせ『横島メドーサが居れば俺っていらない子だ』とか言うんだろ?」
「な、何故ばれた?!神様チックにズルして俺の心を読んだな!」
ちなみに寝るときの服装も今は昔と違う。スケスケのネグリジェだよ!おネグってやつだ!
本当は一時期ジャージ崇拝が激しくて、やくざの組長も斯くやってくらいジャージだったんだ!
そこで25日間不眠不休で土下座した結果、メドーサがとうとう根負けしておネグになったって訳!
すごいだろう俺!もっともメドーサってばあんまり恥じ入らないから思ったより普通なんだけどな!
「さて、そろそろジャージに着替えるかね。ヨコシマも早く着替えなよ。」
「ちょ、おま、昨日ジャージは着ないって約束したじゃんか!もう撤回かよ!」
「いや、この格好でランニング行ってもいいけど。捕まるんじゃなかったかい?」
「あ、ら、ランニングね!おーけーおーけー!ただし!着替えは俺の目の前でね!」
「いや、この狭い部屋の他にどこで着替えるのさ。せめて押入れが広ければね。」
「駄目だ!この部屋がジャストサイズ!メドヨコにはアパートが一番だって!」
「最悪結界で広く出来るんだけどね。あたしはヨコシマに従う約束だし。」
おおー!さすがメドーサ!全く隠さない!そこにしびれるあこがれる!超ダイナマイツ!
ちょっと触……いや!まだあわてる時間じゃない!メドーサならきっと何とかしてくれる!
恥じ入りながら、『今日は朝っぱらから元気そうじゃないか』とか言いながら、ズドーンと!
「なんだヨコシマ、今日は朝っぱらから随分元気そうじゃないか。」
「きたー!!待ってましたー!当方はいつでもウェルカムですぞー!」
「その言葉を待ってたよヨコシマ!訓練メニュー大盛りマシマシだよ!」
「ひゃっほーい!訓練マシマシー!ばんざーい!……って!何でだよー!」
こ、この鈍感で擦れてないところが魅力ではあるんだが!たまには甘々もしたいんじゃよ!
こう、照れ隠ししながらさ!『判ってて言ったんだよ馬鹿だね』とか捨て台詞吐いちゃってさ!
ぎゅっと手なんか握って上目遣いでさ!そんでさ、そうそう、こんな風にアームロックかけてさ!
「いてててててて!ギブギブ!それ以上いけない!主に関節が!何で俺キメられてますか!」
「あ、いや、なんとなく失礼な想像してる気がしてさ。違ってたんならごめんよヨコシマ。」
「違ってないけど折れたら困るだろ!エロい想像とかしないわけないだろ!常識で考えろ!」
「大丈夫だよ、あたしを誰だと思ってんだい。折れるギリギリの一番痛いところで止める。」
「それなら安心だね!……って!ぎゃおおおおおおおおおお!痛すぎて痛い!MAX痛い!」
とまぁこんな感じでLOVEx2絶好調の俺とメドーサの朝は始まるんだぜ!
このリアル獣、いわゆるリア獣生活!まさに弱肉強食!サバンナの掟もビックリ!
そして俺は必ずメドーサを喰らう!もちろん性的な意味で!もちろん性的な意味でだ!
大事なことなんで二回書きました!それくらい大事なんだ!いつかぜひ達成したいもんだ!
「とまぁこんな感じでどうだメドーサ!」
「ナニが『どうだ』なんだかサッパリだよ!」
「あたし自身で妄想してくれって言わなかった?」
「違うよ!あたし自身の問題だから黙ってろって言ったんだよ!」
小首を傾げて不思議そうな表情をする横島少年。
やがて難しそうな表情になり屈みこんでしまう。
そして解を得たのか、晴れやかな表情で立った。
「はっはっは、相変わらずメドーサだな馬鹿は!」
「……言っとくけどね、あたしのアームロックは腕を折る流派だよ。」
「ひぃぃぃぃぃぃぃ!折っちゃ駄目ですぅぅぅ!主に右手は長い恋人だったんじゃよー!」
そして当然のように腫れ上がる横島くんの顔面。死んでいない辺りに優しさが伺えると本人談。
そして当然の様に少年が神様の乳を押さえる辺りは、二人の関係の変化と言えるかもしれない。
見えてはいけない部分がしっかり隠れている辺りも、広場投稿での配慮と言えるかもしれない。
「ふぉれとふぇろーさのふぁかららいふぁ。ふぃふふふぁいころひっへんひゃふぇーふぉ。」
「そうは言うけどさ。……あんた、人間なんだよ?黄泉返りだって元には戻らないんだよ。」
「判ったのかよ!さすが俺のメドーサだぜ!だから心配いらないって!何とかなるってば!」
「理由は!?根拠は!?メソッドは!?いい加減なことしか言わないんだったら黙って……」
コキリ、という小さな音がした。
胸に当たっていた手の感触が消えていく。
メドーサが振り向くと、横島少年の笑顔があった。
ただ、その笑顔は、スルスルと下がり、地べたに吸い寄せられた。
「な、なに馬鹿な真似してるのさ。そういう冗談は嫌いなんだよあたしは。」
「………………」
「起きるんだよ横島。なんで、首が、ねじれてる、のさ。いいかげんに、おしよ。」
「………………」
「残念やなーメドーサ。人間っちゅうんはな、頚椎を一定以上曲げるとな、死ぬんや。」
力なくへたりこみ、そっと少年の頭を持ち上げるメドーサ。横島少年の表情はまだ笑顔だ。
しかし、目には生気が無い。単に開いているだけだ。恐らく閉じたら開こうとはしないだろう。
まるで悪戯に成功した子供の様に、少しだけニヤついた小柄な中年が、聞きたくもない話を続ける。
「この少年がおるさかいお前が何度も出てくんねん。いい加減決着にしようや。」
「そんな、くだらない理由で、ヨコシマを殺したのか。決着はもうつくって判るだろ!」
「小鳩も完成したしな、少年に用はないんや。今までは単に殺す理由もなかっただけやからな。」
そう、ビンスに限らず神族一般にとっては人間は下等生物である。牛豚は屠殺し、犬猫は愛玩する。
心優しい人間は動物や昆虫を殺すのを躊躇い、農耕従事者は生活の為に害獣を駆除する、そういう感覚。
ビンスはメドーサとの決戦において少年が居ない方が都合がよいと思い至った。だから、横島に手をかけた。
「ええ加減、本気出せやメドーサ。三下や煽っても、ちーともやる気を出さんやないか。」
「ほ、本気だって?!い、いい加減にしなよビンス!あんたに何が判るってんだよ!」
「いい事教えたるわ。魂戻しの施術は無駄やで。少年の魂はだんだん降りとる。」
人間は死ぬとどうなるのか。血液の流れは止まり、凝固して硬直する。そして腐敗が始まる。
メドーサも長い歴史なのかで星の数ほど人間の死体を見てきた。そして目の前の少年も見る。
顔色が濁ってきている。まだ時間が浅いので大きな変化ではないか、それは見知った状景だ。
「―――――――――ビンス、神族倫理法違反なんて、生ぬるい話は抜きだよ。」
「ほう?そんな罪状もあったんか。ほんじゃ天界反逆罪っちゅうわけか?」
メドーサの目に、肌に、手足の先まで黒い何かが流れ込む。
それは明らかに異質だ。そして、明らかに忌まわしい何かだ。
その根源を我々は知っている。それは、とてもとても純度の高い。
憎悪。
「ビンス、いや、ビンス・マクマホン・ジュニア。貴様の存在は残さない。」
「大きく出たのうメドーサ。さっきまでの泣き女は卒業っちゅうわけか?」
「納まらないよ。世界が全て滅んでも。もう、止める気もないからね。」
黒い憎悪が、彼女の全身をめぐる。透けかけていた身体を染めていく。
そしてビンスは、マイト計測器の警告音を試験以外で初めて聞いた。
計測対象不明。何を計測するのかを機械が見失ってしまっている。
「それやメドーサ!昔っから、優等生やない『本気の』お前を見たかったんや!」
純粋な憎悪。
そして純粋な好奇心。
果たして軍配はどちらに上がるのか。
お話はいよいよ最終回に……
つづく。