苦境であるメドーサの元に颯爽と現れた大小の横島くん。
さて、なぜいきなり現れたのか。それは後段に譲るとしよう。
ここで池袋上の雷雲に描写を戻そう。
べスパに守られるアシュタロス、呆然と見上げる美神令子、氷室キヌ。
一方自衛隊の地上部隊は人気取りを始めるのだから平和ボケの度合いが段違い。
その動きに満足する防衛大臣石橋ゲルとは裏腹に、緊張が走る美神令子一味であった。
「あー、やっと見つけましたよ美神さん。なんだか随分硬い結界……を……」
「ふむ?誰かと思えば大竜姫殿ではないか。この前の会議以来か。久々だな。」
「おや大公爵閣下、第三次不干渉条約ではお世話になりました。ご健勝ですか?」
「最近また復活してな。まだまだ本調子ではないがな、今はホレ、このとおりだ。」
ふわりとアシュタロスの前に降り立つ大竜姫。その姉の背に隠れる小竜姫。
堂々と構えるアシュタロスの後ろに隠れるのはパピリオとルシオラ。
そして脚を震わせ泣きそうになりつつも身を挺するべスパ。
準魔王クラスと準主神クラスの会合、当然といえば当然である。
「それにしても人間を集めて何を?まさか本気で人界征服ですか大公爵?」
「それも一興だがな、残念なことに我の野望は潰えた。事が済めば私は帰るぞ。」
「大公爵にしては殊勝なこと。貴公の野望を潰えさせた英雄を見てみたいものです。」
「……シルクワーム、この天界の御仁が見たいそうだ。例のアレ見せてやってくれんか。」
大悪魔に促され、おずおずと美神の後ろから出て行くシルクワームことおキヌ。
大竜姫にとって格の低すぎる神族もどきにいぶかしみつつ、とある札を手渡される。
渡された物の内容を目で追ううちに、第七席の彼女ですらうっすらと気色ばんでいった。
「こ、これは!何故このようなものを!こんな非力な神族が、ありえません!」
「だがこれが全てだ関聖帝君。君ならこれを見た上で世界を征服できるかね?」
「それは無理というものです。世界の強制力という戯言も信じかねませんね。」
そこにはとある文言が、ものすごい霊圧によって書き記されていた。
『全権白紙委任<S>追伸:この子はいい子や、助けたってな小僧。』
Sとはとある有名な悪魔王の頭文字。そして大悪魔を小僧呼ばわり。
我々には感知しかねるが、どうやら大悪魔と第七席には強烈らしい。
「そ、そこの小娘、一応尋ねますが、これを、どこで手に入手したのですか?」
「西口公園です。親切な関西弁のおじさんがくれました。それがいったい……」
「小竜姫!コーエンとやらはどんな儀式場ですか?!魔王の直接召喚ですよ!」
「え?!あのー、確か、人間の子を遊ばせたり休憩したりする場所ですかね。」
「魔王召喚となれば生贄数は百万単位、いや一千万でも完全召還は難しい筈。」
「い、生贄?!いっせんまん?!ちがいます!普通に休憩してただけですっ!」
この作品での謎の一つである、『何故おキヌちゃんはアシュタロスに認められたのか』
魔界公爵はこの紙切れを見て全てを悟り、己の所業は筒抜けだったと悟ったのだ。
この白紙がおキヌちゃんことシルクワームに手渡されるまでを追っていこう。
おキヌちゃんは生身の体であった。幽霊であれば寝床も食事も必要ない。
しかし生身であれば栄養補給や就寝以外にも色々と為すべき事は多いのだ。
幽霊仲間によってお供え物の饅頭やらペットボトルやらは何とか集まるのだが。
『こうなりゃ東京中の幽霊集めるだ!おキヌちゃんの為に独立国家を作るだよ!』
『そうだべ!大おキヌ帝国樹立だべさ!おキヌちゃんは神聖にして犯すべからずだべ!』
『靖国の英霊30万が陸から海から馳せ参ず!おキヌちゃん閣下の号令を待つのみである!』
『ツンデレ既に死す!天然ボケ当に立つべし!時はまさに世紀末!天下は大吉ならん!』
歯痒い思いの幽霊たちは、何とかならないかと周りの幽霊に声をかけ、集結を続けていた。
やがてそれは熱力学の法則により、より熱量の高い考えに集約されていく。過激な方向に。
しかし残念ながら神聖大おキヌ帝国も、おキヌ党の乱も、実際には起きることは無かった。
「あのー、帝国も良いんですけど、誰か横島さん探し出せましたか?」
『それなんじゃが……だらしない顔の男は山のようにおるんじゃよ。』
「だから言ってるじゃないですか!世界一だらしない顔ですよって!」
『しかしのう、満場一致で確実だと思って連れてきたのも違うとか。』
「あたり前です!連れてきたのフレンチブルドッグじゃないですか!」
フレンチブルドッグの名誉の為に言うと、あれは機能美であり性格や不摂生さが原因ではない。
皮膚を弛ませる事により相手の噛み傷が直接筋肉や呼吸器に届かせないようにする為のもの。
決して美人を眺めて妄想をしたり性衝動に駆られたりして表情筋が緩んでいる訳ではない。
『しかしのう、女好きで、だらしなくて、優しくて、かっこいい、と言われてものう?』
「あとあと、実はちょっと動物好きで子犬とか撫でる時カッコいいんですよ横島さん!」
こうして幽霊たちはのろけ話風の横島の追加情報を持たされ、再度捜索に向かう。
本当は幽霊たちはおキヌが諦めて自分の幸せを追ってくれたらと願ってはいる。
しかし、横島を語るおキヌの笑顔を見て、それを言い出せぬまま捜索に戻る。
「さて、私も横島さん探しに行かないと……。」
「おじょーちゃん、お暇?よかったら漫才見ていかん?」
「えーと、あの、私……お暇なんで見ていきます!急ぎません!」
幽霊たちが去り静まり返った夜の公園で、声をかけられる。
普通に考えると怪しすぎるシチュエーションだが、彼女には違う。
彼女にとって夜と昼は等価であり、幽霊たちと会う為に夜更かしもする。
夜だからと警戒する事をしない。しかし幽霊は彼女の味方。隙だらけで隙が無い。
「なんでやねーん、なんでやねーん、なんでやナンデヤネーン♪」
赤いジャージを着て軽快に踊るウェーブの掛かった金髪の男。
青いジャージを着てギターを奏でる長い黒髪と無精ヒゲの男。
「賞が取れても、アニメは打ち切り、なんでやねーん♪」
「おもちゃが売れないからです。」
「ギャグマンガなのに女の子殺すの、なんでやねーん♪」
「主人公に卒業させない為です。」
「……さっきからなんなん?茶々入れくさってからに!」
「質問には答えを返すものです。」
「……偉い神さんで、弟子が裏切り、なんでやねーん!」
「あれはあーいう台本ですから。」
「ええかげんにしなさい!どーもありがとございましたー!」
立ち上がり目を輝かせて手を叩くおキヌちゃん。
二人組のジャージ男も、その無邪気な笑顔に満足げだ。
もちろん駅からも外れた真夜中の公園。周囲には誰も居ない。
「どうやお嬢ちゃん!ギタープラスダンス漫談!ブレイク間違いなしやろ?!」
「え?今のテ●andト○ですよね?ブレイクは終わってると思いますけど。」
「ま、マジか?!なーキー坊、やっぱ正統派や。メガネ落として探す奴とか。」
「それはいけません。そのネタは天界入りした漫才師の鉄板ネタですからね。」
こうしておキヌは路上漫才師と知り合いになる。
そのときに渡された紙切れこそが白紙全権委任状。
その正体は何者なのか。それは言わずとも知れよう。
事情を聞かされてもなお納得がいかない上級神。
だが、一応の得心がいって再び威厳を取り戻す。
一方の人間たちだが、こちらは平常運転である。
「さーて、あたしの出番のようね。横島クン、準備いいかしら?」
「いや、俺は特に準備とか言われてもやれる事ないんですけど。」
「なに言ってんの。メドーサの所に行くんでしょ?まったく……」
「ほほう、君がメドーサの思われ人か。成程、奴らしい趣味だ。」
そこで場に飲まれていた横島くんが、やっと大竜姫の姿を認識した。
巨乳揃いの女性陣に負けるどころか向こうを張れるほどの大きな乳。
そしてくびれた腰周り、さらに大き過ぎないほどの絶妙な尻である。
少年が飛び込んだのは想像に難くない。ミンチ寸前になった結果も。
「あがががが、よい乳尻でございました。流石は小竜姫様のお姉さま。」
「相変わらずというか何というか。御姉様、一応悪気は無いんですよ。」
「それくらいは判ります。だが少年、よく今まで五体満足でおれたな。」
「うはははは!タフが取り柄の忠夫ちゃんですから!平気の平左なり!」
「メドーサにも同じ事をすれば、この程度では済まされないでしょう。」
「そう?意外とノリがいいぜメドーサ。結婚式だって乗ってくれたし。」
その言葉を聴き、呆然として目を合わせる竜神姉妹。
その表情を横島くんは、不思議そうに観察していた。
やがて二人は、彼の元に殺到する。
「本当か!?少年は本当にメドーサと式を挙げたのか!?」
「あ、挙げたけど?あ、もしかしてちょっとジェラシー?」
「馬鹿を言うな!……そうか、式を挙げたのかメドーサ!」
大竜姫もメドーサに負けずに背は高い。そして乳も大きい。
そんな彼女が横島くんの肩をつかみ縦に揺すっているのだ。
縦横無尽に暴れまわる乳に、少年の視線は釘付けとなった。
「関羽殿、提案がある。少年には絡み合う縁がある。余興に付き合わんか?」
「余興、ですか。」
「天界にメドーサ、人界に美神、魔界におキヌ、それぞれ少年に執心でな。」
「つまり恋の鞘当ですか。」
「少年が誰を選ぶかで競う。昔よく暇を持て余した神がやっていた遊びだ。」
「そうですね。確かにそれは一興かと。」
当の本人達はといえば。
悪魔軍団に囲まれたおキヌは一点を見つめている。
人間代表と言われた美神は、未だ余裕の笑みのままやはり一点を凝視。
そして絡み合った視線と縁を持つ少年は、どうしていたかというと。
「小竜姫様もキッチュでガーリーだけどさ!大竜姫様もエレガントでマニッシュ!」
「横島さんは、ねー……もとい、メドーサと姉を比べて違いが認識できるんですか?」
「ぜんぜん違うじゃん!野に咲く薔薇と庭園の薔薇!屋台のラーメンと高級中華だぜ!」
準主神クラスに下衆な感情を抱いていた。。
本来完全生命体である神族は体調不全を起こさない。
更に大竜姫は天界でも数柱しかいない指導者的な神族である。
しかし彼女は頭痛に悩まされた。彼の煩悩が理解の範疇を超えたのだ。
「少年、屋台のラーメンと高級中華とやらはどちらが好きなのですか?」
「そりゃあもちろん、どっちもガッツリ……」
そこで美神が横島少年の言いかけた口を押さえて間一髪で危機を免れる。
彼女は感じたのだ。目の前の神はメドーサと何かしらの面識があると。
面識がある女性同士を比較する事は、古今東西最大のタブーなのだ。
更に『どっちも』とか答えると余計にややこしい事態になるので要注意である。
こうして最強軍団が結成された。
大竜姫からは本柱も大戦力だがGS協会と在日米軍。
アシュタロスからは横島二号と自衛隊、日本国政府。
そして美神事務所は美神令子、氷室キヌ、横島忠夫。
援軍を呼びに出た大竜姫の目的は現時点では達成された、としておく。
非力な人間の集合体。しかし彼らにはアドバンテージがあった。
友情?努力?機転?いやいや、そんなものは戦場で役立たない。
それは数。圧倒的数。そして元気すぎるほどの、霊力タンクだ。
戦場に向かう兵の生命力、生存したいという意思を神族達は吸い上げる。
戦場で散った兵の断末魔、死にたくないという声を魔族達は吸い上げる。
しかし二つの偉大な存在は知る事となった。それを超える霊力の存在を。
「いやじゃあああ!しにとうないいいい!やっぱりおうち帰るうううう!」
「そんだけデカけりゃ滅多に死なないわよ横島クン!逃げるんじゃない!」
「うそだー!うそだどんどこどーん!鬼と神様相手じゃねーか!無理ー!」
「ほらみんな待ってるわよ!それにさ、肉奴隷とかナシにしてもいいの?」
「ちょ、うそ、それは困るー!でも死んだら元も子もない!無理だって!」
「よ、横島さん?美神さんと、その、私じゃ、やっぱり不足ですかね……」
横島くんは自分が大好きだ。自分の為なら何だってする。
しかし彼は婦女子も好きだ。助平の為なら何だってする。
では、もしも自分と助平を天秤にかけたらどうなるのか。
「わ、わかった!ヤる!ヤってやる!俺の煩悩をなぁめぇるぅなぁよぉ!」
「やっぱ横島クンはこうでなきゃ。ほれ、先払いで上から覗かせたげるわ。」
「フォォォォォォォォォ!さくらんぼプリン確かに頂戴いたしましたぁぁぁ!」
横島少年は本物だ。そして彼を乗せるお台場ガ●ダムを着た少年は偽者だ。
だが彼らは共に横島忠夫である。そして巨大ガ●ダムの方も彼自身なのだ。
その二人から強力な煩悩が、まばゆい光の柱となって、天空に突き刺さる。
「こちら乙25、高エネルギー反応あり!敵の新兵器でしょうか!」
「違うわ、あれは悪魔の光?いや、煩悩の光だわ。すっごいわね。」
その光は、遠く妙神山外縁部で苦戦中の乙姫艦隊でも感知できるほどであった。
光の渦が天を覆う。それを大竜姫が一息に吸い込む。いや、吸い込もうとした。
しかし駄目。吸い込みきれない。そしてこの光は特定の存在への精錬された物。
吸い込んだ量の半分ほどしか吸収できなかった。しかし、それは十分すぎる量。
大竜姫の手元から出た槍が、その力を込めて一薙ぎする。それは光筋となった。
「小竜姫、コレを量産できませんか?パワーバランスがひっくり返りますよ。」
「いやー、やめといたほうがいいですよ御姉様。間違いなく扱いきれません。」
「確かに過ぎた力は往々にして悲劇をもたらしますね。この姉が浅慮でした。」
「そういう意味じゃあないんですけどね……まぁ諦めるのが賢いと思います。」
戦闘が始まって以来、乙姫中将は初めて背もたれに身を預けた。
徐々にだが戦闘は押されぎみから膠着状態へと変化していった。
予想していた速攻は無く、結界外周での一進一退を続けている。
「うーん、隙が無い。明らかに兵を温存してるわ。出方待ちかしら。」
「仕掛けてる方が防御布陣とは妙です。何か別の一手があるのかと。」
「どっちにしろ現状で押し切る程の戦力なんてこっちには無いしね。」
元貧乏神の意図までは彼女は知らない。情報は驚くほどに乏しいのだ。
情報が命運を分けるのは常識ではあるが、それでも戦わねばならない。
彼女は前線指揮官である。与えられた条件内で最善を見つける仕事だ。
一方のビンスも安穏と言える状況ではない。何せ急所が多すぎるのだ。
偽造天使による強制呪が破られれば、妙神山内にいる手駒は敵になる。
そして効果範囲とて無限ではない。むやみやたらには動かせないのだ。
「そうや、メドーサはどうなった?まだしぶとく生きのこっとんのかいな。」
「……メドーサ、依然戦闘中。武器を失い劣勢のはずなれど未だ負傷無し。」
「ち、役に立たんのうブタ。ワクワク大戦争がパーやないか。のう、小鳩?」
小鳩は返事をしない。既に目に精気は無く、無表情で佇んでいるのみだ。
しかしその光景を見て貧乏神は悲しまない。むしろうれしそうに微笑む。
「せやな、主役が出張らんといかんわな。小鳩、戦争ごっこを続けるでー。」
小さな中年男が小さなポンチョをはためかせ、その場と小鳩に背を向ける。
精気を失った目で追い、大きすぎる6枚羽と大きすぎる乳房を揺らし従う小鳩。
中年男は不似合いなほど大きなソンブレロを直し、不敵に笑みを浮かべているのみ。
こんな大騒動に日本のTV各局はさぞや大騒ぎを起こしていたかといえば……
『ご覧ください。防衛大臣石橋氏を先頭に戦後始まって以来の市街地軍事パレードです。』
『市民団体の抗議がそれに続き、それを整理する警官も……警視庁本部前から中継です!』
『警視庁本部前です。混乱を避ける為に都内に外出禁止勧告が出ました。都民の皆様……』
大悪魔は微塵も放映されていない。もちろん妙神山の事も。これらの情報は元から少ないが。
だがキャッチーなガンダムニュースも報道の中核から去っていた。スポンサーが降りたのだ。
もちろん自粛要請の大元はアザブ総理。そして民民党の首領オオサワ代表。つまり政治中枢。
彼らはスポンサー達の急所である老舗花札メーカーに圧力をかけ、秘密裏に情報を抑制した。
なんで花札メーカーが急所に?と若い読者には不思議に思われる方もおられるかもしれない。
現在も花札は現役であるし、その会社が出しているゲームハードは日本の娯楽の中核なのだ。
「戦車でけー!自衛官の人ー、写真お願いしますー!目線こっちでー!」
「皆様申し訳ありませんが我々は公務中ですので、目線は送れません。」
「ですよねー。あーあ、やっぱ軍隊って融通きかないなー。ガッカリ。」
都民と自衛官の他愛ない会話。そう、あくまで『勧告』で『見たけりゃ自己責任で』なのだ。
恐れを知らぬ若者と軍事マニアと野次馬は集まる。それは戒厳令を敷けぬ自衛隊のジレンマ。
だが、政治家がいた。政治家とは人気商売だ。こういう人気の流れのきっかけは見逃さない。
「幕僚長、大臣権限で命令する。勧告を恐れずに来たファンへの記念撮影に協力をさせろ。」
「え?本気ですか?こりゃ基地祭りとかじゃなくて軍事出動ですよね?マジ混乱しますよ?」
「人気出たら応募殺到するぞー?食い詰めの中途とかマニアじゃなくて、若者来ちゃうぞ?」
「若者の応募殺到……全軍通達!記念撮影全面協力!なんなら戦車に乗せちゃってもOK!」
戦車の上ではカップルと肩を組んでの記念撮影。小火器どころか01対戦車誘導弾も触れる。
マニアは自衛官と国防論議をし、ご老人が現代兵器の複雑さに前線に立てない事を自覚をし。
市民団体の面々は喜んで直接抗議をしたかといえばそうでもない。遠巻きに抗議するのみだ。
機を見るに敏。石橋ゲル氏は与党の重鎮。鼻が利かない愚者には連続当選など夢のまた夢だ。
そして優秀な政治家たる防衛大臣氏は、さぞや自分の功績に鼻高々だったのかというと……
「響きがいい。勧告を恐れない。勧告無視。本来カンコクになぞ気を配る必要はないのだ!」
よく分からない所で一人悦に入っていた。
そして再び妙神山。膠着状態ということもあり旗艦ドンガメは来客を出迎えた。
出戻り竜神姉妹に、大悪魔に、悪魔姉妹に、そしてデコボコすぎる横島くんズ。
明らかに突っ込みどころ満載な布陣なのだが、乙姫は全く表情を崩さなかった。
それは彼女に足りないものの気配がしたからだ。そのものとは無論情報である。
「コメリカという人間の軍勢が協力してくれる手筈となりましたよ乙姫中将。」
「おお、貴君が乙姫か。このアシュタロスも竜宮城で煮え湯を飲まされたよ。」
「第二次防衛戦の魔界軍指揮を執られておられたと聞いております、大公爵。」
「我々は攻略戦と呼んでいたが。あの殊勲で未だ中将とは天界は層が厚いな。」
「肩書に釣り合う責任が重過ぎるのやも知れません。魔界こそ層が厚そうで。」
「そうでもない。貴族制は我輩の様な無能でも、のさばる事ができるからな。」
「あらあら、大公爵も中将も、謙遜の押し付け合いはよろしくありませんよ。」
「乙姫殿、休暇でもあれば魔界に来られよ。必ずや歓待するよう手筈をとる。」
「お戯れを。国防に身を置く者が任地を遠く離れてはならぬのは一緒ですよ。」
「なに、短くてもかまわん。貴君がおらぬ竜宮城を攻略する間が欲しいのだ。」
緊張感が張り詰めるドンガメ艦橋内。特に乙姫とアシュタロスの関係は微妙だ。
互いに手勢の大半を失った聖書級大崩壊戦争、その当事者同士がまみえている。
片や外交で、片や統制で面識のある大竜姫が間を持とうとするも失敗していた。
そこで救世主が現れる。もちろんそれは我らが主人公である横島忠夫その人だ。
「なーなー、あんたらだけ判る話されても俺も大きいお友達も困るんだけど。」
「えっとですね、判りやすく言うと、二人は喧嘩して、親友になったんです。」
「おお、なるほど!『やるなお前』『お前もな』ってやつか!わかりやすい!」
ずっこける大公爵と乙姫。張り詰めていた緊張感が一気に和み、笑いが起こる。
そこで二人は今必要なことを思い出した。別に喧嘩をしに来たのではない、と。
いつの間にか用意されていた椅子に全員は腰掛け、迫り出してきた机に向かう。
「現状は思わしくありません。一進一退で敵兵力の殆どが結界内におります。」
「ここに大悪魔がいるじゃない、どーんと出張ってがつーんとやりなさいよ。」
「そうはいかんのだメフィスト。やれないことはないがな、事情があるのだ。」
「美神さん、アシュタロス……閣下ほどの悪魔は戦力が大きすぎるんですよ。」
うっかり呼び捨てにしそうになる小竜姫。姉の視線で即座にリカバリーするが。
ふと美神が横を見ると、興味がなさそうに小指で耳掃除を始める横島が見える。
混ざってしまいたい欲求に駆られるが、何とか踏みとどまったのは流石である。
「めんどくさいわね。それじゃあナニ?大悪魔がいても後方支援だけって事?」
「加えて大竜姫殿もホームが天界中枢ゆえに本来の力が出せぬ、そうだろう?」
「仰るとおりです大公爵。儀式召還なら別ですが、時間がかかりすぎるので。」
「じゃあやっぱり横島くんの出番じゃない。よかったわね、頼られてるわよ。」
耳掃除に夢中になっていた少年が不意に呼ばれて立ち上がる。それは条件反射。
美神が何か言えば対応は3つ。従う、逃げる、セクハラする。今回の選択肢は。
「よっしゃー!まかせてください美神さん!俺の秒間百往復のこの腰捌き……」
「誰も腰振れなんて言ってないでしょーがこの変態!あの中の敵と戦うのよ!」
美神が指差す先を見る横島くん。彼の視力は常人並である。だがそれは平常時。
白魚の様な指先から、あらぬ妄想が始まった彼はそのポテンシャルを開放する。
遥か先の遠景から小さな点が、小さな点からその形が、その形から姿が見えた。
「あ、メドーサだ!すっげえ、めっちゃ汗かいてる!しかも相手ムキムキだ!」
「見えるのか少年?!中将、戦況が知りたい、彼女をモニターに出しなさい。」
「異空間用望遠鏡でも点でしか出ません。ねえねえ、本当に見えてるのかな?」
「見える、見えるぞ!私にも乳が見えるぞララァ!ぶるんぶるん揺れてるし!」
「確かにおねーさまなら見事に揺れ……ゲフンゴフン、苦戦中らしいですね。」
「決まりね。今一番メドーサに近いのは横島クンよ。誰が異論はあるかしら?」
ルシオラが手持ちの双眼鏡で覗きこむも彼の言う乳揺れとやらは全く見えない。
見えたところで彼女のポテンシャル的には不愉快になりかねないと思う所だが。
大悪魔も興味を持って彼の目線に合わせて覗き込むが首を傾げるばかりである。
「横島クン行きなさい。中に入るまで横島クンは小竜姫様に守ってもらう事。」
「もちろん小竜姫様のおみあしは当代一、天下無双のフトモモよ!異論ナシ!」
「ならば私も小竜姫に付きましょう。一人より二人の方が心強いでしょうし。」
「もちろん小竜姫様のお姉さまのナイスバディも、いっと素晴らしかとです!」
「じゃあじゃあ横島さん、私はどうです?私にも何か言ってくれますよね?!」
今まで雰囲気に呑まれて縮こまっていたおキヌちゃんが、不意に手を上げだす。
横島くんもそのままの流れで大きく口を開けて何かを言おうとするが、出ない。
冷や汗をかき目線を泳がせまくった先に美神を見つけるが、首を振るばかりだ。
「おキヌちゃんは……えーと……そりゃあもちろん……な、中身、かなぁ……」
「な、中身?……あ、聞いたことあります!確か『中の具合』って奴ですね!」
「そうそう、おキヌちゃんは中がいいんだよ!って、具合?……あ、違っ……」
彼は気がつく。これは良くない奴だ。この流れは一定のカタストロフを迎える。
流れを寸前で止められたかもと視線を美神に戻すが、そこには別光景が見えた。
それは見覚えのある紫色の布地。消耗がまだ浅く箪笥に仕舞った、トレジャー。
そして脳天に加えられた衝撃で、すべてを彼は理解した。これはネリチャギだ。
「おキヌちゃんに中田氏とか言わせるなぁぁぁぁ!このエロガキ!」
「ぶべらっ!」
ネリチャギとは。テコンドーと呼ばれる半島由来の格闘技の技のひとつである。
足を伸ばしながら大きく振り上げ、そのまま相手の頭頂に当てる危険な蹴り技。
彼は、そのちょうど大きく振り上げた状態の、彼女の股間を垣間見ていたのだ。
「ルシオラ、人間の強度は高くないはずだが、そこの少年は大丈夫なのか?」
「かなり危険のはず……あ、すごい、もう回復してる。そんな種族だっけ?」
「ルシオラちゃんのスカウターは旧式でちゅから。……あ、本当でちゅ……」
「とにかく横島クンの煩悩が高ければ何とかなるわ。頼むわね、小竜姫様。」
「そうですね。少年頼りとなれば仕方ありません。姉も一肌脱ぎましょう。」
「おほ、脱いでいただける!?それならば100割増のアリアリマシマシ!」
「じゃあじゃあ横島さん、私も脱いじゃいますね!何肌脱げばいいですか?」
「あー、えーと、何肌って言われても、……美神さん、何肌くらいですか?」
「胴回し中段蹴りの準備出来てるわよ横島クン。好きなだけお願いすれば?」
「……えーい!おキヌちゃんは全肌脱いじゃって!ありのままの君が好き!」
しかし残念な事におキヌちゃんが脱ぐ間もなく、鋭い蹴りが胴に収まった。
緑色の顔色でうずくまる横島くんを抱えながら竜姫姉妹は艦橋を飛び出す。
大悪魔と悪魔姉妹、そして息を荒げる美神と、残念そうなおキヌが残った。
「さて、後方支援は後方支援らしく地上で待機するとしましょ。いくわよ。」
「では乙姫竜宮指令、御武運を。次は戦場で会うことになるであろうがな。」
「常在戦場ですアシュタロス大公爵閣下。ですからこうして会えたのです。」
そして艦橋には再び常勤のクルーと乙姫だけが残った。
乙姫が首を二、三回横に揺らすと、場に軽い音が響く。
そして緩んだ笑顔が戻り、指揮官用の座席に腰掛ける。
「90までは待機、残りは奇数艦を突入隊、偶数館を降下隊の護衛に回せ!」
「乙姫様よろしいので?今なら背後からアシュタロスを落とせますけれど。」
「落とせるわけないでしょ。よく見なさい、反射システム展開してるわよ。」
「なるほど、あの護衛悪魔ですか。向こうも向こうで『常在戦場』ですか。」
「そゆこと。さーて、色々見知った顔が出てきたし、がんばっちゃうわよ!」
小康状態で休息中だった艦も含めて全館に指揮が飛ぶ。
この予想外のイベントで乙姫が気疲れしたかといえば。
「んー、妙に肩が軽いわね。やっぱ気分転換できたって事なのかな?」
「気付いてないのですか?横島殿が128回ほど、解してましたが。」
不思議そうな表情を浮かべる乙姫に、ドンガメ氏がモニターを出す。
そこには右上に時間表示のある、所謂録画映像が映し出されていた。
一秒の数十分の一の単位でコマ送りされている映像に秘密があった。
「うわ、すっごいじゃない。ぜんぜん気が付かなかったわ。」
「そうでしょうね。私も映像分析してから気が付きました。」
「うわ、手当たりしだいじゃないのよ。メドーサ大変だわ。」
そこには、コマ送りで辛うじて残像が残る程度の速度で動く横島くんの姿。
その場にいた女性陣に数秒に一度、神族のセンサーすら騙しセクハラする。
もちろん乙姫の豊かなバストも下から持ち上げられ、ついでに肩もほぐす。
似たような光景が映し出される中、ある部分で感心する様に乙姫は声をあげる。
「すごいわね、この美神ってのだけ反応して指でツネってるじゃない。」
「感知しているようではありません。恐らくは条件反射ではないかと。」
「条件反射になるほど経験してるってことか。やっぱり人間は凄いわ。」
こうして横島少年は見事にメドーサの元にたどり着いた。
無論、その間を見守ってくれる程に敵は優しくはなかった。
素手で敵の攻撃を受け流しつつ、彼女は彼に話しかけている。
「横島、手を貸しな。あたしにいいアイデアがある。」
「よし、出番だぞ2号!メドーサの言うことちゃんと聞くんだぞ!」
『うははははは!まかせとけー!ガンダリウム合金は伊達じゃないんだぜ!』
お台場ガンダム横島が腕を振り回しながら足踏みを始める。その威容は見る者を圧倒していた。
なにせ全長18メートル。ちょっとしたビルくらいの高さの人間が暴れている。当然である。
しかも人間サイズと同じスピードで動けるのだ。手を振るだけで大きな風が起きるほどだ。
誰もが頼もしく思える。ただ一人を除いて。
「馬鹿だね。そっちのデカブツは適当に雑魚を当たらせときな。やるのはアンタだよ。」
「え?!えぇ?!えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?本気の本気?!真剣と書いてマジですか?!」
「マジもマジ、大マジだよ。コピー品独特のディレイがあるしね、役には立たないよ。」
少し呆れたような表情を浮かべてほほ笑むメドーサ。彼女の言うディレイとは一体何か。
お台場横島には男っ気なしのルシオラ嬢が完璧に仕上げた思考回路が搭載されている。
大悪魔の母体に、彼を分析して作ったヨコシマプロセッサーが搭載されているのだ。
ボディ自体にも命令回路がある。それを毎秒上書きし回路が命令を実行している。
メドーサはそこまで知らない。だが、何となく『この横島は遅い』と感じた。
それはメドヨコ除霊事務所で小鳩と彼女が作り上げたノートの成果でもある。
「手伝うんだろ?!今更イヤだなんて言わせないからね!」
「う、えと、別に、イヤだとかじゃなくてさ、その、さ。」
「煮え切らないねえ!優柔不断さは捨てろって言ったろ!」
この問答の間、猿と河童は少し遅れて到着した頼もしい護衛たる竜姫姉妹が再び請け負っている。
もちろん大勢が優位に傾いたとはいえ個のレベルが上がったわけではない。苦戦はもとより承知。
だが、彼女らも見たかったのだ。稀代の鈍感とツンデレの事の顛末がいったいどうなるのか、を。
「ギュゲゲゲゲゲゲゲゲ!今こそ俺の出番!メドーサ様、罰は後で受けますので!」
読者諸氏もいい加減忘れていただろう。斯く言う筆者も時々忘れ去りそうになる悪バンダナ氏だ。
彼は横島の広いおでこから自力で抜け出し、あろうことかメドーサの口腔へと飛び込んでいった。
予想外の出来事に面食らいながらも彼女はやがて咀嚼し、そして布きれをおもむろに吐き出した。
「余計なことするんじゃないよバンダナ……ま、でも?横島の経緯はだいたい判ったよ。」
「え?何?俺の言いたいこと判っちゃったの?いやー、誤解してほしくないんだけどさ。」
メドーサは本物の横島の横に並ぶ。少し見上げる本作の主人公、横島忠夫本人。
少し不安そうな彼を見下ろす女竜神の顔は、かつてないほどに柔和であった。
そして少年の顔をじっと見つめて、彫像のような笑みを浮かべる彼女は……
「式を挙げといて逃げたと思えば、すぐ女と遊び歩くたぁイイ度胸じゃないか?!」
「いぃ?!そ、そっち!?ちがう、ちがうんじゃー!誤解じゃー!弁護士を呼んでー!」
「いいかい、アンタには黙秘する権利も弁護士を呼ぶ権利も無い。あるのは一つだけだ。」
柔和な笑みとは裏腹に、凶悪な圧迫感が横島を襲う。
そう、女性とは笑みを浮かべた怒りこそが恐ろしい。
池袋の大賢者にもそれは理解できた。だがそこまで。
理解も了解も納得も、状況をすべて打開できるとは限らないのだ。
「お、落ち着こうメドーサ!怒りは平常心を損なうって言ってたろ!な!」
「……もう一度言うよ。アンタに認められた権利は一つだけ。それはね。」
彼女は横島の右手に左手を絡めた。
指と指の間に自分の指を一本ずつ。
余った親指で、完全に固定をする。
「あたしの横に立って、背中を守りな。これは命令じゃない。もっと次元の高いものだよ。」
「命令よりも次元の高いものとか言われても、確かギアスだっけ?あれのことじゃねえの?」
メドーサは不意に横島から視線をそらす。
横島は追おうとしたが、身長差があり追い切れない。
もちろんそれをメドーサは計算ずくだ。周囲からは丸見えなのだが。
「それは『約束』だよ。アンタはあたしと約束するんだ。約束、守れるかい?」
「約束する。神様の意味と俺の意味は違うかもしれないけど、絶対に。」
「そんなに何も変わりゃしないよ。読んで字の如くってやつさ。」
約束の語源は目印をつけて束縛するという意味だ。
大賢者も雑学の範囲を逸脱した学業知識は少ない。
恐らく横島は『軽めの命令』と受け取っただろう。
彼女はそうと知らずに使ってしまったのだろうか?
「さて、行くよ横島!GSメドヨコは絶対無敵!逆らう奴は皆殺し!逆らわない奴は半殺し!」
「おう!そんでもって逆立ちできた子全殺しだぜ!倒立やるときには背後に気を付けろよな!」
約束された相手の手を引き空へと上がる女竜神。
その顔は少しだけ意地悪に微笑んでいる。
その表情で先ほどの問いの答えとさせていただく。
間もなくエンドロール。読者諸氏にはお詫びをしておきたい。
このお話もまたハッピーエンドで終わる。
つづく。