メドーサの刺叉が薙ぎ払う。
しかし大振りの攻撃には八戒を打ち据えるほどの鋭さは無い。
その隙を見逃さず、脇から悟浄が宝杖を鋭く差し込んでくる。
だがこれもメドーサの想定の範囲。手元で受けて、柄で殴る。
だが更に八戒の背中が大きく盛り上がり、得物を振り下ろす。
並みの神族なら必殺たる一撃。しかし彼女は紙一重でかわす。
「操られてるんだったら少しは隙を作りなっての!可愛くないね!」
彼女の言う事はもっともだが彼らは昔からの仲間。いわばバディだ。
戦闘での呼吸は頭で考えるレベルを超えて、肉体に染み付いている。
恐らく彼らは寝ていながらですら、その戦闘を行えるであろう域だ。
タフな前衛の八戒、クレバーな後衛の悟浄。二人はそうして生きた。
それを感じているからこそ、メドーサの目にも焦りの表情が浮かぶ。
「この金蛇眼、ちょっとやそっとじゃあ倒せないよ!お生憎さま!」
流れを変える『何か』が欲しい。そうでなければ、確実に負ける。
だがここは敵の本拠地。そして自分は援護を全く持たぬ身である。
邪念が割り込んでくる。邪念は戦場の敵だ。しかし邪念が恋しい。
「――なんでここにヨコシマがいないのさ!あたしの旦那だろ?!」
邪念を思い切って口に出してみた。すると少し気分が軽くなった。
自分の邪念が思ったよりも効果を出したことに気をよくする彼女。
池袋の大英雄に対するひどい罵詈雑言は、このあと続く事になる。
その頃日本GS協会は蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていた。
実質トップ唐巣神父による突然の米軍協調路線への転換が原因だ。
彼の忠実な弟子であるピート君は電話応対で霞になりかけていた。
「か、唐巣先生!なんか凄い偉そうな人が会いたいって言ってます!」
「ほ、本当かね?すぐお通ししなさい!君は部屋には入らぬよーに!」
彼はこの瞬間を待っていた。毛生え薬を持って将軍が来たに違いない。
そわそわと支度を整えて扉を開けた先には、将軍も米軍もいなかった。
妙神山の代表たる小竜姫、そして、全く見知らぬ同じ髪色の美人女性。
「こ、こ、これは小竜姫様!な、な、なに、何かお探し、ですかな?」
「今日は神族代表として来ました。これは姉で第七席の大竜姫です。」
「は、はぁ。ダイナナセキ、ですか。確かによく見ればそっくりで。」
「下がりなさい髪の不自由な者。私は神を束ねる最高会議員である。」
ここで唐巣神父に衝撃が走る。まさか小竜姫の上役がやってきたとは。
そこで米軍の将官が言っていた台詞を思い出す。神の侵攻がある、と。
毛生え薬で頭が一杯だった唐巣は、与太話ではないと初めて気づいた。
ただ、神を束ねるという一言が気に触る。自分には束ねる髪が、ない。
「いつもは美神君が小竜姫様の担当ですが、何故ここに来たんです?」
「美神さんの部屋に飛べないのです。まるで魔王の妨害みたいに……」
「そ、そうですか。いや、それなら仕方ないですね。そうですかー。」
唐巣和宏45歳、髪薄くとも幾多の修羅場を経験するトップGSの一人。
ストレッサーを内包することは髪にダメージが行くことを承知で考える。
米軍は神を敵だという。神は目の前にいる。そして自分には髪が少ない。
ぐるぐると思考がループし、しかし結論が出ない。情報が足りないのだ。
「判りました。では師である私が御用を承りましょう。……何用です?」
「私が話しましょう。GS総力を貸しなさい。逆らえば容赦しません。」
「そ、それはあまりに横暴な……主は仰られました、暴力はなにも……」
「生み出します。0席のあの方も昔は武闘派でした。ご存じないのか?」
「いや、武闘派って何か勘違いをしてません?私の言ってる主とは……」
「いいのですか?真名を唱えても。人間には恐らく耐えられませんよ?」
「唐巣さん、御姉様は『あの方』と並んでお仕事してる神ですから……」
苦笑しながら小竜姫が唐巣の袖をそっと引っ張る。そして唐巣は見る。
段々と姉と呼ばれる神の後背に満ちていく光を。そして、冷たい目を。
唐巣はこの目の前の小竜姫の姉はガチで高位すぎる神なのだと感じた。
そして、日本GS協会は今、そんな神に攻め込まれていると気づいた。
ハラハラと落ちる髪すら気にせず、唐巣和宏45歳は考え抜いていた。
なんとかこの場は口先で凌いで、まずは本部の安全を確保しよう、と。
「そういえば小竜姫様、確か妙神山で不穏な動きがあるとか情報が……」
「そう、そうなのです!なんだ、皆さんご存知でしたか。よかったー!」
「なるほど、人間は進歩するのですね。封鎖中の妙神山が見れるとは。」
「米軍も心配してますし、ここは人間に害意がないと発表されては……」
「そうですね。―――は―――とは思いますが、現在は有りませんし。」
「あー!そーですね!そーしましょう!原稿は私がぜーんぶ作ります!」
焦りながら姉の前に立ちはだかる小竜姫。言わんとする事が判ったのだ。
そしてそこにまさかの待ち人も来た。在日米軍司令官閣下の登場である。
ピートくんは偉そうな人は通せといわれたので、素直に通してしまった。
「持ってきましたよMr.唐巣。最後の一本です、くれぐれも慎重に。」
「本当ですかー!待ってましたよー将軍!……あ、こ、この二人は……」
「はじめまして、小竜姫と申します。こっちは、私の姉で大竜姫です。」
「ほほう?なんとも麗しい女性がお二人も。Mr.唐巣もやりますな。」
「GSの方ですか?でしたら妙神山にもお越し下さい。歓迎しますよ?」
汗だくになる唐巣。さもありなん、これはダブルフェイス疑惑となる。
両方を天秤に掛けるという行為はあまり好かれない。むしろ嫌われる。
しかし将軍は特に気にする様子もなく、姉竜のほうに向かい歩き出す。
その足元はフラフラとおぼつかない。まるで酩酊しているかのようだ。
「失礼でなければお名前を教えて頂きたい。貴女の様な方は初めてだ。」
「大竜姫、とお呼びなさい。人間界の将軍よ。それとも真名を所望か?」
「御姉様、それはいけません!この方は霊力が低すぎます!御姉様!!」
「ぜひお聞かせ願いたい麗しの君。貴女は世界には有り得ない女性だ。」
神がかった伝説の多い三国志の英雄達。その中でも関帝は突出している。
そして彼に会う人物はことごとく心酔し、重用しようとする逸話がある。
その秘密はメドーサに許された『罵倒以外の真言』にあったとしておく。
「私の名は――」
小竜姫は唐巣の頭を抱え込んで障壁を張った。それが彼女の出来る限界。
将軍の耳元で囁く大竜姫。小竜姫ですら、目を閉じてじっと耐えている。
気の遠くなるような数秒が過ぎ、そして……
「大竜姫閣下、どうか卑しい私めに命令を。滅びるまで貴女の下僕です。」
「あちゃー、やっちゃった。御姉様、そういうのって過干渉違反ですよ!」
「そうでしたかしら?ご安心なさい、非常時権限というものが有ります。」
「確信犯じゃないですか!もう、これはお師匠様に言いつけますからね!」
コミカルに怒る小竜姫。そしてにこやかに微笑む大竜姫。かしづく将軍様。
どんどんと悪化している状況なのは、GS代表唐巣和宏45歳にも判った。
将軍が手から落とした超毛生え薬『ハエール君』の残骸を呆然と見ながら。
「で、そこの髪の不自由な人間。この将軍はどれほどの軍を率いておる?」
「えーと、在日コメリカ軍総司令官なので、その、人類最強国の将軍で。」
「ほら御覧なさい小竜姫、最強ですって。姉の仕事に無駄はありません。」
「ほら、じゃありませんよ御姉様!……確かに、手間は省けましたけど。」
こうして大竜姫の手勢は大幅に増えた。
そして唐巣和宏の毛髪は大幅に抜けた。
それは、悲しすぎる等価交換であった。
一方、豊島区池袋には市ヶ谷駐屯地からの戦力が続々と集結していた。
いや、それだけではない。練馬、十条、朝霞、首都近郊の戦力全てだ。
その先頭には、アンパンマン風の顔の背広中年が楽しそうにしていた。
「美神さん、確かそーりは自衛隊は出さないって言ってましたよね?!」
「馬鹿ね横島クン。政治家の『やるかも』は『やる』って意味なのよ。」
「うはー、そーゆーもんですか。てか、美神さん、まさか知ってて……」
「私はタダで使えるモンは何だって使うわよ!どうせ税金なんだしね!」
「ちょっ、おまっ、その税金を全く払ってないじゃないスか美神さん!」
美神令子はアザブ首相の去ったあとに、幾度か情報をリークしていた。
1:中米人風の小男の姿をした霊障が貧乏育ちの少女をかどわかしている
2:彼女を不憫に思い雇っていた美人でグラマーな女性も行方不明である
3:小男は神を名乗り凶悪な兵器も持っているらしいが池袋で姿を消した
これは複数のルート(と言っても内閣ダイレクトと西条さん経由なのだが)
で伝達された。そして情報調査部と公安調査庁、さらに防衛政策局が吟味。
美神はまず中立にしておき、その後味方に引き込む二段構えを取ったのだ。
「悪の親玉に立ち向かう自衛隊の姿!いい!すごくいい!素晴らしい!」
「大臣、わざわざ貴方に先頭に出られても。指揮系統というものが……」
「視察ですよ視察。……むむ、90式の数がなんだか少ない様ですね。」
「予算が無いんで配備数自体少ないんですよ。貴方が頑張らないから。」
「この件が済めば国民の戦力認知は鰻上りの鰻の空!2%越えもアリ!」
「マジすか?!野郎ども、自衛隊の興亡この一戦にあり!気合入れろ!」
周囲には映画会社のカメラが、上から下から斜めから映像を確保していた。
日本のインテリジェンス達はこの騒動を利用して、地位向上を狙っていた。
時たま向かってくるカメラのレンズに、般若面の少女が手を振って答える。
「見ましたか美神さん!わたし、映画に出ちゃってるかもしれませんよ!」
「馬鹿ね、それならお面を外しなさいよおキヌちゃん。誰か判らないわ。」
「そ、そうでした。……そういえば横島さん、メドーサさんどうします?」
「そうなんだよなー。どうやって謝ったらもんか、うーん、困ったな……」
「何だそんな事か。安心しろ少年、神族ならこの『ネトネト魔族』で――」
股間から取り出した怪しい魔族を手にするアシュタロス。
そして大悪魔相手に容赦なくツッコミを入れるパピリオ。
苦笑するルシオラとは対照的に、べスパが触角を動かす。
「なんだいこの臭いは……土偶羅、周囲の結界は動いてんのかい!」
『土偶羅様と呼べ!あ、やばっ、直上50mに念積体!準主神級!』
「アシュ様下がって!……仇為す輩はこのべスパが許さないよ!!」
池袋上空には雷雲が立ち込める。
しかし雨は一粒も落ちてこない。
雷、これは『神鳴り』の変化だ。
グラマラスな神と若干質素な神が、その雷光を背に現れる。
そして、中将は大変お疲れであった。
手持ちの艦船に指示を出し、手持ちの兵に叱咤し、手持ちの情報を整理する。
しかし足りない。艦船も、兵も、情報すらも。ただジリジリと減るばかりだ。
唯一の光明は、旧知の友人であり頼みの綱でもある女性が未だ健在である事。
『こちら14、エンジンがやられた!損害軽微なれど航行不能!指示仰ぐ!』
「14、250を向かわせる!250に乗員を確保!その後14は落とせ!」
『14了解した!復唱する!250に乗員確保、14は敵陣にぶつけます!』
『こちら158、高射砲列集団を発見した!これより吶喊する!後は頼む!』
「ば、馬鹿!勝手に行くな!すぐに増援を向かわせる!下がって待機しろ!」
『参謀の戦闘範囲に移動中ですよ!待ってはいられません!……お達者で。』
200対100000。しかも敵は並みの兵ではない。虎の子の精鋭部隊だ。
いかな艦船とはいえども優位性は無いに等しい。しかも今の妙神山は兵站だ。
鬼神軍神と言われようとも、無い袖は振れぬし、奇術が通じる相手でもない。
彼我の戦力比を維持するのが精一杯である。しかし、彼女は諦めてはいない。
「あーもう、メドーサ!あんたが頼りなのよ!くたばったら殺すからね!」
目の前の三次元モニターには凄い数の三角と矢印と線が行きかう。
しかし、足らない。どう捻っても叩いても、何もかもが足らない。
彼女は待つ、艦隊の全てが待つ、流れを変える『風』が吹くのを。
そして風と期待されている巨乳の蛇神さま。
なぜここで巨乳とわざわざ書くかというと、その姿にあった。
胸元に限らず、脚も腹も、その服が少しづつ破れているのだ。
特に露出癖があるわけではなし、そんな余裕なども勿論無い。
紙一重で服だけの被害で抑えているが、限界は近いという事。
「――はぁ。なんだか疲れてきたけどさ、あんた達はどうだい?」
「「……」」
「だと思った。あーあ、歳はとりたくないもんだね、マッタク。」
周囲には巻き添えを食らった兵鬼、鬼兵、神兵が幾重にも横たわる。
その数は数百を優に超えていた。もっとも、大勢には影響が無いが。
そして何度目かが解らないほどの剣戟が、また3人で始まっていく。
ここでメドーサが一番心配していた事態が起きた。敵の増援ではない。
いつも愛用していた手元の刺叉に小さな亀裂を見つけてしまったのだ。
彼女の得物は公務員時代からの愛用品である。その製造元は竜神国だ。
天界魔界のどこを探しても竜神国印以上の品は無い。既製品、ならば。
対する八戒と悟浄は、特注品の神具だ。特に八戒の得物は太上老君製。
仮に無限に伝説の宝具を出す能力があるとするなら、必ず入る逸品だ。
長い時を生きるメドーサにだって宝具を手に入れるチャンスはあった。
しかし、彼女はその矜持から、竜神国支給の既製品に拘っていたのだ。
「もって10合、いや、下手すりゃ一撃か。うーん、本当にまいった。」
愛おしそうに右手の中の刺叉を撫でるメドーサ。更に亀裂が広がる。
10合どころか一撃すら怪しい。愛用の得物は本来なら廃棄である。
しかし、彼女は更に握りこんだ。力いっぱい。そして迷うことなく。
「風は吹く!吹かせてみせる!このメドーサさんをなめんじゃないよ!」
そして彼女は雄叫びを上げながら敵に突入していく。
そして彼女の武器は最初の一合で見事に砕け散った。
そして彼女の手には二つになった刺叉が残っていた。
「無理!もー無理!煮るなり焼くなり好きにしなよコンチクショウ!」
『うははははは!俺、参上!ヨコシマバーニングファイヤーパンチ!』
白い巨大な腕がメドーサの目の前を通過した。
何が起きたのかと、呆然とするメドーサさん。
そこには待ち焦がれていた、偏屈な少年の顔。
「ば、ば、馬鹿!馬鹿だよあんた!こんな危ない所まで!本当に馬鹿!」
『あの、うん、ごめん。俺、馬鹿で、その、えーと、なんだかゴメン。』
「……来ちまったもんは仕方ない、あたしから、離れるんじゃないよ!」
そこに現れたのは、横島少年のお顔が出ているお台場ガン●ム。
そしてその大きな顔の横にも、同じ顔の標準サイズの横島少年。
だがメドーサは二人の横島に混乱もせず、ただ悪く微笑むのみ。
役者は揃った。
エンドロールはもうすぐである。
つづく。