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GSメドヨコ従属大作戦!!

大きな横島くん


投稿者名:まじょきち
投稿日時:14/ 9/ 5



最新鋭の異空間潜行型魔法兵鬼『逆天号』こと、ヘラクレスオオカブトムシ。
その一角には、ルシオラ専用の開発ルームと建造デッキが備えられている。
そのデッキ内部では巨大な人形が『気をつけ』の状態で屹立をしていた。

だがそのシルエットは薄暗いデッキ内では詳細を知るには光量不足だ。
わかる情報といえば、人間型。等身は6程度。少しだらしない姿勢。



「んー、我ながら素晴らしい出来上がり。」



そう独りごちている蛍な彼女の背後に現れた黒い影。魔界の実力者アシュタロスである。
ただし復活してから幾日も経ち恐縮は薄れ、今ではルシオラも親しげに話せる間柄だ。
手に持った拳銃型の魔界工具も離さず、汚れた顔を手ぬぐいで拭って微笑みかける。



「どうだルシオラ、足りないモノがあるかね?」

「コアの代わりにキノコなんで、出力が少し。」

「それは仕方なかろう。要は動くだけでよい。」



角の生えた大悪魔が、腕を組みながら働き者の女性の横に進む。
触角の生えた悪魔が、手の工具を図面に持ち変えつつ額の汗をぬぐう。
大悪魔は不遜な態度でも腹を立てない。有能かつ裏切らぬ者には寛容なのだ。



「しかしアシュ様、お言葉ですけど本当にこれでポチは来るんですかね?」

「来る。古今東西、偽者の看破には必ず本物が現れる。来ぬ訳がないわ。」

「その妙な自信が不安でしょうがないんですけど、まぁ他に手もないか。」

「なんだルシオラ、魔界大公爵にして雇用者たるアシュタロスに文句か?」

「いえいえ、滅相もございません。……やれやれ、メンドい大悪魔だわ。」



無論クレバーなルシオラ女史は最後の文句については、聞こえぬように小声で呟く。
だが文字通り地獄耳のアシュタロス大公爵閣下は、その文句を聞き逃すはずもない。
しかし独り言に異を唱えるほど大公爵も無粋ではなく、彼女もそれを見越している。

二つの乾いた笑い声を包み込みながら、逆天号は池袋中心部へと飛行を続けている。














横島少年には4つの懸案が有る。

一つ、結婚式を逃げ出したメドーサをどうやって追うか。
一つ、置き去りにした美神令子をどうやって回収するか。
一つ、貧乏神に操られている花戸小鳩をどう取り戻すか。
一つ、決闘を申し込んできた謎の般若面とどう戦うのか。

彼を熟知する読者諸氏ならばこの懸念はさほど難しくないと言うかもしれない。
1番目から3番目の中で決まるであろう、4番目だけは確実にありえない、と。



「よっし、準備は出来た!事務所に行くか!」



GSメドヨコ除霊事務所を彼は『事務所』とは呼ばない。
なぜならば、そこはずっと前から『俺の部屋』だからだ。
彼が言う事務所は、すなわち美神令子除霊事務所を指す。

つまり彼は4番目を選んだのだ。



「あのオニ仮面め、この横島忠夫を怒らせたらどうなるか見てろよ!」



そう独りごちて美神事務所に程近い路地裏で自転車を降りた横島くん。
あたりは夜のとばりが落ちており、そんな彼の怪しげな姿は隠されていた。
池袋の大賢者であり銀河の大英雄でもある横島忠夫の計画は以下の通りである。

1)まず出入り口に寝袋を置く、そして大声で相手を建物からおびき出す。
2)すると、目の前に寝袋があるので、当然あのオニ仮面はその中で寝る。
3)その隙に買い込んできた除霊道具でコテンパンにする、というものだ。



「なんというパーフェクトな計画!まさに現代のピ▲ゴラスイッチ!」



周囲に人影が無く誰もつっこめないので、不肖ながら筆者が代役する。
みなさん大好きピタ▲ラスイッチは、ご存知のとおり現代の番組である。

彼が4番目を選んだ理由とは、とるべき行動がはっきりとしていることだ。

メドーサさんは飛ぶし消えるし、どう謝れば良いのかサッパリわからない。
小鳩は例のメキシコ帽の神様がムチャクチャ強くて、勝算が全く立たない存在。
美神さんとオニ仮面で彼は散々迷ったが、美神の持つ人類最強の悪運に賭けたのだ。

こうして颯爽と寝袋を抱えて事務所ビル前に躍り出た彼は、そこで『何か』にぶつかった。



「痛ってえ!誰だ事務所の前に路駐してる馬鹿は!」



横島少年は、自分を倒した目前の巨大な障害物を確認しようとした。
しかしゴム状の大きなものとしか判らない。どうやら車ではなさそうだ。
薄目で見ても、大木のように天に向かってそそり立っているとしか判らない。

そこで大賢者たる彼は手に持っていた懐中電灯のスイッチを入れ、その正体を探る。



「……くつ?」



それは靴であった。しかもどこかで見たことのある男物のスニーカー。
更に懐中電灯で周囲を照らすと、横にはもう一つ巨大な靴は並んでいた。
そして灯火を上へと向ける。靴からは巨大な柱に布が巻かれて延びている。



「こりゃあ天下の名店、ジーンズの聖地、ジー●ズメイトの吊るしの縫製!」



ジーンズに一家言ある豊島区のベストジーニスト横島氏には一目で判った。
究極貧乏であり赤貧極貧の名を欲しい侭にした彼の、唯一の贅沢趣味がコレだ。
時給255円でありながらも、彼は、ジーンズにだけは決して妥協しないのである。



「丈こそデカいが、水ダメージ加工……他にやれるやつがいるとは……」



ダメージ加工とは、ジーンズに色落ちや解れを演出してスタイリッシュにする装飾法。
その中でも加工に薬品を使う『ケミカルウォッシュ』が一般的な加工方法とされている。
高価にはなるが、専門ショップでやすりなどの手作業でのダメージ加工をする場合もある。

しかし横島くんの場合はインディゴバリバリの状態で購入、汚れても水洗いのみで洗濯する。
紫外線とほこりと汚れと水洗い洗濯によって、何年もかけて自然ダメージ装飾を作るのだ。
そして目前にある巨大柱が着用しているジーンズもまた、同様の加工が施されていた。



「こ、こいつはやべえ……もしかすると、宇宙最強の敵かもしれねえぞ……」



恐る恐る懐中電灯を更に上方に向ける横島くん。
そこで彼は更に驚愕の事実に打ちのめされてしまう。
ジーンズの先には、綿生地白無地のシャツが見えたのだ。



「ジーンズに白無地シャツ、そして重ね色シャツ……この着こなし、完璧すぎんだろ。」





更にその先の遥か上方を手元のライトは照らしていく。
ふるふると揺れる光線はやがて天空に向くかと思いきや停止。
その理由は終着点へと到着したから。ついに目的の物が見れたのだ。

そしてそこに現れたのは、だらしない顔と、バンダナ。



「更にしまりのない顔!バンダナ!パーフェクトコーディネート!まさに俺そのもの!」




感動に打ち震える横島忠夫。さもありなん、鏡以外でここまで完璧な存在を見た事がない。
ジーンズを着こなす為、ジーンズを際立たせる為に必要なものが全て備わっている。
そう、それはまさにジーンズの申し子たる自分そのものだと彼は確信する。



「ていうか、これ、俺じゃね?」

「やっと来ましたね横島さん。……これは、美神事務所の横島さん2号です。」



巨大な少年の頭部の横から響く声。姿は見えないがどうやらオニ仮面の様である。
とりあえず作戦通りに寝袋を投げてみるが、残念ながら彼女は入らなかった。
横島少年はここにきて、自分の作戦に若干の穴があった事を思い知った。



「で、でかすぎるだろ2号!どー考えても俺の代わりってレベルじゃねえ!」

「この横島さんに勝ったら、エネルギー結晶を返してもらえるかお願いします。」

「ちょっ、頼むだけかよ!こんなデカブツと戦うワリにはご褒美がしょぼ過ぎんぞ!」



冷や汗を全身にかきながら、とりあえず霊波刀を出して威嚇してみる横島くん。
あえて例えると、人間の足元で小さな人形がヒョコヒョコ踊っている感じである。
すると目の前の2号も同様に霊波刀を出す。その長さは、約9メートル50センチ。
その周囲は煌々と明るくなり、怯えた本物がやはり9メートル50センチ飛び退いた。



「じゃ、弱点とかあったらすごく知りたいな!それくらいのハンデは必要かも!」

「わかりました。この横島さんは『横島さんそのもの』です。これがヒントですよ。」

「俺そのものか!つまり俺の弱点がこいつの弱点つーわけなんだな!俺の弱点つーと……」



池袋の大賢者である横島少年のクレバーな思考がフル回転を始める。
本物である自分と弱点が同じ。人体の弱点は正中線だとメドーサから習った。
そこで一番の弱点である股間に懐中電灯を当ててはみたが、その距離は、遠かった。



「てか、でかすぎて何もできねえだろーが!弱点にとどかねえ!勝てっこねえ!」



電信柱の後ろに隠れながら抗議をする横島本物。そして彼は気付く。
電信柱よりも高いところから巨大な自分の足が迫っていた。間一髪で回避。
ちなみに足はアスファルトを歪めて深くめり込む。その下では人間は確実に死ぬ。



「弱点とは何も肉体とは限らないぞ少年。物理的には、君には勝てん。」

「そ、そうか、ありがとなオッサン!……って、どっかで見たオッサンだな。」



気配すら感じさせず横島少年を取り囲む、オッサンを含む怪しい四人組。
彼はすぐさま懐中電灯をそれぞれに照らし、得意のセンシングを行う。

プロポーション的にはあと一歩だが、理知的な表情のタレ目の美人。
プロポーション的には合格なのだが、残念な事にオッサンと腕を組む美人。
プロポーション的にはとっても幼女、さすがの横島くんもこれには苦笑いな幼児。
そして彫像の様なイケメン細マッチョな彼女付きのオッサン。当然だがこれは敵である。



「あの、あんたら何なん?あ、俺は横島忠夫。今の仕事はGS所長ね。」



名乗る時は自分からというのは当然の礼儀である。これは古今東西を問わない。
コーラを飲んだらゲップをするくらい、質問に質問で返さないくらい、当然なのだ。
それは悪魔の世界も同様だったようで、4人は互いに見つめあった後に自己紹介を始める。



「あたちはパピオラでちゅ。男を惑わすサキュバスでちゅ。」

「えと、わたしはルシオラ。逆天号勤務で資格は中級魔族特殊よ。」

「あたしはべスパ。アシュ様に逆らう不届き者を皆殺しにする係だね。」

「私が復活した大悪魔のアシュタロスである。大体これで紹介は済んだな。」



パピリオは射程範囲外。そしてべスパは残念すぎるほど一途。
残るルシオラは凄く好みだが、何となく一生独身が似合いそうだ。
そしてイケメンは敵。しかもアシュタロスとは、何ともアシュタロスだ。



「……って!アシュタロス?!おまえ復活してたんかー!」



両腕を胸の前で十字架のように重ね、一気に数m飛びのく横島くん。
無論彼はクリスチャンではないし、クリスチャンでもこの姿勢はしない。
これは十字受けや交差受けといわれる防御法で、メドーサさん仕込みである。
彼女曰く『とりあえず胴体を守って頭への攻撃は目で見てよけな』との事だった。



「あ、大丈夫でちゅ。別にポチをどうこうするつもりは無いでちゅ。」

「そんなん信じられるかー!いい悪魔は死んだ悪魔だけなんじゃー!」

「敵意が無いのは本当よ?私達はポチとシルクワームの応援団なの。」

「だいたいなんで俺をポチと呼ぶ!俺はてめえらのペットちゃうわ!」

「由来に関しては私から説明しよう少年。まずコレを見てもらおう。」



目から光を発し、その闇の波動で衣服を吹き飛ばす大悪魔。
次の瞬間には大悪魔は全裸大悪魔へとチェンジしていた。
股間からは、ぶら下がる凶悪な魔剣が揺らめいている。



「どうだ少年。私の自慢のティルフィングを見てくれ。こいつをどう思う?」

「すごく……大きいです…………なんて言うかボケー!見さらせ俺の村正!」



一気呵成に己の下半身の衣服をずり下げ露出する横島少年。
そこに現れた忌まわしき日本刀は周囲の女性の目を奪った。



「で、でかすぎるでちゅ!もうオンバシラってレベルじゃないでちゅ!」

「確かにアシュ様よりもひと握り以上大きい!これは無理すぎるわよ!」

「わ、私はアシュタロス様のほうが素敵だと思います!あれは変です!」

「ほらほら、言ったとおり、横島さんのほうがずっと大きいですよね?」

「うはははは!どうだ!魔族に人類は屈しないんじゃ!恐れ入ったか!」



開闢以来、人類が魔族をここまで感心させた例は無かったといっても過言ではないだろう。
それほどに横島忠夫のポテンシャルは宇宙規模で群を抜いていた、と後世の歴史家は語る。

それはさておき、横島は黒いボンテージ風の触覚少女たちと大悪魔に混じる影を認めた。
そう、彼曰く『俺様の肉奴隷(未来予想)』の美神令子を昏倒させた般若面の花魁少女。
その仇敵が、ごく自然に彼の前にしゃがみこんで断末魔砲をしげしげと眺めていたのだ。



「で、出たなオニ仮面!ナカマを呼ぶとか卑怯だぞ!正々堂々と勝負しろ!」

「確かに私だけ仲間を呼ぶのはずるいですね。どなたか呼んだらどうです?」



ここで横島少年は腕を組みシンキングタイムに入る。いったい誰を呼べばいいか。
一番頼りになるのは無論チートくさい竜神様ことメドーサさんだが、逃げられ中だ。
当然次に美神さんになるわけだが、なんせその美神さんが昏倒中だから彼は来ている。
メドヨコ事務所お留守番の小鳩ちゃんも今は操られており、応援としては期待できない。

しかし、彼には秘策があった。この場所だからこその秘策。さて、その秘策とは一体。



「うふ、うふふふ、うはははははは!いいんだな?ほんとーに呼んでいいんだな?」

「え?!い、いいですけど、そんなスグに呼んだら来てくれる人がいるんですか?」

「馬鹿め!俺の交友関係を甘く見るなよ!?俺にはすっげえ頼もしい味方がいる!」

「夜だと唐巣神父は寝てますし、エミさんは美神さん絡みじゃ期待できませんよ?」

「色々調べてるようだが不勉強だな!いるんだよ!俺様の一番頼りになる味方が!」



今度はシルクワームが腕を組み悩み始める。横島くんのことは良く知っているはず。
しかし、この場この時間で一体誰を呼ぶというのか。新しい彼女なのだろうか。
シルクワームは、胸を張り自信満々の横島少年におそるおそる切り出した。



「ち、ちなみにどなたなんです?その一番頼りになる人って。」

「聞いて驚け見て叫べ!近くば寄って目にも見よ!それはな!」



固唾を呑んで見守るシルクワーム。
横島少年は事務所ビルを指差した。
悪魔達も含め全員がその先を見る。



「あそこにおわす当代きってのネクロマンシー!元神様で現役女子高生!」

「女子高生?ネクロマンシー?!あの、それって、横島さん、まさか……」

「お嫁さんにしたい子No1!巫女服が濡れると超セクシーでドキドキ!」



ノリにノってきた彼は様々なポーズをつけて、踊るように口上を並べたてる。
ルシオラとパピリオは感心しながら彼のパフォーマンスに見入っていた。
そして何故か、シルクワームだけは面に両手を当てて硬直していた。



「隙だらけ過ぎて隙が無い!みんな大好き俺も好き!スーパーヒロインおキヌちゃんだ!」



口上をおとなしく聞き届けたものの、小首を傾げている悪魔軍団。
その後ろで、面から出た耳を真っ赤に染めながら硬直するオニ仮面。
自信満々の笑みを浮かべて胸を張ってふんぞりかえっている横島少年。



「あのー、本当に好きなんですか?」

「アホか貴様!俺がおキヌちゃんを嫌いなワケあるか!イイ子すぎてエローン出来んが!」

「じゃあ悪い子ならするんですか?」

「そりゃあしまくりだ!悪い子なら心置きなく大陵辱三昧!240時間は寝かせないぜ!」

「じゃあよろしくお願いしますね。」

「おおー!まかしたらんかいコンチクショウ!って、何でオニ仮面によろしくなんて……」



そこで横島くんは硬直してしまう。石化と言ってもいいだろう。
その視線の先には、先程まで確かにオニ仮面が居たはずだった。
しかしその仮面は地面に落ち、花魁衣装も同様に積まれていた。



「あれ?!お、おキヌちゃん?!オニ仮面はどこに?!」

「あのー、話せば長いんですけど、私がオニ仮面です。」



オニ仮面=シルクワーム=氷室キヌ。

いかに英知に長けた読者の皆様でも、正体がおキヌちゃんだとは気付かなかったであろう!
これこそがセンスオブワンダー!そしてこれこそが秘密のベールに隠された真実の暴露!
正体が判らず煩悶とした感情を胸に抱いていた読者諸氏もカタルシスを得たであろう!



「まさか本当に偽ポチでシルクワームの恋が成就するとは思わなかったでちゅ。」

「どうだ皆の者、この大悪魔アシュタロスの目論見は!まんまと正鵠を得たぞ!」

「いや、アシュ様って『偽者がいれば本物は現れる!あとは知らん!』って……」

「さすがはアシュタロス様です!このべスパ、ますます尊敬してしまいました!」



周囲で騒がしく雑談する悪魔たちをヨソに横島くんとおキヌちゃんは固まっていた。
横島くんは、まだ状況がうまく整理できていない。何が起きているのかさっぱりだ。
おキヌちゃんは、横島くんの動きをひたすら見守っている。次になにを言うのかと。



「あ、そ、その、おキヌちゃん?なんで、美神さん殺そうとしてるの?」

「こ、ころす?!私が美神さんを?そ、そんな事するわけありません!」

「で、でもさ、エネルギー結晶と霊力奪われて、しんじゃいそうだぜ?」



そこでシルクワームことおキヌちゃんが驚愕の表情で振り返る。
その視線の先にいるアシュタロスが不思議そうに首をかしげる。



「心外だな少年。強引に引き剥がしたりしてはおらんぞ?ちゃんとだな……」

「美神さん倒れたまま目を覚まさねーんだよ!騙されたんだおキヌちゃん!」

「ちょっとポチ、いいかげんにしなさいよ。アシュ様はアレでも大悪魔よ?」

「そうでちゅよポチ。すごくアレでちゅけど仕事上のミスはしないでちゅ!」

「だいたいさっきからポチポチなんなんだよ!俺をポチと呼ぶ理由は何だ!」



ここで悪魔3人娘が目線を少年の股間に向ける。
そこで彼は気が付く。自分がまだ丸出しな事を。
いそいそとトランクスとズボンを履きはじめた。



「つまりだな、柱のようにビッグなチ●コ、ポールオブチ●コで『ポチ』という訳だ少年!」

「ば、馬鹿かお前!?そんな下品なあだ名を女の子に強要するなんてオヤジにも程がある!」

「むむ?何を言っておるのだ。そもそもこの敬称を最初に考えたのは私では―――――――」



ソコまで言いかけたアシュタロスだったが、その先に続く真実をついには暴露できなかった。
三人娘があろうことか造物主たる彼の口を塞いだのだ。これは一種の反逆行為と言ってもいい。
しかし、アシュタロスはその反逆を咎めなかった。娘達が成長し恥じらいを覚えたと知ったのだ。



「そ、そうよね!もう、アシュ様ったらオヤジでホント困っちゃうわよね!ねえパピリオ?」

「そ、そうでちゅ!純情で可憐が売りの美少女トリオに猥語強要とかセクハラでちゅよね!」

「ともかく、メフィストは無事のはずだぞ。ほれ、あそこで普通に歩いておるではないか。」



ここで、カラオケからご帰宅の美神女史が事務所前の騒ぎに合流した。
ただし普通に歩いてはいない。重心を崩しながらユラユラ揺れている。
酩酊から起きる独特のサイドステップダンス、いわゆる千鳥足である。



「あらー、横島クンじゃない。ウチに帰ってくる気になったのかしら?」

「み、美神さん!体は大丈夫なんスか?!……うっぷ!さ、酒くせえ!」

「横島クンが蛇女に寝取られてヤケ酒したわよ!このオッパイ星人が!」

「ちょ、ちょっと美神さん、寝取られって、その話初耳なんですけど。」

「あら、誰かと思えばおキヌちゃんじゃない。こーの裏切りものめー!」



酩酊状態の日本最高GSが巫女服姿のスーパーヒロインにヘッドロックをかける。
そのあまりの酒臭さに、さすがのヒロインも鼻を摘まんで複雑な表情を浮かべる。
その光景を眺める横島くんは後に述解する。『おっぱい当たってて羨ましい』と。



「そっちの女ドモも横島クンを寝取りにきたのねー!いーわ、かかってらっしゃい!」

「……シルクワーム、一応聞くけどこのヨッパライは亡き者にしてもいいでちゅか?」

「だ、駄目です!事務所は美神さんと私と横島さんが揃わないと意味がありません!」

「美神さん、もうヘロヘロじゃないスか!とにかく、その、落ち着きましょうって。」

「あら、仲がいいこって。そうよねー、二人は事務所捨てて逃げ出す仲だもんねー。」



その言葉に、横島少年はおキヌちゃんを凝視した。
その彼女は、ばつが悪そうに苦笑を浮かべている。



「お、おキヌちゃん、その、美神さんところ出てっちゃったの?」

「そうよー。横島クン出てってすぐよー。たしか次の日かなー。」

「あ、あの、実はこういうことがありまして―――――――――」







美神令子と氷室キヌが険悪な表情で対峙していたのは、彼が退学した日。
所長席で肘をつきながらポテチを摘まんでは口に運でいる美神令子所長。
その大きな机上に両手をつきながら、身を乗り出している氷室キヌ所員。



「美神さん!まだ間に合うかもしれませんよ!とにかく横島さんと話をしましょう!」

「だーかーらー、ヤツはさっそく女連れ込んでヨロシクやってたって言ったでしょ。」

「そ、そりゃあ横島さんだってナンパが成功する時だってありますよ!だからって!」

「言っとくけど、別に横島クンに負い目も借りも無いわよ?何で話す必要があるの?」

「じゃあ教えてください!美神さんは、横島さんがいなくなってもいいんですか?!」



直情の視線でおキヌは美神の両眼を見据えていた。
美神はその視線を真っ向から受け、逃げなかった。
そしてそのまま艶めくグロスリップが開き始める。



「良い悪いとかじゃないわ。現実として、横島クンはもういないの。コレが全てよ。」

「そんなの屁理屈です!おかしいです美神さん!だったら私だって考えがあります!」

「言ってみなさいよおキヌちゃん。どうせコンボイ司令並みに的外れな考えでしょ?」

「私も出て行きます!横島さんをここに連れ帰るまで、ぜったいに帰ってきません!」



ほとんど無いと言ってもいい私物を次々とボストンバッグに詰めるおキヌちゃん。
その手際の良さも手伝って、呆然とする美神の目の前で荷造りは瞬く間に完了した。
出ていこうと背を向けた瞬間に、やっと我に帰った美神が、おキヌの肩に手をかける。



「ちょ、な、なに言ってるのおキヌちゃん!本気で出て行く気なの?!」

「私は……私は……ぜったい!横島さんをあきらめたりしませんから!」



そう言い残し、涙を浮かべながら事務所を飛び出すおキヌ。
呆然と肩を掴んだ姿勢のまま、見つめているだけの美神令子。
こうして二人に逃げられて、所長は単身での運営を始めたのだ。

ここまでを美神とおキヌから聞いた横島の脳裏に疑問符が浮かぶ。



「で、でも、美神さんはうちに来てたけどさ、おキヌちゃんはどこ行ってたのさ?」

「『なんぱ場所』に行ったり、『うらびでお』借りる所に行ってたりしてました。」

「あー、なるほどな。さすがおキヌちゃん、俺の行動パターンを良くご存知だぜ。」



おキヌちゃんは横島くんのお世話係でアパートに何度も出入りしている。
彼の私生活も熟知しており、ボックスティッシュを差し入れたりもしている。
さすがに生身になってから部屋に出入りはしてないが、知識だけは残っていた。

頬を染めながら両手の指を器用に絡ませるおキヌ。生身を得てから知った事も多い。



「でもさ、どうして俺の部屋には直接来なかったん?」

「一人暮らしの男の人の部屋は危険だって、学校で聞いてて。」

「いや、一般的にはそうだけど。俺がおキヌちゃんにイタズラすると?」

「危険ってそういう意味なんですか?てっきり限定核戦争でも起きるのかもって!」



もちろん男子による。沈黙っぽいコックさんの部屋なら危険度は跳ね上がる。
だが恐らくは六道女学院のクラスメイトは、そんな心配をしてはいないだろう。
恐らくはティーンエイジャー向けの雑誌に出ている様な他愛もない情報源である。



「まーでも?その頃横島クンはメドーサとエロエロな日々を過ごしてたのよねー?」

「まぁその、まったくエロが無かったかと言われると否定はしづらいんですけど。」

「じゃあそのメドーサさんも混ぜて一回ちゃんと話をしましょう!ね、横島さん?」

「いや、その、それがちょっとした行き違いがあって、その、逃げられちゃった。」



ここで横島はメドーサとの結婚式のくだりを周囲に語った。
だがその出だしである『偽造天使』の話題は敢えて伏せた。
元同僚はともかく、他の魔族連中は信用できなかったのだ。



「あー、それはイカンな。傭兵稼業とはいえ奴も神族だ、怒るのも無理はないな。」

「え、ど、どういうこと?なんでメドーサが怒ったのか判るのか?なぁおっさん!」



先程まで信用をしていなかったくせに、急に大悪魔の足元にすがりつく少年。
無論彼は、いきなり信用をしたわけではない。未だ不信感に満たされている。
だがメドーサが涙目で飛び去っていった理由はそれ以上に知りたかったのだ。



「神族というのは人界で存在を維持するのに大量のエネルギーを使うのは知っているか?」

「あ、それは聞いた事あるぞ。たしか自分の土地から離れると消耗が激しいとかだっけ。」

「だがメドーサは霊力供給拠点を持たぬ身。そこで儀式召喚という形をとっている筈だ。」

「横島クン、GS試験でも出たでしょ?要はルールを守ることでコストを減らせるのよ。」

「神族にとって婚姻儀式は従属の祭祀だ。しかも人間相手ならば従属するのは神族側だ。」

「そのかわり人間は生が尽き果てるまで敬愛、そして裏切る事は神族の死を意味するわ。」



メドーサは独立系神族である。彼女は下等生物である人間を見下していた。
だからこそ眷属として使役し、部下として育成し、そして庇護をしていた。
見下しつつも彼女なりにケジメをつけつつ、横島と距離を保っていたのだ。

そんな神たるメドーサに横島少年は従属しろと言ったのだ。
しかも、自分の命を賭けてでも、彼女を守ると言ったのだ。



「しかし変でちゅね。竜神族はプライドの塊みたいなやつらでちゅよ?ありえまちゅかね?」

「それに召喚神族なら精神生命体に近いはずだし、ポチのアレに固執するとも思えないわ。」

「あらー、そんなの簡単じゃない。そこが判らないなんて魔族てのも大した事ないわねー。」



ムッとした表情を浮かべるルシオラとパピリオ。
そこに酒精の匂いふんぷんとさせた美神が絡む。
両手を使い、昆虫悪魔の二つの頭を抱え込んだ。



「惚れてんのよ、あのオバハン。1000回り年下のこのエロガキに。あーいやだいやだ。」



そう言い放つとゲラゲラと大笑いし、膝をバンバンと叩く赤髪のGS。
大半が苦々しい笑みを浮かべる中、一人だけ真剣な表情の女性がいた。
氷室キヌ。その視線に気付いた赤髪のGSは、面倒そうに頭を掻いた。



「あたしも惚れてるわよ?日本中のGSに『横島クン大好き』ってメールだしちゃったわ。」

「ま、マジですか!?いよいよ俺の肉奴隷になってくれるんスね美神さん?!ひゃっほう!」

「いいわよー。そのかわりメドーサもおキヌちゃんも誰も彼も、希望者全員しなさいよー?」

「きっ、希望者スか?!あの、美神さん、お言葉ではございますが、希望者がいるとは……」

「いなきゃいないで別にいいわよー?そしたらあたしが横島クンひとりじめー。んふふー。」



そう言い放つと美神女史は、今度は横島少年の後ろからその頭を抱え込む。
少年の後頭部には豊満な肉球が当たり、条件反射的に彼の鼻の下が伸びる。
今だ、今しかない、今を除いて他にない、そう横島少年は決断し、叫んだ。



「酔っ払ってたからって言い訳は駄目ですからね美神さん!ここに証人が沢山いますから!」

「しかし魔族である我々はアンチローフルだからな。証人という立場には立てんぞ少年よ。」

「確かにアシュ様のいうとおりでちゅね。そうなると、この場で証人になれそうなのは……」



当事者である美神と横島は除外される。
大悪魔とその部下も、当然だが除外だ。
証人台に立てる人間は、たった一人だ。



「わかりました。僭越ながらこのおキヌこと氷室キヌが証人になりますね。」

「おおー!さすがおキヌちゃん話が早すぎる!これで肉奴隷正式襲名だぜ!」

「あとは……私が希望者一号です。よろしくおねがいしますね、横島さん。」

「もちろんそのオネガイは受理するぜ!……って、おキヌちゃん?いいの?」



呆然として巫女服姿の少女を眺める少年。
その視線の先にニコニコと微笑むおキヌ。
黒い三人娘たちはハイタッチをしている。
大悪魔に至っては早くもベッドを出した。



「ちょ、ちょい待ち!!おキヌちゃんに何かしたのか悪魔どもめ!」

「えー?!この期に及んで尻ごみとか男らしくないでちゅよポチ。」

「そうよ、女の子に恥をかかせる気なの?いい加減に観念なさい。」


腕を組んみながら優位になった情勢を微笑んで見守る美神令子所長。
そして、自分の告白に舞い上がって踊るように悶える氷室キヌ所員。
ここぞとばかりに横島の優柔不断さを責めたて追い込む悪魔3人娘。

横島にとって状況は良くも悪くも急展開だ。インターバルが欲しい。



「そ、そうだ!俺メドーサに謝ってこないと!こうしちゃおれん!」

「じゃあメドーサに謝ったらシルクワームと合体するのだな少年?」

「するする!なんでもする!とにかく今ここじゃ流石の俺も無理!」



横島忠夫にとって氷室キヌは手が出せない女の子である。
事務所に入るまでの経緯、そして人間になるまでの経緯。
その全てが彼の欲望の足かせになってしまっているのだ。

彼女がそんな事を希望するわけがない。
おキヌちゃんは清楚で可憐でボケ倒し。
落ち着けば何かの勘違いだと言う筈だ。



「じゃあ決まりねー。うふふ、美神事務所とその下僕共、今こそ出動よ!」

「誰が下僕ドモでちゅか!今じゃ霊力下級霊以下の酔っ払いのくせに!!」

「ふっふっふ。人間様には、知恵と勇気と友情と根性と努力があるのよ!」

「いや美神さん、後半に行けば行くほど持ってないじゃないですかソレ。」



美神令子は確かにコアを内包していた。それにより人類を超えた霊力もあった。
しかし彼女の真骨頂はソコではない。経験を重ねる内に身についた機転と判断。
無駄を嫌う彼女の性癖が、結果的に霊力に頼らぬ除霊という思考を育んでいた。
思い出して欲しい。除霊の主力は除霊札。ここ一番でしか特殊警棒は使わない。
霊力は一助にこそなれ、頼り切ってはいない。それこそが彼女の強みでもある。



「ま、別に倒さないでもいいわけだし、大丈夫よ横島クン。」

「そーいうもんスかねー。何か楽観的過ぎるかなって気も……」

「大丈夫ですよ横島さん!きっと話し合えば解りあえますって!」



ここでおキヌも助け舟を出し、次第に雰囲気に呑まれていく横島少年。
気がつけば美神とおキヌと横島で、ひと月前の様に至極自然に話している。
不承不承ながらも納得し始める少年。その視界外で目配せしあう所長と女所員。

こうして場を掌握しつつある美神女史を眺める大悪魔が横の恋人に語りかける。



「しかし変だな。私のコアを抜いたとはいえ、メフィストに毒なぞ効かぬ筈だが。」

「妖毒ならいざ知らずアルコール如きで悪魔は倒れません。言うだけ野暮ですよ。」


今まで沈黙を守り、ひたすらその後ろに控えていたべスパが大悪魔に耳打ちする。
そう、美神さんはザルである。呑んでも呑んでも決して潰れたりすることは無い。
少年の後頭部に胸を押し当てている彼女の目の光は、いささかも濁ってはいない。

つまりは、そういうことなのだ。



「ともかくメドーサを追うわけだが、誰か呼び出しコードを覚えておるか?」

「メドーサの、でちゅか?アシュ様メドーサと会ったことあるんでちゅか?」

「おお、そうか。月面作戦は貴様らの生成中であったな。土偶羅に頼むか。」



そのころ、逆天号の土偶型悪魔はといえば……



『オージンジオージンジ、魔界スタッフサービスです。』

「あのー、大公爵の眷属魔族なんですが、転職先を……」

『それは無理です。契約を破棄してからお願いします。』

「休憩無しで3週間だぞ?魔族使いの荒さが酷すぎる!」

『それはご愁傷様です。でも、なんともなりませんね。』



転職支援会社に連絡していた。















同時刻、妙神山。
人間界との境界であり結界である正門の前には複数の影が立っていた。
ローブを頭からすっぽりと被った背の高い3人。そして背の低い1人。
さらに少し下がった位置に、同様に外套を被りつつ羽を背負った少女。



「待たれよ!現在妙神山は軍事拠点、一般の人界神族の出入りは禁じておる!」

「あー、そのよーやな。けどな門番、ワイらの事よー見てから口きかんかい。」

「右の!よく見るのだ、その方々は上級神族だぞ!もうしわけございませぬ!」



ここで向かって右側、つまり左鬼の側の門が音を立てて開く。
上級の神族らしい集団は、ゾロゾロと門の中へと入っていく。
逆側の門は、バタバタと扇ぐように暴れていた。



「左の!上級神族とはいえど勝手に兵站に出入りをさせてよいのか?!」

「竜神2柱と天界大将2柱に熾天使だぞ?!文民神族なわけなかろう!」

「た、確かに神族識別コードはそう出ていたが、割り符も無しには……」

「右の!ここで粗相をしてまた小竜姫様に折檻を受けたいのかお前は!」

「そ、それもそうだな。もうアキレスの踵だけはコリゴリだからな……」



『アキレスの踵』とは『生きているのが嫌というほどの罰』である。
その壮絶さは言質には尽し難い、スーパーハードな折檻なのである。
どのような行為であるのか、貧筆たる筆者にはとても説明出来ない。



巨大な兵鬼や鬼兵たちがざわめく敷地内を平然と歩く5つの影。
そこに、耳元に木の枝のような角をつけた姉妹神族が遭遇した。
楽しげに妹に話しかける姉竜神、それを楽しげに受ける妹竜神。
妹の方は集団に気付き、軽く会釈をした。しかし集団は無反応。




「……止まりなさい其処の者達。何故小竜姫の挨拶に答えないのですか?」

「おやおや?誰や思たら前科一犯の大デベソ、大竜姫はんやおまへんか。」

「な、なんでデベソの事を?!それは天界の最高機密にしているはず!!」

「搦手裏技はワイが教えたんや知らいでか。上司の霊基構造忘れたんか?」



一番小さかった影が、不意にその身長を倍以上に伸ばした。
被っていた巨大な帽子は消え、金髪と捻じれた角が現れる。



「あ、あなたは、竜神国兵部省兵器部長……ビンス・マクマホン!」

「あのウブい大竜姫ちゃんも今じゃ第7席やてな?おめっとさん。」

「あの、御姉様?この方はお知り合いなんですか?私も挨拶を……」

「不要です小竜姫!この―は、――の――――です!いけません!」

「おおー、メドーサに喉の霊基を削られたんはマジやったんかい。」



この2柱の因縁は遥か昔に遡る。











竜神国の兵学校を主席で出た大竜姫は出世コースである兵部省に入省した。
ちなみに大竜姫はメドーサよりも若干年下のために主席といっても後輩だ。

現在でもそうなのだが、魔界天界の兵器の大半は竜神国で生産されている。
格闘用武器から刀剣、銃器に至るまでウロコのマークが何処かしらにある。
その兵器生産を一手に引き受けているのが竜神国の中央省庁である兵部省。

そして以前の主席であったビンス・マクマホン子爵の元に配属されていた。



「兵器部部長のビンスや。気軽に『ビンちゃん』て呼んでな!」

「はぁ。判りましたビンちゃん部長。」

「硬い、硬いなー嬢ちゃん!もそっと笑顔で返さんか笑顔で!」

「判りました。よろしくビンちゃん!」

「なんやコラ部長に向かってチャン付けとかイイ度胸やんけ!」



笑顔で新入りである大竜姫の頭を叩くビンス。
静かだった部内にどっと笑いが沸きあがった。
無論これだけなら何処にでもある普通の話だ。

だが、叩かれている彼女だけに判る事実があった。
その殴打の威力は音こそしないが岩を割るほどだ。
並みの神族であれば、頭蓋に損傷を負いかねない。



「……ツッコミが厳しすぎはしませんか?部長。」

「なーに、こんなんは主席ならへいちゃらやろ?」

「……構造疲労は積み重ねで起きると言います。」

「ヤワいのー。同期ならお前メドーサの下やな。」



ちなみに大竜姫はこの後、事ある度にメドーサを引き合いに出されて罵倒される。
顔もよく知らぬ次席の先輩に、彼女はだんだんと憎しみを抱くまでになっていく。

そして気がつけば、彼女は兵器部部長補佐兵器開発局長にまで上り詰めていった。



「なんや大竜姫、まだ文珠改造やっとんのかいな。そんなん如来どもに任せんかい。」

「お言葉ですが天界の優位性は文珠にこそあります。きっと戦いには役立ちますよ。」

「何が天界の優位性や。わいらは兵器を作って売って儲けるのが仕事や!忘れたか?」

「それも我らが竜神国の安寧、ひいては天界支配の永続性に拠ってこそと思います。」

「竜神族は戦闘種族や。魔界支配にならはってもな、竜魔族の看板つけるだけやで。」



選民思想では天界第一主義の大竜姫とリベラル思想で現実主義のビンスの対立は決定的であった。
部内でも派閥が構成されてしまい、部長派、反部長派で開発チームも分けられていく始末だった。

そんな中で反部長派の神族から、大竜姫に耳寄りな情報がもたらされた。



『北欧系神族から大型発注がありそうです。北欧主神の弟からキックバック条件で。』



キックバック条件とは、発注を決めた際に発注担当者にリベートを渡す、という条件だ。
無論そのリベートも代金に乗せてしまってよい。つまりは不正、コンプライアンス違反。
しかし決して商売上で珍しい案件というわけではない。水面下では絶えず行われている。

大竜姫は思案した。
確かに大きなリスクはあるが、キックバック条件が無ければ恐らく受注は不成立。
判断が遅れればビンスが感付く。やるなら今しかない。そう決断し動き出した。
竜神国の外交部署にも彼女のコネクションはあり水面下での調整も済ませた。

これで功を成せば部内のバランスは一気に優位に傾く。ビンスを出し抜ける。
パワハラで自分を苦しめていた上司を追い落とした暁には、やるべき事がある。
次々と湧く黒い妄想は彼女の体から疲労を忘れさせる。そしていつしか冷静さも。





そして、彼女は無事に契約締結に成功し見事に部内の最高位に就任する。
しかし、彼女は妄想したほどの仕返しをビンスにする事は叶わなかった。
それは、彼女がリベンジする前に彼が別部署に転任した為。そして……



「あたしかい?あたしは公安部のメドーサだ。大竜姫、あんたには逮捕状が山程出てるよ。」

「メドーサ?!地刹の白蛇の分際で場をわきまえなさい!衛兵!衛兵はどうしたのですか!」

「竜神の誼だ、奇麗事だけ残しといたよ……竜神国兵部省兵器開発局長『大竜姫』、確保!」




大竜姫は当時公安所属だったメドーサにより捕縛された。

しかも殺人教唆や用地収賄などの身に覚えの無い余罪も付き、天獄入りの有罪判決となった。
天獄とは神族が地上の人間に転生して徳を積むまで永遠の輪廻を行うという過酷な刑である。
しかし彼女は幸運な事に、この魂の牢獄を比較的早い時期に脱し一気に天界中枢に食い込む。

彼女が最後に転生した先の名前とは、三界伏魔大帝神威遠震天尊関聖帝君。俗に言う関帝だ。



「あの時、メドーサが余計な事さえしなかったら部長も椅子から落ちていたでしょうに。」

「あー、そういやそんなんあったのー。せやけどな、ワイがそんなヘタ打つ思とるんか?」

「何を仰るのかと思えば。現に私の改造文珠で天界は救われ、天界の席も得ましたから。」

「余計な事しくさったのはお前さんや大竜姫。あの戦争終わらせたせいで予算激減やで。」

「兵器とは戦争を終わらせるための手段です。その俗物的思想があなたの悪い所ですよ。」

「兵器はな戦争を長引かせるための手段やで。青臭い事ゆーとるから罠に気付かんのや。」



金髪の青少年と黒緑の美女の睨み合いが始まる。
その美女の後ろで、妹神が小首をかしげていた。
そして恐る恐る、にらみ合う二人に声をかけた。



「ビンスさん、『罠に』とは一体どういう意味なのですか?」

「きまっとるわ、アレはぜーんぶワイの仕掛けやさかいな。」



ここで大竜姫の表情が固まる。何気ない会話によって固まったのだ。
数千年来の屈辱の記憶。メドーサによる捕縛と、消えぬ前科の経歴。
そもそもの発端である北欧神族収賄疑獄が『罠』であるとしたらば。



「な、び、ビンス、――――――!――――――――――!!!!」

「あーもう何ゆーとるのか解らんわ。メドーサ、霊基返してやり。」

「はい。」



ローブから白い腕が伸び、第7席たる高級神族の首元を掴んだ。
不意を突かれたが、そこは戦闘種族、即座に引き剥がして飛ぶ。
首もとの違和感を確認したが、特に異常はないようだった。



「この糞野郎!ケツから包丁ブっこんで、真っ二つにしてやる!」

「おー、なるほどのー。地はそんなんやったんか大竜姫ちゃん。」

「あの頃の私と思うなよ糞外道の腐れ○○○!てめえは消滅だ!」

「威名はワイも知っとるで大竜姫、せやから相手はこいつらや。」



後ろにいたローブ姿の影が一気にその正体を現す。
メドーサ、捲簾大将沙悟浄、天蓬元帥猪八戒、そして花戸小鳩。
そのうち八戒メドーサが大竜姫へ、悟浄が小竜姫へと殺到する。



「くそ、こいつらサルの手下か!ビンス、テメエ公安と組んでやがったな!」

「んなわけ無いやろ。ワイほどの天才になれば脳筋ドモなんぞ自由自在や。」

「天才とか軽々しく言うな下級貴族が!ナマスにして糞虫の餌にしてやる!」

「そいつは無理な相談やで大竜姫ちゃん。お前ら、このメンタを殺しとき。」

「「「はい。」」」

「ほな行くで小鳩。あともうちょっとで妙神山の中心あたりやさかいにな。」

「はい。」




金髪男は再び貧ちゃんとなり、小鳩と共にその場を飛び立ってしまっていた。
大竜姫が追おうにも、戦闘力の高い神族がその行く手を塞いでしまっている。
歯噛みする第7席。しかしその焦りも下から聞こえる甲高い悲鳴に消し飛ぶ。



「小竜姫!……ちぃ、相手が悪いか!この役立たず!」

「ご、ごめんなさい御姉様!その、剣筋が早くて……」

「言い訳はいい!下がれって言ってるんだ!お馬鹿!」



姉は妹を背に守り、更に三対一の不利な戦闘を始める。
大竜姫は喉の霊基を取り戻し、一気に口が悪くなった。
しかし口が悪くなっただけで、本質は何も変わらない。



「古けりゃ偉いたあ言わせねえ!この冷艶鋸で、てめえらは微塵切りだ!」



冷艶鋸とは三国志演義で関羽が持っていたとされる青龍偃月刀の名称である。
周知の事だが青龍偃月刀は実際の関羽が生きていた時代には無かった武器だ。
しかし神格化する際に、人々の願いがこの武器の時間軸を捻じ曲げ持たせた。

だがその神器を以ってしてもなお、3柱の息の合った猛攻には苦戦気味だが。



「お、御姉様!わ、私が、私が何とかしないと……」



超加速を使う小竜姫をもってしても、この4柱の剣撃を完全に追えない。
上段からの振り下ろしを避け、下段の払いを避け、中段の突きを受ける。
しかし、それを理解している頃には、もう次の剣劇は始まっているのだ。



「一瞬でいい……一瞬でも隙があれば……この身を賭してでも動きを止める!」



そんな彼女の悲壮な願いも虚しく、敵3柱の剣撃に隙は生じていない。
基本的に神族の力は神としての歴史、そして受ける崇拝の強さにある。
積んだ歴史は耐久力を作り、崇拝の強さは顕現する神技の威力となる。

膨大な信仰を集める姉神、その神なる威光は天界一とさえ言われている。
しかし、何故彼女はそれでも席次が7番か。それは歴史が足りないのだ。



「この糞ったれの糞虫の蛆虫の虫野郎ドモ!いやらしい攻めしやがって糞が!」



限界は、近い。















その頃、池袋の魔法兵鬼内でも騒動が持ち上がっていた。
アシュタロスの忠臣である土偶羅魔具羅が反乱したのだ。



「ねえ、土偶羅様?ほんとーに意地悪してたわけじゃあないのよ?」

「そうでちゅよ。みんな土偶羅様が大好きだって言ってたでちゅ。」

「もう騙されん!これ以上こき使うなら消滅させてもらって結構!」

「土偶羅よ、せめてメドーサの呼び出しコードだけでも教えんか?」

「いーえ!記録は有りますが教えませんよ!馬鹿にするなっての!」



事の発端はこうだ。
無休日かつ無休憩で3週間もの間、彼は我慢して逆天号の操縦桿を守っていた。
それもひとえに造物主たるアシュタロスの野望の悲願成就を願えばこそだった。

しかし、久々に声をかけられたかと思えば、野望は諦めてしまったのだと言う。
更に悪い事に、人間同士のカップルのキューピッド役をやっていたのだと言う。



「もう絶対仕事なんかしませんよ!サボタージュ万歳!聞け万国の労働者!」

「滅ぼすのは一向に構わんのだがな……ルシオラ、記録は見つからんのか?」

「駄目ですね。土偶羅の演算回路って、宇宙処理装置の次に優秀ですから。」

「んっふっふ、本当に魔族って馬鹿ばっかね。この美神令子に任せなさい?」



帰ってきたヨッパライが足元をふらつかせながら、土偶羅の隣に座り込む。
メーデーと書かれた旗を持って、闘争勝利のハチマキをする土偶をつかむ。



「そうよねー、あんたはやっぱり消滅すべきだわ。この悪魔の面汚しが!」

「な、なんだと!この土偶羅、一片たりとも悪魔として恥じる所は無い!」

「アシュ様の本当の狙いが判らないなんてクズ、消滅するしかないわよ。」

「ほ、本当の狙いだとぉ?!なんなんだそれは!教えんかメフィスト!!」



ここでクルリと土偶羅に背を向け、邪悪な笑みを浮かべる美神令子。
少し肩を震わせるそぶりを見せながらも、口元から唾を目元に塗る。
振り返れば、そこには涙をいっぱいに浮かべ悲しむ女の姿があった。



「アシュ様は、究極の魔体を捨ててまで、深謀遠慮を果たそうとしているのよ!」

「し、しかし、もう宇宙の再創造はしないとか……」

「馬鹿ね、宇宙には修復力ってのがあるの!全てを変えるのなんか不可能なの!」

「そ、それはそういう可能性もあるだろうがな……」

「そこで聡明なアシュ様は考えたわ。世界を魔族に都合の良い様にする手段を!」

「な、なんだってぇぇぇ!!そんなのあるのか!!」

「ネタバレよ!魔族と神族のデタントを天界魔界人界の三界に周知するのよ!!」

「????そ、それをやってどうなるのだ????」

「誰も主神魔王を信じなくなり魔界はアシュ様、そして天界はメドーサが支配!」

「な、なるほどぉぉぉぉ!それは確かにアリかも!」

「そして人界は私が支配して魔族も神族も大して変わらないって洗脳したら?!」

「アシュ様を頂点とした完全世界の幕開けだな!!」

「そんな深謀遠慮を理解もせずにサボる馬鹿土偶なんて滅びるべきじゃない?!」



ここで遮光式土偶の背後に稲光が走る。もちろん本当に空中放電現象は起きていない。
これは心理描写。魔族コアが砕け散らんばかりに土偶羅の魂は衝撃を受けていた。
もしこれが本当ならば何と理想的かつ悪魔的。世界制覇なぞ児戯にも等しい。



「そ、そんな事とは露知らず!土偶羅が間違っておりましたアシュタロス様!!」



ハチマキとゼッケンを投げ捨てて、アシュタロスの足元で土下座する土偶羅。
呆然としてその光景を見守る悪魔三人娘達。苦笑する横島くんとおキヌちゃん。
そして当然だが、美神令子はお得意のしてやったりという笑みを振り撒いていた。



「アシュ様?……一応訊いておきまちゅけど、メフィストの言ってるのは本当でちゅか?」

「あ、あー……うむっ!実は今まで隠しておったがそういう作戦だった!様な気がする!」

「確実にウソだわ……ま、それはそれとして。呼び出しコード、ゲットだぜ!なんてね。」



土偶羅の情報封鎖が解けて、ルシオラがメドーサの呼び出しコードを打ち込む。
三次元モニターが操縦席前に展開し、SoundOnlyの文字が浮かびだす。
これはメドーサからの情報にライブ映像が流れてきていないという意味である。



「あー、メドーサくん、聞こえるかね?私だ、皆の人気者アシュタロスだよ。」

『…………………………』

「返事がないわね。ねえ土偶羅、これって本当にメドーサの呼び出しコード?」

「様をつけんか様を!無論間違いないぞルシオラ。貴様と違い勤勉だからな。」



嫌味を言う中間管理職をよそにコンソールを幾度も叩くルシオラ。
確かにその信号には金蛇眼女蜴叉ONLINEと表示されている。



「確かに届いてはいるようですアシュ様。寝てるのかしら?」

「ならば起こす!あーたーらしい朝が来た!絶望の朝がー!」

「魔界体操の歌なんてメドーサ知りませんよ、アシュ様……」

「どうやれば起きるか誰か知らんか?メフィストはどうだ?」

「あー、そりゃ寝起き知ってるやつじゃないと無理かもね。」



そこで大悪魔と悪魔娘と元神族と日本最高GSが視線を合わせる。
その先には、赤いバンダナと白いTシャツとジーンズ履きの少年。
その少年は視線を感じて、わたわたと手を振って否定を表現する。



「え?!お、俺?!無理無理!いっつも起こされてる方だってば!」

「そこを何とかしなさいよ横島クン!元はアンタの粗相でしょ?!」

「そ、そりゃあそうですが……でも、メドーサが起きる音って……」

「じゃあ横島さん、こういうのはどうです?……ゴニョゴニョ……」



横島くんに耳打ちするおキヌちゃん。
それを聞き、彼は耳まで赤くなった。
何の事やら判らず、呆然とする周囲。



「ほ、本当にそれ言うの?起きるとは思えんけどな……」

「大丈夫ですって!私なら嬉しくて飛び起きますから!」

「そ、そうなんだ……わ、わかった!やってみるぜ!!」



ここで少年は、大きく息を吸い込んだ。
横隔膜を限界まで酷使し発声に備える。










一方、第7席こと大竜姫は妙神山で、完全に苦境に陥っていた。
操られているとはいえプロである。相手の弱点を見抜いていた。
じわじわと間合いを詰めつつ、波状攻撃で体力を奪っていった。



「……小竜姫、次の一斉攻撃を私が捌いている隙に逃げなさいな。」

「駄目です!そしたら御姉様が逃げられません!ここは、私が!!」

「斉天大聖殿が公安庁舎にいます。彼ならば打開できるでしょう。」

「駄目です駄目です!御姉様は第7席、そして、おねえさまです!」



しがみつく小竜姫。そして一瞬だけその妹の感情に気をとられた大竜姫。
それは極限に近い小さな小さな隙。しかし、プロにとって大きすぎる隙。
正面に陣取っていたメドーサが刺叉を構える。そして超高速で殺到した。











そこで操られて意識の無い彼女の耳元に、聞き覚えのある声が響いた。



『寝顔もかわいいぜメドーサ!でも君の瞳を早く見てみたいなー!な――――』



ここで彼は照れ隠しに『なんちゃって』というつもりであった。
しかし、それをいち早く察知したおキヌちゃんに口を塞がれる。
やはりそれは、絶大な威力を発揮した。




「ば、ば、馬鹿言ってるんじゃないよヨコシマ!」



顔面どころか耳まで赤く染めた彼女が見た光景は、小鳩の部屋ではなかった。
空中に浮かぶ自分。そして、その自分の刺叉に貫かれる寸前の懐かしい竜神。
その後ろには涙目の小竜姫が、その両背後の少し先にはブタとカッパがいた。
小首を傾げながら、とりあえず空いている左手で目の前の竜神に挨拶をする。



「……ずいぶんと久しぶりだね大竜姫。元気そうじゃないか。」

「馬鹿言ってるんじゃねえこの糞アマ!この棒切れどけろや!」

「あ、ナニ勝手に霊基戻してるのさ。没収したはずだけどね?」



そう言うとメドーサは姉竜の喉を軽く撫でて、何かを握った。
その握られた何かは、口元に運ばれて、何気なく嚥下された。



「――――!―――――!め、メドーサ!私の霊基を返しなさい!」

「第7席様が糞とか死ねとか言わないほうがいいだろ?感謝しな。」

「あー、それは確かに。そこに関してはねーさまに同意します……」

「ちょ、ちょっと!小竜姫ちゃん?!それはあまりにもひどいわ!」



ワイワイとじゃれあっている3柱の竜神娘達に、ゆっくりとブタとカッパが迫る。
そして大竜姫とメドーサは、その2柱が戦いの間合いに入るや否や、構えを取る。



「で、あいつらは操られたままか。大竜姫さ、アンタは服従機入ってるかい?」

「入ってる訳がありません。天界最高会議の第7席ですよ?……ま、まさか!」

「ビンスの野郎、偽造天使に正二位緊急命令回路を組み込んでやがるんだよ!」

「正二位ですって?!ここには天界軍の精鋭10万がいるのですよ!もし……」



そこで不意に照っていた太陽が消え、周囲が暗転する。
夜になるにはまだ早い。もちろん、金冠日食でもない。

その光景に呆然とする小竜姫と歯噛みするメドーサを布が覆った。
大竜姫の両肩に着けられた戦袍――マントの様な布――であった。



「あの男は、聖書級大崩壊を本気で再現しようとしているのね……」

「大竜姫!あんた偉くなったんだろ?!援軍とか呼べないのかい!」

「天界拠点はここ以外、アシュタロスを警戒して完全封鎖したわ。」



ソンブレロを被った小男が、そんな二人の前に現れる。
小鳩の姿は無い。彼女は妙神山中心で黒を吐いている。
黒とは、光を遮っているものであり、夜の闇であった。



「うはははははは!地上の霊力ストックと10万の神兵!100年は戦えるで!」

「ビンス!生憎だけど世界征服ゴッコはここまでだよ!あたしがあんたを潰す!」

「なんや、よー命令を解除でけたもんやな。しかし世界征服とは心外やで実際。」



空中に浮く小さなメキシコ帽の神は、まるで虫でも見るように彼女を睥睨する。
その後ろでは、小鳩であった偽造天使ナハトがいまだ黒い闇を吐き続けていた。
眼瞳から生気を失った八戒と悟浄が、メドーサと貧乏神の間に割り込んでくる。



「勝とうが負けようがどうでもええ。要は長ければ長いほど助かるんや。」

「……意味がわからないんだけどねビンス。長引いて、何が助かるのさ?」

「長引けばな、兵鬼が試せるやんか!出番待ちのがぎょーさんあるんや!」



頭に被っているその巨大なソンブレロを一振りすると、様々な物がボトボトと落ちていく。
拳にはめるトゲトゲのついた金属のカバー、トカゲ型の戦車、ウロコ模様だが流線型の銃。
格闘、近接、射撃、砲撃、車両、航空機、おおよそ武器や兵器と呼ぶものが湧き出てくる。



「魔族も神族も、兵鬼と戦力にまた依存するで!楽しいやないか!そうは思わんか!」

「……あたしも竜神の肩書きを持つ端くれだし、戦いを否定しやしないよ。けどね。」

「無駄な争いは戦いやないゆーてたなメドーサ。そんなん詭弁や。争いは戦いやで。」

「ガキみたいな動機でやることが認められるわけ無いだろビンス!あんたは潰す!!」



刺叉を両手でしっかりと突き出し、上体を低くし足を少し広く構えるメドーサ。
一方の貧乏神は、帽子をまた被りなおして、両手をマントの中に仕舞って立つ。
無防備な彼の代わりに操られた2柱の現職公安神族が、手に持つ得物を構えた。



「さて、ナハトの儀式も終わったようやな。お嬢ちゃんがた、遊びはここまでやで。」



彼がそう言うが早いか、武装した神族鬼族が次々と上空に舞い上がってくる。
メドーサ達を取り囲むように、十重二十重では効かぬほど雲霞の如く集まる。
その数、3万。



「上下左右前後どこをとっても死角無しや。なんなら千でも二千でも道連れにせい。」

「敵が七分に空が三分か。大竜姫、こいつらのコントロールを奪い返せないのかい?」

「無駄やで。命令コードは議決が必要なんやメドーサ。そうやったな大竜姫ちゃん?」

「ええ、騒乱を防ぐために命令機の使用権限は最高会議の過半数の議決が必要です。」

「手詰まりドン詰まり逃げ場無しや。いやー、地道な作業がようやっと実ったでー。」



改造し承認無しで放てるナハトの命令装置と違い、格上の筈の上級神の命令は時間がかかる。
ビンスの切り札はこれであった。アシュタロス復活に邪魔な封印石108の所在も漏らした。
そして復活の兆候が現れるや否や、天界に情報をリークし天界神軍10万を誘い出したのだ。



「戦争はええのう。この腐れた世界が生んだ奇跡やで。これで三界は暫く大戦争や!」



メドーサの額に滲む汗が集まり、頬を伝い顎から落ちる。
彼我の戦力比はもう計算するのも馬鹿らしくなるほどだ。
彼女は刺叉から片手を離して、何故か額をいじり始める。



「あたしは妙神山で大ピンチ、敵は無数にいて、結界のせいで瞬間移動も出来ない。」

「至極まっとうな状況分析やな。どっからどう見ても勝ち目なんぞあるはず無いで。」

「だが、あたしは降伏勧告には応じない。なぜならそれがあたしだから。そうだろ?」



それを聞いたソンブレロは、小さな腕を肩の辺りで広げ、大げさに溜息をつく。
無論彼にとって、メドーサのこの返答が意外性に富んでいたという訳ではない。
彼女が自分の想像を超えた打開策を出すのではという期待が外れたというだけ。



「思えば随分長い付き合いやったのうメドーサ。なんぞ言い残した事でもあるか?」

「戦場には流れってのがある。あんたはそれを感じた事があるかい?ビンス。」

「流れなんぞ大局が見えん輩の妄想やな。結果は原因と過程からしか出来ひんで。」

「あたしは何度もある。絶対なんてのは有り得ないよ。完璧と思っててもね。」

「その流れとやらでこの場を逃れてみい。『絶対』無理や。『完璧』ワイが勝つ。」



取り囲んだ鬼兵神兵が手に手に得物を構え、その刃の切先をメドーサに向ける。
だが向けられた彼女は平然として、海原の波頭の如き刃先の煌きの帯を眺める。
宙に浮いている呆れ顔の貧乏神は、その短い手を少し持ち上げ、そして下げた。

殺到する刀剣、殺到する生気無き兵、殺到する明確な殺意。
しかし、それでもなお、青白色の髪の女神は涼しげだった。





つづく。


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