椎名作品二次創作小説投稿広場


ニューシネマパラダイス

オペラ座の怪人(前編)


投稿者名:UG
投稿日時:12/12/ 4

 ※今作はニューシネマパラダイス内【人工幽霊はGSの夢を見るか?】の前日譚となっています。
  元ネタの使用を快く許可してくれた赤蛇さんに感謝を込めて。










 2179年 東京

 旧市街区に隣接した警察署。
 その地下に設けられたオカルトGメンの会議室にピートは招集を受けていた。
 彼と共に会議室に呼ばれていたのはオカルトGメンでもクセがあるとされている3名。
 単独捜査を好む彼らがおとなしく席についていることを不思議に思いながら、ピートはサングラス型の情報端末に映し出された映像を無言で眺めていく。
 内容は備品の受け渡し兼、新人の配属について。
 今回新たに採用さることになった、アンドロイド・Mシリーズの仕様書に目を通し終わったピートは、サングラス型の情報端末を外し壁際に並んだ4体のパシリスクに視線を移した。
 女性型と男性型が2体ずつ、緊張の面もちで直立不動の姿勢で立っている。
 ピートはその姿を見て「なるほどな」と思った。
 先ほど見た説明によれば、今回配属されたのは情緒面を強化された最新型らしい。
 目の前の4体には、自分の旧知であるマリアと比べ妙な人間くささが感じられた。

 「で、警察組織への本格導入の前に、我々の部署で試行運用をすることになったと?」

 「はい。そして私が当面の整備を担当します比久 真理子です。本日よりこちらでお世話になります」

 ピートの呼びかけに、パシリスクを引率してきた小柄な女性隊員が深々と頭を下げる。
 身につけたオカGの制服が全くと言っていいほど様になっていなかったが、それには二つの理由があった。
 一つは彼女がカオス商会から出向してきた臨時職員であること。
 試行導入するパシリスクのメンテナンスとデータ収集の為に、半年ほどオカルトGメンの技官を兼任することとなっている。
 つまり元々制服とは無縁の研究畑の人間なのだが、今日は辞令交付の関係から無理矢理お仕着せをさせられたのだろう。
 そしてもう一つの理由は、姿勢を戻した彼女の胸でぷるんと揺れた双球の存在だった。
 もともと女性職員の少ない技官の制服では彼女に合う物がなかったらしい。
 胸囲に合わせワンサイズ大きな制服を支給された彼女は、人事情報によれば25歳とのことだが、生来の童顔に加え袖や肩口の余り具合から、どうみても成長を見越して大きめの制服を購入した入学式の高校生にしか見えない。
 ピートと共に緊急招集された3人がおとなしく話を聞いているのも、彼女の風貌に毒気を抜かれているからだった。

 「確かに我々の部署は、新しいものを導入することにはおおらかだからね」

 ピートは言葉を選び『いい加減』とは言わなかった。
 もともと得体の知れないモノを相手にする関係上、オカルトGメンは雇用形態に関して他の公務員の追随を許さぬほど『おおらか』だ。
 現にピート自身、遙か昔に定年を迎えて以来、100年以上嘱託職員としてかなりの権限を与えられたまま勤務している。

 「でも、一つだけ聞かせて貰えないかな?」

 「はい! なんなりと!!」

 比久が直立不動の姿勢で答える。
 生真面目な性格なのだろうが、どうもオカルトGメンという組織を誤解している節のある娘だった。

 「今回は機材の配給というか、そのパシリスクたちを試しに仕事のパートナーにしろということだよね? それなら、別にモニターである我々を一箇所に集めず、情報端末上の通知で済むと思うんだけど・・・・・・」

 ピートは会議室に入ってすぐに感じた疑問を口にする。
 効率化を重視し、形式を重視しない会議については情報端末上で行うことになって久しい。
 特に今回集められた一匹狼のパーティーのような面子は、形式ばった集まりでさえ顔を揃えることがなかった。

 「いえ。みなさんにわざわざ集まっていただいたのには理由があるんです」

 「理由?」

 ピートを始め、招集を受けた面々が訝しげな表情を浮かべる。
 しかし、その表情を浮かばせた本人は彼らの表情に気付かず、にこやかな笑顔を浮かべながらパシリスクたちの前へと移動した。

 「仕様書にも書きましたが、この子たちは一人一人個性を持っています! だから、皆さんにはこの子たちを直接見て、パートナーに選んで貰おうと思いまして」

 自分の考えが何一つ間違っていないと言うようなにこやかな笑顔。
 集められた他の面子に目をやると、3人は『何とかしてくださいよ』という無言の圧力をピートに対し送っていた。
 マリアとの付き合いが長いピートはそれ程感じないが、霊能のプロである3名は、汎用アンドロイドを『この子たち』と呼ぶ感性に付いて行けないモノを感じているのだろう。
 彼らにとって汎用アンドロイドはあくまでも機材であり、スペックが同じならどれを選んでも違いは無いはずだった。
 強いて言えば初期不良が起こらない機材が欲しいくらいだろう。
 100年を優に超えるキャリアと実力から、彼ら3名からもそれなりの信頼を得ているピートは、年長者の務めとして斬り込み役となる必要性を理解する―――と、言えば聞こえはいいが、3名の態度から全員『残り物には福がある』を決め込もうとしているが丸わかりだった。
 熱心に説明する比久の言葉を聞き流しパシリスクに目をやると、比久の胸に見とれていた一体が、隣に立つ女性型パシリスクに肘鉄を食らっているのが目に入る。
 ピートはその姿に何故か昔の友人を思い出していた。

 「個性ねぇ・・・・・・」

 開発意図が全く読めない個性に苦笑いが浮かぶ。
 しかしその笑いは、情報端末上に浮かんだアラートによって瞬時に消え去っていた。

 「失礼。僕専用の事件が起きてしまったらしい」

 ピートは席を立ち、会議室の出口を目指す。
 アラートは旧市街区の幽霊屋敷で事件が起きたことを知らせている。
 それは彼が自分に与えられた権限で、自ら専任することにした案件だった。

 「丁度いい。一人選ぶんだったね・・・・・・そこの君」

 「へ? 俺ッスか?」

 先程、比久の胸に見とれていたパシリスクが素っ頓狂な声をあげる。
 その返答にピートの意思は固まっていた。

 「型番ではない名前はあるのかな?」 

 「えっと、ハリソンって名前を貰ってますけど・・・・・・」

 その名前に一瞬残念そうな顔を浮かべたピートだったが、すぐに気を取り直し新たな相棒に笑顔を向ける。

 「付いてきたまえハリソン。早速だが仕事を手伝ってもらうよ」

 そう言うと、ピートは後ろを振り向くことなく会議室を退出する。
 事件が起きた幽霊屋敷―――美神事務所を目指して。





 
 ―――――― オペラ座の怪人 ――――――



 


 旧市街区
 美神事務所前
 現場に急行したピートがエアカーから降りると、事務所前に若い男が倒れているのが目に入った。
 近づいて顔を確認すると、情報端末越しの視界に男の顔の造形から照会したデータが表示される。
 それによれば、男は協会に登録して間もない駆け出しのGSらしい。
 幽霊屋敷として名高い建築物へ単独潜入した挙げ句の返り討ち。
 功名心と腕試しが同居した、典型的な若気の至りという奴だった。
 
 「ハリソン。メディカルチェックを・・・・・・」

 「やってます。肉体的な損傷は、数カ所の打撲と肋骨のヒビくらいッスね。霊力をごっそり吸われてるのが、ダメージの本体かな・・・・・・一応、出動時に救急車も呼んでますけど、コレくらいなら必要なかったッス」

 ハリソンは素っ気なく言い捨てると、後部パックに収納されていた救急キットから無痛注射をとりだし、治療用ナノマシンを首筋に打ち込む。
 そして男の意識が回復する前に拘束テープでグルグル巻きにすると、まるで荷物でも扱うかのように男の体をエアカーの後部座席に放り込んだ。
 『ロボット三原則? ナニそれおいしいの?』と、設立者のドクターカオスが言い放ったと噂されるカオス商会製のアンドロイドだけあって、彼らの犯罪者への対応は非常に人間的であると言える。
 
 「ハリソン・・・・・・一応、怪我人だってことを忘れないようにね」

 「自業自得ッスよ。この立入禁止の表示を無視して、ボスの旧友に手を出そうとした奴に同情は無用でしょう!? 全く、とっくの昔に主を失い、静かに余生を送っているメタ・ソウルにちょっかい出す輩なんて、もっとこっぴどくやられちまえばいいんス!!」

 「いや、それだと彼が除霊されちゃうから・・・・・・」

 アンドロイドらしからぬ直情的な物言いに、ピートの口元が苦笑の形をとる。
 ここまで来る間、簡単に人工幽霊を取り巻く状況を説明していたのだが、ピートにも意外な程ハリソンは義憤を感じてしまっているらしい。

 「んな訳ないでしょう! 充分、正当防衛ッスよ!」

 「いや、そうでもないんだよ・・・・・・なにしろ自分で撒いた種だからね」

 「え?」

 ピートは驚きの表情を浮かべたハリソンに背を向け、美神事務所を見上げた。

 「聞こえていますか? 人工幽霊・・・・・・」

 「ええ、先程からずっと」

 ピートの呼びかけに応えたのは、若干ノイズが混ざっていたが落ち着いた聞き取りやすい声だった。

 「何故なんです? 何故、ネットワーク上にあのような書き込みを・・・・・・そんなことをすれば、良からぬ連中が寄ってきてしまうことを、あなたなら充分理解できたでしょうに」

 「理解はしています。なのでピートさんの所に救援の要請を・・・・・・でも、私にはもうあまり時間が残されていませんから」

 「だから、ネットワーク上で横島さんへの呼びかけを? 美神さんについて重要な知らせがあるなんて書いたら、内容を邪推した奴らがこんな風に寄ってくるのを理解した上で・・・・・・」 
  
 「そうです。私はまだ、横島さんに伝えなくてはならないことがあるのです・・・・・・その為に私は、オーナーが亡くなった後も、ずっとあの人を待ち続けた」

 まるで横島が生きているかのような口ぶりに、ピートはきつく唇を噛んだ。

 「何を言っているんだ。横島さんはあの時、死んで・・・・・・」

 「ははは、何を言っているのですか。横島さんが死ぬわけないじゃないですか」

 横島の死を語ろうとするピートの言葉を、人工幽霊は笑い飛ばしていた。
 その笑いに狂気にも似た妄執を感じ取りピートの顔が悲しみに歪む。

 「確かにルシオラさんの影響で、横島さんの老化は緩やかだった・・・・・・何事もなければカオスさん程ではなくとも常人よりは長生きができたかも知れない。僕も、今、横島さんと会うことが出来るならどんなに良いかと思う。でも、あの事件で横島さんは死んだんだよ。それはあの時、一番近くにいた僕が誰よりも思い知っている」

 「うるざぁぁぁぁぃ! 横島ざんは死なないんだぁぁぁッ!! づべごべ言わず、ずぐに横島さんを連れてごいぃぃッ!!」

 それは人工幽霊が今まで見せたことがない感情の爆発だった。
 周囲の瓦礫が一瞬ポルターガイスト現象を起こしかけるが、すぐに力を失い周囲は静寂に包まれる。

 「・・・・・・すみません。つい、感情的になってしまって」

 「いや、かまわないよ」

 人工幽霊は明らかに不安定な状態だった。
 ピートはこれ以上人工幽霊を刺激しないよう、穏やかな声で話しかける。

 「君にとって、美神さんや横島さんたちがどんなに特別な存在だったかは分かるつもりだ。でも、横島さんに連絡をとるにしても、今のやり方は危険すぎる。僕もオカGとウチの人脈を使って協力するから、書き込みの削除と、この辺一帯の閉鎖を納得してくれないかな? 余計な連中が寄ってきてしまうのは君にとっても本意じゃないだろうし・・・・・・」

 「はは、ピートさんの協力を得られるなら心強い。よろしくお願いします・・・・・・今日はありがとうございました」

 残された霊力が乏しいのか、ピートの提案を受け入れた人工幽霊の霊圧が消える。
 ピートは休眠状態となった人工幽霊を刺激しないよう、だまって成り行きを見守っていたハリソンに手振りで撤収の意思を示す。
 最新型の人格インターフェイスを実装した彼は、無言のまま肯くと来た時とは異なり後部座席に体をもぐり込ませた。
 それが後部座席に押し込んだ不法侵入者への対応だと理解したピートは、彼に特に指示を出さないまま運転席に収まりエアカーを発進させる。

 「1ブロック先に救急車を待機させてあります。それと、この区画一帯の閉鎖を本部に要請しておきました」

 「了解」 

 ピートはハリソンの言葉にごく自然に答えていた。
 違和感があるのが当たり前のアンドロイドに対して、それがないという違和感。
 まるで長い間コンビを組んでいるかのようにハリソンを受け入れている自分に、ピートは軽い驚きすら感じている。
 口調や第一印象でハリソンを選んだが、どうやら自分の勘は当たりだったらしい。
 待機していた救急車に確保したGSを渡し、オカG本部に今後の対応を引き継いでから、ピートは美神事務所周辺の土地所有者を調べるようハリソンに指示を出す。
 ピートはどこか旧友を思い出させるアンドロイドを、パートナーとして認める気になっていた。

 「んー。登記情報は当たれましたが、旧市街区の多くは長いこと人が住んでいませんからね。実質的な所有者となると足で探すことになるかも・・・・・・」

 「いや、それでいいよ。あとはウチの者に当たらせるから・・・・・・因みに、あの区画を全部購入するとなると幾らくらいかかるのかな?」

 「公示価格の概算で―――円くらいッスけど、あれ? どうかしましたか?」 

 ハリソンが口にした金額にピートは口元を引きつらせていた。
 
 「いや、予想外に高い金額だったんでね。手土産がないと厳しいかな・・・・・・」

 「厳しいって、まさか、ボスはあの区画を全部個人で買い上げるつもりッスか!?」 

 「うん。そうだけど」

 「??????」

 いくら長命のバンパイアハーフとは言え、一介の公務員の給料で購入可能な金額ではなかった。
 あまりに浮世離れした発言に、ハリソンはついたばかりの上司がただ者ではないことに気付く。
 個人情報保護の観点から、オカルトGメンの人事情報は当たれない。
 ハリソンは若干悪いと思いつつ、オカルト関連サイトで上司の名前を検索する。
 そして彼は、自分の上司が一部の人々から生きる伝説と評されていること、美神令子、横島忠夫がこの業界において破格の存在であったことをようやく認識するのだった。






 
 新都心の一等地に建てられた高層マンションの最上階。
 フロア全部を使用した除霊会社のオフィスをピートとハリソンは訪れていた。
 六道家を別とすれば日本最大級の除霊事務所だけあって、オフィスの中は活気に溢れ、社員が忙しそうに動き回っている。
 その社員たちの殆どが十代後半から二十代の容姿を持ち、男女問わず美形揃いなことに気付いたハリソンは、事前に仕入れた情報が本当であったことを改めて認識する。


 OGASAWARA GHOST SWEEP―――国内最大級の一族経営による民間除霊会社


 説明を読むだけではなんの事はない。
 目の前にいる上司の子供と孫、曾孫たちが所属している家族経営の除霊事務所だ。
 しかし、特筆すべきはその規模と質であり、ハリソンの視界に入るだけでも20人を超える上司似のGSが確認できている。
 オフィスの規模から推測すると、現在外出中の職員を含めれば所属しているGSは50人に迫ることだろう。
 その全てがバンパイアハーフとして類い希な能力を有する、家族の増加に伴い成長する超優良企業・・・・・・
 自分が製造されたカオス商会や六道家には遠く及ばないが、旧市街区の一角を買い占める程度の資産は充分に所有している筈だった。

 「さて・・・・・・それじゃ、おねだりしてこようか。ハリソン、こっち」
 
 来る途中で購入した薔薇の花束を手に、ピートはオフィス内部にある社長室を目指す。
 オカルトGメンに所属しているピートがここを訪れることが珍しいのか、すれ違う家族が次々に声をかけてくる。
 その都度、新しい部下として紹介されたハリソンは、上司の家族が有する絆の深さをこれでもかという程理解させられていた。

 『データ修正:バンパイアハーフは多産で家庭的・・・・・・』

 ハリソンが個人用の記憶領域に幾つかの修正を行っていると、前を歩いていたピートが重厚な木製のドアの前で歩みを止めていた。
 ノックをし、軽く声をかけてから入室する。
 品のよい調度品に囲まれた社長用の机から、彼を迎える女性の声があがった。

 「いらっしゃい。珍しいわね。お父さんがここに来るなんて・・・・・・」

 社長用の机に座っていたのは妙齢の女性だった。
 女は目を通していたテキストデータから視線を外し席を立つ。
 応接用のソファに移動しようとした彼女を手で制したピートは、にこやかな笑顔を浮かべつつ社長席のすぐ近くまで歩み寄った。

 「元気そうだねマミ。あ、これはハリソン。今日から僕の下で働くことになった、カオスさんの所の新型・・・・・・」
 
 社長室に辿り着くまでに何度も行った紹介を受け、ハリソンは長女として紹介されたマミに深々と頭を下げる。
 ピートの面影はあるが、健康的な褐色の肌と精悍な顔立ちは母親似なのだろう。
 深々と頭を下げたのは、油断すると彼女の挑発的な胸やすらりと伸びた脚につい視線がいってしまうからだった。
 長女と言うからには彼女も齢百年を優に超えているのだろうが、見た目は二十代後半にしか見えなかった。

 「元気そうって、三日前に兄さんの誕生日で会ったばかりでしょ」

 ハリソンとの挨拶もそこそこに、マミが呆れたような視線をピートに向けた。

 「あれ? そうだっけ」

 「ボケちゃったワケ? 明後日は、ウチの子の誕生日だから忘れないでよね。ハリソンさんも大変だと思うけど、お父さんが家族の誕生日を忘れないように、しっかり管理してあげてね。後でスケジュールを転送するから」
 
 「はは・・・・・・」

 会話の主導権を得られなかったピートが力なく笑う。
 短い付き合いながら、ハリソンは上司がストレートに金の無心が出来る性格とは思っていない。 
 ハリソンもピートに習うように曖昧な笑みを浮かべていた。

 「で、私に頼みたいことは何なのかしら? めずらしくお父さんが顔を出すというから何事かと思ったけど・・・・・・結構高いものなワケ?」

 来訪の理由が筒抜けだったことに、ハリソンとピートは視線を合わせた。
 美神事務所から直行中にオフィスに寄ることは伝えたものの、不動産購入のための資金を貸して貰いたいなどとは口にしていない。
 盗聴の可能性を疑ったハリソンがセキュリティチェックを行おうとするが、その動作は続くマミの言葉に止められていた。

 「なに驚いたような顔をしてるの? お父さんがお母さん以外に薔薇を送るのって、全部頼み事があるときだったじゃない。しかも私だとお金関係だし」

 「え? あ、ああ、そういえばそうだね」

 どうやら上司のとる行動は、その娘に手に取るように把握されているらしい。
 ハリソンは自分の感情プログラムが、呆れの表情を作ろうとしているのを必死に押さえていた。

 「私が前に貰った時は三枝さんから会社を引き継いだばかりの時で、会社に余裕がなかったから大変だったわよ」

 「彼女にはエミに代わって会社を守って貰っていただけだからね。でも、あの時は助かったよ。御陰で唐巣先生の教会を人手に渡さずに済んだ・・・・・・」

 「いいのよ。私も唐巣おじさまの教会を人には渡したくなかったしね・・・・・・・・・・・・で、今回は何を買おうというのかしら? こういう時の為にみんなで会社を大きくしたんだから、大抵のものは可能よ」

 「助かるよ。ハリソン、さっきのデータを転送して」

 ピートの合図と共に、社長席上に美神事務所一帯の不動産情報が表示される。
 その情報に目を通したマミは、深いため息をついてから静かに口を開いた。

 「令子おばさんの事務所だったとはね・・・・・・そういえばあそこの人工幽霊が最近変な書き込みをしてるって噂を聞いたけど、それが関係しているのかしら?」

 「ああ、彼を救うために必要なんだ」

 ピートの返答にある種の覚悟を感じ取ったマミは、先程まで見ていたテキストデータに一瞬だけ視線を落とした。

 「いいわ。遠慮なく買って頂戴。あそことは忠夫おじさんの事があってから疎遠になっちゃってたけど・・・・・・今、何とかできるのはお父さんだけなんでしょ?」

 「ありがとう。感謝する・・・・・・・・・・・・」

 「いえいえ」      

 マミは頭を下げたピートの手から薔薇の花束を受け取ると、その香りを胸一杯に吸い込む。
 父から花束を貰う度に、母がいつも行っていた動作だった。

 「あの二人の反則技がなければ、私たちが生まれるのも百年遅れてたワケだしね・・・・・・でも、今回は金額が金額だから、お父さんに渡すお金はウチからの報酬の形をとらせて貰って良いかしら。たしか、今のお父さんの立場は副業OKよね?」

 「え、ああ、それは大丈夫だけど・・・・・・仕事を手伝えばいいということなのかな?」

 「ええ、丁度今、ある資産家から依頼が入ったのよ。趣味が高じて前世紀に建てられた劇場を買い取ったものの、亡霊を名乗る者からこけら落としの公演を中止するよう脅迫されたから何とかして欲しいって・・・・・・資産家の名前は白井。白井総合病院の現理事長で白井先生の遠縁ね。まあ、話を聞いた限りじゃ私があの病院で生まれたことも知らないようだったし、その程度の縁だったらウチで片付けちゃう所だったんだけど、ちょっと引っかかることがあってね」

 首を傾げたピートに、マミは情報端末を着けるよう身振りで示す。
 サングラス型のそれを着けたピートの視界に、先程まで社長卓上に表示されていたテキストデータが映し出された。
 今まで何度か目にしている依頼内容をまとめたお馴染みの書式。
 その文面を眺め始めたピートの表情が俄に引き締まった。

 「公開される演目は『心中天の横島』・・・・・・・・・・・・21世紀末に流行った『GSもの』らしいわ」

 ピートは情報端末を外すとマミの顔をじっと見つめた。
 子供の時から変わらない、良いことをして誉められたい時に浮かべる表情に口元が緩む。

 「どう? 依頼がオカルトGメンに行っていれば、お父さんが担当する内容かしら?」

 「ああ、そのとおりだよ・・・・・・世話になるね」

 クシャリとマミの頭を撫でたピートに、ハリソンが遠慮がちに声をかけた。

 「あのー、ボス。ちょっといいスか?」

 「ん? なんだい」

 「服務規程には副業禁止となってないから良いとして、何でソレがボスの担当になるのか教えて欲しいッス」

 データベースへのアクセスをせず直接聞いたのは、蚊帳の外にされているような居心地の悪さからだった。
 親子とは分かっているが、美女が美男子に頭を撫でられて喜んでいる図というのは、何だかとってもチクショーな気分にさせられていた。

 「まだ話していなかったね。オカルトGメンが扱う事件のうち、僕の知り合いだった人たちが関わる霊障は、全部僕に任せて貰うことにしているんだよ」

 「だからさっきの事件もボスが?」

 「そういうこと。私情を挟む訳じゃないけど、やっぱり他人には任せたくないしね」

 「成る程。ボスなら前世紀の強力な霊能力者がらみの事件も対応できますからね。じゃあ、もう一つ。『GSもの』って一体なんなんスか?」

 「えっと、それは・・・・・・」

 触れられたくない内容だったのかピートが言葉に詰まる。
 そんな上司の反応に不思議そうに首をかしげたハリソンに、マミが言葉を選びながら説明を始めた。

 「『GSもの』っていうのは、21世紀末に流行ったGSを主役にした一連の創作物のことよ・・・・・・21世紀末、アシュタロスが起こした事件から100年が経過したことで、一連の出来事についての情報公開が行われてね。それを取材した駆け出しの歴史作家、C・高志が書いた美神事務所についての物語が大ヒット。その影響を受けた他の作家たちもこぞってその時代のGSを主役に物語を紡いだのよ。20世紀の歴史作家が幕末の志士や戦国武将の物語を書いたようにね」

 「今、C・高志で調べましたが、その人も信長について書いてますね。それ以降は、宇宙人や超能力者を主役にしたSFか・・・・・・」

 マミからの説明を聞きつつネットで情報の検索を行っていたハリソンに、ピートの口元が強張る。
 そのことに気付いたマミは、さりげなくハリソンの行動に釘を刺そうとした。

 「へえ、そうなんだ? 私たちはその時代を知っているけど、極力『GSもの』は目にしないようにしてたから・・・・・・ほら、直接知っている人や仕事内容を違う風に書かれると違和感が凄いのよ。取材もなしに書かれたフィクションは論外として、どんな綿密に取材をしていたとしても、物語にする以上虚構が入るでしょ。だから・・・・・・」

 「そうッスね。今、ざっと検索しましたけど、中にはとんでもない話があるみたいッス。C・高志の話でもボスのお父さんがアレだったり、無名のヨゴレ作家に至っては、ボスをかせいじ・・・・・・」

 突如視界に現れた危険信号にハリソンは言葉を呑み込む。
 表示されていたのは、通常の業務ではまず目にする事はない最大級の危険信号。
 視界の隅に赤い目が見えたような気がした。
 だが、その出来事が記憶領域に書き込まれる前に、彼は首筋に生じた衝撃により再起動を強要されたのだった。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「あれ? ここは・・・・・・」

 何度目かのシステムチェックの後、ようやく再起動したハリソンが目にしたのは、エアカーの窓越しに見る市街区の風景だった。
 どうみてもエアカーの助手席。
 直近の記憶では社長室にいたはずなのに、ハリソンは自分が置かれている状況がうまく掴めなかった。
 ログをチェックしたが、記憶領域の損傷が激しいらしく自分の身に何が起こったのか思い出せない。
 戸惑いの表情を浮かべたハリソンに、運転席のピートが声をかけた。

 「再起動は終了したかな?」

 「え? ああ、ネットには繋がらないセーフモードでですが」
 
 首の関節部に軋みを感じたが、問題なく運転席へと視線を向けることができていた。
 ピートの目が赤くないことに安堵の感情が湧き上がる。
 しかし、何故自分が安堵しているのかがハリソンにはさっぱりわからない。
 しばし記憶を辿る努力をしてみたが、彼の人格プログラムは思い出せないものは仕方がないという、至極まっとうな結論を導き出すことで次の思考ルーチンへと移行した。

 「俺の身に一体何があったんスか? ボスのお嬢さんから『GSもの』の説明を受けている所までは記憶があるんですが、そのあとの記憶がさっぱり・・・・・・かなり洒落にならないダメージを受けたことはわかるんスけどね」

 「ん? 君が急におかしなことを口走ったからね。ネットワーク経由でウイルスでも貰ったのかと、昭和方式の家電直し術をやってみたのだけど・・・・・・」

 「なんスか。その昭和方式の家電直し術って!?」 

 「昔、唐巣先生がよくやっていてね、調子の悪いTVなんかにこうやって・・・・・・」

 斜め45度の角度に振り下ろされた手刀の動きにハリソンの表情が固まる。
 彼は記憶を失う直前の自分が、上司にとっての地雷を踏んでしまったことを何となく理解した。

 「はは・・・・・・流石ボス、なかなかユニークな修理法ッスね。でも、俺は旧時代の家電じゃ」

 「あれ? 君には効かなかったのかな? でも念の為もう一回・・・・・・」

 「わーッ!! 充分効いているッス! というか、もう一回喰らったらメーカー送りになるッ!!」

 手刀を振りかぶったピートをハリソンは大慌てで止める。
 そんな彼の仕草にピートはつい吹き出してしまっていた。
 社長室で見せた突発的な怒りは、既に彼の中から消えている。

 「それじゃ止めといた方がいいね・・・・・・代わりに署に寄ってあげるから、比久さんにしっかりメンテナンスしてもらうといい」

 「へ? それって、別行動をとるってことッスか?」

 運転席のピートは既に私服に着替えている。
 ハリソンは、その事からこれから上司が娘の依頼に着手すると考えていた。

 「ああ、その間、僕は自分の仕事を片付けておくとしよう」

 「ダメッスよ!」

 「え? ダメって・・・・・・」

 ピートにとって予想外の反応だった。
 今朝の会議室での様子を見る限り、彼はハリソンが喜び勇んで比久の世話になると思っていた。

 「ボスは俺をパートナーに選んでくれました。だから、ボスの友人がらみの仕事は、当然『俺たち』の仕事でしょ!! 俺は絶対について行きますからね」

 この言葉にピートの胸が僅かに痛む。
 ハリソンをパートナーに選んだのは、ほんの気まぐれからだった。
 だがハリソンは、そのことに何かしらの意義を感じ取っているらしい。

 「しかし、やった僕が言うのもなんだが、君の体にはかなりのダメージが・・・・・・」

 申し訳なさそうなピートの言葉に、ハリソンは不敵な笑顔を返した。

 「確かにアンテナ周辺へのダメージで通信機能もイカれてるし、一部の記憶領域には重大な障害が発生しています。ネットワークを使った情報収集が出来ないから、固有の記憶情報を元に状況判断するしかない上に、その記憶情報もマトモに機能するかわかりません。それと通信障害でマリア様との『融合』も出来ないから、累積したバグによって暴走しちゃう危険もあるでしょう・・・・・・・・・・・・つまりベストコンディション。何の問題もありません!」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ピートはハリソンの目を真っ直ぐ見つめる。
 感情プログラムによって作られた、人工筋肉の収縮からどの程度のことが窺えるかは彼にとっても疑問だが、少なくとも目の前のアンドロイドが下した自己の状況に対する判断は、自己診断プログラムの暴走には見えない。
 オリジナルであるマリアを直接知るピートは、目の前のハリソンから確かな覚悟を感じ取っていた。

 「OK、わかったよ相棒」

 そっと差し出された手をハリソンがしっかりと握りしめた。
 ピートは、たった今、相棒と認めたアンドロイドが浮かべた笑顔に引きずられぬよう、口元を引き締め更に先を続ける。

 「ただし、暴走しそうになったらすぐにシャットダウンすること。それと、僕と、僕の家族の周囲で、僕についての創作物の話題はNGだ! 守れるかな?」

 即座に首肯したハリソンにようやく笑みを見せると、ピートはエアカーをUターンさせ目的地を変更する。
 新たな目的地は、白井総合病院の理事長室だった。
 









 『ああっ! 横島さん! 横島さんっ!!』

 白井総合病院理事長室
 先程まで白井理事長が座っていた重厚な木製机の上で、流しっぱなしの3D映像が喘ぎ声をあげていた。
 画面の中ではバンダナを巻いたGジャン男が、巫女姿の少女とくんずほぐれつ抱き合っている。
 仕事場で流すのが憚られる、誰がどう見ても18禁の映像だった。
 一応音量は絞ってあるが、白井との会話が途切れるとどうしても耳に入ってきてしまう。
 そして問題の映像は、ピートが座る応接用のソファからは丸見えの位置にあった。
 白井はその辺りのことを気にしない性格なのか、それとも背にしているため気付かないのか、一向に映像を止める様子はなかった。

 「この度はOGASAWARA GHOST SWEEPにご依頼いただきありがとうございます」

 極めて事務的な挨拶を行ったピートに、隣に立つハリソンはチラリと視線をとばす。
 能面のような無表情に、外す素振りさえ見せないサングラス型の情報端末。
 堅物の上司が、目の前の映像を全力で意識の外に追い出していることを理解したハリソンは、自分のツッコミ機能をOFFにする。
 自分の余計な一言で、上司の苦労を無駄にする訳にはいかなかった。

 「いえ、こちらこそ。あの『生きる伝説』のご家族に会えたのですから、トラブルもそう悪いことばかりではないと思うようにしています」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ピートの視線が僅かに移動し、壁際の本棚を一瞥した。
 本棚の中にはC・高志の著作を始め、様々な『GSもの』が並んでいる。
 電子書籍が全盛を迎えてから、紙の本は本棚を飾るステータスかコレクターズアイテムでしかない。
 白井は間違いなく『GSもの』のマニアだった。
 そうでなければ、壁に飾られた書が『この世に自分ほど信じられないものがあるか!』である説明がつかない。 
 ピートは過去に親友が放った迷言を座右の銘にしている病院経営者に軽い目眩を覚えたが、ある意味正しいスタンスのような気もするので白井に対する人物評を決めあぐねている。

 『ああっ! 横島クン! 横島クン!!』

 不意に生じた沈黙に3D映像からの喘ぎ声が耳に入る。
 いつの間に場面が変わったのか、Gジャンバンダナの男は、机に腰掛けたセーラー服姿の少女と激しい絡みを演じていた。

 「はは・・・・・・、『祖父』が来なくて良かった」

 とりあえずピートは、自分がそのGSの一員であることは黙っていた方が良いと判断した。
 幸い受付には名を名乗ってはいない。
 彼は孫のふりをすることを、胸の中で神と自分似の孫に謝罪した。

 「そのとおりです。大事になっての公演中止は困ります。それなので依頼は『生きる伝説』のいるオカGではなく、民間のそちらにさせていただいた訳ですから」

 「では、早速被害状況の説明をお願いできますか?」

 一刻もこの場を立ち去りたいのが透けて見える態度であったが、その原因に白井は全く気付いた様子もなく一枚の写真をテーブルの上に差し出す。
 マニアであるこの男にとっては脅迫文でさえコレクションの対象なのか、記念品でしか見かけることのない紙に印刷した写真だった。

 「公演の練習が始まりしばらくの間は何事も無かったそうですが、ここ数日、出演者が覗かれているような奇妙な感覚を訴え始めたようです・・・・・・それで昨日は、壁にこんな書き込みが」

 「公演を中止しろ・・・ですか、背景からすると楽屋裏のようですが、まだこの書き込みは残っていますか?」

 「いえ、それが一晩たったら跡形もなく・・・・・・」

 「成る程。それで霊障を疑ったと」

 「ええ、最初はただの悪戯かと思っていたもので・・・・・・今にして思えば、もっと保存に気を遣うべきでした。誠に残念です」

 犯行の証拠ではなく、コレクションの保存法を悔やむような発言だったが、ピートは敢えて無視をした。 

 「お気になさらず。この写真からは厳しいですが、壁から何か痕跡を見つけられるかも知れません。ハリソン。君はどう思う?」

 「へ? あ、ああ、もし本物の霊体なら、俺のセンサーが何か拾うかもしれませんね」

 急に話題を振られ、ハリソンは急いで意識を卓上の写真に向ける。
 白井の背後に見える3D映像に気を取られていたのは内緒だった。
 どのような場面展開があったのか、Gジャン男の相手は側頭部に角を生やした小柄な美少女に代わっている。

 「それでは後で現場を見させて戴くとして、今回の脅迫に思い当たることはありませんか?」

 「いえ。演目は今まで何度も公演された伝統的な心中ものですし、氷室神社への参拝もちゃんと済ませています。だからこれと言って思い当たる点は・・・・・・」

 「おキヌさんファンの亡霊の線もないと・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・おキヌさん?」

 理事長室に沈黙が落ちる。
 3D画像に写った龍神族役の女優の喘ぎ声が、悪い冗談のように室内に響いた。

 「不勉強で申し訳ありませんが、『心中天の横島』とはどのような話なのですか? どうやらその辺りのことが脅迫に関わっている気がするのですが」

 「・・・・・・・・・・・・」

 「あの・・・・・・?」

 「あ、ああ・・・・・・これは失礼。何の話でしたでしょうか?」

 心ここにあらずといった様子の白井だったが、ピートは敢えてその辺を詮索しなかった。

 「現場に向かう前に、できれば演目の内容を教えて戴ければと・・・・・・」  

 「『心中天の横島』は情念ものを得意としたR・嘉門が書いた、おキヌちゃ・・・さんと、シロさんを中心とした愛憎劇です。今回総監督を任せた若手は、かなり大胆な解釈をするつもりらしいので、直接話を聞かれた方が良いでしょう。これから劇場に向かわれるのでしたら、その者に話を通しますが?」

 「是非、お願いします」

 白井の提案にピートは深々と頭を下げた。
 依頼人への怨恨の可能性もあるため直接足を運んだが、見た限りその可能性は低い。
 だとすれば一刻も早くこの場を離れ現場に向かいたかった。
 そんなピートの気持ちを察したように、白井は応接用のソファから立ち上がり理事長席上のコンソールに触れる。
 数秒遅れて若い女性の声が室内に響いた。

 『はい。猪狩です』

 「稽古中すまない。昨日の件を除霊会社に相談したところ、早速GSを派遣してくれてね・・・・・・これからそちらに向うそうだから、君から演目について直接説明をしてもらいたい。いいかな?」

 『わかりました。お待ちしています』 

 「よろしく頼む・・・・・・担当してくださるのは若い男性のGSと、アシスタントのアンドロイドの二人組だ。事件解決に向け出来る限り協力して欲しい」

 手短に会話を終わらせた白井は、今さらのように3D映像に気づきバツの悪そうな笑顔を浮かべた。

 「これは失礼。御身内役は出ていないとはいえ、お客様にお見せするような作品ではありませんでした」

 活動的に尻尾を振るカットジーンズの少女と、Gジャン男が出会ったところで不意に3D映像は消滅した。
 無表情なままのピートとは対照的に、先程から3D映像に気を取られていたハリソンは残念そうな表情を浮かべている。
 その表情に白井は若干救われたように溜息をついた。

 「先日、大量に『GSもの』を所有する方と知り合いましてね。便宜を払った礼にと未入手だった作品をいくつか譲ってもらい、ここ数日年甲斐もなく夢中になっておりました」

 「あの、それも『GSもの』なんスか?」

 無言のままのピートに遠慮がちな視線を送りつつ、ハリソンが口を開く。
 今の話にピートが出ていないのなら、先程した約束に抵触しないはずだった。

 「ええ。一般向けではありませんが、ハーレム系に分類される『GSもの』です。全盛期にはかなりの数の作品が作成され、キャラクターたちが魅力的に・・・・・・と、失礼。御身内についてあらぬ事を書かれたことになる方には、決して愉快なモノではないでしょうね」

 「あー、確かに」

 依頼人の言葉に、ハリソンはしみじみと肯く。
 彼は自分が昭和式の家電直し術を受けた理由を完全に理解していた。

 「ただ、これだけはご理解戴ければ・・・・・・私は、いや、私たちはあの時代に活躍したGSたちの物語が大好きなんですよ。憬れていると言い換えてもいい・・・・・・・・・・・・もちろん物語のGSたちが、実在のGSとは異なることを充分理解した上でですが。私たちは美神令子のツンデレにニヤニヤし、おキヌちゃんの無垢さに癒され、何より横島忠夫の成長に胸を躍らせた。多感な年頃に触れたGSたちの物語に、私たちは多大な影響を受けているのです。そしてそれは歳をとった今でもこの胸に熱く息づいている。今は新作を書く者も殆どおらず、過去の作品を掘り返すばかりですが、私はまだまだ彼らの物語に触れていたい。私と同じように彼らの魅力に取り付かれた作家が、その創作意欲をぶつけた物語に・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・前世紀の劇場を買い取ったのも、その思い故という訳ですか?」

 ピートが反応してくれたことに依頼人は安堵の表情を浮かべた。

 「ええ、舞台化されたものも多数ありますし、どのような形でも発表の場は必要ですから」

 「わかりました・・・・・・劇場の初公演が無事に行えるよう、全力を尽くします」

 依頼の遂行を約束してピートが席を立つ。
 遅れて立ち上がった白井に差し出した手は、言葉以上の意味を彼に与えていた。

 「お、おお・・・・・・」

 白井理事長は緊張の面持ちでその手を握りしめ、感激に震える声でピートに語りかける。 

 「あなたに会えて良かった・・・・・・今回の件、全てお任せします。もし、除霊の過程で劇場が崩壊したとしても悔いはない」

 「はは、ご安心ください。そんな芸当ができるのは六道家当主くらいなものです」

 しっかり自分の手を握りしめた白井に、営業用では無い笑顔を見せピートは理事長室を後にした。
 室外で待機していた白井の秘書に軽く会釈し、ピートとハリソンは白井理事長直々の見送りを受けエレベーターに乗り込む。
 その扉が閉まろうとしたとき、先ほどから何か逡巡していたハリソンが口を開いた。

 「ボス、ちょっと待って欲しいッス!」

 突然エレベーターから降りたハリソンに、ピートはあわてたように開扉ボタンを押していた。
 目の前のハリソンは、ピートの視線を気にしつつ白井に何かを耳打ちする。

 「・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・」

 ハリソンの耳打ちに満面の笑みを浮かべた白井も、ピートの視線を気にしつつ耳打ちを返していた。
 終始満面の笑顔を崩さない白井に対し、だんだん微妙な表情となるハリソン。
 ピートはそれだけで会話の内容がわかる気がしていた。 
 やがて二人の内緒話が終わり、扉を閉じたエレベーターは下降を開始する。

 「大体わかるけど、白井理事長と何を話していたのかな?」

 ピートの問いかけに、ハリソンは微妙な笑顔を浮かべた。

 「多分、ボスの考えていることで正解ッス。さっき見た3D映像のその後が知りたくってあらすじを・・・・・・聞きたいッスか?」

 「いや、結構。君の表情だけで充分想像がつくよ」

 仲間を増やしたがっているようなハリソンに、ピートはきっぱりと拒絶の姿勢を示していた。
 その回答を十分予測出来ていたハリソンはそれほど残念そうな顔をせず、その代わりに先程からずっと感じていた疑問を口にする。

 「しかし、不思議ッスね。あそこまで入れ込む人がいるなんて・・・・・・・・・・・・横島さんてどんな人だったんですか?」

 「んー、口じゃ説明できないかな。横島さんの魅力は直接会わないと理解できないし・・・・・・でも、きっと君とはウマが合ったんじゃないかな? それに、横島さんを良く知れば、さっきの3D映像も受け止め方が違ってくると思うよ」

 「へ? じゃあ、まさか本当にあんな風に!?」

 「ないない」

 驚きと妬みが同居したハリソンの表情に、ピートは苦笑するしかなかった。

 「ただ、横島さんがモテたのは事実だけどね。本人は超が付くほどの鈍感だったから、殆ど気付いてはいなかったけど・・・・・・」

 エレベーターの扉が開き、ピートは会話を終わらせるように口を噤む。
 親友のことを語るには時間が足りない。
 そして何よりも、今は仕事の真っ最中だった。
 多少物足りないような顔をしたハリソンも、受けた依頼がまだ何の進展もしていないことを理解しているのか、それ以上話題を膨らませることはしなかった。
 自分たちが今やるべきことは、真相究明の為の情報収拾だった。
 二人はエアカーに乗り込むと、一路旧市街区にある劇場を目指した。


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