「おお!ずいぶん久しぶりアルな!儲かってるとか聞いてるアルよ!」
「ふっ、それほどでもあるかな!と、言いたいところだが実はな……」
「ボウズの身の上話なんて心底どうでもいいアル。何か買うヨロシ!」
「相変わらず素直だよなお前。まぁ今日はホントに買うんだけどさ。」
横島くんは厄珍堂にはもう何度も来ている。もちろんおつかいだが。
ペンギン印の激安販売店以上の雑多な店内から次々と商品をえらぶ。
結界の御札、見鬼くん、寝袋、懐中電灯、自転車などを集めていく。
「なぁボウズ、令子ちゃんトコにはもう戻らないアルか?」
「何だよやぶから棒に。俺だけで買い物しちゃ悪いんか。」
「違うアル。ボウズの財布で支払いできるアルかコレ……」
叩いていた電卓を見せる厄珍。覗き込む横島くん。
見る見る顔色が青く、そしてすぐ赤くなっていく。
「な、何だよコレ?!いつもの9倍じゃねーかよ!」
「当たり前アル。令子ちゃんはお得意さまアルね。」
「じゃあ俺もお得意様になるから!頼むぜ厄珍様!」
「信用というのは信頼と実績でしか買えないアル。」
「ぐぬぬ、足元見やがってこのエセ中国人めええ!」
ザンスから貰った報酬、ポケットの中の小銭、そして財布の中身も全て出した。
しかし足らない。圧倒的に足らない。特に除霊道具は想定していた金額の9倍。
だがこれから彼がやろうとしている事には、どうしてもこの道具が必要なのだ。
「そ、そうだ!他に金目のもんが確か……」
『ギュゲゲゲゲゲ!まさか横島キサマ……』
「ちげーよ!そっちじゃねえよバンダナ!」
彼はポケットから少し大きめの丸い小石を取り出した。
そう、みなさま覚えているだろうか、精霊獣の下りを。
彼はあの時、メドーサの指示でとある物をガメていた。
「こ、こりゃあ上物の精霊石アルな!令子ちゃんでも持ってないアルよ!」
「たしか厄珍堂は小豆から重金属まで何でも支払いオッケーだったよな?」
「も、もちろんアル!ただしおつりは出せないアル!それでいいアルか?」
「おっけーだぜ!コレで商談成立だな厄珍!俺だってヤルときゃヤルぜ!」
意気揚々と荷物を背負い店を後にする横島少年。
ホクホク顔で精霊石を捧げ持ってよろこぶ厄珍。
だが少年の後姿が消え去った頃、小さな中国人は我に帰った。
「し、しまったアル。うっかりボウズに売ってしまったアル。」
青ざめ立ち尽くす厄珍。実は彼は頼まれ事をされていた。
その相手とは、彼の店を非常によく利用する大口の顧客。
『難癖でいいから横島クンに何も売っちゃ駄目よ。』と。
「ま、黙っておけばバレないアル。いやー、いい買い物をしたアル!」
この儲け最優先の短絡さゆえに何度も窮地に立っている。
しかし彼は全く懲りない。なぜならそれが厄珍だからだ。
頼んだ方の赤髪の大口顧客も恐らくは予想済とは思うが。
一方、その大口顧客。
「あー、駄目だわ。ぜんぜん霊力が出ない。まいったわねー。」
ぶつぶつと独り言をつぶやきながら美神令子は歩いていた。
エネルギー結晶を奪われながらも何故か彼女は生きている。
特になんら支障がある様子もなく、駅に向かい歩いていく。
「ま、何とかなるでしょ。それより依頼を何とかしないと……」
彼女とてそれなりに責任感は有る。受けた依頼をこなすのが仕事の鉄則だ。
利益最優先と言えなくもないのだが、それは受け取るほうの感じ方なのだ。
そんな彼女の前に大型二輪が現れ、見知った顔がフルフェイスから覗いた。
「ハーイ令子、いつもの不細工な顔がしかめっ面で更にひどい事になってるワケ。」
「なによエミ、そっちこそ肌の焼きすぎで曲がり角がもう最終コーナーじゃない。」
賢明な読者諸氏にいまさら説明する様な事でもないのは重々承知の上だが、あえて補足する。
これは彼女たちのごく普通のコミュニケーションで、決して本気で憎悪している訳ではない。
若干いきすぎた競争意識から生じる諍いが何度か過去にあり、手放しで褒めあわないだけだ。
「そうだ、暇だったらあたしの仕事まわそっか?少し立て込んでるのよね。」
「強欲な令子にしちゃあ珍しいワケ。ははーん、さては何かヘマしたわね?」
「やっぱ今のナシナシ。ハンパな仕事されて評判落ちたら事務所潰れるし。」
「言うわね令子。貸しを作るもの悪くないし、いいわよ?で、報酬は全額?」
「馬鹿いわないでよ。元はあたしが請けてるんだし、そうね、シブロクで。」
「経費そっち持ちならそれでいいけど、そうじゃないならシチサンなワケ。」
「判ったわよ、じゃあシチサンで。ついでにカラオケ奢るけど、行かない?」
「悪くない条件なワケ。じゃあ、いつものごとく冥子も呼ぶって事でいい?」
「いや、今日は持ちあわせが少ないから二人だけにしとくわ。だめかしら?」
「奢り主がそう言うんなら別に異論はないワケ。じゃ、さっさと行くわよ。」
このような遣り取りは一見ただの交渉にしか見えないかもしれない。
しかし、小笠原エミは美神令子から発せられたサインを読み解いた。
そして、美神令子は小笠原エミから返ってきたサインを読み解いた。
なんだかんだ言っても、彼女らは好敵手であり、そして友人なのだ。
「ハイウェイをつっぱしーる、マイ・ラブ・レッボリューション!!」
池袋カラオケの牙城パソラ本店9階VIPルーム。だだっ広い室内には女性が二人のみ。
ノリノリで歌う美神さん。曲はジェームズ伝次郎で『ノリのいい音、気取ったセリフ』。
以前にさんざん駄目出しをされた魂のこもってない歌である。しかし、ここはカラオケ。
友達と歌って楽しむのにいちいち魂はこめていられない。こういう軽い曲も必要なのだ。
「ふー、久々に歌ったわー。次なに入れる?そろそろアニソンいっちゃおっか?」
「……令子が本気でアニソン行くつもりならとことん付き合うワケ。ラスまで。」
「あー、それはまずいわね。実はちょっとエミに聞きたい事があったんだった。」
「いつも遅すぎるわよ令子。延長入れてもあと2時間で追い出されちゃうワケ。」
テーブルには大皿に少し残ったおつまみ、そして空になったビン、ジョッキ、ボトル。
本来ならマイクや歌本が中央にあるべきなのだが、ソファーの上に投げ出されている。
まだ唯一残っているド派手な色をしたカクテルをゆらゆらと回しながら、美神が呟く。
「エミってさ、……GS以外で商売するとしたらさ、ナニやる?」
「そうねー、歌手か女優かモデルか、社長秘書とかもいいワケ。」
「歌手と女優とモデルと社長秘書やるとしてさー、GS辞める?」
「辞めるわけないワケ。……おたく、まさかGS辞める気なの?」
「まぁ、辞めざるを得ないとゆーか、やる気が出ないとゆーか。」
そこからポツポツと、目の前の親友に、現状を話し始める。
現在一般人並の霊力しかない事。それが奪われたという事。
そして奪った相手の正体が何者なのかという事。
「……なるほどね。でさ、『向こう』は理由をちゃんと言ったワケ?」
「まぁ大体察しはつくけどさ。どうせ横島クンがらみなんでしょー。」
「確かに『あの子』は令子並に横島らぶらぶ愛してる状態だったし。」
「そうそう、あたし並に横島クンらぶらぶ……って何言わせんのよ!」
「あんたらの事を認めてないのって、もう西条さんくらいのもんよ?」
元祖ツンデレ意地っ張り天下無双の呼び声高い美神嬢とて素直になる瞬間はある。
手ごわい好敵手であり、いがみあう競合他社である、目の前の色黒の彼女の前だ。
二人は『所長』という肩書が外れた時にだけ、口には出さないが『親友』なのだ。
「なによ、あんただってタイガーがいるじゃない。お気に入りなんでしょ?」
「タイガーだったら外でオンナ作ってるワケ。たしか冥子の学校の生徒よ。」
「やっぱ籠の鳥は外に出すと駄目かー。横島クンなんて、相手メドーサよ?」
「はぁ?メドーサって、あのメドーサ?死んだって発表されてたじゃない!」
「あたしもビックリよ。しかも知ったの今日だし。乳に目がくらんだかー。」
「あ、いい事思いついたワケ。令子、携帯貸してくれる?持ってるでしょ?」
赤い光沢に包まれた小さな二つ折りの携帯電話を、言われるがままに渡す美神嬢。
それを受け取った鼻歌交じりの小笠原嬢は、画面を見ながら親指を躍らせていく。
携帯をあまりいじらない美神さんと違って、エミさんは使いこなしているようだ。
「えーと、宛先はGS協会員全員のML。メーリングリストって判る令子?」
「ば、馬鹿にすんじゃない。知ってるわよメール位。ホント失礼なヤツね。」
「一回も返事した事ないくせに。じゃ、少し長いけど中身読み上げるわよ?」
中身はこうだ。現在横島忠夫はGS協会のお尋ね者メドーサに拉致されている。
恐らくだが洗脳行為なども行われており、同行して悪行を企んでいるとのこと。
メドーサに関しては過日のGS協会通達を再確認し、然るべき対処を行うべし。
なお、横島忠夫を取り戻した場合には、私美神令子より謝意と謝礼を用意する。
「ちょ、ちょっと!ナニ勝手に謝礼とか言ってんのよ!びた一文だって出さないわよ!」
「ふーん、じゃあ出さないでいいんじゃない?粗品のタオルでもあげとけばいいワケ。」
「え?!……あー、まぁ、そうよね。取り戻したからって5億も10億も必要ないか。」
「そうそう、要はGS協会員全員にメドーサの動きを封じさせるってのがキモなワケ。」
「な、なるほどね!GS協会利用してウチの丁稚たらしこんだメドーサをコテンパン!」
「人間は元々群れで行動する生き物なワケ。タレチチの蛇オバハンも思い知るでしょ?」
「さっすがエミ!小汚いこと考えさせたら右に出るもの無し!肌汚いだけはあるわね!」
無邪気に喜び親友の肩をバンバンと叩く美神さん。
その親友は無表情のまま少し間をおき、うつむく。
そして、手元で深紅の小さな機械を操作していく。
「……な、なにしてるのエミ?まだメール送ってなかったの?」
「ちょっと大事な事の書き忘れがあったワケ。少し黙ってて。」
真剣なまなざしで打ち込むエミを、そっと覗き込む美神。
薄暗い室内に明るく浮かび上がる画面には、こうあった。
『実は私、前から横島君の事が好きだったんです。』と。
「あはははははは!われながら傑作なワケ!はい送信!」
「ば、馬鹿あああああああ!なんてことするのよエミ!」
「だいじょーぶよ、反応ないから。賭けてもいいワケ。」
事実、メドーサに関する情報の問い合わせは山のように押し寄せた。
しかし、その中のメールにただの一つも、その事に触れた物は無い。
ちなみに、その時のGS協会掲示板では、以下の書き込みがあった。
658 :貧乏ダンピール:20XX/04/12(晴) 04:39:43
あの、美神さんからのメール、最後のところが……
659 :貧乏牧師:20XX/04/12(晴) 04:53:56
主は仰られた。何をいまさら、と。
660 :鬼道戦士マサダム:20XX/04/12(晴) 05:31:00
なんちゅーもどかしいツンデレなんや
グダグダせんとさっさと押し倒せや
661 :MEIKO義塾:20XX/04/12(晴) 05:31:02
>>660
お前が言うな
メールの最後の一行にどれほどの効果があったのかは謎だが、ともかくGS協会は動いた。
日本最高のGSを名をほしいままにする美神令子の威光は、決してハリボテではないのだ。
彼女に恩を売られた者と、そして、それの100倍、彼女の恐ろしさを知る者がいるのだ。
そしてこのメールはとある人物を経由してGS以外にも影響を与え始めていく。
「こちらヘンリージョーンズ。アレクサンドル大将につないでくれ。コードは223620679。」
『――――アレクサンドルだ。ヘンリー、君がまだNSA所属だと覚えててくれた事に驚いている。』
ここは大田区。所長がカラオケで忙しい、とある除霊事務所。
ブラインドシャッターから明け方の薄光のみが差しこむ室内。
その室内のPCの前で、ベレー帽をかぶった男が携帯を持つ。
「長官お久しぶりです。実は、日本GS協会で大きな動きがありました。ミス美神の作戦行動です。」
『珍しいな。彼女は表舞台よりも裏舞台で暗躍するタイプと思っていたがな。それで、その内容は?』
「表向きは指名手配魔族への協会通達になっていますが、調べてみた所、その手配相手は竜神です。」
『本当かヘンリー。日本GS協会はマウントミョージンの下部組織のはずだぞ。信頼性はあるのか?』
「現在ボビーとジョーに当たらせてますが、イレブンナイン(99.999999999%)で確実だそうです。」
『そうなると、可能性としては魔族側に庇護を求めたか、神魔の傘からの独立を目論んでいるのか。』
「おそらく後者かと。魔族側のインテリジェンスに動きはありません。逆に神族の動きは活発です。」
『ヘンリー、コメリカ合衆国は日本GS協会とマウントミョージン、どちらに付くべきと思うかね?』
通常、末端の諜報員に責任者が意見を求める事などしたりはしない。
しかしヘンリージョーンズは今まで幾多の国家的危機を救っている。
核爆弾テロ、副大統領暗殺、バイオテロ、6億ドル債権強盗etc……
そのとっさの判断と行動力は、長官なる人物に信頼を得ているのだ。
「考えるまでもなく日本GS協会、というよりはミス美神でしょう。竜神よりも凶暴ですから。」
『無論、凶暴なだけならエリミネートすればいいだろうが、彼女の行動原理はコメリカ寄りだ。』
「ヨコタとヨコスカのベースにはDIA経由で情報を流してください。恐らく必要になります。」
『それは手配しよう。あと、ヨコスカのインクレーダブルの艦長は同期だ。最大限協力させる。』
「感謝します長官。あと、これは未確認ですがミス美神の周囲で既に複数の勢力が動いてます。」
『月面作戦の貸しでGRUが接触するかもな。彼女は何故あの時コメリカを頼らなかったのだ?』
「大気圏脱出コストはロシアが圧倒的に優勢です。おそらく積むインゴットの差という事かと。」
『彼女が合衆国市民ではない事のほうが驚きに思えてくるな。ではヘンリー、そちらは頼むぞ。』
そこでヘンリージョーンズは通話を止め、携帯電話をすぐに胸ポケットにしまう。
次の瞬間には事務所の扉が開き、ほろ酔い加減の所長様が部屋に入ってきたのだ。
「おもしろいメールが着てますよエミ所長。なんとあの美神令子からです。見ますか?」
「ふふ、別に見るまでもないワケ。ヘンリー、ボビーとジョーはどこ行ったのかしら?」
「ああ、奴らならカブキチョーに行ってますよ。張り番だけなら私だけでも充分です。」
「言い忘れてたけど最近の盗聴器って便利なワケ。赤外線でも通信可能なんだってさ。」
「そ、そうですか。しかし赤外線だと距離が短い上に障害物にも弱そうなもんですが。」
「自分の部屋なら問題ないワケ。ま、ヘンリーの母国とお話しするには足りないけど。」
頬を赤く染めたまま、ジャケットを背回しに持ち部屋を後にするエミ。
笑顔のまま見送るヘンリーの背中には、ぐっしょりと汗が滲んでいる。
コメリカ合衆国きってのトップインテリジェンスが何故ここにいるか。
それは、日本のGSと呼ばれる連中が、それに比肩するに他ならない。
そして朝方の晴海埠頭。
巨大な亀の背から上半身を乗り出す、角の生えた黒長髪の美女。
その亀から少し離れたところには、薄い紫を含む白長髪の美女。
「なるほどー、埠頭とは考えたわねメドーサ。ここなら確かに被害はないわ。」
「本気で馬鹿だろ乙姫。あたしが池袋に居たままだったら大惨事じゃないか。」
「信用してるのよ。信用ってのは信頼と実績があればついてくるオマケだし。」
「とにかくそのドンガメしまって降りてきな。あと、ちゃんと尻尾隠しなよ。」
「判ってるわよ。そんじゃ朝食でもいきましょ?勿論、メドーサのおごりで。」
「高給取りがナニ言ってるんだか。ま、小判出されても面倒だし奢るけどね。」
巨大な亀は小さなミドリガメに変わり、乙姫に摘まれてサイドバッグに格納された。
彼女はメドーサの指示通りに下半身蛇から普通の二本足になり、服装も切り替わる。
フリンジ付きの黒のジャージトップシャツに膝まである黒のレギンスという格好だ。
「希望としては若い人間の男の子のバイキングかな。あ、持ち帰りOKも重要よね。」
「そんなのが有る訳ないだろ。この国はもう人身売買禁止なんだよ。さっさときな。」
晴海近辺は不毛の地と呼ぶ人も居るが、実際はそうではない。
ちょっと歩けば銀座有楽町まで行ける。食べ物には困らない。
東京の人はエリアを細かく分けがちだが、大した距離はない。
凄く目を引きがちな美女二人だが、早朝も相まって普通に目的地に着いた。
そこにはオレンジ色の看板がかけられており、丼の写真が掲げられている。
「ぎゅ、ぎゅうどん……ねえメドーサ、たしか東京に根城かまえてたのよね?」
「早い、安い、美味い。レーションと一緒じゃないか。ナニが不服なんだい?」
「こう、オシャレなバーでカクテル傾けて、男共がさりげに話しかけたりは?」
「作られた情報は鵜呑みにするなってサル親父も言ってただろ?ありゃお話。」
本当にただの創作話でしかないのか現実にある世界かは、読者の皆さんの判断にお任せする。
ただし、メドーサさんにとってはトレンディドラマは画面の向こう側のフィクションなのだ。
ちなみにこのオレンジ色の憎い店は、現在二位のシェアを誇りチェーンの中では老舗である。
「で、メドーサ。あの子と何でケンカしたの?」
「け、喧嘩ってわけじゃ……その、実はね……」
メドーサは牛丼を箸で突付きながら、ポツポツと話し始めた。
ザンス大使館での結婚式について、そして彼の発言について。
隣の乙姫は適当に頷きながら、特盛の牛丼をかきこんでいく。
「ふぅ、おいしかった。意外といい店じゃない?これからチョイチョイ来ようっと。」
「あのさ、別に聞くつもりないなら聞かなくてもいいよ。馬鹿な話だって思うしね。」
「確かに結論から言えば『馬鹿』としか言いようがないわね。100%メドーサが。」
「あ、あたしが?!……乙姫、その、どこらへんが馬鹿なのか教えてくれないかね?」
よほどお気に召したのか、メドーサが箸しかつけていない丼も乙姫は奪う。
手元にある紅生姜や七味を少しかけたりしては、味の変化にはしゃぐ彼女。
器の中の一粒までたいらげると、にこやかに微笑んでメドーサに向き直る。
「人間の子が神族の儀式の意味わかるわけないでしょ。あんた神族儀典論さ、何年勉強した?」
「えーと、たしか18年と6ヶ月だったかね。……あんただって同じだけやったじゃないか。」
「あの子17歳くらいでしょ?それだけ勉強するの無理じゃない。なに考えてるのメドーサ?」
そう、彼は人間なのだ。駆け足で成長し、駆け足で老い、駆け足で消滅する生き物。
17歳の彼が18年6ヶ月の講義を受けるには父親にも協力してもらう必要がある。
いつも横に居た馬鹿笑いする少年の、実際の生物としての正体を彼女は思い出した。
「人間との同棲のセンパイから言わせてもらうとね、メドーサ、あんた甘えすぎ。」
「甘えすぎ……その、あたしが、横島に?そ、そんなつもりは、無かったけど……」
「あんた神族の癖に人間に要望ばっかり出してるんじゃないの?逆でしょ普通は。」
たしかにメドーサには思い当たる節はあった。
無敵の自分を打ち負かした彼を味方にしたい。
そしていつしか、彼を無二の相棒にしたいと。
「まぁでも?この乙姫様に相談したのは非常に良い判断と言わざるを得ないわね。」
「良い判断も何も、今じゃあんたくらいしか頼れる奴がいないからなんだけどね。」
「まかせときなさい!この乙姫様が全力を注いでメドーサの初恋をきっと成就……」
そこで乙姫の前に大盛牛丼が3つ、店員の手により置かれた。
不思議そうに彼女が眺めると、店員が一角を手で指し示した。
そこにはネジリ鉢巻を頭に巻いて、ランニングを着た中年男。
「よーねーちゃん!イイ喰いっぷりだったぜ!俺からのオゴリだ!」
「やあだ、おにーさん!そんな事されたら期待しちゃうわよもう!」
「おうおう期待しとけ!俺なんか期待しすぎて液体出しそうだぜ!」
鼻歌交じりで一気に牛丼を喰らい尽くす乙姫様。
そう、彼女も蛇の化身で、丸呑みが得意なのだ。
そして鼻歌交じりのまま席をおもむろに立った。
ちなみに彼の言う『液体』とは下ネタでなく地口。
『期待』と『気体』をかけたものなのでご安心を。
「ちょ?!乙姫、あんたまさかあのオッサンと?!ナニ考えてるんだよ!!」
「人間なんて全員若いじゃない。寿命残ってそうだし、生命力強そうだし。」
「ねーちゃん!こっちで喰ってくれるんならさ、俺もっと奢っちゃうぜ?!」
「いくいく!……メドーサ、忙しくなったから代打頼んどいた。じゃあね。」
メドーサは思い出した。彼女が兵学校で噂されたもうひとつのあだ名を。
それは『悪食』。乙姫は人間好きという以上に見た目を気にしないのだ。
むしろ、美的感覚を逆転させたかのような相手ばかりに粉をかけている。
丼が塔になるほど積み上げられた横で、乙姫は中年男と腕を組んでいた。
その豊満な胸が男の肘に当たっている。無論『当ててんのよ』状態だが。
デレデレの中年男と肉食獣の眼光の蛇姫が、楽しそうに会話をしている。
呆然とその光景を見守っていたメドーサだったが、微笑んで向き直った。
「あーいう奴だったわ。しょうがない、次の仕事でも考えるかねえ。」
「仕事は決まってるぜメドーサ少佐。ぜひ仕事を頼みたいんだとさ。」
開いていた横の両席に、男が二人腰掛ける。
片方はビルダー以上に肉体を鍛えぬいた男。
片方がやせぎすで、ヒゲとボサボサ頭の男。
「ああ、悪いけど傭兵稼業は足を洗ったんだよ。他所を当たっておくれ。」
「残念だけど俺たちゃ公安なんだ。オネータマにゃあ馴染みがあるだろ?」
ニコニコと微笑みながら竜神を見つめる巨躯の男。
メドーサはつまらなそうに両脇の男に視線を送る。
大男は手をカウンターに投げ出し肘を突いている。
ヒゲの男は先ほどからポケットに手を入れたまま。
「……小竜姫に相手できそうな感じじゃないね。てことはサル親父かい?」
「ご名答。安月給で休みなし、いつまでたっても嫌われ者のお仕事だぜ。」
「そういうもんだろ、オマワリサンってのはさ。……いいよ、受けるよ。」
「捜査開始と同時に乙姫のリークで即確保。我ながら有能すぎて怖いね。」
「よろしく少佐。俺は悟浄、こっちのニヤケ面が八戒。特務課の所属だ。」
そうは言っているが、ヒゲの男は握手を求めたりしない。
つまり同類。手を預ける危険を知っているタイプである。
メドーサは何の気なしに、手を握られた記憶を呼び戻す。
「で?バーターでどこまで減罪してくれるんだい?それ無しじゃ仕事しないよ。」
「えーと、オヤジから何も行ってねえの?依頼じゃなくて復帰だってよ少佐殿。」
「はあ?指名手配を復帰させられる訳ないだろうにさ。馬鹿言うんじゃないよ。」
「俺もそれが普通とは思うんだけどよ、オヤジが入れ込んでてな。ほいよ書類。」
胸元から小さなメガネを出して書類に目を通すメドーサ。
じっくりと字面を追い続け、やがて彼女の肩が震えだす。
そして最後に紙を握りつぶしてカウンターに叩きつけた。
「―――こんなの、責任問題になるのが目に見えてるじゃないか!」
「やっぱそーだよなあ。俺もさ、同じ事いったんだぜ?なあ悟浄?」
「サル親父の部下だろあんたら!殴ってでも止めるもんだろコレ!」
「おいおいよしてくれよ。オヤジ殴ったら俺が虐待されちまうぜ。」
少しふざけた様な表情を貼り付け、肩をすくませておどける八戒。
痛む頭を右手で押さえながら、苦々しい表情を浮かべるメドーサ。
そして自らが握りつぶした書類をもう一度伸ばし、再び目を通す。
「これもう発効してるじゃないか。手柄無きゃサル親父失脚だよ。」
「そーゆーこと、期待してるぜ。……おい悟浄、何喰ってんだ?!」
「吉野屋きて牛丼くわねえ訳にいかないだろ。八戒も何か喰えよ。」
「俺はベジタリアンなんだがな。しょうがねえ、牛皿大盛ひとつ!」
自分の両脇でパクつく男二人をたまに眺めながら、書類を畳む竜神。
巨躯の男のほうが、そんな彼女の前に自分の牛皿を黙って差し出す。
彼女が溜息をつきながら皿を押し返すと、八戒はまた食事を続ける。
「さってと!オネータマも確保したし飯喰ったし、仕事するか!」
「それでさ、あたし使って何がしたいんだい?サル親父の奴は。」
「そりゃオメー、アシュタロス見つけてぶっ飛ばし、俺達英雄!」
「無理だろ。あいつ確か本気だと53万マイト超えるはずだよ?」
「そしたら報告してボーナス貰っておしまい!ささ、教えろよ。」
「なにを?」
ニヤつきながら両手の平を差し出す八戒。
キョトンとしてその手を眺めるメドーサ。
二人の間にまったりとした空気が流れる。
「オイオイとぼけるなよ。オメー知ってるんだろ?アシュタロスのヤサをさ。」
「あんな大物のヤサを知るわけないだろ。確か乙姫が追ってたかな。聞けば?」
「八戒、ちなみに例の竜宮城の中将閣下なら、さっき男と店を出て行ったぜ。」
「引き止めとけよ悟浄!……ていうか、それだと手柄にならねえじゃねえか。」
「こりゃあ巻きぞえでサル親父以外も全員失脚のパータンだねえ。ご愁傷様。」
サディスティックに、椅子の上で笑い転げるメドーサ。
巨躯の男は彼女の胸元の襟を掴むと、そのまま上げた。
彼女も男も表情を変えない。ただ、互いを笑うばかり。
「なんだいこの手は。」
「バラバラにしてレイプしてえ。」
「へえ?嘘ばっかり。」
今度はメドーサが八戒の手首を掴みギリギリと締め上げる。
互いの額にはじわりと汗が滲み出し、笑顔が少し硬くなる。
その顔の中央辺りに黄色い棒状のものが、高速で横切った。
「いい加減にしとけよ二人とも。こうなったら、地道に点数稼ぐしかねだろ。」
「まさかまた例の件追うのか?かれこれ何年追ってるか判ってるのかよ悟浄。」
「地道な捜査だったらあたし得意だよ。資料見せてみな、すぐ解決するから。」
二人の間を割った箸を使い食事を続ける悟浄が、コートの内ポケットから紙束を出す。
襟元の延びた部分を右手で直しつつ、逆の手で書類を受け取り器用に紙を捲っていく。
八戒は握られていた手首を逆の手でさすりながら、解決を豪語した彼女の動向を見る。
「こいつは竜神国兵器省の新兵器開発責任者でよ、こいつの部署の金の流れが変なんだってさ。」
「更にこいつの部署のメンバーは失踪中。予算で作ってたナニカも判らずじまいだそうですぜ。」
「ふーん。……じゃあさ、こいつの情報が入れば、サル親父の立場も良くなるもんなのかねえ?」
「そりゃあな。竜神国絡みなら飛ぶ鳥を落とす勢いの大竜姫閣下にも繋がるかも知れねえしな。」
「大竜姫ねえ。……こいつの真名はビンス・マクマホン。竜神国の貴族で今は顔を変えてるよ。」
書類を見ながら、つまらなそうに呟くメドーサ。
八戒と悟浄は目を丸くして彼女を見つめていた。
メドーサは顔を上げ、呆れたように視線を返す。
「おいおい!17年追ってる俺らが知らない情報じゃねえかよ!何で知ってるんだ!」
「我ながら有能すぎて怖いってところかね。あと、こいつが作ってるのは偽造神族。」
「なるほどな、神族倫理法改定で研究中断を不服に人間界か。スジは通ったな悟浄。」
「え?神族倫理法って改定された?てっきり人界過干渉違反あたりと睨んだけどね。」
「馬鹿いうなよ。そんなの今じゃ行政罰だぜ?そんな小さいヤマで俺らが動くかよ。」
「くっくっく、少佐は有能だけど世間知らずか。俺らが行かされるわけだな、八戒。」
苦笑しながら体を揺らす浅黒いヒゲの男。
刈上げられた短髪を掻きむしる巨躯の男。
何か面白くないのかメドーサは仏頂面だ。
「神族倫理法違反なら重罪だねえ。ただし、もし確保するなら応援を呼んだほうがいいよ。」
「ほほー、少佐殿は慎重ですなあ。安心しな、俺らはもう何千回と現場は踏んでるからよ。」
「現場じゃ慎重なほうが生き残るんだよ。それにマトの偽造神族はもう完成してるからね。」
「それよりも完成してるなら次の行動に移るはず。少佐、逃げられる可能性はありますぜ?」
「悟浄の言うとおり現場ってのはモタモタしてたら機を失うもんだ。違うとは言わせねえ。」
彼女の脳裏に月面での戦いがフラッシュバックする。
敵を侮って正面からの総力戦を主張したベルゼバブ。
それを諌めず自分は月神族攻撃と基地設営に動いた。
結果は敗退。
各個撃破でなければ、状況は変わっていた事だろう。
「わかった。その代わりあたしも捕り物には参加させてもらう。信用してないもんでね。」
「おいおい、このオネータマ自分だけ楽できると思ってたみたいだぜ?酷い話だな悟浄!」
「心配しないでも頭数にはちゃんと入ってますぜ少佐。オヤジのお達しがありましてね。」
こうして新チームが動き出す。
ちなみに公安特務課は俗称だ。
正式名称は今は伏す。
魔法兵鬼でありアシュタロスの忠実な部下、土偶羅魔具羅も創られた魔族だ。
しかし偽造魔族とは呼ばれない。なぜならば正式な創造の手順を踏んでいる。
だから魂だってあるし感情もある。不平不満だって普通に持ったりするのだ。
「な、なぜべスパもルシオラも交代に来んのだ!私は上司のはずなのに!」
それでも彼は異空間潜行魔法兵鬼『逆天号』の操縦桿を決して離さない。
これはもちろん、創造主たるアシュタロスへの無制限の忠誠心が大半だ。
そして残りの部分には体内の服従回路のせいもある。違反をすれば死ぬ。
「で、シルクワーム交尾応援大作戦ついてでちゅが……」
「こ、交尾応援って……もう少し言い方ってもんが……」
そして服従回路を持つのは三人娘たちも一緒だ。
しかしながら彼女らは思ったより能天気である。
まだパジャマのままシルクワームを囲んでいた。
背の低い幼女が般若面の少女に詰め寄っている。
「しないんでちゅか!?シルクワームはポチとずっと交尾しないでちゅか?!?!」
「あの、いや、えーと、その、まぁ、状況とタイミングで、その、おいおいと……」
「捕食交尾は種族永続の絶対論でちゅ!そんなだからポチに逃げられるでちゅよ!」
「わ、わかりました!横島さんと私、交尾します!毎日毎日交尾しちゃいますね!」
「毎日する必要はないでちゅ。……けど大掛かりにやるには問題があるでちゅね。」
シリアスな表情を浮かべるパピリオ。べスパもルシオラも同様だ。
雰囲気を察知したのかシルクワームの表情もまた硬くなっていく。
「土偶羅魔具羅はともかくとしてアシュ様には許可が必要でちゅ。」
「そうよね。それにアシュ様が完全復活すれば私達お払い箱だし。」
「まぁアシュタロス様に滅ぼされるのはいいけど、作戦中だとね。」
「なーんだ、そんな事ですか。じゃあちょっと私お話してきます。」
スタスタと部屋から出て行こうとするシルクワーム。
無表情にその後姿を見送る、昆虫魔族の三人娘たち。
扉が閉まり数分の間、残された彼女らは見詰め合う。
「ああー!シルクワームいっちゃったでちゅよ!?」
「な、何で誰も止めないのよ!アシュ様怒るわよ!」
「しょうがないだろ!あんなに普通に出られちゃ!」
そんな喧騒の中、シルクワームが出て行った扉が再び開いた。
三人娘はほっとした表情で入っていた影に駆け寄り抱きつく。
「よ、よかったでちゅ!アシュ様は魔王級のインケン悪魔なんでちゅよ?!」
「クール気取りだけど意外とムッツリスケベだし!すごく危ないんだから!」
「あ、あたしはそんなアシュ様も大好きだけど!でもあんたには―――――」
そこまで言うと、なぜか抱きついたままで硬直してしまうべスパ。
ルシオラとパピリオは頬に当たる感覚に違和感を覚え顔を上げる。
そしてやはり、抱きついたままで硬直してしまう蝶の子と蛍の子。
「君たちの言いたいことはよーくわかった。私はムッツリスケベでインケンか。」
「……めんどくさいんで、連れてきちゃいました。ま、まずかったですかね……」
抱きついていたのは復活した悪魔本人だった。
鍛え抜かれた体に、ウェーブのかかった長髪。
ちなみに北●の拳の■ダとか言うと凄く怒る。
「気にすることはないぞ、シルクワーム君。他にも情報があれば知りたい所だ。」
「あー、あとはアシュタロスさんのアレが膝上じゃないかって、べスパさんが。」
「ば、馬鹿ー!この裏切り者ー!本人に訊くことじゃないだろそれはああああ!」
「なるほど。じゃあ見てみるかねべスパ。」
おもむろにゴソゴソとズボンを脱ぐアシュタロス。
しかしここでとんでもない事態が起こってしまう。
『しばらくお待ちください』という画面が現れた。
どうやら宇宙意思による作品世界への介入らしい。
無論、現場の彼女らには余す所無く、見えている。
「す、すごかったでちゅ!さすが魔王級でちゅ!」
「噂以上の破壊力ね……べスパ?大丈夫べスパ?」
「はにゃあああ……もう死んでもいいあたし……」
「でも横島さんの方がもう少し大きかったかも。」
ぎょっとした顔つきでシルクワームに向き直った三人娘。
当の彼女は手の平を使って顔の前で大きさを示している。
片手ではない。両手を縦に大きく広げての動作である。
「ちょ、ちょっと後悔してきたでちゅ。シルクワーム、壊れちゃうでちゅ。」
「そ、そうよねえ。この子の細い体じゃそんな断末魔砲入らないわよねえ。」
「ま、まぁ想定より大きかったけど、そこはシルクワームの努力と根性で!」
「何言ってるのベスパ!努力と根性でそんなに差が埋まるわけ無いでしょ!」
「いや、ベスパの言う事は正しいぞ。ベスパとてこれから埋まる訳だしな。」
ニコニコと笑いながら蜂の子の肩をたたく魔王級。
当のベスパは真っ赤になりながら、隣の影を睨む。
その影たるシルクワームもまた、ニコニコと笑う。
「あの、やっぱり仲間で隠し事って良くないと思うんですよね。」
「じゃ、あんたまさか、その、アシュタロス様に、今までの……」
「はい!全部お伝えしときました!喜ばれてて良かったですね!」
「ばっ!あっ、こっ、シッ、………………………あ、ありがと。」
真っ赤になりながら俯くベスパ、既に肩まで抱き上機嫌のアシュタロス。
なんだかよく判らぬままに、二人に拍手する妹風悪魔とお姉さん風悪魔。
そして黒幕たるシルクワームも、手を前に組んで心底うれしそうである。
「さて、こうなれば一丸でシルクワームを応援するぞ!魔界に帰る前の最後の作戦だ!」
「おおー!……って、魔界に帰っちゃうんでちゅか?」
「そうだぞパピリオ。エネルギー結晶も完璧な形で手に入って、完全復活したからな。」
「あのー、アシュ様?世界を滅して王になるとか……」
不思議そうな顔をしてルシオラを見つめるアシュ様。
何かを思い出したかのように、頭の上に電球を出す。
そして二度ほど咳払いをして、まじめな表情を作る。
「確かに世界は腐っている。人間は愚かだし、地球は汚されてるし、彼女出来ないし。」
「ええ?!は、はあ。」
「神と魔のデタントで我々はその均衡を守るために永遠に悪者だし、彼女出来ないし。」
「そ、そうでちゅね。」
「だがしかし!何千年もの長きに渡る苦悩についに終止符が打たれた!彼女が出来た!」
「「ええー?!そっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?!」」
口をあんぐりと開けて驚愕の表情で創造主を見つめる、女悪魔二人。
すがすがしい笑顔を浮かべながら遠い空を指差すアシュタロスさま。
ちなみにベスパさんは、うっとりとそんなアシュ様に見惚れている。
「腐った世界のせいで女が出来ぬなら創ればよかったのだ!これぞ発想の転換である!」
「そ、そこはふつう世界の方を作るべきでちゅ!」
「私も常々そう思ってましたアシュタロス様!もうアシュタロス様作ろうかなって!!」
「だ、だめだわ!こっちもこっちで駄目すぎる!」
ツッコミ疲れで息が切れてくるパピリオとルシオラ。
やはり彼女らは、三人合わせてこそのチームなのだ。
そんな中で、シルクワームが眉を寄せてつぶやいた。
「でも、ちょっとだけ不思議ですよね。美神さんの前世じゃあ駄目だったんですかね?」
「いい質問だシルクワーム。あれはキャラメイクに失敗したのだ。触覚つけわすれた。」
「そ、そんな理由なんですか……美神さんには間違ってもこの真実は言えませんね……」
メフィストには失敗作だ意外だと失礼千万な言い方をしておきながら、三人娘には甘いアシュタロス。
正直、3人はそれぞれキャラがぜんぜん違う。しかしながら何故に彼女らは愛されているのだろうか?
三人だけが持つ共通項を考えれば自ずと答えは出るのだ。それは触覚である。彼は触覚フェチなのだ。
ちなみにシルクワームに触角はないのだが、パピリオの授けた般若面のツノがどうやら好印象らしい。
「で、シルクワームの交尾相手の横島君とやらを、いったいどうすればいいのかね?」
「作戦では拉致監禁してシルクワームが『むちむちプリン卵責め』する予定でちゅ。」
「え?!何ですかそれ?!その『むちむちプリン卵責め』って、初耳なんですけど!」
「魔族に伝わる由緒正しい篭絡法だシルクワーム。しかしその肝心の相手はどこだ?」
「そ、それが、来るように仕向けてはいるんですが、かれこれ3話分無視されてて。」
「生ぬるい!生ぬるいぞ!!それがクールでナイスで悪カッコイイ悪魔の仕事かね!」
「それを今のアシュ様に言われるとすごく心外でちゅが、確かにそのとおりでちゅ。」
パピリオの言うとおり、確かに現在のアシュタロスは株価急降下中である。
しかし彼は依然変わりなく、むしろ今は以前にも増して充実しているのだ。
その間違った天才的な頭脳は、情報を総括し、計算し、答えを導き出した。
「よし、コスモ・プロセッサーと究極の魔体を分解しろルシオラ!いいことを思いついた!」
「え?!ほ、ホントにいいんですかアシュ様?!あれ作るのに何百年も使いましたよね?!」
「魔界で暮らすのにあのキノコとゴリマッチョボディは邪魔!はっきり言えば不要なのだ!」
高笑いを上げているアシュタロス、慌てて部屋を出て行くルシオラ、腕に抱きつくべスパ。
呆然と光景を見守るパピリオが、相変わらずニコニコと微笑むシルクワームに話しかける。
「お前が来てからココは変わっちゃったでちゅ。だいたい、何で異空間の逆天号に来れたでちゅか?」
「えへへ、実は街で泣きながら歩いてたら、『お嬢ちゃん、いいこと教えたるで』って言われて……」
実は彼女はとある理由で、会社の上司と大喧嘩をしてしまい飛び出してしまった。
しかし、仕事も生活も全てその会社に依存していた彼女は、一気に住所不定無職。
公園で知り合った怪しい関西弁を使う人物に、素直に身の上を打ち明けたらしい。
「あぶな!危なすぎるでちゅよシルクワーム!元神族だからって無防備にもホドがあるでちゅ!」
「そ、そうですか?でもこうして今すごく楽しいですし。やっぱり信じる心の力って偉大です。」
「魔法騎士の世界だって普通はないでちゅよ!それこそ、『そんなのってないよ』でちゅから!」
「でもこうして私のこと応援してくれる皆さんと出会えました。あのおじさんに感謝してます。」
「あーもうパピリオだけじゃツッコミ追いつかないでちゅ!ルシオラちゃん帰ってくるでちゅ!」
頭を抱えてうずくまるパピリオ。多芸多才の幼女とて限界はあるのだ。
そして、シルクワームの正体は依然謎のままだが、確かなことがある。
彼女はかなりの経験をつんだ天然ボケである、ということだ。
そんな騒がしいカブトムシが居る場所から程ちかい、豊島区のとある住宅街。
横島くんの部屋のあった建物は、晴れて名実共に『ボロアパート』となった。
その二階であった場所に、羽の生えた女の子とソンブレロの小さな男がいる。
小さな男は少女の6枚羽の間に潜り込み、なにやら作業をしている様である。
「霊力制御回路もへたっとるやん。タイミングとはいえ、ちーとばかし早すぎたんやな。」
「貧……ちゃ………も………やめ……………横……………に…………ひど…………………」
「なんや小鳩まだスピーカー動いとんのかいな。もうええんや、ワイに全部まかしとき。」
「馬鹿言うんじゃないよビンス。あんたに任せるのは唯一つ『お人形のおかたづけ』さ。」
不意に聞こえる声に、小鳩の羽根の間から顔を出すソンブレロ。
そこには背の高い男女3人組が、手に得物を持って囲んでいた。
悟浄は半月宝杖、八戒は釘鈀、そしてメドーサは刺叉である。
「ほう、敵わんと見るや仲間を呼んだんか。メドーサにしちゃ知恵が回るやんけ。」
「すげえな、研究所の職員が3万マイトあるじゃないの。確かに応援欲しいわな。」
「ただ、妙ですぜ少佐。この偽造神族、6枚羽根にしちゃあずいぶん霊力が低い。」
「後ろの二人見たことあるで。確かブタとカッパや。サルも来とんのかメドーサ?」
「お前みたいな小物にいちいちサル親父が来るわけないだろ。あれでもお偉方さ。」
気楽な会話の様に聞こえるが、間合いは充分にとっている。
少しでも気配が動けば、即座に対応できる準備もしている。
ただ肝心の相手は応対しはじめてから少しも動いていない。
「遠回り過ぎて判らんかったようやな。サルやないと無理やいうたんやでメドーサ。」
「無理かどうかは試してから判断するんだね!いくよ二人とも!『三重土角結界』!」
両手を前にかざし裂帛の気を吐くメドーサ。後ろの二人も呼応して同じ動作をする。
すると石壁のような板が床面から三枚せり出し、少女とソンブレロを中心に重なる。
ちょうど60度角で均等に重なる感じ。上から見ると『*』のカタチとなっている。
「結界の中心強度は固有霊力の三乗倍!計算上主神クラスだって足止めできるんだよ!」
「そーゆーこと。さすが『経験』の御仁、こんな古臭い結界技の研究とは恐れ入るね。」
「でも少佐、土角つかわねえでも火角で吹き飛ばしちまう方が早くなかったですかね?」
「気が遠くなるような査問と刑がお待ちかねじゃないか。殺してやってどうするのさ。」
「おー、こわいこわい。古いオマワリサンってのは違いますなあ。えげつねえこって。」
三つの影が軽口を叩き合っていたその時、結界に埋まりきっていなかった帽子が少し動いた。
それぞれが手に持つ得物を構え直し、結界の周囲を均等に包囲した。しかし壁に動きはない。
「メドーサ、もう一度だけ親切でゆーたるさかい、よう聞いとき。『サルやないと無理』やで。」
「強がりは大概にしときなビンス。小鳩の顔は完全に結界の中、例の攻撃は出来やしないだろ。」
「ああ、メドーサはナハト砲を警戒しとったんか。あんな単純な兵器が切り札のわけ無いやろ。」
その時、埋まりきっていなかった小鳩の左手がほんの少し動いた。
角度にして約15度、特に大きな動きでも、複雑な動きでもない。
束縛する壁を2度ほど軽く叩いた。いわゆる『タップ』したのだ。
それだけで主神クラスを足止めできると豪語した結界は解かれた。
「な、なんなんだよこりゃあ!?メドーサ、なんで結界を『解いた』んだよ!」
「いや、少佐だけじゃねえだろ。八戒、おめえも自分で解いてたじゃねえか。」
「そ、そんな馬鹿なことがあるわけないだろ!あたしの、意思で、解いた?!」
「強制介入真言か?!い、いや、真言防壁機は反応してねえ!何だよコレ!?」
「や、やばいぜ八戒、こりゃあ、真言て、レベル、じゃねえ、こ、これ、は。」
「ビ、ビン、ス、あ、あんた、あたしに、な、なに、を、し――――――――」
三柱の公安神族は得物を構えたままピクリとも動かなくなった。
そして、結界から解き放たれたビンスは、気ままに伸びをする。
その後ゆっくりとメドーサの前に立ち、その高い背を見上げた。
「メドーサ、不思議な経験をした事あったやろ?なんでか小鳩に逆らえん気分が。」
「……………」
「小鳩に積んだ切り札ちゅーのは服従機制御装置や!オマエラこそお人形やでえ!」
「……………」
「小鳩に偽装した霊格は正二位熾天使!服従機を持たん13席以外は絶対服従や!」
「……………」
「だから無理ゆーたやんか!なんちゅー親切なワシ!なんちゅーアホなメドーサ!」
ソンブレロをかぶった小さな男が池袋の空に高らかに勝利を宣言する。
その周囲には硬直した男女が、彫像のように微動だにせず佇んでいた。
そして、高層ビル群と家屋の向こうに、今日も朝日は昇り始めていた。
その頃、池袋パソラ9FVIPルーム。
「そりゃさ、別に、言うほど横島クンが、不細工だとか思ってるんじゃないのよ?」
「……………」
「ただね、こう、もうちょっとだけ、あの変なノリで好き好き言うのを、少しさ?」
「……………」
「聞いてるのエミ?こっから重要なんだから聞きなさいよ。でさ、横島クンが……」
机の上は既に料理皿は無く、山の様な酒瓶とコップで埋め尽くされている。
先ほどの毒々しいカクテルも、今はその机の一角でその役目を終えていた。
酒宴の主催たる美神令子の正面に、酒宴の主客たる小笠原エミの姿は無い。
「あのう、美神様?大変申し訳ないのですが、当店はもう閉店でございまして……」
「なによ!じゃあ今から明日の分も貸切るわよ!ゲンナマ出せばいいんでしょ!!」
「そ、そういうわけではなくて、あの、風営法というものがありましてですね……」
「うるっさいわね!今すごく大事な話しをしてるのわかんないの?察しなさいよ!」
立ち上がり気炎を吐く日本最高級GS。そして胸元から紙束を黒服の男に投げつける。
その数三つ。しめて300万円もの大金が、かなりの高速で男の手に投げ入れられた。
非常に複雑な表情が何度も交錯する店舗のフロアチーフ。そして彼の下した決断とは。
「わ、わかりました。それでは、ごゆっくりどうぞ……」
「もう、最初からそうしとけばいいのよ!でさエミ、横島クンって意外と……」
彼は説得を諦める方を取った。そして『清掃中』の札を扉にかけてその部屋を後にした。
酩酊状態のままに、正面の席に立てかけられたクッションに向かい話を続ける美神さん。
そしてやはりというか、このSSも横島くんて意外と何なのかは謎のままなのであった。
つづく。
それにしてもなんでこうも主人公が後半弱くなる展開好きなんだろう私。
しかし皆様ご安心を。このお話も最後はハッピーエンドで締めますので。
そして残念すぎるお知らせ。
実は少々こみいった経緯が有りまして、何と別なSS連載を始めました。
ある程度長いSS書き歴を持つ私でも初めての経験なんですよねコレが。
しかもGSではなくオリジナルで、今までと違い完全に別名義なんです。
ただし、アピってナンボがSS書き魂なので、ヒントとか出してみたり。
ヒントは『大英雄』。掲載場所とかは秘密です。
ただし自分で言うのもなんですが、かなり習作でつまらないと思います。
ですので探さないでください。そして来週はそのSSとは全然関係なく、
実は少々仕事も立て込んでて、時間が取れるか怪しいのでお休みします。
そしてその間に最終プロットの書き直しを行うつもりだったりもします。
では、また再来週。 (まじょきち)