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GSメドヨコ従属大作戦!!

お給料上昇す(前編)


投稿者名:まじょきち
投稿日時:12/ 6/11






「GSメドヨコぜっこーちょー!」

「GSメドヨコぜっこうちょう。」

「俺たちゃどえらい除霊士さん!」

「俺たちゃどえらい除霊士さん。」

「ひざまづけ!」

「ひざまづけ。」

「なぎはらえ!」

「なぎはらえ。」

「こーばとちゃんいはないしょだぞ!」

「こーばとちゃんにはないしょだぞ。」



ここは大都会池袋の目抜き通りことサンシャイン通り。
平時の昼であれば人の海でまっすぐ歩く事すらままならない。
だが今は朝の4時。始発待ちの人間たちすらカラオケ屋から出てこない時間だ。
そんな中で楽しそうに歌いながらランニングする横島くん、視線を気にするメドーサさん。



「声出しの走り込みは良い訓練と思ったんだけどねえ……まさかあたしにダメージが来るとは。」

「うはははははは!この程度で恥ずかしがってんじゃ修行が足りてねえんじゃね?なーんてな!」

「い、言わせておけば調子に乗るじゃないか横島の分際で!これぐらい、どうってことないよ!」

「いよっしゃあ!いくぜ横島ダッシュ最大戦速!せえーの、メドーサ意外とかわいいぞ!ほい!」

「メドーサ意外とかわ……ば、馬鹿!ナニ言わせるんだいこのハゲ猿!」



早朝の繁華街に賑やかな叫び声がこだまする。
もはや皆さんには説明不要とは思うが、横島くんの肉体的ポテンシャルは非常に高い。
攻撃力や判断力こそ国内最高GSの美神さんには劣るものの、筋力持久力は驚異的だ。
だが、そこからメドーサさんは人類の範疇を超えるような超成長を画策しているのだ。

早朝の走り込みの後には格闘訓練を行う。無論メドーサ式の実戦を想定した組み手だ。
そこまで終わると休憩も無く午前の依頼に向かう。これがGSメドヨコの日常である。
普通に考えると過負荷の弊害も危惧されようものだが、彼は常人ではなく横島忠夫だ。
昼食の際の小鳩ちゃんの笑顔と手料理でコロッと機嫌が直り、また午後の仕事に出る。



「たっだいま!横島及びメドーサ、恥ずかしながら帰ってまいりました!」

「ふふ、おかえりなさい横島さん。……恥ずかしい事してきたんですか?」

「こいつはフルタイム恥ずかしい奴じゃないか小鳩。さて、食事頼むよ。」



とまあそんなこんなで、GSメドヨコはけっこう忙しくなってきた。
チラシの裏で作った小鳩特製のカレンダーには、かなり先まで予定が埋まっている。
起業当初のような新大塚不動産の依頼からだけではなく、口コミに拠る所が大きい。
それなりに儲かってきているので、小鳩ちゃんにも給料はそれなりには渡っている。

本日はお給料日。
夜食を卓上に並べる小鳩に、新聞を読みながらのメドーサから厚めの封筒が渡る。
メドーサはこの役をかなり嫌がったのだが、横島くんが是非にと頼み倒したのだ。
横島くん曰く、『札束の誘惑に勝てる自信が全く無いんだよ!』だ、そうである。



「メドーサさん?あの、こんなに沢山お給料もらって良いんでしょうかね……」

「沢山、ねえ。ふうん…………横島!除霊士組合の給与動向白書もってきな!」

「ういうい。えーと、被雇用者待遇動向白書平成20年度GS版だったっけ?」

「馬鹿だね相変わらず。正規非正規雇用実態調査平成18年度GS白書だよ。」

「ちょ、ちょっとお待ちになってくれってばよ……お、あったあった!ほい!」



除霊道具を使わない方針と部屋の狭さで横島の部屋に会社の機材はあまり無い。
しかし、それでも導入された機材がある。それはビジネス用のスチールラック。
資料整理用に導入された。誰でも閲覧可能だがほぼメドーサの私物状態である。
横島くんから資料を受け取ったメドーサは胸元から眼鏡を取り出し資料を捲る。
眼鏡姿で資料を捲るメドーサさん。パッと見はベテラン管理職にしか見えない。



「どれどれ。平均時給っと……3,396円だね。小鳩、幾らになってる?」

「ええ?!…………あ、あの、じゃ、じゃあ合ってます!ごめんなさいっ!」

「質問に答えてないよ小鳩。あたしはね、幾らなのかって聞いてるんだよ。」

「………………………………………………2,550円です。」

「ヨコシマ!まさかあんた小鳩の給料ピンハネしてんのかい!」



メドーサはたまに横島くんのことを『ヨコシマ』と呼ぶ。

これは彼を神魔族風に発音すると、こう訛ってしまうのだとしておこう。
アニメがアシュタロス編までいってれば普通に発音してたかもしれない。
むしろ私の解釈が間違っている事の証明が行われるのを願って止まない。
閑話休題。

たいていはきちんと呼ぶのだが、感情的になっている時につい出るらしい。



「ち、ちげーよ!その、前の俺の10倍くらいの給料が有ればいいのかなあってさ………」

「アバズレビッチを基準にしてどうするのさ馬鹿!小鳩の代わりを横島がやれるのかい!」

「ああああああ!そ、そんなつもりじゃなかったんやー!小鳩ちゃんー!許してケロー!」

「よ、横島さん!頭を上げてください!メドーサさんも横島さんを踏んじゃ駄目ですっ!」



小鳩ちゃんにジャンピングきりもみ後方三回転滑り込み土下座する横島くん。
そして即座にその土下座の頭部を、向かい正面から踏みつけるメドーサさん。
更に頭を蹴り飛ばそうとする竜神様に、小鳩ちゃんが足に縋りつき静止する。

いろいろ愛されている(?)横島くんだが、その土下座の下の顔は笑顔であった。
女性陣に見えないように視線のみを上げて、二人のパンツを覗いていたのだった。

そんなこんなでお給料騒ぎもひと段落つき、コタツの上には小鳩の作った料理が並ぶ。
新聞片手に食事をするメドーサ、貪る横島、そして彼の頬の飯粒をとってあげる小鳩。



「ごっそさん!うまかった!さすが小鳩ちゃん!」

「腕を上げたね小鳩。費用対効果以上の良さがよく出てる。」

「おそまつさまです。あ、食器は私が下げるんでいいですよメドーサさん。」



やがてコタツの上は食器時代から湯呑み時代に世代交代。
大きさの違う3つの湯呑みはそれぞれ湯気を上げていた。
一番大きな湯呑みをすすっていたメドーサが、口を開く。



「やっぱ小鳩も現場に出れるように訓練しとくかねえ。そうすれば儲けは山分けで判りやすいし。」

「で、でも、そんな才能無いですし……横島さんたちが仕事しやすければそれで十分かなあって。」

「意外とそうでもないさ。何でかは知らないけど神気を感じるんだよ。心当たりは無いかい小鳩?」



小鳩と横島は、メドーサに『とある』事情を内緒にしていた。
それは貧乏神の存在。小鳩の部屋にいる例のメキシコ帽男だ。
うっかり勝負とか言い出されると非常に面倒、と感じたのだ。



「まーまー!小鳩ちゃんがわざわざ出ないでも横島忠夫というスーパーGSが頑張るってばよ!」

「だといいんだけど、あんた最近伸び悩んでるしねえ。コーチとしちゃ自信無くなってきたよ。」

「いい?!お、俺ってば伸び悩んでいたの?!そんなのぜんっぜん知らなかったですしおすし!」



横島くんの名誉のために補足すると、実はけっこう伸びてはいる。
基礎霊力もかなり上がっているし、判断も格段に早くなっている。
ただしメドーサは、とある別なコーチに対抗心を抱いているのだ。



「妙神山の時はずいぶん伸びてたみたいじゃないか。あたしじゃ何か不満なのかい?」

「い、いやー、あそこは、行くたびに死にかけるというか、無理させるというか……」

「小竜姫とサル親父か。うーん、やっぱ殺すくらいじゃないと本気出せないのかね。」



メドーサの訓練は非常に効率的で無駄が無い。悪く言えばリスクを避けた訓練である。
口では死ねとか殺すとか命は投げ捨てろとか言うが、助け舟を出す回数は意外と多い。
拳法家なら弟子が三人いたら一人に振るい落とすが、彼女は三人とも伸ばそうとする。



「そ、そうだ!あの時は小竜姫様の服に潜り込んで色々やった気がする!それだきっと!」

「はあ?あんたが小竜姫の服に潜り込んだって?妄想を口に出すのは感心しないよ横島。」

「ほんとほんと!逆鱗触っちゃってさ、建物壊すわ直すの手伝うわ、大変だったんだぜ!」



ちょっと事実をはしょりすぎてる感は否めないが、特に嘘は言っていない。
だがメドーサは余程信じられなかったらしく、どこかに電話をかけ始める。
どうやら彼女独自のつてで、その事実の確認をしようとしている様である。



「あ、会員番号への十三番メドーサだけどね。……ああ、『砂漠に舞うのはサボテンの花だけ』だろ。」

「妙神山の記録で小竜姫の施設破壊ってのを調べて……ふんふん……え?ある?美神一派?ほんとに?」



目を丸くして電話を聞き入るメドーサ。その内容は断片的なものだが正確であった。
霊力訓練で妙神山に入った人間の美神一派が小竜姫との最終訓練で、逆鱗に触れた。
美神一派は訓練中の人間の身でありながら、暴れる竜神を当て身で気絶させたのだ。



「…………ヨコシマ。」

「は、はひっ!なんでごぜえやしょうっ!」



メドーサは事実を確認した。
その結果、長い髪は逆立ち、切れ長の目は釣り上がり、凶悪すぎる八重歯が口元から覗いている。
事実であるならば、メドーサは本気ではない横島に本気で指導していたことになりかねないのだ。
伝わっていない部分に多くの真実が含まれているのだが、伝わっていないのでソコは仕方が無い。



「あたしはここまで馬鹿にされたのは初めてだ。流石にもうあんたを生かしておく気も失せちまったよ。」

「馬鹿に?!な、なにゆーてはるんですかメドーサはん?!1ミリも馬鹿になんてしてませんですハイ!」

「メドーサさん!よ、横島さんは実力を隠す様な人じゃないです!きっと小竜姫さんの隙を突いたとか!」

「小竜姫はね、クソがつくほど真面目で手抜きなんざしない。なんせあたしが稽古してやってたからね。」

「え!?そ、そーだったの?小竜姫様をメドーサが?!なんでまた?んで、ど、どんなかんじだったの?」



メドーサも神として長らく籍を置いていた。犯罪者の神族ではあっても、魔族ではないのだ。
著しい戦闘能力の高さで真っ当に商売していた時期だってあるのだ。それは治安官吏である。
軍事要員治安要員としての仕事から傭兵や暗殺者になった人間が非常に多いのと同じ構造だ。



「小竜姫の『竜姫』は竜王の娘って意味だよ。まぁ男子優先で次女だから王位継承権は3位だけどね。」

「へー、そーなんかー。まー確かにお姫さまっぽい感じはするかもな。ちょっと箱入り的って言うか。」

「そりゃあお姫様だったさ。小さい時は『ねーさまねーさま』って慕ってきて、可愛かったもんさね。」

「ちみっこ小竜姫様かー。たしかにそりゃあ可愛かっただろうなー。うんうん。」



横島忠夫の持つ『危機を乗り越える程度の能力』は一種の超能力と言ってもいい。
竜神の逆立った髪も落ち着き、釣り上がっていた目尻もデレデレに下がっている。
そして牙に至っては完全になりを潜め、優しげに微笑む慈母の口元になっていた。



「ほれ、これが小竜姫のくれた似顔絵だよ。どーだい、けっこう上手に描けてるだろ?」

「か、かわいいー!『ねーさまとわたし』『ねーさまだいすき』とか、可愛すぎます!」

「そーなのさ。………ま、その後いろいろあったんで敵味方に分かれちまったけどね。」




いとおしそうに眺めていた肖像画を指で何度も撫でる女神さま。
幾枚も出てくる肖像画を見ながら、ふと横島が疑問を口にする。



「これメドーサの髪の毛が黒くなってるんだけど。白のクレヨンをお菓子と間違えて食べたとか?」

「そんな馬鹿がいるわけないだろ。SPは身元がばれると色々面倒だから変装して警護したのさ。」

「俺はそんな馬鹿なんだがそれはともかくとして、黒髪にするだけでけっこう別人ぽく見えるな。」

「そいつはどうも。小竜姫もまさかこのメドーサ様がメイサだとは気づかなかったみたいだしね。」

「メイサ?!」



メドーサはそんな横島の疑問符に少し嬉しそうに笑みを浮かべて、手元のノートを一枚ちぎる。
ペンをスラスラと走らせ、その紙の上半分にパソコンもびっくりの達筆で自分の名前を書いた。
その下半分に、それぞれの漢字に読み仮名を振るように『メ』『イ』『サ』と書き出していく。



「あたしの名前は漢字で『女蜴叉』なんだけどさ、これ完全に当て字なんだよね。」

「たしか蜴ってトカゲって意味ですからね。音読みは……イ、エキ、でしたっけ?」

「そうそう。それでSPになる時に『当て字は良くない』ってメイサにしたのさ。」

「なるほどー。……こ、小鳩ちゃん、例の宇宙意思以上の何とかは大丈夫かなあ?」

「だ、だいじょうぶです多分。メイサだけでしたら良くある名前ですから。ええ。」

「で、髪も黒かったし、ついたあだ名は『黒きメイサ』なのさ。かっこいいだろ?」

「「うわあああああああああああああ!!もうそのあだ名禁止!!」」



一応言い訳をしておくが、彼女が小竜姫を護衛していたのは果てしなく昔の話である。
リアルに似たような名前の人を知っている人もいるかもしれないが、無論偶然なのだ。
決して筆者が大好きだとか、実写化するんならメドーサは彼女だとか言う訳ではない。



「じゃあさ、今でも小竜姫様って『ねーさま』がメドーサだって知らないってことか?」

「当たり前だろ?あたしはプロだからね、あんなお姫様にバレる様なヘマはしないさ。」



そう言い放つ彼女のその目に少しだけ、寂しそうな表情が浮かぶ。
しかし数瞬後、表情を引き締め、怖い顔を作り横島に顔を寄せた。



「さ、こんな話はどうでもいいんだよ!それよりも今はもっと話すべき事があるだろ横島!」

「そりゃもちろんメドーサが教育係だった時の話!むしろ会いに行った方が良いと思う人!」

「………はい。」


大きくはっきりと手を挙げる横島、控えめながらもやはり挙げる小鳩、無論上げないメドーサ。
人類は数多の戦乱の歴史を繰り返す中、平和的に紛争を解決する手段を幾通りか用意している。
その一つが多数決である。複数の正義がぶつかりあう中で最大公約数の納得を模索する方法だ。
もちろん概念は元官吏のメドーサも十分理解している。しかし、納得がいくかどうかは別の話。



「この話はここでおしまい!いいかい、言っとくけどあたしは怒ってるんだからね!」

「でも妙神山の例の時間が止まる修行場でさ、パワーアップしたのは事実なんだぜ?」

「妙神山行かないと成長できないんですか?それって大変ですよねえメドーサさん?」



少年と少女はニヤニヤしながら女竜神を見つめる。無論悪意があるのではない。
その事を知っているからこそ、当の女神様もばつが悪そうに目を伏せるのみだ。
しばらくして、その細い目を見開き、再度少年少女に鬼のような形相を向けた。



「わかった。いいさ、妙神山に行くよ。行けばいいんだろ?」

「おおおおおお!そうこなくっちゃ!さすがメドーサ男前!」

「それじゃあ私、今からすぐにお弁当準備します横島さん!」

「そのかわり成果が見れない時には判ってるだろうね横島!」

「おう!そん時にゃ『アキレスの踵』だろ?判ってるって!」



ちなみに『アキレスの踵』とは伝説の拷問で生きるのが嫌になるほどの罰らしい。
上級の魔族神族さえ畏怖させた竜神の眼光も、目の前の少年少女はレジストする。
ここは不利だ。そして、不利な状況に固執しないのはプロの心得のひとつである。
半ば諦め気味の笑顔をたたえて、女神様は次の展開に頭を切り替えることにした。









そんなメドーサさんの貴重な防御シーンが展開されてた頃の妙神山出張所。
決して一般人には姿を現さないその結界の前に、一人の女性が立っていた。
赤い長い髪のボディコン除霊師、国内最上級GSである美神令子嬢である。



「あー、右のと左のだっけ?おひさー。ねぇ、小竜姫さまって今日いる?」

「おお、美神ではないか。小竜姫様なら確か江戸にお出かけ中の筈だが。」

「左の、江戸参りは先月終わったぞ。確か自室におる筈。少々待たれい。」



数分ほど待たされたあとに、髪の毛を整えながら小竜姫が門の外に現れた。
例のもんぺ装束であるが、少し皺の入った布地が急いだ事を物語っている。
お辞儀で迎える美神を見るや、彼女らしい直球の笑顔をたたえて出迎える。



「月面作戦以来ですね美神さん。あれ?横島さんは一緒じゃないんですか?」

「え?ああ、ちょっと別口でね。それより修行しに来たんだけど、大丈夫?」

「妙神山は誰でもウェルカム、お師匠さまでも私でもお好きな方をどうぞ。」

「さっそく挑戦しようかな。お師匠って例のサルだっけ?そっちで頼むわ。」

「あは、まぁ確かにサルですよねえ。それじゃあこちらへどうぞ美神さん。」



こうして美神と小竜姫の二人が門をくぐり抜けたすぐ後に、今度は三人が門の前に現れる。
頭からフードを被った長身、ジーンズ上下にバンダナ姿の少年、セーラー服のおさげ少女。
ジーンズ少年横島は、気軽に門のまん前まで行き、門に浮かんだ骸骨風の鬼に声をかける。



「お、右曲がりと左曲がりだったっけ?やっぱ男子たるものポジションって重要だよな!」

「今度は横島か。相変わらず下品の塊のような男だな。少しは品位というものをだな……」

「うるへー!それより小竜姫様いらっしゃる?愛しの横島が来たと伝えて欲しいんだが!」

「ええい、修行しに来たんだろうが!……むむ、ところでその後ろの二人は一体何者だ?」

「うちの新人。……まさか、この子達にも『試練じゃー』とか言うんじゃなかろうな?!」

「貴様の関係者なぞコッチから願い下げよ!小竜姫様は中におられる、心して入られい!」



こうして普通に妙神山の結界門が開き、なんの抵抗もなく三人は中への潜入に成功した。
言っておくが横島くんは騙して入ったわけではない。門番が少々勘違いしただけである。
無論この後2鬼の門番は、業務不行届で小竜姫にきつい折檻を受けることになるのだが。



「たしか、中庭抜けると修行場に出るはずだったような。あれ?おかしいな。むむむ?」

「しっかりしとくれよ……それよりあっちに行ってみようか。多分小竜姫の部屋だよ。」

「え?ど、何処ですか?メドーサさん、小鳩には何も見えないんですけど……」

「ほら、あそこさ。でっかく小竜姫の名前が書いてあるだろ?」



メドーサが指を鳴らすと、何も無かったはずの空間に一軒家ほどの建物が出現する。
細く白い指がさす先にある建物の扉には確かに『小竜姫自室』と大きく書いてある。
つまりは建物全体が、すっぽりと不可視の結界と障壁に覆われて守られていたのだ。
だが格の高い竜神にとっては、横島の部屋のベニヤ扉より質素な障害物に過ぎない。



「さて、お邪魔するよー。………………うげ、な、なんだいこれは。」

「うわあ………。」



メドーサが4歩も下がるほど、横島が絶句するほど、小鳩が驚愕するほどの部屋が目の前に現れる。
部屋は蛍光色で埋め尽くされ、その壁には明らかに現代風の少女漫画絵柄の少年が留められている。
他の壁にも嗜虐的な笑みを浮かべた眼鏡リーマン、甚平中年が大胸筋の目立つ姿勢で屹立している。



「鬼畜レンズ、宇宙一初恋、闇執事、純朴ロマンチカ……お姫様けっこう俗っぽいですね。」

「どーやら最近遊びを覚えたってコトらしいね。うーん、真面目すぎての反動なのかねえ。」

「なんだか判らんが禍々しい気配の絵ばかりや……小竜姫さま、まさか男に走ったのか?!」

「別に小竜姫が男に走ってもいいだろうに。ただ、こりゃ婚期を逃す気配が濃いけどねえ。」



そこに部屋の主が読みかけの本の続きを楽しみに帰還する。
だがしかし、そこにあってはならない光景が展開していた。
以前からの顔見知りの少年、面識の無い少女、そして……



「めどーさ?!なんで私の部屋に?こ、ここであったが100年目!その、いざ尋常に勝負勝負!」

「あ、あの、小竜姫様ですよね?ここで暴れちゃうと大事な『うすいほん』に、傷が入りますよ?」

「く、ひ、卑劣な!ここを神族の拠点妙神山と知っての狼藉ですか!横島さん見損ないましたよ!」

「あー、こういうこと言いたかないんだけどさー、小竜姫、人界干渉違反ってのは知ってるよね?」



ニヤニヤしながら厚さ7mmの小冊子を摘み、ぶらぶらとさせるメドーサ。
真っ赤になりながらその本を奪い取って、胸元に大事そうに抱える小竜姫。
同じような本は部屋の隅のベッドの脇に、5列ほどうず高く積まれている。



「し、資料です!人界の動向を知るのも妙神山の重要な任務!個人的な楽しみは一切有りません!」

「あっそ。じゃあ小鳩、例のE&Mの新刊ってやつは人間界の参考資料にはなるもんなのかねえ?」

「あ、これですか?これはなりません。腐向けをTSにした俗悪本です。百合向けではあるかも。」



小鳩は胸元から100円で手に入れた薄い本をぞんざいに取り出す。
まぁ薄い本とは言っても同人誌の中ではかなりの分厚さでは有るが。
しかしその扱いの悪さと、小竜姫が持っている価値観は違うらしい。
即座におかっぱ頭の下の眼光が煌々と光り、美麗な表紙を射抜いた。



「そ、それは、男性向け創作に何故か移っていたE&Mの…………メドーサ、それをどこで?」

「そいつは秘密さ。大丈夫、人間界の動向なんて1ミクロンも入っちゃいないから安心しな。」

「そ、そうですか。では全く興味ありません。あくまで仕事ですから。ええ、仕事ですとも。」

「おや横島、鼻たれてるじゃないか。小鳩、そんな本は要らないから横島の鼻かんでやりな。」



メドーサが小鳩に、わざとらしくウィンクをする。
意を解した小鳩が、手に持つ薄い本を適当に開く。
そして開いた本は横島の鼻先2cmの位置に移動。



「判りましたメドーサさん。横島さん、チーンしましょう?」

「おっけー。」

「あああああああああああああああああああああああああ!」



大声を出して手を伸ばしてしまう、人間を善く導く使命を帯びているはずの竜神。
横島と小鳩、そしてメドーサは最大級のニヤニヤでその必死の姿勢を眺めていた。
耳どころか首元まで真っ赤に染まり、そのポーズのまま固まってしまう小竜姫様。



「ふふ、冗談ですよ……はい、小竜姫さん。これ、あげます。」

「ええ?い、いいのですか?本当に?あ、あなたのお名前は?」

「花戸小鳩です。………その代わり、メイサさんのお話が聞きたいです。」

「メイサ?!あなたがなんでメイサねーさまの事を知っているのですか?」



無垢な笑顔で小竜姫を見つめる小鳩。その笑顔にはどこにも悪意を感じられない。
若い竜神はメドーサを横目でちらりと眺める。どうやら陰謀を懸念している様だ。
数十秒小竜姫は思考迷路で逡巡していたが、やがて意を決したのか口を開きだす。












竜神国郊外の広い邸宅。国王であり仏法の守護者たる竜神王の数ある屋敷の一つである。
その広大な屋敷の庭で、耳元に小さな角を生やしたおかっぱ頭の少女が走り回っていた。
やがて幼子は、年の頃20前後であろうか古代中国風の兵士装束の女性の足に抱きつく。



「めいさめいさ、あのねあのね、こーんなおっきなへびがニョロニョロしてたよ!」

「ああ、そいつはあたしのビッグイーターさ。さっき屋敷の警戒に出したからね。」

「そーなんだ!!あ、むこうでおはながたくさんさいてたよ!!いっしょにいこ!」

「あーはいはい。うーん、あたしはSPで来たってのに何で子守りしてるんだろ。」



少女は黒髪の女官吏の手を引き、自分だけが見つけた秘密の場所に案内していく。
もっとも、そこは屋敷の中で、居住者も使用人も誰もが知っている場所ではある。
だが、ちいさなお姫様にとっては誰にも知られている筈のない秘密の場所なのだ。



「かんむりつくってあげるー。めいさはおしゃれしないからもてないのよー。」

「……誰だい、そんなつまんない分析をお姫様に吹きこみやがった馬鹿者は。」

「えー?おやしきじゅう!あとねー、こーんなめじゃ男はよってこないって。」



小さな指で自分の目尻を思いきり上げる少女。屋敷の誰かがやっているらしい。
次の瞬間、手に持っていた花が落ちたのに気がつくと、必死にまた拾い集める。
その姿がいささか滑稽で、黒髪の女官吏は口角を上げて嘲笑する。



「はいできたー!ね、あたまさげてー?………はい、おひめさまです!めいさおひめさま!」

「そりゃどーも。さ、風邪引かないうちに屋敷に戻るろうかお姫様。ほれ、勉強しないと。」

「………おやしききらい。めいさすぐどっかいっちゃうし。ねー、もっとちょっとあそぼ?」

「駄目だよ小竜姫。あんたは竜神国の主になるかもしれないんだよ。ちゃあんと勉強しな。」

「じゃああるじになったらめいさはあたしのおよめさんにしてあげる!ねえ、いいでしょ?」



大きな曇りの無い瞳が、女官吏の顔を見上げる。
否定の言葉が数百と頭をよぎる。
しかし。



「あはは、お嫁さんってガラじゃないからね。うーん、お姉さんにならなれるかもね。」

「ねーさま?うん、じゃあめいさはきょうからねーさまね。うふ、ねーさまだいすき!」



姉の首に抱きつく妹。
その柔らかい髪を何度も撫でる女官吏。
やがて少女は自ら離れ、姉の手を引き屋敷に戻り始める。



「いっぱいべんきょうしていっぱいつよくなってあるじになるの。」

「あー、それがいいよ。うん、あんたにはそれが大事だからねえ。」

「でね、ねーさまといっしょに、いっぱい、いーっぱいあそぶの!」



そう宣言した貴族の少女は、屋敷に消えていった。
苦笑しながら手を振るメドーサに、背の低い類人猿を思わせる老人が近寄ってくる。
斉天大聖。東海竜王のつてで小竜姫の後見人をしている天界の最重鎮の一人である。



「メドーサ、子供とはいえ彼女には政敵が数多い。今のはちと刺激的過ぎたのではないかのう?」

「ああ、誰かと思えばサル親父じゃないか。……ま、その時はその時さ。あんたがいる訳だし。」

「かばわんとは言わんが、冤罪は政治のイロハじゃぞ。せいぜい気をつけることだなメドーサ。」

「かばう必要は無いさ。あの子もいずれ大人になる。少し早めに世界を知る事になるだけだよ。」



優しげな瞳で、少女の入った扉を眺める女官吏。
悲しげな瞳で、腕を組む女官吏を眺める老いた猿。






そしてあどけなさが凛々しさに、幼な子が女性になる程の時を経ても、二人は一緒であった。
只の官吏にそこまでの権限なぞ有りようも無い。後見であり重鎮の斉天大聖の威光といえる。
小竜姫を利用せんとする連中は多くやってきた。しかし女官吏と老後見人が悪意を排除した。
その結果、姫の周囲に存在する者は使用人を除けば、女官吏と老猿しか居なくなってしまう。



「ねーさま!今日の式で私、やっと爵位継承です!正式に王族になるんです!」

「もう何度も聞いてるよ……まぁ何度でも言うけどさ……おめでとう小竜姫。」

「ねーさまに習ったこの剣技と正義で皆を善き道に導きます!じゃじゃーん!」

「だから、じゃじゃーんはやめなって。調子に乗るのが悪い癖だよマッタク。」



メドーサが住み込んでいた屋根裏部屋で小竜姫が嬉しそうに跳ね回っている。
当のメドーサは破風窓の窓枠に座り、時折外を眺めては、王族に笑顔を送る。
勿論、小竜姫の言葉は虚勢ではない。腕前は軍人顔負けにまで上達している。
座学は家庭教師が、公序良俗、法律、帝王学も斉天大聖が親身に教えこんだ。



「ねえ、ねーさま?」

「どうしたんだい小竜姫。」



視線を外に向けながら答えるメドーサ。小竜姫は少しだけ外の光景に嫉妬する。
気配を殺し霊力を溜め、気合を集中、一気に放出し驚異的な速度で抱きついた。
ちなみにこれが小竜姫の超加速の始まりであったりする。



「すきあり!」

「うわっ!ば、馬鹿!!隙があっても室内でそんな事する奴があるかい!」

「うふふ、ねーさまがちゃんとこっち見て話を聞いてくれないからです!」

「わ、わかったよ。」



横座りに腰掛けていた窓枠を飛び降り、まっすぐに立ち小竜姫を見下ろすメドーサ。
小さい頃は視線を合わせるために身を屈めたりしていた。しかし今はしない。
身体的特徴は利点であり欠点、正確に把握することこそが重要である。
その為、武術を教え始めてから常に彼女は見下ろしていた。



「いいですか、メイサさん?一度しか言いませんから、しっかり覚えなさあい?」



小竜姫はそう言うと、鼻梁の上で人差し指をしきりに擦っている。
これはどうやら彼女の家庭教師がする癖を真似ているらしい。
メドーサにはツボだったらしく、くすくすと失笑していた。



「うふふ、あのね、ねーさまだーいす――――――」



少女が正式な王族になる直前2時間に、老猿の悲しい予言は当たることになる。

屋根裏の扉から、天井から、竜の鱗の付いた筒状の武器が幾本も顔を覗かせる。
咄嗟に脚払いし小竜姫を転ばしたメドーサは、そのまま窓を突き破り外に出る。



「動くな!特一級黒便覧手配だ!神妙に縛に……うあああああああ!」



待ち構えてた板鎧姿の兵の首を手から生やした刺叉で挟み、捻って地上に叩き落す。
当時からメドーサが愛用している刺叉だが、捕獲道具なのは皆さんご存知のとおり。
彼女は軍属ではなく官吏だった為に、殺傷道具の携帯許可が下りていなかったのだ。

光る刃が、短筒が、その他の数多の得物が幾重に重なり飛び去る女を追う。
しかしストイックに鍛え上げられた彼女に、そう追いつける者なぞ居ない。
一方逆鱗を幾度も突かれた様な憤怒の形相で小竜姫が侵入者に気炎を吐く。



「この捕り物の責任者は誰か!事と次第によっては、この小竜姫が許しませんよ!」

「小竜姫殿下、奴には特一級手配が掛かっています。捜査妨害はお控え願いたい。」

「捜査妨害?!王家諸縁の邸宅に無断で兵が突入した事を主が怒って何が悪いか!」



そんな騒ぎの中、猿顔の老人が杖を付いてひょっこりと屋根裏部屋に現れる。
扉を守っていた兵士も居たが、杖が顔に一撃し幻惑する間に通り抜けられた。
捜査責任者と屋敷責任者の間に立ち、その雰囲気を中和せんと笑顔を見せる。



「小竜姫、少し頭を冷やせ。……では礼状を見せてもらいましょうかな。」

「ご覧になりたければどうぞ。特に見せるなとも言われておりませんし。」



小さなメガネをかけ、畳まれた書類を伸ばして目を通す猿神。
瞳は左右に動き、読み進んだ分だけ視線を下に落としていく。
目線は伏せるほど進み、読み終えた猿神はそっと目を閉じた。



「行かば修羅、引かば羅刹か。小竜姫、ここがお主の分水嶺だのう。」

「お師匠様?」

「目を通さずばお主は安泰、しかしメイサとは今生の別れとなろう。」

「……………」

「通さば王族は反古となろうが、真実は見えよう。選ぶは己自身だ。」



手を止め躊躇う、あと2時間弱で王族になるはずの彼女。
しかし小竜姫は、その紙をしっかりと手に取ってしまう。
ここが分水嶺。彼女は決して戻れない流れに身を投じた。



「この大文字大角の落款?!……ほ、本物……お師匠様、これはいったい、どういう……」

「左様、お主にとっては身内。そして天界を支える十三柱が一柱と謳われる大竜姫殿だ。」

「しかもこの罪状は明らかな冤罪!そんな、高位の神とあろう者が何故こんなものを……」

「澱めば腐る、それは万物の摂理。小竜姫、お主が思う程に神は清廉でも潔白でもない。」



その後、小竜姫はメイサの黒便覧手配の差し止めと捜査機関の査問を求め、敗れる。
老猿の予告した通り、大竜姫からの政治圧力により小竜姫は爵位と継承権を失った。
その後に彼女の元へ幾度と無く実姉が現れて自分に服従するよう求められたが拒否。
完全に孤立した小竜姫だったが猿神の計らいにより妙神山出向という結末を迎える。






(後編に続く)


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