椎名作品二次創作小説投稿広場


GSメドヨコ従属大作戦!!

疾風!魔法大作戦!


投稿者名:まじょきち
投稿日時:12/ 5/28





花戸小鳩の参入で懸案であった事務と実務が分業となり効率が格段に上がった。
口コミも広がり、かなりの数の依頼が舞い込むこととなっていた矢先であった。
まさに渡りに船と呼んでも差し支えないような状況での花戸小鳩投入といえた。



「あ、はい、千代田ですね。えーと、今ですとお伺いは来週の木曜で……では、入れておきます。」

「こちらメドヨコ事務所です。あ、新大塚さん!いつもお世話に……はい、入金は確認しました。」

「お待たせしました、こちらGSメドヨ……すみません、明日すぐにはちょっと難しいかと………」



貧乏をこじらせて働きながら過ごし勉強の機会が乏しい中で、中途入試に受かった彼女である。
社会経験と一般事務業務のポテンシャルは原作随一であると言っても言い過ぎではないだろう。
事務員として彼女がいる、その事がメドヨコの立ち上げ直後の躍進を強力にサポートしていた。



「あの、横島さん、お客さんがヨソとアイミツ取ってるらしいんですけど、どうします?」

「え?ウチがアイミツで負けちゃってるんか?!珍しいな。うむむむ、どーするかなー。」

「確かに変だね。……小鳩、そのアイミツの相手ってのは、一体ドコのドイツなんだい?」

「えっと、ちょっと待ってください……魔法料理マリン、ってところらしいですけど……」



賢明な読者諸氏には今更用語解説するほどでもないが、アイミツとは競合見積もりの略である。
例えば会社にコピー機レンタルを入れようとしたときに、わざと高い会社と契約したくはない。
どれ位の料金になるか競合させ、安く提示した所を採用する、という自然な取引の流れである。

そしてメドーサは小考する。
横島発案の相場の半額大作戦はいずれダンピング合戦に巻き込まれる危惧をはらんでいた。
しかし、メドヨコ事務所は小鳩の給料と生活維持費と電話代以外は元手がかかっていない。
正直、一回の仕事で月間経費はペイできるのでダンピングに負けるはずは無い。しかし……



「そうだね……微妙なところだけど、あたしは手を引くべきだと思うね。」

「おっ、メドーサにしてはずいぶんと弱気なんだな。して、その真意は?」

「相手の真意ってのがまだ判らないからさ。長丁場の可能性もあるしね。」

「なるへそ……小鳩ちゃん、向こうから5引いて再提示、駄目なら撤退。」

「魔法料理マリン提示額から5万引きですね……判りました、横島さん。」



結局、GSメドヨコに勝負を仕掛けた競合他社は、即座に提示額から半額という条件を出す。
GSメドヨコにとって顧客層の強化は、立ち上げ直後という事もあり最重要課題なのである。
しかし、最高意思決定機関であるメドーサさんと横島くんは、結局この勝負から手を引いた。



「半額って、もうそのうち金払うから除霊させろとか言うんじゃねーのか?」

「金払うから除霊させろ、か……なるほど。それはアリかもしれないねえ。」

「おいおいやめてくれメドーサ!俺らはともかく小鳩ちゃんちが困るだろ!」

「馬鹿だね、ウチの事じゃないよ。向こうは本業のGSじゃないって事さ。」

「確かに名前からして食堂みたいですしね……ちょっと調べておきますね。」



小鳩、メドーサ、横島。この3人に共通するのがパソコンと携帯電話を持たないことだ。
通信手段は固定アナログ回線である黒電話一個であり、インターネット機能は無論ない。
ちょっと調べる、そう言うと小鳩は部屋着のセーラー服にジャンパーを羽織り外に出た。

そして小一時間が過ぎた後に外出から小鳩が帰ると、扉には鍵が掛かっていた。
昼からの仕事のため横島とメドーサが出かけたのだ。小鳩は懐から鍵束を出す。
その中に、少し汚い字で『小鳩ちゃん用』とタグのついた鍵を見つけ出す小鳩。
少し嬉しそうに微笑んだ後に、その金属製の小さな棒を使い部屋に入っていく。





一方そのころ。



「メドーサ、実はちょっと俺、考える所があるのだが聞いてくれるか?」

「くだらない事じゃなきゃあ聞くけど。」

「モテモテの事についてなんだけどさ、やっぱりその定義ってのは……」

「ハイ終了。ほれ、もうすぐ四谷だよ。」



今回の除霊は新宿に程近い四谷界隈である。
新大塚不動産の社員と新宿で合流し案内を受けての移動であった。
四谷は新都心周辺でも古い繁華街や街並み残る、通好みの地所だ。



「小鳩ちゃんにモテてるのには何の異存もないのだが、やっぱりモテモテと連続する以上……」

「この空き家が今回の現場かい?うーん、こりゃ話を聞いてたより楽じゃあなさそうだねえ。」

「こう、小鳩ちゃんから以外にもう一方向からモテてこそ『モテモテ』なんじゃないかなと。」



四谷駅前の繁華街から西に数ブロックほど離れている地所。
小工場とアパートと雑居ビルが狭い路地に張り付いている。
その一角のビルの入り口前で、メドーサたちは立っていた。



「といいますと?」



質問を投げかけたのはクライアントである新大塚不動産営業担当者だ。
無論その質問先はむずかしい顔で考え事をしている横島とメドーサだ。



「だからモテモテってのはさ、二正面以上を受け止めて初めて成立するんだと思うんだよな。」

「ただ二正面以上の軍略ってのは古今東西、成功した例が無いんだよ。あたしゃ反対だねえ。」

「そんな事は関係ねえ!男子たるもの、いやオスたるものハーレムはロマンなんだよロマン!」

「それは確かに言えます。老いも若きも、美人に囲まれて紙幣風呂に入ってワインは夢です。」

「あいや、それにはアチキは承服しかねるでありんす。恋焦がれて一人との逢瀬こそ夫婦よ。」

「いやいやおねえさん、おねえさんだってイケメンに囲まれたら嬉しいっしょ?!一緒一緒!」

「アチキには伊右衛門様さえいれば、それだけで十分幸せでありんす。小童になんぞわかる。」

「確かにあたしもオスのハーレムについちゃ否定はしないよ。ただ人間は一夫一婦長いしね。」

「あいやしばらく。拙者も妻に妾の両立は当然と思っておったぞ。そこな小僧に同意である。」

「だろだろお?このお侍さんだってそう言ってるし、ここはもうモテモテは二人以上でしょ。」

「……なんだかミョーに人数が増えてる気がするんだけどね。自己紹介でも始めてみようか。」

「俺、横島忠夫!今が旬の17歳中卒にしてGSメドヨコの共同経営者!みんなよろしくね!」

「私は新大塚不動産の営業担当で新大塚三郎と申します。社長の新大塚一郎は私の父ですね。」

「アチキは田宮又左衛門が娘で岩でありんす。気軽に『お岩ちゃん』と呼んでくだしゃんせ。」

「拙者は赤穂藩を脱藩し浪人となった民谷伊右衛門と申す。色々あって女で身を崩し申した。」

「―――うーん、横島。この女と武士はもしかして幽霊じゃないかとあたしは思うんだけど。」

「いやいや幽霊だからって関係ないって!多数決でモテモテは二人以上って決まったんだよ!」

「あのねえ……こいつらが今回の仕事の相手だって言ってるんだよ!さっさと除霊始めなっ!」



四谷怪談で有名なお岩さんの旦那の伊右衛門さんは、討ち入り前に召抱えられた赤穂藩士でした。
ただ、せっかく入った会社がいきなり潰れる事が今でもあるように、入ってすぐに松の廊下事件。
しかしこの伊右衛門さん、仕事もろくに始まってない頃だったので普通にやめちゃったそうです。

それなら別にそこまで話題にも上らない良くある話。だけどこの人、元上司の愛人に恋しちゃう。
でもって上司もまた最低で、やることやって妊娠させたんで面倒だから愛人を部下に押し付ける。
だけど更にまずい事に伊右衛門さん奥さんいらっしゃる。そうなると愛人の為に奥さんが邪魔に。
そこで最低上司は奥さんに別れさせ屋を差し向けて浮気をでっち上げ。浮気を知り旦那さん激怒。
離婚を見事奥さんの落ち度で成立させ、更に別れさせ屋と奥さんを心中に見せて、あわせて殺す。

これで船越英一郎が解決すれば、『デデデデ、デデデデ、デーデー!』と入りそうな内容である。







「というわけで、祓うんならお岩だけにしてくれ!拙者はまだ美人幽霊と出会い足りぬのだ!」

「アチキは祓われても構いやしません。けど、伊右衛門さまが一緒じゃなきゃ嫌でありんす。」

「どうするんだい横島。あたしゃなんだか馬鹿らしくなってきたからさ、あんたに任せるよ。」

「ふむむむむ。……ど、どうだろう?!お岩さん美人さんだし、俺と浮気しちゃうってのは!」

「ば、馬鹿を申せ!拙者、NTRはしてもNTRされるのは看過できぬ!お岩は拙者の女ぞ!」

「でもお岩さんいらねえんだろ?いいじゃん、俺も美人幽霊とエローンなことしたいんだよ。」

「貴様のような下衆にお岩を弄ばれる位なら、いっそ浮気を我慢したほうがマシというもの!」

「……お岩はそのお言葉ずっと待っておりました!やはりお岩には伊右衛門さましか居らぬ!」



なんだか幽霊同士がイチャイチャし始め、不機嫌な表情でしゃがみこむ横島くん。
結局、メドーサさんが二人を近くの神社に誘導、封印して業務完了とあいなった。
初めて除霊に同道した新大塚三郎氏は、ただ感心しながら拍手を送るのみだった。









「ただいま、しかしお岩さん超美人だったのう。やっぱり俺がNTRしときゃよかった!」

「あんた本当に学が無いね。赤穂浪士とお岩って言や当時でも有名な熱々カップルだよ。」

「当時とか言われたって俺知らねえって!ああもう、小鳩ちゃんごはん!おなかすいた!」

「……小鳩が美人じゃなくって申し訳ありません。ごはんは美人さんに貰ってください。」

「え゛?!あ、あの、小鳩ちゃんと比べてドウコウじゃなくて……その、ごめんなさい。」

「ふふ、冗談ですよ横島さん。ちょうど出来た所ですから冷めないうちに頂きましょう?」



メドーサと小鳩は共に料理が出来る。二人で横島の為の献立を考えるのだが、目的が互いに違っていた。
メドーサは肉体作りを主眼にしたメニュー。主にカルシウムや炭水化物の摂取、ついでに健康の維持だ。
小鳩は逆に健康づくりを主眼にしている。5大栄養素をバランスよく摂取して、ついでに肉体の強化だ。
女性陣は横島の目を盗んでは互いの持論をぶつけ、結論がつくと翌週の献立が決まる、といった具合だ。

そんな苦労など全く知らず、親の仇でもとるように食事をパクつく横島くん。他の二人は普通に食べる。



「そいや小鳩ちゃん、例の半額料理店ってどーだった?やっぱり本職のGSじゃあなさそうかな?」

「ええ、魔法料理店マリンって、ちょっと前に流行った感じのビストロ風レストランみたいです。」

「そんなんで除霊とか出来るんか?もしかして出張料理と勘違いしてるとか!女体盛りとかとか!」

「それがイギリスで魔法学校を出た後に国際資格取ったらしくて、GS協会の登録がありました。」



横島くんに自分が調べた魔鈴の情報差し出す小鳩ちゃん。
だが一瞬たりとも茶碗と箸を手放そうとしない横島くん。

仕方ないので半ば強引にその書類を受け取るメドーサさん。



「……ふうん。横島、あしたはこの店で昼飯でも食うとしようかね。」

「えー?俺は昼から小鳩ちゃんの女体盛りでも一向に構わんのだが?」

「馬鹿、敵情視察だよ。小鳩の女体盛りは別な日にしておくんだね。」



女体盛りについては賢明な読者諸氏にはもはや常識すぎる程に常識なので説明しない。
女性を裸で横たわらせるとか、お刺身やサラダを全身に飾り付けしちゃうであるとか、
皿の温度が伝わりますので急いでお召し上がりくださいとか、説明の必要は無いのだ。









そんなわけで、翌日はGSメドヨコの久方ぶりの定休日。
2人と1柱はそれなりに余所行きの服に着替えて、お出かけする事となった。



「………ここですね。GS協会の情報とも合ってますし、間違いは無いはずですけど……」

「これほんとにレストランじゃね?うーむ、何故ここがウチとバッティングしたんだろ。」

「ま、レストランなんだから眺めてないで食うしかないだろうね。さ、入るよ2人とも。」



木製の装飾扉をくぐると、中は明るく、木を基調にした店内装飾はいかにも欧風といった感じだ。
すでに二時に近いながらもテーブル席はほぼ埋っている。個人飲食店にしては異例だともいえる。
そんな光景をなんとなく眺めていると、そこに小さな黒猫が歩み寄ってきた。



「いらっしゃいませニャ!お席に案内するニャ。三名様で良いかニャ?」

「おおー、猫がしゃべった!すっげえええ!やっぱオカルト強いんだ!」

「あの、飲食店で猫って結構きわどいですよね……大丈夫ですかね……」

「小鳩、猫に見えるけど組成はエクトプラズムだよ。毛も落ちないさ。」

「そーなんですか。」



三人は奥の席に案内される。
メニューを開くメドーサ。メニューをすぐ閉じる横島。そもそも横島と同じものを頼むつもりの小鳩。
唯一吟味している竜神は、気の抜けたように書かれた字を追い頷きながら、時折、首をかしげていた。
そして、手元のベルを左右に振って注文決定を知らせ、やってきた黒猫に流暢に注文を伝えはじめた。



「ハーブと野菜の魔法料理フルコース。魔法マシマシ。」



なんだかラーメン屋の注文風に思えなくもない頼み方だが、残りの2人も同じものを頼んだ。









「おまちどうさま!」



テーブルに最初に料理を運んできたのは、なんと竹箒。中段あたりから手が生えて皿を抱えている。
目を丸くして素直に驚く横島と小鳩。そして醒めた表情のまま特に感情を崩すことの無いメドーサ。
前菜はアスパラガスのチーズ炒め。油を少なめにすることでチーズとの慣れが促進され食欲を誘う。



「おまたせニャ。」



そしてスープ。まだ1月で外は寒いながらも、ここでまさかの冷製仕立てのポタージュスープハーブ添え。
いわゆる『ヴィシソワース』と言われる物である。冷めたスープ自体をそもそも奇策と揶揄する人も多い。
しかし、手間をかけ極限まであくを取り除いた冷製スープは、口当たりの良さに澄んだ源流を見るという。



「お熱いですから気をつけて!」



そして肉。ここはパンチのあるステーキでの直球勝負だ。かかるハーブが臭みを抑えている。
しかし、大量の肉で圧倒するというほどではない。もう少し、そう思わせる微妙なバランス。
メインとはいえ決してコースはここでは終わらないぞ、というシェフの気概が見える一品だ。



「ごゆっくりどうぞニャ」



サラダは生野菜ではなかった。数種の野菜をハーブと共に鍋に入れて煮込む、いわゆる温野菜だ。
さらに魚介の出汁スープを入れて味を調えた後に、汁気を切った後にドレッシングで和えてある。
コースを終えればやがて外に戻る。外の寒さに備え体を冷やさぬ様にという心遣いが感じられる。



「デザートです!」



通常ならハーブを利かせたバニラアイスと誰もが予想するが、しかし敢えて薄味の牛乳ジェラート。
そしてその横の皿に、シナモンスティックの砂糖和えが小さな材木置き場のように並べられている。
そのミニサイズの材木にジェラートをたっぷりと絡めて頬張ると、口中に清涼な風が広がっていく。

貧乏舌の横島くんと豪奢な料理の経験の無い小鳩ちゃんは、互いに手を取り合い目を潤ませていた。
コース料理のマジック。それは全て食べ終えた後に脳内に混ざり合う至福の記憶のなせる業なのだ。
ただし、彼らの保護者の表情は全くの真逆。眉間の皺、小さく漏れる舌打ち、テーブルを叩く中指。



「………シェフを呼びな。」



前の皿を下げようとした黒猫に、ご機嫌斜めそうなメドーサは一瞥もくれずそう呟いた。
黒猫は最初気が付かなかったが、自分宛であることを知りメドーサの足元に走り寄った。



「あ、あの、お気に召さなかったですかニャ?」

「いいからシェフを呼べって言ってるんだよ!」



その剣幕に怯え猫族特有の俊敏性で走り去る、黒い小さな給仕。
店の奥からはツバ広の黒い帽子を被った、金髪の女性が現れた。
年の頃は二十代半ばほどであろうか。コルセット風の胴衣に黒のワンピースのいでたちだ。



「魔法料理『魔鈴』のシェフで魔鈴めぐみと申します。いかがなさいましたか?」

「あのね、あたしは魔法料理の店って聞いてやってきたのに、なんだいこれは?」

「はい、私の魔法研究の成果です。お味にご不満でもございましたでしょうか?」



メドーサは、手に持っていたフォークを指で挟み持ち上げ、すぐに離して落とした。
軽快な金属音が鳴り響き、机の上でフォークは数度回転し、魔鈴の方向に刃が向く。
無論このような行為は完璧にマナー違反である。メドーサも知っていてやっている。



「ドルイド風ケルト風の術式がバラバラ、抑制旺盛がごちゃ混ぜ、魔法の名が泣くよ。」



長い脚を組み直して、そのヒールの裏側を相手に見せて左右に振る。
もちろんコレもかなり際どいマナー違反。つまり、怒らせたいのだ。
右側だけで笑う口元も左側だけ上げている眉も、同様の意図を持つ。



「悪いこと言わないから看板の『魔法』の所に『アホウ』とでも張っときな。」

「――他のお客様もお食事をされております。場所を変えてお話しませんか。」

「いいよ。一週間後ココにくるといい。あんたは魔法の真髄を見る事になる。」



机に名刺を置き笑いながら立ち去るメドーサさん。
手荷物を胸に抱えて、その場を後にする横島くん。
必死に頭を下げながら会計を済ませる小鳩ちゃん。



そして一週間後、横島のアパートの扉を例のシェフが軽く叩く。
表札には手書きで小さく『メドヨコ除霊事務所』と書いてある。
前に立つシェフは大きな金属製の筒大鍋、いわゆる寸胴を左手一本で持っている。
もちろん彼女が怪力という訳でも修行の弛まぬ成果でもない。魔術の行使である。

開いた扉の向こうに、部屋の中央で片膝を立ててコタツに体を預けるメドーサ。
そしてその右手には、あぐらをかき緊張した面持ちで待ち構える横島。
そしてその左手には、正座をしつつも来客を無遠慮に吟味する小鳩。



「……除霊師さんですか。凄くがめつい人が居るって、もしかして貴方がたですか?」

「ちょ、ば、馬鹿言うなー!それはうちじゃなくって美神さ――モゴモゴモゴー!!」

「あはは、良く判ったね。このヘビ山ヘビ子に敵うガメツイGSはそうは居ないさ。」



メドーサは横島少年を胸元に引き寄せ、その口元を右手で塞いでいる。
そしてそのままの姿勢で、隣に居る小鳩に悪戯っぽくウィンクをする。
小鳩も咄嗟に目の前の女上司が何を言わんとしているのかを把握した。



「あ、あの……そうです、私たちは……がめついお仕事が大好きです。……たぶん。」

「こいつも、がめつさにかけちゃあ豊島区随一だってさ。なあ、そうだろう横島?!」



怪力の竜神様に口を塞がれたまま、強引に頭を上下にシェイクされる横島くん。
招かれたシェフは目の前のコントには興味も示さず、ぐるりと部屋を一瞥した。
きれいとは言い難い古い部屋。築年数は不明と片付けても支障はないであろう。
そして流しもコンロも部屋に相応しく、最低限の物しか据え付けられていない。



「さて、先に私からお渡しするものがあります。」



魔鈴めぐみは部屋と設備と住人を見て失望していた。やはり根拠の無いクレームかと。
商売事の宿命とはいえ、池袋に店を構えてはや数度目かの落胆を抑えて言葉を進める。



「この前の料理にご満足いただけなかったようですので、改めてスープをお持ちしました。」

「ほう、なかなかいい心がけじゃないか。じゃあ早速、そのご好意に与かるとしようかね。」

「では、皿をご用意いただけますか?あいにく食器までは持ちきれなかったものですから。」

「いらないいらない。それごと渡してくれればいいよ。全部飲みきっても構わないんだろ?」



慌てて大筒鍋を下げようとする魔鈴めぐみであったが、メドーサはそれより早く鍋を奪っていた。
少々懲らしめようと魔力をかなり強めに配合した。少量でも一般人には毒になりかねないスープ。
大きな寸胴をメドーサは塞がっていない左手で軽々と抱え、ジョッキを飲み干すかの様にあおる。
約18リットル入る寸胴。それを何処にあの量が入るのか、あっという間に飲み干してしまった。



「………まぁいい感じの魔女鍋って感じだね。魔女料理だったら看板かけてもいいんじゃないかね?」

「ではどうあっても、私の『魔法料理』は認められないっておっしゃるんですね?……ヘビ山さん。」

「まーね。さて、それじゃ本当の魔法料理って奴を見せてやるかね。効能はどんなのがいいんだい?」

「それでは『浄化』でおねがいします。」



メドーサは薄く笑うと左手に持っていた寸胴を魔鈴に渡し、そのまま立ち上がって流し台に向かう。
いよいよメドーサの魔法料理のスタートである。左手を器用に使い蛇口を捻り薬缶に流水を貯める。
その薬缶を手動点火式瓦斯コンロに載せて、徐に点火。今度はその手が空くや否や材料を取り出す。
日露食品工業の不朽の名作である大ヒット商品カップヌーベル。その保護フィルムを大胆に剥がす。
出てきた物の蓋を開け薬缶の状態を確認。もうそろそろである。カップヌーベルは薬味袋や粉袋が
存在しない、工程の無駄が無いメソッドを用いられている。そのまま熱々の湯を中に投入していく。
適量を知らせる境界線の薄い窪みまで湯を注いだら即座に開けていた蓋を閉じ皿で上に重しをする。

かなりテクニカルな描写が長く続いたが、読み手の皆さんにも魔法料理の片鱗は見えただろうか?



「メド……あ、あのー、ヘビ山さん、これ、カップ麺作ってるだけですよね?!」

「さすが小鳩、見る目があるねえ。だけどね、もちろんコレだけじゃあないよ。」



そして今までずっと塞がっていたメドーサの右手、つまり横島忠夫がやっと開放される。
文句を言おうと口を開いた瞬間、覆い被さる感触に声を失う。それは竜神の口唇の感触。
更にヌメヌメとした何かが口の中を縦横無尽に襲う。それは長い舌。口腔が簒奪される。
やがて数秒の間を置き、じたばたと抵抗していた横島の腕がだらりと力無く垂れ下がる。



「よ、横島さん!だ、大丈夫ですか?!」

「うーん、やっぱもう一味足りないね。小鳩も来な。」



その言葉の意味する行為を察し逡巡する小鳩であったが、意を決してメドーサに寄り添う。
そしてやはり小鳩もまた唇を奪われる。その威圧的な舌使いに酔い、残る横島の味に酔う。

そんな光景を目の前にしても魔鈴は平然と眺めるのみである。無論初心な少女ではない事もある。
留学時代、女性問題の多い先輩に膜は即座に割られた。性的な事案にさして感慨は持っていない。
それよりも今は、神殿を凌駕するほどに満ちた神気が、どのような結果を出すのかが重要なのだ。



「うん、二人揃うといい感じだねえ。………よっし、じゃあここで最後の仕上げだよ!」



カップ麺の蓋を開けると、メドーサが口を近づける。そして唇の先から赤い紐が顔を覗かせる。
それは先が二つに割れた、ストローよりも細い舌。その先がスープの直上でふるふると震える。
数秒後、透明の雫が一滴、舌から離れ、蜘蛛の様に細い糸を引き、やがて熱々の汁に飛び込む。
そこでメドーサはまるで何かを捕まえる様に蓋を閉じて、それを魔鈴の目前に差し出したのだ。



「さ、これが本当の魔法料理だよ。ほれ、食べてみな。」

「では、いただきます。」



口に運ぼうとする所作を確認したメドーサは、仲間の少年少女を引き寄せ、力を入れる。
その周囲に光の膜が薄っすらと張られる。これは結界。外からのものから身を守る障壁。
なぜカップ麺を食べる光景を眺めるのに、わざわざ結界の展開が必要だったのだろうか。

そしてこの時、ちょうど良いタイミングで、呼ばれもしていない珍客が部屋に現れた。



「聞いたわよ横島クン!ダンピング女と料理勝負ですって?そういう事ならこの美神令子が――」



その瞬間に魔鈴めぐみは一気にカップヌーベルの麺を啜り、噛み切ることなく一気に嚥下した。
それが食道を通り胃液に着水したその瞬間に衝撃波が発生した。その速度は音速を超えていた。
しかし物理的には何も変化は無く、カーテンが揺らぐことも無い。霊波と呼ばれる類のである。
結界に守られてたメドーサの周囲以外では霊力を帯びた物がことごとく、強い霊波に曝された。

横島の部屋のシミは消し飛んだ。彼が生活する間に、漏れ出した霊力が汚れと結合していたのだ。
そして彼の古いトランクスも消滅した。これは霊力を何度も帯び過ぎ繊維の組成が変わっていた。
ある程度強い能力者は身の回りの物が強い防具に変化する。伝説の鎧などもその典型といえよう。

しかし、今回その力は完全に仇となった。
魔鈴めぐみの服は全てこだわりのアンティーク魔女衣装である。百年以上魔女の魔力を受けていた。
その衣装は下着に至るまで一瞬で吹き飛び、金髪の女性が全裸でカップ麺を持っているだけとなる。
不精で服も下着もローテが激しいボディコンゴーストスイーパーも、同様に玄関先で全裸となった。



「――――――――手を貸すことも無さそうね。じゃ。」



無表情のまま、目の前の全裸の女に手を振って部屋を後にする全裸の前雇用者。
今回も魔鈴以外を確認できていない。プロのGSという意味で現場勘に欠けると言えなくも無い。
とはいえ彼女は全裸である。問答無用で脱がされた後に冷静さを求めるのは酷というものだろう。



「す………すごい!たった一口でこの威力!こ、これが本当に同じ魔法料理なの?」



一方の全裸の魔鈴めぐみは、少し小ぶりのバストも、その頂点の少し濃く色付いた丸い花も、
脚の付け根の短く生えた葦原も、なんら隠すことなく立ち上がりひたすら余韻に浸っていた。
ちなみに不気味なほど静かな横島くんは小鳩ちゃんの可愛らしい手により目を塞がれていた。
もっとも、それ以前にメドーサによるディープキスの後遺症で喪心状態に陥っているのだが。



「同じじゃあないさ。あんたのは魔術料理、単に魔術的な効能を詰め込んだに過ぎないのさ。」

「え?そ、それじゃこのカップ麺は?これはそうじゃないと言うんですか?」

「………しょうがないね。いいかい、こっから先は金取るからね。」



魔術とは魔の側、つまり悪魔に代表される混沌勢力の力。
法術とは法の側、つまり神族に代表される遵法勢力の力。
通常は相対する勢力のエネルギーは相殺するか反発する。
しかし、古き強き霊能力者の一部に両者の力を相乗させようと研究した者がいた。
それが魔法使い。だが一歩間違えば術者に全て撥ね返る。匙加減は針先より細い。



「つまり魔法ってのは神にも悪魔にも使えない、神魔に匹敵する力を持つ、人間の切り札ってワケさ。」

「そ、そんなに凄いものが何故途絶えたのか、それも知っていますか?私にはそこが判らないんです!」

「簡単な話さ。1万人が魔法使いを目指して、1人残り9999人確実に死ぬんだ。誰がやるもんか。」

「あ、あともうひとつだけ!なぜ貴女はそんなに魔法に詳しいんですか?」

「え゛?!あー……そりゃ、その、えーとねえ……べ、勉強したから……」



ばつが悪そうに目をそらして薄く自嘲するメドーサ。
まさか今さら言えなかった。遥か昔、人間にその魔法を教えたのが、実は自分だったとは。
彼女は世話焼きな一面があった。黒便覧に載る罪状の一つに人間界干渉違反が載るほどだ。
アーサー王の御付の魔術師もその手でメドーサに教わり、大魔法使いに上り詰めたらしい。
ちなみに今回メドーサは足りない要素を横島と小鳩で補い術を成した。別に色魔ではない。



「どんな本を読んでどんな勉強を!?ああもう、色々教わりたいです!おねがいします!」



メドーサはチロリと横島と小鳩を見る。
だが横島は絶賛ダウン中。そして小鳩はふるふると顔を横に振る。
竜神はいつもの高慢な薄笑いとは逆の自嘲気味の笑顔を浮かべた。



「じゃあ研究ノートを送ってやるよ。それで勘弁してもらえないかねえ?」

「あ、ありがとうございますヘビ山さん!お礼だったらなんでもします!」

「じゃあ……こいつ童貞なんだけどさ、筆下ろししてやってくれないか?」



昏倒している横島少年を顎で指し、魔鈴シェフに交渉するメドーサ。
小鳩ちゃんは即座に少年を抱き、大事な物を守るように身を呈した。
一方の魔鈴は不思議そうにその光景を眺めて、微笑んで返事をする。



「別にそんなことくらい構いませんよ。魔法使いは全てを犠牲にして求道するものですし。」

「―――――だってさ。どうする小鳩?それならモテモテも一応こいつに任せられるけど。」

「横島さんの筆は小鳩が下ろしますから!だったらもう除霊とか勝手にしないでください!」



泣きそうな顔をして睨みつける小鳩。メドーサと魔鈴は苦笑して肩を竦め、場は解散となる。
こうしてGSメドヨコの最大の商売敵と思われた魔法料理店は個人で除霊を行わなくなった。

しかし、それでもなお都心に居を構える除霊師にとってこの後に最大の不況が訪れてしまう。
それでは、いったい都心に何が起きたというのか。








「メドーサ!!大変だ!23区の悪霊が、根こそぎ居なくなってるぞ!」

「あ、そ、そーかい。じゃあしばらく休みだね。最近忙しすぎたしね。」

「おかしいぜ!異変だぜ?!大事件だぜ?!普通ありえねえんだぜ?!」

「こ、小鳩、あのさ、こりゃ骨休めしろっていう思召しじゃあないかねえ?そう思うだろ?」

「ふふ、神様のメドーサさんが言うんなら思召しなんじゃないですか?小鳩は知りません。」



笑いをこらえるように答える小鳩。表情を伺うように低姿勢で話しかけるメドーサ。
小鳩は、あの現場で唯一状況を全て把握した第三者である。なぜ異変が起きたのか。
それは、調子に乗ったメドーサが手加減せず浄化魔法料理を発動させたせいなのだ。
本気の浄化魔法により20km圏の霊的障害物は結界なしに維持できなかったのだ。
低級霊、霊障など一切合切が巻き込まれた。大きすぎる真空状態は砂漠化に等しい。
神社仏閣などは結界込みで建立されているが、手入れされていない物は吹き飛んだ。

ちなみに六道女学院と小笠原除霊事務所でも全裸騒ぎが起きたのだが、ここでは割愛する。



「そーいや魔法料理対決ってどうなったのメドーサ?なんでか俺、途中から寝てたみたいでさ。」

「あー、まぁ引き分けかね。横島、そういえば小鳩があんたにオロシがどうとか言ってた気が。」

「マジで?!言ってなかったけどさ、和風おろしハンバーグ大好きなんだ!小鳩ちゃんすげえ!」

「ええ?あ、はい!その、あの、大根は買ってありますから、こ、今度作りますね、横島さん!」

「ひゃっほーう!」



今度はメドーサが笑いをこらえてそっぽを向く。小鳩は首まで真っ赤になりながらメドーサをにらむ。
2人だけが共有する小さな秘密。2人の間にあった見えない壁もどうやら魔法が吹き飛ばしたようだ。



ともあれ、GSメドヨコは今日もいいかんじであった。










つづく。


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