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GSメドヨコ従属大作戦!!

メドヨコ破壊命令


投稿者名:まじょきち
投稿日時:12/ 5/15


「あのー、俺ここ辞めます。」



凍りつく美神除霊事務所。
おキヌちゃんは皆で飲む為に注いでいた急須をもったまま硬直し、お茶がとめどなくこぼれる。
美神さんはいつものように机上で指を組み肘をついたまま、その表情を全く変えることはない。
横島くんはそんな美神さんの前で、若干緊張した面持ちで直立したまま両手を前に組んでいる。
その状態で三人にとって永遠と思えるような数秒が過ぎた。



「あ、あの、横島さん?み、美神さんに生活が苦しいってちゃんと言いました?」

「そーいうんじゃなくてさ、その、死にたくないって言え、いや、ないんだよ。」

「ふーん?じゃあ、横島クンは『危ない事をしたくない』ってことなのかしら?」

「うーん、まあ、ぶっちゃけそういう事になるんですかね。なんとなくですが。」

「おっけー、そういう事なら異存は無いわ。……いままでありがと、横島クン。」

「み、美神さん!この前みたいに帰ってくると限らないんですよ?美神さんっ!」



一礼して事務所を出る横島くん。姿勢を崩さない美神さん。おろおろするおキヌちゃん。
なぜこのような状況になったのか。それはもちろん眷族の主たるメドーサの仕業である。




話は、半日前の横島の部屋に遡る。

横島は奇跡の生還とされ、特に外傷も記憶障害も無いということで早々に帰された。
美神たちに報告を済ませた後アパートの部屋に戻ると、メドーサと共に扉を潜った。
2人は眷属契約が済んでいる。しかしメドーサには今現在人間界でのねぐらは無い。
従者の物は主人の物、主人の物は主人の物という古の盟約に基づいての占拠である。



「言いたかないんだけどね、臭い、あと汚い、ついでに狭い。なんとかしな。」

「しょ、しょうがねーだろ貧乏なんだから!この部屋が俺の精一杯なんだよ!」



横島くんのお部屋は、いわゆる『魔窟』や『ゴミ屋敷』ではなく『汚い部屋』だ。
部屋が狭いのでゴミの総量が多く見えるが、床上50cmが埋まるほどではない。
メドーサはそんな部屋内を忌々しげに眺め、大きなため息を一つ吐いた。



「―――眷属のギアス(服従命令)に基づき横島に命ずる!部屋掃除しろー!」

「そんなこと急に言われても……あ、あれ?体が勝手に?なんじゃこりゃー!」



首だけがひょこひょこと不自然な動きをしながら、体はせっせとゴミを片付け始める。
弁当の食べかすや空き容器、ペットボトルなどが次々と分けられ袋に詰められていく。
もちろん、横島くんが必死に集めた女性関係の雑誌類も積み重ねられ、紐で縛られる。



「な、何で俺は掃除をしてるんだ?……メドーサ!さては俺に何かしたんだな?!」

「眷属ってのはこういう事。主人の真言があれば意思とは関係なく遂行するのさ。」

「おお!ちゃんと分別までしてるぞ!すげえ、分け方まで知ってるのかメドーサ!」

「そんなわけないだろ。あんたの脳みそにある情報を、体が引き出してるだけさ。」

「うはは、意外とそうじの手際がいいな俺!なんだかちょっと楽しくなってきた!」



横島くんちは間取り4畳半で家具もろくに無い、非常にコンパクトなお部屋である。
掃除が始まりわずか十数分で、流し、押入れ、トイレまですっかりと綺麗になった。
万年床であった布団も窓に干され、フローリングの床までも久方ぶりの光沢を得た。
持ち主さえも忘れていた来客用の座布団の上に、部屋の主とその主人が腰を下ろす。



「始めないから出来ない、出来ることに自信がない、それが負の連鎖を生むのさ。」

「いやー、なんか体はすこし疲れたけど、部屋がキレイっていいよな!うむうむ!」

「しかし、綺麗になると余計に貧乏が目立つねえ。金ばっかりはあたしも無いし。」

「ヒャクメ様たちみたいにさ、金塊をざばー、みたいなのメドーサは出来ないの?」



神族魔族が時々、事務所に金塊を流し込むようなシーンを皆さん覚えているだろう。
原作中でも一番印象的なシーンと言ってもいい。あれはいったい出所はどこなのか。
もちろん、人間である。金は宗教儀式に使われる。しかし、ただの安定元素である。
魔力を帯びてるならまだしも、神々や悪魔にとって純金は柔らかい金属でしかない。
ゆえに『貰ったは良いけれど扱いに困る結婚式の引き出物』状態で保管されている



「というわけで、あれは神族魔族の倉庫の端っこから引っ張り出してるわけなのさ。」

「でもさ、メドーサも竜神だっけ?魔族だっけ?なんかそんなんじゃなかったっけ?」

「あー、竜神国じゃ指名手配だし、魔族じゃないし、失敗続きで信用もないしねえ。」

「そっかー。ま、貧乏人は仲良くせないかん!なんだかちょっと好感度上がったぞ!」



メドーサの肩をぽんぽんと叩く横島。拳を固めた彼女だが、笑顔に呆れ腕を下ろす。
その横島の手を見て、メドーサは月面でしてやられた文珠のトリックを思い出した。
『糸』と『専』で縛られたやつだ。ちなみに筆者はあれにはまだ納得してはいない。
どう考えても点の位置がおかしいだろう!もっと近寄れてたらメドーサさん勝てる!
本来ならあそこからメドーサおっぱい大作戦になるべき!……………か、閑話休題。

目の前で無防備に笑う少年とあの好敵手の顔が、どうしても結びつかないメドーサ。
その時、彼女にとある考えが浮かぶ。



「今後の事をちょっと考えてたんだけどさ。横島、GSやろうか?ノウハウあるし。」

「え?そんなの無理だろ!GS協会からもメドーサは、ええっと、オタ崩れ者だぜ?」

「お尋ね者だよ!………ふふふ、実はまだ白龍会のGS株持ってるんだよねあたし。」

「裏書の名前でバレるだろ!どーせさ、漢字で『女錫叉』とかなんだろ?無理無理!」

「プロを舐めるんじゃないよ。ちゃんと自然な名前で書いといたさ。見てみな横島。」



胸の谷間から書類を入れる丸筒を引きずり出すメドーサ。その中からは一枚の大きな紙。
自信満々に広げるメドーサさんの表情を横目に見ながら、横島くんはその紙を凝視した。



「へ、へびやまへびこ………」



脳天から足の爪先に駆け巡る電流のようなショックに打ち据えられる横島忠夫。
誇らしげに胸を張る主人の素晴らし過ぎるネーミングに二の句が告げられない。
数秒間の沈黙。しかし、その身に宿る眷属としての忠誠心が彼の口を開かせた。



「ないわー。ヘビ山はともかく、ヘビ子はないわー。ヘビはともかく、子はないわー。」

「ば、馬鹿な!たしか日本の女の名前には『子』をつけるのがフォーマルのはずだよ!」

「小竜姫様の江戸時代錯誤より近いけどさ、そのフォーマル20年前に終わってるぜ。」

「に、にじゅうねん………」



目を見開き、力無くひざを折り、へたりこんでしまうメドーサさん。
上半身を支える気力すら乏しいのか、手を付いてうな垂れてしまう。
自分に土下座されてる様な格好になり、流石の横島くんも焦りだす。



「でも、メドーサの名前って意味じゃ意外性抜群かも!うむ、きっとそうだ!」

「そ、そう?本気でそう思う?眷属ギアスで本心叩き出して違ったら殺すよ?」

「ホントホント!なんならその辺に歩く人に聞いたっていい!大丈夫だって!」

「よかった……じゃあ、あとは……横島、あんた美神のところを辞めてきな。」

「判った、美神さんの事務所を辞めてくればいいんだな……………………え?」



今度は横島くんが目を見開いた。その変化の意味が全く判らないメドーサ。
横島くんにとっては、美神事務所からの離脱などは想像だにできなかった。
一年に満たないはずの数年という時間は、それほど生活に染みついている。
しかしメドーサにとっては、彼と事務所の関係は全く捉え方が違っていた。



「普通の給料の半分どころか、遥か下なんだろ?辞めりゃいいじゃないか。」

「いや、あの女を俺のものにするまでは、その、やめれない、というか……」

「そんなに欲しいなら強●でもすればいいだろうに。でも出来ないんだろ?」

「いや、まぁ、そこまでは、その、これでも俺、主人公でありまして………」



正座をしながら、もにょもにょと言い訳だか弁解だか判らない主張をする横島。
こちらも正座をしながら、その発言に腕を組みじっと耳を傾けているメドーサ。
次第に表情に落ち着きを無くしていく少年とイラツキを隠さなくなっていく女。



「前から思ってたけどさ、優柔不断があんたの成長を阻害してるんだよ。」

「そ、その成長できてない俺に一杯食わされたプロの人なら目の前に……」

「あ゛?!よく聞こえないね横島!」

「いえ、な、なんでもありませぬ。」



一睨で生ける者を石に変えられそうな程の、蛇が如き眼力が横島を射抜く。
どちらかというと蛙に近い横島にとって、その眼光はあまりにも強すぎる。



「まあいいさ。じゃあこうしよう、美神を試すって思えばいいじゃないか。」

「試す?」



メドーサは身を乗り出し、横島少年の鼻先までその顔を近寄らせる。
まっすぐに見据える瞳と、潤んだ唇と、揺れる胸に圧倒される横島。
妖しい薄紫色のリップが少し開き、そして片側だけ少し吊り上がる。



「簡単な話さ。本当に必要だったら辞める時にちょっとは引き止めるだろ?」

「あー。でも、前は引き止められなかったんだよな。丁稚扱いされててさ。」

「今じゃ現場度胸だって付いてるだろ。現にあたしは横島を評価してるし。」

「俺もそれなりに頑張ってるもんな。うん、確かに今なら引き止めるかも。」

「バンダナ経由で指示出すから、その通りに喋りな。ほんの一言二言だよ。」

「でも美神さん引き止めたらどうする?俺、事務所残ってもいいのかよ?!」

「その時は残っておけばいいさ。むしろあたしは楽が出来るってもんだし。」




こうして冒頭のシーンに戻るのである。
ちなみに、バンダナ経由でメドーサが出した命令は簡潔である。
命令1:『辞めたいですって言え。』
命令2:『死にたくないって言え。』
無論これは美神の心理の隙を突いたメドーサのロジカルな罠だ。
だが、それは横島くんが理解するには若干高度すぎる罠だった。
彼は事務所を出た扉の前で、気の抜けた様な状態で立っていた。



「あー、なにやってたんだろ、俺。」



池袋駅前の複合ビル群を抜け、やがて閑静な住宅街、窮屈な街角に変わる。
まだ現実がうまく噛み砕けない横島くんは、何度か自分の後ろを振り返る。
だが、彼の望んでいる光景は現れない。そして歩を進める。また振り返る。
ふと気が付くと、そこはもう、いつもの古ぼけた木造のアパートであった。



「メドーサただいまー。」

「おかえり。気の沈むのは判るけどさ、事実は冷静に受け止めな横島。」

「気軽に言ってくれるぜ。俺にとっちゃあ結構ショッキングなんだぜ?」

「だからって俯いててもさ、増えるのはせいぜいハゲくらいなもんさ。」



頭に手を当てぎょっとした表情で顔を上げ、メドーサを凝視する横島くん。
しかし、当のメドーサは彼が何を伝えたいのかが全く理解できない表情だ。
その表情を見た横島は、頭に手を当てたまま弱々しく微笑み、また俯いた。



「そ、そーだよな。事実は事実だもんな……でも、やっぱヘコむよな。」

「ほれ、うつむいてないで前を見な。幸運ってのは落ちちゃいないよ。」



横島の前で軽い音が数度流れる。その音の後、足の爪先に風を感じた。
落としていた目線を上にあげると、そこには、メドーサが立っていた。



「え?」

「ほら、別に金取るとか言わないからさ。……乳とか尻が好きなんだろ?」



先程とはちょっとだけ違うメドーサ。それは『服を着ていない』というだけ。
呆れ顔のメドーサである事に変わり無い。背筋を伸ばしたまま睥睨している。
ただ胸元には覆うべき布は無く、大きく張った双球が曝け出されているだけ。
ただ腰元には覆うべき布は無く、頭髪と同じ毛並みが曝け出されているだけ。

しかし眺めている少年にとって、その光景は刺激的過ぎるほど刺激的である。



「言っとくけど見るだけだからね。そうだ、キスしてもいいよ。霊力少し足りないし。」

「その、キスの時に手が触れるくらいは?胸にそっと手を当てて!ね?ねっねっね?!」

「しょうがないねえマッタク。……ま、可愛い眷族の頼みだ、その願い聞いてやるよ。」

「いいの?マジで?ひゃっほーう!」



メドーサさんの身長は182、一方横島くんの身長は175、7cmの差を持つ。
その差を埋めて二人の口唇が重なるには、高い方が顔を下げるのが一般的である。
メドーサはその頭を下向きに傾け、下がりすぎた分を顔を少しだけ斜めに上げる。
低い方がその差を調整しようと顔を上げたりするものだから、どうもうまくない。
高い方は低い方の顔をそっと両サイドから掴み、上から覆いかぶさる様に近づく。
低い方はその誘導に身を任せ、そっと両手を相手の胸に添え、瞬間を待ち構えた。
なんだか役割が男女逆転している気もするが、そこを気にしたら負けだ。

そして、そんなちょっと変わったシーンに、古錆びた蝶番の音と共に侵入者が現れる。



「横島クン!考えたんだけど、危険はともかくお給料の件、ちょっとくらい――」



全裸の女の胸を揉みながらキスをする、つい数時間前まで自分の仲間だった男がいる。
しかもいつものイヤラシイ下卑た笑みではなく、うっとりとした柔らかい笑顔である。
扉を開け放った姿勢のまま、以前の雇用者である美神令子は、数秒の間硬直していた。



「―――――――しか未払い残ってないから、今ここで払っておくわね。じゃ。」



無表情のまま扉を閉める以前の雇用者。
彼女は決定的なミスをした。相手をろくに確認せずに部屋を出てしまった。
プロのGSという意味で現場勘に欠けると言えなくも無い程の失態である。
とはいえ、美神令子女史といえどハタチそこそこの未経験の女の子である。
そこを責めたてるほど全てを求めるというのは、少々酷というものだろう。



「………っぷは!あ、あれ?い、今、美神さんの気配がしなかったかメドーサ?!」

「あー、未払いの給料置いてったけど?二度と事務所には来るなって事だろうね。」

「ま、マジかー!少しは引き止めに来てくれるとか信じてたのにー!ひどすぎる!」

「縁ってのはそういうもんだよ。だから出会いってのは大事なのさ。わかるだろ?」



適当に励ます全裸の竜神。
少年の中の天秤が、過去と未来で左右に揺れる。
美神事務所と美神令子、自分の部屋とメドーサ。
しかし目の前の刺激に思い出が勝てる筈も無い。



「メドーサ!GSの話乗ったぜ!そんでもって美神さん追い抜いてぶっ潰す!」

「ふんふん、それで?」

「俺の前で泣きながら土下座させていいなり肉奴隷にしちゃう!のはははは!」

「そこまであの女がするとは思えないけど、まあ目標としちゃ悪くないかね。」



目の前ではしゃぐ少年を見るメドーサ。細く吊りあがった目が更に細くなる。
自分を苦しめた美神令子を落胆させて、自分を苦しめた横島忠夫も篭絡した。
復讐と呼ぶにはこの上ない結果となった。内心は小躍りして舞う様な状態だ。



「そんな野望の王国もまずは第一歩が肝心だ!メドーサ君、なんだか判るかね!」

「まずは業務内容と料金体系の策定、あとは営業時間と範囲の規定、それに……」

「ちがいますぅ!まずは名前!かっこいい名前じゃないとやる気がおきんだろ!」



押入れにあった手垢の全く付いていない本が横島たちの目の前に現れる。
これは美神が横島にGS試験の座学用にと用意した、GS事業者名簿だ。
手付かずで蔑ろにされていた訳だが、先ほどの掃除で処分は免れていた。
横島くんはその本から『白龍会』の正式登録を、探し出そうとしていた。
例えばGS美神なら美神除霊事務所、GS小笠原ならOGSO、などだ。



「えと、正式名は……『ハゲとボーズのエクスタシー!白龍会除霊事務所』……」

「そうそう、看板の半分がハゲロゴでさ、ハゲの客以外お断りのGSだったよ。」

「いやじゃー!そんな名前のとこなんかいらんわ!やっぱ牛丼屋やるしかねえ!」



泣きじゃくりながら、おたまを回して掬う動きのシャドウを開始する横島くん。
実際にあれは非常に難しいそうだ。その動きの速さと加減で売り上げが変わる。
少年のひたむきな努力姿にちょっとイイカモと思いつつも、彼女は声をかける。



「登録名称は変更OKだから好きな名前に出来るよ。何かアイデアあるのかい?」

「変えられるんだ?!じゃあ……メドーサと俺だし、メドヨコ除霊事務所とか!」

「ネーミングは任せるよ。なんせあたしは、20年前で『ないわー』だからね。」

「ね、根に持つなよメドーサ、美人は素直が一番ってご先祖様が言ってたぜ?!」



おどけるように見上げて笑みをこぼす少年。
その無防備な笑顔に、百戦錬磨の女竜神も少しだけだが心からの笑みで返した。
ここでやっとタイトルコールである『GSメドヨコ除霊事務所』のスタートだ。



「じゃ、今日は夜も遅いし寝よう!そしてメドーサ!特別に俺と同衾を許す!」

「はあぁ?!」

「じょ、冗談でございますメドーサ様。わたくしめは押入れにて寝ますです。」



メドーサの縦に窄まる眼光に押され、押入れに入り込もうとする横島少年。
しかし、彼の着ているシャツの襟首に抵抗が発生し、その動きが止まった。
恐る恐る振り向くと、メドーサが彼の後方でシャツを掴み、にらんでいた。



「あ、あの、さすがに池袋とはいえ野宿は勘弁してほしいのですが…………」

「馬鹿だね、そこまで言いやしないよ。あたしがそっちに寝るからどきな。」

「え?いいの?マジで?!メドーサさんてばやっさしー!このツンデレめ!」

「何を勘違いしてるのさ。夜襲があったときにはそっちのが便利だからさ。」

「うんうん、そうだよな!わかってるわかってる!ちゃんとわかってるよ!」



ニコニコと笑いながらメドーサを案内する横島くん。対する彼女は不審顔である。
ちなみに彼女が同衾に難色を示したのは、嫌がった訳でなく防犯上のの理由から。
横島くんの部屋は扉と窓が向かい合わせに作られた正方形に近い形状なのである。
その為、外部より寝込みを襲われた際に、二正面の対応を余儀なくされてしまう。



「そ、その、メドーサさん?なんだったら俺もそっちに行っちゃおうかな?」

「無理。」

「で、ですよねえ。ちょっと調子に乗りすぎましたです。おやすみなさい。」

「おやすみ。」



ちなみに横島くんのお部屋の押入れは非常に狭い。蛇の巣穴か鰻の寝床かという程だ。
横島くんまで入ってしまうと、いざという時の動きが取れなくなる可能性が高いのだ。

翌朝、蛇の寝床から蛇のおねーさん、もといメドーサさんが熟睡の中から目を覚ました。
やはり横島くんを抱えての宇宙からの瞬間移動が堪えたのだろう、目の下に隈が浮かぶ。
二度ほど己の頬を平手で叩き、手櫛で髪を後ろに流して取り出したゴムで後頭部に結う。
いわゆるポニーテールのような状態だ。



「横島起きな!睡眠時間は太く短く!起きる所から戦いは始まってんだからね!」

「ほえ?ね、寝坊した?!今何時?そーねだいたいねー?ほったいもいじるな?」

「もう朝の4時だよ!もうすぐニワトリが鳴き始めちまうよ!ほれ、早くしな!」

「何故ニワトリと早起き競争せにゃならんのだ!学校まで5時間も先じゃんか!」

「学校?……あ、あたしとした事がそれを忘れてたよ。仕事どうすんだい横島?」



なにせ昨日の今日の、トントン拍子の、あれよあれよのGS設立。
多少は何か見落としも有るだろう事は両者とも薄々予想していた。
しかし、この問題は意外と二人の間で揉めに揉める結果となった。








黙々とスウェットに着替え、足を広げてストレッチを開始する横島。
学生服にブラシをかけシャツを出し、鞄の中身を確かめるメドーサ。
見向きもせず、かなり速いスピードで片手親指立て伏せをする横島。
学生証の入った手帳を彼の頭上に乗せて、上から踏み抜くメドーサ。

そこで二人は向き合い、互いの顔を凝視した。



「学校辞めればいいんだって!俺とGSやるって決めたのはメドーサだろ!」

「馬鹿言ってんじゃないよ!学ぶってのはね、後で必ず必要になるんだよ!」

「経験積んだ方が確実に役に立つ!近所のじーさん11歳から大工だぜ?!」

「あたしが欲しいのは戦士なんだよ!クレバーさの無い戦闘馬鹿じゃない!」

「じゃあ雪之丞はなんなんだよ!ありゃあどう見ても戦闘馬鹿じゃんかよ!」

「あたしの所に来る前から戦闘馬鹿だったんだよ!あたしのせいじゃない!」



一部でユキという愛称を持つ目つきの悪い少年が、遠い異国でくしゃみをした。
ちなみにユキ、本作ではこれで最後の登場となる。ファンの方には許されたい。



「わかったよ!じゃあ……学校に行くなら、あたしの体を好きにしていいよ。」

「え?!」



モンペ姿の戦闘服とはいえ、メドーサさんのナイスバディは隠し切ることは出来ない。
豊満なバスト、ベルトに括られた細いウェスト、少し小ぶりのヒップが少年を射抜く。
脂汗をだらだらと流しながら、視線を上下に揺らしながら、横島少年は硬直していた。
そして―――



「―――っと、とにかく!俺はGSやるんだよ!」

「そうかい。じゃあこのおっぱいはお別れだね。」

「決めたら迷うな!俺は、そう教わったんだよ!」



学習指導要綱にその様な項目があるかは知らない。
少なくとも筆者の学校では、教えてはいなかった。
それは横島くんの学校でも同様のはずである。



「あたしが行った学校ではね、それとあと二つ、教えてくれたよ。」

「え?メドーサも学校いってたんだ。なんかイメージじゃないな。」

「直前で判断を迷うな、必ず生きて帰れ、そしてあとひとつは……」



横島くんの視界が急に暗くなる。
お別れしたはずの豊満な胸が、彼の顔に押し付けられる。
耳元で、メドーサの小さな声が鼓膜になすりつけられる。



「仲間を信じて疑うなってね。……横島、あたしの仲間になれるのかい?」

「あ、お、おう!俺は池袋の華麗なる雑学大賢者!仲間にして損は無い!」

「わかった、今日からあたしが学校になってやるよ。覚悟しときな横島。」

「本当?!じゃあさっそく保険体育…………な、なんでもございませぬ。」



やはりというか、凶悪な眼光に射竦められる横島くん。
ちなみに彼女は『馬鹿にされるのが嫌い』なのである。
彼がその事に気が付くのはもう少し後のことであった。






その日の昼、横島少年は高校に退学届を提出。
それは瞬く間に受理され、中卒の称号を得た。
職員室では、稀代の問題児の自主退学に大歓声が上がったという。
彼は事務室脇にある公衆電話で、自室のメドーサに電話を入れる。



「メドーサ終わったぜ!今日から俺のビクトリーロードの始まりだ!」

『馬鹿言ってないで早く帰りな。名称変更しに協会本部行くんだろ?』

「協会本部って確か新宿だろ?帰りに寄って済ませてくるってばさ。」

『いや、ちょっとその名前でね、気になることがあってさ、メ―――』



ここ彼の持ち金の10円が尽きる。
もう一度かけなおそうかと思案した少年であったが、思い止まった。
たかが書類を書いて出すだけじゃあないか、おつかい位大丈夫、と。






新宿にあるGS協会本部。その2階には各種申請受付窓口がある。
その受付には、体つきのがっしりした頭髪のない背広の男がいる。
そこで横島少年は硬直していた。それはこんなやりとりのせいだ。



「で、ひとつ聞きたいことがあるんですが、よろしいですか横島さん。」

「なんでえおっちゃん!何でも聞いてくれたまい!うははははははは!」

「ヘビ山さんと横島さんで、どうして『GSメドヨコ』なんですかね?」

「うはははははは!そりゃああんた、俺様たる横島忠夫とメド…………」



そう、まさか、あろうことかGS本部のど真ん中で正々堂々と
『メドーサと横島でメドヨコだよーん!素敵でしょテヘペロ!』
等と言えるはずもない。彼がメドーサから逃げたいなら別だが。



「ちょ、ちょいとお待ちになってくだしゃんせ!持病の花粉症が!イテテテテ!」

「はぁ。何でもいいですけど、もうすぐ休憩時間になるんで早くお願いします。」

「わかってますよオジサマ!よっ、後光さしてるねえ!憎いよ!この網膜殺し!」

「もしこの私の髪型の事を揶揄してるんなら、今日の業務はやめますけれども。」

「なわけないでしょ波平――じゃなかったオジサマったら。のほほほほほほほ!」



そう言いながら彼は必死で鞄から出した本をめくっていた。
その本のタイトルは『クリャウン英和大辞典』と書かれていた。
彼自身は欲しくなかったがメドーサに言われ学校から引き上げた辞書だ。

特定のアルファベットを探しては何度も目を通し、時々メモを取る。
約30分ほど過ぎたころ、満足そうに横島少年は顔を上げる。



「メドヨコの由来はな!『MysteriousEnvironmentDynamicOccupyYOurCOnstruct』だ!」

「はあ。私もそこまで英語が達者だとは言いませんけども、めちゃくちゃですよね?」

「おう!めちゃくちゃだ!ただな、名前ってのはカッコよくなくちゃイカンのだよ!」

「そういう会社多いですよね。でも気持ちはわかりますよ。名称変更、受理します。」

「アリガトおっちゃん!いやー、やっぱ光る物がある男は違うな!この一人北極星!」

「……最後に言っておきますけど、私のこの髪型、実はヅラで中はフサフサですよ?」



横島少年の都合をいちいち聞き、長い時間を待ち、汚い手書きを受理した事務員の男。
その頭部はハゲている。頭頂部から前頭部、側頭部後頭部に到るまで、全てが無毛だ。
だが、彼のカミングアウトはその全てを否定し、横島少年の笑顔が消え表情を変える。

怒りや憎しみではない。『哀』と書いて『アイ』と読む、戦士独特の表情だった。



「馬鹿な真似はやめろ!自然に禿げるならまだしも、殺毛は許さん!毛根が死ぬ!」

「……嘘ですよ。ただ、あなたは口で言うほどハゲを馬鹿にしていないのですね。」

「ま、まあな。とある事情があって俺は将来禿げるの判ってたんでさ。すまねえ。」



横島くんはそこで、事務員の胸にあるプレートに、初めて目を向けた。
その名には、二度ほど見覚えがあった。一回目はGS株の裏書の署名。
そして二回目は部屋にあった古いGS事業者名簿の、代表者の名前だ。



「お、おっちゃん、まさか、『ハゲと坊主のエクスタシーへようこそ』の、あの。」

「私の白龍会は今日で消えますが、その魂は貴方に託します。――――良い旅を。」



GS協会事務員と横島少年。白龍会の旧代表者と新代表者。そして、魂を受け継ぐ者。
奇しくもメドーサとハゲという縁から、本来出会う筈のない二人が邂逅したのだった。
硬い握手、不敵な笑み、互いの胸板への拳による捺印。それは漢だけの儀礼であった。



「おっちゃんの熱い魂、確かに受け取ったぜ!このGSメドヨコ除霊事務所がな!」



その夜、メドーサに登録書類を見られ遅くまで英語の特訓を受けた事も付記しておこう。
熱い漢の魂とか色々言い訳をした横島くんであったが、あまり通じなかったようである。
さすがにメドーサさんは女の子で、あまりハゲの魂や毛根の話には興味が無かったのだ。





こうして白龍会の名前は『旧名称』に追いやられ、メドヨコ除霊事務所が上書きされた。
小さな小さな一歩ではあったが、確かにGSメドヨコはここにスタートを果たしたのだ。
これから始まる彼と彼女の小さな小さな活躍に、乞うご期待。







つづく。


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