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横島のいない世界

第十三話 招きマネキンこわいです!


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:11/ 5/31

    
『あの、お礼なんか本当にいいんですよ』
『まーそー言わずに!』

 老人の幽霊に連れられて。
 おキヌは女子高生の部屋へ、スウッと侵入していた。
 少女は、特に霊感もない普通の人間。しかもヘッドホンで大音量の音楽を聴いているので、おキヌたちの存在に気づくはずもなかった。彼女の身に、老人幽霊が手を伸ばす。

『な、何をするんですか?』
『いやなに、
 この際こやつに直接会って
 説教してやろうと思ってな』

 老人は、この少女――彼のひ孫――の守護霊。
 彼女がグレて悪さばかりしているので、懲らしめるため、しばらく守るのをやめて旅行に出かけていた。しかし戻る途中で迷子になり困っていたところで、おキヌと出会って、道を教えてもらったのだった。

 ズボッ。

『わああっ!!
 なっ……なんだ!?
 ひええっ!?』

 老人が少女の体から、霊体を引き出した。パニックに陥る少女の霊体をひとまず放置し、彼は、おキヌに気さくに話しかける。

『わしが話しとる間、おまえさん、
 こいつの体をしばらく使ってみんか』


___________


「う……うわっ!?」

 ガバッと身を起こす『少女』。ただし、中身はおキヌである。彼女は遠慮したのだが、老人幽霊によって、少女の体の中へと放り込まれてしまったのだ。

『ほっほっほ、
 他人に憑依するのは初めてかな?』
「人形には入ったことありますけど……」

 少女の口から、おキヌの言葉が飛び出す。いつもより低い、ハスキーボイス。不思議な感覚だった。

『知り合いに会う時は気をつけなされ。
 誰かに正体を見破られたら
 元に戻る決まりになっておる』

 老人が、人間に憑依する際のルールを告げた。老人自身も理屈を知らないが、とにかく、そう決まっているらしい。

「ああ、それで……」

 おキヌは、なんとなく納得した。
 それは、以前の憑依の経験。人形に乗り移ることは出来たのに(第四話参照)、人間の体からは、すぐに弾き出されてしまったのだ(第五話参照)。なるほど、あれは目の前に美神という知り合いがいたからだったのか。

『さてと……』

 おキヌへの説明を終えた老人は、霊体となったひ孫に向かって。

『おまえの生活態度について話がある!
 こっちゃこい!』
『ちょっとお待てよコラアッ!!
 いやーっ!!』

 老人と少女が離れていき、取り残されたおキヌ。

(いいのかな……)

 当人の了承もなく他人の体を使うことに、ちょっと罪悪感はあるのだが……。

(……ま、いっか)

 とりあえず『少女』の体で、彼女の家を出た。
 そのまま街を散歩する。

『なんか……300年ぶりに
 生身の足で歩くのって変な感じ……』

 人形に入った時とは、感覚が全く違う!

『……でも気持ちいいな!』

 ちなみに。
 元々おキヌは買い物の途中だったのだが、帰りが遅いからといって彼女を探し回る者はいなかった。美神は事務所で、うたた寝している。
 そんなわけで。
 知り合いに会うこともなく、たっぷりと人間の体を満喫するおキヌであった。








    『横島のいない世界』

    第十三話 招きマネキンこわいです!








『ひ……ひええっ。
 人間がマネキンに……!?』
「久しぶりにホラーな感じの事件ね」

 上着のポケットに手を入れて堂々と立つ美神とは対照的に。
 幽霊であるおキヌは、顔を引きつらせていた。
 今日の二人が訪れた除霊現場は、デパートの洋服売り場。突如動き出したマネキンによって、働いていた店員がマネキンにされてしまう……という怪事件である。
 もう、事件が起こった直後ではない。が、まだ警察関係者が調査をしたり写真を撮ったりしている段階。店員は驚きの表情でマネキンとして固まっており、それが写真のフラッシュに照らされて、いっそう不気味な感じになっていた。
 美神は臆せず近づいて、GSの目で観察する。

「かすかに生体発光が出てるわ。
 まだ死んではいないようね。
 被害者はこの人だけ?」
「それが……」

 対応するのは、デパートのお偉いさん。大きな眼鏡をかけた初老の男で、頬を伝わる汗をハンカチで拭い続けていた。
 彼は、美神とおキヌを別の場所へ移動させる。

「奴はこのエレベーターを
 使ったものと思われます」

 ニッコリと営業スマイルを浮かべたまま、マネキンにされてしまったエレベーターガール。そのインパクトには、さすがの美神も表情を変えた。
 おキヌに至っては。

『恐いよ、やだよっ!
 シャレになってないですーっ!!』

 ひーっと喚きながら、逃げ出す始末。
 しかし、これで終わりではない。
 デパート役員は、二人をさらに連れ回す。

「生活雑貨売り場」

 カチーンと固まった親子連れ。やさしそうな両親の間で、片手を母親に握られた子どもが、反対の手で何か指さしている。三人とも幸せな笑顔を浮かべているのが、なんだか痛々しい。

「CD売り場」

 コチーンと固まった学生服の少年。手提げ袋に、コッソリ一枚、CDを忍ばせようとしている。

「……こいつは元に戻ったら
 補導しようと思ってます」

 続いて美神たちは、ポッカリと空いたスペースへ。

「動き出したマネキンは
 ここにあったものと思われます」
「ライトの配置がまずかったようね」

 一目で原因を見抜く美神。
 展示されていたであろうマネキンを照らすためのスポットライト。その光線が織りなす形は……。

「偶然できた図形が魔法陣になって、
 下等な悪魔を召喚したのよ」
「そ……そんなバカな……!?」

 美神に言わせれば、こういうことはちょくちょくあるのだ。昔の家屋は注意深く避けて来たけれど、最近は縁起や霊相よりも、機能やデザインを優先させるから……。
 そこまで彼女が説明した時。

「うわあぁあああっ」

 店内に響き渡る、ひときわ大きな悲鳴。
 慌てて声の元へと駆けつければ、そこには、新たにマネキンとされた警官が一人。

「しまった……!
 あいつ、まだ店の中に……!?」

 美神はテキパキと指示を出す。

「ここはプロにまかせて!
 全員外へ出るのよ!
 今すぐ!!」
「は……はいっ!!」

 デパート関係者や警官達がバタバタと出ていく中。

『あの……私は……?』
「残るのよ、私の助手でしょ。
 ……だいたい、幽霊が
 魔物を恐れてどーすんの!」

 しずしずと尋ねたおキヌは、美神に一言で切り捨てられていた。


___________


 コツーン……コツーン……。
 
 静まり返った店内に響くハイヒールの音。
 美神は今、一人でデパート一階を歩き回っていた。助手のおキヌは、一緒ではない。

(おキヌちゃん……。
 ちゃんと手はずは、わかったはずよね)

 美神が一階から上へ、おキヌが最上階から下へ調べて回るという段取りである。
 魔物マネキンを美神が発見した場合は除霊、おキヌが発見した場合は美神に報告……。そう打ち合わせておいた。

(おキヌちゃんなら、一人でも
 しっかりやってくれると思うんだけど……)

 ちなみに、おキヌが背負ってきたナップザックも、今は美神の背中にある。離れ離れになる以上、除霊道具は美神が所持していなければ意味がないからだ。
 それに、おキヌに物を持たせていては、壁や床をすり抜けられなくなる。それではイザという時、おキヌが急いで移動できない。下手に無線機などを連絡手段にするより、おキヌ自身がすり抜けてきた方が早い……と美神は判断したのだった。

(……でも、なんだか心配だわ。
 なんだろう、この気持ち?)

 妙な胸騒ぎがする美神。
 日頃おキヌに背負わせている荷物が、ズッシリ重く感じられていた。


___________


 一方その頃。

『誰もいなくて不気味……。
 ましてや歩くマネキンさんが
 どこかにひそんでいるなんて……』

 ビクビクしながら進むおキヌは、気を紛らわせるために独り言を口にしていた。
 しかし……。

『これはっ!?』

 恐かったのは最初だけ。
 江戸時代の幽霊であるおキヌにとって、現代のオモチャ売り場は夢の国。

『うわっ、かわいい!』

 リモコンで動くネズミと猫。小さい子供向けの単純な動きなのだが、そんなものでも、すっかり夢中になってしまう。

『あーん、こんな楽しい場所なら
 美神さんと一緒に来たかったな……』

 仕事も忘れて、遊び呆けるおキヌであった。


___________


 突然、フッと照明が消える。
 完全な闇が訪れた。
 神通棍を手にしたまま、美神は足をとめる。

「電源を切った……!?」

 自分のいるフロアの照明が消されたわけではなく、建物全てが真っ暗になったのだ。
 この状態では、下手に動くと危険である。

「まずいわ……。
 完全に向こうのペースだわ!
 たかがマネキンと思ったけど……」
 
 その時。
 背後に気配を感じて、美神は振り返る!

『きゃーっ!?
 わっ、私です、私……!!』

 危なく神通棍を振り下ろすところだったが、間一髪。
 ……魔物マネキンではなく、おキヌであった。

「おっ、おどかさないでよ……」
『ごめんなさい。
 でも、何かあったら
 とりあえず合流だと思ったので……』

 さすがの美神も、心臓がドッドッと音を立てている。
 まずは軽く深呼吸して。

「そうね……。
 それで正解だったわ。
 ……じゃ、私はここで待ってるから、
 おキヌちゃん、今度は電源室を見てきて!」
『はいっ!』


___________


 美神に指示されたとおり。
 スウッと床や天井を抜けて、おキヌは電源室へと辿り着いた。

『!』

 どこが配電盤なのか一目瞭然。
 ヂヂッと火花が散り、シュウッと煙が上がり、焦げ臭い匂いがしているのだ。

『わ……!!
 めちゃめちゃ……!』

 ブレーカーの復帰方法も美神から聞かされてきたが、もう、おキヌがどうこう出来るレベルではなかった。
 それでも、美神に何か報告するために観察すると……。

『オモチャがつないである……!?』

 おキヌは気づいた。
 どうやら魔物マネキンは、離れたところから遠隔操作で細工したらしい。配電盤に接続されているのは、ラジコンカーなのだ。
 現代玩具には疎いおキヌであるが、なにしろ彼女は、少し前までオモチャ売り場で遊んでいた幽霊。そこで得た知識が、さっそく役に立ったようである。


___________


『……というわけで、電気はもうダメです。
 どうしましょう!?』
「そうねえ……」

 戻ってきたおキヌの報告を受けて、美神は考える。
 最初はしょせんマネキンに憑依する程度の低級霊と侮っていたが、かなり利口な相手らしい。このまま暗闇を探しまわっても、見つけて除霊するのは難しいだろう。
 そもそも、人間よりも霊に有利な状況を作ろうとして、電源を壊したに違いない。ならば、向こうから襲ってくるはず……。

「おキヌちゃん。
 ……よーく聞いてちょうだい。
 急いで準備しないといけないから……」


___________


 マネキンは招く、人々をマネキンの世界に……。
 それは、元々は偶然この世界に呼ばれてやってきた、下等な悪魔。マネキンという実体を得て、さらに人々から生体エネルギーを吸い取ることで、力も知能もアップしていた。

『ギ……ギ……ギシ……』

 それは、巫女幽霊が電源室に向かったのも、そこから立ち去ったのも、ちゃんと知っている。柱の陰から、こっそり見ていたのだ。
 その動きを見れば、『敵』の居場所も推測可能。
 どうやら、人間の霊媒師は、まだ一階にいるらしい。
 その霊媒師からも、生体エネルギーを吸収しよう。マネキンにしてしまおう……。
 それは、ゆっくりと一階の婦人服売り場へ。
 そして。

『ク……』

 マネキンだから表情は変わらない。しかし、口の部分から出た音は、人間で言えば笑い声。
 ゴソゴソと動く人影を発見したからだ。
 洋服と洋服の列の間にいるため、後ろ姿しか見えないが、あの長い髪は、間違いない。
 そのまま背後から近づき、ゆっくりと手を伸ばし……。

『残念でしたっ!』

『!?』

 クルッと振り向いた『敵』を見て、マネキンは驚く。
 人間ではなく、カツラと服を着けたマネキン人形だったのだ!
 それなのに『敵』が動いていた理由は……。

『どう!?
 こっちもマネキンに
 乗り移っちゃったんだから!』


___________


 美神を模したマネキン人形には、おキヌが憑依していた。
 これが、美神がおキヌに授けた策。
 おキヌは最近人間の中に入った件を美神に告げていなかったが、それでも美神は、かつておキヌがモガちゃん人形の中に入り込んだことを覚えていたのだ。

『ちょっとかわいそうですけど……』

 相手は幽霊とは少し違うが、それでも似たようなもの。若干の同情心もあるのだが、おキヌは神通棍――美神のフリをしていたために持っていた――を振るう。

『極楽へ……
 行かせてあげるっ……!!』

 しかし。

『ギッ!?』

 おキヌの攻撃は、スカッと空振り。しょせんおキヌでは、この程度。
 魔物マネキンは、その場から一時撤退しようと、体を反転させたが……。

「こっちが一枚上手だったわね!」

 魔物の前に立ちはだかる、美神令子!
 売り場のマネキン人形の一つに変装して、すぐ近くで待機していたのである!
 彼女は神通棍の代わりに、霊体ボウガンを手にしていた。

「人形ごっこは終わりよ。
 地獄があんたを呼んでるわ!」
『ギ……』

 さすがに挟撃されては、魔物マネキンも逃げられない。

『ギャアァアアアーッ』

 美神にマネキンの頭部を撃ち抜かれ、中の魔物も消滅した。


___________


 こうして事件は解決。
 マネキンにされていた人々は元に戻った。
 美神から無線で連絡を受けて、いったんデパートの外に避難していた関係者も建物内に戻ってくる。
 しかし……。

「出たあっ!?」
「まだ終わってないじゃないか!?」

 美神たちの姿を見て、なぜか悲鳴を上げて逃げ出していく。

「あら……?」
『なんでしょう……?』

 顔を見合わせる美神とおキヌ。
 すると。

「……ああ、おキヌちゃんね。
 まだマネキンに入ったままじゃないの!」
『あ、いけない!』

 マネキンの姿で動いたものだから、魔物マネキンと誤解されたようだ。

「幽霊のままより……
 そうやってマネキンに入っていたい?
 たとえマネキンでも体があった方がいい?」
『そんなわけないですよ!』

 おキヌは慌てて飛び出す。
 人間の体を借りたこともあるが、やはりおキヌは幽霊。今は、霊体でいるのが一番シックリくる。
 だから。

『体なんて必要ありません。
 えへへ……』

 後ろにヒトダマを浮かべながら、朗らかに微笑むおキヌであった。



(第十四話に続く)
   


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