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『最後の時間移動』他(「GS美神」短編集)

幽霊の現れるスーパー


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:11/ 2/ 5

  
 シトシトシト……。

 朝から雨の降り続く一日だった。
 こんな天気でも、うちのスーパーは、夕方になれば結構混雑する。
 しかし、まだ三時を過ぎたばかり。近所の主婦たちが夕飯の材料を買いにくるには少し早いし、昼メシの弁当や惣菜を買いにくる者はもういない。
 だから、店内にお客はゼロ。
 そこへ、突然、若い女の声が。

『すみません……』

 不思議なことに、自動ドアが開く音は聞こえなかった。
 だが、ともかく、お客さんならば対応しないといけない。

「へい、いらっしゃい!」

 俺は、レジからヒョイッと顔をのぞかせる。
 入り口近くに見えたのは、ボウッとした白っぽい人影。
 いや正確には、白いのは上半身だけで、下は赤い袴を履いていた。そのまま視線を下ろしていくと……。

(あ……足がない!?)

 オバケだ!
 びっくりして言葉も出ない俺に向かって、彼女は微笑みかける。

『あの……お砂糖ください』

 これが、おキヌちゃんという女幽霊との出会いだった。





       『幽霊の現れるスーパー』



「砂糖……!?」

 絞り出すようにして、俺は、一言だけ口にする。

『はい。
 ここで買えるって聞いたんですが……』

 言葉だけ聞けば、まるで普通の客だ。
 だが、明らかに違う。脚の先がボヤッと薄れて消えているだけでなく、よく見れば、背後にヒトダマのようなものが浮かんでいる。
 うん、人間じゃない。やっぱり、幽霊だ。

「飴……じゃないのか?」

 飴を欲しがる女幽霊。
 その話が、突然、俺の頭に浮かんだのだ。
 だから、素直に口に出したのだが。

『……え?』

 目の前の幽霊は、キョトンとしている。
 とりあえず、俺も最初の驚きから回復して、少しは喋れるようになった。

「ほら……。
 死んでから産み落とした赤ん坊がいて、
 それを育てるために……飴を……」

 まだ完全には冷静にならぬ頭で、とにかく、思い出したとおりの伝承を語ってみる。
 
『……なんのお話ですか?
 私は、ただ……
 こーひーに入れるお砂糖が
 欲しいだけなんですけど……?』
 
 よくある怪談や幽霊話とは、大きく違う。
 現実的な用件で訪れた、現代的な幽霊だった。


___________


 よくよく話を聞いてみれば。
 彼女――おキヌちゃん――は、除霊事務所で住み込みのバイトをする身。
 除霊そのものにも同行するが、むしろ客の対応やお茶汲みなど、秘書のような仕事がメインらしい。
 そんなわけで、今日もティータイムの準備をしていたのだが、いざという時になって砂糖をきらしていたことに気が付いた。今まで買い物は所長さんが自らやっていたそうだが、今日は、あいにくの雨。

『それなら……私が!』
「じゃ、お願い。
 近所のスーパーに、あると思うわ」

 幽霊ならば雨でもへっちゃら。おキヌちゃんが買い物を申し出て、所長さんに、うちを薦められたのだという。
 かくして、はじめてのおつかい……ということになったわけだ。

(なるほど……。
 あそこのバイトのコだったのか)

 美神除霊事務所。その名前は、俺も聞いたことがある。
 ゴーストスイーパー――妖怪や悪霊と戦う現代のエクソシスト――なんて、俺から見たらタレントや芸能人のようなもの。別世界の人間だ。だが、その一流どころが遠からぬ場所に事務所を構えていれば、近所の噂話にも出てくるのだ。

(美神令子……だっけ?)

 まだ若いのに、俺らとはケタ違いの金を稼ぐという話だ。何度か見かけたこともあるが、なるほど、金持ちっぽいゴージャスな服装だった。
 たぶん庶民とは暮らしぶりも違うのだろう。うちに買いに来たことは、なかったと思う。

(それでも……知ってたんだな、
 うちに来りゃあ大抵のもんは揃うって)

 砂糖を買うだけなら、もっと近いところもあったはずだ。
 それなのに、うちを――色々と買うには便利なスーパーを――指定したということは。

(今後は……
 このコが日用品の買い物も
 任されるんだろうな……?)

 俺の考えなど知らずに。
 未来のお得意さんは、小首を傾げていた。


___________
___________


 俺の想像は正しかった。
 それ以来、おキヌちゃんは、頻繁に買い物に来るようになった。
 はじめてのおつかいが成功したので、買い物も彼女の職務となったのだ。

「やあ、また来たんだな!」
『はい、おじさん!
 えーっと、今日は……』

 手元のメモを確認するおキヌちゃん。
 そう、最初のうちは、具体的に細かく記されたリスト持参だった。所長さんから渡されたらしい。人間界の品物の名前を覚えるって意味もあったんだろうな。
 それから、しばらくすると。

『こんにちわ!
 今日は……何を作ろうかな……』

 おキヌちゃんは、リストなど持ってこなくなった。
 それどころか、何を買うかすら具体的に決めずに、うちで売ってる物を見ながらその日の夕飯のメニューを考えている。もう近所の主婦と同じである。
 所長さんは事務所に住んでいるわけじゃないが、バイト――おキヌちゃん以外に少年が一人いるらしい――と一緒に、事務所で食べることが多いそうだ。所長自らが作ることもあるが、基本的には、おキヌちゃん。

『味見できないのが
 幽霊の不自由なとこですけど……』

 そう語る彼女の表情を見ればわかる。
 おキヌちゃんは、下手な人間なんかより、料理も上手なのだろう。


___________


 おキヌちゃんが、うちの常連となってから。
 色々と世間話もするようになったが、おかげで、俺もそれまで知らなかった世界に関して少し詳しくなった。

「へえ……そんなもんなのか!」

 実は、この世には、幽霊も結構たくさんいるらしい。
 そのほとんどは、姿も見えないし声も聞こえない。近くにいても、普通の人にはわからない。
 だが、幽霊自身に強烈な気持ちがあれば、話は別。だから、人々の前に出没するのは、強い怨念を持ったものばかり。
 これが、いわゆる悪霊である。

『でも……
 いい幽霊(ひと)もいるんですよ』

 おキヌちゃんの知り合いの浮遊霊は、13日の金曜日に集まって、親睦会を開いているらしい。
 そのほとんどは、お年寄りの幽霊。天寿を全うしており、安らかに満足して死んでいるので、悪さをすることもない。

「だがよ……成仏しないで
 この世に残ってるんだろ?
 やっぱり、なんか……
 未練があるんじゃねーのか?」
『うーん……なんででしょうね?
 私にも、わかりません!
 ははは……』

 ちなみに。
 おキヌちゃん自身は、未練とかではなくて。
 そもそも、生きていた頃のことなど忘れてしまうくらいのベテラン幽霊。
 成仏の仕方すら忘れてしまい、それで現世に留まっているらしい。

(こうして見ていると……
 幽霊も、人間と変わらんなあ)

 彼女と話をしていると、そう思う。
 背後にヒトダマが浮いてたり。姿が――特に脚が――時々ぼやけたり。壁を通り抜けたり……。
 彼女自身の感覚は知らないが、第三者の俺から見れば、それくらいしか違いはない。
 おキヌちゃんは、本当に普通の女のコだった。


___________
___________


 ある日の夜遅く。
 降りしきる雨の中、俺はライトバンを走らせていた。翌日のための仕入れも終わり、あとは店に戻るだけだ。

「……ん?」

 雨音と、ワイパーの作動音と、水の撥ねる音。
 それらとは明らかに違う何かが、突然、俺の耳に入ってきた。

 シクシク……シクシクシク……。

 まるで、女の泣き声だ。
 だが、車内には俺しかいないし、ラジオもつけていない。
 外の音だということになるが、それにしても変だ。閉め切った車の中にまで聞こえてくるなんて……。

「幻聴ってわけでも……なさそーだな?」

 気になって、ブレーキを踏んだ。
 ちょうど神社の前で、少し広くなったスペースがある。ここならば、停車しても問題あるまい。
 完全に静止した車の中、俺は耳をすます。

「やっぱり……聞こえる!」

 ドアを開けて、車から降りた。
 いつのまにか雨は小ぶりになっているが、一応、傘をさす。

「……こっちだな?」

 聞こえる音量は、なぜか、車の中と変わらない。
 それでも、なんとなく方角がわかって、俺は歩き出した。

 ピチャ……ピチャピチャ……。

 濡れた石畳――くぼんだ部分は水たまりになっていた――の上を進んでいく。
 本殿へと続く、長い一本道だ。
 泣き声は、その本殿の辺りから聞こえてくる。

「……あれ?
 この神社って……
 こんなに広かったっけ!?」

 歩いても歩いても、辿り着かない。
 月明かりに照らされて、本殿は遠くに見えていた。

「まあ……夜だからなあ」

 何度も来ている神社だが、こんな時間に訪れるのは初めてだ。夜の暗さと静けさが感覚を狂わせているのだろうと、自分を納得させる。

「おや……?」

 突然、周りがいっそう暗くなった。月に雲がかかったらしい。
 同時に。
 
 シクシクシク……シクシク……シクシク……。

 聞こえてくる声が、少し強くなった。
 本殿の中からではなく、その近くの大木の根元。
 よく見れば、そこに誰かが座り込んでいる。暗闇の中で妙に目立つ、白い服装の女だ。

「おーい!」

 と、遠くから声をかけながら。
 俺は、女のもとへ歩み寄った。


___________


「どうしたんだい?
 こんな時間に、こんなところで……」

 体を近づけて、女も傘に入れてやる。
 膝を抱え込んで座る彼女は、全身濡れ鼠。長い黒髪は顔に貼り付いてしまい、うつむき加減なこともあって、表情はわからない。美人かどうかもわからない。
 こういうのを、白装束というのだろう。着物のような浴衣のような、上から下まで真っ白な服。濡れて体にまとわりついているが、下着の線が浮き出ることはなく、そこに艶かしい雰囲気はなかった。
 
 シクシク……シクシク……。

 彼女は、まだ泣き続けている。
 これだけ接近したのだから、俺のことにも気づいているはずなのだが……?
 不思議に思いながら、あらためて、話しかけてみた。

「何か俺に出来ることはないか?
 困っているなら……力にならあ!」

 どうやら、これはシッカリ届いたらしい。
 
 シクシク……シクシク……フフフ……。

 泣き声が笑い声に変わって。
 彼女は、顔を上げた。

『私と……目があったわね?
 ありがとう……!!』

 ようやくハッキリと見えた彼女の顔。
 それは……。
 ほとんど肉が腐り落ちて、ガイコツと化していた!


___________


『ハハハ……!
 嬉しい、嬉しいわ!!』

 女が、ガバッと抱きついてくる。

『あなたみたいな人……待ってたのよ!!』
「ぎゃあっ!?」

 クルリと背を向けて、傘も放り出して。
 俺は、一目散に走り始めた。 

(やばいっ……!)

 俺も男だ。もしも美人に抱きつかれたならば、ちょっと喜ぶかもしれない。
 だが、この状況は、嬉しくない。
 ここまでくれば、俺にもわかる。
 この女は、悪霊とか妖怪とか、そういう類いのものなのだ。

(俺……取り憑かれた!?)

 最初から、何かおかしいとは感じていた。
 そう、薄々気づいていたんだ。俺だって、そんなに鈍感なわけじゃない。

(慣れってやつは……恐ろしい!)

 うちに幽霊が買いに来るようになって――常連客になって――、すっかり俺も幽霊に馴染んでしまっていた。だからその本質を忘れていたが、幽霊とは、本来こういうものだったのだ。

(おキヌちゃんは、特別なんだ。
 あれが普通だと思っていたら
 ……痛い目に遭う!)

 いやいや、悠長に回想している場合ではない。
 女幽霊は、俺にしがみついている。いくら逃げても、いくら振りほどこうとしても、うまくいかない。

『もう離さないわ、離さないわ!
 だって……やっと見つけたんだもの。
 いつまでも……私といっしょに……』

 彼女の事情は、わからない。
 見知らぬ故人の境遇なんて興味ないし、幽霊の理屈なんて理解できない。
 だが、わからないからこそ、こわかった。とにかく、背筋がゾッとする。
 抱きつかれているため、背中全体で彼女の感触を受け止めることになり、これも凄く気持ち悪い。

(誰か……助けてくれ!)

 精一杯の力で叫んでみたが、なぜか、声にならなかった。
 せめて明るいところまで出れば――人がいるところまで行けば――、助かるかもしれない。
 しかし、神社の出口は遠い。長い参道が、どこまでも続く。
 走っても走っても、永遠に届かない気分になってくる。いつのまにか歩みは遅くなり、全身の力も抜けてきて……。

(もう……ダメだ……)

 心の中に、諦めの言葉が浮かんできた時。

 バキッ!!


___________


(おおっ……!?)

 背後で、凄い音がした。
 同時に、体が軽くなった。脱力感も消えている。

(誰かが……
 女幽霊を引き剥がしてくれたのか!?)

 振り返った俺の目に映った救世主。
 それは。

『……大丈夫でしたか?』

 おキヌちゃんだった。


___________


 いつもどおりの巫女服姿だ。ちょっとした大きさの岩を、小脇に抱えている。これで、女幽霊を殴りつけたのだろう。

『えへへ……』

 照れ笑いのような表情を見せた後。
 彼女は、説明し始めた。
 今晩も、浮遊霊の寄り合いに参加していたおキヌちゃん。そこで話題に上がったのが、最近この辺りに出没する女幽霊だった。

『どうも悪い幽霊(ひと)らしくて……。
 放っておけないってことになって、
 みなさんと一緒にやって来たんです!』

 幽霊の問題は幽霊同士で解決しよう。そんな趣旨だったらしい。
 それは理解できたのだが、俺は、つい聞き返してしまった。

「みなさん……!?」
『はい、そうです。
 ……ほら!』

 仲間を紹介するかのように、大きく手を広げるおキヌちゃん。
 だが、誰もいない。
 俺に見えるのは、あの悪霊女だけ。こちらに腕を伸ばしながら、何か見えない力で、ズルズルと引きずられていく。

『……あ!
 おじさんには見えないんですね……』

 俺の表情から、察したようだ。
 おキヌちゃんは、シュンと肩を落としている。

「ああ、すまんな。
 だが……おかげで助かったよ。
 ……ありがとうな!」

 おキヌちゃんに感謝の言葉をかけてから。
 俺は、もう一度、無人の空間に視線を向ける。
 目をこらして、耳をこらして、集中すると……。

『まったく、最近の若いもんは……』
『生きとる者を困らせてはいかんぞい!』
『ひとの迷惑になることはやめましょう
 ……って小さい頃に教わらんかったか!?』
『こりゃあ……
 イチから叩きこまんとなあ!!』

 そんな声が、聞こえるような気がした。


___________
___________


 今日も、うちへ買い物に来たおキヌちゃん。
 ペコペコと頭を下げている。

『……すみません、本当に!
 すぐにお金はお返ししますから……!』

 今日は所長さんのためではない。一人暮らしのバイト仲間――貧乏な少年――に、食事を作ってあげるのだそうだ。
 しかし、幽霊である彼女に十分な所持金があるはずもなく。今回は、ツケということになったのだった。

「おう、いいってことよ!」

 この間の夜に助けてもらった借りもあるが、それだけではない。

「おキヌちゃんなら
 そこらの生きてる奴より信用できらあ!」

 人間にも、いい奴と悪い奴がいるように。
 幽霊にも、いい奴と悪い奴がいる。
 おキヌちゃんが、どっちなのか。
 それは……今さら言うまでもないことだろう!




       『幽霊の現れるスーパー』 完
  
 
    


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