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横島のいない世界

第十二話 ドラゴン怒りの危機一発です!


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:11/ 2/ 4

    
『この門をくぐる者
 汝一切の望みを捨てよ』

 管理人の名前で、そのような但し書きが記されている門がある。

「ここね」

 美神は、妙神山修業場に来ていた。
 いつもどおり、おキヌと二人。途中、険しい崖道の連続だったが、荷物はおキヌに持ってもらっていた。おキヌならば幽霊なので、崖から落ちることもないからだ。

『かわった模様ですね』

 山門には、鬼の顔らしき飾りが貼り付いている。門の両側に立っている彫像が首なしなのは、本来そこにあった物を門に付けてしまったからなのか。

「ハッタリよハッタリ!」

 おキヌの感想を笑い飛ばしながら、美神は、ベンッと門を叩く。
 だが。

『何をするか無礼者ーッ!!』

 突然叫び出す、鬼の顔。

『我らはこの門を守る鬼、
 許可なき者我らをくぐることまかりならん!』
『この「右の鬼門」!』
『そしてこの「左の鬼門」あるかぎり、
 お主のような未熟者には
 決してこの門開きはせん!!』

 その力強い宣言の直後。

「あら、お客様?」

 ギーッと門戸が開いて、中から一人の少女が現れた。








    『横島のいない世界』

    第十二話 ドラゴン怒りの危機一発です!








『あら、かわいい!!』

 思わず叫んでしまったおキヌ。
 中から出てきた少女の雰囲気は、山門の仰々しさとは対照的だったのだ。
 祭装束のような服装――袖口も短くて動きやすそうな格好――で、肩から腰にかけては紅白の組紐。その紐で、やや幅広な剣を腰にぶら下げていた。
 ショートカットの赤毛の隙間からは、鱗模様のヘアバンド――リストバンドとお揃い――や、左右一対の突起が見えている。
 しかし、外見とは裏腹に。

『しょ……小竜姫さまああっ!!』
『不用意に扉を開かれては困ります!
 我らにも役目というものが……!!』
「カタいことばかり申すな!
 ちょうど私も退屈していたところです」

 鬼門との会話の口調から判断するに、けっこう偉い人なのかもしれない。
 その偉い人が、今度は美神と話し始めた。

「あなた、名はなんといいますか?
 紹介状はお持ちでしょうね」
「……私は美神令子。
 唐巣先生の紹介だけど……」
「唐巣……?
 ああ、あの方。
 かなりスジのよい方でしたね。
 人間にしては上出来の部類です」

 二人の様子を見ながら、おキヌは、ふと唐巣のことを思い出す。
 美神の師匠だという唐巣神父。ブラドー島での事件では特に大活躍というわけでもなかったが(第十話参照)、それでも美神に言わせれば、この業界でトップテンに入るレベルなのだそうだ。

(その唐巣神父のことを
 こんなふうに言うなんて……。
 ……やっぱり凄い人なのかしら?)

 ここは、一流のGSが最後に辿り着く修業場らしい。紹介状を書いてもらいに唐巣の教会へ立ち寄った際も、危険だからやめたほうがいいと忠告されたくらいだ。
 そんな道場の者ならば、それなりの凄腕なのだろう。見た目に騙されない方が良さそうだ。
 そして、おキヌがそんなことを考えているうちに。
 
『やはり規則通り
 この者たちを試すべきだと思います!
 このような無礼者……
 ただで通しては鬼門の名折れ!』
「……しかたありませんね、
 早くしてくださいな」

 いつのまにか、入山テストが行われることになっていた。


___________


『その方たち、
 我らと手あわせ願おうかッ!!
 勝たぬ限り中へは入れぬ!!』

 門の顔が、騒ぎ出す。
 同時に、両側に突っ立っていた像が動き出した。
 二体同時に迫ってくるが、美神は冷静だ。

(無礼者……か。
 けっこう心の狭い連中なのね)

 美神が無礼者呼ばわりされるのは、最初ぞんざいに門戸を叩いたせいだろうか。
 『この者たち』とか『その方たち』とか、どうやらおキヌも数に入っているようだが、おキヌは修業に来たわけでもないし、失礼な態度も見せていない。『あらかわいい』だって、相手を馬鹿にしたのではなく、素直に褒めただけのはず。

「修業に来たのは、私だけ!
 あんたたちなんて
 ……私一人で十分だわ!」

 襲ってきた彫像のパンチを、ヒラリとかわす美神。
 なまじ相手が巨体なので、その脚の間をくぐるのも簡単だ。

(とりあえず……
 うるさい奴から先に!)

 門戸まで駆け寄り、鬼の顔にペタッと封魔の札を張りつける。おふだは顔全体を覆うほど大きくないし、下手に噛み付かれても嫌なので、目の部分を覆ってやった。

『あ……あうっ』

 何も見えなくなり、文句を言うどころではないらしい。

(さあ、次は……)

 巨像を相手するため、振り返る美神だったが。

(……あれ?)

 二体とも、石に躓いて、既に転んでいる。

(ああ、そうか。
 あの首が……つながってたのね!
 こっちの視界も遮っちゃったわけだ)

 正解に辿り着くよりも早く、相手を倒してしまう美神であった。


___________


「こんなバカ鬼や
 あんたじゃ話にならないわ!」

 美神は、残った少女――鬼門たちは小竜姫と呼んでいた――に向き直った。
 偶然勝ったのではなく狙いどおりだと示す意味で、毅然とした態度を見せる。

「管理人とやらに会わせてよ!」

 そんな美神に、少女は小さく笑ってみせた。

「ふ」

 そして、突然。

 バシュッ!!

 強烈な霊圧が美神を襲う。
 おキヌと二人まとめて吹き飛ばされ、門に叩き付けられた。

「あなたは霊能者のくせに
 目や頭に頼りすぎですよ、美神さん。
 私がここの管理人、小竜姫です」
「な……!?」

 竜神のはしくれだと自己紹介する管理人。
 普通、自ら神を名乗る者などロクなものではないが、彼女の場合は違う。
 今だって、抑えていた霊気の圧力を解放しただけで、この威力なのだ。

(こんなのが、もし本気になったら……)

 美神でさえも、ゾッとしてしまう。
 さすが、神様である。

「……ともかく、
 鬼門を倒した者は、
 中で修業を受ける権利があります。
 さ、どーぞ」

 小竜姫に促されて。
 冷や汗を一滴たらしながら、美神は、門をくぐるのであった。


___________


「なるほど。
 異界空間で稽古つけてくれるのね」

 着替えの場――そこで俗界の衣服から稽古着へとコスチューム・チェンジ――を経て、美神たちが辿り着いたところ。そこは、不思議な空間だった。
 何もない空と、広々とした平原。ところどころに小山のような岩が突き出ているが、どこまで行っても同じような景色だ。
 そして、石タイルで舗装された丸い闘技場が一つ。その端には、美神の知識にもないタイプの法円がある。

「その法円を踏みなさい」

 精神や霊力を鍛える際、人間界では肉体を通しているが、ここでは違う。そう説明する小竜姫に言われるがまま、美神は、法円へ。

 ビュウゥム!!

 美神の肉体から何かが飛び出し、長髪の女性のような姿――ただし大きさは人の背丈の二倍か三倍くらい――へと固まっていく。

「な……なにこれは……!?」
「あなたの影法師(シャドウ)です。
 霊格、霊力、その他あなたの力を
 とりだして形にしたものです」

 美神から抽出されたエッセンス。これを直接、鍛えるらしい。
 ちなみに、着替えの途中で修業コースを聞かれた美神は「なるべく短時間でドーンとパワーアップできるやつ」と要望している。それもあって、このような形になったのであろう。

「これからあなたには、
 三つの敵と戦ってもらいます。
 ひとつ勝つごとにひとつパワーを授けます」

 つまり、全部勝てば三つのパワーが手に入る。ただし、一度でも負けたら終了、それは死を意味する。
 強くなるか命を落とすか、結果は二つに一つ。これは、そういう修業なのだ。

「剛練武(ゴーレム)!」

 小竜姫の掛け声と共に。
 第一の相手が出現した。


___________


「行けーっ!!」

 美神の意志に応じて、シャドウが駆ける。
 敵は、ゴツゴツした岩の巨人。目は一つしかないくせに、口は二つあったりする。

 ギン!

 シャドウが手にした槍で攻撃する。だが、効果はなかった。

「硬い……!!」
「剛練武の甲羅はそう簡単には貫けませんよ。
 力も強いので注意してくださいな」

 クスクスと笑う小竜姫。彼女の発言を聞いて、おキヌが慌て始める。

『そんなこと言ってますけど……
 勝てますよねっ!?
 美神さんが勝ちますよねっ!?』

 その場にもう一人くらい仲間がいれば、状況は違っていただろう。だが、そんな者はいないので。

「ちょっ、ちょっと、あなた……!?」

 おキヌは、小竜姫の首に手をかけて、彼女をガクガクガクと揺さぶるのであった。


___________


(毎日毎日、僕らは石舞台の上で
 修業の相手ばかりさせられて……。
 ……嫌になっちゃうよ!)

 剛練武たちに、時間の概念はない。本当は『毎日毎日』ではないのだが、そんなこと、彼にはわかっていなかった。

(また同じなんだな……)

 一番手として登場して、最初に攻撃を食らって、その装甲の強度に驚かれる。いつものパターンであった。

(……ん?
 あいつ……何やってんだ!?)

 戦闘中ではあるが、やや退屈して、チラッとよそ見してしまう剛練武。
 今日のお客は女性二人であり、彼が戦っているのはニンゲンなのだが、もう一人は少し雰囲気が違うのだ。そのニンゲンモドキが、あろうことか、小竜姫を攻撃しているらしい。

(いや、攻撃……とは少し違うか?
 ……でも首しめちゃってるな。
 神さま相手に、
 とんでもねーことするもんだ……)

 唖然として、いつのまにか、彼自身の攻撃の手も止まっていた。

(……はっ!?
 いかんいかん、真面目にやらんと!
 小竜姫さまに怒られてしまう……)

 精神的硬直から立ち直り、意識を敵女性に向け直す剛練武。
 だが、少し遅かった。
 敵の槍が目の前に――文字どおり目玉の真ん前に――迫っていたのだ。

 ドシュ!

(痛ーっ!!)

 避けきれずに貫かれる、哀れな剛練武であった。


___________


「まずひとつ……!!」

 額の汗を拭う美神。
 
(どうなることかと思ったけど……。
 ……見かけ倒しだったわね!)

 硬い敵ではあったが、防御力だけの木偶の坊だったらしい。向こうから攻撃することもなく、それどころか、動きも止まっていたのだ。
 やわらかそうな部分を突けばよいと閃いて、それをすぐに実行に移せたのも、相手がボーッとしていたおかげ。これが普通に攻めたり逃げたりする敵だったならば、もっと苦労したであろう。

「なかなかやりますねえ……」

 おキヌをふりほどいた小竜姫も、美神に賞賛の言葉をかける。

『ヨロイがつきましたね』

 落ちついたおキヌは、美神のシャドウを見ながら、冷静なコメントを述べていた。
 第一の敵に勝ったことで、防御力がアップしたのだ。美神自身の霊的耐久力が上がったことを意味している。

「それじゃ次の試合を
 始めますけど、いいですか?」
「はいはいどーぞ!」

 そして。

「禍刀羅守(カトラス)!
 出ませい!!」」

 痛そうなデザインの奴が現れた。


___________


(毎日毎日、オレらは石舞台の上で
 修業の相手ばかりさせられて……)

 禍刀羅守にも、剛練武同様、時間の概念はない。しかし彼は、剛練武とは違う。

(……なんというハッピーライフ!!)

 戦いに明け暮れる日々を、楽しんでいた。

『グケケケーッ』

 登場して早々、威嚇の声を上げる。
 真っ黒な禍刀羅守は、四つ脚で背中を見せて歩く生き物。四本とも膝から先は巨大な刃で、背中にも四つの刃。その外見に合わせて、行動もヒールなキャラであった。

 キンッ!!

 前脚の一つを振り上げ、手近な岩の一つを斬ってみせる。
 チラッと目をやり、相手の反応を窺うと……。

「本ッ当に悪趣味ねー」

 女は、馬鹿にしたような笑いを浮かべていた。

(バーカ!
 バカは……てめーのほうだ!!)

 相手が隙を見せているうちに、敵のシャドウに斬り掛かる禍刀羅守。
 軽いジャブのつもりだったが、たった一閃で、ヘッドギアの一部を斬り落とし、左手や右脚のアーマーにも傷をつけていた。

「こらっ禍刀羅守!!
 私はまだ開始の合図……」

 小竜姫が何か叫び始めたが。

「あーっ、いきなり!
 あんなの、卑怯です!
 なんとかしてください……!!」

 幽霊女に抱きつかれて、それも途中で止まってしまう。

「ああっ、ダメですよ!?
 もう首しめないで……!」

 なんだか二人で、もみ合いになっている。

(おお、いいぞ!
 もっとやれ、もっとやれ……!)

 禍刀羅守にとって、小竜姫は嫌な上司。戦いにおいても、色々と厳しい制約を押し付けてくるのだ。

(たまには、てめーも
 イヤな目にあえばいいんだ!)

 グケケッと笑う禍刀羅守。
 小竜姫が幽霊女と戯れているうちに……。

(今日は……
 オレの流儀でやらせてもらうぜ!)

 禍刀羅守は、敵のシャドウにタックルをかけた。


___________


「くっ……!!」

 美神のシャドウが、組み付いてきた敵をふりほどく。
 だが、またしても傷を負ってしまっていた。
 なにしろ、相手は全身刃物の化け物だ。まともに組み合ったら、こちらが不利だ。

「この……くされ妖怪ーっ!!」

 槍を前に突き出しながら、今度はこちらから突進する。
 グサッと一刺しして離脱、つまり、ヒット・アンド・アウェイを狙っていたのだが。

 ヒュン!

 しゃがんでかわす禍刀羅守に、そのまま背後に回りこまれて。

 ズガッ!!
 
 美神のシャドウは、背中をえぐられてしまった。

(まずいわ……!)

 シャドウが傷つくたびに、美神自身の体にも痛みが走る。これは、本当に命がけだ。
 そして、こうして美神が決死の戦いを繰り広げる傍らで、ノンキにじゃれあう小竜姫とおキヌ。
 いや、美神にはそう見えるというだけで、実際は少し違っていた。

 バッ!

 突然、発光し始める小竜姫。

「え……?」
『キキッ……?』

 美神も禍刀羅守も視線を小竜姫へと向ける中。

「アンギャオォオォオオン……!」

 小竜姫は、巨大な暴れ竜へと、その姿を変えていた。


___________


(グケケッ!?
 あのバカ幽霊……
 まさか小竜姫の逆鱗に触れたのか!?)

 禍刀羅守は知っている。
 小竜姫の背中には特別なウロコがあり、そこに刺激を加えられると、彼女は竜になってしまうのだ。
 もちろん、簡単に触られる場所にあるわけではない。だが、二人で揉み合っているうちに服が半ば脱げるような形になって、偶然タッチされてしまったのだろう。

(こんなことになるなら……
 ちゃんと見張っておくべきだった!)

 小竜姫が幽霊女に抱きつかれたのは見ていたが、その後は、自分自身の戦闘に集中していた禍刀羅守。想定外の事態が発生して後悔する彼であったが、困惑しているのは彼だけではない。
 禍刀羅守と戦っていた人間の女も、もう禍刀羅守など無視。

「しょ……小竜姫……さん……」

 真っ青な顔で、おそるおそる声をかけていた。

(バーカ!
 今の小竜姫は……
 説得の通じる相手じゃないぜ!?
 ……理性を失ったバケモノだ!!)

 禍刀羅守がそう考えている間にも。

「キシャーッ」

 暴竜の炎のブレスが炸裂。
 幽霊女が直撃をくらい、その場に崩れ落ちる。

「おキヌちゃん!!」
『あ……あーびっくりした!
 幽霊でなければ死んでるところでした』

 ぷるぷると体を震わせながら、むくっと起き上がる幽霊女。

(まー……せーぜー頑張れや!
 てめーらが犠牲になってるうちに……)

 人間と幽霊の女をその場に残して、禍刀羅守は、ソッと逃走を開始した。


___________


 武神が変化した竜は、不敗の王者。吐き出す炎が熱い風を生み出し、今、異空間は赤く燃えている。

「とにかく何とかしないと……」

 冷や汗をたらしながら、つぶやく美神。状況判断のため周囲を見渡せば、いつのまにか黒い奴が、目の前からいなくなっている。

『美神さん、あそこ……!』

 おキヌの叫び声で、美神は振り返った。
 そこには、逃亡を図る禍刀羅守の姿。どうやら、空間のゆがみを見つけて、こじ開けようとしているらしい。

「私たちも……逃げましょう!」
『はいっ!!』

 禍刀羅守のところへ向かう美神とおキヌ。
 途中、美神は気が付いた。

「法円から出てもシャドウは消えてない。
 ……まだ使える!」


___________


(シャーッ!
 ここだ、ここから出られるぜ!!)

 小竜姫によって呼び出された禍刀羅守なのだ。小竜姫が今の状態では、元の場所へ帰してもらうことは無理だった。とりあえず、嵐が過ぎ去るまで避難するしかない。
 だが、この空間にいては被害を受けるだけだ。自力で脱出するため、空間の裂け目を広げようと悪戦苦闘。
 そんな禍刀羅守の背中に、声が投げかけられた。

「私も手伝うわ!」

 人間の女だ。幽霊女も一緒だ。
 さきほどまで戦っていた相手ではあるが、そんなこと気にしている場合ではない。

(昨日の敵は今日の友……ってやつか!)

 禍刀羅守が刃を振るっていた箇所に、彼女のシャドウも槍を突き立てる。二人で頑張れば、なんとかなりそうだ。
 しかし、この場に三人集合したということは。

「グォオォォーンッ!!」

 暴竜の攻撃の矛先も、こちらに向かうということ。

(グケッ!?
 ……まずいぞっ!!)

 禍刀羅守だけではない。人間の女も、気づいたらしい。

「おキヌちゃん!
 陽動は……まかせたからね!」
『えっ!?
 私……おとり役ですか!?』

 幽霊女を牽制に使うようだ。幽霊女は、渋々頷いてから、小竜姫の方へフワフワと飛んでいく。

『小竜姫さんっ!!
 お怒りを……
 お怒りをお鎮めくださいっ!!』

 キラリンと瞳を輝かせて懇願するが、もちろん効果はない。むしろ、火に油を注いだだけだった。
 再びゴッと焼かれてしまい、ボテッと落ちる幽霊女。
 だが、彼女の犠牲は無駄ではなかった。
 彼女が身を挺して稼いでくれた時間のおかげで。

『キィイッ!?』
「開いた!!」

 ついに、脱出口が作られた!


___________


「急いでっ!!」

 美神は、おキヌを呼び寄せる。
 小竜姫に焼かれたおキヌだが、幽霊なので大丈夫。ちゃんと生きて――いや幽霊として存在して――いた。

「あ、そうだ」

 ふと思いついたかのように、隣の禍刀羅守に微笑みかける美神。

「あんたも……ありがとね!
 おかげで、ここを
 こじ開けることができたわ!」

 美神だけでは、力が足りなかった。
 彼女のシャドウは、最初の相手を倒して防御力がアップしたのみ。もしも禍刀羅守も倒していたら攻撃力も上がって、一人で出来たかもしれない。だが、それよりも協力することを選んだのだ。

「だから、感謝の気持ちとして……」

 言いよどむ美神。
 少しモジモジしながら、体を禍刀羅守へ近づける。

『クケッ?』

 小首を傾げながら、硬直する禍刀羅守。
 美神が何を言いたいのか、禍刀羅守にはわからないらしい。
 そんな禍刀羅守に向かって、美神の腕が優しく伸びる。その手は、禍刀羅守の体の下――腹這い姿勢なので腹の部分――へ、ソッと回されて。

「お礼に……私があんたを
 極楽へ行かせてあげるわ!」 

 バンッとひっくり返される禍刀羅守。無防備にさらけ出された腹に、シャドウの槍が突き刺さる!

『ギャッ!?』
「ごめんね。
 でも……あんたをやっつけないと
 私のパワーアップにならないから!」

 クスッと笑う美神。
 昨日の敵は、今日も敵なのであった。


___________


『な、なんだとっ!?
 小竜姫様の逆鱗に触った〜〜っ!?』

 入り口の山門まで逃げてきた美神とおキヌ。
 ここまで来れば一安心、そう思ってピシャッと門を閉じるのだが、肝心の『門』はガクガク震えている。

「そーみたい。
 なんとか鎮める手はない!?
 なきゃ逃げるけど」
『逃げるのは不可能だ!
 一度あーなった小竜姫様は、
 あたり一面焼きつくすまで
 元には戻られぬ……!
 山全体が火の海に……!』

 そう言っているうちに、巨竜がやってきた。門を乗り越えようとしているが、何かに弾かれている。

『結界があるので修業場から
 出るには我らを通るしかない!
 だが、はっきし言って我ら
 小竜姫様にはとてもかなわん!!』

 この場の戦力で勝つ方法は、ただ一つ。
 あっさり通して、出てきたところを美神が仕留める。ありったけの霊力をこめて、竜の眉間を矢で射るのだ。

『ふんっ!!』

 鬼門の力で、シャドウの得物――攻撃力アップに伴い双頭の薙刀になっていた――が、弓に変わる。
 しかし。

「霊体が足りないわ!
 弦と矢が要る……!!」

 美神の言葉で、おキヌに目を向ける鬼門。

『おぬしを弦にしても
 ……矢になる者がおらんな』
「もしかして……
 あいつもここまで
 連れてくるべきだったかしら?」

 禍刀羅守を倒してしまったことを、後悔する美神であった。


___________


「じゃ……
 やっぱり私たちは逃げるから!」

 薄情にも言い捨てる美神。
 頭上では、あいかわらずバチッという音が続いている。暴竜が結界を破ろうとしているのだ。

『な、なんだとっ!?
 さっきも言ったではないか、
 逃げるのは不可能で……』
「はいはい、ちゃんと聞いてたわよ」

 美神は、理解していた。
 確かに、門に貼り付いている彼らは『逃げるのは不可能』なのだろう。だが、美神は違う。彼らが焼かれている間に、逃げればいいのだ。
 それに、小竜姫だって永遠に巨竜となっているわけではない。鬼門の言葉によれば『あたり一面焼きつくす』ことで――それくらい時間が経てば自然に――、元に戻るのだ。

『まさか……おぬし……』
『我らを……いけにえに!?』

 美神の表情から、鬼門たちも、彼女の考えを察したらしい。

『冷血女ーっ!!』
『冷酷で知られる雪女より……
 10倍冷たいんじゃないか!?』

 泣き叫ぶ鬼門たち。
 さんざんな言われように、美神も少し改心する。

「……わかったわ。
 あんたたちも連れてってあげる」
『だが……我らは……』

 鬼門は説明する。
 小竜姫の命令があれば胴体と合体して行動することも可能だが、今のままでは、自由に動けるのは胴体だけ。首から上は、山門に固定なのだ。

「あら!?
 私……こう見えても
 けっこうパワーアップしたのよ!!」

 美神は、シャドウを使って、鬼門の頭部を門からバリバリと引き剥がす。

『おおっ!?』
『これで……我らも……!』

 首を小脇に抱える胴体たち。門の残骸の一部がくっついたままなので、胴体と合わせることは出来ないようだ。
 アイルランドの伝承に出てくるデュラハンか、あるいは、ドイツの伯爵軍人の成れの果てか。そんな姿である。

「じゃ……行きましょう!」

 今の作業で、山門も半分壊れてしまった。竜が気づいて、突き破って出てくるのも時間の問題。
 急いで退散する美神たちであった。


___________


「はっ!?
 私……いったい……?」

 しばらくして。
 小竜姫が正気に戻った時。
 妙神山修業場は消滅していた。
 まるで巨大兵鬼の主砲でも食らったかのような有様だ。

「ああっ!?
 誰がこんなひどいことを……!?」

 その答は、空から降ってきた。

「あんたが全部やったのよ!」

 見上げれば、そこにいたのは美神。
 地上はとても歩ける状態ではないが、人間は空を飛べないので、鬼門に抱えられている。

「言われてみれば……」

 小竜姫も、だんだん思い出してきた。
 逆鱗に触れられて、竜になってしまったのだ。そこから先の記憶はないが、理性を失って竜の本能に従えばどうなるか、想像するまでもない。

「こっ……
 こんな不祥事が天界に知れたら……!
 私……私……どうしようっ!?」

 顔面蒼白の小竜姫だが、救いの手は、ごく身近にあった。
 降りてきた美神が、ポンと肩を叩いたのだ。

「大丈夫よ!
 こっそり直せばバレないわ!」

 小竜姫に建物を作る能力はない。だが、美神がお金を出してくれるという。
 美神には、不動産業者や建築関係の知り合いも多い。ビルや屋敷に取り憑いた悪霊を祓うのが、バブル時代のGSの主な仕事なのだ。

「……一週間もあれば直るって」
「ありがとうっ!!
 感謝しますううっ!!」
「感謝なんかいいのよ!
 それより……
 最後のパワーちょうだいねっ!」


___________


 ビシュン!!

 美神のシャドウが、光り輝く。

『まぶしい……!』

 幽霊であるおキヌも、思わず手をかざすほどだ。
 その傍らで、小竜姫が説明する。

「サイキック・パワーの
 総合的な出力を上げたんです」

 あらゆる点でこれ以上の力を持つ人間はごくわずかなはず。
 そう彼女は言葉を続けるが、おキヌは、ちゃんと聞いていなかった。シャドウが美神の体に吸い込まれるのを見ながら、ふと考える。

(これで……いいのかな?)

 美神は、最後の敵を倒してはいない。そもそも、最後の敵は出てきてもいない。それなのに、三番目の力も手に入れてしまった。修業としては、どこか間違っているような気がするが……。

(……まっ、いいか)

 地獄の沙汰も金しだいという言葉がある。
 お金で能力を買うのも、現代では、正当な手段なのかもしれない。おキヌが生まれ育った時代とは、違うのだ。

(美神さん……
 こういうときのために、
 お金いっぱい稼いで貯めてきたんですね!)

 と、納得するおキヌであった。



(第十三話に続く)
   


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