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彼女が作った世界

リポート・結 「一年後(後編)」


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:11/ 1/ 5

   
『……だから、こんな仕事は嫌だったのね〜〜!』

 全身から涙を吹き出しながら、泣き叫ぶヒャクメ。
 横島・シロ・タマモの三人から攻撃され、もうボロボロなのだ。
 だが、まるで彼女の声に応じるかのように。

『そろそろ、えーやろ?』
『……そうですね。
 反省はしてないようですが……』

 声と共に、巨大な光が二つ、その場に出現する。

「え……何これ……?」
「この女妖怪……。
 とんでもないものを
 召還したでござるよッ!?」

 この日。
 都心から数十キロ離れた、近郊の森に。
 神と魔を代表する二つの偉大な存在が、降臨した。
 アシュタロスの事件が終わってから……一年後の出来事である。








    『彼女が作った世界』

    リポート・結 「一年後(後編)」








「え……何これ……?」
「この女妖怪……。
 とんでもないものを
 召還したでござるよッ!?」

 恐れおののく、タマモとシロ。
 ありのまま今起こったことを話すぜ、百眼妖怪と戦っていたと思ったら、とんでもない奴らが出てきやがった、神とか魔とかそんなチャチなもんじゃねえ、もっと恐ろしいものだ、まるで存在を超えた無限なもの……。
 二人は、そんな気分である。

「う、動けないでござる……。
 先生は平然としておられるが……」
「横島……あんた平気なの?」

 さすが横島なんともないぜ、そこに痺れる憧れるぅ……。
 二人は、そんな気分である。

「もちろん……俺だって
 怖いことは怖いが、だが……」

 一方、横島は、タマモやシロよりは冷静だった。
 百眼を拘束するには十分な結界だったのに、新たな二人は、それを破って現れたのだ。それだけでも、力量の違いをハッキリ示している。
 いや、タマモやシロのように霊波を嗅ぎ取る鼻はないが、横島だって一人前のGSだ。相手のレベルは、なんとなく感じ取っていた。
 それでも。

「ここまでスゲーのは初めてだが、
 今までの敵だって……
 俺より強い奴らばかりで、
 それに立ち向かってきたんだ……」

 これまで美神たちは、自分たちとは比べものにならないレベルの魔物とも戦ってきたのだ。

(いや……それだけじゃない……)

 横島の記憶の片隅に、何かが引っかかる。
 『自分たち』どころではない。小竜姫やワルキューレすら一蹴するような、そんな強大な相手。
 しかも、美神がメインになるのではなく、横島が正面から渡り合った……。

(そんなこともあったような気がする。
 あれを思えば、どんな相手だって……)

 だが。
 『そんなこと』とは……。いったい、いつの出来事なのか?


___________

 
(横島さん!?
 記憶のプロテクトが……
 緩んできちゃったのね!?)

 彼の心を覗いたヒャクメは、驚いていた。この自分が施したプロテクトが、解けそうになるなんて……!
 これが外れてしまえば、全ての人々の記憶からアシュタロスを忘れさせるという任務は、失敗である。しかも、神魔の最高指導者の目の前で、失態が明らかになるなんて……!
 
(どうしよう……?)

 そんな彼女の心中を知ってか知らずか。
 魔の最高指導者が、陽気にしゃべっていた。

『……わしは、もちっと早うに
 止めに入ろうとしたんやで!?
 でもキーやんが、
 もう少し様子見るんやって、
 言いよるさかいな……』

 どうやら、彼らは、少し前からヒャクメの苦戦に気づいていたらしい。それなのに、今まで、見て見ぬフリをしていたらしい。

(ひどいのね……)

 もしかして、つい先ほど『見えない力が働いているのではないかと邪推したくなるレベル』と考えたように、助けるどころか、むしろ彼らは逆方向に介入していたのかもしれない。
 いやいやいや、それはさすがに邪推だとしても、彼らが敢えてヒャクメの苦境を放置していたことは事実。神の最高指導者は、出てきた時に反省云々と口にしていたが……?

『ヒャクメ……。
 これに懲りたら、軽々しく
 人の世界に遊びにくることは
 ……もう、およしなさい!
 神は神、人は人なのですよ……』

 ヒャクメの心を覗いたかのようなタイミングで、最高指導者が宣告する。
 素直に応じるしかなかった。

『わかりましたなのね……』

 シュンと頭を下げるヒャクメ。
 しかし、次の言葉に驚き、顔を上げる。

『それから……
 彼の記憶は、戻してあげなさい』


___________

 
『は……?』

 ヒャクメがポカンとしている間に、最高指導者たちは、少し補足する。

『今回のプロジェクトを
 中止する気はありません。
 ですが……』
『……このにーちゃんは例外。
 そーゆーこっちゃな……!』

 この二人は、いったい何を言い出したのだろう……?

(……こうやって
 人間の前に姿を現すだけでも、
 とっても軽率な行為なのね……!
 それなのに……その上……)

 軽々しく人間界に遊びに来る神様としては、人のことは言えないわけだが。
 そんな自覚は、ヒャクメにはなかった。

(横島さんを……
 特別扱いするなんて!?)

 確かに、この忘却計画の主旨を考えるならば。
 アシュタロスの事件で得られた知識や経験を思い出しても、横島がそれを悪用することは有り得ないはず。
 なにしろ、直接アシュタロスから悪魔の誘惑を受けたのに、それでも世界を救うことを選択したのが横島という男なのだ。その一件は、同時に、あの事件において横島の功績がいかに大きかったかを如実に表してもいる。

(その意味では……
 横島さんならば大丈夫って言えるけど、
 でも……いいのかしら!?)

 ヒャクメが考えている間にも、二人の説明は続いていた。

『人間にとって記憶とは大切なもの。
 それを迂闊に奪うようなまねは、
 してはいけなかったのです……』
『ま、キーやんも、
 昔々は人間界におったからなあ。
 ……それを思い出したらしいで』
『そこの少年のように……
 アシュタロスの事件が、
 本人の人格形成に大きく
 影響しているケースも
 あったのですね……』
『……このにーちゃん、
 例のアレを忘れてもうたら、
 もう別人やろ……!?』

 だんだん、ヒャクメにも話が見えてきた。

『それから……。
 ヒャクメ、あなたは
 勘違いしているようですが。
 つらい出来事を忘れることは、
 必ずしもプラスとはなりません。
 ……聖母マリアの役柄は、
 あなたには似合いませんよ!』
『あかんな〜〜。
 ……あんさんの言葉、
 しっかり聞かれとったで!!』


___________

 
「内輪もめ……か!?」

 目の前の三人は、横島たちを放置して、三人だけで話し合っている。最初の百眼は、何やら萎縮しているようだが。
 ならば、今が攻撃のチャンスだろうか。だが、これだけ強大なパワーを感じさせる相手だ。どこからどう仕掛けるべきか……。
 逡巡する横島。その間に、三人の打ち合わせも終わってしまったらしい。

『……こっちの二人は、
 わしらが止めとくさかい。
 あんさんは、ほれ、
 にーちゃんの記憶を……』

 その発言と同時に。
 いっそう強烈な光が、横島たちに照射された。

(……まずいッ!?)

 金縛りにあったように、横島は、指一本動かせない。だが、まだマシだったのだろう。

 パタッ! バタッ!!

 聞こえてくる音から察するに、シロとタマモは、意識を失って倒れてしまったようだ。

『……横島さん?
 心配しなくてもいいのね!
 記憶を蘇らせるだけだから……。
 気をラクにして、
 すべて私に任せるのね〜〜』

 素直に解釈するならば、頭の中を弄るつもりなのであろうか。
 恐ろしい言葉と共に。
 百眼女が、ゆっくりと一歩ずつ、横島に迫ってくる……!


___________
___________

 
『これで……終わりなのね〜〜』

 全ての記憶プロテクトを解除。
 もう、横島は何もかも思い出したはず。

『横島さん、大丈夫……?』

 だが、ヒャクメの問いかけにも反応してくれない。
 ただ虚ろな目をして、フラフラと歩き出した。

『あの……どこへ……?』

 心を覗いても行く先は不明。
 横島に向けて手を伸ばしかけたヒャクメだが、中途半端な姿勢で止めてしまう。

『今は……そっとしておきましょう』
『そりゃあ、色々ショックやろうからなあ』

 最高指導者が、制止したのだ。

『横島さん……』

 彼の背中に呼びかけることしか出来ない、ヒャクメであった。


___________
___________

 
 横島は、海を見ていた。
 夕焼けの映える、赤い海だ。

「いつのまに……こんなところに……」

 思えば遠くへ来たもんだ。

「あの時も……ここで……」

 彼が今いるのは、海ほたるパーキングエリアと呼ばれる場所。東京湾アクアラインの途中にある人工島だった。
 海を眺めるには良い場所であるが、横島にとって、ここは別の意味を持つ。
 アシュタロスの最期の一撃を人類が水際で防いだ地であり、同時に。
 美神やおキヌの前でルシオラを話題にした、最後の場所でもあった。
 ルシオラの生まれ変わりとして将来の子供に愛情を注ぐ……と宣言した場所であった。

「ルシオラ……か」

 名前を口にしただけで、たくさんの思い出が、頭の中にあふれてくる。
 だが、横島が感傷に浸るのを邪魔するかのように。

『横島さん、元気になった……?』

 彼の前に、ヒャクメが姿を現した。

「ああ……まあな……」

 元気そうには聞こえない口調で、横島が返事をする。

『……そう?
 ならいいんだけど……』
「あ……。
 そーいや、さっきは悪かったな」

 ヒャクメの存在を忘れていたために、妖怪扱いしたり、怪しい奴扱いしたり、霊波刀で叩き斬ろうとしたり。
 一応、謝っておく横島である。ただし。

『まあ、あれは……
 私も悪かったのね……』
「そーだよな。
 俺の大事な記憶を奪ったんだもんな。
 あれくらいじゃ……まだ足りねーな!?」
『いっ!?』

 チクリと一言、つけ加えるのも忘れていなかった。
 もちろん半ば冗談であり、それはヒャクメも承知している。

『……あはは。
 仕事だったから、許して欲しいのね!
 それより、横島さんが元に戻ってくれて
 なんだか……私も嬉しいのね〜〜!』

 そして、ヒャクメは説明する。
 シロとタマモには、今日の会合については忘れてもらった、と。おそらく二人は、横島が散歩の途中で一人で帰ってしまった……と思っているはずだ。
 また、人間界でアシュタロスを覚えているのは横島だけなのだから――たぶん美神やおキヌに関しては現状維持のままなので――、なるべく口外しないで欲しい、と。

「ああ、大丈夫だ……」
『それじゃ……またね!』

 次は、いつ来られるかわからないが。
 そんなことを言いながら、ヒャクメは、去っていった。


___________

 
(口では、あんなこと言ってたけど……)

 姿を消したヒャクメではあったが、実は、まだ近くの空に浮かんでいた。
 バレない程度の距離から、ソーッと横島の心を覗いている。
 
(やっぱり……心の中は……)

 この一年間、横島が生きてきたのは、ヒャクメによって記憶の一部を封印された世界だった。
 横島だけではない。世界中の人間が、同じ記憶操作をされている。
 大げさに言えば、ヒャクメが作った世界だった。
 しかし。

(あのひとのことで、いっぱいなのね!)

 横島の世界は、突然、変わった。ヒャクメが作り変えた世界から、本当の世界へ。
 それは、アシュタロスという大物魔族が、全人類を震撼させた世界。
 最後にはGS達が……いや横島たちが勝利したわけだが、そこで横島は、ルシオラと全世界とを天秤にかけねばならなかった。そして、全世界を選ばざるを得なかったのだ。
 本当の世界は、横島にとって、ルシオラの犠牲の上で作られた世界。言わば、ルシオラが作ってくれた世界だった。

(でも、このままじゃ……)

 ルシオラのことを思い出した今。
 横島の心は、ルシオラに囚われていた。
 世界の中心にいるのは、ルシオラだ。彼女を中心にして物事を考えてしまうのであれば、その意味でも、横島の世界はルシオラが作った世界になったと言えよう。

(……まずいんじゃないかしら?)

 ヒャクメは、横島のことが気になって、彼の心を眺め続けていた。
 だが、しばらくして。

(あ……!)

 彼女の表情が、安堵を示すものへと変わる。

『心配することなかったのね。
 さすが横島さんだわ……!』

 と、つぶやいて。
 ヒャクメは、本当に神界へと帰っていった。


___________

 
 冬の海に沈む夕陽を見ながら。
 横島は、昔の自分の言葉を思い出していた。


   「俺……
    悲しむのやめにします……!
    彼女のためにも一日も早く、
    俺……」


 それは、ちょうど今と同じ場所で口にした言葉だった。
 あの時、ここで、自分の心にケリをつけたはずだった。

「そーだよな。
 いつまでもバカやってらんねーよな。
 そろそろ……
 ハッキリ決めないと……!」

 美神・おキヌ・シロ・タマモといった事務所メンバーの他にも、六道冥子・小笠原エミ・花戸小鳩・魔鈴めぐみ・弓かおり・一文字魔理・机妖怪愛子・小竜姫・ワルキューレ……。
 霊力を高めるための妄想には不自由しないほど、これまで、たくさんの女性と出会ってきた。
 そうした中から、ルシオラの母となる女性を一人、思い浮かべる。
 しかし。
 ルシオラのため……というのであれば、その女性に対して失礼であろう。
 ルシオラを抜きにして考えた場合、自分の気持ちは……?

「ああ、それだけじゃない。
 ルシオラのことがなくても、
 俺は……あなたのことを……」

 横島は立ち上がった。
 そして……。
 夕陽に背を向けて、歩き出した。




       『彼女が作った世界』 完
 
  

  


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