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彼女が作った世界

リポート・承 「一年後(中編)」


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:11/ 1/ 2

   
「今日は……一応、晴れてる。
 雪は大丈夫みたいだけど……
 それでも、外は寒いだろうな」

 窓の外をボーッと眺めながら、おキヌがポツリとつぶやく。
 独り言だったのだが、美神が、言葉を返してきた。

「心配することないわ。
 いつものことだから……」

 そう言いながら、ソファーに横になって、パラパラと雑誌をめくっている。

(美神さんも……いつもどおりですね)

 そう思って、小さく微笑むおキヌ。
 今日は、美神と事務所で二人きりだ。
 タマモは出かけており、いつ帰ってくるのか、わからない。
 シロの散歩も、昨日の口ぶりでは、遠出になるのだろう。横島たちが戻るのは、かなり遅くなりそうだ。

(横島さんとシロちゃん、
 ……どこまで行ったのかな?)

 さすがに、おキヌの田舎辺りまで行くのは無理だと思う。
 だが、人狼の里くらいならば、行けるであろうか……?
 いや、それだって、結構距離がある。以前シロが里から事務所へ来た際には、三人で上野駅まで出迎えに行ったくらいだ。 

(だいたい……二人で故郷へ行くなんて、
 それじゃまるで、親御さんへの挨拶みたいで……)

 シロの父親は既に他界しているし、母親の話も聞かないので、おそらく……。
 いやいや、そういう問題ではない。この例え話自体が間違っているのだ。
 自分の想像を打ち消すかのように、ブンブンと頭を振るおキヌ。
 そんな彼女を、美神が少し不思議そうな目で見ている。
 美神と目が合ったおキヌは、ふと、昔を思い出した。

(まだ私が幽霊だった頃、
 美神さん、言ってたっけ……)

 海外出張中の父親が一時帰国するという理由で、横島がバイトを休んだ時。
 美神は、少し元気がなかった。だが、横島不在のためかと聞いたおキヌに対し、美神はバッサリ否定したのだ。

(『大人の女から見れば、
  男の範疇に入ってない』とか、
 『あと十年は必要』とか……。
 ……今でも、同じこと思ってるのかな?)

 しかし、おキヌは、それを口にしない。
 代わりに。

「美神さん……。
 今日タマモちゃんが
 何しに出かけたか、知ってます……?」
「……ん?
 いーえ、別に興味ないし……」

 トラブルにさえ巻き込まれなければ、かまわない。過度の干渉はしない。本来、狐は群れることを嫌い、単独行動を好む習性なのだから。

「男のコとデートらしいですよ?
 ……タマモちゃんも、
 そーゆー年頃なんですね……!」

 若い女のコのデート。女性ならば誰でも好きそうな話題であったが、美神は、ノってこなかった。なんだか、冷めた目付きをしている。

「あのさ、おキヌちゃん。
 タマモって……
 ああ見えても、九尾の狐なのよ?
 『そーゆー年頃』どころじゃないの……」
「……あ!」

 美女に化けて時の権力者に侍る妖狐。傾国の美女とも呼ばれてきた存在だ。
 平安時代には、玉藻前という名で、上皇の寵愛を受けていたと言われている。
 その後いったん石になっているので、今のタマモは玉藻前と同一の存在ではなく、一種の生まれ変わりのようなもの。だが、前世の銭貨を受け継いでいたりするので、人間の転生とは事情が異なる。

(人間は……来世に
 お金を引き渡すなんて出来やしない。
 ……タマモちゃんの場合、
 物を引き継げるくらいだから、
 前世の知識とか経験とかも……)

 すでに前世の記憶は薄れており、ほとんど覚えていないらしい。
 だが、ひょっとすると。
 体が覚えていることだって、あるのかもしれない。なにしろ、変身とか幻術とか狐火とか、そうした妖狐のテクニックは、ちゃんと忘れていなかったのだから。

「……そうですね。
 私のような耳年増とは違って、
 タマモちゃんって、実際に色々と……」

 ハッと口を抑えて、先の言葉を飲み込んだおキヌ。
 だが、言ったも同然だ。
 おキヌも美神も、二人して、真っ赤な顔になっていた。








    『彼女が作った世界』

    リポート・承 「一年後(中編)」








「あなた……誰です?
 前にどこかで、お会いしましたっけ?」

 似合わない口調で、問いかけてくる横島。
 それに対して、百眼の異形は、言葉を濁していた。

『アハハ……まあ何というか……。
 私のことは……見なかったことに
 してくれると嬉しいかな……』

 ここで自己紹介していいのかどうか、彼女は迷っていた。
 そんな彼女を見て、横島とシロの二人が、コソコソと話し合っている。

「先生、この女……
 人間じゃないでござるよ!」
「ああ、そうだな!
 妖怪だ、妖怪……」
『とんでもない、私は神様なのね!』

 ついツッコミを入れてしまうが。

「妖怪は、みんなそーゆーんだ。
 信じちゃダメだぞ、シロ!」
「大丈夫でござる!
 拙者、簡単には騙されませんぞ。
 神様が、こんなところで
 遊んでるわけないでござるよ!!」

 全然、信用されていない。

(ひどい……)

 ちょっと心を覗いてみると。
 横島にいたっては、とりあえず百眼だから妖怪ヒャクガンと呼ぼう……などと考えているようだ。

(……名乗ったほうがいいのかしら?
 でも……)

 そもそも、横島たちの前に出てくるつもりなどなかったのだ。高い空の上から、姿を隠して様子を見ていただけなのに……!
 まあ、それくらいの事情は、言っても大丈夫だろうか。

『えーっと……。
 私は……ただ空から横島さんたちを……』

 しかし。
 正直に述べてみたところ。

「なんと!
 拙者たちを覗いていたとは!?
 覗き、ダメ、絶対……でござる!!」
「そーだ、シロの言うとおりだー」
『横島さんにだけは、言われたくないのね!?』

 まあ、横島のセリフは棒読みであり、それが真意ではないということは、彼女でなくてもわかるくらいだったが。
 そして、ポンとシロが手を叩く。

「ああ、なるほど!
 神は神でも、邪神でござるか。
 あなたは、覗きの神様……。
 ……そういうことでござろう?」
「覗きの神様……!?
 それなら、ちょっと師事してみたいかも」
「先生……それはダメでござる……」

 こうして軽口を叩きながらも、二人は、警戒を緩めていない。
 いや、二人だけではない。百眼の彼女は、三人目の存在に気づいていた。
 ちょうど、その三人目が、近くの木の上から一同に声をかける。

「妖怪だか邪神だか知らないけど……。
 横島に抱きつかれて喜ぶなんて、
 まともな存在じゃないことだけは確かね。
 ……バカ犬じゃあるまいし」

 横島とシロが見上げる。
 そこに立っていたのは、タマモであった。


___________

 
『私、喜んでなんかなかったのね……』

 百眼の異形は、確かに、トランク鞄で横島を叩き落としていた。
 だが、その反論は受け入れてもらえない。

「でも、まんざらでもない
 ……って顔してたわよ?」
「嫌よ嫌よも好きのうち……でござるな?」
「そうそう。
 それで、俺もおかしいって気づいた」

 それから、横島とシロは、樹上のタマモに話しかける。

「なあ、タマモ。
 おまえ、たしか今日は……
 用事があったんじゃねーの?」
「そうでござる!
 拙者が聞いた話では、デー……」

 ボウッ!!

 空から狐火が降ってきた。狼のミディアムレアの出来上がり。
 シロを強引に黙らせたタマモは、スタッと地上に降り立った。
 横島と復活したシロに、軽く説明する。

「……予定が早めに終わってね。
 たまにはバカ犬たちの散歩に
 つきあってやろうかと思って、
 匂いを追ってやってきたのよ!
 そうしたら……」

 ここでタマモは、ニヤリと笑いながら、百眼へと視線を向けた。

「……なんだか
 面白そうなことになってるじゃない?」
『え……?
 いえいえ、私はただの通りすがり……。
 もう帰りますので、
 ……あとは三人でごゆっくり!』

 バシュッ……!

 一瞬、異形の姿が三人の視界から消える。だが。

『あっ痛〜い……』

 声のする方へ、向き直る三人。
 彼女は、少し離れたところで頭を抱えていた。

「おい……あいつ、素早いぞ!?」
「拙者にも見えなかったでござる!」
「ふざけた外見に騙されちゃダメ!
 あれは……おそらく……」
「……超加速!
 そうか、メドーサの仲間だな!?
 やはり……魔族!!」

 かつての敵の名を出す横島だが、魔族扱いされた異形は涙目だ。

『ひどい……。
 せめて、小竜姫を
 思い出して欲しかったのね。
 私、彼女の友だちなのに……』
「ふざけるなッ!!
 小竜姫さまは、おまえなんかとは違う!
 小竜姫さまは……」

 異形の言葉は、横島を怒らせたようだ。彼は、力強く言い放った。

「……小竜姫さまは、覗きなんかしない!!」

 ごもっとも。

「……それに、
 もっと可愛らしくて色っぽくて、
 武神にしておくのがもったいない……。
 ……あ〜ぼかーもうっ!!」
「先生、顔がにやけてるでござる……」
「いいのよ、シロ。
 妄想させときなさい!
 ……こうやって霊力高めてるんだから」

 意外とシッカリ、横島を理解しているタマモである。

「まるで美神どの……。
 ……そうか!
 この場は三人、今はタマモが
 美神どのの役を担うでござるな!?
 では拙者がおキヌどのの代わりを……。
 しかしヒーリングは出来ても、
 ネクロマンサーは無理でござる……」
「あんたにおキヌちゃん役なんて
 誰も期待してないわよ……。
 ……だいだい、キャラが違うでしょ?」
「そうだ、そうだ。
 おキヌちゃんのファンが聞いたら怒るぞ」

 いつのまにか、横島も妄想の世界から現実に帰ってきている。ちゃんと霊力もアップしているようだ。

(あなどれないのね……)

 百眼の異形は、少し後悔していた。
 横島たちが馬鹿げた会話を繰り広げるので、それを微笑ましく眺めていた彼女である。せっかく心を覗けるのに、目前のコントに気を取られて、怠ってしまったのだ。覗いてはいけない時には覗くくせに、必要な時には覗かなかったとは……!
 おかげで、先手を取られてしまった。いつのまにか、周囲一帯に結界を張られていたのだ。そのバリヤーに、彼女は先刻、ぶつかったのだった。

(……横島さんだわ!)

 一応、木の上のタマモには注意を向けていた。姿を見せない分、百眼の彼女も、タマモを警戒していたのだ。その間に、横島かシロが結界を用意したようだが、おそらくシロではないだろう。こういう芸当をするのは、むしろ横島の方だ。

(それにしても……)

 神族である自分の脱出を妨げるなんて、尋常なパワーではない!

『こんな強力な結界を作るなんて……』

 うっかり声に出してしまった。
 話をしていた三人の視線が、彼女へと向けられる。

「……ちょっとしたもんだろ?
 文珠を五個も使ったからな!
 美神さんの結界魔法陣を見習って、
 ちゃんと五芒星を描くように配置……」
「文珠を五個も……!?
 凄いでござる!!
 さっきは一つ出すのも
 失敗だったのに……!」
「そりゃあ、妖怪相手なら話は違うさ。
 集中すれば、それくらいは……」

 ニヤッと自慢げな表情の横島と、それを褒め讃える弟子。
 だが、もう一人は唖然としていた。

「……あんた、バカじゃないの!?
 せっかくの文珠を……無駄使いして!
 結界なんて、一つか二つで出来るじゃない!
 いきなり五つも出しちゃったら、
 もう、しばらくは出せないんでしょ……?」
「うん、今日は打ち止めだ……」

 ただし、横島を弁護するならば。
 五個も文珠を費やしたからこそ、結界が効いたのだ。百眼の異形は、自ら神を名乗るだけあって、その霊格は非常に高い。一つや二つでは、破られていたことだろう。
 もちろん、周囲に結界を張るのではなく、異形そのものを拘束した方が効果的だったかもしれない。だが、これに関しても、五芒星の魔法陣をまねた以上、ある程度の範囲を必要とするのは仕方がなかった。

「……まあ、いいわ」

 ここでタマモは、再び、横島から異形へと視線を移して。

「逃げられないというのなら、
 ……じっくり相手してあげる!」

 口の端を吊り上げ、不敵に笑うのであった。


___________

 
「なんか今日のタマモ、
 キャラが違うような気が……。
 こんなに好戦的なやつだったっけ?」
「ああ、たぶん八つ当たりでござるよ。
 最近ボーイフレンドと
 うまくいってないらしくて……」
「相手は年下のガキだったよな?
 年の差が障害となったのか……」
「それはわからんでござるが、
 今日だって途中でデートを
 切り上げてきたわけで……」
 
 ボボウッ!!

 目の前の敵に対してではなく、斜め後ろに向かって狐火を放つタマモ。
 プスプスと煙を上げて、倒れ込む師弟。だが、もちろん、すぐに起き上がる。

「あ〜死ぬかと思った……!」
「……同じくでござる!」

 そんな二人に、タマモがピシッと気合いを入れた。

「バカなこと言ってないで、
 目の前の敵に集中しなさい!
 霊気の匂いをかいだらわかるでしょ?
 こいつ……かなりの大物よ!!」
「ああ、俺にも何となくわかるぞ。
 最近相手にしてきたザコ霊とは、
 あきらかに雰囲気が違う……」
「拙者、腕がなるでござるよ!」

 こうして。
 タマモ・横島・シロ vs 謎の百眼妖怪(?)。
 そのバトルの幕が、切って落とされた!


___________

 
 ビュンッ!!

『きゃあっ!?』

 横島の先制攻撃だ。
 振り下ろされる霊波刀から怖くて目を逸らし、百眼の異形は、とっさにトランク鞄を盾にしてしまった。
 だが、すぐに後悔する。中には精密機械も詰まっているのだ。情報収集や解析を本業とする彼女にしてみれば、大事な商売道具である。

(壊れたら大変……!)

 ふと顔を上げると、横島は、最初の位置まで戻っていた。初手を防がれたので、距離をとったのだろう。ハチのように刺しゴキブリのように逃げる、横島らしい戦法だ。

(じゃ、今のうちに……) 

 トランクをソッとその場において、これ以上ダメージを与えないよう、やさしく軽く蹴って、少し離れた後ろへと移動させる。
 だが。

「敵に背中を見せるとは!
 ……なんたる未熟!!」

 ひと仕事終えて振り返ると。
 いつのまにか、シロが迫ってきていた。

『うげっ!?』

 肩から腰にかけて、バッサリと斬られてしまう。
 傷口から、霊力が血のように溢れ出す。その痛みを感じながら、百眼は、その場に崩れ落ちた。


___________

 
「あれっ、もう終わり!?
 私の出番、ないじゃないの……」
「シロ、やりすぎだぞ……」
「……えっ!?
 拙者、何か悪いことしたでござるか?」

 攻撃の後、横島の左隣までサッと飛び退いたシロ。
 だが、彼女に向けられた視線は冷たい。

「そりゃーさあ。
 こっちの質問を無視して、
 いきなり逃げ出そうとしたから……。
 怪しいやつだとは思ったけど……」
「問答無用でやっつけちゃうのは、
 さすがに酷すぎるわね……!」

 お前が言うなという目をタマモに向けてから、横島は、再びシロに話しかける。

「……とりあえず捕まえて、
 話を聞き出す程度でよかったんだが。
 もう死んじまったかな……?」

 殺すつもりはなかったのだ。かわいそうなことをした。
 とりあえず怪しげな妖怪は始末してしまえ……というのは、乱暴な考え方である。お役所の役人の中には、そういう思想の者もいるだろうが、横島は明らかに違う。おとなしい妖怪や悪意のない魔物ならば、その命を助けてきた。
 だいたい、シロやタマモにしたところで、人狼と妖狐である。分類の仕方次第では、魔物や妖怪として扱われる存在なのだ。

「……そうだったでござるか!?
 でも、あんなこと言ってたから……。
 この百眼の魔物を三人で
 倒そうってことだと思って……」

 横島やタマモの雰囲気から、シロは少し誤解していたらしい。それに気づいて、横島は、少し口調を柔らかくする。

「あー。
 タマモはともかく……
 俺は、大げさに言ってただけだぞ?」
「そ。
 ああいう場合は大げさに言うもんよ。
 あんたが騙されてどうするの、
 嘘を嘘として見抜けないんじゃ
 ……現代人失格ね!」
「嘘というより……
 一種のハッタリだな、ハッタリ!」
「美神さんだって、ハッタリ得意でしょ?」

 タマモが言葉をかぶせてくるので、なんだか二人がかりでシロを責めるような形になってしまう。
 横島の本意ではないのだが、さいわい、長くは続かなかった。

『……みんな……ひどいのね』

 倒れていた百眼妖怪が、ムクッと起き上がったのだ。
 しかも。

『そっちがその気なら、私だって……!』

 どこから取り出したのか。
 その手には、小型のセミオート拳銃が握られていた!


___________

 
 ドンッ! ドンッ! ドドンッ!!

 百眼の異形が、三人を狙撃する。
 かつて彼女は、とある大事件が終わった際に『私ってまるでジェームズ・ボンド!?』と言ったことがある。
 神界の辣腕エージェントを自称するだけあって、彼女が使う銃はドイツ製。スパイ映画に出てくるような自動拳銃だ。
 もちろん、格好だけではない。彼女は、射撃の腕にも自信を持っていた。

『急所は外したのね!
 美神さん暗殺部隊の時も、
 ちゃんと……』

 かつて彼女は、人知れず隠れていた暗殺部隊を返り討ちにしたことがある。全員ではなく、ほんの一部だけだったが。
 その際、慈悲深い彼女は――なんてったって女神なのだから――、相手の命までは奪わなかった。行動不能とするに留めた。
 今だって、相手は、知己の横島とその仲間たちだ。ついカッとなったのだが、それでも冷静に、ほんのかすり傷程度に留め……。

『……あれ?』 

 よく見ると。
 目の前の三人は、傷ひとつついていなかった。
 しかも、なんだか恐い目をして、彼女を睨んでいる。

「美神さん暗殺部隊……ですって!?」
「美神さんを……殺す……?
 あのチチやシリやフトトモを!?
 許さんぞ……それだけは絶対……」
「そんな恐ろしい企みがあったとは……
 やっぱり、悪い妖怪でござったか!?」

 彼女の微妙なセリフ――『美神さん暗殺部隊の時も』――が、誤解を生んだようだ。
 確かに、この言い方では、美神暗殺部隊を相手に戦ったのではなく、彼女自身が暗殺部隊に参加したかのようにも聞こえてしまう。

『違うのね!
 そういう意味じゃなくて……』

 手をバタバタと振って、慌てて否定するが、もう遅かった。

「そういうことなら……
 見逃すわけにゃあ、いかねーぞ!」
「もう容赦無用でござる……!!」
「普通さ、神様って
 人間にピストル撃ってこないよね」

 どうも、まずい雰囲気である。
 特に、タマモの言葉は正論である。

『だって……みんな、
 この程度は平気でしょ?
 私ちゃんとわかってたのね……!』

 と、口では言うものの。
 彼女自身、さすがに射撃はやりすぎだったと思っている。
 ついカッとなって撃った。後悔している。反省は、この窮地を脱してからだ。

『えーっと……ごめんなのね〜〜』

 だが、そんな謝罪が――しかも彼女の口調では軽々しく聞こえてしまうので――、受け入れられるはずもなく。

 ダッ!!

 横島とシロが走り出した。
 バトル再開である!


___________

 
 二人とも、こちらに向かってダッシュしてくる。
 まず、こちらから見て左側に立っていた横島が、右手に回りこむように。
 一瞬遅れて――しかしほとんど同時に――、右側にいたシロが、左手側へ。
 見事なエックス攻撃だ。
 
(即席のコンビネーション……。
 いいえ、これは……おそらく
 日頃の仕事で培ってきたものだわ。
 体が、自然に動いているのね……)

 戦い慣れしていない彼女である。その意味では、二人の動きに惑わされてもおかしくなかった。
 しかし、大丈夫。彼女は特別な存在なのだ。なにしろ、彼女は……全身に100の感覚器官を持つ女!

(この程度の動きで、
 私を幻惑しようだなんて……!)

 全てを使うこともない。10%だ、10%の感覚器官で探ってやろう。それでも、二人の動きは、はっきり見えていた。
 一歩前に出ることで、横島の振り下ろす霊波刀から逃れて。
 さらに体を捻って、シロの斬り上げをかわす。
 そして、幻惑と言えば。

(あなたにも……惑わされないのね!)

 二人の攻撃のタイミングに合わせた、タマモの精神攻撃。
 オマエは大人しくて人懐っこい悪魔であり現在は正義の使徒として穏やかに暮らしている……という幻を送り込んできたのだ。
 彼女を無力化するつもりだったのだろうが、そうはさせない。だいたい、精神を覗き見る力に長けた彼女に、精神攻撃など無駄無駄無駄!

(自分の幻を……自分でくらいなさい!)

 心の中に霊力のバリヤーを作って、幻を丸ごと跳ね返す。
 だが、敵もさるもの。

「フン……!」

 少し額に汗しているが、それだけだった。自分で作った幻に囚われるほど、弱い精神はしていないようだ。

(さすが、伝説の大妖狐なのね!)

 と、素直に相手を認める……。


___________

 
 こうして言葉で表現すると長くなるが、二人の精神の攻防は、現実の体感時間では、ほんの一瞬。
 いや、一瞬にも満たない時間だった。
 しかし、そのわずかな時間、タマモに意識を集中してしまったのだ。
 それが、致命的な隙となる。
  
 バサッ!! ズサァア……!

 後ろから前から。
 彼女は、横島とシロの二の太刀で、斬られていた。


___________

 
 横島には、ハッキリとした手応えがあった。
 最初の一撃は避けられてしまったが、空振りした手に反動をつけて、逆に斬り上げる。これは、命中したのだ。
 向こう側にいる――百眼の異形を挟撃する位置にいる――シロも、同様らしい。返す刀でバッサリやったようだ。
 それでも。

「あんまり……効いてない!?」
「……もともと
 霊気のケタが違うでござるよ。
 こんなもんでござろう……」

 斬られた異形は、逃げるように姿を消して、少し離れたところに再出現。
 そこに座り込んで痛い痛いと喚いているが、その姿は、なんとなくコミカルだ。大物魔族の雰囲気ではない。
 いきなり拳銃で撃ってきたり、美神暗殺などと口走ったり、危険な敵かとも思ったが、どうもよくわからない相手である。

「先生……油断めさるな」
「ああ、わかってる……」

 横島の表情から心中を察したのか、シロが声をかけてきた。
 弟子に注意されているようでは、師匠失格である。
 気合いを入れ直し、一度、霊波刀を消す。代わりに霊気の盾を形成し、百眼に向けて投げつけた。

『きゃっ!?』

 命中しない。
 こちらには背を向ける格好でうずくまっていたのだが、背中にも目があるのだろう。
 バシュッと姿を消して、再び、ある程度の距離の場所まで移動していた。

「やっぱりな……」
「……何がでござる?」
「あいつ……ちゃんとわかってるんだ」

 敵は、結界の範囲を的確に把握しているようだ。
 横島が配置した文珠の中には、木々や小石の間に隠した物もある。どこが結界の中心なのか、わかりにくいはずなのだが。

「ま、あれだけ目がありゃ、
 ……全てお見通しってことか」

 結界の中をちょこまかと逃げ回られたら、けっこう厄介。
 そう思いながら辺りを見回してみると。
 タマモと目が合った。
 今の攻撃には参加していなかったはずなのに、疲労感あふれる表情である。

「なんで何もしてないタマモが、
 そんなに疲れてるんだ……?」
「おーい。
 タマモもサボってないで、
 しっかり戦うでござるよ……!」
「……うるさいわねっ!
 ちゃんとやってるわ!!
 あんたたちにはわからない、
 高度な駆け引きがあったのよ!?」

 怒鳴る元気は残っている、タマモであった。


___________

 
(見えるのね……)

 彼女は自身を神様だと称し、また、小竜姫の友人だとも言った。
 しかし彼女は、小竜姫のような武神ではない。戦いは苦手だった。
 それでも、攻めは無理でも逃げは可能だ。相手の心を覗いてみれば、次の行動が予測できるからだ。

(……こうやって、
 ちゃんと霊波を目で追っていけば!)

 霊力のふくらみ具合で、攻撃の威力もタイミングもバッチリわかる。
 基本的に彼女の目は霊波にピントを合わせており、かつてそれを逆手にとる強敵もいたが、横島たちは、そこまで彼女のことを知らない。今は、これで大丈夫だった。

(横島さんの文珠の効果が消えるまで、
 なんとか耐えきらないと……)

 文珠による結界が永遠に続くわけがない。今は結界内を飛び回ることしか出来ないが、いずれ、結界の外へ脱出することも可能となるはずだ。それまでの辛抱である。

(でも……これって、
 けっこうキツいのね……)

 彼女は、その職務の都合上、色々なところにサッと出向く必要があり、他の神族以上に、空間を転移する能力には長けていた。
 横島たちが超加速だと思っているのも、実は、一種の瞬間移動である。空間転移を応用して、この世界への出現地点を少し変えることで、ほぼ瞬間の短距離移動を行っているのだ。
 しかし、神族の瞬間移動には、多大なエネルギーを消費する。
 かつて香港でメドーサと戦った小竜姫が、残りの全エネルギーを使って、妙神山まで瞬間移動したように。本来、それは、最後の切り札として用いるべき技であった。

「もしかして……あれって
 超加速とは違うのかしら?」
「……どういう意味でござるか?」
「おい、タマモ。
 そもそも……おまえって
 超加速は見たことねーだろ?
 韋駄天やメドーサや小竜姫さまが……」
「失礼ねっ!?
 私は、金毛白面九尾の妖狐よ!
 うっすらとした昔々の知識の中じゃ
 色々と見てきてるわ……」

 どうやら、タマモが何か気づいたらしい。

(どうぞ、そのまま、
 お話ししててね……!)

 時間を稼ぎたい者としては、三人がおしゃべりに興じるのは、万々歳だ。

「空間転移ね。
 超加速というより……
 むしろ瞬間移動だわ!」
「……ん?
 まあ、似たようなもんだろ?」
「全然違うのよ!
 超加速で加速状態になってるなら、
 こっちがほぼ止まっている間に
 むこうは色々動けるんだから、
 その間に何をされるか……。
 でも瞬間移動なら、むこうも一瞬だわ」
「キツネの言葉は難しくて、
 拙者にはわからんでござる……」
「そうだ、そうだ。
 人間の言葉でしゃべれ」

 タマモは、少し肩をすくめてから、表情を戻す。

「ま、いいわ。
 説明役なんて、私のキャラじゃないし。
 ……それに、空間転移だって危険ね。
 空間を渡って、突然、
 私たちの背後に現れる可能性も……」
「なんと!?
 それは、ずるいでござるよ!」
「ああ、正面から
 正々堂々と戦うべきだな。
 卑怯な奴め……」
『そんなこと、してないでしょ!?
 それに……横島さんに、
 卑怯とか言われたくないのね!』

 思わず、ツッコミを入れてしまう。
 三人の意識が、こちらを向く。
 会話タイムを終わらせてしまったらしい。
 再び、戦いが動き出す!


___________

 
 そして……。

(もう……いや……)

 最初の無駄使いのせいで、横島は文珠を使えない。これは、彼女にとって幸いであった。
 だが、横島の霊波刀、シロの霊波刀。それらは、十分な脅威だ。
 距離をとれば良いのだが、離れてしまえば、横島はサイキック・ソーサーに切り替えて投げつけてくる。
 それに、タマモの狐火も、援護射撃にしては強力過ぎた。さらにタマモは、時々、腕だけを翼に変化させて飛び回り、空からも攻撃してくる。

(この三人……ますます
 息が合ってきてるのね!)

 三人のコンビネーションは見事なものだ。
 彼女は、相手の心を読んでいるはずなのに、それでも、全ての攻撃を回避するのは難しくなっていた。
 実際、いくつかの直撃をくらい、彼女はボロボロになっている。
 
(いったい……)

 どーしてこーなった。

(私が何をしたって言うの……?)

 内包する霊力の大きさから、人間ではないと一目で見抜かれたのだろう。
 そして。
 記憶にないのに知り合いっぽい発言をしたために、横島からは警戒されたのだろう。
 横島に抱きつかれた時の対応から、シロには少しヤキモチをやかれたのだろう。
 始まりは、ただ、それだけだった。
 だが、第一印象が悪かったせいで、あとは坂を転がり落ちる岩のように、悪化するばかり。何を言っても悪く受け取られる。
 見えない力が働いているのではないかと邪推したくなるレベルだ。

(まったく……
 思い込みというのは、恐ろしいのね!)

 もちろん、その後の彼女の言動にも、少しは非があるかもしれない。
 いや、そもそも。
 人間界まで、ノコノコ様子を見に来なければ……!
 神界に、キチンと留まっていれば……!
 こんな事態には、ならなかったのだ。
 しかし、そんな自分の行動は棚に上げて。
 百眼の異形――神族調査官ヒャクメ――は、涙目で叫んだ。

『……だから、こんな仕事は嫌だったのね〜〜!』



(リポート・転「数日後」に続く)
   


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