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彼女が作った世界

リポート・起 「一年後(前編)」


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:10/12/31

  
「あら、雪が降ってきたみたい。
 横島さん、大丈夫かな……」

 窓の外をボーッと眺めながら、おキヌがポツリとつぶやく。
 独り言だったようだが、それを耳にした美神が、言葉を返す。

「心配することないわ。
 仕事に出かけたわけじゃないんだから……」

 机に脚をのせて、パラパラと雑誌をめくる美神。
 彼女の頭の上では、タマモが子ギツネ姿で丸くなっていた。美神に同意しているのだろう、小さな鳴き声をあげる。

「クーン……!」

 外の寒さとは無縁の、温かい暖かい事務所の光景であった。
 そんな穏やかな時間を破るかのように。

 バンッ!!

 勢いよくドアが開いて、飛び込んできたのは横島だ。

「美神さん〜〜!
 外は寒かったっス〜〜。
 だから、その体で俺をあたため……」
「いつもいつも懲りずに……。
 ……おのれは、
 進歩とゆーものをせんのかあっ!?」

 バキッ!!

 美神に抱きつこうとしたが、当然、成功しない。
 彼女の頭にのっかっていたタマモは、いつのまにか離れており、今は少女形態。シロ――横島の後ろから入ってきた――の相手をしている。

「この寒いのに、あんた、よく平気ね。
 毎日毎日、サンポ、サンポって……」
「拙者は侍でござる!
 雪の日に庭駆け回るのは、
 武士として当然の所行でござる!!」
「それ……何か違う……」

 ハーッと溜め息をつくタマモ。
 起き上がった横島も、ツッコミを入れる。

「……バカタレ!
 関東一円を、勝手に
 自分の庭にするんじゃねえっ!!」

 でも、つっこむべき点は、そこじゃないよね。そんな気持ちを表情に浮かべて、タマモが、おキヌの方を向く。
 微笑みを返しながら、おキヌは、つぶやいた。

「ふふふ。
 御約束ですね……」
 
 出会った頃から、まるで変わらない。
 おキヌは、そう思っていた……。








    『彼女が作った世界』

    リポート・起 「一年後(前編)」








「……はい、どうぞ」
「サンキュー、おキヌちゃん!」
「さすが、おキヌどの。
 気が利くでござるな……」

 体が冷えた横島とシロに、熱いお茶を一杯ずつ。
 もちろん、二人の分だけではない。続いて、美神とタマモにも。こちらは、それほど熱くなく、飲み頃の温度にしてある。

「……へえ。
 じゃ、ホントに昔っから、こうなのね」
「そ。
 おキヌちゃんにまで抱きついて……」

 どうやら、美神がタマモに話しているのは、三人が出会った時のエピソードらしい。タマモが聞きたがったのであろうか。
 ちょうどおキヌも、お湯を沸かしに行く前には、チラッと昔を思い出していた。まるで心を読まれたかのようで、少しドキッとする。
 だが、そんなわけあるまい。軽く頭を振って、おキヌもお茶をすすった。

(そう言えば……タマモちゃんたちに、
 詳しい話ってしたことなかったかも……)

 出会いと言えば。
 しばらく前に、唐巣神父の教会で、神父から、美神の両親の『出会い』に関して聞いたことがある。
 人と人との馴れ初めというものは、あらためて聞いてみると、面白いものだ。おキヌと美神と横島の『出会い』も、タマモやシロにとって興味深い話であろう。
 まあ、唐巣神父の長話の際は、タマモもシロも横島も途中で寝てしまったし、おキヌもウトウトしていたのだが。

(……さすがに、私たち自身の話なら
 そんなことにはならないでしょうね)

 と、おキヌが考えている間に。
 横島も、美神たちの会話に参加していた。

「あの時は仕方なかったんスよ!
 おキヌちゃんのこと、
 まだよく知らなかったし……」
「普通さ、
 知らない人には抱きつかないわよね……」

 ボソッとツッコミを入れたのは、タマモである。人間社会の常識、少しずつ身についてきたようだ。よかった、よかった。

(初めて会った頃……か。
 なんだか懐かしいな……)

 当時のおキヌは幽霊だったのに、横島は、それを押し倒そうとしたのだ。衝撃であった。
 その後、色々あって……。
 タマモと出会った頃には、おキヌも、普通の女子高生になっていた。タマモに化かされて風邪をひいてしまい、横島のアパートで一緒に暖をとる羽目に陥ったりもしたが……。それも、今となっては良い思い出である。
 ただし、若い男女が一晩同じ部屋で二人っきりで、それで問題ないというのも、乙女心としては少し複雑なわけだが。

(うーん……)

 こうして彼女が回想している間に、その場の話題も、少しずつ変わっていく。
 ふと見ると、シロが、横島の背中をチョンチョンと突いていた。

「……拙者の胸に
 飛び込んできたこともあったでござるな。
 『その胸の中で死なせてください』って!」

 イシシシシ……と笑う。まるで昔の漫画に出てくる犬のようである。

「バカ犬にまで!?
 横島って、ホントに節操ないのね……」
「あの時も仕方なかったんやああっ!!
 もう最期だと思ったし……それに、
 シロだとわからなかったんだから!
 わかってりゃ、さすがに俺だって……」
「……どういう意味でござるか!?」

 タマモがジトッとした視線を送り、横島が反論し、その言葉にシロが噛み付いた。
 そして美神が、呆れたように。

「あーあ。
 こいつったら、
 まるで成長しないんだから……。
 ……やんなっちゃうわ」

 しかし。
 心外だと言わんばかりに、横島が、ブンッと霊波刀を出してみせる。もう、ただの荷物持ちではないのだ。

「……ほら!!
 ちゃんと成長してますよっ!」
「アホッ!!
 事務所ん中で、そんなもん振り回すな!」
「そう言う美神さんだって……」

 神通棍で、横島にツッコミを入れる美神。
 パッと見では説得力のない行動だが、おそらく、横島が霊波刀で受け止めることを予想した上でやっているのだろう。実際、横島は、そのように対応していた。

(これも……一種の『阿吽の呼吸』かな?)
 
 おキヌは、内心で苦笑する。
 一方、そんな二人を見て興奮する者もいた。

「おお!
 師弟対決でござるな!?」
「違うと思うけど……」

 タマモの言うとおり。
 すぐに美神は、神通棍を納めてしまう。そして、ハーッと溜め息をついた。

「そういう意味じゃないわ、横島クン。
 ……人間性の問題よ!
 いつまでもバカやって……」
「でも、美神さん。
 ……そこが横島さんの
 いいところなんじゃないですか?」

 ここで、おキヌが口を挟む。

「横島さんは横島さんだから……。
 バカでスケベでも……やっぱり、
 それが横島さんですから……」
「おキヌどの……。
 それフォローになってないでござるよ」

 ハッとするおキヌ。
 彼女の耳に、シロの言葉は届いていなかった。自分自身の言葉に、とまどっていたからだ。

(『横島さんは横島さんだから……』!?
 『バカでスケベでも……』!?)

 以前にも、まったく同じセリフを、美神の前で口にしたような気がする。しかし、いつだったのか、思い出せないのだ。

(こういうのを……
 デジャブ……って言うのかな?)

 小首を傾げるおキヌであった。


___________

 
 ……こうした美神除霊事務所の様子を、遠くから眺める者がいる。

『あいかわらずなのね』

 事務所の誰一人、これに気づいていなかった。
 だが、仕方ないのかもしれない。なにしろ、遥か彼方、神々が住まう地よりの視線なのだから。

『たまには……
 もう少し近くから、
 じっくり観察してみようかしら?』

 視線の主は、出かける支度をし始めた……。


___________

 
 美神の事務所では、五人の会話が、まだ続いている。

「今までで一番の強敵は、
 ……誰だったでござるか?」

 しっぽをフリフリさせながら、そんな疑問を口にするシロ。
 先ほどの師弟対決――まあシロだって本気でそう思っているわけではない――に刺激されたようだ。

「やっぱり……犬飼でござるか!?」

 犬飼ポチ。隠れ里から伝説の妖刀を持ち出し、人の世界で辻斬りを続けた、忌まわしき人狼の名前である。

「そうねえ……。
 あれは大変だったわ……」

 表情は変わらないが、美神の声のトーンには、当時の苦労が滲み出ていた。
 知己のGSが勢揃いしても歯が立たず、事務所の結界も平然と破るような奴だったのに、さらに魔獣フェンリルと化してパワーアップ。美神たちは、遥か古代の女神の力を借りて、ようやく倒したのだった。

(でも、美神さん。
 今なら……もう少しラクに
 倒せるんじゃないですか?)

 おキヌは、そう思いながら、視線を動かした。美神から、横島へ、と。
 
(あの頃とは違って、
 ……文珠がありますから!)

 いや横島だけではない。美神の実力もアップしているし、二人ほどではないが、おキヌ自身も成長したはずだ。それに、シロやタマモの加入もある。美神除霊事務所の戦力は、日々、強化されているのだ。
 どれだけ苦労したかイコールどれだけ強かったか……ではないだろう。それこそ、横島が単なる荷物持ちだった頃は、たいしたことない小物妖怪にも苦労していたのだから。

「あっ、そういえば……」

 ここで、横島が口を開く。
 おキヌは、ボーッと眺めたまま考え事をしていたので、横島と目が合ってしまった。ちょっと頬を赤くする。
 
「死津喪比女も、強敵だったっスね?
 ……あの時は、
 おキヌちゃんがミサイルになって……」
「なんと……!?
 おキヌどのが特攻したでござるか!?
 それは……また何と大胆な……」

 どうやら横島は、おキヌの視線に気づいて、死津喪比女のことを思い出したらしい。おキヌは、別に、あの事件を話題にしたかったわけではないのだが。
 まあ、かつて横島は、彼女の感謝の視線を軽蔑のまなざしだと誤解したこともあるくらいだ。おキヌの気持ちを汲み取れないのも、ある意味、横島らしくて良いかもしれない。

「あの……
 メドーサさんは、どうでしょう?」

 おキヌも、かつての敵の名前を一つ、例に出してみた。半ば適当に、ではあったが、話題のタシにはなるだろう。

「おキヌちゃん……。
 ……あんな年増ヘビ女にまで
 『さん』づけする必要ないのよ」
「うむ。
 確かに、ええちちしとったが
 ……年増は年増だからな!!」
「そーじゃなくて!」

 おかしな同意をされて、それを律儀に否定した後。美神が、意見を述べる。

「あれは強敵というより、
 ……しつこい敵だったわね」
「あー……そうですね」

 おキヌも納得する。
 メドーサが初めて出てきたのは、天龍童子の暗殺未遂事件だった。その後、GS資格試験に配下を送り込んだり、香港では元始風水盤を使おうとしたり、色々と画策していたのだ。
 南武グループの人造魔族開発にも協力していたようで、その際も名前が出ていたが……。

「……でも、
 もう一年以上、現れてないっスね」
「今頃まだ、どこかで
 悪いことしてるんでしょうか?」
「うーん……。
 意外と、とっくに
 くたばってるかもしれないわね」
「そう言われてみると……。
 確か……あのひと、
 指名手配されてましたよね?
 小竜姫さまが、
 そんなこと言ってたような……」
「そーいや小竜姫さまにも、
 しばらく会ってないっスね!」
「横島さん……?
 ずいぶん頬が緩んでるようですが、
 今どんな想像をしてるんでしょう?」
「あーあ。
 おキヌちゃんにも指摘されるようじゃ、
 横島クンも……おしまいね」
「えっ!?
 ……そんなこと考えてないっスよ!?」
「『そんなこと』って……。
 横島さん……墓穴掘ってません?」

 昔を思い出しながら、ワイワイと語り合う三人。
 シロは、彼らの話を興味深く聞いている。
 だが、タマモは。

「ふーん……」

 腕を組んで、壁にもたれながら。
 やや冷めた目付きで、彼らを眺めていた。


___________
___________

 
「極楽へ……行かせてやるわッ!」
「おーじょーせいやあ!」

 美神が神通棍を振り下ろし、横島が霊波刀を振り回す。
 その後ろでは。

「拙者も……!」
「えいっ!」

 シロが霊波刀で、タタモが狐火で。近づく悪霊を、軽く始末していた。
 そして、彼らに守られながら。

 ピュリリリリッ……。

 おキヌが、ネクロマンサーの笛を吹く。
 その場の雑霊が、一掃された。

「美神さん……!
 一番上に大物がいるようです!
 みんな、その霊に
 引きずられちゃったみたいで……」
「ここは、もういいみたいね。
 ……さあ、ボスを潰しに行くわよ!」

 おキヌの情報に従い、先へ進む一行。
 今、美神たちは、幽霊屋敷の除霊に来ていた。
 ようやく夢の一軒家を手に入れたのに、どうも悪霊がたむろしているらしい。大きな屋敷が、郊外とはいえ、相場の半額以下だったのに……。そんな感じの依頼である。
 せっかく安く買ったのに、高いGSを雇う羽目になる。安物買いの銭失いの典型だが、わりとよくある話であった。

「それにしても……
 なんでいつも、ボスって奴は、
 奥とか最上階に陣取ってるんスかね?
 たまには、真っ先に
 出てきてもよさそうなのに……」
「おお、それは斬新でござる!」
「あんたたち……何考えてるの?」

 軽口を叩く横島・シロ・タマモであったが、それは上辺だけ。内心では、周囲への警戒を怠っていない……はずである。
 そして。

「ここね!?」

 バンッ!!

 三階の部屋のドアを開ける美神。
 中にいたのは、普通よりも二回りほど大きな悪霊だった。

『さびしいよう、一人は嫌だよう……。
 みんなで一緒に……ここで一緒に……』

 いくつかの低級霊が寄り集まったものらしい。それでも、知能は低いようだ。特に策略をこらすわけでもなく、ただシクシクと泣いている。

「……だからって、
 他人を巻き込むんじゃないわよ!
 あんた一人で……逝きなさいッ!!」

 ドウッ!! 

『ギャアァアッ……!』

 美神の神通棍が炸裂し、悪霊は一瞬で消滅した。

「……あっけないのね」
「おふだも文珠も使わんかったな」
「霊波刀を振るうだけの簡単なお仕事です
 ……ってやつでござるな!!」
「まーまー。
 いいじゃないですか、これで……」
 
 そんな四人を振り返り、美神が微笑みながら言う。

「おキヌちゃんの言うとおりだわ。
 ラクに稼げていいじゃない……!」

 最近の依頼は、こうした低レベルの悪霊を相手にする仕事ばかりだ。

「大物魔族に狙われたり、
 逆に守られたり……。
 魔族内部のゴタゴタに
 巻き込まれるのは、
 ……もうゴメンだわ!」

 ちょっと真面目な顔で言葉を足したのだが、真面目な雰囲気にはならなかった。仕事の後の、緩んだ時間である。

「……そんなこともあったでござるか?」
「あっ、それって……!
 シロちゃんどころか、
 私もいなかった頃の話ですよ」
「ああ、俺が文珠って力を
 手に入れるキッカケになった話だな!
 ……あそこから俺は、
 ヒーローへの道を歩み出し、そして、
 ついに美神さんを越える存在に……」
「……なってない、なってない。
 横島クンは、いつまでも私の丁稚だから!
「美神さん、それは酷いっスよ……」

 そんな美神たちに、タマモが声をかける。

「美神さん、私、先に帰るね!
 ……あと、明日は一日出かけるから」
「いいわよ。
 明日は、なーんも仕事の予定ないし。
 ……ゆっくり遊んでらっしゃい!」
「おおっ、仕事が休みなら
 サンポもタップリ出来るでござるな!
 先生と共に、いつもより遠くまで……」
「……俺をどこまで連れてく気だ!?」
「シロちゃん……。
 たまには横島さん、
 ……休ませてあげましょう?」

 ワイワイ、ガヤガヤ。
 話題は、少しずつ流れていく。
 そんな中、誰も、タマモに翌日の予定を聞こうとはしなかった。
 ホッとしつつ、明日のことを思い浮かべて。
 ちょっと顔を赤くするタマモであった。


___________
___________

 
 そして、翌日。

「夏には緑にあふれた場所も、
 今は、すっかり雪景色でござるなあ。
 東京も、けっこう風情がある……」
「バ……バカタレ!
 前にも言ったはずだが……。
 ここは東京じゃねえっ!!」

 結局、横島は、シロの散歩に付き合わされていた。
 今いる場所は、事務所から何十キロも離れた森の中。
 かつて、二人が、オカルト少年――いじめっ子に呪いで仕返しをする中学生――と出会った場所である。


「……いいか、シロ。
 昨晩も雪が降ったからな、
 道路は凍りついてるんだ……。
 ロープぐいぐい引っ張って、
 つっ走るんじゃねえッ!!」
「でも楽しかったでござろう?
 ほら、すけーとみたいで……」
「アホッ、あぶねーわ!
 自転車は犬ぞりじゃねーんだぞ!?」

 怒鳴る横島は、体をブルブル震わせている。激怒しているのではなく、寒いのだ。
 途中で何度も滑って転んだが、基本的に、横島はシロに引っ張られて来ただけ。自転車をこいでいたわけではない。
 自転車にジッと座ったまま、雪が降ってもおかしくない寒空の下。スピードだけは凄いので、吹き付ける寒風も酷かった。
 横島じゃなかったら、凍えていたかもしれない。

「先生……。
 文珠で暖をとればよいのでは?」
「言われんでもわかっとるわ!
 だが……寒くて集中できんのだ」

 万能アイテム並みに便利な文珠。霊力を練って、出そうとはするのだが。

 キィイィイン……!

「……あれ?
 いつもと少し違うでござるな……」
「やべっ!?
 これ失敗だ、やっぱ無理すると
 ロクなことにならんぞ……!」

 プシュ―ッ……。

「も……もれてる!!
 先生、この匂いは霊気のカス……」
「あぶねえっ!!」

 さいわい、ここは室内ではなく屋外。
 失敗文珠を、慌てて上空へ投げ飛ばす。

 バズンッ!!

 大爆発。文珠のスパーク、空高く。
 そして、同時に。
 モウモウとする爆煙の中。

『きゃあっ!?』

 横島とシロの前に、悲鳴と共に落ちて来た者がいる。
 それを見て歓声を上げたのは、やっぱり横島だ。

「空から……
 コスプレ美少女が降ってきた―ッ!?」
「先生が……文珠で出したでござるか?」
「……そうかッ!!
 偉いぞシロ、よくぞ気がついた!」

 ようやく立ち上がった少女へ、横島が飛びついた。

「俺が出したんだから俺の所有物ッ!!
 おねーさま……!
 その体で俺をあっためて下さい!」
「なるほど、そうでござったか。
 それなら……
 確かに、文珠であたためることになる。
 やや回りくどい気もするが……」

 シロがポンと手を叩いて納得している前で。

『違うのよねーっ!!』

 横島が、ガンッと叩き落とされている。

『私は空に居ただけ。
 そこに文珠が飛んできたんだから、
 ……むしろ被害者なのね!』

 まあ狙ったものなら避けられたんだが偶然だったので無理だった……などとも呟いているが、これは小声なので、横島には聞こえていない。
 それよりも。

『やっぱり……
 横島さん、抱きついてくるのね。
 この間は、あんなこと言ってたくせに!』

 ケラケラと笑う姿に、横島は、違和感を覚えていた。

『一周まわって、
 私の時代が来たような……
 ゲストヒロインに
 返り咲いたような気分だわ!』

 何か勝手に満足しているようだが、横島とシロは警戒する。

「あんまり……いやがってない?」
「先生、おかしいでござるよ!?」

 シロが距離をとる。
 横島も、異常を感じ取って、パッと離れた。
 女性の体の柔らかさよりも、危険信号が勝ったのだ。
 イザとなれば正しくシグナルが働く横島である。そうでなければ生き抜けない、そんな業界で暮らしているのだ。

「おねーさん……。
 ……俺のこと御存知で!?」

 表面では軽い感じを装って、横島が声をかける。
 先ほどの相手の言葉では、知り合いのようなのだが。
 
(こんなやつ……見たことねーぞ!?)

 それは、横島の記憶にはない姿をしていた。
 一見すればコスプレ美少女。だが、よく見れば、人間ですらない。
 額の中央に第三の目を持つ人間など、漫画やアニメにしか出てこないのだ。
 しかも彼女は、『みつめ』どころではない。
 顔に三つある以外、ザッと見たところ三十くらい……。服に隠れた部分にもありそうだ。それを含めれば、おおよそ百といったところか。

(こいつ……妖怪か!?)

 あらためて。
 横島は、百眼の異形に向かって、問いかけた。言葉だけは、丁寧に。

「あなた……誰です?
 前にどこかで、お会いしましたっけ?」



(リポート・承「一年後(中編)」に続く)
   


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