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横島のいない世界

第七話 ドクター・カオスさんに時間を!


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:10/12/ 8

   
「ドクター・カオス!?
 ……ってあの錬金術師の!?
 生きてたの!?」
「そうなの〜〜」

 事務所の一室にて、ケーキを口にしながら、おしゃべりを楽しむ美神と冥子。
 ちょっとした、午後のティータイムである。

「古代の秘術を使って、
 不死の身体になったはいいけど、
 ここ百年ほど姿を
 くらましてたじゃない〜〜?
 それが今、日本に来てるのよ〜〜!」

 冥子の話によると。
 来日したばかりのカオスに、偶然、空港で遭遇。色々と聞き出すことが出来たそうだ。

「でね〜〜!!
 大変なのよ、令子ちゃん〜〜!!」

 ドクター・カオスは、ある秘法を完成させた。それは、魂を交換して他人の肉体と能力を奪う術。それを実践しようと思い、強力な霊能力を持つ人間を探しにきたのだ。
 そして、心あたりはないかと聞かれた冥子は……。

「で、令子ちゃんのこと
 洗いざらい教えちゃったの〜〜!!
 ここは危険よ〜〜早く逃げて〜〜!!」
「こらっ!!」

 冥子に悪気はない。
 お年寄りには親切に。だから素直に話しただけである。
 ともだちにも親切に。だから危険を知らせに来たのである。
 だが……なぜか美神に怒られ、叩き出される冥子であった。








    『横島のいない世界』

    第七話 ドクター・カオスさんに時間を!








 ビルが建ち並ぶ都会の片隅に、ひっそりと残る古アパート。
 その一室で、今、アンドロイド少女がケーキを作っていた。

「……作業を・完了しました。
 ドクター・カオス!」

 一流の菓子職人が作ったかのような、見事な出来映えだ。実は恐るべき魔法薬が含まれているのだが、とてもそうは見えない。
 このケーキを美神除霊事務所へ持ち込み、美神令子に食べさせる。それがカオスの魂胆だった。
 美神と魂を交換して肉体と能力を奪うという試みは、すでに失敗。逆恨みしたカオスは、美神に対して復讐しようと計画していたのだ。

「完璧だ!
 味も匂いも全くしない!
 わしが食べてもわからないのだから、
 これならバレないぞ……」

 カオスも思わず試食してしまうくらいの完成度だ。だが、ここでハッと我に返る。

「……って!
 わしが食ってどうする!!」

 自分に対して、両手で盛大にツッコミを入れるカオス。
 その勢いで、せっかくのケーキを床に叩き付けてしまった。

 グシャッ……!

「……あ」

 色々と悔やむが、もう遅い。
 カオスの体が透き通って……。
 そして、その場から消えたのだった。


___________

 
 古代より伝わる暗殺用魔法薬『時空消滅内服液』。この世と人との縁を断ち切り、初めから生まれてこなかったことにしてしまう、恐ろしい薬である。
 解毒剤は存在しない。もしも急いで中和剤を飲んで効果を弱めた場合でも、ゆっくりと時間を逆行してしまう。そして、自分が生まれる前に戻ってしまったら……その時点でアウトとなる。

「……なんだ!?
 ここは、いったい……」

 ふと気がつくと、カオスは、美神除霊事務所の扉の前に立っていた。
 どうやら、数日分の時間を逆行したらしい。
 中和剤を飲んだわけでもないのに、一気に消滅するのではなく、じわじわと効いてきたようだ。不滅の錬金術師として長生きしているうちに、カオスの肉体は、魔法薬に対して耐性を獲得していたのかもしれない。いったい、どんな人生を送って来たことやら。

「どうか・なさい・ましたか・
 ドクター・カオス?」

 隣に控えるマリアが、声をかけてきた。そこで、カオスは現状を把握する。

(そうか……これからわしは、
 美神令子を襲撃するのだな)

 空港で知り合った親切なお嬢さんの情報に基づき、美神令子を標的と定めたドクター・カオス。彼は、客を装って、美神に近付く予定だった。
 初老の大富豪という設定で事務所に赴くのだが……。
 そんな貧乏ったらしい大富豪はいない、あんたカオスでしょ、と一蹴されてしまうのだ。

(これはいかん。
 ……ひとまず戻ろう!)

 逆行してきたカオスなだけに、失敗するのがわかっている。だから彼は、扉を開けずに、アパートへと帰るのであった。


___________

 
「……ふう」

 部屋に戻ったカオスは、マリアにお茶の用意をさせて、まずは一服。

「作戦を立て直さねばならん。
 未来の知識があるのじゃから、
 それを活かして……」

 と、そこまで口にしたところで、我に返る。

「……って!
 それどころじゃないぞ!!」

 美神の肉体と能力を奪うことより、もっと大切なことがあった。
 時空消滅内服液のせいで逆行中なのだ。このままでは、消滅してしまう。
 今は、現代へ戻ることが最優先なのだ!
 だが。

「……ん?」

 カオスの脳ミソは、満タンになってから既に数百年以上。何かを覚えたら、その分トコロテン式に昔のことを忘れてしまう仕様となっていた。
 時空消滅内服液に関しても、その効果を打ち消す方法など……とっくに忘れていた!
 自分で飲むつもりがなかった以上、解毒法には意識を向けていなかったわけだし、仕方が無いと言えば仕方が無いのだが。
 困った話である。

「はてさて、マリアよ。
 ……どうしたものかのう?」
「なんの・ことですか・
 ドクター・カオス?」

 そもそもカオスが逆行してきていることも知らないマリア。話を振られたところで、何が何やら、よくわからない。
 その時。

 バンッ!!

 勢いよく、ドアが開いた。


___________

 
 そこに立っていたのは、和服姿の老女性。ギラリと光る刃物を手にして、フッフッフッと不気味に笑っている。
 このアパートの大家だった。

「家賃はできたろーね、カオスさん……!」
「わしは今とても困っておるのじゃ!
 見逃せ……!!」

 懇願するカオスだったが、大家には通じない。
 マリア共々、その場に叩き伏せられてしまった。

「すんません、あと一日待ってください」
「最初からそう言やいーんだよ!」

 強烈な屈辱を感じながらも、大家に許しを請うカオス。これは、毎日のように繰り返される一幕なのだが……。
 突然、カオスの体が、その場から消えてしまう。
 
(……ん?
 いったい何が……)

 世の中、何が幸いするかわからないものだ。
 時空消滅内服液から助かる方法は、この世との縁を強めること。服用前24時間以内で強く印象に残っていることを再現すればよいと言われている。
 カオスの場合、大家との戦いが印象深かったため……これが解毒の鍵となったのだ!


___________

 
 グシャッ……!

「……あれ?」

 どうやら、ケーキを落とした場面らしい。

「戻った……のか?」
 
 カオス自身、理由はわからないが。
 元の時間に帰ってきたということは、助かったのだろう。とりあえず、よかったよかった。

「ケーキ・駄目になりました・
 ドクター・カオス!」

 ボーッと立っている主人に対して、状況を説明するマリア。
 それを聞いて、カオスも頭を切り替える。我が身を襲ったアクシデントのことは忘れて、美神への復讐に意識を向け直す。

「……そうじゃな。
 ケーキは、作り直すしかなかろう」
「イエス・ドクター・カオス!
 ……でも・薬が・たりません」

 時空消滅内服液は、簡単に調合できる薬ではない。材料の中には、高価なものもある。もう一度作るのは、懐具合の寂しいカオスには無理な話だった。

「うーん。
 しょうがない、薄めて使え。
 効き目が出るのが遅れるかもしれんが、
 効くことは効くじゃろう……」
「イエス・ドクター・カオス!」

 再びケーキ職人と化すマリア。今度のケーキは、カオスが口にすることもなく、無事、美神除霊事務所へと運ばれていくわけだが……。


___________

 
 世の中、何が幸いするかわからない。
 最初の美神へのアプローチで、客を装って事務所を訪れたのは、そう悪い策ではなかった。失敗には終わったが――カオスの心に傷は残したが――カオス自身の肉体的ダメージは少なかったからだ。

 もしも、美神の助手がおキヌのような幽霊ではなく、普通の人間だったら……。カオスは、まず助手と人格交換して美神に近付くというプランを立てたかもしれない。
 そして、もしも、その計画を実行したら……。結局は美神に見抜かれてしまって、途中で元に戻るしかなくなるだろう。だが、マリアにはわかってもらえず、美神の助手のままだと思われて、攻撃されてしまうかもしれない。

 実際のところ。
 おキヌ以外の助手が美神除霊事務所に存在する、そんな時空も有り得たのだ。
 そこでは、カオスは、マリアの鋼鉄の腕でバキバキに殴られ、重傷を負ってしまう。しばらく寝込むことになり、当然、美神への復讐計画スタートも、今よりは遅くなるのだ。

 こうして。
 カオス・ケーキが美神の事務所へ持ち込まれるのが、『そんな時空』よりも少し早い時期になったので……。


___________
___________

 
「……あんじょう頼んまっさ!」
「おまかせくださいな」

 笑顔で成功を約束し、客を送り出す美神。
 今回の依頼人は、日本中に99のビルを所有する企業の社長である。同行してきた秘書が強く反対したのだが、それでも美神は上手く交渉し、依頼料は5億円ということになった。

「おキヌちゃん……疲れた顔してるわね」

 依頼人一行が帰った後で、美神がおキヌを気遣う。
 疲れを知らぬ幽霊であるはずのおキヌが、ゲッソリとしているのだ。
 美神が社長や秘書と話をしていた間、おキヌは、別室で社長の連れてきた小犬の相手をしていたのだが。

『すっごいシツケの悪い犬で、
 さんざんな目にあいましたよ。
 ……幽霊でなければ
 死んでるところでした』

 社長が過度に甘やかしているせいだろう。小犬は、女王様もかくやという傍若無人ぶりであった。

(そういえば……)

 美神は、ふと思い出す。
 子供の頃からの犬好きだと言っていた社長だが、昔話をしているうちに、心の傷をえぐられたような表情になっていた。小さい頃の嫌な出来事まで、思い出してしまったらしい。

(……まっ、関係ないわね)

 犬の話は、もういい。そう思って、美神は話題を変える。

「それにしても……。
 あの社長、けっこうケチ臭いのね。
 手みやげのケーキ……安物だったわ。
 見た目は美味しそうだったけど……」
『え……?
 あの人たち、手ぶらでしたよ……?』

 意外そうな顔をするおキヌ。依頼客が来た時に真っ先に対応した彼女は、彼らが土産など持参していないことを知っていた。
 お茶うけとしてコーヒーと共にケーキを出したのも彼女であるが、美神の買っておいた物だと思っていたのだ。

「……知らないわよ」
『じゃ誰が……?』

 いつのまにか台所にあった謎のケーキ。
 それを依頼人に――社長と秘書に――食べさせてしまった。当然、美神も口にしている。
 
『あの……私はてっきり……』
「ま、食べちゃったもんは
 今さらどうしようもないわね。
 何事もないことを祈りましょう」

 おキヌはオロオロするが、彼女を落ちつかせる意味もあって、美神は堂々とした態度を見せる。
 だが。

(本当に……何も
 起こらなければいいんだけどね)

 内心では、ちょっとだけ心配な美神であった。


___________

 
 謎のケーキの正体は、マリアが秘密裏に持ち込んだ物。そこには、カオス特製の時空消滅内服液が含まれていた。
 美神も全く気付かないほど、魔法薬の味も匂いも皆無。それは、マリアが巧妙にケーキへ紛れこませたから……という理由だけではない。時空消滅内服液を、限界越えて希釈したためだったのだ。
 もはや、本来の効能を発揮させることは不可能となっていた。効くまで時間がかかるだけでなく、ケーキを食べた全員に影響を及ぼすこともなかったのだ。
 時空消滅内服液が働くのは、せいぜい一人。そして、運悪く影響を受けたのは……。


___________

 
「ビルの谷間にポツンと古い屋敷……。
 住む人も絶えて荒れ放題……」

 いつものように、美神は、おキヌを連れて現場へやってきた。
 除霊のターゲットは、都内の一等地にある幽霊屋敷。だが、いきなり屋敷へ乗り込むことはせず、少し離れたところから、双眼鏡で様子を探っていた。
 美神の足下には、悪霊に破壊されたらしい工事機械も大量に転がっている。凶悪な幽霊が住み着いているのだろう。
 しかし美神は恐れない。だからこそカネになるのだ。むしろ絶好のカモだと考えていた。

『美神さん!
 ……何か来ます!!』

 おキヌが感知した通り、目の前の地面から大型の動物霊が湧いてくる。それは、オオカミのような姿をしていた。

『これが悪霊の正体……!?』
「落ちついて!
 ……動いちゃダメ!
 気合いを入れてにらみかえすのよ!」
『はいっ!!』

 おキヌに指示を出しながら、美神は、神通棍をかまえる。その姿勢のまま、相手の隙を探っていた。
 一方、こちらが弱気なところを見せないので、幽霊狼もグルルッと唸ったまま動かない。
 時間が止まったかのような、緊張の一瞬。しかし、膠着状態は、長くは続かなかった。

 キキッ!

 一台の車が、彼らの戦場に訪れたからだ。そこから降りてきたのは……依頼人の社長であった。


___________

 
「まずいっ!!」

 先ほどまでの勇姿が嘘のように、激しく動揺する美神。
 それもそのはず。

「あの人が死んだらギャラが……!」

 社長が、こちらへ駆け寄ってくるのだ。幽霊狼も、美神を無視して社長へと向かっている。
 だが。

(……違うわ。
 これは……チャンスなのよ!)

 冷静に考えれば。
 敵が無防備にも後ろを見せているのだ。

「このGS美神が、極楽へ行かせて……」
『待ってください、美神さん!!』

 神通棍を振りかぶった美神だが、おキヌの言葉で、その手を止めた。いや、おキヌに言われずとも、止めていただろう。それほどの光景が、目の前で繰り広げられていたのだ。

「小次郎……!
 小次郎だなっ!?」
『クーン、クーン……』

 狼だった悪霊は、今や、邪気のない小型犬へと姿を変えていた。懐かしそうに、社長に抱きついている。

「やっぱり……!
 すっかり変わってもうたけど……
 ここは……昔のわしの家!!」


___________

 
 時空消滅内服液で時間逆行したのは、社長だった。
 彼は、少年時代まで戻ったところで、あの辛い別れをもう一度経験してきたのだ。

「旅行に行くの?
 小次郎も一緒に行っていい?」
「……小次郎は連れて行けないんだ」

 父親が事業に失敗し、大阪へと夜逃げする羽目に陥った場面だ。

「すぐ戻ってくるからな!
 悪い奴から家を守ってろよ!
 ……待ってろよ、小次郎!」

 夜逃げだとは知らず、愛犬に向かって、そんな言葉をかけてしまう。
 そして、これが、とわの別れとなったのだ……。


___________

 
 それは、彼にとっての原体験の一つ。美神の事務所で当時に想いを馳せた後だっただけに、それを追体験することで、時空消滅内服液に打ち勝ったのだった。
 さらに。
 実際に経験することで、昔の記憶も、いっそう鮮明になった。
 100軒目のビルを建てようとしていた場所こそ、少年時代の我が家がある土地……。それに気付いたのである。だから、こうして現場へ駆けつけたのであった。

「おまえ……おまえ……。
 わしが言うたこと、
 ずーっと守っとったんやな……」

 かつての愛犬を抱きかかえながら、社長が涙を流す。

「おおきにやで、小次郎!
 すまなんだなあ……」

 主人が帰ってきたことで、役目は済んだと判断したのだろう。幽霊犬が、スウッと成仏していく。

「まさか家が残ってたとは思わなんだ。
 ……知らんと買うて
 ビル建てようとしとったんやなあ……」

 空を見上げながら、しんみりとする社長。
 それから、美神の方を振り返った。

「さすが一流の除霊師はんや、
 不思議な術を使いよる……。
 おかげでハッキリと思い出しましたわ」

 社長は勘違いしていた。
 時間を逆行したのは、美神のしわざだ……と思っていたのだ。しかも、あれは現実感の強い夢のようなものだと理解しており、本当に過去へ行ったなどとは考えていない。
 まあ、ある意味では確かに美神のせいなのだが、意図的なものではないし、また遠因でしかないのだから、やはり誤解である。

『美神さん……何のことでしょう?』
「……さあ?
 私にもわからないわ。
 でも……これはチャンスよ!」

 小声でおキヌと言葉を交わした後、社長に向かって満面の笑みを見せる。

「ええ、そうです……!
 ご満足いただけたでしょうか?
 ……では、その分
 サービス料として追加して、
 報酬は10億ということで……」

 駄目で元々。とりあえず、倍額を要求してみる美神であった。



(第八話に続く)
  


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