椎名作品二次創作小説投稿広場


横島のいない世界

第六話 ゴーストスイーパー六道冥子さん登場です!


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:10/11/25

   
 美神除霊事務所に漂う、妖しい気配。
 その発信源は、机の上に置かれた壷である。正面には悪魔の顔のようなレリーフが刻まれており、見るからに不気味なシロモノだった。
 しかし、これは仕事で持ち込まれたわけではない。

『花ビンにちょうどいいと思って……』

 と口にしながら、チューリップを手にするおキヌ。彼女が独特なセンスで、ゴミ置き場から回収してきた壷なのだ。

「やっぱり。
 ……これを見て!」

 美神が書架から分厚い辞典の一つを取り出し、開いたページをおキヌに見せる。
 そこに図示されているのは、まさに今、二人が目にしている壷であった。

『……なんて書いてあるんです?』

 解説が書かれているが、おキヌには読めない言語だ。美神が翻訳してみせる。

「『精霊の壷』ね」

 神秘の力を持つということ以外、詳細不明。しかも、300年前に行方不明とされていた。
 本物ならば、時価20億というところだろうか。

『そ……そんなに
 値打ちのあるツボなんですか!?
 じゃあ花ビンにできませんね。
 お花、どうしましょう?』
「バケツにでも入れとけば?」

 ピントのずれた心配をするおキヌは、美神の忠告に従い、花を持ったまま廊下へ出て行った。
 残された美神は、一人、壷へと向き直る。

「本物かどうか……
 開けてみればハッキリするわ!」

 蓋に手をかけて、ギギッと力を入れるが。
 押しても引いても回しても、開く気配がない。
 女の細腕では、無理なようだ。

「……仕方ないわね」

 この事務所は、美神とおキヌの女所帯。こういうとき男手があれば良かったのかもしれないが、別に、今この壷に固執する必要もなかった。
 ちょうど戻ってきたおキヌに、声をかける。

「おキヌちゃん、一応これ、
 物置部屋にでもしまっておいて!」
『はーい!』

 こうして。
 開封されることもなく事務所のガラクタ置き場へと送り込まれ、そのまま忘れ去られる『精霊の壷』であった。








    『横島のいない世界』

    第六話 ゴーストスイーパー六道冥子さん登場です!








『〜〜♪』

 陽気にハミングするおキヌ。
 今日も彼女は、美神の仕事についていく。
 白い衣と赤い袴、それに色を合わせたナップザック(第二話参照)。つまり、いつもの恰好である。
 
「今日の仕事は、
 新築マンションの除霊で……」

 前を歩く美神が斜め後ろを振り返り、おキヌに話しかけてきた。
 頷きながら、シッカリ理解しようと務めるおキヌ。
 実は美神も、依頼者から詳細は聞かされていなかった。そのため事務所で入念な打ち合わせをするのではなく、今頃歩きながらの会話となっている。だが、そこまでの事情は、おキヌにはわかっていなかった。
 そして。

「……さあ、ここよ!」

 現場に到着。
 最初は、自信に溢れた表情の美神であったが。
 すぐに、その顔に恐怖の色が浮かび始めた。
 美神らしからぬ態度に、おキヌも困惑する。

(え?
 美神さん、いったい……)

 美神の視線の先にいるのは、今回の仕事の依頼人と、もう一人。
 その人物――外見は普通の女性――こそが、美神をも怯えさせる人物のようだ。

「……聞いてないわよっ!!」

 依頼人から何やら聞かされた途端、叫び出す美神。
 そして、クルリときびすを返して。

「帰りましょう、おキヌちゃん。
 ……この仕事はキャンセルだから!」

 その場から足早に立ち去ろうとする。だが、長い後ろ髪を、先ほどの女性に掴まれてしまった。

「私は令子ちゃんと
 一緒にお仕事できるのを、
 楽しみにしてたのよ〜〜。
 そんな言い方ないじゃないの〜〜」

 膝の遥か下までスカートが続く、ワンピースのドレス。ただし上半身は、胸元の谷間が慎ましやかに露出しており、肩も背中も大きく肌をさらけ出した形だ。それでもイヤラシさを感じさせないのは、お嬢様然とした雰囲気のせいか。
 だが、現代の御令嬢ルックなど見慣れぬおキヌにしてみれば、今の時期――まだまだ残暑厳しいシーズン――に手袋をしていることが不思議で、それが妙に印象に残るのだった。

「私が令子ちゃんも
 呼んだ方がいいって言ったの〜〜。
 お願い〜〜いいでしょ〜〜?」  
「同業者は私だけじゃないでしょ!?
 ほかをあたって、ほかを!」
「令子ちゃんがいいの〜〜。
 令子ちゃんじゃなきゃイヤ〜〜!」

 何やら、もめているらしい。
 そう思ったおキヌは、二人の会話に割って入った。

『あの〜〜おとりこみ中ですが。
 ……美神さんのお友達ですか?』

 フワフワと漂うおキヌに対して、女性は、礼儀正しく挨拶する。

「はじめまして〜〜。
 六道冥子です〜〜」
『おキヌです、よろしく……』

 あらためて正面から見ると。
 可愛らしい女性である。
 女のおキヌでも、ドキッとしてしまうほどだ。
 年齢は美神と同じくらいか、あるいは少し若いようにも見える。やや童顔な顔立ちだが、それが全体の雰囲気によくマッチしていた。

(ずっと前から愛してました……。
 ……って、あれ!?
 今、会ったばかりなのに……?)

 おかしな言葉を口走りそうになり、戸惑うおキヌ。

(……なんだろう?
 そんなこと思ってないのに……)

 一方、冥子は、再び美神の方を向いて。

「令子ちゃんも、
 式神を使うようになったのね〜〜」
「え?」


___________

 
 ゴーストスイーパー六道冥子は、式神使いである。
 彼女を生み出した六道家は、十二神将と呼ばれる強力な式神を駆使する、名門である。
 六道冥子は、厳しいおかあさまの叱責を避けるために、式神使いとして今日もがんばるのだ!

「じゃあ私も出すわ〜〜。
 みんな〜〜出てらっしゃい〜〜」

 冥子の影の中から、何かが突然飛び出してくる。

「みんな〜〜!
 仲良く遊んであげてね〜〜!」

 相変わらず和やかに微笑む冥子。
 おキヌのことを、美神の『式神』だと勘違いして。
 新しい『式神』をワザワザ紹介してくれたのならば、こちらも、あらためて顔見せしよう。そう思って、自分の式神――十二神将――を全て出して見せたのだが。

『キャーッ!』
「ちょっと冥子、やめなさい!」
「うわっ、なんですかコレは!?」

 冥子の意図とは裏腹に。
 その場は、大騒ぎになった。


___________

 
『ああ、ビックリした。
 ……生きた心地がしませんでしたよ』

 鬼ごっこと称して、十二匹の式神に追い回されて。
 おキヌは、疲れきった表情をしていた。
 幽霊らしからぬセリフだったが、誰もツッコミを入れない。

「ごめんね〜〜」

 無邪気な笑顔で、謝罪の言葉を口にする冥子。
 表情からは判別しがたいが、彼女なりに、反省しているのだろう。
 そして、美神は。

「あちゃぁ……」

 冷や汗を流しながら、足下に視線を向ける。
 そこでは、マンションのオーナーがボロボロになって倒れていた。式神の大暴れに巻き込まれたのだ。
 式神の一匹――ヒーリング能力を持つショウトラ――が彼の頬を舐めているが、この状態で目を覚ましたら、また驚いて気絶するかもしれない。

(ま……仕方ないか)

 顔を上げて、除霊対象のマンションを見つめる美神。
 この程度なら、まだ、かわいい話だ。冥子の式神が本当に暴走したら、建物ごと破壊される可能性だってあっただろう。ビルが無事だっただけでも僥倖、そう思うことにしたのである。

(とりあえず……
 依頼人が目を覚ます前に、
 チャッチャと仕事を片づける。
 ……それが得策ね)

 依頼人が倒れてしまった以上、勝手にキャンセルして立ち去るわけにもいかない。

「おキヌちゃん、冥子!
 ウダウダしてる暇はないわ。
 サッサと突入するわよ!」
『はい、美神さん』
「わ〜〜い、令子ちゃんと一緒〜〜」 

 こうして。
 美神と冥子の共同作戦が始まった。


___________

 
 周辺の霊が集まってきて、人が住めない新築マンション。ユニークなデザインにした結果、最上階の一部が霊を呼び込む構造となってしまったのだ。
 そこだけ改築しなければいけないが、まずは、現在たまっている霊を何とかしないといけない。ただし、祓っても祓っても新たに霊が入ってきてしまう以上、かなり厄介な仕事である。

「私がまわりの霊を食い止めてる間に〜〜
 令子ちゃんは結界を作って
 霊の侵入を止めてほしいの〜〜」

 打ち合わせをしながら、彼女たちは、ビルの中を進む。
 冥子の方針に、美神も異存はない。おキヌは、ただ黙って二人についていくだけだ。
 当然のように、

『誰だ……!?』
『近寄れば殺す!!』

 悪霊たちが襲いかかってくる。だが、美神が神通棍を振るうまでもない。

 ゴーッ!!

 冥子の後ろに控える式神バサラが、全て吸引してしまうのだ。
 バサラだけではない。電撃攻撃のサンチラや毛針攻撃のハイラも出しており、冥子自身はインダラに騎乗。万全の態勢である。

「思い出すわ〜〜。
 令子ちゃんと初めて会ったのも、こーして
 インダラに乗ってる時だったわね〜〜」
「そーだったかしら?」
「ほら〜〜!
 ゴーストスイーパーの資格をとりに、
 国家試験受けに行った時よ〜〜」

 昔話に花を咲かせる程の、余裕であった。


___________

 
「結界を作る間、奴らを近づけないでよ!!」
「はい〜〜」

 最上階に到着した一行は、予定どおりの分担で除霊を行う。

「おキヌちゃん!」
『はい!』

 外科医師のオペを補佐するナースのように、あうんの呼吸でおキヌが美神に封魔の札を手渡して。

「念!!」

 それに美神が霊力を込めて貼って。

「バサラちゃん〜〜」
『ンモーッ』

 二人を邪魔しようとする悪霊を、冥子が式神に吸わせて。
 完璧なチームワークで、テキパキと作業をこなしていく。

『ダメだ、こいつら……手強いぞ』
『早くなんとかしないと……』

 悪霊たちも怯える程、三人の仕事は隙がなかった。
 そんな中、式神に働かせるだけの冥子は、まだまだ余裕があったようだ。この程度の使役ならば、特に意識を集中せずともコントロールできるのだろう。インダラから降りて、ノンビリと美神たちを眺めている。

「すご〜〜い。
 おキヌちゃんて令子ちゃんの道具を
 ほとんど理解してるのね〜〜」

 おキヌの助手っぷりをたたえる冥子。

『えへへ……』 

 おキヌは、照れ笑いを浮かべる。褒められて悪い気はしないというだけでなく、美神の役に立っていることが嬉しいのだ。
 そして、冥子の言葉は、美神の耳にも入ってきていた。

(……そうね。
 おキヌちゃんは、優秀な助手だわ)
 
 おキヌは、事前に思っていたよりも有能……それは以前にも感じたことだが(第四話参照)、それだけではない。美神と二人で仕事をするうちに、GS助手として育ってきた部分もあるのだろう。
 もしも、美神が雇った助手が、例えばビルに入る前にリタイアするような役立たずだったら……。この仕事は、もっと時間がかかって大変だったはずだ。
 しかし。
 三人にとって不幸なことに、これでも、まだ時間は十分ではなかった。
 あと一枚、最後の札を貼れば結界完成という段階で。

『あっちじゃ!
 あっちの女じゃ!!』
『連れとる化物は強いが、
 あいつ自身は弱いぞ……!!』
『殺せ……!!』

 悪霊たちが、ついにチームの弱点を見つけたのだ!


___________

 
「れ、令子ちゃん〜〜。
 なんだか私を
 狙いうちしだしたみたい〜〜」
「終わったら手伝うから待ってて!
 結界さえ完成すれば
 外から新しい霊が入ってこなくなるわ!」
『冥子さん、もう少しですから!』

 ウラウラッと冥子を狙いうつ悪霊たち。
 冥子の命令を待つまでもなく、三つのしもべ――バサラ・サンチラ・ハイラ――が迎え撃つ。
 しかし、ここへ来るまでに既にバサラの吸引力は限界に近かった。二匹の電撃と毛針だけでは、冥子を守りきれない。インダラも自らを盾にして、がんばっているようだが……。

 ビシュッ!!

 悪霊の攻撃が、冥子の頬をかすめた。
 血は出たものの、痕には残らぬ程度の小さなケガ。普通のGSならば気にもしないが、彼女はお嬢様なので……。


___________

 
「ふえ〜〜っ!!」

 小さな子供のように、大声で泣き出す冥子。
 同時に、全ての式神が冥子の影から飛び出してくる。もちろん、今の冥子には制御不能なので、さあ大変。

 バババッ! ズパッ!!
 ドゴッ! ガガガガッ! ゴオオオッ。
 バチッ!! ドシュッ! ズゴーッゴゴゴ……。

 アジラが火を吹き、アンチラが切り裂く。ビカラが突進し、インダラがギャロップし、シンダラが亜音速飛行し、それらの衝撃波が周囲を襲う。
 サンチラの電撃が、ハイラの毛針が、辺り一帯にバラまかれる。満腹のはずのバサラが、限界を忘れて吸い込み続ける。
 マコラが、他の式神に同調して暴走する。攻撃要員ではないショウトラやクビラやメキラまでもが、暴れ回って被害を拡大させる……。

「きゃーっ!?」
『きゃあっ!』
『ぐわ!?』
『ぐわわーっ!!』

 美神もおキヌも悪霊たちも。
 みんな一緒になって、逃げ惑うしかなかった。


___________

 
「落ちついて冥子!!
 式神のコントロールを……!!」
「ふええーん!!」

 美神の言葉は、冥子には届かない。
 だが。
 そんな二人の耳に、何かが聞こえてくる。

『……♪』

 まるで泣いている赤ん坊をあやすかのような、澄んだ歌声。

(あ!
 これって……)

 その正体に気付いた美神は、ふと足を止めて、顔を上げた。
 式神の暴走により既に天井は破壊され、空がよく見える。その蒼天におキヌが浮かび、歌っていた。

(……あの時と同じ歌だわ!)

 美神は覚えていた。グレムリン退治(第四話参照)でも、おキヌはこれを歌っていたのだ。

(おそらく……おキヌちゃんが
 生きていた頃に覚えた歌なのね)

 初めて聞いた直後、美神は、この歌に関して少し調べてみたことがある。おキヌの生前に関する手がかりになるかもしれないと考えたのだ。
 だが、すぐに調査は行き詰まった。特定の地方に伝わる歌ではなく、日本全国に広く浸透している歌だったからだ。誰が知っていてもおかしくない歌だったからだ。
 美神自身は、両親に子守歌を聞かせてもらうような家庭環境では育っていない。だから知らなかったのだろうが……。
 この子守歌は、少しずつ歌詞を変えながら、現代でもよく使われているくらいだった。

(繊細で、かつ慈愛に満ちた歌ね。
 数えきれないくらいの可愛らしさ、
 ……それを言葉にしてるのに
 イヤミっぽくもキザったらしくもない。
 むしろ……しんみりとして、
 山々や星空の情景が目に浮かぶ……)

 子守歌とは、本来、子供を寝かしつけるために唄われるもの。
 気持ちが高ぶって眠れない子供を、落ち着かせる効果があるのだ。
 そして、今。
 ここには、興奮して周囲に迷惑をかけている者がいたので……。


___________

 
「ま、この程度ですんでよかったわ」
「ごめんね〜〜令子ちゃん〜〜」

 冥子が落ちついたため、式神のコントロールも回復。被害は最小限で収まった。

「……おキヌちゃんのお手柄ね!」
『えへへ……。
 私も慌てちゃいましたけど、
 最初に一度見てましたから……』

 建物に入る前に、冥子の式神は大暴れしている。それに巻きこまれたからこそ、おキヌも、心の準備が出来ていたのだろう。
 何が幸いするか、わからないものだ。

「それにしても……
 きれいになったわね」

 美神が、あらためて周囲を見渡した。
 三人は、まだ『最上階』に立っている。だが、天井は存在せず、四方の壁もあらかた破壊された状態。そこは、新たな屋上と化していた。

「でも〜〜どうせ〜〜
 作り直すんだから〜〜
 よかったんじゃないかしら?」

 のほほんとコメントする冥子。
 確かに、除霊の後で最上階は改修する予定だった。幸運なことに、この階以外はダメージを受けていない。式神の暴走が、短時間で終わったからだ。
 ある意味、冥子の言葉は正しいのだが……。

(このコったら……
 そんなこと言える立場じゃないのに)

 美神が苦笑する。
 そして、おキヌはおキヌで、別の感想を抱いていた。

『あの……。
 それなら最初から除霊なんてせずに、
 ……ここだけ壊しちゃえば
 よかったんじゃないでしょうか?』
 
 この仕事そのものに対する疑問である。
 確かに、ここさえ壊しておけば、新たに霊が集まってくることはなかっただろう。だが、既にマンション内に溜まってしまった悪霊は、誰かが祓わねばならなかったのだ。
 そもそも、中から壊すのであれば、ここまで辿り着くためにGSが必要である。外から壊す場合は……。

(……どうなのかしら?
 まわりに被害が出ないように、
 うまく最上階だけ破壊……
 それって簡単だったのかな?)

 家屋解体の専門家ではないので、判断できない。

(まあ……どっちにしろ、
 すでに終わった話だわ)

 今さら考えるべきポイントではなかった。
 あとは、戻って依頼人を叩き起こし、ギャラをもらうだけである。
 もしもマンション全体を崩壊させたら依頼人も怒ってしまっただろうが、壊したのは、あくまでも『改修する予定だった最上階』のみである。これなら大丈夫なはずだ。
 よく考えてみると、問題があったのは一部分だけなのだから、最上階もここまで壊す必要はないのだが……。この際、そこは目をつぶろう。

「とにかく……結果オーライよ!」

 と、無理矢理まとめる美神であった。



(第七話に続く)
   


今までの評価: コメント:

この作品はどうですか?(A〜Eの5段階評価で) A B C D E 評価不能 保留(コメントのみ)

この作品にコメントがありましたらどうぞ:
(投稿者によるコメント投稿はこちら

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp