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ラブレター フロム ・・・・・・(リレー)

最終話 / ラブレター フロム ・・・・・・(後編)


投稿者名:UG
投稿日時:10/ 1/ 3

 ―――――― ラブレターフロム・・・・・・(後編) ――――――



 「横島殿、来てくれたのですね?」

 光の奔流が収まった後、横島と美神の目の前に一人の少女が立っていた。
 中性的な顔立ちに風変わりな衣装。凹凸に乏しい体型ではあったが美形であることに違いはない。
 戸惑いの表情を浮かべた横島に、彼女はニッコリと微笑みかける。

 「もしかして君が手紙を?」

 コクリと肯いた少女に、横島の顔がぱぁっと輝いた。
 彼は唖然とする美神から手紙をひったくると、勝ち誇ったような笑みを周囲に振りまく。

 「ふはははっ! 見たか! 自作自演なんかしてないっちゅうんじゃ!! いやー手紙ありがとう。君みたいな可愛い子から貰えたなんて本当に嬉しいよ」

 「それでは・・・・・・本当にトモダチになってくれるのですか?」

 「OK、OK、君が望むならその先の関係まで! んじゃ早速、どこか行こうか? ここは人目が多すぎるし」

 「嬉しいです・・・・・・ずっと待っているつもりでしたから」  

 「ううっ・・・・・・その台詞。間違いなく手紙をくれた子や」  

 待ちに待った差出人の登場。
 自演疑惑の直後なだけに、横島は感動の涙すら浮かばせはじめる。
 その感動に水を差すように、茫然自失の状態から立ち直った美神が彼の肩をチョンチョンと叩いた。

 「ん? 何スか美神さん。俺に失礼な疑いかけたことを謝る気になったんすか?」

 「・・・・・・横島君、その子、本当に人間?」

 「いい加減怒りますよ!! どうあっても俺をモテないヤツにしたいんスか!?」

 「いや、そうじゃなくって。今、その子が現れたタイミングで、あの飛行体がピカッって・・・・・・」

 「なんスか? それじゃ美神さんは、この子が人間じゃ・・・・・・って、ええーっ!!」

 美神の言葉を否定しようと、少女の手を取ろうとした横島は素っ頓狂な声をあげてしまう。
 彼の手は何の手応えも感じないまま少女の体をすり抜け、反対側に突き抜けてしまっていたのだった。

 「ゆ、幽霊?」

 「バカ、アンタも一応GSの端くれでしょ! 霊体とそうでないモノぐらい見分けなさい!!」

 「そ、それじゃ立体映像? 君、冗談はやめて早く姿を見せてよ!!」

 「早く姿を? 手紙には本体のことを書いたと思いますが・・・・・・」

 横島の反応に意外そうな顔をした少女は、彼の疑問に答えるように真っ直ぐ天を指さす。
 そこには先程まで都庁上空に浮かんでいた飛行体が、音もなく浮かんでいる。
 キツネにつままれたような横島にクスリと笑うと、少女は改めて自分の正体を名乗り始めるのだった。

 「私の名はセイリュート。あそこに浮かんでる宇宙船です・・・・・・そして、今横島殿の前に立っているのは、あの宇宙船の精神のようなもの」 

 「な、なにいってんの君。そんなコト、このラブレターには一言も・・・・・・」

 「ラブレター? 私はそんなものを出した覚えはありません」

 「嘘だっ!!!」

 彼にとってはそちらの方が重要なのか、少女の正体以上に横島は反応する。
 その迫力ある叫びに、つられてひぐらしがカナカナと鳴いた。

 「これにはちゃんと書いてあるじゃないか。大好きです。来てくれるまでずっと待っています・・・・・・って、俺をだましたのかっ!!」

 余程悔しかったのか、セイリュートに手紙を突きつけた横島は血の涙を流していた。
 雨に濡れ、ヨレヨレになった手紙に書かれていた大好きの文字に、ここ数日振り回された自分を彼は激しく後悔している。
 しかし、その怒りをぶつけられたセイリュートは、涼しい顔で彼の言葉に反論するのだった。

 「嘘ではない・・・・・・が、雨に濡れ判別しにくくなっていたとは。この星の物に似せて作りすぎたのが間違いだったかのかも知れません」

 そう呟いたセイリュートが指先をそっと手紙の角に触れさせる。
 するとその部分から手紙の輪郭がぼやけ、そしてすぐに元の、いや、雨水に濡れてぼやける前の手紙に再生していく。
 横島と美神は、まるでインクの染みが広がるかのように再生していく手紙を、驚きの表情で見つめていた。



 ****************

 拝啓 横島様

 我が主カナタ様とトモダチになり、

 共に新たな世界に旅立ちませんか?

 当方、カナタ様の宇宙船セイリュート、

 50m大女子です。来てくれるまで

 ずっと待ってます・・・・・・








 「な、何じゃそりゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

 再生する文面を見た横島が絶叫した。
 己の勘違いに気づいた彼の隣では、同じ事に気づいた美神が苦しそうに腹筋をヒク付かせている。
 横島は50m【大女子】という文面を、ずっと【大好き】とミスリードしていたのだった

 「意味不明! 何なんだよ50m大女子って!?」

 「いや、連載中、今ひとつ性別がハッキリしてなかったので強調しておけとカナタ様が・・・・・・」
  
 「だーっ! こんなくだらないネタにずっと振り回されていたとは、だいたい、カナタ様って誰だよ!?」

 『トモダチのことを忘れるなんて冷たいカナーっ!』

 「うわ! なんだこのガキはっ!」

 眩い光と共に出現した少年に、横島が驚きの声を発する。
 体の至る所に精霊石のような石を埋め込んだ少年が、ヘラヘラと自分に笑いかけている。
 良く言えば育ちの良い、悪く言えば脳天気そうな少年だった。

 『だれって、トモダチのカナタカナ・・・・・・横島も先程そう宣言したカナ』

 「トモダチ?」

 『そうカナ・・・・・・軍事・経済などあらゆる面で完全な運命共同体カナ』

 「うわ。ナニ、その秋田書店以上の友情の定義」

 『とにかく、トモダチになったからには。握手カナ』 

 「ん? あ、ああ」 

 カナタの口にしたトモダチの概念にどん引きするものの、にこやかな顔で右手を差し出したカナタについ応えてしまった横島。
 彼と強く手を握り合ったカナタの目が鋭く光る。

 『ふふふ。これでカナタと横島は本当のトモダチカナーっ!』

 「ッ!! お前・・・・・・一体、なにを・・・・・・」

 握手した右手から霊力が奪われることに気づいた時には遅かった。
 急激な脱力感に襲われた横島は、ガクリとその場に膝をついてしまう。
 美神が叫ぶ己の名を聞きながら、彼は意識を失っていった。






 「横島君ッ!!」

 横島が倒れてからの美神の行動は迅速だった。
 少し前まで笑い転げていた者とは思えない素早さで、神通棍を装備しカナタに斬りかかる。
 しかし、渾身の力を込めて振るった斬撃は、不可視の障壁によって呆気なくはじかれてしまっていた。

 「結界ッ!?」

 痺れる右手に顔をしかめながら、美神は後ろに飛び退り一旦間合いを取る。
 横島を倒されたことで一瞬我を忘れそうになったが、今までの戦いの経験が彼女に冷静さを取り戻すことを命じていた。

 「一体、どうやって? 精霊石も、魔法陣も無しに・・・・・・」

 「バリアじゃよお嬢ちゃん」

 助っ人とばかりに、美神の呟きに答えたのはカオスだった。
 彼はこの場は任せろとばかりにニヤリと笑うと、側らに立つマリアに同意を求める。

 「エネルギーで周りを包んどるだけじゃ。のう、マリア・・・・・・」

 「イエス・横島さんたちの・周囲に・高密度の力場を・確認」

 「カオス! アンタあれが何だか分かるの?」

 「伊達にヨーロッパの魔王とは呼ばれとらんよ。尤も、ここまで見事なのはワシも初めて見るがの」

 『この仕組みが理解できますか・・・・・・貴男はこの星の文明から推測される科学水準を大きく上回っているようですね』

 セイリュートの言葉にカオスは誇らしげに胸を張る。

 「おうよ! しかし、まさかこの年になってこれだけ胸躍る研究材料に出会えるとはな・・・・・・お前、大人しくワシに分解される気はないか?」

 サラリと口にしたカオスの言葉に、セイリュートが浮かべたのは冷たい微笑み。
 その笑みにできるものならやってみろという意志を感じたカオスは、鋭い声でマリアに命令を発していた。

 「マリアッ!! 対魔フィールドバリアー全開ッ! あの小僧を人質にとれいッ!!」

 「イエス!」

 カオスの命令に、強力な力場を纏ったマリアが突進した。
 身に纏った力場を全開にしてバリアを中和。その隙にセイリュートの主人であるカナタを人質に取る。
 原始的で道義的にも問題がありそうな作戦だったが、セイリュートは一瞬でその作戦が実現可能なものであるとシミュレーションしていた。


 ―――流石カナタ様が選んだ方々


 セイリュートの目前では、バリアをほんの一瞬だけ中和できたマリアが、その一瞬を生かそうとカナタに手を伸ばしている。  
 彼は高速演算中の意識で満足そうに笑うと、己のエネルギー放出の権利をカナタに転送した。

 『星龍刀。抜刀ッ!』

 カナタのかけ声と共に炸裂したエネルギーがマリアを吹き飛ばす。
 9割方勝利を確信していたカオスは、吹き飛び行動を停止したマリアに呆然と立ち尽くした。

 「な、なんじゃ? 今のは??」

 『安心するカナ・・・・・・峰打ちカナ!』

 カナタは勝ち誇った様子でカオス笑いかける。
 彼の手には依然として、セイリュートから転送された光の剣が握られていた。
 ゆっくりとソレを持ち上げたカナタは、切っ先をカオスにむけてピタリと静止する。

 「え? まさか、ワシにもソレを?」

 『ふふふ、今宵の星龍刀は良く切れるカナ』

 「切れるって、さっき峰打ちと言ったろうが!」

 『言葉のあやカナ―。とりあえず、抜刀、抜刀、抜刀、抜刀―――ッ!!!』

 「ぐはぁっ!!」

 所構わず放たれる攻撃は、カオスのみならず周囲の人々を巻き込み大混乱を引き起こす。
 そしてそれはおキヌとエミとても例外では無かった。



 「え、エミさん! どうしましょう、みんなやられちゃってますよ」

 片っ端からなぎ倒される仲間たちの姿に、パニック気味のおキヌは隣りにいたエミにすがりつく。
 エミが美神を挑発しないようにと、彼女を横島たちから遠ざけたことが幸いし、二人は辛くも星龍刀の一斉掃射から逃れられていた。

 「ウチらも、モタモタしていると危険なワケ」

 「で、でも、どうすれば??」

 「依り代がないと呪いは効かないし、霊体撃滅波には時間が・・・・・・」 

 「幽霊じゃないから、ネクロマンサーの笛もだめですぅ!!」

 「ちっ、せめて霊体撃滅波を撃てるだけの隙を作れれば・・・・・・はっ!そうだッ! 冥子ッ!!」

 周囲で巻き起こる阿鼻叫喚の騒ぎの中、エミはふと更なる騒ぎを巻き起こせる友人の顔を思い出した。
 聞くところによれば、緊急時には火災を消すために爆風を用いることがあるという。
 はた迷惑な友人を爆弾代わりに使うことを、エミは思い付いていた。

 「冥子っ! アンタがプッツンすれば」

 「へ? 冥子さんはここに来ていませんけど・・・・・・」

 起死回生の思いつきをあっさり否定するおキヌの言葉に、エミはド派手にずっこける。

 「な、何でよ! あの子にも集合がかかってた筈でしょッ!!」

 「知らないですぅ! 何回もメール送ったんだけど連絡がつかなくって・・・・・・」

 「あーっ、もう。どこに行ってるワケ! あの子はっ!!」

 「あ、エミさんアレ。アレっ!」

 グシャグシャと髪を掻き乱し、地団駄を踏むエミの袖をおキヌが引っ張る。
 彼女は自分たちの方に星龍刀を向けるカナタに気づいていた。

 「ひ、ひょっとして、私たちこれでやられちゃうんでしょうか?」

 「描写されただけ幸せと思いましょう・・・・・・」

 既に諦めの境地に達したエミがぽつりと呟く。
 そして、再び星龍刀の一斉掃射があたりをなぎ払った後、周囲に立つ人影はカナタとセイリュート、そして美神令子だけとなっていた。






 

 「そ、そんな・・・・・・嘘でしょ? ママや小竜姫たちまでやられちゃったの?」

 凄まじいカナタの攻撃力に、美神は為す術もなく立ち尽くしていた。
 辺りを見回すと、この場に立っているのは己だけ。
 神族、魔族と連携すれば、どの様な敵も恐るるに足りないと思っていただけに、彼女の受けた衝撃は計り知れない。
 何より過去の戦いにおいて、常に彼女を支えていた横島は、真っ先に敵の手に落ち無力化されていた。
 
 『ふふふ、残りはとうとうお前だけカナ』

 カナタは勿体つけるように、手に持った星龍刀を美神に向ける。
 今まで彼女に攻撃を加えなかったのは、最後のお楽しみにとっておいたと言わんばかりの態度だった。

 『そうそう、大人しくしていれば気絶するだけで済むカナ。目が覚める頃には、トモダチの記憶も末梢されてすっかり元通りカナ』  

 「トモダチ? 記憶?」

 すっかり抵抗の意思を失っていた美神の心に、微かに反逆の火が灯る。

 『トモダチの横島はカナタが連れて行くカナ』

 「彼と、彼についての記憶を私たちから奪うというの?」

 『その通り、でも完全に記憶を失えば何もかも元通りだから安心するカナ』

 横島が奪われた世界。
 その世界で彼のことを忘れ日々を送っていく自分。
 美神は己の想像に戦慄した。
 
 「何が元通りよ! そんなこと許さないっ!」

 『許さなくても連れてくカナーっ!』

 美神が反抗の気概を振り絞ろうとした刹那、カナタの星龍刀が抜刀され凄まじいエネルギーの奔流が美神を包み込んでいく。

 「クッ、横島君・・・・・・ってアレ?」

 いつまで待っても襲ってこない衝撃に、美神は反射的に瞑ってしまった目を恐る恐る開いた。
 原因は良く分からないが、今の攻撃は不発だったらしい。
 目の前ではカナタが自分と同じようにキョトンとした表情を浮かべていた。

 『星龍刀! 抜刀!』

 プスン!

 『抜刀、抜刀、抜刀、抜刀―っ!!』

 プスン! プスン! プスン! プスン!

 不発のエアガンみたいに気の抜けた音を立て、カナタの持つ星龍刀は沈黙を続けている。
 カナタは慌てて後ろを振り返ると、セイリュートに原因を尋ねた。

 『せ、セイリュート、一体どうしたことカナ!? 故障カナ?』 

 『故障ではありません。彼女に少し厄介な護衛がついていたというだけで・・・・・・』

 『護衛?』

 『そう。今、姿をお見せします』
 
 セイリュートが美神の頭上を指さすと、その辺一体の光の屈折率が元にもどり小さな人影があらわになる。
 カナタが浮かべた驚きの表情に己の姿が消えてないことに気づいた人影は、背中の羽をパタパタを動かし美神の肩にちょこんと腰掛ける。

 「へへへ・・・・・・ばれちゃったか」

 「鈴女っ! アンタどうして!?」

 美神にとってそれは本当に予期せぬ助っ人だった。
 事務所の軒先に巣を作り勝手に住み着いた居候は、時折存在を忘れてしまうほど影が薄い。

 「どうしてって、今まで美神さんを守ってたの私だし。やっぱ理想の男は守らないと」

 「アンタが、私を守る?」

 「さっきの攻撃ね。全部私を避けたの・・・・・・だから美神さんの近くにいてあげれば攻撃を防げるって! ホラ、アイツらの驚いた顔。何か私、アイツらにとって特別な存在なんじゃない?」

 鈴女は胸を張って自分の存在感をアピールする。
 そして彼女は美神の耳元に顔を近づけ、更に重要なことを囁こうとした。 




 『あ、アニーザキスが何でここにいるカナ!?』

 鈴女の登場は少なからずカナタに衝撃を与えていた。 
 彼の世界では彼女に似た外見の存在が、広域指定悪性生物としてカナタがセイリュートの力を得るための試練―――ガードロイヤルの加点対象になっている。
 しかし、それならば何故セイリュートに攻撃を躊躇うのか?
 彼は回答を求めるように、己の親友であり持ち船でもある彼女に視線を移す。

 『アレはこの星で妖精と呼ばれている生物です・・・・・・絶滅危惧種に指定されている』
 
 『絶滅危惧種? ま、まさか・・・・・・』

 途轍もない嫌な予感にカナタはつい語尾にカナをつけるのを忘れていた。
 セイリュートはそんな彼の期待に応えるように、どこまでも大まじめに攻撃しなかった理由を説明する。

 『そう、アニーザキスとは逆に、絶滅危惧種への攻撃はガードロイヤルの減点対象です』  

 『そんな設定、もう誰も覚えていないカナーっ!!』

 『いや、でも、もう一つの設定と共に思い出して貰わないと・・・・・・あれ、カナタ様、どうしました?』

 メタな切れ方をした反動なのか、カナタはその場にしゃがみ込みウジウジと地面をいじり出す。
 すっかり忘れられているが、未だに握られっぱなしの横島の手がその動きに合わせぷらぷらと揺れた。

 『うう。自分で言って傷ついたカナ。もういい加減終わりにして、はやく帰りたいカナ』 

 『それでは加減が難しい私の力などではなく、もう 一つ の  方法で・・・・・・しまっ たッ!!』

 突如発生したノイズがセイリュートの像を乱していた。
 本体を取り巻く時空震に気がついた時には既に時遅し。
 この時間軸からはじき出される運命に彼は戦慄する。
 消えかかった彼の精神体が、勝ち誇った女の笑い声を捉えた。

 「ほーっ、ほっ、ほっ。余裕見せすぎて逆転されるなんて小悪党の典型ね。ごらんなさいっ!」

 美神が指さしたのはセイリュートの本体だった。
 そこには混乱に乗じて接近した、美智恵、小竜姫、ベスパ、パピリオ、ジーク、そしてヒャクメがセイリュートを別の時間軸に移動させようと全力を振り絞っている。
 美神は鈴女がヒャクメから託された「京都と同じことをやる」という一言で、彼女たちが行おうとしていることを理解していた。
 
 『時間移 動 とは・・・・・・パラ  ドクスが 怖 くない のか』

 「安心して、アンタがとばされるのは未来よ」

 『くっ・・・・・・カナ  タ様。 安  心を とば さ  れても ほん  の  数 分』

 セイリュートは恒星間を移動できるエネルギーを駆使し、必死で時間移動に逆らおうとしていた。
 しかし、初動の遅れは取り戻せそうにない。
 彼は自分がとばされる未来を数分後と計算し、それをカナタに説明する。

 「いってらっしゃい・・・・・・あなたの主人が人質になっている素敵な未来へね。ママっ! みんなっ! 後は任せてっ!!」

 その叫びに応じるように、美智恵が、そして彼女に力を注ぎ込んでいる神族、魔族の混成チームが信頼の籠もった笑顔を美神に向けた。
 彼らが最後の力を振り絞ると、セイリュートの抵抗とせめぎ合っていた時空震が一際大きくなる。
 そして時空震がセイリュートを完全に覆い尽くした時、彼らの姿はセイリュートを道連れに虚空へと消えていった。

 『こ、ここは一つ穏便に・・・・・・ゆっくり話し合いなんてどうカナ?』

 「無理な相談ね」

 カナタの時間稼ぎには一切乗らないとばかりに、美神は神通棍に霊力を込める。
 彼女は美智恵たちが作ってくれた時間を無駄にする気は更々無かった。 

 「先ずは横島君を返して貰うわよっ!」

 『それこそ無理な相談カナーッ!!』

 「なっ!」

 大上段から斬りかかった一撃は、カナタから生じたモノに空しく弾かれていた。
 美神は己の神通棍を防いだモノを驚愕の表情で見つめる。

 「シャドウ? いや、違う・・・・・・でもこれはどう見ても・・・ッ!!」

 カナタから生じたのは人型の輝きだった。
 それは右手を剣の様に伸ばし美神に攻撃を仕掛けてくる。
 見覚えのある荒削りだが勢いのある斬撃に、混乱に陥った美神は防戦一方となってしまっていた。

 『見たカナ! これがトモダチの力を借りられるカナタの能力。千手オーラカナーッ!!』  

 勝ち誇った様に叫ぶカナタはその実、何の動きもしていなかった。
 彼はただ横島の手を握り茫洋と立ち尽くしているだけ。
 しかし、カナタから生じた横島型のオーラは、本来の彼を彷彿させるトリッキーな動きで美神を翻弄していく。
 王族であるカナタらしい極めて他力本願な、しかし恐るべき能力だった。

 「クっ! 何で横島君がアンタなんかに力を貸すのよ」

 『トモダチだったら当然カナー』 

 「トモダチ? 馬鹿馬鹿しい。そんなの口約束じゃない!」

 『口だけじゃないカナ。カナタと横島は心が通じたからトモダチになったカナーッ!!』

 「嘘もいい加減に・・・・・・しまっ」

 霊波刀に気を取られている隙に投げ込まれた(爆)の文珠が炸裂した。
 間一髪で回避行動を取ったものの、衝撃に吹き飛ばされ美神は地面に叩きつけられる。
 肺の中の空気を全て吐き出し悶絶する美神。
 そんな彼女を冷ややかに見つめつつ、カナタは千手オーラの持つ霊波刀の切っ先を美神に突きつけた。

 『嘘じゃないカナ。横島は寂しかったカナ・・・・・・』

 「なん・・・・・・ですって?」

 『横島はたった一通の手紙に一喜一憂していたカナ。手紙を貰えないのはつまらないカナ。悲しいカナ。その気持ち、カナタには良くわかるカナ』

 「・・・・・・・・・」

 『横島は連れて行くカナ』

 沈黙した美神の目の前で、横島のオーラが霊波刀を振りかぶった。
 その刃が振り下ろされることは、彼がこの世界と決別することを意味している。

 「美神さんを虐めるなっ!」

 今にも斬りつけようとする横島に、鈴女は美神の前に飛び出していた。
 彼女は大きく手を広げ、再び美神の盾となるべく横島に立ちはだかる。
 しかし、美神はそっと彼女の腰に手を当てると、優しく脇へと移動させた。

 「ありがとう鈴女・・・・・・でも、これは私がやらなきゃならないことみたいだから」

 立ち上がった美神は真っ直ぐ横島と対峙していた。
 既に上段に振りかぶっている横島に対し、神通棍を持つ手をだらりとぶら下げている美神はあまりにも無防備に見える。
 しかし、彼女の目に諦めの感情は一欠片も無かった。

 「寂しかった? 連れて行く? はん、できるものならやってみなさいよ」

 『言われなくてもやるカナーッ!!』

 カナタの声に反応し、霊波刀を振り下ろそうとする横島のオーラ。
 それを見据える美神の目に含まれていたのは純粋な怒りだった。
 だが、自分が何に対して怒っているのかは美神にも良く分かっていない。
 一つだけハッキリと分かっているのは、横島をこのまま黙って連れ去られる訳にはいかないということ。
 迫り来る霊波刀に対し、彼女は裂帛の気合いを込めてこう叫ぶのだった。

 「横島ッ! アンタ、私に逆らう気ッ!?」

 『ッ!!』

 突如消失した霊波刀にカナタは驚愕の表情を浮かべていた。
 驚くことに美神の頭上に吸い込まれそうになった霊波刀は、まるで彼女の叫びに呼応するように姿を消している。
 トモダチの力を自由に使役できるカナタにとって、まさにそれは初めての経験だった。

 『な、なんでカナ。何でトモダチが力を貸してくれないカナ!』

 「ちょっとは自分の立場を分かっているようね・・・・・・横島ッ! いつまでそんなヤツに操られてんのッ! 気合い入れて逆らいなさいっ!!」

 そう横島を叱咤した美神が神通棍に気を巡らせる。
 己に向けて振りかぶられたソレを防がせようとしたカナタの目が、更なる事態に大きく見開かれた。
 サイキックソーサーで神通棍を受け止めさせようとした彼の目の前で、横島のオーラは完全に姿を消してしまったのだった。

 『い、一体なんで? 分からないカナ。お前と横島はトモダチ以上の関係だというのカナ・・・・・・』 

 「そうね・・・・・・確かにコイツと私はトモダチ以上の関係よ』

 自分の命令通りカナタを拒絶した横島に、美神は不思議な程柔らかい視線を向けていた。
 しかし、彼女はそれを一瞬で切り替え、守る術を失ったカナタへ最大級の攻撃をくわえようとする。
 
 『ト、トモダチ以上の大切な関係? そんなものあるなんて信じられないカナッ!」

 「子供には分からないでしょうね! 横島君は私の大切な・・・・・・」

 『大切な?』 

 カナタの問いに答えるように神通棍が更に輝きを増していく。
 美神はその回答と共に、渾身の一撃をカナタに撃ち込むのだった。

 「丁稚なのよっ!!」

 眩い光を放ち神通棍がカナタに吸い込まれていく。
 セイリュートが戻る前に横島を取り戻し、この少年を無力化して人質にすれば勝てる。
 しかし、勝利を確信した彼女の目の前で神通棍は無残にも砕け散り、バランスを崩した美神は攻撃の勢いそのままに転倒してしまっていた。

 『お待たせしましたカナタ様』

 『セイリュート。遅かったカナー』

 「う、嘘でしょ。あと10秒、いや、あと5秒あれば・・・・・・」

 地面に倒れ込んだ美神は、頭上から聞こえた声に戦慄した。
 上空を仰ぎ見ると、時間移動を終わらせたセイリュートの本体が姿を現している。
 その近くに捉えられた美智恵たちの姿は、美神に抵抗の手段が失われたことを悟らせた。 

 「くっ・・・・・・横島君」

 美神は手を伸ばし横島の左手を握りしめる。
 それは彼女にとって最後の抵抗だったのだろう。
 絶対に行かせない。
 その思いを込めて必死に横島の手をたぐり寄せる美神。
 そんな彼女にとって、カナタが次ぎにとった行動は心底意外なものだった。

 『それじゃ、帰るカナーっ』

 「へ?」

 先程までしっかりと握っていた横島の右手を、カナタはあっさりと手放していた。
 美神とのパワーバランスが崩れ、気を失ったままの横島の体はごろりと美神の腕に転がり込む。
 彼女はキツネにつままれたような顔で、腕の中の横島とカナタを交互に見比べた。
 
 『よろしいのですか?』

 『トモダチ以上の相手がいたのなら仕方ないカナ。丁稚か・・・・・・カナタそんな関係知らなかったカナ』

 『え? まあ・・・・・・はい。それでカナタ様がよろしいのなら・・・・・・それでは、帰りますか』 

 どこか歯切れの悪いセイリュートに対し、カナタの顔はどこか晴れ晴れとしていた。
 彼は横島を抱きしめた美神に満足そうな笑顔を浮かべると、本来触れないはずのセイリュートの背をポンと叩く。
 それだけでセイリュートは主人の意志を全て理解した。 

 『うん。カナタ、早く帰ってリョウを丁稚にするカナ! 楽しみカナ!』

 『いや、ソレは止めた方が・・・・・・』

 困ったようなセイリュートの声と共に眩い光が辺りを包む込む。
 美神が再び視界を取り戻したとき、カナタとセイリュートの姿は跡形もなく消え去っていた。

 「ははは・・・・・・何だったのよ。一体」

 乾いた笑い声を上げながら、美神は周囲をゆっくりと見回す。
 彼女は気絶しているみんなに、この事件の顛末をどうやって話そうか考えていた。
 ことの起こりは横島が手に入れた一通の手紙。
 美神は腕の中の横島を覗き込む。
 
 「しかし、そんなに手紙って欲しいものなの?」

 その質問に横島は答えない。
 腕の中で寝息を立てる彼の頬を、美神は軽く突っついた。








 エピローグ

 横島のアパート
 万年床からのそりと起き出し横島は大きな伸びをした。
 使いすぎた霊力を回復させるため、バイトは一時休業。
 ゆっくり睡眠をとった彼は、いつものようにカーテンを開き部屋の中に陽の光を入れる。
 大騒ぎだった飛行体騒動から数日が経過し、町はすっかり元の日常を取り戻していた。
 幸いセイリュートの攻撃は、仲間たちに深刻なダメージを残してはいない。
 なぜ彼らは何もせずに帰っていったのか?
 意識を取り戻したみんなの疑問に答えるべく、美神はそうとう苦労して事の顛末を説明していたみたいだが、何故か自分には話してくれなかった。

 「まあ、いいけどね」

 横島にはカナタという少年の気持ちが分かっていた。
 手をつないだ瞬間に生まれた共感。
 彼は手紙が来ない寂しさを、自分以上に味わっていたのだった。
 そんな彼が、手紙を貰えない自分を迎えに来た。
 だからこそ自分は彼に力を貸す気になったのだろう。
 だが、なぜそれを途中で止めたのかは横島自身にも良く分からない。

 「なんか怖い夢見てた気がするんだけど・・・・・・良い夢っぽい気もするしな」

 何度思い出そうとしても思い出せないもどかしさ。
 医師の見立てでは霊力の使いすぎとのことだったが、案外そんなものかも知れなかった。
 意識を回復したときほぼ使い切っていた霊力は、数日体を休めただけではなかなか元にもどってくれない。
 もう一日バイトを休ませてもらおうと、携帯に手を伸ばしたとき表のポストがカタンと音と立てた。

 「はは、まさか・・・・・・」

 横島は再び手紙を出しに来た宇宙船をイメージする。
 恐る恐るドアを開けたが、彼の耳に聞こえたのは宇宙船の飛行音ではなく遠ざかるヒールの足音だった。
 
 「ん? 今の足音は・・・・・・」

 聞き覚えのある足音に首を捻りながらサンダルを引っかける。
 表に出ると、ドア横にあるひしゃげた郵便受けの蓋がゆらゆらと揺れていた。
 首を傾げる彼の耳が走り去るエンジン音を捉える。
 彼はすぐさま郵便受けに手を伸ばし、そして、ポストに入っていた色とりどりの封筒に顔を輝かせた。
 両手一杯の手紙を部屋に持ち帰り、急いで封をあけ読み始める。

 最初に手に取ったのはタマモからの手紙だった。
 内容は決して色っぽいものではなく、食べたキツネうどんについての感想だったが、横島は頬をゆるませながらそれを読む。
 続いてパピリオ、ベスパ、百合子、鈴女、おキヌ、美智恵、小竜姫、エミからの手紙と、横島は次々と読んでいく。
 彼は時に移籍の誘いに苦笑し、時に誕生会の話題に頭を悩ませ、時に感謝の言葉に胸を熱くした。
 手紙はそれだけでは無かった。小鳩が、冥子が、その他にも様々な者たちが彼に手紙を送ってくれている。
 決して綺麗とは言えない丸っこい字で、散歩をねだるのはシロの手紙だった。  
 そして横島は最後に残った封筒に手を伸ばす。
 消印の押されていない、たった今差出人本人が持ってきたような封筒を。
 そのピンクの封筒を開いた横島の顔が笑顔で一杯になる。
 郵便屋に出すことすら躊躇う差出人が書いてくれた手紙。
 そんな不器用な相手が書いてくれた文面が、彼の心を温めていた。

 「さてと、こうしちゃいられない!」

 彼はまるで宝物を扱う様に貰った手紙を机の引き出しにしまった。
 そして、ルーズリーフのノートを一枚取り出すと早速手紙を書き始める。
 

 ―――まだそっちには行かない。またな!
 

 たった一行しかない手紙は彼女たちへの返事ではなかった。
 横島の部屋には買い置きの切手も、使用済み茶封筒以外の封筒も無い。
 彼は書き上げた手紙で素早く紙飛行機を折ってから、勢いよく表に飛び出す。
 そして大きく振りかぶると、アパートの2階から力いっぱい大空に投げ放った。
 紙飛行機は風に乗り、晴れた空を高く舞い上がっていく。
 彼はその姿を眩しげに見上げてから、返信に使う品々を求め町に走り出す。
 大空を舞う紙飛行機は、走り去る彼を見送るように何度か旋回を繰り返し、やがて虚空へと姿を消していった。 
 
 





 ―――――― ラブレター・フロム・カナタ ――――――




                完  


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