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ラブレター フロム ・・・・・・(リレー)

第7話 / 国天んらんい妻人


投稿者名:よりみち
投稿日時:09/ 5/ 6

【第7話 / 国天んらんい妻人】




「だけどそうだとして、ホント、一体差出人は誰なんだ?」
 おキヌと過ごすゆったりとした時間の中、再び最初の疑問が頭をもたげる。
 再び堂々巡りかと思えたその時、解決の糸口は意外なところからもたらされた。



「隊長さんから美神さんに内緒って事で事務所の予定を訊かれたんですが、心当たりはありませんか?」

 とりとめもなく交わされる会話、おキヌがふと思いついたように尋ねる。『隊長さん』とは言うまでもなく、美神の母親、美智恵の事だ。

「ひのめちゃんの関係じゃないのか? 隊長さんもずいぶんと忙しそうだし」
 と思いつくままを横島は答える。

 産休を終えた美智恵はオカルトGメンに復帰しているのだが、多忙を極めているらしく、度々、次女ひのめのベビーシッター役を美神の元、というか世話好きのおキヌと子供を苦にしない横島の元に頼みに来ている。

「私もそう思うんですが、特に横島さんの予定を気にしていたんで何かあるのかと思って」

「いや、全然、心当たりはないよ」
 言葉通りと小首を傾げる横島だが、直後にピンと来るものを感じる。

‘待てよ! ひょっとして、ラブレターの差出人は隊長さん? 俺の予定を確かめたのは誘う日付を決めるためだとか。娘の世話をしている俺への感謝が好意、さらには愛へと発展‥‥ って、あるわけないか! 何たって隊長さんは結婚しているわけだし’
 『あり得ない』と常識的な結論に落ち着きかけた横島だが、その女性が夫とは年に何日という単位でしか会っていないという事実に思い至る。

‘そういえば‥‥’
 しばし出入りするレンタルショップの一角には夫と接する機会の少ない熟年女性の奔放な振る舞いを描いた作品が当たり前のようにある。

 むろん、そうした作品が存在するからといって、そのようなシチュエーションが一般的と考えるのも極端に過ぎるわけだが、すでにそうした十八禁ビデオのイメージを脳内に構成し始めた当人は気づいていない。

 ちなみに、その妄想を描写する事はこの作品自体が十八禁になってしまうので控えるが、あまり人には見せたくはない物欲しげに緩んだ表情でそれは推し量れるというもの。

 ここで本来なら対面しているおキヌがその異変(?)に気づくところだろうが、彼女は彼女で好意を持った男性との穏やかな時間の心地良さについ見過ごしてしまう。
 この点、横島の頭上に幸運の天使が(この後の展開から言えば不運の天使かもしれないが)舞い降りていたと言えなくはない。

 それでもスケベ面が数秒続いていれば気づいたに違いないが、すぐに表情が締まる横島。好意を持ってくれている女性に不謹慎な顔を晒す失礼さに気づいた‥‥ わけではなく、思いついた可能性が正しいかの検討に頭が働き始めたから。

‘‥‥ 仮にそうだとしても待ち合わせ時間が判らないのは同じだよな。そこは当人に確かめるしかないか。でもどうやって? 忙しいつってたから家に行っても会えるとは限らないし‥‥ そうだ! 最近、オカルトGメンが新しいオフィスに引っ越したから遊びに来いって、言ってたよな! 呼ばれたんだから訪問したっておかしくない‥‥ 待てっ! これって、やっぱり俺に好意があるってことの証拠じゃないのか?! 忙しい合間を縫ってのオフィスデートの誘いとか。うん、きっとそうに違いない!’

 あらためて”確証”を得た横島はおキヌに急用を思い出したと断りを入れ事務所を後に。勇躍、オカルトGメンの新しいオフィスを目指し足を速めた。




「ここかぁ」横島はうなじをそらし建物を見上げる。

 中央官庁街の一角にある合同庁舎。入り口の表示によればワンフロアがまるまるICPO超常犯罪課が占めている事になる。

 少し前には人手不足でシロやタマモの手を借りた事を考えれば劇的な拡大だが、それはアシュタロス事件により霊的な力が国家レベルでの危機を生み出す事が示されたためだ。
 付言すれば、この拡大・改変に関連し将来的には国際刑事機構の支部というオカGの位置づけも変更されるらしい。

 すなわち、この国における霊能力者の発見・保護・及び育成、霊能力の研究、霊的存在が係わっている事件の解決、その他、通常の警察力等では解決困難な事件・事故の処理などなど、この国における霊的問題の一切を扱う特務機関へと発展する予定だとか。

 まだその端緒に過ぎないとはいえ、それだけの大改変の中心にいる美智恵の多忙さは論を待たない。

‘そんな激務で溜まるストレス。それを癒してくれる夫はここにはおらず、心は娘の世話をかいがいしくしてくれる若い異性へと‥‥’
 妄想のスイッチが入りかけた横島ではあったが、さすがに頻繁に人が出入りする場所ででそれに耽る愚は判っている。
 涎が垂れかけた口元を引き締め『これが大人への階段への第一歩になるんだ!』とばかりに正面玄関に続く階段を二段飛ばしで登り始めた。




 目的のフロアで横島はエレベーターを下りる。

 その正面はデスクがしつらえてあって受付。そこにはイエローのリボンにライトグリーンのブレザーという大企業風の制服を身につけた二人の受付嬢が控えている。

‘おっ! 両方ともかなりの美人! 内はねの方は86のE、外はねの方は88のGか’
 横島は髪型で区別を付けると一目で二人の胸のサイズを測る。
 自分の雇い主と比べれば見劣りはするものの(というか、雇い主に匹敵する女性はそうはいないわけだが)心のリミッターを外すには十分のサイズ。
 一瞬でここに来た目的を意識の彼方に放り投げ猛ダッシュ。デスク越し、目一杯に体を乗りだし
「お姉様方! 出会う前から愛してました! 不肖、この横島忠夫と午後のお茶を‥‥」

 いつもながら常識のある女性をドン引きさせるアプローチを試みる横島の台詞と行動が凍り付く。
 というのも、二人の受付嬢が抜き打ちに取り出した銃の狙いを横島に定めたから。ちなみに内はねの方は額、外はねの方は下半身某所にその銃口を向けている。

‥‥ 全身から嫌な汗が滝のように吹き出る横島。
 淡々とした表情ながらも撃ち気満々な二人を見ればそうなるのも当然ではあるが。

「そこまでだ、二人とも」割って入る救いの声。
「その男は変質者であっても不審者ではないからね。それに君たちの腕じゃ、至近距離でも外して壁に穴を開けかねないし」

 からかう形で促された受付嬢二人は幾分物足りなさそうに銃を降ろす。

ふう〜 命の危機から解放された横島から安堵の息が漏れる。
 声の主に振り返ると言葉に少なからず棘を込め、
「道楽公務員、言っておくが、感謝はしねぇからな!」

「君からそんなものは期待していない。僕としてはせっかくの招いた希少な人材の経歴に汚点を付けたくなかっただけさ」
 『道楽公務員』こと西条はそうした反応は予想の内とさらりと打ち返す。

「それにしたって、善良な高校生相手にいきなり銃を向けるって良いのか?!  オカルトGメンは公僕で正義の味方なんだろう」

「君のどの部分をして『善良』と言うのかはなはだ疑問ではあるが」
 と”お約束”な前置きをした西条は
「二人の行動に問題ないよ。相手が邪な意図−だいたい予想はつくがね−を持っているって判ってのことだからな」

「『邪な意図って』‥‥ どうして俺がそんなことを思っていたって言えるんだよ?!」

「ウチは組織の性格上、霊的存在や超心理能力者が探りを入れに来ることは予想できるからね。この二人はそうした相手の正体を見極めるために先生がスカウトしてきたエスパーなのさ。一人はテレパス、もう一人はクレヤボヤンス。君の邪なところは内面的にも外面的にもお見通しだよ」

「テレパス?! それにクレヤボヤンスって透視能力者のことだよな?!」
 明かされた正体に絶句する横島。

 二人の美女を前に”健全な”高校生男子として当然な反応(たぶん大部分の高校生男子は『そこまで思うか!』と否定するだろうが)をしていただけに、そこを”見られた”とすれば、恥ずかしいコトこの上ない。

「そうそう、引き金を引かなかったのは君に本当の悪意がないのが判っていたからで、そこは感謝したまえ」

「ええ。思春期の男の子が私たちのような美しいお姉さんを前にアレがナニするのは当然といえば当然だし」
「心の中で私たちと一緒にあ〜んなことやこ〜んなこと、そ〜んなことをしたいなぁって考えるもの良くある話」
「「だから気にしていないわよ、坊や!」」

‥‥ と文字通り子ども扱いに『ドドドド』と擬音付きで横島は落ち込む。

 それを気持ち良さ気に見る西条。
「それでオカルトGメンに何の用だ? 君がここを訪問する理由がとんと思いつかないのだが」

「ええっと、それは‥‥」横島は返事に詰まる。
 ”忠臣”相手に本当のところは言えないし、ホイホイ、口から出任せを並べられるタチでもない。

 その沈黙に西条が門前払いを言い渡そうした時、
「あら、横島クンじゃない。今日はどうしたの?」と二度目の救いの声。

「あっ、隊長!」「先生!」

そう、声の主は美智恵その人。
 アシュタロス事件以来のオカG制服を纏った肢体は二十歳の娘がいるとは思えない。それこそ受付嬢の二人ですら霞むほどのメリハリを誇っている。

 例によって妄想が頭をもたげかける横島だが”内はね”嬢の冷ややかな眼差しにあわててそれを押さえ込む、
「ええぇと‥‥ 前に隊長さんが新しいオフィスを見学に来いって言ってくれたっスよね。今日はたまたまバイトがないもんでお邪魔させてもらいました」

「‥‥ ああ、そんな様なッコト、言ったわね」横島に取り心細いリアクションの美智恵。
 背後を透かすように見ると
「だとして、令子たちは? たしか、あの時はみんなで見学に来るようにって言ったつもりだったんだけど」

「『みんな』っスか?」横島は情けなさそうなに声を落とす。
聞き損ねたと言うより都合の悪い情報を無意識に除外した結果だろう。

「まあ、本当に来てもらいたいのはシロちゃんとタマモちゃんだけどね。あの娘(こ)たちには是非ともここを見てもらって、私たちがやろうとしている事が霊的存在にとってもプラスであることを理解してもらいたいもの」

‘そういえば‥‥’
 オカルトGメンを単なる霊的警察に留めず、人と人に在らざるモノたちとの架け橋にしたいと日頃から力説している事を横島は思い出す。
‘こりゃ、アテが外れたかな? もし手紙の主だとするともう少し違った態度をとってくれそうなもんだし’

 テンションが見る間に落ちる横島を美智恵は不思議そうに見る。
「どうやら見学は口実でここに来た目的は別にあるようね。ひょっとして、私個人に用かしら?」

「まあ、そんな感じっス」まだ”脈”があるかと横島の顔が明るくなる。

 その反応が気に入らないと”天敵”が、
「君に大人の常識を期待するつもりはないが今は勤務中だ! ただでさえ新生オカGを軌道に乗せようと全員が目の回るように忙しいこの時期、先生にどんな用があるのかは知らないが、君に割く時間など一秒たりともない!」

「偉そうに言うっじゃねぇ! 手前ぇの時間じゃないだろうが!」「何だと!!」

「まあまあ落ち着きなさい、二人とも」
 無駄に反りの合わない二人を取りなす美智恵。その上で西条に向き直ると
「確かにここへ私用を持ち込むのは褒められた判断じゃないけど、横島クンの年頃じゃそうした事に無頓着な方が自然よ。あなただって、彼くらいの歳にはこっちの都合なんかお構いなしで質問とかを持って来たじゃない」

「そ、それは」心当たりがあるのか言葉を濁す西条。
「しかし、今は体が二つでも三つでも欲しいと仰っしゃるほどでしょう。余計な事に係わっているヒマはないと思いますが」

「だからよ。忙しい時にこそ、ちょっとした気分転換が大切じゃない」
 美智恵はそう反論を封じると今度は横島の方を向き
「ちょうど小役人どもとの一戦を終えて休憩を取ろうって思っていたところ。横島クン、一緒にお茶でもどう?」

「先生!」

「もともとの休憩の時間を充てるのだから問題はないでしょ。それにわざわざ出向いてくれた人を手ぶらで帰すのは美神の流儀に反するわ」
 美智恵はなお食い下がろうとする西条をいなすと横島について来るよう招いた。




 美智恵に従い一室−ドアのプレートによれば本部長室−に入った横島はあたりをきょろきょろ見回す。

 想像していた以上に広く豪華な調度に、あらためて目の前の女性の地位と権力の凄さを感じずにはいられない。

「なに、ここに来る連中へのコケ脅し。それ以上の意味はないわ」
 美智恵は横島の内心を読んだような言葉でソファーに腰を下ろすように勧める。

 そこに”外はね”嬢がコーヒーを運んでくる。
 慣れた手際で対面する形の美智恵と横島の前にカップを置くと、素っ気なく横島を一瞥。何を言う事もなく部屋を後にする。

 接客態度としては問題はあるがロビーでの経緯もあって美智恵は微苦笑を浮かべるに留める。コーヒーに口をつけるといささか物足りなさそうな感じで
「悪くはないんだけどねぇ」とため息。

「何がですか?」

「ああ、コーヒーの事。ウチの秘書官の淹れてくれるのは絶品なんだけど、今日はオフでね、惜しいことをしたわ」

「はあ」と生返事の横島。
 色が黒くて苦ければ全て同じにしか思えない人間にとってはピンとくる話ではない。
 それにしても日頃”できる大人”としての節度を崩さない女性がこうした些細な事をぼやくのは、言うところのストレスのせいなのだろう。

「あの〜 お疲れのようなんスが、良いんですか? 俺の件は急ぐってほどでも‥‥」

「かまわないわ」美智恵は言葉通りと手を振り遮る。
「肉体的な疲れなら休めば回復するけど、ここんトコの疲れは精神的なものだから。さっき言ったように気分転換ができる方が効果的、特に横島クンみたいな”若さ”に接した方がよほど回復できるってものよ」

 冷静であれば、今の台詞が気を使わせないための社交辞令であることに気づくところだろうが、当初からバイアスのかかっている横島にとって『若さ』だの『接する』の単語は”スキンシップ”のお誘いにしか聞こえない。
 口に湧く生唾、動悸とか脈拍は自分で判るほど早いテンポになっている。

 その妙に上がり始めたテンションを訝しがる美智恵だが、まあ、いつもの事かと感じた疑問を脇にどける。
「それで用件は何なの?」

「実は‥‥」と言いかけ口をつぐむ。
「あの受付嬢の二人、ここを”覗いて”いるって事はないでしょうね?」

 背中に目がなくとも判るほど胡散臭そうにこちらを見送った西条のコトが引っかかっている。偏見だろうが、ここをテレパシーやクレヤボヤンスでて監視していても不思議はないと思う。

「心配ないわ。ここは日本の霊的問題を扱う中枢、重要な区画は対霊・対ESP仕様になっているから。たとえヒャクメ様でも覗けないはずよ」

 ちなみに、ちょうどその頃、妙神山で引き合いに出された当人がくしゃみをしていたりするのはお約束だ。

 保障されても何となしの不安の拭えない横島だが、今更、話さないという選択肢もなく本題を切り出す。
「隊長さん、アレのことなんですが?」

「やっぱりアレのことなんだ。横島クンの顔を見て、そんな気がしたのよね」

 あっさり、ビンゴを引き当てた事の歓声を上げかける横島だが、それをぐっと我慢する。というのは、何か引っかかるものがあるのか美智恵の目に不審が浮かんでいる。

「アレだとして、何かおかしなことでもあるんスか?」

「大したことじゃないけど、届くのが早いかな? ってね。まっ、サービス向上を目指しての民営化だったから、当然なんでしょうけど」

 『民営化』とくれば、やはり”当たり”に違いないと横島。これでさりげなく待ち合わせの情報を聞き出せばミッションコンプリート。

 それをどう切り出すか、考えるまでもなく
「予定はないのはおキヌちゃんで確かめたけど、待ち合わせの日取りと時間、あれでいいかしら? もう少し早くしたいとは思うんだけど会議があって、あんな時間なのよ」

「べ‥‥ 別にそれでいいっス!」直接尋ねずに済ませそうな事に横島はほっとする。
 分刻みらしい多忙さを考えるとスケジュールの空白を見れば指定の日時を推測することは難しくはないはず。そして、スケジュールについては自分にやたら感情的になる”天敵”を煽れば聞き出せるだろう。

「良かった! そうなると時間的に一緒に食事ってことになるんだけど、何か食べたいものはある?」

‘デートは食事か‥‥ って、 会議の後ってことならランチじゃなさそうだし、ディナァァ!? ”大人”の隊長さんとディナー、これはもう最後の最後まで”やる”しかなぁぁい!!’
 沸き上がる期待が健全な思考能力を急激に蝕んでいく。つい心の流れるままに
「た‥‥ 隊長さん」ととんでもない事を口走る。

「私?」美智恵は軽く首を傾げると
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、いきなりはちょっとねぇ ソレって、けっこう恥ずかしいし、横島クンの口に合わないわよ」

「そ、そんな事はないスっ! 俺なら大丈夫! 隊長さんなら、一杯が十杯、百杯でも、もーばっち、来いっ! 隅から隅まで全部いただきます! って感じです」
 遠慮とも誘っているとも取れる返事に横島の声が裏返る。
 脳内世界、全力疾走に向けストレッチを始める自分がいた。
 その先にはピンクに明滅するネオンサインが掲げられた白亜の階段。登り切ったところには五・六人が余裕で眠れそうなベッドに奔放な笑みで美智恵が体を横たえている。シーツこそ体に巻いているがその線から裸体であることは論を待たない。

「ならいいんだけど、お袋の味が恋しいって横島クンもけっこうマザコンなのね」

「‥‥ へっ?」
 付け加えられた台詞の意味を把握し損ね、間の抜けたリアクションを見せる横島。

「だから、私の手料理が食べたいんでしょ。こう見えても『お袋の味』には自信はあるんだけど、ここしばらくの忙しさで遠ざかっているのよね。久しぶりにやってみて、変なものができちゃったら恥ずかしいじゃない。それに私の場合、内臓の煮込みとかの南米料理も混じるから口に合う合わないも出てくるし」

「は‥‥ ははは そうっスか。いや、残念だ‥‥ あははは‥‥」
 勘違いに気づいた横島は虚ろに笑う。内心で、
‘落ち着け俺! 静まれ俺! 隊長さんには夫がいて独立はしているとはいえ娘も身近で生活している身の上。それを越えて俺とつき合おうっていうんだから、ラブレターを出した今でも葛藤はがあって当たり前。男たるものそんな女心も解るようになっとっかなきゃな。ここはがっついたところは見せず、デートに持ち込むことが最優先! デートにさえ持ち込めば、後は”大人の階段”をまっしぐらに‥‥’
 傍らに関西系のノリがある人物がいれば『けっきょく。そこかい!』と頭にハリセンの一発もかまそうかという”ぶっ飛んだ”結論に達する。

「それで」と美智恵はここからが本題と口調を改める。
「手紙の件、令子は勘づいていないでしょうね?」

「も‥‥ もちろんっス」それはそうだろうと横島。
 幾ら父親との折り合いが悪いとしても母親の裏切りは別。知られて良いはずはない。

「良かった! ここで気づかれると台無しなものね」
 よほど気に掛かっていたのか美智恵は安堵のため息を漏らす。心配そうに横島の顔をのぞき込み
「でも、本当に良いの?! バレたら裏切り者って事で、イタリアンマフィアも真っ青って報復が降りかかるかもしれないのに」

‥‥ 示唆される情景を心に浮かび背中全面に嫌な汗が浮かぶ横島。
 しかし、自分の事よりこちらの事を心配してくれる女性を前に退くことは正しく”漢(オトコ)”としての敗北、退くわけにはいかない。

 いつの間にか乾いた口中を冷めたコーヒーで潤し
「いいっス! 漢なら勝てないと判っていても立ち向かわなければならないことがあるっスから」
 とどこか古き良き宇宙海賊のようなキメ台詞を口にする。

「言ってくれるじゃない。得てして男って、こういうコトに尻込みしちゃうんだけど、さすが横島君ね!」

「そんなコトは(ありません)! しかし、不肖、この横島、隊長さんが信じてさえくれれば空だって飛んでみせますし湖の水だって飲み干してみせます!」

 再びどこかの大泥棒のような大言壮語に美智恵は嬉しげに口元を綻ばせる。
「まあ、そんな無理を言うつもりはないけど。何か本番が楽しみになってきたわ、きっと私を喜ばせてくれそうで」

「も‥‥ もちろん!!」横島は耳にした言葉に舞い上がる。
 ギョーカイ用語で”本番”ということは‥‥
「力の及ぶ限り悦ばさせていただきます。そりゃ、もう何度でも、そう、命が尽き果てるまで!」

「そこまで勢い込まなくても良いから。だいたい本番は初めてでしょ。あんまり堅くなり過ぎると長丁場は保たないわよ」

「あは! そうっス! 変に見栄を張らない方が良いっスね」
 照れ笑いの横島。偉そうしてもこちらが初体験なのはお見通しに違いない。だいたいこの女性くらいになれば固さとか稚拙さにさほど拘らないだろう。

「そういうコト。若さに任せるのは良いんだけど、こういうのって勢いだけ突っ走るとシラけちゃうものだから気をつけてね」
 美智恵はそう若気をたしなめると
「そうそう『見栄』って言えば、余計な気は使わないコト。おもちゃにしてくれれば良いんだから」

「お‥‥ おもちゃ‥‥ それって‥‥」
 自分の”好きに”して良いという意思表示に横島は口をぱくぱくさせる。

「あらら、やっぱり! そう思っていたんだ。良いわよそれで、横島クンがそうしたいって言うのなら」
『それを受け入れる』と事も無げに応える美智恵。少し気圧された観のある横島に
「あら、任せるって言っておきながら色々と注文をつけちゃってごめんなさい。とにかく何があっても悪いのは頼んだ私って事! 勢いのままにめちゃくちゃにしてくれてもかまわないから、思うままにやって」

ごくり! 横島はさっきとは逆にいつの間にか溜まりすぎた生唾を飲み込む。
 とうに生理機能は人としての限界値を突破、上昇した体温は物理的に頭を沸騰させかねないレベルに達している。『思うままに』の言葉に甘え、ここで一気に『大人の階段』を‥‥

‘いくら横島クンでも、ちょっとおかし過ぎるわね、これは’ 
  充血した目が爛々と輝き息も断末魔を思わせるほど荒くなってきたのを見てさすがに困惑の色を隠せない美智恵。

 大抵の場合、そうしたリアクションを見てしまえば相手も自分を省みそうなものだが100%”本番”モードに入った横島にそんな余裕は1mgもない。
 かえって美智恵の方がこちらの困惑すら目に入らない、いや視覚的には入っているはずだが脳がそれを受け付けないほどの”浮かれ”具合に気づく。数瞬、神・魔族すら出し抜く”美神”の洞察力を発揮、その答えを得る。

にやり 口元に恐ろしく人の悪そうな笑みが形作られると
「そうだ! 横島クンの好意に甘え、恥ずかしいお願いがもう一つあるんだけど良いかしら?」

「はい! もーどんな恥ずかしいのもオッケー 四十八種類だろうと百八種類だろうとドン任せてください!!」

 その場で噛みつきそうな勢いに美智恵は意を得たとばかりに
「じゃ、頼みの方が終わったら令子の方もそんな感じでお願い」

「隊長さんの後で美‥‥ 美神さんまで!! それって‥‥」
 一般道徳に真っ向喧嘩を売る示唆に麻痺していた理性というか常識の一端が頭をもたげる。
「でも‥‥ 本当に良いんスか、美神さんとまで?」

「良いも何も、こっちがお願いしているんだから! それとも、こんなコトを人に頼むなんて、私、母親失格かしら?」

「いや‥‥ それは‥‥ 何とも‥‥」返事に窮し横島はしどろもどろになる。

 その動揺をさらに揺さぶるように
「まぁ、あの娘(こ)の事だから抵抗するでしょうけど怯んじゃダメ。男の子がやると決めたらそれを押さえつけてでも遂げるが甲斐性ってものだから」

「あ、あの〜 無理目でも良いんスか?」と思わず聞き返す。
  飛びかかる事はしょっちゅうだがあくまでもそれはポーズで実際にそうしようとは考えた事もない。

「問題ないわ。何せ奥手だもの男がリードしなきゃ始まんないでしょ。それにいよいよとなれば私が手伝うし」

「た、隊長さんが手伝うって‥‥」
 台詞が示す”親娘丼”的光景が浮かび思わず鼻血を吹き出しかける横島。ここで自爆は何としても避けたいところ、かろうじて西条の顔を思い出し血圧を下げる。
 もっとも、自制できるのは秒単位、後は野となれ山となれ‥‥

「もちろん」その数瞬の空白を狙ったように美智恵の言葉が滑り込む。
「娘の誕生パーティだもの。母親として(手伝うの)は同然でしょう」

「そうですね! 何たって乱コ‥‥ えっ?!」
 一文字どころか語感すらも合っていない別のパーティを想像しかけた横島だが、かろうじて耳にした言葉の違いに思い至る。
「た‥‥ 『誕生』‥‥? 誕生パーティぃぃぃ!!」

 引きつった叫びを軽くスルーの美智恵。
「ええ、令子の。死んだフリに入ってからはもちろん、それまでだって流れのGS稼業。ホント、可哀想に思うけど(誕生パーティなんて)一度もまともにした事ないのよ。だから今年こそはきっちりとしてあげようかって。あの娘って、そうしたお祭り騒ぎっていまいち好きじゃないけど、横島君が仕切ってくれればきっと受け入れてくれるわ」

 一変した話の展開に茫然自失の横島。蜘蛛の糸にすがる気分で
「じゃ‥‥ じゃあ、最初の話も‥‥」

「そうよ。そっちはひのめの誕生パーティ」と無情に切れる”糸”。
「手紙に書いたと思うんだけど、あなたを見込んで企画から司会まで仕切りを任せたいなって。本当なら母親の私がしなきゃなんないのに忙しさでままならなくて」

‘それで『母親失格』なのか’横島は使われた言葉の真を悟る。
‘ということは‥‥’

「内々で済ますなら必要はないんでしょうけど、せっかく新しいオカGが立ち上がったんだからその懇親も兼ねて盛大にしようって。あと未来の人材にツバをつけるって意味で唐巣先生とピート君。それに雪之丞君、タイガー君もパートナーと一緒に招待するつもり。それとオカGの本意を示すという点では小竜姫様とかワルキューレさんにも。あと愛子さんだっけ、付喪神の。彼女なんかにも”人にあらざる者”の代表として来てもらいたいと思っているわ」

 確かにそうした人々集まるパーティとばれば専任の幹事が必要になるだろうなと横島は漠然と思う。

 たぶん美智恵の言うところの手紙(そして、それは未だ届いてはいない)にはそれの依頼と打ち合わせのための日取りが記されているに違いない。食事付きなのは、それへのささやかな報酬というところだろう。

「で、これだけの面子が集まっての会の司会なんて初めてでしょうか本番には張り切りすぎないでねって言ったの。あと、プレゼントの方もひのめに判るワケないからありきたりのおもちゃで十分よ」

はあ〜 予想通りの聞き違えの山に横島は深いため息をつく。
「でもせっかくのパーティなのにめちゃめちゃにするって! 良いんですか、そんなんで?」

「放っておいても、来てもらう面子じゃめちゃめちゃになりそうじゃない。だったら最初からめちゃめちゃにするつもりで段取っておいた方が賢明。危機管理というのは災害が起こる事を前提にしなきゃ意味はないものなのよ」

 最後の誤解も解けるがなお収まりが付かない感情のままに
「でも、どうして美神さんに内緒なんです?! ひのめちゃんの誕生パーティなら隠す事はないでしょう!」

「実は、このパーティには真の目的があってね。それを令子に知られたくないの。たくさんの人に集まってもらうのも実のところそのカモフラージュ」

「まだ何か目的があるんスか?」と横島。
 一石で何鳥かを狙う。さすがに”あの”女性の親だとちらりと思う。

「実はその日、公彦さんも来る事になっているのよ」
 美智恵はそれが取って置きの話であるかのように声を潜める。
「最初『物心がついてから令子の誕生日に出たことはないのに』って渋っていたんだけど、これも和解の機会だって強引にね。その分、令子に逃げられると元も子もないじゃない。だから当日までは秘密にしておきたくて、その辺の口の堅さは信じて良いでしょ」

「ええ、まあ」と今度こそ納得の横島。
 今回も空振りだった事に落胆は大きいが、あれやこれや世話になっている女性のために働くのはやぶさかではない。

「それじゃ、ひのめちゃんのために精一杯、務めさせていただきます」

「ありがとう、無理を頼んでごめんなさい」
 美智恵は心からという感じで礼を言うと横島の顔をのぞき込み
「ところで、さっきから妙に話の噛み合わないところがあったんだけど、私とのやり取りをおかしな方に、例えば、私があなたを誘っているように勘違いしていなかった?」

「いえそんなことはないっス! 隊長さんが『悦ぶ』のはどんな体位なんだろう? とか 『おもちゃにする』とか『めちゃめちゃ』にするのはオトコとしてどんな気持ちなのか? とか あと隊長さんと美神さんの二人を相手にすると体が持つかなぁ? とか‥‥ なんて全く、100%、完全に考えていません」
  ぶんぶんと首が抜けるほど振り否定してみせる横島だが、しっかり妄想を口にしているところは相も変わらずである。

 そんな普通なら極めつけのセクハラとして激怒されてしかるべき数々の台詞を美智恵はどこか楽しげに聞き終えると、少し深い目のため息を一つ。
「違うの‥‥ ちょっと残念ね」

?! と目を見張る横島。確かに『残念』という言葉を耳にした気がする。

「だってそうでしょ。それって私みたいな年増で子持ちをオンナとして見てくれたってコト。まあ、妄想のし過ぎはNGだけど、若い男に思われるのは悪い気持ちはしないわ」

 さらりと示された好意的な言葉に横島の心が再度燃え上がる。
 それは言葉だけではなく(さっきの事もあるので見間違いかと思うが)語る女性の瞳が物欲しげに潤み唇は吸われるのを待っているかのように瑞々しさを湛えていたから。
「ほっ‥‥ 本当っスか?」

「さあ? 一度、確かめてみる?」と声に挑発と媚態が籠もる美智恵。
 嘘だと思うなら間のテーブルは障害ではないだろうという感じだ。

『い‥‥ 行きますよ』と横島は声にならない声を上げる。
 すでに体はダイブに向けてタメを作っている。

「でもね」と今にも跳ねようとした横島の鼻先に指を突きつけて押しとどめる美智恵。
 意味ありげに横島の斜め背後へ視線を振ると、
「気持ちは嬉しいけど止めた方が良いわ。『どうしてか?』って、そりゃあ 見ている人がいるから。幾ら私でも人前じゃねぇ」

「『人前』!?」間の抜けた声で横島は美智恵の視線の先を見る。

 それを合図としたように何もないはずの空間に光が明滅。
 滲み出るようにして幾つものレンズはめ込んだダイバースーツと同様なバイザー付きヘルメットを身につけた人の姿が現れる。

「なっ! 何なんだぁー!!」

「これはオプチカル・リフレクター・ジャケットと言ってね、光を偏向させ姿を見えなくする機能を持っているんだよ」
 わざとだろうが、悲鳴にも似た横島の問いを微妙に外した答えを呈しつつ姿を現した人物はヘルメットのバイザーを上げる。そこには横島が一番見たくない端正な顔が皮肉な笑みを口元に表れる。

「さ ‥‥西条!! 何時からそこにいたんだ?!」

「ほぼ最初からだな。お茶を運んた時に一緒に入ったのさ」

「それにしたって、そんなご大層なモンで人の話を立ち聞きするとは、いったい何を考えてやがるんだ!」

「上司が危険人物と会うのだ、部下として監視するのは当然のことだろう」

「いったい俺のどこが危険人物なんだよ?!」

「夫に娘が二人もいる女性を白昼公然と押し倒しにかかる人物のどこが安全なんだ?」

「うっ! そ、それは‥‥」
 客観的にはそうとしか言い様のない行動に出かけただけに反論の余地はない。

「さて覚悟はできたかね?」

「『覚悟』‥‥って?」

「女性に対する公然とした侮辱に対する責任だよ。反省し潔く切腹するというのならそれもよし。介錯くらいはしてやろう」
 静かな台詞回しで『介錯』の単語が冗談でない事を示す西条。

「こんなところで(手紙の差出人も見つけない内に)死ねるかっ!!」
 横島は咄嗟に生成した文珠に”閃”の文字を込め床に叩きつける。が‥‥

「ありゃ?!」と狼狽の叫び。
 人の目を眩ますに十分な『閃』光が生じているはずなのに何の変化もない。

ふっ! 不敵に笑う西条はポケットから取り出した携帯を操作する。
 それに合わせ壁のあちこちが開きせり出してくる円盤状のアンテナ。

「ここは先生が仰ったように超心理能力や霊的能力による干渉に備えて万全の体制を取っているのさ。とりわけこの本部長室には直接的なテロに備えて最新のPCM−Psychic・Counter・Measure−が配置されてあってね。霊能力者だろうが超能力者だろうがその”力”を発揮することはできなくなっているんだよ」
 そこで置かれた立場を自覚させるかのように一呼吸分を取ると
「霊力を使えないという点では対等だが、君がただの高校生なのに比べ僕はオカルトGメンとして様々な戦闘訓練を受けてきているプロだ。抵抗するだけ苦しみが長引くものと心得たまえ」

 もちろん横島とてただの高校生とは言い難く、これまでくぐった修羅場から得た戦闘能力は西条とも互角に渡り合えるほどだが、一気に畳み込まれた事による心理的劣勢は如何ともし難い。

 実際、詰め寄られるままに壁際へと退く横島。振り下ろされるジャスティスにも動く事はできず‥‥




「未遂だからこれで済ますが、今度、そんな不埒な態度を先生や令子ちゃんの前で取る事があれば容赦なく叩っ斬るからそう思いたまえ!」
 床に転がったままの文珠を拾い上げた西条は同じく床に横たわる”ボロ雑巾”の襟首を掴み本部長室から引きずり出す。

 傍目からみればC級スプラッタムービーの『被害者そのB』並の惨状だが、実のところそれほどではない。断罪者の規範というか自制が人並み以上であったおかげで致命的な攻撃は一発たりともなされてはない。
 当人の尋常ならざる生命力と文珠があれば、すぐに回復。普段に代わらずオカGを後にできるはずだ。



 本部長室に戻った西条は横島の”処分”が終わったと告げると敬意と礼儀の範囲ではあるが非難を込めた口調で
「あの煩悩男がおかしな方向に勘違いしているのは気づかれたでしょう。なのにああいう思わせぶりな言葉を掛けるのは如何なものでしょう? この件、公平に見て先生にも非はあると思いますが」

「やっぱり」神妙そうに身を竦ませる美智恵。
 その悪戯がばれた少女が形だけの反省を示すような仕草は実年齢を考えると”痛い”が、十分に可愛らしく見えるのは何気に凄い。
「でも、『グッ!』っと来たのは本当の事よ。旦那がずっとジャングルで籠もったきりて寂しいし、西条クンは相手になってくれないもの」

「先生!!」

「冗談よ、冗談!」美智恵は茶化すのはこれで終わりと手を振る。
「どういう事情かは知らないけど、横島クンの頭の中は季節外れの桜で満開だったみたいでしょ。あのまま帰して、別な女性を押し倒しにかかっても困るじゃない。だから、ちょっとお灸を据えて頭を冷やしてやろうって思ったのよ」

『それだけとは思えませんが』と凝視する西条。

「まあ、ここんとストレスが溜まりっぱなしだったし、つい質の悪い悪戯を仕掛けたくなったってところもあるかしら‥‥」
 弁解を並べかけた美智恵だがそこで背負った荷物を投げ出す感じで
「判ったわよ! 私のやり過ぎ! 私が悪かったわ!! 横島クンには日を改めて手料理つきで謝っておくからそれでいいでしょ」

「当人が判断することですから何とも言えませんが、まずは順当な線だと思います」
 たぶん、あの底抜けに女性に優しい男はそれで十分な償いをしてもらったと思うに違いない。一歩間違えば、同じような”間違い”を起こす可能性はあるが、さすがに今回の経験を生かす程度の学習能力はあるだろう。

「それにしても、令子にも困ったものね」

「何がですか?」と思わず問い返す西条。
 どうしてここでその名前が出てくるのかが分からない。

「だってそうでしょう。横島クンがこれほどまでガッついているってことは、令子とは何の進展もないってコトでしょ。じらすのもほどほどにしないと誰かと今回みたいな感じになった時、一気に”既成事実”ができてしまうじゃない」

「”既成事実”って‥‥」
 形だけはオブラートにくるんだ”直球”に西条は言葉を失う。

「私ならかえってファイトが出てくるところだけど、ウチの娘はその辺、面子に拘るでしょ。何より、横島クンって責任感が強いからそのままその娘と一直線って十分に考えられるじゃない。そうなった時の娘のことを考えるとねぇ まっ、西条クンにとってはその方が良いかかもしれないけど‥‥ ああ、でもそうした形で勝ちを譲ってもって嬉しくはないか」

「せ、先生!」と西条。
 こちらに絡めた言い様はこの件は終わりとの意思表示であることに気づく。なお言いたいこ事はあるがそれらをまとめて意識の”ゴミ箱”に投げ込むと本部長室を後にした。



 美智恵はやや手荒く閉められたドアに心地よさ気な笑みを向ける。
”高貴なる者の義務”ということで尊敬する上司であっても理非ははっきりさせるという態度は”らしく”も頼もしい。そうした人物を”片腕”に選んだ自分を誇っても良いと思う。

‘‥‥ それにしても、横島クンが私とデートしたいって考えたとはねぇ これって私もまだまだ捨てたもんじゃないってコトよね。だったら、今度は”本物”を出してみようかしら。ライバルが現れた方が令子も動こうって気になるだろうし’
 といくら奥手で歯がゆい娘を思ってとはいえおよそ一般的とはいえない刺激策を心に描く。

「まぁ万が一、横島クンがその後もって気になったとしてもそれはソレ。私だってまだまだ”女”は捨てたわけじゃないしね」
 心の内の最後を口にする美智恵。その肉感的に唇から漏れた妖艶な微笑みは、必ずしもそれが冗談ではないことを物語っていた。


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