椎名作品二次創作小説投稿広場


ラブレター フロム ・・・・・・(リレー)

第6話 / ひとときの静寂


投稿者名:とーり
投稿日時:09/ 4/26

【第6話 / ひとときの静寂】





「ただいまー」


 階下から声が響く。事務所の玄関を、そんな挨拶でくぐるのは一人しかいない。トタトタトタ。階段を登るおキヌに、考えふけっていた横島は出来るだけ驚きを隠す様、出来るだけ明るく挨拶を返した。


「おかえりー。おキヌちゃん」

「あ、いらしてたんですか横島さん。はい、ただいまです」


 開け放していたドアから買い物袋を下げたおキヌの笑顔が覗く。すぐに降りてきますから、とおキヌは足早に自分の部屋に向かっていった。
 きっと紅茶でも入れてくれるつもりなのだろう。慌てなくて良いよと言う間もなく、手紙を前に横島は少しばかりのんびりしようと決め込んだ。


「知恵熱出てもつまらんしな」


 窓辺から差し込む日差しにはもう夏の強さは無く、蝉の声の代わりに柔らかい風の音が聞こえる。今時分日が高いせいか、影は随分短い。布張りのソファーはふうわり暖かく太陽のにおいがかすかに漂い、投げ出した体は少しずつ淡く高くなった空を捉え、しばらくぼんやり蒼を見つめていた。


「……大好きです。来てくれるまでずっと待っています・・・・・・○月○日、pm■■■■ ■■■■にいます……ねえ」


 今日の今日という訳ではないが、期日の今週末が迫っている事に違いはない。だけど、そう焦っても仕方ないかと横島は気を取り直す。同じ空の下に間違いなく手紙の差出人はいるのだから、縁があれば探し出せると思い定めた。
 いつか自分は時空内服消滅液のせいでこの世の一切と関わりが切れるところも助かったではないか。今度にしたって縁があれば大丈夫さ、と。
 だが、縁ばっかりに頼るのも座りが悪い。
 なぜなら結局あの時どうやって助かったのかも覚えていないし、いっそあやふやなものに頼るくらいなら自力でまだ見ぬハニーをモノにしちゃるとも、つい横島は考えてしまうのだった。さっき考えを決めたばかりではないかと、自嘲した笑いを含んで呟く。


「俺のハニーはどこ行った、と。ハニー、ハニー」

「あら、よく蜂蜜入りだった分かりましたね。横島さん」

「えっ?」


 驚きをどうにか飲み込んで振り向くと、おキヌがティーセットを持ち佇んでいた。珍しく束ねた髪が秋の入日に照らされ輝いている。
 どこか懐かしく綺麗だとつい惚けていると、おキヌがカップを差し出した。手渡されたカップに注がれた紅茶の香りが不意に心地よい。


「お客様から良い茶葉が贈られて来たんです。せっかくだし、いれてみようと思いまして」

「……そっか」


 机をはさみ対面に座ったおキヌもまた、ゆっくりカップに口をつけた。目をつむり、穏やかに香りを楽しんでいる。薄手のセーターが醸しだす柔らかく優しい姿によく似合っていた。


「ん。おいし」

「ホントだ。美味しいや、これ」

「落ち着きました?」

「え?」

「いえ、何か考え事されてたみたいでしたから。こう、眉の根を寄せて。あんまり根を詰めるといけないですよ」


 分かっちゃうかあ、と横島は苦笑いした。


「……だね。あんまり考え込むのは似合わないし」

「どっちかっていうと肉体派ですもんね、横島さん」

「ひでえ。雪乃丞じゃないんだからさ」

「そんなこと言うと、弓さん怒りますよ?」

「雪乃丞ならいくら怒らせても構わないんだけど、弓さん怒らせると怖いからなあ」

「ふふ。内緒にしておいてあげますよ」


 ありがとう、と返してまた紅茶に口を含んだ。
 蜂蜜のほのかな甘さが香りを引き立てていたが、この美味しさはそれだけではないのだろう。おキヌの気遣いあってこその美味しさだ。


「淹れ方上手いよね、おキヌちゃん」

「どういたしまして」


 朗らかに微笑むおキヌを見て横島も微笑み、そしてゆったりした沈黙が流れる。おキヌちゃんといると、いつもこうだな。横島はふとそんなことを思う。美神にしろシロにしろタマモにしろ、皆といるときは賑やかでかしましい。
 けれど二人きりのときは、こんな静かな時間の方が長いのではないだろうか。もちろんそればかりではないし、おキヌも割とミーハーなところがあって、夢中になれる話題があるときには事務所で一番賑やかしいのだけれど。


「あのさ、おキヌちゃん」

「はい?」


 おキヌはまるで初めて横島に気づいたような視線を送った。このまどろみの中で、初めて気づいたように。


「……あ、いや。なんでもないんだ」

「? 変な横島さん」


 おキヌがクスリと笑うと、また部屋に静けさが戻った。お茶請けのクッキーを反対の手で取り、交互に口に入れる。セーターのカットが思いの外深く、露わになった胸元の鎖骨がやけに色っぽく思えた。


「やっぱりおキヌちゃんじゃない、か」


 一人呟く。差出人がおキヌであるのなら今こうしてはいられないだろうと確信に近い物を横島は感じていた。
 もしそうなら、柔らかさの中の硬質な艶を無意識に出すはずはないのだ。
 ガルーダの事件の際、おキヌは自分にはっきりと告白してくれた。生き返るときも、決して忘れないと言ってくれた。よく分かってはいなかったろうが、バレンタインの時だって生きたチョコを「食べて欲しい」と困らせた。
 いつだっておキヌはそうだった。だからどれだけそれが自然なことだろうと、今日に限っては静止して自分を見つめるようなことはしないと思えるのだ。


「だけどそうだとして、ホント一体差出人は誰なんだ?」


 堂々巡りかと思えたその時、解決の糸口は意外なところからもたらされた。


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